脅威の巨大化チョコレート~愛と野望のチョコ争奪戦

    作者:佐伯都

    「ふふふ……良い眺めだ」
     フェリー埠頭に隣接する倉庫へ次々に運び込まれてくる、バレンタインの売れ残りチョコを詰めた段ボール箱。
    「間抜けな灼滅者め、まんまと引っかかったニシン。さぁ我が忠実なコサック戦闘員達よ、数が揃いしだい我々は早急にロシア村へ帰還する。梱包されていないチョコは選別のうえ、持ち運びやすいよう整理しておけニシン!」
     こさー! と甲高い声をあげ、コサック戦闘員が夕日を背に立ち尽くすロシアン鰊(にしん)怪人に敬礼した。
    「巨大化チョコの力さえあれば、全てのご当地幹部の頂点にロシアンタイガー様が君臨する日も近いニシン!!」
     
    ●脅威の巨大化チョコレート~愛と野望のチョコ争奪戦
    「何だっけ、芋羊羹で巨大化、とか夕方の再放送で観た気がする」
     それはさておき、と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は説明を続ける。
    「どうもバレンタインの事件は囮と言うか隠れ蓑と言うか、裏の狙いがあったようで」
     日本全国津々浦々、ロシアのご当地怪人、あるいはロシア化したご当地怪人が大人買いも裸足で逃げ出すレベルでチョコを現金買い付けしており、膨大な量のそれを彼らの拠点に運び込もうとしている。
    「当然そんな量なら巨大化チョコもかなりの数入っているだろうし、……って、松浦」
     先日灼滅者となったばかりの身には色々想像を超えた話だったようで、ぽかーん、と松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)は教室の椅子に座ったまま呆気にとられているようだった。別にご当地怪人が色々斜め上なのは、今に始まった事ではないのだが。
    「松浦、口。口あいてる」
    「……すみません」
     場所は大型フェリーも発着する、とある北の港町。
     そこではロシアン鰊(にしん)怪人の監視のもと、コサック戦闘員が20名ほどせっせとチョコレートを倉庫へ運び込んでいる。倉庫内には段ボール箱が積みあげられ、ロシアン鰊怪人は優雅にロシアンティーを楽しみつつ作業風景を眺めているはずだ。
    「……どこからどう見ても、鰊の被り物した変な人にしか見えないけどね」
     しかし、さすがに怪人とコサック戦闘員を一度に相手取るのは難しいと言わざるを得ない。
    「夕方ごろトラックから段ボール箱を下ろすために、コサック戦闘員が倉庫から出払うタイミングがある。その時間帯を利用してほしい」
     コサック戦闘員がトラックから箱を下ろし終え、倉庫へ戻ってくるまでおおよそ8分から15分。その間にロシアン鰊怪人が倉庫で一人でいる所を強襲し、その後コサック戦闘員を排除という流れだ。
     シャッターさえ閉めてしまえば中の音は漏れないので、コサック戦闘員には気づかれない。
    「逆に怪人が後回し、トラック周辺で作業しているコサック戦闘員からって方法もある。でも怪人に気づかれたらそりゃあもう、物凄い勢いで加勢に来るから、そこの対処を考えておく必要はあるね」
    「……えーと、質問いいですか。戦わずに、何とかしてチョコレートだけ運び出しちゃう、というのはアリですかナシですか」
     それはもちろん、と樹はルーズリーフを閉じて少し笑った。
    「要するに目的は『巨大化チョコの強奪阻止』だから、チョコだけ奪還、ってのも当然アリ。問題は倉庫に積まれた分だけでも相当な数って事と、実際それをどう運び出すかってのが難しい所だね」
     運び出すのが難しいなら壊してしまえば、という声も聞こえたような気がするが、壊して巨大化能力が無効化するのかどうかはそもそも不明である。
    「まあ、具体的な作戦内容は任せるよ」
     戦闘になった場合、ロシアン鰊怪人はご当地ヒーローの物に酷似したサイキックと閃光百裂拳、集気法で応戦してくる。コサック戦闘員も同様だが、20人とかなり人数が多いので注意が必要だ。
    「ロシアン鰊怪人からして相当な出オチだけど……いくらネタ風味でもコサック戦闘員への対応も含め、用心しておいてほしい」


    参加者
    風音・瑠璃羽(散華・d01204)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)
    緋梨・ちくさ(霜っ子魔法少女プアさわこ・d04216)
    月原・煌介(月梟の夜・d07908)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)
    興守・理利(明鏡の途・d23317)
    黒姫・識珂(マキナマギカ・d23386)

