銀針細工の囲い罠

    作者:那珂川未来

    『なりそこないの、ド畜生めが……』
     六六六人衆、呉・彗龍(ウー・フイロン)は、口元の血を拭ったあと、毒々しい息と共に憎しみを吐き出した。
     先日、灼滅者の暗殺ゲームを請け負っておいて失敗しただけに、その代償は顕著に序列に表れしまったからだ。
     序列の低下。
     それは、六六六人衆として生きる彼にとっては、非常に屈辱且つ、許されないもの。
     だから、彗龍は早く高位の序列を取り戻そうと必死だったのだが――まさにその元凶となった暗殺ゲームで大量灼滅されたものだから、簡単に巡り合えない始末。
     だから彗龍は考えた。序列取り戻す方法。
     彗龍は、町民体育館の扉を開け放つなり、不気味に顔をゆがめた。
    『このクソガキ共をきれ~に飾ってやってよぉ。ついでになりそこない共ブチ堕としゃいいんだよなあ?』
     稽古をしている剣道少年団の子供達。見知らぬ人間に誰だろうと手を止めた、その時。
     銀色の針が、一人の子供の頭を面ごと貫いた。
     鮮血噴き上がる現実的ではない光景に、静寂が訪れたのも一瞬で。
     悲鳴、混乱、体育館内が騒然とした。
     それを心地よさげに聞きながら、彗龍は大量の銀針を解き放つ。外へと続く床に銀針を次々とばらまき、針の床にして、逃げられないように仕込んでゆく。
    『ま、もしもなりそこないどもが来なかったら、単純に俺の前衛芸術作品として、仲良く並んでくれや』
     ぎりぎりと、拳の関節から銀針せり上がせ。
    『さぁって、誰からきれ~に飾ってほしい?』
     至る所を銀針で差しぬかれた先生が、如雨露のように血を振りまきながら倒れてゆく。
     少年たちの悲鳴が、体育館にこだました。
     
    「大変だ。六六六人衆、呉・彗龍という男がまた現れる」
     しかも闇堕ちゲームを仕掛けてくると仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)が告げた時、教室の空気が張り詰める。
    「彗龍は、過去に二度対面している。繁華街での凶行と、そして正月早々に起きた暗殺ゲームと」
     別の六六六人衆が放棄した暗殺ゲームに名乗りを上げて参加したはいいものの、こちらの健闘で撃退に成功。その失敗を受けて、放棄した側の六六六人衆に痛めつけられた揚句、序列が下がったらしい。
    「だから、彗龍は灼滅者を恨んでいる。この闇堕ちゲームも、その腹いせも含んでいると思う。なんせ、傷つけられたままこの凶行に及んでいるのだから」
     つまり、万全の体制ではないということ。
    「けれど元が五五六番だからね、それなりの強さを持っていることには変わりない」
     使用サイキックや攻撃力等はさほど前回と変わらないものの、体力は三割減。
    「それで現場は、とある町の町民体育館。悔しいことに、今から向かっても、少年と先生一人ずつの犠牲は避けられない。体育館入り口は、玄関ロビーから入って正面と、体育館の東側中央に非常口が一つ」
     少年らは、体育館の中央で怖くてへたりこんでいる。彗龍は、体育館の入口付近にいるらしい。
    「生き残っている剣道部の子供達は、全部で12人」
     入口のどこからでも侵入は可能。夕方四時に突入すれば、彗龍のすきをつけるらしい。
     手分けするなり、全員で一か所から突入するなり自由だが、東の非常口前には、銀針を一メートル四方、床に打ち込まれていて、とてもじゃないが一般人の人たちは逃げられない。もちろん、灼滅者も普通に飛び越えるのは危険だ。
     背後から攻める利を生かし、一般人を彗龍の背のまま戦うか。
     瞬間的なすきを突いて東非常口から飛び出し、上手く彗龍の間に割って入るか。
    「あと非常口から逃がす方法がないわけじゃないと思う。灼滅者の君達ならね」
     ESPを駆使する他にも、体育館という構造を考えれば、良い方法があるかもしれない。
    「それと……見知った顔は、奴なら覚えているだろうね。あと、暗殺ゲーム標的候補の人とか」
     挑発は危険であるけれども。言葉次第で、こちらに気を向けさせることも可能。
    「彗龍は闇堕ちさせて、序列を取り戻したい意思が強くある。だから、卑怯なこともしくるだろうから……」
