ひろこが寛子じゃなくなる日

    作者:内山司志雄

    ●とある高校の軽音楽部室にて。
     二年生の生田・寛子は、普段からおとなしくて真面目な性格である。軽音楽部などに所属してはいるが、見た目も性格のとおりあまりぱっとしない印象が強い。周りの友達からは、異性に対する関心も薄いだろうと思われていた。
     しかし、実はそんな彼女が、数日前から自分ではどうしようもないほどの強い衝動に苛まれているのだ。
     異性を手玉に取ってもてあそびたいという、強い衝動が――。

    「な、なんか……今日の生田、いつもと雰囲気ちがわないか……?」
    「だって、ゆうやがかっこいいんだもん」
     その最初のターゲットとなったのが、同級生の藤塚・裕也である。彼もまた真面目な生徒で決してモテるタイプの男子ではないが、ギターの演奏においては三年生からも一目おかれているほどの腕前を持っている。弦の上を丁寧に行き来する彼の指先を、寛子はひそかに美しいと思っていた。
     ひろこは狙った獲物へ忍び寄るネコのように、裕也のうえから覆いかぶさる。
     彼女の心の奥底には確かに『闇』が存在していた。
     ひろこは茶色い太縁の眼鏡を外す。別人と思えるほど艶やかな目つきが同級生の男子を見下ろす。
    「キス……してもいいよね?」
     裕也の胸板を内側から激しく打ち付ける鼓動を感じながら、ひろこは裕也と唇を重ねた。

     ――ガラララッ。

    「ざぁーす!」
     不意に部室の扉が開かれ、後輩の部員らが入ってきた。
     寛子は、次の瞬間弾かれるようにして飛び退いた後輩部員らと目が合った。
    「あっ! ……す、す、すいません!」
    「えっ?」
     慌てて扉を閉めて逃げる後輩。
     たった今目覚めたような呆けた声で、閉じられたその扉を眺める寛子。
    「あれ、私」
     なにしてたんだっけ? と言い掛け、胸の下あたりで人の気配を感じた寛子が何気なく床へ目を落とすと、自分に組み伏せられた格好の裕也と目が合った。
     短いフラッシュバックに襲われ、そして驚愕する。
    「うそ……」
     彼の目つきは、半ば自我を喪失したかのように瞼が緩んでいた……。
     一遍に状況を理解した寛子の脳裏を様々な思いが駆け巡る。自分の内にあった認めたくない性質を正面から突きつけられ、彼女は混沌の渦の中に自ら呑み込まれてゆく。
    (うわ……サイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテーサイテー!!)
     そして寛子に再び黒い意識が覆いかぶさった。
     遅かれ早かれこうなることは分かっていたんだから、思う存分愉しめばいいじゃない――と。
    「宮下と大石ぃ! ねえ、ちょっと待って♪」
     
    ●少女を闇墜ちから解放せよ
    「一般人が闇墜ちしてダークネスになる事件が発生しようとしている」
     神埼・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の依頼説明がはじまった。
    「名前は生田・寛子(いくた・ひろこ)。……通常ならば、闇墜ちした人間はすぐさまダークネスとしての意識をもち、元の人格は掻き消えるのだが、彼女はダークネスの力に支配されながらも未だ自分の意識を辛うじて残している。もし彼女が灼滅者の素質を持つのであれば救出を。完全なダークネスになってしまうようならば、その時は灼滅するよう頼む……」
     闇墜ちから救うためには相手をKOする必要がある。もし灼滅者の素質を有する者なら、後に彼女は灼滅者として目覚め、そうでないならばそのまま消滅する。
     どちらにせよ、戦いは避けて通ることが出来ない。
    「……だが、その魂にまだ本当の自分を残しているのなら、本人の心に訴えることで或いは勢いを削ぐことが出来るかもしれない。一か八かの賭けにはなるが……、試す価値はあると思う」
     エクスブレインは、灼滅者たちが作戦を開始する最適なタイミングを、『後輩の宮下と大石が部室へ入ろうとする前後』であると判断した。なお、闇墜ちした寛子はその後、後輩の二人までも支配下において、欲望を満たすためのおもちゃにするつもりでいる。
    「それまでに状況をととのえ、各自の判断で素早く動いてやってくれ」
     
