その性、堅実にして狡猾

    作者:宮橋輝


     がらんとした一室で、女は息を潜めていた。
     手には、血塗られたナイフ。バスルームの扉の向こうには、彼女が今しがた手にかけた少年の死体が転がっている。人を殺したというのに、頭の中は妙に冷えていた。
     知らぬ間に連れてこられた場所。おそらくはどこかの会社の寮か何かに使われていた建物だろうが、それを確かめる余裕はない。何しろ、今は『ゲーム』の真っ最中なのだ。
     ゲームのルールは、いたく単純。最後の一人になるまで殺し合い、生き残れば勝ち。
     少年が襲い掛かってきた時、女は迷わずナイフを手に取った。死にたくなかったから。殺されるより、殺す方が遥かにマシだと思ったから。結果、少年は死に、女はまだ生きている。
     不意に、部屋の扉が開く音がした。はっとして身構え、女はナイフの柄を握り締める。
    「誰かいるのか?」
     真面目そうな男の声。女が物陰から覗くと、ちょうどこちらを見ていた男と目が合った。
     殺される前に殺さなくては。飛び出そうとした瞬間、男が女を制した。
    「待ってくれ、俺達で殺し合うことに意味は無い。君だって、死にたくないだろう?」
     動きを止めた女に、男はさらに言葉を重ねる。
    「二人で力を合わせてここから出よう。大丈夫、きっと何とかなる」
     落ち着いた男の口調が、女を揺さぶった。

     ――ここから出る? 生きて、家に帰れる?

     ナイフを握った手が、僅かに下がる。その時、男のナイフが女の喉を真一文字に切り裂いた。
     何故、と目を見開いた女の視界に、歪んだ笑みを浮かべた男の顔が映る。
    「こんな所で人を信用するなんて、おめでたい女だな」
     男は嘲笑いながら、女の血に濡れたナイフを弄んだ。
    「死ぬ前にいいことを教えてやるよ。この世の中では、正直者は馬鹿を見るんだぜ」
     切先が女の頬をなぞり、新たな血を流す。
     女の悲鳴は、もはや声にならなかった。
     

     教室に全員が揃った後、伊縫・功紀(小学生エクスブレイン・dn0051)はおもむろに口を開いた。
    「少し前に、六六六人衆が武蔵坂学園の灼滅者を襲撃した事件は覚えてる? あれから、新しい動きがあったみたいなんだ」
     先の事件で、襲撃を仕掛けた六六六人衆はその多くが返り討ちに遭い、灼滅者に灼滅される結果となった。そのことに危機感をおぼえたのか、六六六人衆の『縫村針子』と『カットスローター』は、新たな六六六人衆を生み出すための儀式を開始したらしい。
    「その儀式は、閉鎖空間に素質を持つ一般人を集めて、殺し合いをさせるって内容なんだ。最後に生き残った一人が、六六六人衆になって出てくるってわけ」
     儀式により生み出された六六六人衆は、極めて残虐な性質を持つ。魂は完全に闇堕ちしており、もはや救うことは叶わない。
    「まだ六六六人衆としての序列はないけど、並みのダークネスより強力だから楽に勝てる相手じゃない。でも、儀式を終えたばかりのタイミングなら、他の人たちと殺し合った時のダメージが残ってるし、配下とかも居ないから、灼滅出来る可能性は充分にあると思う」
     逆に、ここで討ち漏らした場合は、凶悪な六六六人衆を解き放ってしまうことになる。被害を未然に防ぐためには、確実に灼滅しなければならない。
    「六六六人衆は、『小形・佳紀(おがた・よしのり)』って名前の男の人。元は会社勤めをしていて、真面目な性格だったらしいんだけど……同じ職場に要領のいい人がいて、損をすることも多かったんだって」
     正直者は馬鹿を見る――そんな思いを心の裡に抱えて生きてきた佳紀は、今回の儀式を経て『目的のために手段を選ばない狡猾さ』と『他人の苦痛を喜びとする残虐性』を身に着けたようだ。誠実そうな態度で相手を油断させてから殺したり、不意打ちで動けなくなった相手をさんざん痛めつけてから止めを刺したり、その非道な手口は目に余るものがある。
     それでいて、本来の堅実さも残っているから始末に終えない。ひとたび戦いとなれば、己の力に驕ることなく、こちらの弱点を的確に突いてくることだろう。
    「さっきも言った通り殺し合いのダメージが残ってる状態だけど、攻撃力はまったく落ちてないから気をつけて」
     黒板に佳紀が用いるサイキックを書き出した後、エクスブレインは灼滅者を振り返った。
    「現場は、会社の独身寮として使われていた建物の廃墟。駐車場に出てきたところを待ち伏せ出来るから、そこで戦って。ちょっと足場が悪いから、そこは注意しないといけないけど」
     そこまで告げた後、功紀は皆の顔を見る。
    「強制的に闇堕ちさせられたのは気の毒だけど、この人はもう元には戻れない。せめて、新しい犠牲者が出る前に灼滅して」
     飴色の目を伏せて、彼はどうかお願いね――と頭を下げた。