     闇堕ちを出さずに撃退することができれば、一番いい。けれど、それがどれだけ大変なことなのか。
     沙汰はわかっている、けれど。
    「君達しか、子供達の命を守ってあげられない。だから……」
     そんな場所へ送らなければならない意味を、悔しさを、噛みしめながら。
    「戻ってくるのを、待ってるよ」


    参加者
    青柳・百合亞(一雫・d02507)
    月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)
    天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)
    神園・和真(カゲホウシ・d11174)
    朱鷺崎・有栖(ジオラマオブアリス・d16900)
    薛・千草(ダイハードスピリット・d19308)
    イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)

    ■リプレイ

     酷く冷たい空気の中、硬いフロアーの上を滑るように移動して、奥にこだまする悲鳴の元へと。
    (「剣道少年を狙うとは、同じ剣の道を志す者として許せねぇ……」)
     こちらを誘う為だけに襲うという短絡的な理由と姑息さ。年端もいかない子供たちの恐怖を考えれば、レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)は奥歯を噛みしめる思い。
    (「誰が死んでも泣きも絶望もしない……けど、後味悪い展開はごめんだね」)
     叶うならば、誰一人死ぬことなく、欠けることなく。月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)は壁に背を預け、そっと体育館へと続く扉へと手をかける。
     レイシーは、刻む針の行方を目で追いながら、皆へと用意を促して。こもった少年らの悲鳴を耳にしながら、じっと息を潜め――そして訪れる瞬間。
    「そこまでなのです! ご期待に応えてきてやったのです」
     長針が12時の位置を差した合図と一緒に開け放たれた扉。腱を切り裂いた一撃は、レイシーの黒死斬。イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)の精神を揺さぶる様な歌声、高らかに響いて。
     音を聞き、非常口班が次々とダブルジャンプで障害を乗り越えてくる。
    『ちっ、また奇襲だと!? クソったれ!』
     意識していたのに突き抜けられたバベルの鎖。顔を歪める彗龍。
    「不審者がここに居ると聞いて来た。ここは危ない、俺についてきてくれ」
     神園・和真(カゲホウシ・d11174)は即座に子供たちへと駆け寄って、まずは気持を少しでも落ち着かせようと声をかけ。天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)は霊犬 ・三日月犬夜をメディックに据えながら自身は前へ進み出て。彗龍との間に立ち、子供達を守ってあげる様に。癒し手としての意志、それを全うする唯の集気法を生かすならば、そうするのが一番無難と判断。
    「大丈夫ですよ、そのお兄ちゃんに従って下さいね」
     優しい声で、頼もしく見える様に表情に淀みや焦りを浮かべぬよう努め、少年らを励まして。自身傷つこうとも、子供らの命を守りたい。
     青柳・百合亞(一雫・d02507)は分断の危険を回避し、フォローを入れやすいようにするため、すぐに取り囲むように戦列を展開するように皆にも声をかけながら、カミの刃を解き放ち。同じく追い風に乗る架乃と朱鷺崎・有栖(ジオラマオブアリス・d16900)。影をしならせた捕縛の一撃。鈍い金属音が、彗龍の体から鳴り響く。
     有栖は嘲りを浮かべながら間合いへと。
    「はぁい、こんにちは。序列五五六、呉・彗龍」
     着地するなり、マテリアルロッドをしたたかに腹へと振り抜いて。
    「あら、ごめんなさい。今は五九六だったかしら?」
     攻撃でよろける相手へそこまで言って、笑いを堪えきれないという様にぷっと吹き出した。積極的挑発は、一般人を守る意味もあるが、自分自身も楽しみたいから。