    ■リプレイ

    ●It is as sweet as love,
     西の空が色を深めはじめる頃合い、フェリーの出発時間が近づきつつあるのか遠距離トラックの姿が増えてきた。興守・理利(明鏡の途・d23317)は用心深く建物の陰を選んで、目的の倉庫に近づいてゆく。
    「巨大化にロマンはあれど、幹部にそれが及んだら脅威この上無いですね」
    「確かに浪漫かつみんなの憧れではあるが、成し遂げさせるわけにはゆかんな」
     うむ、と理利の呟きに重々しく首肯して、ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)は先を行く月原・煌介(月梟の夜・d07908)の背中を追いかけた。
     比較的小柄な謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)と緋梨・ちくさ(霜っ子魔法少女プアさわこ・d04216)を、黒姫・識珂(マキナマギカ・d23386)との間に挟み守るようにして風音・瑠璃羽(散華・d01204)は走る。
     建物の隙間に見え隠れする倉庫から、黒い人影がぞろぞろ出てくるのが見えた。恐らくあれが件のコサック戦闘員だろう、と楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)は当たりをつける。
    「こちらには都合がいいから構わないけど、何でトラックを倉庫へ横付けしようと思わなかったんだろうね」
    「考えてみれば、そうですね」
     梗花に促され、松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)はそっとコンテナの陰から外を伺った。
     トラックが申し合わせた場所に到着したのか、ずらずらとコサック戦闘員が列をなしてどこかへ向かう。どこで待っているのか不明とは言え、チョコぎっしりな箱を一人一人トラックから倉庫までピストン輸送、とか一体どこの苦行ですかと小一時間問い詰めたい。
    「コサックダンスって練兵の一環? だったみたいですし、体力作りとかでしょうか」
    「よりによってバレンタインチョコ運んで体力作りとか泣けてくる……」
     もし想像通りなら、ちょっと梗花も戦闘員が可哀相になってきたとかこないとか。
    「甘いものは幸せを運ぶもの。鰊は鰊らしく鰊そばを宣伝してればいいのに」
    「きちんと金出して買ってるんだし、せめて悪事に利用しなければねぇ」
     最後の戦闘員が建物の陰に消えるのを辛抱強く待ち、星瞑と瑠璃羽は物音を立てないよう気をつけながら倉庫へ近づいていく。
    「まずオレ達はシャッター閉める手伝いからだな」
    「よろしくお願いします。頑張りましょうね」
     相棒のライドキャリバーをそばに置いた朔和にイリスが軽く頭を下げる横を、煌介と理利が走り出した。シャッター班の殿を守るように最後尾にいた錠が、理利に小さく声をかける。
    「サトリ、頑張れよ」
     理利は一瞬立ち止まって錠に目礼を返し、そのまま倉庫へ向かって走り去った。
     識珂やワルゼーら残りのメンバーが全員倉庫前へ到着したことと、戦闘員が誰も戻ってこないことの両方を確認してからヴィランは無言のまま行動を開始する。
     開け放されたシャッターの陰から識珂が中をうかがうと、スポットライトのようにところどころ点けられたライトが見える。倉庫に満載された段ボール箱を前にして、大きな魚のかぶりものをした男がゆったりとティーカップを傾けていた。
     一体どこから運び込んだものか、優美なフォルムを描く猫足のテーブルと椅子に、ボーンチャイナらしき純白のティーセット。
    「悪いがティータイムは終わりだミスター。巨大化チョコレートなる奇天烈計画、我々が阻止させていただく!」
    「ねーそのチョコ全部女の子から貰ったの? モテモテだね!」
    「何者!?」 
     突然投げつけられたワルゼーとちくさの声に、ロシアン鰊怪人が椅子を蹴立てて立ち上がった。

