朧提灯色絵巻

    作者:飛翔優

    ●キセルの似合う姐さん系
     福岡県、中洲。九州最大の歓楽街と呼ばれるこの街に、怪しい店が一つ。
     暖簾に十五両とだけ記された、一見すると空き家としか見えない平屋建て。
     内部には、見るものが見れば高級な物とわかる内装、調度品。
     不相応に薄暗い照明が照らす中、着物を艶めかしく着崩した女がキセルを吹かす。煙が消えた頃に中身を捨て、入口の方へと視線を送った。
     のれんをくぐってきた男が一人。
     趣味の悪い金のアクセサリーを見せつけるように撫でながら、早い足取りで女へと近づいてくる。
     女は溜息を吐き、緩慢な動きで向き直った。
    「おやおや、ずいぶん急いでどうしたんだい?」
    「決まってるだろ? 金は持ってきた」
    「……無粋だねぇ」
     口では文句を言いながら、キセルの先で右手側の部屋を指し示す。財布から十数枚の札を取り出し壺の中へと放り込んだ男が向かっていくのを眺めた後、静かな動作で立ち上がる。
    「急ぐことはないのに。最後のお楽しみなんだし、さ」
     瞳を細め、歩き出す。
     唇を舌で舐め取り微笑んだ。
     服を脱ぎ散らかしているだろう男のもとへ……。

    「……後は頼んだよ」
     淡い輝きに映える白磁の肌、仄かに屹立している二つの膨らみ。濡れそぼった姿を隠すこともなく女は、同様に一糸まとわぬ姿で気絶している男を……背中の刺青を晒している男を指し示した。
     鏡の裏側から出てきた黒服たちが、男をタオルでくるみ持ち上げる。外へと運び出していく。
    「荷造りして、鹿児島駅まで運べば、後は向こうさんがなんとかしてくれるはず……ね」
     黒服に最後の言葉を投げた後、女は気だるげに立ち上がった。明日のために、穢れた我が身を磨いておかねばならないと……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、挨拶の言葉を投げかけた後に説明を開始した。
    「博多の中洲地区で、HKT六六六の強化一般人・サエコさんが、刺青を持つ一般人を拉致する事件を起こしているみたいです」
     HKT六六六の強化一般人は非常に色っぽい女性の姿をしており、いかがわしい系のお店を出店して、そこに客を招いて刺青の調査を行っているらしい。
     また、この店に入った者の幾人かは、サエコの魅力に魅了されて、HKT六六六の協力者になってしまうようだ。
    「色んな意味で、このお店は潰さなければなりません」
     概要を説明した後、葉月は次の説明へと移っていく。
    「HKT六六六の強化一般人達は、邪魔物が来たら、いつでも逃走できるような準備をしているようです。ですので、逃走させずに撃破するには工夫が必要となるでしょう」
     一つは、一人が囮となっている間に退路を絶って戦闘に持ち込む方法。
     囮となる者は客としていかがわしいお店に入る必要があり、いろいろな問題があるかもしれない。他の仲間が退路を絶って踏み込んだ時には、何らかの手段によりKOされてしまっている事も考えられる。
    「命までは取られないかもしれませんが……その、犠牲は大きいかもしれません」
     また、この方法の場合、サエコが営業しているタイミング……夜中の十時辺りに、十五万円を財布に入れて挑むことになるだろう。
     もう一つの方法は、配下の強化一般人を籠絡とするという方法。
     配下の強化一般人は、サエコのファンであるという理由で絶対の忠誠を誓っており、サエコを逃す為ならばなんでもする状態にある。
     が、この忠誠を揺らがせる事ができれば、撤退を阻止する事も可能かもしれない。
     ただ、配下の強化一般人たちは、サエコさんの熱烈なファンである事から、同じ方向性でより強い魅力を演出しなくては成功は難しいかもしれない。
     この方法の場合、サエコが入口部分にいないタイミング……午後三時頃に仕掛けることになる。この時間はサエコが奥の部屋で準備し、配下の強化一般人たちは入り口の掃除や見張りを行っているため、そこで声をかけるのだ。
    「また、普通に戦闘をした場合は、ほぼ間違いなくサエコだけが先に逃げてしまうので、根本的な解決にはならないでしょう」
     最低限、配下の強化一般人を撃退し拠点となる店を潰す事ができれば成功となるが、可能ならば、サエコを逃さず撃破して欲しい。
    「幸い、戦力的にはさほどでもありません。まともにやりあえば勝利は硬いでしょう」
     全体的な構成はサエコの他、黒ずくめのスーツを着た男たちが三人となっている。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は店の場所を記した地図を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「いつもとは勝手の違う、色々と大変な案件だと思います。皆さん、どうか無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    化野・周(ピンクキラー・d03551)
    霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)
    無銘・夜ト(紫眼黒獅子・d14675)
    廻谷・遠野(ブランクブレイバー・d18700)
    金剛・ドロシー(手折れぬマーガレット・d20166)
    レオン・ヴァーミリオン(夕闇を征く者・d24267)
    瀬戸内・上総(癒しと拠所を求める者・d24844)