     その意図は、完全にはまる。この上ないほど。完全に少年らのことなど頭から消えて、こちらへと憎しみをぶつけさせることに成功する。
    『俺を笑えるほど、大層強いんだろうなぁ!? テメーは!!』
     牙を突き出しいきり立つ彗龍。刹那、大量の銀針が前衛陣へと降り注ぐ。
    「危ない――!」
     薛・千草(ダイハードスピリット・d19308)と、和真のビハインド・カゲホウシは咄嗟に針の雨から庇って。
    「あれだけ過去に欠陥品だとなじった私たちに、二度敗走したことは事実でしょう」
     同じく挑発を入れながら、千草は紐がでんでん太鼓に仕込まれた鋼糸をしなやかに伸ばし、彗龍を絡め取ろうと。けれど単発の一撃は易々とかわされ、振るわれるのは足指の関節より伸びた鋭い針の山。
     明らかに格下の一人に笑われた。厳格な序列のもと上下を決めている六六六人衆にとって、千草が指摘する事実よりも、神経を逆なでした。奇襲によって彗龍の行動を遅らせることができたものの、やはり相手は格上。二撃目はほぼ連撃に近く。
    『ぶっ壊れろォ!!』
     それは庇う間もなく。有栖の防具が嫌な音を立てた。
     和真は泣きじゃくる子供を抱えたまま思わず振り返る。
     属性効果のおかげか、急所に命中することはなかったようだが。技の偏りそのままの通り、気魄技の一撃は決して軽いものではない。犬夜がすぐに除霊眼を飛ばし、一葉は癒しに意識を集中。衝撃ダメージはなんとか消し去って。
     和真は少年の手を握り、肩を抱き、自分が必ず守ってあげるからと声をかけ。少しでも早く12人の子供達の命を守るため、頭をフル回転させながら体育館内を見回す。
     1m四方で逃げ道を塞げるような非常口。針の長さも和真の膝丈以上。少年団の子供達が飛び越えるのはやはり不可能そうな長さ。
     基本的に逃げやすい広い空間で火災の可能性はかなり低いため、キャットウォークに避難器具は見当たらない。むしろ、少年らを庇いにくい2階へと登らせるのも危険。体育館倉庫の中になら、運動マット程度のものは備わっているだろうが、それを飛び降りて危険ではない量を運んで、落として、降りてもらうのも現実的ではない。
     おんぶしてダブルジャンプ、箒を使って越えるなどの方法もあっただろうが、彗龍へ回す人数を減らし過ぎても危険なことは事実。しかし、一人で屋外へ脱出させるのも時間がかかり、一般人が危険なことは事実。
     少年らが彗龍の攻撃範囲内に長時間いる事も怖いけれども、有栖が激しく気を引いているうちに、針を埋める量になるまでマットを運び続け、道を作るよりも、早急さを優先して倉庫などに身を潜めてもらった方がいい。少なくても、そこなら攻撃に晒されることもない。
    「こっちだ」
     一分で決断し、和真は子供らを倉庫へと押しやるようにしながら急ぐ。けれど12人もの子供達。怖くて動けない少年たちに手を貸すにしても、一度の人数は限度がある。
    「さっさと神園に従って逃げないと――」
     有栖はプラチナチケットで、脅し含んだ言葉で少年たちの尻を叩いてやろうとしたけれど、
    『ガキの心配してる場合かよ! クソめが!』
     言い切る前に晒された衝撃。その態度ますます気に食わないとばかりに、彗龍の塗りつぶす様な殺気が辺りを覆って。さすがにいきり立っていても、見切りや効果を見越し、無意味な一手を振るうことはない。
    『……しぶてぇな』
    「戦いが楽しければ結構よ」
     忌々しげに見つめる彗龍を、凌駕し喀血しながらも有栖は不敵に見つめ。戦いを楽しむために預言者の瞳を使い、能力の底上げを。
    「灼滅者が憎いのも苛立つのも分かるんですが、こういうの困るんですよね」
     螺穿槍を振るって。相手の得意属性故、易々とかわされようとも。次は溜めこんだ力を氷結の塊へと集中させる百合亞。
    「申し訳ありませんがそろそろおやすみになってくださいませ」
     レイシーと足並み合わせ間合いへと詰め、凍て付く衝撃を撃ち放てば、絡む様に解き放たれる制約の弾丸。イシュタリアがアンチサイキックレイの波動を解き放つ。
     奇襲時にレイシーが放った足止めのおかげもあり、能力値の低い属性ならば確実に彗龍を貫いている。