    ●melting dream,
     向き直った怪人の姿に、煌介は思わず無表情で長い長い溜息をつく。
     鰊のかぶりものには到底似合うはずのないフリルレース満載の貴公子然とした衣服とか、どこからどう見てもバラエティショップのパーティグッズですよねソレなロシアン的鷲鼻とか、そもそも完全メタボ腹でフリルレースとかちょっともう勘弁してほしいと思った灼滅者がいるとかいないとか。
    「ああ出オチってこういう……とは言え、ご当地怪人は何処か憎めないっすよね……」
    「ふん、お前らがどこの誰かは知らんが、このチョコはご当地怪人のパゥワーを見せつけるための道具なのだニシン!」
     ちょっと斜め上の出オチ具合に煌介が遠い目になっているのを知っているのかいないのか、フリル鰊がえへんぷいと胸を反らす。
    「哀れな女どもからせしめてやっても良かったが、アジトには山ほど札束が唸っておるので問題ないニシン。後はこれをロシア村に運びだすだけ、そうすればお前たちなど簡単にひねりつぶせるニシン!」
     たぶん一番の問題は買った貰った、じゃないのだがこの際どーだっていい。聞いてもいないことを何故かご親切に大解説という、いわゆるお約束とか様式美とかいうやつだ。
    「これだけのすごい数溜め込んでおいて義理どころか義務チョコですらないとか、そんな可哀想な人は灼滅するしかないよね!」
     ずびし、とちくさに人差し指を突きつけられてフリル鰊が唸る。
    「鰊怪人に食べられるなんて許せるわけないでしょ! 奪うなら奪い返すまで!」
    「僕らを助けてヒーローレッド! 皆を守るんだ!」
     カードを解放し得物を手にする瑠璃羽とちくさの背後、勢いよく誰かの手でシャッターが閉まっていく。梗花の両手へ長柄の得物が二振り握られた。
    「僕が必ず、守ってみせるから」
     ただの襲撃ではなく周到な準備がされていたことを察したのか、フリル鰊がぎりりと歯噛みする。
    「おのれ、よもや計画が漏れていたのかニシン!」
    「我らが来たからには巨大化チョコ計画などやらせんぞ、熱き沖縄のご当地パワーを見せてやる!」
     赤いマフラーをなびかせた星瞑が声も高らかに宣言した。他のメンバー同様、チョコレートの箱を背後へ守るように布陣した識珂の手へモバイルデバイスを模した魔導書が浮かび上がる。
    「……穿つ、すよ」
     白梟の風切り羽を模した槍、【Lunatic Ulchabhán】を手にした煌介は初手として螺穿槍を試みた。そこを見逃すことなく理利が左腕に展開したシールドで殴りに行き、三日月の弧を描いた軌跡と共にクリーンヒットしたメタボ腹が吹っ飛ぶ。
    「くうううっ、よってたかって殴るとか卑怯ニシン!」
     素敵なボリュームのメタボ腹にもかかわらず、フリル鰊はなんとかコンクリートの基礎がむきだしの床へ着地した。意外と身軽なのかもしれない。
    「これでも食らうニシン!」
     かぶりもので衝撃が緩和されているかと思いきやそうでもなかったらしく、思いっきり殴られた頭を撫でつつぷんすこ怒りながら理利へカズノコビームを放つ。
     怪人の動きを冷静に観察していた理利は、逆に自ら間合いを詰めることで外した。陽炎が立つようにちくさのビハインド、レッドが前衛を守らんと姿を現す。
     開いていた何枚かのシャッターを無事降ろし終えたのだろう、最後列に位置する識珂の周囲へ足音が集まってきた。まだ被弾した者をがいないことを確認すると、ヴィランはまず前衛を中心に己の力を注ぎ込んでいく。
    「ここで灼滅してあげる。巨大化して何するつもりか知らないけど、チョコはあたしがもらうわ!」
    「残念だったな、このチョコの山は俺等が頂いていくぜ!」
     識珂だけならまあともかく、錠までもがどっちが悪役だかわからないことを言いはじめる。どのみち勝利さえすればチョコの所有者はいなくなるので、大筋として間違ってないから問題ないだろう。……たぶん。きっと。恐らく。なんかすごく悪役っぽいけど!
     梗花の槍【『地獄変』三式】がまっすぐに指し示した先、カマイタチのように荒れ狂う神薙刃と共に、イリスの放った白い光線がメタボ腹を貫く。
    「何だ知らんのか。巨大化は敗北フラグ、つまりお前たちは戦う前から既に負けているということだ!」
    「うるさぁぁああい! 負けフラグとか言うなニシ……って冷たああぁい!」
     ぎゃんぎゃん喚きながら起き上がろうとしたフリル鰊が瞬時に鮮度ばっちりな冷凍鰊になり、ワルゼーはふふんと鼻で笑う。
     カッチカチの冷凍鰊を射程にとらえ、その華奢な身体のどこにこれだけの武器を振り回す力があるのかと思うような勢いで瑠璃羽はバベルブレイカーを構えた。扱いが多少ピーキーとは言え、ワルゼーの神霊剣に次ぐダメージ量をたたき出す一撃を、白霜を浮かべ悶える冷凍鰊に向けて繰り出す。