    ■リプレイ

    ●若者たちに色街は
     お天道様が見守る場所で、いかがわしい行為は起こらない。月夜に向けて穏やかな静寂に包まれている福岡県の中洲を、下見役を務める灼滅者たちが歩いていた。
     敵に悟られぬよう努めて自然に、周囲を見るのも最小限に。されど、若者にとって色を漂わせている歓楽街は慣れぬのか、化野・周(ピンクキラー・d03551)はどこか落ち着かなさを感じていた。
    「……こんなとこ行ってたなんて、家族には内緒だな」
    「……いかがわしい行為をする為の場所というのは、わかっているつもりだが。こう……シチュエーションを作ってまでやるのか、よくわかんないな」
     敵陣を発見した時、あまりにも普通過ぎる古ぼけた平屋建てを眺め見て、無銘・夜ト(紫眼黒獅子・d14675)が肩をすくめながらつぶやいていく。
     出入口の調査を行う段になった際には、瀬戸内・上総(癒しと拠所を求める者・d24844)が瞳を細め息を吐き出した。
    「やはり、目立ちますね。若者だから、でしょうか」
     来るまでも、そして今も、ちょくちょく視線を感じている。
     それは興味であったり、敵意であったり……概ね、浴びていて心地の良いものではない。
     だからか、あるいは元から持ち合わせていた資質故か、金剛・ドロシー(手折れぬマーガレット・d20166)は調査の傍ら思考する。
     敵の目的は、刺青を入れている者を拉致。
     求めている向こうさん、という存在も気になるが……今は、この事件を穏便に片付けるところから始めよう、と。

     表玄関の他、裏口が一箇所。
     窓がいくつか設けられているものの、人が出入りできるような大きさではなく考えなくても良い。
     平屋建てから少し離れた場所には、郵便ポストが一つ、電信柱が二つ。この影に隠れていれば、早々見つかることもないだろう。
     調査を終えた灼滅者たちは街へと戻り、各々のやり方で時間を潰していく。
     深夜を迎えた頃、むせ返るような色に満ちている中洲へと舞い戻ってきた。
     暗がりだからだろう。男性陣へと、ちょくちょく誘いの言葉が投げ掛けられていく。袖にし先に進んだ果て、第一待機場所に定めていた郵便ポストへとやって来た。
     レオン・ヴァーミリオン(夕闇を征く者・d24267)は振り返り、静かな笑みを浮かべていく。
    「じゃあちょっと死んで来る」
    「わたくしドモは裏口の封鎖ですネ」
     洒落にならない冗談に頷き返した後、霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)は幾人かの仲間を連れて裏口へと向かっていった。
     少しだけ寂しげな笑みを浮かべたレオンを改めて見送った後、ヒルデガルド・ケッセルリング(Orcinus Orca・d03531)は店の観察を開始する。
     昼間との違いは、一つ。
     営業中を示しているのだろう、十五両と記されている暖簾。その他は何も変わらない。
     変わらないはずなのに色づいているように思えるとぼんやり思い浮かべつつ、廻谷・遠野(ブランクブレイバー・d18700)はため息を吐き出した。
     曰く、何か面白く無いと。
    「せっかくだからお色気で悩殺ー! とかしても良かったのにぃ……。ヒルデちゃんもドロシーちゃんも可愛いのにもったいよね?」
     この案件に対しては、二つの道が示された。
     一つは、今回の様に囮を立てて攻める策。
     もう一つは、色香で敵の配下を籠絡して攻める策。
     後者を取りたかったのだろう。遠野は今一度ため息を吐きだして、まあ……と表情を切り替える。
     事前に少しだけ長く現地入りし、ガイアチャージは済ませてある。その時の記憶から導き出される情景は……。
    「……あれ? もしかしてレオンくん、意外といい思いしてる?」
     本人にとってはわからぬが、傍目から見れば羨まれることもある状況か。
     いずれにせよ、灼滅者たちは待ち望む。
     レオンからの合図があるその時を……。