     しかし、それを彗龍が良しとしているわけもなかった。
     歩けない子を連れに戻りながら、和真は戒めの殆んどをシャウトで吹き飛ばしている彗龍をちらと見る。
    (「腹いせもあるんだろうけど、内心切羽詰まっているんだろうな……」)
     和真の思う通り、彼は切羽詰まっていた。ここで失敗したら、カットスローター辺りの惨殺対象になってもおかしくない立場。
     救出に全神経を注いだから、あと二分もあれば避難を終えられるだろう。早い戻りが期待できるが、しかし戦闘は芳しいとは言えない状況だ。
     閃く彗龍の爪先、確実に有栖を打ち砕かんと。苛むものが足止め一つなれば、その精度を押さえるものには成り辛く。
     咄嗟に有栖を庇って、カゲホウシが消滅を余儀なくされて。
     レイシーはすぐに黒死斬で足止めを付加しようとするが、すれすれで避けられてしまう。
     素の命中率では、易々とはいかない。連携して共に仕掛けた架乃は、彗龍の回避ポイントを見越してトラウナックルはしたたかに腹を打つ。
     虚と属性全てを突かれ、衝撃に揺らぐ彗龍へと、千草はホーミングを駆使してカミの風を。イシュタリアは命中率を生かして確実にジャマー効果を砕いて。
    「罪なき人をいたぶり、生活の場を傷つけておいて芸術だなどと言語道断」
    『テメーらの価値観でモノ言われてもウゼェだけなんだわ』
     ふつふつと怒りを滲ませる彗龍へ、千草は捕縛しようと間合いを詰めるけれど。身軽になっている彗龍へ、なかなか攻撃は続かない。
     迸る殺気。一葉が犬夜と共に、怪我の度合いを計り、的確に癒しを分担して。イシュタリアの歌声が体育館に響く。攻める有栖のロッドを打ち込みやすくするために、彗龍の右側に音波響かせる。回避しにくい状況を作ろうと。
     ぐわんと銅鑼の様な音。有栖の神霊剣が当たったものの、そう何度も通用しないだろう。二度三度は予測されてしまうだろうから。
    「やろうとすることも気にくわねぇし」
     絶対にぶん殴る。そのためには少しでも連続して攻撃を繋げる必要性を感じて。レイシーは預言者の瞳を再び重ねる。
    「命のやり取り、いたしましょう?」
     仲間を守る意味でも。百合亞はざっと前へと詰めると、至近距離で氷結の弾丸を放って。
     行動で攻撃の分散を図ったけれど、ぎりぎりでかわされて。彗龍のターゲッティングは変わらない。
    『テメーはくたばれや!!』
     渾身の勢いで振り下ろす尖鋭な踵。
    「ああ……」
     こんな戦いの途中で――。
     消えてゆく意識の中では、闇の名を叫ぶことも出来ない。有栖はそのまま床へと倒れ。
    「くっ」
     一人でありながらも子供達の避難を素早く終えた和真は、すぐに前へ。犬夜と癒しで戦線を支えていた一葉。皮肉にも生まれた攻撃の機会、少しでも戦況を良くしようと。
    「皆さん、合わせますよ」
    「こんな勝手な感情を持った人に、これ以上の命を奪われるわけにはいきませんから」
     百合亞と一葉の影がしなり、彗龍を上下段を薙ぐように。それをかわした彗龍を睨むレイシーの目。預言者の瞳が二重の芒を描く。二段階跳ね上がる予測能力、振るわれた黒死斬が彗龍の腱を三つに裂く。
    『また増えやがって。このクソどもはいつもいつも……』
     しかし別段困っていないのは、余力があるからだ。
     即座にシャウトを重ねると、続く攻撃を、また易々とかわす脚力を取り戻し。
    『ただの力押しだなぁ、おい』
     彗龍は笑っていた。勝利を確信しているように。
     千草へと解き放つ銀針。滲む鮮血が一気に広がる。
    『序列落ちて手負いだからって、舐めてたんじゃねーか?』
     体力の三割を失っている状態の相手。子供達さえなんとかできれば、撤退を顧みない相手に灼滅の目はあった。
     しかし序列は下がろうとも、能力は以前の序列そのままだと注意もあったのだ。回避率も攻撃力も高いのである。
     連携は勿論、当てる工夫などを盛り込んでいる者もいるけれど。ただやはりサイキックやポジション効果を生かした攻撃と灼滅の為の戦略が薄く、レベルの高いダークネスを追い込むことは難しい。全体に有効なバッドステータスを付加する事も、当たらなければ機能しない。苦手属性を突いたものしか当たらぬとなれば効率悪く、最終的に押されてしまうのはこちら。