     一人の真面目な少女の心に芽生えた、ほんの小さな切ない願望……。
     しかし、それが暗い闇に呑まれ、醜い欲望の種として奪われてしまった。
     人が闇に支配されるがままの世界など、我々は望んじゃいない。
    「彼女を、頼んだぞ……」
     送り出した背中に、ヤマトはそう願いをかけた。


    参加者
    外甫木・ほのか(魔法少女代理代行補佐見習い・d00553)
    綾小路・白雪(魔法使いの夜・d00605)
    永瀬・刹那(清楚風武闘派おねーちゃん・d00787)
    金雀枝・璃沙(ヘルテンツェリン・d00964)
    冬羽・夜羽(中学生サウンドソルジャー・d02593)
    神凪・陽和(清らかなる疾風・d02848)
    曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)
    六徒部・桐斗(雷切・d05670)

    ■リプレイ

    ●ファーストキスは闇堕ちの味
     廊下はHR終了直後の慌しさに包まれ、あちらこちらで生徒達の声が行き交う。早くも上の階にある音楽室周辺からは、パート練習を始めたクラリネットか何かの音色が聞こえてきた。
     軽音楽室の中にはすでに寛子と裕也がいる。六徒部・桐斗(雷切・d05670)は学校の生徒になりすまし、部室の前の廊下に佇んで周囲の様子を窺っていた。
     桐斗は、後から来るはずの男子二人を中へ入れさせないための、いわば足止め役を買って出たのだ。
     部室の中ではそろそろ淫魔が顔を覗かせる頃だろう。
    「……んー、そろそろですかねー」
     時計を確認しつつ桐斗は、角の柱に身を潜めていた仲間達に目配せする。
     いよいよ突入だ。
     勢い良く扉を開け放って、灼滅者達は部室へ進入する。
    「御機嫌よう。お楽しみのところ悪いけれど、其処までよ」
     颯爽と飛び込んだ綾小路・白雪(魔法使いの夜・d00605)がひろこを見据える。
     ドラムキットやキーボード、ベースにギターといったお馴染みの楽器が視界一面に所狭しと並んでいる。その足元で、ひろこは裕也に覆いかぶさっていた。
     別段慌てる様子も無く、寛子は彼らを振り返った。「誰だろう?」とでも言う風に、眼鏡を外した目を細めながら……。
    「お取り込み中のところを失礼します。ひろこさん、あなたの闇を滅ぼしにきました」
     柔らかい物腰で、永瀬・刹那(清楚風武闘派おねーちゃん・d00787)は自分達の用件を伝える。
     寛子は口を噤んだまま、寝ぼけたように辺りを見回す。おそらく灼滅者が乗り込んできたタイミングで一時的に本人の意識が戻されたに違いない。のち、幾ばくもせずに自分の下で恍惚となっている裕也の姿を発見し、そして息を呑む。
    「うそ……」
    「気にしなくていい。衝動に駆られそうなときはだれだってある」
     曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)が、すかさず声をかけた。
    「その欲求はひろこちゃんのものじゃないよ。心の闇に負けないでっ」
     金雀枝・璃沙(ヘルテンツェリン・d00964)も共に寛子を励ますが……、
    「いや、私っ……!!」
     その声は届いているのかいないのか、寛子は垣間見た自分の本性に取り乱しはじめる。
    「ひろこちゃんっ!」
    「うぅ……う……ッ!」
    「いくた」
     苦悩に頭を抱える寛子を、裕也が呼んだ。
    「キす」
     裕也は上体を起こすと、ゆるゆると寛子に手を伸ばし、自分のもとへ引き寄せる。
     そして重なる唇。
     切ない声が、ウッと漏れた。
     瞬間、びくんと跳ねた寛子が豹変した。
    「うフフフッ♪」
     小悪魔的に笑ってみせ、そして最早自分の虜に成り下がった裕也を素っ気なく突き飛ばす。
    「あ~あ。あたしのファーストキス、ゆうやに二回も奪われちゃった……」

     *

     一方、部室の外では……。
    「んー、悪いけど、今ちょっと中使ってるんですよー。その代わりジュースおごるから僕の分も買ってきてくれませんか?」
     一人廊下に留まり、予定通りやって来た後輩の足止めをおこなう桐斗。プラチナチケットを発動し関係者になりきった彼は、後輩の二人を呼び付け小銭を渡すと、先輩の権限でジュースを所望し、二人を走らせた。
    「……まあ、とりあえずこれで時間は稼げたかなー」
     桐斗が合流すると、中ではすでに戦闘が始まっていた。
     
