●warning!!!
「刺青を彫る事で、一般人を強化一般人に変えるダークネス、か……報告書には『伝説の彫師』と書かれていたな。件の調査結果はもう読んだか?」
読んでいなくても、今から読めば問題ないな。
そう言って、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は、教室に集めた灼滅者の前に資料のコピーを叩きつけた。
「調査に向かった仲間は無事全員で帰還し、敵拠点の情報を持ち帰ってくれた。得た情報をもとに、敵に察知されない限界の戦力を一気に投入し、拠点制圧と彫師の灼滅を狙う作戦を考えた、が……成否は正直言って際どい線だ」
彼はふと、資料を捲る指をとめた。
そのまま教卓に紙を置き、皆に背を向けて板書を始める。
「俺は勝手に説明させてもらう。迷いがあれば、いま席を立つといい」
今なら俺は見ていないからな。
かつ、かつと、規則正しい板書音が響く。黒板は見る間に、几帳面な白文字で埋まる。
「……捕えられた一般人達にも、帰りたい場所があるだろう。君達だってそれは同じだ」
「まずは、戦場の状況について」
敵の拠点は、鹿児島県の山中。
人里離れた場所に作られた和風の屋敷で、土蔵や、幾つかの建物がある。土蔵には、福岡の辺りから拉致されてきた一般人が捕えられているはずだ。
今回の作戦が、バベルの鎖によって事前に敵に看破される事はないだろう。
しかし作戦開始後に、通信機などで援軍を呼ばれる可能性は高い。
場所柄、援軍が来るまでには多少の時間はあるだろう。
敵が多く集まる前に、速やかに制圧を終えたいところである。
「次。判明している範囲での、拠点内の敵の情報!」
総数はざっと100体以上、詳細は不明。
強化一般人達は刺青を施されており、旧い軍隊のような姿をさせられている。
互いを階級で呼び合い、上位の階級の者の指揮に従って、統一された戦術や作戦を見せてくるだろう。
個々の能力はさほど高くない。だが敵の士気は高く、厳しい規律に基づいた連携攻撃が集団戦では脅威となる。
こちらも、相応の心構えで挑まねばならない。
「むろん、君達のみで実行できる規模の作戦ではない。今頃他のエクスブレインも皆に協力を仰いでいるはず。必要と思われる役割は、大まかに7つに分けた」
土蔵を制圧し、一般人を救出する。
駐車場を制圧し、逃走と追撃を阻止。および敵増援を迎え撃つ。
屋敷を正面から襲い、戦闘を行う。
隙をみて屋敷に入りこみ、内部から敵を崩す。
内部で隠密行動をとり、情報収集を行う。
同じく、内部で秘密裏に有力敵を探し、暗殺を狙う。
屋敷の裏手に潜伏し、有力敵の逃走や後処理に備える。
「どこにどの程度戦力を割くか、全体の中で自分たちがどの役を担うべきか……不要と思ったものは切り捨てるのも、大切な選択だ。そういった事を相談しながら、全員一丸となって成功を掴んで頂きたい!」
エクスブレインはそこまでを一気に言い終えた。
「以上。可能なら実行する。不可能でも断行する!」
常よりも声を張り上げて、言う。
彼の威勢が、作戦がいかに困難なものかを表していた。
弱い者のため。罪なき人々のため。それでも、友を戦場に送らねばならぬ時は。
君達が。彼が。皆が。
誰かが引き金を、ひかねばならないときは――ある。
「ここに残った君達なら志は同じはずだ。少しの不利がなんだ? 君達は必ずや覆し、遂行して、無事に帰る。……どうか、俺達のその信頼に応えてほしい。伝説の彫師を灼滅せよ!」
参加者 | |
---|---|
守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289) |
江楠・マキナ(トーチカ・d01597) |
晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821) |
蛙石・徹太(キベルネテス・d02052) |
千条・サイ(戦花火と京の空・d02467) |
三島・緒璃子(稚隼・d03321) |
嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432) |
桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312) |
