山奥にひそむもの

    作者:海乃もずく

     山奥に、草木が何もない、ぽっかりと開けた場所があった。
     そこに現れたのは白いオオカミ。目のふちには朱色の隈取りがあり、尾の先端だけが墨染め色に染まっている。
     しばらく辺りを嗅ぎ回っていた白いオオカミは、間もなく去って行った。
     ――そして、白いオオカミがいた空間に異変が生じる。
     何もなかったはずの場所に、見上げるほどに高い、葉を落としたイチョウの古木が出現する。
    『ウオオォォォ……』
     地鳴りのようなうめき声は、幹に浮かび上がる何十人もの人の顔から。それぞれの目と覚しき場所からは、血のような赤黒い涙が流れる。
     太い鎖が1本、根の一つから地中へとつながっていた。
     
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、集まった灼滅者達の前で、おもむろに話を切り出した。
    「『古の畏れ』を呼び出すスサノオの動きを、見つけました」
     場所は登山道のない山の奥。現地までの経路はないので何らかの対策は必要だが、逆に言えば、誰も訪れることがない場所なので、心おきなく戦える。足場や広さにも問題はない。
    「相手は、死者の怨念を宿すというイチョウの古木です。もっとも、そこにイチョウがあったのは戦前の話ですが」
     かつてこの地では激しい争いがあり、山の中で多くの人が命を落としたという。死者の血肉で育った巨木、という言い伝えが『古の畏れ』として甦った。
    「この巨木は移動能力はありませんが、硬い樹皮を持ち、うごめく枝で攻撃を弾きます。従って、攻撃の命中率自体は、自立行動をとる敵と大差ありません」
     巨木は、枝による刺突で単体を攻撃し、近くの相手の攻撃精度をひき下げる。枝を大きく振り回すと、遠くの敵でも一まとめに絡みつき、動きを封じるという。
    「また、幹に浮かび上がる顔は怨嗟の声を発し、状態異常を増幅します」
     また、状態異常はかかりにくいが、『炎』に関しては、かかりさえすれば効果が大きい。
    「この事件を引き起こしたスサノオですが、未だ予知がしにくい状況です。いつか必ず、元凶のスサノオを見つけたいところですが……まず今は、この『古の畏れ』の灼滅をお願いします」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    迅・正流(斬影騎士・d02428)
    立見・尚竹(雷神の系譜・d02550)
    焔月・勇真(フレイムアクス・d04172)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)
    柳・晴夜(夢の旅人・d12814)
    狼川・貢(高校生殺人鬼・d23454)

