伝説の彫師拠点強襲~錦ヲ飾ル

    作者:高遠しゅん

    「刺青の羅刹の噂は知っているな。刺青を彫ることで一般人を強化一般人とする、ダークネスの存在を探り当てることができた」
     九州の地図を黒板に貼り、櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)はチョークで拠点の住所を書き付けていく。
    「このままでは一般人がさらわれ、刺青持ちの強化一般人とされてしまう。適性がなければ犠牲者も増えるばかりだ。放置するわけにはいかない。よって、的のバベルの鎖で察知されない限界の戦力で、一気に拠点を潰し、刺青の強化一般人を生み出すダークネスを灼滅してしまおうというわけだ」
     指先に付いたチョークの粉を落としつつ、手帳を捲る。いつになくぎっしりと、手帳の頁には何事かが書き付けてある。
    「聞こえは単純だが、作戦は複雑だ。協力願いたい」
     灼滅者達の答えは、最初から決まっている。

    「まず、敵の拠点は鹿児島県の山中にある、古びた和風建築の並ぶ場所だ。土蔵が幾つか、建物も複数棟確認されている。土蔵には一般人が捕らわれている。どうやら福岡近辺から運ばれてきているようだが詳細は不明だ」
     タブレット端末で航空写真を呼び出しても、山中のため樹木が邪魔して建物の確認ができない。期待はしていなかったらしく、伊月は端末を放り出す。
    「……と。敵戦力は100体以上と推測されるが、これも詳細は不明。ここからが重要だ。今回の作戦は、多くのチームが協力して進めていくことになっている。今、他の教室でも話がされている。全体の作戦で、自分たちチームがどのような役割を果たすべきか、よく相談し、考えて行動を決めてほしい」
     黒板に書き出すのは、敵陣の注意だ。
    「バベルの鎖に触れず、事前に予見されないぎりぎりの作戦行動だ。だが、作戦開始後に、敵が援軍を呼ぶ可能性は高い。拠点は人里離れているため、援軍到着まで時間はかかるだろうが、速やかな行動が必要となるだろう」
     加えて、主力となる強化一般人達には刺青が施されており、かつての軍隊のように厳格な規律と高い行動力、統一された指揮のもとで立ち向かってくるという。
    「かなりの強敵になる。たぶん、ではなく。おそらくは」
     伊月は手帳を閉じた。
    「事前情報が少なく、襲撃は困難を極めるかもしれない。だが、他のチームの力を信じ、自らの役割をまっとうする。各々の仕事を確実にしたなら、必ず戦況は開けると信じている。……全員揃っての報告を、私はここで待っている」
     伊月は頭を下げた。
    「頼む」


    参加者
    喚島・銘子(糸繰車と鋏の狭間・d00652)
    棲天・チセ(ハルニレ・d01450)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    織神・皇(鎮め凍つる月・d03759)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    波織・志歩乃(箒星の魔女・d05812)
    桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)
    雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)