●1
「……始まったの」
今、屋敷の門前で戦闘が始まった。裏手の森に控え時を待つ仲間達へ、晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)が望遠鏡を覗きながら囁く。蛇に変じた江楠・マキナ(トーチカ・d01597)が、彼女の右腕に巻きついたまま大きく首を伸ばす。銃声や怒号が遠くで響く中、暗殺班も密かに行動を開始した。
潜入攻撃班は先に現場へ向かった筈だ。望遠鏡で別の進入路を探す。少しでも現地を知る守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)の存在は、一行にとって頼もしい。
目立たぬ色や素材、衣擦れ音に至るまで、各自気を配った装備を用意した。八名のうち四名は動物に変身し、残り四名で運びつつ森の小路を進む。はぐれる者もなく、少人数でスムーズに進軍できている。
先行する朔夜の背から、結衣奈は並ならぬ気を感じた。草木が朔夜に慄いているような錯覚すら覚える。けれど、それがむしろ心強い。
『……ふふ、まるで忍者だの』
『緒璃子さん? 私達は私達の目的を果しましょうね』
「あかんて。あんま動くと落ちるさかい」
千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)の肩に乗る三島・緒璃子(稚隼・d03321)猫は何だか楽しそうだ。結衣奈の肩上の桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312)猫と、会話するように視線を交している。二人の様子を見て、蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)はどこか、とても遠くにいる級友の顔を思った。
新宿。歌舞伎町。忘れもしないあの戦争。クラスには……今でも一つ、空席がある。
蛇の姿の嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)が心配そうに首を傾げている。徹太は何でもない、と首を振り、帽子を深く被り直した。
●2
無事屋敷へ潜入を果たし、結衣奈が鏡で通路の先の死角を確認する。サイも臭いから周囲の様子を探るが、不穏な気配はない。マキナとイコは襖の隙間から手近な部屋を覗いた。……誰もいない。
正面には、敵を引きつけるには充分すぎる戦力を投入した。多くの敵はこの騒ぎで表に出たらしい。
部屋に入り、押入れ内に天井裏へ達する穴を開けた。襖もきっちり閉め、ひっそりと天井裏にあがる。
光量を絞ったライトで周囲を照らす。ひどく埃っぽいが、変わった様子はない。
マキナとイコは蛇の体を活かして柱を昇り降りし、罠がないか慎重に探っていく。緒璃子と詠子も天井板の隙間から階下を覗き、警戒する。……敵を発見したが、どうやら分隊のようだ。
「曹長殿、ご命令を!」
「突撃! 死力を尽くし、如何なる苦境にも怯まず応戦せよ!」
「了解であります!」
そう言って忙しなく駆けていく。……皆は人知れず、ほうと息をはいた。
動物組が先行し、極力安全なルートで進む。どうも戦況があまり良くないのか、内部にも多少敵が残っている。無線は、今は念の為切っているが……何か起きたのだろうか。
ともあれ、屋根裏からの進行を選んだのは結果的に好判断だった。敵は、目に見えている危機への応対で手一杯だ。廊下を進むより、発見される可能性はずっと低い。
この一帯には敵の気配が少ないと進むうちに気づいた。通るのも雑兵めいた者が多く、要人がいるにしては手薄に過ぎる。
徹太はハンドフォンを使い、逆方面から屋敷に潜入しているもう一方の暗殺班へ電話をかける。応じたのはのぞみ(d03790)だ。
「こっちは妙に手薄だ。彫師はこの辺にはいない気がする、気を付けろ」
そう伝達はしたが、あくまで可能性が高いというだけ。引き続き捜索を続けるも、やはりこの付近は空き部屋ばかりだ。もう奥に行くかと話していた時――徹太の携帯が肌に振動を伝えた。
急ぎイヤホンマイクのスイッチを入れる。今度はこぶし(d03613)から連絡だ。
『彫師を発見したよ』
――!