    ●bitter as life,
     がつり、と鈍い音がしてバベルブレイカーにえぐられた鰊のかぶりものの尻尾が吹き飛んだ。ある意味身欠き鰊になってしまった被り物を押さえ、冷凍鰊は激しく歯噛みする。
    「少し灼滅者を甘く見ていたようだニシン……!」
    「そのようね。ところでそのニシン頭、超キモいんだケド? アンタには缶詰がお似合いね」
    「缶詰言うなニシン! 塩カズノコに味付けカズノコ、干物に甘露煮に焼き物に漬け物、身欠きでも生と本干しがあるニシン!!」
     識珂の挑発に、スポンジっぽい詰め物がはみだしたかぶりものを振り立てて冷凍鰊が顔を真っ赤にして反論した。……正直そっち方向の切り返しは考えてませんでした、と理利は額を覆う。だめだこいつはやくなんとかしないと。
    「どのみち鰊とチョコの組み合わせは腹を下しそうです。だいいち強い怪人が巨大化すれば脅威ですが、貴方は……そう見えませんね」
     いくら勢いとノリだけが通常運行のご当地怪人でも、少なくとももうちょっと頭よくないとこの先生きのこれそうにない。
     巨大化チョコ食べたら僕らも巨大化するのかな、と何やら物欲しそうな顔で段ボールの山を見つめているちくさに気付き、煌介は前見て前、と盟友を向き直らせる。
     半解凍になりつつあるメタボ鰊を相棒のキャリバーと共に遠慮なく殴りまくる朔和の目へ、倉庫の奥に掛かっている時計が飛び込んできた。
     戦闘員が戻ってくる時間のことを梗花に訪ねようとしたその瞬間。
    「くううう……こ、こうなれば仕方ないニシン」
     その台詞にはっと顔を上げた星瞑の目の前、半解凍鰊が上着の隠しから乾燥オレンジの輪切りのようなものを取り出した。片面にチョコレートが塗られてある。
    「待てい!!」
    「……行け、氷月妃」
     それが巨大化チョコである、と確信した星瞑と煌介がどうにか阻止しようとそれぞれ攻撃を仕掛けるも、ほんの一瞬遅かった。
    「見たか巨大化チョコレートの力! これさえあればお前たちなど簡単に倒せるニシン!」
     みちみちと肉体がきしむ嫌な音がして、風船が膨らむように半解凍鰊の身体が膨れあがっていく。みるみる巨大化してゆく半解凍鰊を霜のかけらを振り払いつつ見上げた瑠璃羽は、全くひるむことなく前へ出た。
     倉庫の、高い天井に頭をこするのではと思うようなサイズにまで巨大化した怪人が高らかに哄笑する。一歩踏み出されるだけでもコンクリートの床がたわみ、亀裂が入りそうだ。
    「確かにヒーローのお約束と言えばそうだけれど、ただ巨大化すればいいってもんじゃないよね!」
     気丈に一喝した瑠璃羽は、星瞑の援護を受けつつ閃光百裂拳を叩き込みに行く。ヴィランの後押しを受けたこともあり、その拳の重さは確実に怪人を消耗させた。
     一見すれば確かにこちらが怯んでしまいそうだが、巨大化すればそれだけ当てやすくなるうえ動きも大味になるということだ。それこそ命中の振れ幅が大きいバベルブレイカー使いにとっては、考えなしの巨大怪人は都合の良い的な事この上ない。
    「くそっ、何という事だニシン! コサック戦闘員、早く戻ってきてチョコを運び出すニシン!!」
     巨大化したせいで逆に避けることもままならず、雨あられと降り注いでくるサイキックからひいひい言って逃げ回る巨大メタボ鰊。哀れ。
    「もし学園の近くで怪人が巨大化したら、学園の校庭がバーンって二つに割れて合体ロボットが出てきて、教室が変形して司令室になるとかクラス委員長が司令官とか、メダル持ってる三人がパイロットとか……」
    「ちくさ君、TVの見すぎ」
     絶賛現実逃避中のちくさに淡々とツッコみつつ、煌介は攻撃の手を緩めない。怪人の灼滅を第一目標としていたが、怪人が巨大化してしまったうえここでコサック戦闘員に合流されては少々厄介だ。
     巨大化で当てやすくなったとは言え巨大な腕や脚をぶん回されては、かわしきれなかった者がひどく消耗することは避けられない――そこまで星瞑が考えを巡らせたところで、閉じていたはずのシャッターが何者かによって外から開けられる。
    「……!」
     思わず肩越しに振り返ったワルゼーと梗花の目に、黒装束のコサック戦闘員の姿が飛び込んできた。