    ■リプレイ


    「カチコミじゃー!」
     前方で爆音が轟いた。門が強力な力で破られたことを知る。
    「始まったようだな」
     身を潜めていた草陰から起き上がり、武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)が低く呟く。獲物の斬艦刀を構え、仲間と共に地を蹴り駆ける。
     刺青の彫師の屋敷、正面を制圧するために7班が集っていた。制圧には力が足りず、引きつけるためには充分すぎる戦力。この配分がどう戦闘に影響してくるのか。
    「武蔵坂学園一同、正面切って罷り通るっ!」
     声を上げ、目の前に飛び出してきた強化一般人の男を斬り伏せるのは織神・皇(鎮め凍つる月・d03759)。ひょろ長い体型の男は、それだけで悲鳴を上げる。
     吹き飛ばされていく男を横目に、桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)は、そっと視線をずらした。彼らが悪いわけではない、望んでダークネスに利用されているのではないのだろうと、複雑な思いがよぎる。
     それでも、征かねばならないのだ。
    (「望まずに、刺青をされた人たちは気の毒だけれど」)
     このままでは不幸な連鎖が続くだけと、喚島・銘子(糸繰車と鋏の狭間・d00652)は霊犬の杣を胸にしまったカードから解放した。真紅の飾り縄、斬魔刀をくわえた杣が先を走る姿が頼もしい。
     門を越えれば、見えてきたのは各班が敵の小隊と戦う光景だ。この班は後方に回っていたらしい。結城・桐人(静かなる律動・d03367)は、流れ弾をかわす刹那、死角から降りてきた影に咄嗟に身を反らす。鼻先を鋭い注射針がかすめていった。
    「……伏兵がいるのか?」
     軽く地面を蹴り、古い和風庭園の庭石の上に登るのは、どこか壊れた目をした白衣を着た男。指に毒々しい色の液体を含んだ数本の注射器を挟み、片腕には黒髪の色気漂う女を抱いていた。
     そして周囲には、旧日本軍の軍服を着た男達が数名いる。皆、銃剣を模したガンナイフを構えていた。
    「ああ、俺の一撃を避けたんだ? 出来損ないのくせに」
    「なんなんや、この殺気。六六六人衆? HKTの事はきいてるけど、なんで今こんな所におるんや!」
     棲天・チセ(ハルニレ・d01450)は、先行していた霊犬のシキテを呼び戻す。HKT六六六と六六六人衆との関係は、未だはっきりしていない。
    「それでも、私たちがやるしかないのですっ」
     きゅっと帽子を被りなおし、波織・志歩乃(箒星の魔女・d05812)は気合いを入れる。膝が震えるほど怖いけれど、仲間が敵と戦っているのだから。
    「屋敷の見取り図も、他班に連絡も付かないって事は、他も同じような状況と考えていいってことね」
     雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)はハンドフォンを使ってみたが、どの班からも応答がない。乱戦に突入した以上、目の前の敵の相手だけで精一杯なのだろう。
    「中佐どの、命じてくれ。俺は何をすればいい?」
     白衣の男は気障な仕草で女の髪を梳く。胸に伸びてくるその手を軽く止めて、中佐と呼ばれた女は、紅を引いた唇を耳元に近づけた。大きく胸元を開けた軍服からこぼれそうな胸が、男の胸に押しつけられる。
    「決まってるじゃない。あたしたちはカットスローターの脅威から逃れてきた貴方を」
    「そう、東京から遠く離れた俺を匿ってくれたのは君たちだ。恩返しといこうか、俺はこう見えても義理堅い男なんだ」
     綺麗に赤く塗られた爪が、男の顎を弄ぶ。
    「全員殺してくれたら、御礼はたっぷり、あ・と・で」
     中佐と呼ばれた女は、唇だけで笑って黒い編み上げブーツの踵を鳴らす。たちまち強化一般人の部下たちが現れ、壁ができた。
    「こいつらをぶっ殺せたら、俺も晴れて序列に入れるってものだ。カットスローターに比べれば、お前らなんざカスみたいなモンだからな!」
     白衣の六六六人衆の、端正な顔つきが狂気に染まる。その足元から無尽蔵の殺気の渦が、灼滅者に向けて解き放たれた。