    ■リプレイ

    ●山奥にいる『古の畏れ』へと
     高い樹木と枯れ藪に覆われた、登山道のない山の奧。
    「こんな人気の無いところで、古の畏れを呼び出すなんて」
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)の足元を、藪が音もなく左右に分かれていく。登山着姿の紅緋は、切り揃えた黒髪を揺らし、軽やかに木々の間を登っていく。
     一方、後ろに続くアルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)はいつも通りのスカート姿。
    「うーむ、山道を歩くならスカートの下に他のものを履いてくるんじゃったか」
     ソックスからむき出しの生足に擦り傷ができないよう注意しながら、アルカンシェルは歩を進める。
     紅緋のつくる道に沿って進みながら、焔月・勇真(フレイムアクス・d04172)は木々の連なりを見上げる。
    (「本ットに山奥だなー」)
     迷うことこそないものの、ごつごつとした岩や急斜面を越える作業は、普通の登山よりは難しい。
     『古の畏れ』がいるのはは、この奥。大イチョウの姿をしているという。
    「立派な樹だったんだろうけど、そんな言い伝えにされちゃいい迷惑だよな」
     呟いた勇真に、加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)がひかえめに頷いた。
    「イチョウの木……秋はすごく綺麗、ですよね。そこに死者の怨念が宿る、なんて、ちょっと怖いです」
     彩雪に続く狼川・貢(高校生殺人鬼・d23454)は、唇を固く結んで、苔むす岩に手をかける。
    (「武蔵坂に来てからは、殆ど初陣のようなものだ。気を引き締めねばな」)
     はやる心を抑えるためにもと、貢は自身からのびる、アリアドネの糸を再度確認する。山登りの段取り、サイキックの準備。ここまで手落ちはない。……問題はない。
    「見えてきました。あれが『古の畏れ』でしょう」
     迅・正流(斬影騎士・d02428)が、地図に目を落としながら口を開く。
    「あの沢を越えるのか、迅……さん」
     呼び捨てがもともとの癖なのか。敬称部分だけを微妙に言いにくそうに、貢が正流の地図を覗き込む。
    「はい。ここは突っ切った方が早いでしょう」
     スーパーGPSのお陰で、方向を誤ることはない。藪に覆われた岩場の連なりを抜ければ、目的地はすぐそこだった。
    「これだけの大きな木……今まで、人の営みを長い間視ていたのだろう」
     立見・尚竹(雷神の系譜・d02550)は、巨大な樹木を見上げる。
    「そのうちの最悪のものが、スサノオに目覚めさせられてしまったわけか」
    『ウオオォォォ……!』
     山全体を鳴動させんばかりの、巨木のうなり。
    「……言ってみりゃ、死者の怨念、みたいなもんっすかね……」
     ビリビリと空気を震わせるサイキックの圧力に対抗するように、柳・晴夜(夢の旅人・d12814)は自身の殺気を解き放つ。
     念のための人避けをすませ、晴夜はスレイヤーカードから殲術道具を装備する。
    「少しでも前に、手を伸ばす」
     解除コードと共に、晴夜の手の甲にはコイン状の盾が出現した。
     それに応えるように、巨木は灼滅者達を圧倒する。ざわざわと枝をうごめかせ、どす黒いオーラを広げて。

    ●怨念渦巻く大イチョウ
    「お願い、ね」
     『古の畏れ』を眼前に、彩雪は霊犬さっちゃんをふわりと撫でる。
    「がんばろう、です……!」
     霊犬に向けると同時に、自分自身に向けた言葉。シールドをきちんと構え直し、彩雪は一歩を踏み出し、神霊剣で斬りつける。
     ギィン、と固い手応え。
     幹を狙った彩雪の剣は、堅固な木肌に阻まれる。
    「すごく、固い……!」
     樹木が動くことはない。その代わり固い樹皮で攻撃を阻み、頭上の枝は刃となって、不規則な軌道で灼滅者に襲い掛かる。
    「古の畏れがどれほどの相手か……この身でしかと経験してみなければな!」
     迫り来る枝をかいくぐり、アルカンシェルはガトリングガンの弾幕を張る。緋色のオーラをまとった弾丸が、樹皮を炎で押し包む。
     アルカンシェルの赤い瞳にたゆたうのは、胸躍る戦いを求める不敵な光。 
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します!」
     弾丸によってひび割れた樹皮に狙いをさだめ、紅緋は鬼神変を振り下ろす。びりびりと硬質な手応えに、紅緋はわずかに顔をしかめた。
    「紅緋さん、後ろっす!」
    「……っ!」
     息を呑む紅緋の背後に追いつく晴夜が、迫る枝に体をぶつける。立て続に向かってくる枝。晴夜の背を、二本目、三本目の枝が貫きいましめとなる。
    「晴夜くん!?」
    「はっ……まだまだ、これからっすよ」
     血を吐きながら、晴夜は気合で傷を癒やし、まとわりつく枝を吹き飛ばす。腹から突きでいた、残りの枝を引き抜いた。
    「焔月君、気をつけてください。相手の間合いは、かなり変速的です」
     キャリバーにまたがる勇真に併走し、正流は声をかける。
     四肢を持つ敵の攻撃と違い、攻撃の『限界点』が判別しづらい。ここまで、と見極めたリーチより、さらに数センチ、数十センチと枝が伸びる。
    「もう数発受ければ、慣れそうなんだけどな……っと!」
     言いしな、勇真は軽くスロットルをふかす。キャリバーの機銃で枝を粉砕、炎をまとわせた斧を振りかぶる。愛機エイティエイトの機銃掃射に続き、スピードを乗せた重い一撃。
     勇真に続いて正流も、無敵斬艦刀・破断の刃をふるう。横薙ぎに叩きつけた刀身から、火炎を樹へと流し込む。正流と勇真、呼応して炎の攻撃を重ねながらも、いまだ炎は届かない。
     貢は槍を構え、大きく一歩を踏み出す。
    (「人の訪れることがない場所とはいえ、被害があってからでは遅い」)
     貢の心中には一つの思いがある。――学園の手を借りるかたちになってしまったが、古の畏れ、スサノオに関しては自分たち病院の手落ちだと。
     だからこそ、せめて。自分の手が届く、この相手は。
    「――確実に、灼滅させてもらう!」
     槍を握る手には、自然と力がこもる。渦を巻く槍が大樹に食いこみ、確かな手応えを貢に伝える。
    「貢、合わせる!」
     ガガガガカッ!
     貢が穿った樹皮の穴に、炎をまとったガトリングガンの砲撃が立て続けに叩き込まれる。貢のすぐ後ろには、大口径の機関砲を抱える尚竹。
    「ふむ。……ようやく燃えるか」
     尚竹の呟きのとおりに――ちろり、と幹に小さな炎が燃え移る。