    ●piece to satisfy people.
    「遅いっ、遅すぎるニシーン! コサック戦闘員はさっさとチョコレートを運び出すニシン!!」
    「させない!」
     倉庫になだれ込んでくるコサック戦闘員、かたや巨大メタボ鰊を前に、星瞑たちは背水の陣を敷く。確か芽生が戦闘員の足止めを狙って別行動をしていたはずだが、そこに彼女の姿はなかった。
     すぐさまキャリバー共々攻撃対象を怪人から戦闘員に振り替えた朔和や錠の援護射撃、ヴィランのペトロカースが戦闘員の足取りを阻む。
     肉を切らせて骨を断つ、その信条通りに瑠璃羽は巨大メタボ鰊にどれだけ蹴られようが殴られようが全く意に介さない。識珂がしっかり後衛から回復で支えていたことも一因としてあるが、怪人さえ素早く倒してしまえば、という目算もあった。
    「……氷陽の沈む黎明に裂けよ霜風」
    「レッド、もう少し頑張って!」
     煌介のフリージングデスに自分のそれを重ね、ちくさは自分のビハインドに前衛を守り通すよう指示を飛ばす。瑠璃羽が怪人の足止めを狙いコンクリートの床へ巨大な杭を撃ち込むと、地震にも似た衝撃波が広がった。
    「う、あ、足下は危ないニシン!!」
    「そろそろ辛いんじゃないの?」
     ふらついた巨大メタボ鰊の足下を的確に狙いにいく瑠璃羽を援護するように、理利が素早く死角を縫って彼女へ近付く戦闘員を排除していく。
     梗花の視界の端、シャッター付近で赤い十字が屹立したような気がしたが、あれはイリスの放ったものだろうか。サポートがよく頑張ってくれているとは言え広い倉庫にこれだけの数の段ボール箱が並んでいれば、一つたりとも戦闘員に渡さずにいることは難しい。フリージングデスで行動の自由を削るか、あるいは大震撃で足止めを狙うか、と考えた瞬間。
     あとわずかで2000にも届こうかという、メンバー中で最大火力を誇る神霊剣の構えに入ったワルゼーが大喝した。
    「在るべき場所に還れ、Gute Nacht!」
    「太陽の力を受けて、必殺! アガティーラビィィィィム!」
     星瞑のサイキックがそれに重なり、太鼓じみた怪人のメタボ腹へ吸い込まれる。どんっと後ろへ突き飛ばされるようにバランスを崩した怪人が、そのまま尻餅をつくようにコンクリートの床へ倒れ込んだ。
    「あ、ああ」
     ぼろん、と鰊のかぶりものが脱げ落ちて頭頂禿が明らかになるものの、鰊怪人はなぜか意に介さない。まったく手脚に力が入らない様子で四肢をばたつかせているが、風船の空気が抜けていくように様々なサイズがみるみる元通りになってゆく。
     その様子を見た戦闘員たちに衝撃が走った。
    「こ、こさー……」
    「ロシアン鰊怪人様……私どもをどうかお許しくださいこさ!」
     チョコの箱もその場に置いて、戦闘員たちが倉庫から我先にと逃げ出していく。元通りの人間サイズに戻っても、ロシアン鰊怪人の身体はしゅうしゅうと音を立てながら縮小を続け、ついには幼児サイズ。
    「グローバルジャスティス様に、栄光あれニシンっ……!!!!」
     そして、ぱぁん! とクラッカーが鳴るような軽快な音をたててロシアン鰊怪人は力尽きた。何の痕跡も残さず。
     ほっと肩から力を抜きつつ星瞑がチョコレートの箱を振り返ると、どうやら戦闘員はいくつも運び出せないまま逃走したようだ。人の手の届く高さに置かれていた段ボール箱は何個かなくなっているようだが、全体から考えれば微々たる数と言っていい。
    「なんとか、撃退できたかの?」
    「そのようだな」 
     実に鷹揚に呟いて、ワルゼーは倉庫外の様子を伺った。少し待ってみてもやはり戦闘員が戻ってくる気配はない。
    「これ……食べても平気よね?」
    「巨大化チョコでなければ大丈夫かなぁ、と……そういえば成宮さんもその件については何も言ってなかったですね」
     満載されたチョコの箱を見上げた識珂をはじめとして何人かが食べたそうな顔をしたものの、次のイリスの台詞でおこぼれにあずかる可能性はきれいに消えた。
    「でもどれがそうなのかここで見分ける方法もありませんし、とりあえず全部学園で回収、じゃないでしょうか」
    「まあ、そうだろうとは思いました」
     あっさり首肯した理利が、よっこらせといくつかの箱を抱え上げる。
    「回収作業も全員でやれば早く終わりますよ」
     ……え、と理利の発言に二の句が継げなかった灼滅者は恐らく正しい。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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