    参加者
    和瀬・山吹(エピックノート・d00017)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)
    御門・心(ねがいぼし・d13160)
    静闇・炉亞(鉄鎖ノ蝶・d13842)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)

    ■リプレイ


     見るからに、陰惨な雰囲気を纏った廃墟だった。微かな血腥さが鼻を刺激するように感じるのは、この中で行われた惨劇を知っているゆえだろうか。
    「一般人を戦わせて六六六人衆を生み出す儀式、何とも気に入らぬでござるな」
     ニンジャ装束に身を包んだハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)の言葉に、笠井・匡(白豹・d01472)が頷きを返す。
    「蠱毒を髣髴とさせるねぇ……いいシュミしてるよ、最悪だね」
     素質を持つ一般人を集めて殺し合わせ、最後に残った者を六六六人衆として闇堕ちさせる儀式。人を人とも思わぬ手口には、虫唾が走る。
    「六六六人衆は、本当に酷いことをするのです」
     少女にも見紛う面に憂いを湛えた静闇・炉亞(鉄鎖ノ蝶・d13842)が俯く傍らで、ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)が周囲をぐるりと見渡した。
     廃墟から出てくる六六六人衆を待ち伏せる場所として指定されたのは、正面の駐車場。人払いの必要が無いのは有難いが、劣化したアスファルトの至る所に亀裂が走っており、足場は決して良いとは言えない。
    「今回の敵は……事前の仕込みがモノを言いそうだよな。マジ厄介だぜ」
     口調を『戦闘モード』に切り替えて呟き、特に注意を要するポイントを頭に叩き込んでゆく。戦いの最中、隆起した地面に足を取られて躓きでもしたら目も当てられない。リスクを完全に消し去ることは出来なくても、可能な限り地形を把握する努力はしておくべきだ。
     段差が生じている箇所を靴の爪先でこつこつと蹴り、御門・心(ねがいぼし・d13160)は凸凹した感触を体で覚える。
     その時、入口を見張っていた巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)が警告を発した。
    「……奴さん、おいでなすった」
     全員が身構える中、廃墟から三十歳前後と思しき男が姿を現す。
     彼の名は小形・佳紀。血塗れの『ゲーム』を制して闇に堕ちた、新たな六六六人衆。
    「やぁ、待っていたよ」
     前に歩み出た和瀬・山吹(エピックノート・d00017)が、さりげなく声をかける。
     半円状の陣形を敷かんとする少年少女たちを眺めて、佳紀が口を開いた。
    「待っていた? 人違いじゃないかな。俺は君達のことを知らない」
     ここは立ち入り禁止だ、危ないから早く帰りなさい――そう告げる声は優しげで、何人もの人々を手にかけた殺人者の言葉とは思えない。
     しかし、それで惑わされるような者はこの場には居なかった。
    「誠実そうにしても、騙されないっす。中で何があったか、自分は知ってるっすよ」
     ストレートに糾弾する白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)に指を突きつけられ、佳紀がくつくつと笑う。
    「へえ、知っているのか。……ただのカモじゃ、なさそうだな」
     何者だい、と問う視線を受けて、少女は堂々と名乗りを上げた。
    「――光の戦士、ピュアライト!」
     刹那、佳紀の全身に禍々しい殺気が漲る。
    「素直に道を開けるつもりは無いんだろ? なら、纏めて死ね」
     解き放たれた瘴気が、後列に陣取った灼滅者に襲い掛かった。