     殺気の渦から最初に抜け出たのは、かごめの細い体だ。
     唇の端に血を滲ませ、咳き込みながらも正面に軍服の女の影を捕らえる。明らかにこの場の指揮官は、おそらくは淫魔眷属の『中佐』と呼ばれる女だろう。
    「……そこ」
     足元の影が広がり、女を貫くかに見えた時。
    「お嬢ちゃん、余所見は危ないよ。特に」
     視界の端を白衣がよぎった。
    「こんな所じゃあね!」
     背後から白衣の腕だけが視界に入る。その手のひらにじわりと現れる大ぶりのナイフ。衝撃を覚悟したが、直前に銘子の霊犬、杣が割り込んだ。高い声を上げてはじき飛ばされた霊犬は、二三度地面を転がった後、なんとか立ち上がる。
     銘子が利き腕を振り上げた。
    「止めさせて貰うわ」
     四方から跳んでくる銃弾を避け、低く走った銘子は利き手を鬼腕に変える。強く地面を蹴れば、真下に白衣の男が見える。そのまま弓なりに身体を反らせ、思いきり鬼腕を振り下ろした。白衣の半身が浅く裂けた。
    「ちィ!」
     反対側に回り込んだ白衣の男、目の前には勇也がいる。炎を纏わせた無敵斬艦刀が、その重さすら感じさせない勢いで白衣の胴を薙ぐ。凄まじい衝撃が男を襲った。
    (「潜入攻撃班からの連絡は」)
     正面班が戦線を作り、潜入攻撃班が敵の退路を潰すと予想していた。しかし連絡を取ろうにも、乱戦状態では無線や携帯を使う暇は無い。周囲は強化一般人に囲まれ、目の前には番外とはいえ、六六六人衆がいる。
     戦闘音は四方から聞こえる。誰がどこで、何と戦っているのか、把握ができない。
    「考えても始まらないぜ、ここを切り抜ければいいってことさ!」
     クルセイドソードで強化一般人の一人を切り捨てた皇が、影業を唸らせる。指揮官たる中佐を狙ったそれは、同じ中佐の影業が絡みついて逆に喰らわれた。
    「おいたはだめよ、坊や」
     紅い唇が嘲笑の形を作る。
    「美人に失礼はいけねぇな」
     白衣の裾が視界を横切る。同時に脇腹に激痛と痺れが走った。見れば空の注射器が突き刺さっている。
    「これでもニンゲンの頃は医者だったんだぜ? ヘ、ヘハハアァッ!」
    「壊れたと、いうことか」
     桐人は視界を巡らせ、無線機を持つ者を探す。銃弾の雨は尽きることなく、双方配置を激しく変えながらの特定は困難を極める。唯一動いていないのは女中佐だけだが、中佐にゆく攻撃は、白衣の六六六人衆と兵士達が壁となって全く通じていない。
    「……計画が、どこかで狂ったのか」
     両手の中にオーラの塊を作る。限界まで膨れあがらせ、放つ先は白衣の男。追尾する光球は、逃れる先に撃ち込まれた六文銭射撃に男が阻まれ、男の肩を続けざまに灼いた。
    「シキテ!」
     霊犬の名を呼ぶチセ。わぉん! と返る返事が頼もしい。
     ともあれ、指揮官を倒す前に立ちはだかる六六六人衆を倒す方が先決と、この時点で全員が悟っていた。まだ力は充分に残っている。彫師の灼滅に向かった班のことも気になるが、連絡が取れず、配置も不明な以上はこの場を打ち破るしかないのだ。
     チセも光球を作り白衣に向かって解き放つが、男が翻したナイフの刃に押し切られた。強化一般人の集中砲火がきて、立ち位置を変えるしかない。
     追尾する弾丸に追われながら、志歩乃はポケットの中で鳴り響く携帯の振動を感じていた。どこかの班からの連絡だ、取れるなら取りたい。
    「連絡、来たよ! 美鶴ちゃん、少しお願いね!」
    「りょーかいだよー、いっくよー!」
     美鶴に後を任せ、注意深く戦場の外へと目を向け、志歩乃はポケットの携帯に触れる。
     どこからの連絡なのか。潜入班か、正面班のどこかか、彫師を撃破したのか、それとも……
    「どーこへ行くのかなぁ?」
     ただの一瞬目を離したあとに、白衣の男が、目の前にいた。息のかかるほど間近に。
    「危ない!」
     誰かの声が聞こえる。
     鮮血が、散った。