「いた?」
「ああ。今から仕掛けるんだと。奥座敷付近の廊下だ」
「丁度よかったね。でも急がないと、下に降りよう!」
詠子が下を覗き、首を縦に振った。朔夜が手早く天井板をくり抜き、階下から目的地を目指す。消音靴で自分達の足音が抑えられた分、敵の足音がつかみ易い。
「斎正様の御命が最優先である。遅れ躊躇いは全て生き恥と心得よ!」
「はっ、中尉殿!」
その声を聞き、一行は壁際にはりついた。ガラの悪い男に率いられた軍服の一団が血相を変え駆けてくる。斎正、とは要人の名だろう。もしやあちらも無線で連絡を受けたのか。
敵はこちらの半分。みすみす合流させるより、不意打ちで消す。
忌まれた才の使い時は今だ。す、と冷ややかな風が廊下を過る。
「……?」
「恨みはないけど、ここで死んでもらうの」
曲がり角から飛び出た朔夜は、小柄な身体を活かし中尉の懐に入りこむと、腹部に深々と聖剣を刺した。
中尉はゆっくりと崩れ落ちる。外傷はない。血も出ない。だが一瞬で、男は声もあげず絶命した。
澱みない動きに仲間も息を呑む。これが本物の暗殺だ。朔夜の、最も得意とするところ。
「中尉殿! ええい、怯むな!」
変身していた仲間も次々変化を解き、残る雑兵を襲う。一応サウンドシャッターは使ったが、今どこまでが戦場なのかは不明だ。ただ、正面突破が成功したような気配がない。
「可能なら実行する、不可能でも断行する……か」
その言葉の重みを今、ひしひしと感じる。朔夜の小さな呟きに、サイはそれでも笑って返す。
最後まで立っていた方が勝ちだ。今やる事は、眼前の敵を最速で倒すのみ。
「断行、しよか」
「……たまには、そういうのもいいの」
その重さは、恐怖ではない。皆に力を与えるものだ。
●3
雑兵を蹴散らし、一行は合流地点目指して走った。何やら嫌らしい男の声が聞こえる。
「警備のものが駆けつけてきたようだな。お前たちは袋のネズミだ」
和服の男の姿。そして、傷つき劣勢に陥った仲間達。サイは迷わず和服の男目がけて駆けた。男はその殺気に振りむき、サイが腰のナイフに手を添えるのまでは捉えた。
が。
「は、残念やったな、おっさん」
強敵と戦うのは好きだ。けれど、目だけは常に冴えていなければ。
フェイントだ。
サイの周囲から黄昏の闇と光が仄かに立ち昇る。密かに背後へ飛ばしていたオーラが、踵の肉を一気に削ぎ落した。
「斎正様!」
噴き出す血。男の後方にいた護衛の女から焦りの声が上がる。
「……テメェが彫師の斎正か」
凄まじく低い声で誰かが呟いた。
詠子だ。その顔に清楚で大人びた少女の面影はない。静かな怒りに満ちた赤の瞳には、形容し難い迫力があった。美しい銀の十字槍を壊れそうな程握りしめ、詠子は鬼を睨みつける。
こいつが、斎正。伝説の彫師。
徹太は、手袋ごしに手の甲をがり、と噛んだ。
――スイッチオン。完璧な狙撃手に、なってみせる。
「お前が回復役か」
徹太は怒りを殺し、凪いだ心持ちで敵後衛に銃口を向ける。狙うは、眉間ひとつ。
徹太と朔夜、二人がほぼ同時に漆黒の弾丸を撃つ。狙われた女は眉間から血を吹いて倒れた。マキナと詠子は視線を交し、頷きあう。
「災いの原は此処で断つ!! ヴァンキッシュ、突撃ッ!!」
「ダート、やっとお前の出番だ。続いて、突撃!」
マキナと詠子、二人の相棒たるライドキャリバーが主人の命を受け走り出す。克至(d13623)や灯花(d16152)らを襲おうとしていた敵の銃撃は、二体にほぼ食い止められた。更に緒璃子の霊犬、プロキオンまでもが激しく吼えながら襲ってくる。
「じ、上官殿、緊急事態であります!」
敵陣を引っかき回すサーヴァント達。マキナ、詠子、そしてイコが続く攻撃に備える中、結衣奈は深手を負ったのぞみ(d03790)が動けずにいるのを発見した。
後衛は護衛強化一般人の集中攻撃に晒されていたらしく、傷が深い。結衣奈は清めの風をめぐらせ彼らを癒したのち、のぞみを助け起こして保護する。
「もう大丈夫だからね、しっかり!」
「チッ、まだネズミが居たか……仕方ねぇ。おい、早くこいつらを殺せ!」
一連の流れで形勢不利と見たか、斎正は一転して逃走の体制をとり始めた。
瀕死の仲間にとどめを刺そうと、護衛の刺青強化一般人がいっせいに迫る――!