     妖の槍を構えた匡とハリーが、互いに連携して螺旋の突きを見舞う。
     足元に注意は払えど、声に出して警戒を促したりはしない。確認する際も最小限の動きに留め、狡猾な敵にこちらの弱みを見せぬよう努める。最短距離のルートを定め、無駄な移動を行わなければ、リスクは軽減できる筈だ。
    「目の前の俺達は眼中にねぇってことかい」
     果敢に間合いを詰めた冬崖が、WOKシールドのエネルギー障壁を展開する。
     体ごとぶつかるようにして打撃を叩き込む彼の陰から、心が流星の如く躍り出た。百々目鬼(どどめき)――百個もの鳥の目を持つとされる鬼の腕を模した縛霊手を振るい、佳紀を殴りつける。
     衝撃に揺らいだ僅かな隙を見逃すことなく、山吹が影業から幾本もの触手を伸ばした。男の四肢を絡め取り、その動きを縛ろうとする。
     なかなかに手堅い灼滅者の初動を見て、佳紀が小さく舌打ちを漏らした。
    「ガキの癖に小賢しいな」
     敵の殺気に蝕まれた同列の仲間達を眺めやり、ギュスターヴが治癒の力宿す温かな光を呼ぶ。
     エクスブレインの情報では、かの六六六人衆はエンチャントを破壊する手段を持っていないとのことだった。であれば、強化は重ねれば重ねる程に有利に働くだろう。
     癒しの加護を受けた雅が、白き輝きを放つ斬撃を浴びせて己の肉体を聖戦士化する。彼女と同様に初撃で自らの守りを固めた炉亞が、素早くステップを踏んで立ち位置を調整した。
     底無し沼を思わせる真っ黒な影が佳紀の足元に広がり、あたかも生き物の如く蠢き始める。
     それが後衛に狙いを定めたのを認めて、冬崖が咄嗟に身を割り込ませた。巨大に膨れ上がった影が、前方に掲げた盾ごと彼を呑み込み、喰らってゆく。
     メンバー中で最も耐久力に優れ、かつディフェンダーとして防御に長けた彼をもってしても、その一撃は重い。
    「大丈夫っすか!?」
     庇われる形になった雅が、前に立つ大きな背に声をかける。普段は護る側につくことが多いため、ついつい自分で受け止めるつもりでガードを固めてしまうが、この場における己のポジションはディフェンダーではなくメディックだ。ならば、課せられた役割を果たさねばなるまい。
     回復の時間を稼ぐべく、匡が仕掛ける。
    「余所見してる場合じゃないんじゃないの? オッサン」
     マテリアルロッドで打ちかかった彼がそう言って挑発すると、ハリーがすかさず佳紀の懐に飛び込んだ。『偽針』――超小型のシリンジと長針を組み合わせた暗器を操り、服の上から突き立てる。逆巻く風を生じさせた心が、そこに不可視の刃を投じて佳紀の側面を急襲した。あわよくば足場の悪い方へと押し込んでいくつもりだったが、敵もさる者、寸前で踏み止まりながら攻撃を捌きにかかる。
    「都合良くは参りませんか」
     周りに聞こえぬ程度の声音で呟き、彼女は紫の双眸で佳紀を見詰めた。
     服装をきちんと整えてはいても、染み込んだ血の臭いまでは隠しきれない。真面目な会社員から一転して大量殺人者に堕ちた男から視線を逸らすことなく、ギュスターヴが独りごちた。
    「……六六六人衆に目覚めた、か」
     傷ついた仲間に光輪の盾を届け、守りの助けとする。身を屈めて死角に回った炉亞が、剣を横薙ぎに振るって佳紀の足首を払った。
    (「堕ちた心は、助けられないのですね……」)
     もはや、佳紀の魂を救うことは叶わない。ある意味では、彼もまた被害者と言えなくもないが――強力な六六六人衆を野に放つ訳にいかないのも事実。
     柔和な表情の裏に深い深淵を湛えて、山吹が口を開く。
    「境遇には同情もするよ。……だけど」
     彼を逃がせば、多くの人々が犠牲になるのは火を見るより明らかだ。配下も無く、手負いの今だからこそ、ここで確実に灼滅しなければならない。
     呼吸を整えた青年の喉から、美しい歌声が滑り出す。
     聴く者の心を惑わす神秘のメロディが、荒れ果てた駐車場に響いた。