     ――今夜はよろしく。
     軽い挨拶の後、着物を艶めかしく着崩しキセルを吹かせている女……サエコの示すままに小さな部屋へと入ったレオン。
     中には大きな布団と、鏡。
     その他には月の見える窓しか存在しない場所で、上着だけを脱ぎ捨て布団の上に腰掛けた。
     二呼吸分ほどの間を置いて、サエコが部屋へと入ってくる。
    「おやおや、思ったよりも若いみたいだね。いいのかい? こんなところに来てさ」
    「さあ、どうだろう」
     敵意を抱いている内心などかけらほども伺わせず、レオンはサエコを受け入れた。
     見つめ合い、どちらともなく手を伸ばす。くちづけを交わしながら差し入れて、静かに着物を脱がしていく。
    「優しいんだね。でも、もう少し激しいのが好みだよ」
    「お望みとあれば」
     ねだられるがまま背後を取り、一糸纏わぬ彼女を膝に乗せていく。合図を出した後、両手でつかみ行為を先へと進めていく。
     朧気な灯りだけが映し出す部屋の中。二人だけの息遣いが聞こえる空間で。
    「それじゃ、そろそろ……」
    「っ!?」
     最後には押し倒され、上を取られてしまったのだけれども……。

    ●闇の守護者たち
    「Froen einem Betrug!」
     合図を受けると共に、ラルフは武装を整えた。
     脇目もふらず駆け出して、暖簾をくぐりレオンの残してくれた跡を辿っていく。
     大声を上げながら小部屋の扉を蹴り開けて、二人きりであるはずの秘められし空間へと突入した。
    「……おやおや、これは無粋な。ありは……あんたのお仲間かい?」
     レオンに馬乗りになったまま流し目を送ってくるサエコに、さほど応えた様子はない。
     耐えるのに精一杯なのか、はたまたKOされてしまったのか、レオンも言葉を紡ぐことができない様子。
     代わりに、鏡の裏側から男たちが……刈り上げと禿頭とサングラスが顔を出した。
    「姐さん、こいつら……」
    「ああ、やっちまいな。こういう場所に押し入るってことがどういうことか、思い知らせてやるといいよ。特に、女達にはね」
    「ワタシの激唱ヲ、聞きナサイ!」
     戦いの始まりを告げるため、ドロシーがエレキギターを高らかに鳴り響かせた。
     激しきビートで淫靡な空気を弾んだコンサート会場へと塗り替えるのだ!
     加速していくアップテンポに乗りビハインドのヒエイが前線へと向かう中、ヒルデガルドは槍を握る腕を捻っていく。
     道を塞ぐように動いた刈り上げめがけて、螺旋状の回転を加えて突き出した!
    「……」
     肩を突くが、手応えはさほどない。一撃では流石に切り伏せられぬかと、半歩下がって周が入り込む為の道を空けていく。
     周は刈り上げの懐へと入り込み下から切り上げた。
    「じゃますんぜ。あ、悪いけど客じゃねーがな」
     勢いのまま一歩分の距離を取り、仰け反る刈り上げに告げていく。
    「今日でこの店は閉店ってことで。絶対に逃さねーよ!」
    「ああ」
     示すため、夜トが剣を大上段から振り下ろした。
     肩へと深く食い込んだセツナ、ヒルデガルドの呪詛が刈り上げを包み込む。
    「……」
     動きを止め倒れていく男から一線を外し、次なる相手……禿頭へと向き直った。
     禿頭はサングラスと顔を見合わせて、続いて未だに馬乗りになったままのサエコへと視線を送る。
    「ご安心下さい、同志の意志は引き継ぎます。我々が、あなたを守ります」
    「ん、いいね。守るために戦うんだね? 根本が性欲でもまあいいさ。愛だというなら見せて欲しいな!」
     好感を得たか、遠野は微笑みながら風を起こす。僅かな反撃により与えられた痛みを和らげるため。
     痛みが引いていくのを感じながら、ラルフは軽く思考する。
     男たちに阻まれ、サエコへと近づく事は叶わない。
     ならばまずは男を片付け、サエコの元へと向かおうか。
    「そこですネ」
     着流しの袖口をはためかせ、螺旋状の回転を加えた槍を突き出した。
     禿頭の肩をついた所に上総が飛び込んで、素早く拳を連打する。
    「ほんと、お楽しみだったでしょうにすみません……」
     一撃、二撃と打ち込む度、禿頭の姿勢が崩れていく。男たちの間に、少しだけ隙間が生じていく。
    「ヒエイさん、カバーに入ってクダサイ!」
     素早くドロシーがヒエイに命じ、レオンの元へと向かわせた。
     自身は高らかなる歌声を響かせて、禿頭をノックアウト!
    「後一人、確実ニいきまショウ!」
    「く……だが……」
     サングラスは更なる気合を入れて挑んできたが、多勢に無勢。灼滅者たちは難なく斬り伏せ、改めてサエコと対峙した。
     サエコはため息と共に立ち上がり、毛布をローブ上に巻きつけながら灼滅者たちを見据えていく。
    「万事休す、ってところかね。どうせ、裏も塞いであるんだろう?」
    「サエコさんだっけ? 悪いけどあんた俺の好みじゃねーから!」
     問いには答えず、されどまっすぐには見つめずに、周は声を張り上げ駆け出した。
     足に深い斬撃を刻んでも、サエコの姿勢は崩れない。
    「あら残念。なら、好きになってもらおうかい。生き恥は晒さぬが……最期まで、抗わせてはもらうよ。こいつらに申し訳が立たないからね!」
     同時に拾いあげていたのかキセルを取り出し、静かにふかせ始めていく。
     煙が灼滅者たちへと向けられた時、終わりに向けた戦いが開幕した!