    ●燃えあがる大樹
     乾いた木が燃えるように、一度ついた炎は幹を容易に浸蝕していく。幹に浮きでた無数の顔が、炎にあぶられて苦悶に歪む。
    『ウオオォォォ……』
     苦痛にのたうつように枝をしならせる大樹。切れ味鋭い枝が、正流の四肢を両断すべく襲いかかり、その肩口に深く食いこむ。
     しかし正流は一歩も退かず。傷口から炎を吹きあげながらも、真っ直ぐに敵を見据える。
    「無双迅流の真髄は闘志にあり!」
     スサノオの目的はいまだか解らないが……今は、目の前の敵と戦うのみ!
     火焔渦巻く無敵斬艦刀が、木肌に深く食いこむ。ぼうっ、と枝が燃えあがる。大樹を燃やす炎の勢いが増したのが、誰の目にもわかった。
    「でかした、正流!」
     アルカンシェルはとっさに武器を持ち変える。両腕に抱えていたガトリングガンから、片手におさまる解体ナイフへ。大きく跳躍し、ナイフを樹皮に突き立てる。
     真下へとナイフをジグザグに引く。傷に沿って、炎が一気に広がった。
    「一度消えた身にも関わらず大木ごと呼び出されるとは、怨霊たちも難儀よな」
    「せめて『死んだ人が穏やかに眠れるよう、この地を見てきた』とかならよかったのにな」
     怨霊達の声に顔をしかめながら言うアルカンシェルに、勇真が苦笑を返した。
    「きっちり終わらせたいな。こんな形で現れる事になったのも、巨木には迷惑な話だろうし」
     勇真の射出するリングスラッシャー、その光輪と並ぶ勢いで紅緋は地を蹴り、大樹に迫る。ちりちりと燃え始めた枝を神薙刃で吹き飛ばし、幹を蹴ってくるりと方向転換。
    「今回は、木こりさんの体験学習ですね!」
     赤い光が紅緋の周囲を彩る。太い枝の上に立ち、紅緋は怨霊の顔めがけて身を躍らせる。力任せの鬼神変。
    「闇は闇へ、過去は過去へ。皆でちゃんと葬ってあげますからね」
     がつり、と鈍い音がして木片が舞う。合わせて貢が、巨大な杭で大樹を貫いた。
    「……必ず、全うする」
     短く呟く貢の銀の瞳は、固い決意のもと、鋭い光を放つ。
    (「……この身体も全て、灼滅の為」)
    『ウオオォォォ……』
     大樹にあらわれる怨霊の顔が、一斉に声を放つ。強烈な震動が尚竹や晴夜に衝撃を与え、手足にまとわりつく枝を活性化させる。
    「大丈夫、です……! がんばる、です、よ……!」
     幾度となく枝の攻撃を受け、盾となり、壁となり、彩雪は自身を奮い立たせながら前に進む。回復役と壁役、ともに彩雪の小さな肩にかかっている。
     今回の布陣では、一旦負った傷を元どおりに治癒することは難しい。彩雪とさっちゃんは、戦いの半ば以降はずっと、一進一退の回復に力を注いでいる。
    「さっちゃん……もう、ちょっと、です……」
     ……あと一息。もう少し保てば、大樹は間違いなく倒れる。
     炎は既に、大樹の半ば以上を焼き焦がしている。細かい枝々はぱちぱちと燃え落ち、大樹がひとつ身をよじるたびに、新たな炎の舌が樹皮を包む。
     ここが攻勢と見た晴夜が、右腕に装着されたWOKシールドから魔剣ヒルコを引き抜く。
    「おら、働けヒルコ!」
     クルセイドソード【煌閃蛭子<Exile>】を上段に構え、最もダメージの集中している箇所への斬撃。
    「……もう、あんたらの戦いは終わってるんだ。ゆっくり、休んでくれっす」
     寄せては返す怨霊の呻きと向き合いながら、晴夜は静かに呟いた。
     ぴしり、と樹木に水平にヒビ割れがはしる。
    「この一太刀で決める……」
     もう一度、眠りにつかせてやろう。出来れば安らかに。
     尚竹はガトリングガンをおろし、一気に間合いを詰める。温存していた日本刀【真打・雷光斬兼光】のつばに手をかける。
    「我が刃に悪を貫く雷を! 居合斬り・雷光絶影!」
     鞘鳴り。一拍おいて、ひと筋の光が円の軌道を描く。
     衝撃音に続き、はたと、怨霊のうめきが途絶える。
     ――次の瞬間には、真っ二つに割けた大樹が、轟音を立てて地に崩れていった。