    ●細い針の上で
    「今まで男の方に興味をお持ちだったのですね? 私も女性ですから良く分かりますよ」
     目の前で不敵な笑みを浮かべている少女はもはや寛子でなくなった。
     だがそれでも神凪・陽和(清らかなる疾風・d02848)は、堕ちゆこうとする寛子の意識に語りかける。彼女も同じく淫魔の業を抱えた者であり、そして、その誘惑に打ち勝った者なのだ。
    「心に溜めたままで大変だったでしょう。……けれど、今の貴女の行動は貴女の本当の意志じゃない。男の方にアタックしたいのならば、自分から行動せねば。……違いますか?」
    「そうよ。だからあたしがこうして行動に出たんじゃない♪」
    「私が言いたいのは、ダークネスの力になど頼らない、寛子さん、貴女自身の意志による行動です!」
    「………」
    「ダークネスの出す魅力なんて嘘っぱちのまやかしだもん!」
     璃沙もまた、同じ闇を持つ者。だからこそ、それは間違っていると伝えたい。
    「ひろこちゃん自身の魅力、リサ、知りたい」
    「……うぅ」
     彼女達の言葉を振り払うように、ひろこは虚空を掻いた。そして闇の力を乗せた歌声でそれらを撥ねつけた。
     ディーヴァズメロディ。――妖しげな旋律は敵味方を取り違えさせ、同士討ちを誘う。
     ひろこの歌声に裕也は起き上がり、彼女を守る盾となる。
    「ゆうやはあたしのこと愛してるでしょ。しっかり守ってね」
    「寛子さん! あなたをとらえているのはあなた自身の心の闇。抵抗することを諦めないで! あなたの想いを明け渡さないで!」
     気が付けば外甫木・ほのか(魔法少女代理代行補佐見習い・d00553)も祈る想いで寛子へ叫んでいた。同時に、ひろこへ照準を合わせたバスタービームが肩を食う。
    「今一度振り返ってみて下さい。貴女は、本当にそういった事がしたいのですか!」
     そう叱咤する冬羽・夜羽(中学生サウンドソルジャー・d02593)の声に、彼女自身も我知らず力がこもる。
    「……そそのかされて、いいように流されて、そんなのはダメです……良くないですよ……」
     もう見たくは無いのだ。他人の人生が壊されてゆく様は。
    「少々恥ずかしい格好にさせてしまいますが……我慢してくださいね?」
     仲間による説得が続く中、機を見出した刹那は刃物のように鋭い蹴りを繰り出す。
     刹那のつま先はひろこの制服を破り、少女の素肌を暴いた。
    「ちょっと……!」
     肩を押さえ、慌てる少女。
     そのタイミングで桐斗が部室に飛び込んできた。
    「きゃあっ!!?」
     悲鳴をあげる寛子。
     対象が突然床に屈み込んだ勢いで、陽和の攻撃はスカをくった。
    「なっ……?」
    「んー、いやなんというか、その……ごめん」
     ここはひとまず謝っておく。
    「コノ野郎入ってクんな!」
     が、頭を下げている暇も無く、裕也の拳が桐斗めがけて飛んでくる。
     鈍い衝撃と共に桐斗は左の奥歯で自分の血を味わわされた。
    「六徒部先輩……」
     ご愁傷様ですと、ほのか。
    「六徒部くん、今リサが治すからね!」
     健気な天使の歌声が桐斗を包む。
    「それはそれとして、あとは寛子さんの説得だけです」
    「わかった」
     程よくスイッチが入った桐斗は裕也を押し戻しつつ前へ出る。パンチを貰って裕也に殆ど実害はないことが判ったので、彼のことはひとまず放っておく。
    「制服のお返ししたげる!」
     ひろこは刹那へ踊るような身のこなしで手刀を叩き込んだ。
     しかし、刹那もただ黙って反撃を受けるだけではない。
    「一点集中、撃ち抜きます!」
     放たれた鋼鉄拳がダメージと共にひろこの踊りによる自己強化を破壊。さらに先ほどの服破りも効果を発揮する。
     そして桐斗が攻撃を繋げる。
    「雷遁【雷切】!」
     掛け声と共に素早く右片手平突きを敵へ繰り出す。
     次いで剣戟一閃、陽和の切っ先から放たれた光がさらにひろこを切り裂いた。
    「逃がしはしない!」
     華琳の旋律が敵を追いかける。
    「……んっもう、邪魔!」
     ひらひらと絡みつく布地を鬱陶しく思ったひろこは、とうとうそれを自分で引き千切ってしまった。
     淡い緑色のブラが片方露わになった。
    「リサ、ひろこちゃんとお友達になりたい」
    「んああッ、うるさいッ!!」
    「きゃっ!……」
     璃沙へ向かった矛先を刹那が受け止めた。
     何かを振り払うように激しく頭を揺らすひろこ。璃沙はめげずに寛子へ言葉を続ける。
    「お買いものとか一緒にして、恋バナとかもして、お互いを磨いていければとても素敵だと思うの!」
    「だ……ま……れ……ッ。――だ、だって、私……恋バナなんて」
    「ひロコーぁ!!」
     葛藤する寛子とひろこ。裕也が駆け寄ろうとする。
     白雪の魔法が飛んだ。
     相棒のコマが裕也の行く手を阻む。
    「少々手荒ですが……失礼しますね」
     横槍を入れる邪魔な裕也を刹那が殴り付けた。
    「まずは一緒にアイス食べに行こうね。リサ、美味しいお店知ってるの♪」
     璃沙の語り口は『敵』を諭すものではなく、ただいつも通りに友達を誘うが如く。
    「んぐ……っや、もう……ダメ!」
     わなわなと震えながら、苦悶するひろこ。それはまるで細い針の上の振り子が、微妙な均衡を必死で保とうとしているかのようだった。
     どちらへ傾くのか。
     あるいは自らの重みに耐え切れず、そのまま刺し貫かれてしまうか……。
    「帰ってきなさい、生田・寛子!」
     叫んだのは白雪だった。
    「確かに認めたくないわよね、そんな性質。私だって、そうよ。でもね――」
     エクスブレインが密かに呟いていた。「彼女を、頼んだぞ……」と。
     知らぬ振りをしながら、白雪は背中でそれを然りと受け止めていた。
    (頼まれなくたって、分かっているわよ)
    「……どんなに目を背けても駄目なの。受け止めて前に進むの。ひとりで駄目なら、私が手を引いてあげる」
     助けられる可能性があるのなら手を伸ばす。
     それが正義であり、ほかでもない自分の役目だと、白雪は信じているから。
     だから……、