    ●朧気な輝きに抱かれて
     友人曰く、色気より食い気。
     そんな性質を持つ夜トは、毛布の隙間から覗く肌色にさほど興味を示すこともなく、非物質化させた剣を突き出した。
    「……」
     思考のうちには、今日の晩御飯のこと。この街で行った食事のこと。
    「……小腹が空いて来たな」
    「早く終わらせましょう。そのためにも……」
     小さく頷き返した後、上総は影を差し向けた。
     両腕ごと体を拘束し、動きの自由を奪い去る。
    「おねーさん、今度は俺のお相手願えますか?」
    「ははっ、そんな余裕があればよかったんだけどねぇ……さて」
     サエコは笑い、リング状の煙を吐く。
     オーラを走らせた手刀で霧散させながら、ラルフは影で作られた蝶の群れを差し向けた。
    「サ、そろそろ終わりにいたしまショウ」
     蝶は縄へと変幻し、サエコの手足を絡めとる。
     動けなくなったその体を、ヒルデガルドの差し向けた影刃が切り裂いた。
    「……」
     冷たく見据える瞳の中、毛布がはらりと落ちていく。
     朧気な灯りが照らしても、瞳を奪われてしまう者はいない。
    「……ヤキが回ったもんだ」
    「……」
     諦めたかのような言葉を紡ぐサエコを細めた瞳で見据えた後、夜トは剣を振り下ろす。
     もう、元のヒトに戻ることのない、殺すべき敵だから。
     容赦する必要などないのだと、誰よりもサエコに示すため。
     その横合いから、上総が体を割りこませる。
     穏やかな舞闘を刻みながら、サエコに静かな視線を送っていく。
     織り交ぜしは、鞭剣。
     サエコに引導を渡すため。その道筋を作るため。
     辿るは遠野。
     静かなほほ笑みと共に、サエコに問いかけていく。
    「そろそろしっぽを見たいところ何だけどさ、HKT」
    「ははっ、それは聞かないでおくれよ。あたしゃ、知り合いを売る気はさらさらないよ」
    「そっか……じゃ」
     拒否にも表情を変えず、杖でサエコを指し示した。
    「行くよ、歓楽街ビーム!」
     ピンク色のビームで撃ち抜いて、サエコを壁際へと叩きつける。
     輝きが正常な、朧気なものへと変わった時、サエコは物言わぬ躯と化した。
     灼滅者たちは静かな息を吐いた後、治療と介抱のために動き出す。そう、まずは……レオンの状態を確かめようか。

     幸い、レオンは無事。ギリギリだったが、サエコの瞳に犠牲者の影を見出し切り抜けた。
     改めて、ドロシーが大きく跳ねてVサイン。
    「ミッションコンプリート、デスヨ!」
     喜びの言葉を響かせて、雰囲気を明るいものへと塗り替える。
     笑顔でそれを見つめた後、レオンは静かな息を吐き出した。
    「出来れば別な形で逢いたかったよ」
    「あーもう落ち着かない。早くこっから出ようぜー。明るいとこ行きたいよ」
     拾われなかったのは幸いか、はたまたきちんと着物を直したサエコへ向けただけだったか。
     周がそわそわした様子で出入口を示し、総員頷き返していく。
     もう、この場所に用はない。色によって導かれた闇への扉も、灼滅者たちの手によって閉ざされた。
     安全になったとの報を伝えるため、さあ、武蔵坂へと帰ろうか。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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