    ●炎に包まれて
     炎は激しさを増し、崩れた木を押し包んでいく。
     炭化する直前の枝がかすかに持ち上がるが、誰かが飛ばした光輪がそれを容易に砕いた。
    「還るがいい……古の伝承の中に……」
     燃え落ちる大樹を見守りながら、正流は呟く。
    「こいつさ。戦前まで、っつーと焼け落ちちまったのかな?」
    「こんな、ふうに……ですか?」
     炎に包まれ無に帰っていくイチョウの大樹。何となしの口調で言う勇真を見上げ、彩雪はさっちゃんを抱きしめる腕に力を込める。
    「炎に弱いってさ、そういうのもあるのかなって」
     ここにあったイチョウの大樹が、かつてどんな変遷をたどったのかはわからない。しかし……もしかしたら、在りし日の最期を、追体験しているのかもしれないと。
    「古の畏れとして顕現した以上、『これ』はかつて実在したんでしょう。だけど今はもうないもの。ただの亡霊に過ぎません」
     静かな口調で、紅緋が告げる。
     かつて存在してた大木。……その亡霊も、今ここで終わりを遂げる。
     全てが燃え落ち、完全な灼滅が確認されたのは、それからすぐ後のことだった。
    「お疲れ様っす。――貢くんも、お疲れ様っした。治療は済んだっすか?」
    「ああ、問題ない。ありがとう、柳……さん」
     笑みと共に話しかけてくる晴夜に返答を返しながら、貢は仲間達一人一人をそっと見やる。
     ……戦闘中、随分と呼吸を合わせやすかった。言葉ではなくても、態度の端々に。
    (「積極的に、合わせてもらえていたのか」)
     ――これからも、武蔵坂学園生として彼らと共に戦う。それは貢に、不思議な感慨を抱かせていた。
    「尚竹、何をしている?」
     ふと、アルカンシェルが尚竹に声をかける。
    「学園の校庭にでも、蒔いてみようかと」
     尚竹は、拾い上げたものをアルカンシェルに見せた。手の中にはギンナンの実。
    「これは、あの古木の銀杏ではないじゃろう?」
    「関係があるかも知れない。次代に命を繋げられれば、この古木の鎮魂にもなるだろう」
     そう言って、尚竹は、『古の畏れ』が存在していた空き地を見やる。
     灼滅者達によって『古の畏れ』は倒され――既にそこには、何も残ってはいなかった。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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