    「だから、この手を取りなさい!」

     生田・寛子! ――白雪は力強く少女の名を呼びつける。
    「ひろこちゃん、負けないで! 闇に抗えばリサたちが助けてあげられるよ」
    「ワ……わたし、こんなのイヤっ! 助けて……やめろと、言ってるでしょッ!!」
     ひとりの少女の唇から入れ替わり立ち代わり別人格が言葉を発する。
     内部の激しい葛藤にとらわれて、淫魔の攻撃は今や完全に止まっていた。
    「――その衝動、私が止めてみせる」
     今一度弓を引く華琳。
     放たれた矢をして鋭い裁きの光が、ひろこに審判をくだす。
    「本当の貴女は音楽を愛する魅力的な方ですよ!! 歩いてください、自分の本当の意志で!!」
     闇を打ち払う陽和の剣。
     見据える相手は闇を背負わされた罪無きひとりの女子高生。
     ストイックさを秘めた幼気な金色の瞳が、己が決意に燃えている。
    「さあ、しっかりしてください!! 寛子さん!!」
    「ク、くるしい……はずかしいよ……」
    「お願い、目を覚ましてください……!」
     夜羽のバスターライフルが持ち主の願いを込めて唸りをあげる。
     凄まじいプレッシャー。
    「うぐっ!……」
     もつれそうになる足を必死に踏ん張り、夜羽は発砲の衝撃に耐える。
     ビームの直撃を受けて悲鳴を上げる淫魔。
     ジャマー効果が上乗せされたほのかの氷の魔法は、ここまでの間にじわじわと効果をもたらし、仲間達の猛攻と相俟って急速に敵の体力を削り取っていた。
    「寛子さん……必ず助けますから、もうしばらくの間頑張って下さい」
    「このカラダを渡すもんか!! ……オマエラ、なんかにッ!」
     ひろこは力を振り絞り、中衛の灼滅者達にパッショネイトダンスを放つ。
     動いたことで、ひろこの意識がまた少し優位に立ったように見えた。
     璃沙は優しく風をおこして仲間を癒す。
    「絶対、リサたちは助けることをあきらめないんだから!」
     コマが突進。斬魔刀を振り上げ淫魔を切り付ける。
     桐斗が死角へ潜り込み、正面を刹那が引き受ける。
    「人を呑みこむ悪い闇は……【めっ!】です!!」
     フェイントを仕掛け、刹那の黒死斬が決まる。
    「最後、お願いします!」
    「承知――」
     チャキリと鋼が音を立て、鯉口が切られる。
     十文字に閃光がほとばしり、振り抜かれた白刃が残像を映したまま元の鞘へと収まった。
     ―――。弱々しい吐息がひろこの口から零れる。
     次の瞬間、膝から崩れ落ちるようにして、少女はその場に倒れ込んだ。