仲間を見捨て、目的を取る。
目的を放棄し、仲間を救う。
断行するなら、難しい事の方が……やりがいが、ある。
護衛の引きつけにも意識を置いていたイコが真っ先に動いた。マキナも彼女の思惑を察し、直ちにシールドを展開する。イコは槍を回転させ、刀を手に迫る敵前衛を一薙ぎした。
「護ることこそ、わたしの矜持。仲間は傷つけさせないわ」
「それに、カミカゼなんて今どきナンセンスだ」
正解はひとつ。
目的を達し、皆で帰ろう。
怒りを煽られた一部の敵がイコに襲いかかってくる。先手必勝。足並みが乱れた隙を逃さず、緒璃子は野太刀を振り抜いた。
重く、強烈な斬撃が護衛の一人を叩き斬る。皆も次々敵の前に出て、傷ついた仲間に手出しさせぬよう立ち回る。
プロキオンがイコを癒す。血に濡れてもイコの双眸は澄み透り、無垢な輝きで前を見ている。
静かな想いに呼応するように、愛用の槍がきらめく。彼女はただ大切なものを護るため、槍を握る。
「護衛は其方で引きつけましょう。皆さまは今暫くの間、彫師の足止めを。この身を盾として、皆さまをお護りします!」
「元よりそのつもりです」
イコの呼びかけに、ジンザ(d06183)が頼もしい答えを返す。彼らの闘志もまだ消えていない。いける。
「集中せよ! 可能な者は後ろを狙え!」
護衛隊だけあり、敵も先程の雑兵とは明らかにレベルが違う。作戦を続行し、できる限り結衣奈に攻撃を集めてきた。だがこちらは壁役の層が厚いのが最大の強み。攻撃は五人に散り、集中攻撃は成らない。
「ば、馬鹿な……」
影のように背後に佇む娘に男は気づかない。朔夜が後ろから、静かに上官の頭を撃ち抜いた。
「ここで命を無くした人、人で無くなってしまった人の為に。わたし達は倒れる訳にはいかない!」
結衣奈の風が前衛に力を与える。威力がやや薄れているが、温存した体力と地力の高さで暫くは押せる。マキナの操る影の狗達が敵を引き裂く。一人、また一人、着実に敵の数は減っていく。
詠子の十字槍が敵の居合いを弾いた。サイが切り裂いた防具の隙間から、詠子は妖気の氷柱でカウンターを入れる。
「なんや自分、メデューサみたくなっとるで」
「……誰のせいだよ」
髪が乱れている。右へ左へ攻撃を受けに走るうち、詠子の三つ編みもすっかり解けてしまった。
緒璃子とサイがあんまり楽しそうに戦うものだから。二人を支えに、只管に走り回った。
「楽しまんともったいないやんなー」
「ん、ほんに楽しかな!」
二人は武器を振るう。黙々と攻撃をいなす詠子の眼前の敵に、徹太は照準を定めた。弾は詠子の隣を抜け、敵だけを蜂の巣にする。
……そうだ。これは俺一人の戦いじゃない。俺も信じてる。仲間を信じてる。信頼してると言ってくれた。プレッシャーをくれた。
だから――やれる。どうなろうと、共に最後まで戦い抜ける。
イコの槍先に、静かな白銀の炎がともる。手に馴染んだ槍はまっすぐ相手を突き、その身を厳かに焼いていく。
「無念……ッ」
最後の護衛が燃え尽きた。灼滅者達に囲まれ、追い詰められた斎正にもう逃げ場はない。マキナは一つ気になっていた事を尋ねる。
「桜吹雪を描いたことある?」
「彫ったさ。沢山彫りすぎて、誰に入れたか覚えちゃいねぇなぁ」
夜の繁華街に消えた命を想い、マキナは悲しい目をした。良い絵だったのに。……この鬼にとって、刺青とは何なのだろう。
鬼の彫師はどこか愉しそうに、どこか自嘲めいて、笑う。
「ハッ。てめぇらは少し骨のある若モンのようだ。どうだ、俺に彫らせてみねぇか?」
「救いようがないな……悔いて、死ね」