     兵士姿の強化一般人は減る様子がない。
     みぞおちを深く抉られ倒れた志歩乃の側に、銃弾をかいくぐり、仲間達が陣を狭めてくる。
    「志歩乃ちゃん、志歩乃ちゃん、しっかりして……」
     美鶴が志歩乃を支え、懸命に祭霊光を施す。二度三度と繰り返す。霊犬たちも浄化の眼を輝かせ、失血を防ぐ。
    「へへ……ちょっとドジ……しちゃった」
    「あーあ、まだ死なないのか。虫けらほどしぶといものはないって、よく言うよなぁ」
     白衣の男は嘲笑うように、中佐の腰に手を回す。回した手はきっちりつねられているが。
    「……短期決戦」
     集気法を志歩乃に施し、勇也が呟く。
     癒し手にこれ以上の負担をかけるわけにはいかない。これから先、何があるのかわからないのだから。背に守った仲間達は、小さく、しかしはっきりと頷いた。
     勇也は身の内の殺気を解放する。鏖(みなごろし)の陣を張り、周囲の強化一般人を遠ざけた。
    「今だ!」
     首元のチョーカーから勇気をもらう。かごめが疾走して高く跳んだ。上空から影を解放し、白衣の男を絡めて包み込む。
     かごめが退いた次には皇。
    「当たってくれよおぉ!」
     当たるも八卦、当たらぬも八卦、南無三と振りかざすはバベルブレイカー。命中率は低いが当たれば大きい!
     影に喰らわれたままの中心をぶち抜く。確かな手応えがあった。
    「があああっ!!」
     影をふりほどき、白衣の男は中佐を振り向く。数人の部下を侍らせ、中佐は優雅に爪を磨いている。
    「……あら、もうおしまい?」
    「なあ、お前と俺の仲だろ、ちょっと援護を……」
     ひゅん、と中佐の影業が鞭のようにしなって、男の鼻先を焦がした。
    「ああ、全く期待外れだったよ。あんたにはね。使えるかと思って飼ってやったのに」
    「あら、虫けらに怯えているの?」
     その間にも、銘子が唸りを上げて飛ばした影が、白衣の男を締め上げている。ナイフで切り裂いた先には、杣が斬魔刀で守りの効果ごと男を切り裂いていた。
    「中佐、援護を!」
     白衣の男は、全身から血を流しながらも叫ぶ。誰も見向きもしない。
     いつの間にか強化一般人の銃撃が止んでいた。隊列を組んで、兵士達は中佐の元に整列していた。
    「……助けなど、呼ばせない」
     桐人が魔道書を繰る。虚空に指で描いた魔法陣が光を放ち、光線となって男を貫いた。サイキックを否定する魔術の光だ。
    「シキテ、お願いね」
     チセが霊犬の頭を一撫でし、駆けていくその先に向けるは指輪の光。魔法弾がシキテを取り巻くように旋回し、そのくわえた斬魔刀が斬りつけると共に炸裂する。
    「ぐ、あああ。ヤバイ、ヤバイよ……俺、オレ……」
     よろめいた白衣は見る影もなく焼け焦げ、端正だった顔は屈辱に引き攣れている。
     魂の力で立ち上がった志歩乃が、美鶴に支えられて立つ。
    「みんなを守って、みんなに守られて。わたしたちは、負けないんだから!」
     閃く導眠符と、
    「好きになんて、させないもーん」
     叩きつけられたロッドから流し込まれる魔力が、男の内部から身体を破壊する。
    「ち……くしょう、オレは、オレ様はこんな所で……!」
    「終わる男だった。それだけだ」
     身の丈を越す大業物。勇也が大上段から斬艦刀を振り抜いた。
    「ばいばぁい」
     中佐の声が聞こえる。
     肉を斬る音を立てて、白衣の男が左右に分かれ──地面に落ちる前に、塵となって消えた。


     その様子を、中佐は笑んだまま眺めていた。そうして矢継ぎ早に命令を下す。
    「大尉率いる第一班は私に続け。二班、三班は戦線を死守し、この地から敵を殲滅せよ」
    「はっ!」
    「一匹たりとも残すな! 地獄でまた会おう。征け!!」
     大尉と呼ばれたのは、ひょろりと背の高いチンピラ風の金髪の男だった。大尉を含めた三名が中佐に従い、戦場を離れていく。
    「逃がすか!」
     灼滅者達は後を追おうとするが、その前に立ちはだかるのは十名ほどの決死隊。
     秩序だった戦闘は灼滅者達の追う足を止めさせ。
     戦闘が終わる頃には、中佐の姿はどこにもなかった。

     戦場からひとつ、またひとつと戦闘音が消えていく。
     正面班の戦いは、引きつけるだけであれば充分な戦力であったが、正面を突破するには若干戦力が不足しており、敵の主だった司令官を逃すという結果に終わっていた。
     潜入班がどうなったのか。
     彫師は灼滅できたのか。
     彫師たち羅刹の目的は何だったのか。

     謎のまま、彫師の屋敷は灼滅者に制圧された。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月4日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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