    ●ひろこから寛子を取り戻した日
     彼女の意識が戻ったのは、あれから十分ほど経ってからだろうか。
     その少し前、桐斗はジュースを購入して戻ってきた後輩二人を連れて何処かへ消えた。
     ……ただでさえ寛子にはショックな出来事の後なのに、半分下着の覗いた今の格好を男子の前で晒したとなれば、彼女があまりにも可哀そうである。
     それから、裕也はそっと彼のクラスへ置いてきた。
     幸い外傷も残さずに済んだので、さっきまでの出来事は全部彼の見た夢だったと思い込んでくれるよう願いたい。
     別段意識もしていなかった女の子とイチャイチャしてる夢を見てしまうという事態は、男子に稀に起こり得ることなのだ。その後、訳も分からず自己嫌悪に陥ってヘコんだりもするが、それがきっかけで急にその女の子を好きになってしまうことも割とよく起こり得る話。
     男子のハートは案外ヤワでピュアなのだ。
     だから、そっとしておこう。

     *

     目覚めた寛子は案の定、気が動転していた。華琳は自分の上着を脱いで彼女の肩に掛けてやる。
     事の経緯は、ほのかが分かりやすいように語って聞かせた。
     寛子自身もおぼろ気ながら戦いの間の記憶は残っていたようだ。
    「たくさん、声が届いてきたよ。私、誰かに励まされてるんだなぁって……すごくうれしかった」
    「誘惑から振りきれて本当に良かったです……」
     傍らで共に説明に加わっていた夜羽も、寛子の気持ちを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
     彼女達の話で寛子は自らに関わる重大なことを知らされた。
     自分を襲った闇堕ちのこと。人と世界を支配するダークネスのこと。
     そして、寛子にはそれらに抗う道、すなわち灼滅者という新たな生き方が与えられたということを。
    「なんにせよ、一度学園を訪ねてみると良い。時には一緒にお茶でも楽しみながら、いろんな話をしてみたい」
     胸の大きさは気にしないから、などと冗談も交えつ、華琳は寛子を誘った。
    「楽器は何かできますか? 同志として一緒に演奏するのもいいですね」
    「美味しいお店なら、リサがおしえてあげるからね♪」
     少女達はしばし未来図を思い描きながら、寛子を仲間として歓迎した。
    「君の瞳が闇に堕ちるとき――」
     華琳は寛子のために詩を詠んだ。

     私は必ず駆け付けると誓おう。
     だからもう、
     暗い感情を隠す必要はない。
     同じ闇を背負う者どうし、手と手を取り合い、
     目を逸らすことなく、今を駆け抜けよう。

     君の瞳が闇に堕ちるとき、私はいつでも傍にいる。
     そして君の歌声が力になることを語りたいと思う。
     君が君らしく笑える日々を、
     ただ、愛おしく想いながら……。

    「あ、ありがとう……。なんだか、ちょっと照れくさいよ」
    「いいじゃない。華琳なりの親愛の証しでしょ。受け止めてあげなさいよ」
    「うん。そうだね。これから、よろしくね」
     
     

    作者:内山司志雄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 15
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