爾夜(d04041)が一蹴し、杖を叩きこんだ。ぐッと苦しげな息を漏らし、膝をつく斎正へ、緒璃子があゆみ寄る。
「人ん縄張りで好き勝手されんのは、気に食わんね」
先程までと違う神妙な顔。静かな薩摩言葉に、斎正はく、と笑う。
己の変え難い運命を悟ったようだ。砕斬小町の名を持つ名刀が、緒璃子の右手で冴え冴えと輝いていた。
抵抗はなかった。男は正座をし、手を後ろに組み、静かに頭をたれる。
「首級とは渋いねぇ……益々気に入ったぜ。ほらよ」
…………。
緒璃子は、その首筋に刀を這わせると。
「……よか戦じゃった。では、その首貰い受ける!」
渾身の力をこめ、真っ直ぐに打ち下ろした。
赤い飛沫が散り、斎正の首が転がった。勝利の喜びが、胸をじわりと満たすのは一瞬。
イコは眸を伏せた。
四方から迫る足音。こちらも、退路などとうに失っていた。
「斎正様! ……あ、ああ……なんという事だ」
「逃がすな! 刺し違えてでも、この者らを殺せーーーッ!!」
次々迫る増援。溢れる悲嘆と憤怒。まだこれ程敵がいたのか、という驚きはない。これまでの様子から、薄々こうなるとは覚悟していた。
だが、断行した。結果、暗殺班は目的を果たせた。
前衛達が敵に吞まれ、瞬く間に見えなくなる。戦闘直後の身では数の力に為すすべもなく、嵐のような銃声のなか、流石の仲間達も耐え切れず力尽きていく。……あとは帰るだけなのに。それが、何より難しい。
庇われ、まだ余力のある後衛の結衣奈が、強い眼差しで髪のリボンに手をかけた。
事前情報があまり得られなかった事。一般人を救えずに帰ってきた事。この苦境の遠因で、調査に行った結衣奈自身が誰より悔やんでいた事だ。
それでも共にやり抜いた皆を、待つ人のもとへ帰したい。
もう戦えぬ者も、まだ戦える者も、皆遣る瀬ない眼で彼女を見る。
止めたい。もう、結衣奈は充分頑張ったじゃないか。その切実で、だがひどく不毛な願いを、皆必死で噛み殺していた。
「……帰って、みんなに伝えてくれるかな」
何を躊躇うことがあろうか。
「ありがとう!」
だからこそ、惜しくないと思う。
――鬼神顕現。
リボンが床に落ちた。長い黒髪が根元から、雪のような白銀にかわる。
髪間から五本の角が覗くと同時に神通力めいた暴風が巻き起こり、敵軍をまとめて跳ね飛ばした。時を同じくして、ユウ(d19085)も闇に身体を預けた。圧倒的な力をもって、二人はこの死地に退路を切り拓いていく。
「……ダート」
倒れたマキナの元へダートが走ってきた。乗れとか、生きろだとかは言わないけれど。
「……撤退や! はよせい!」
皆が、二人が、命を賭けて繋いできたものを無駄にはしない。サイの一喝に呼応し、傷を負った者達も力を振り絞り、生きる道をひた走った。屋敷を出て、森に紛れ――途中彫師撃破を知らせる発炎筒を投げてきたが、見れた者はいたのだろうか。
はやく他の班に合流しなければ。今は、それだけを思う。結衣奈が最後に見せた笑顔が、頭に焼きついて離れなかった。
作者:日暮ひかり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289) |
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種類:
公開:2014年3月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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