     裂帛の気合で傷を塞ぎつつ、佳紀は無数の弾丸を連射して灼滅者を撃つ。
     初めは後衛から崩す狙いだったようだが、予想以上にディフェンダーの守りが堅いので方針をひとまず変更したらしい。囲みを破らんと、前衛に攻撃を集めていく。
     無論、灼滅者とてやられっ放しのまま終わりはしない。隠し切れぬ怒りと敵意を表情に滲ませた匡の槍が、佳紀の脇腹を掠めた。
    「何がそこまで気に食わないんだ? 親の仇って訳でもないだろうに」
    「……気に食わない。嗚呼。気に食わないとも」
     理解出来ないといった様子の六六六人衆に、山吹が答える。先の銃撃で上半身は血に染まっていたが、退く選択は無い。全身を刺す痛みも、胸に蟠る激情も、あらゆるものを淡い微笑に隠して。彼は、さらに言葉を紡いだ。
    「これは俺達への挑戦も兼ねているんだろうね? だったら受けてあげる」
     君たちを殺してあげるよ――と囁き、実体を失った神霊の刃を放つ。仲間とタイミングを合わせてオーラの手刀を繰り出したハリーが、口元から首にかけてを覆った赤いスカーフの奥で唸った。
    (「相手もなかなか抜け目ないでござるな」)
     先程からアスファルトの亀裂が多い方向に誘導しようと試みてはいるが、敵は巧みなフットワークでそこを避けている。足場の悪さを警戒して対策を立てていなければ、逆にこちらが罠にかかっていたかもしれない。
     大切な人への想いを宿した心のオーラが、黒い翼の形を取る。そのエネルギーを両手に集めて、彼女は佳紀を砲撃した。
     癒しの光を輝かせて回復に徹するギュスターヴが、金色の瞳で男を睨む。
     過去に受けた依頼の中で、六六六人衆と相対した経験は片手で数えられる程しかない。それも、灼滅に主眼を置いた戦いではなかった。
     かつての学園の仲間と対峙した際は、自分の甘さが原因で救うことが叶わず。
     禅寺で人々を虐殺せんとする黒衣の僧を阻止した時には、一般人を避難させるために手を割かねばならなかった。だから、今回こそ。
    (「六六六人衆を……我が主の御名の下、慈悲を示して灼滅する」)
     カソックの裾を揺らし、信仰者たる少年退魔士は決然と戦場に立ち続ける。
    「……っ」
     仲間を庇って影の刃に切り裂かれた炉亞が思わず眉を顰めた瞬間、冬崖が蒼き雷光を散らして踏み込んだ。顎を目掛けて拳を突き上げ、敵の注意を引く。間髪をいれず、雅が動いた。
    「今回復するっす!」
     武器から分裂させたエナジーの輪を飛ばし、癒しの光を降り注がせて出血を止める。
     互いに支え合う灼滅者の姿を見て、佳紀は嘲るかのように笑った。
    「仲良しこよしの協力プレイってか? 反吐が出るね。誰かの役に立ちたいとか、人にはそれぞれの役目があるとか、全て幻想だ。他人なんざ、利用はしても信じるものじゃないぜ」