    『そろそろ闇堕ちしろや』
     彗龍は突如攻撃の手を止めると、指の付け根から、五本の銀針をせり上がらせて。有栖、千草、どちらから死体にして刺青彫ってやろうかと、楽しげな顔で。
     誰もがしまったと思った。卑怯な事をしてくるだろうと示唆されていた。それは灼滅者にも可能性もあった。
    『まさか散々序列が下がったやらなんやら馬鹿にしてカス扱いして煽っておいてよ、仲間殺される様な拙ねぇ状況になれば、こっちのプライド刺激してくるような都合のいい事は言わねぇよなぁ?』
     片腹いてぇよと歪んだ笑み零す彗龍。そもそも言われたところで、下衆である以上何も感じないだろうが。
     今回逃げ道は、灼滅者が押さえているようなものである。体育館外へ戦闘不能者を出して、避難させてもよかったかもしれない。
     しかし自分たちのことより子供達の命を優先し、それを守る意思が強かったがゆえでもあって。
    『ま、別に死んだって構わんよなぁ? 灼滅者の代えなんていくらでもいるだろうしよ』
     彗龍の顔が殺戮の瞬間を待ちわびて歪んだその時、世界が幻影に揺らいだかのように感じ――その源を辿ることは、容易かった。
    「架乃っ!」
     レイシーの叫び、百合亞が息を飲む。もうそんな姿を見たくない、自分と同じ道は辿ってほしくないと強く思っていたのに、それが現実になってしまったことに一葉は思わず口を覆って。
     血液と一緒に流れる闇に、全身が支配されてゆくように。架乃の様子が一変したのを感じて、彗龍は目を爛々とさせて、下品な笑い声をあげた。
    『ひゃーはっは! 俺の勝ちだドクソどもが!』
    「これから死ぬくせに、ばっかじゃねぇの? ……わざわざ堕ちたんだ。無事逃げられると思うなよ」
     勢いよく突っ込んでゆく架乃はもう、先程までそこにいた架乃ではなく――人外の者。乱暴な言葉と共に降り抜いたトラウナックルは鮮烈なまでの赤を生む。
    『ちぃっ!』
     いつもの彗龍なら逃げられたのだろうが、闇堕ちしたばかりの架乃の爆発力を易々かわせるほどの余力はなかったらしい。灼滅者二人を欠いても、包囲の効果はそこそこあるだろう。
    「逃がさない!」
    「ここで灼滅されやがれ、なのです」
     例え空振りしようとも、和真は牽制の意味も込め黒死斬。イシュタリアも魔導書を手にくるりと回りながら、破邪の光線を解き放つ。
     せめて彗龍を打ち取らねば、架乃の想いが無駄になってしまうから。百合亞と氷華と一葉の茨の様な影が空間を踊る。
    「くたばれ!」
     突き抜けた架乃の拳。どっと背中から血肉を飛散させ、吐血する彗龍。
    『ばぁか。結局は勝ち逃げなんだよ、クッソ腹立たしいがなぁ』
     自分を殺したのは灼滅者じゃなく堕ちたてのダークネスだろうと嘲りの笑いを浮かべたものの――秀麗な顔の肉がべろりとめくれ落ちた。
     浮き上がる骨は、銀針で組み立てた古代生物の化石の様な。
     そんな針すらも砂の様に崩れ去り、呉・彗龍は存在そのものが全て抹消される。
     全ての命を守ったはずなのに、誰もがただ悔しくて唇を噛むことしかできない。
    「悪りぃ」
     架乃は誰に言うでもなく呟いて。銀針の床もすでに砂が在るだけとなった非常口へ、吸い込まれるように消えてゆく。
    「架乃さん!」
     行っちゃ駄目。百合亞と一葉、続く言葉が出ないのは。闇堕ちした後の衝動が、とても抑えきれるものではない事を知っているから。
     どんな言葉も届かず。
     けれど、取り戻せるチャンスは決してゼロではなく。
     その時が来ることを、今は待つしかない。

    作者:那珂川未来 重傷:朱鷺崎・有栖(ジオラマオブアリス・d16900) 薛・千草(パワースラッガー・d19308) 
    死亡:なし
    闇堕ち:月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961) 
    種類:
    公開:2014年2月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