     ――かわいそうに。

     心の胸中に、ふと、そんな感想が浮かぶ。
     佳紀が口にしているのは、堕ちる前の自分に跳ね返ってくる内容ばかりだ。
     それを残らずかなぐり捨てたことで、彼が過酷な殺し合いを生き延びたのだとするなら――。
    (「もし戻れようとも、戻りたくはないんでしょうね……きっと」)
     有利な地形を確保されぬよう風の刃で牽制しながら、心はそう結論付ける。
     仲間に対しては隠しているが、彼女の本質はどちらかと言えばダークネスとしての佳紀に近い。であるからこそ、その心情を察することが出来る。
     状況はなお予断を許さないものの、灼滅者は迷いの無い戦い方で敵にダメージを積み重ねていた。
     ニンジャの走法を駆使するハリーが、真っ直ぐ佳紀に迫る。
     件の儀式は確かに不愉快だが、それ以上に許せないのはこの男のやり口だ。
     真面目そうな風貌を逆手に取った騙し討ち、相手が動けなくなってからの執拗な暴行。
     己の命を守るためという理由を差し引いたとしても、これらの所業は目に余る。
    「……卑怯、非道、残虐、決して野放しには出来ないでござる!」
     彼が槍の一刺しで佳紀の肩を抉ると同時に、匡がマテリアルロッドをくるりと回した。
    「儀式だかゲームだか知らないけど、オッサン、あんたみたいなのは大嫌いなんだ」
     灼滅させてもらうよ――と告げて、杖の先端から魔力を体内に打ち込む。彼にとって、佳紀は闇に堕ちた自分を映す鏡だ。同属嫌悪と言われようが、叩き潰さずにはおれない。
     メディックの回復で体勢を立て直した炉亞が、剣に影を纏わせる。
    「せめてこれ以上間違えないように、僕らの手で終わらせるのです」
     精神の奥に封じたトラウマを引き摺り出され、佳紀が初めて狼狽の叫びを上げた。


     戦いは、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。
     灼滅者側にも癒しきれないダメージが蓄積しつつあったが、誰一人として士気の低下は見られない。正念場を乗り切るべく、雅が聖なる風にのせて祝福を解き放つ。
    「必ずここで食い止めるっすよ」
     相手に同情の余地があったとしても、優先するべきものを間違えてはならない。
     さらなる犠牲を防ぐ――そのためだけに、光の戦士は己の力を尽くす。
     唇から詠唱を響かせる山吹が、冷やかな視線を佳紀に向けた。
    「逃げ場なんて無いんだよ。君みたいなダークネスにはね」
     人を殺したのなら、無惨に殺される覚悟もある筈。そうでなければいけない。
     恐るべき死の魔法が、佳紀の肉体を凍てつかせる。咆哮が灼滅者の鼓膜を震わせた直後、数え切れぬ程の弾丸が山吹に叩き込まれた。
     全身を朱に染めて、青年が地に崩れ落ちる。それを視界の隅に映して、冬崖が大声を張り上げた。
    「ふざけた真似も大概にしとけよ、この下衆が……っ!」
     攻撃を誘うような身振りと共に、WOKシールドで前衛の守りを固める。
     自らも満身創痍と言って良かったが、そんなことは彼にとって問題ではなかった。
     炉亞や匡の体力も、既に危険域に突入している。これ以上、戦闘不能者を増やす訳にはいかない。
     倒れるまで仲間の盾となり続ける――それが、冬崖の戦い方だ。
    「悪いがアイツに引導渡すのはアンタ達に任せるぜ」
     天星弓から癒しの矢を射るギュスターヴが、アタッカーに佳紀の灼滅を託す。
     頷く心の背で、黒きオーラで形成された片方だけの翼が大きく羽ばたいた。
     目標を追尾する砲撃が、佳紀の命数を容赦なく削る。よろめいた男の瞳が焦点を失ったかに思われた瞬間、彼は呆けた表情で辺りを見回した。
    「どこだ、ここは……俺は、一体……?」
     この期に及んで悪足掻きか。構わず追撃せんとする仲間を制して、ハリーが歩み寄る。
     黙って手を差し伸べた刹那、佳紀が「バカめ」と哂った。
     必殺のタイミングで繰り出された影刃を跳んでかわし、無感動に敵を見下ろす。
    「他人を騙す者が、今更卑怯も無いでござるよな?」
     謀られたと佳紀が悟った時には、オーラで研ぎ澄まされた手刀が彼を斬り伏せていた。

     偽りの地に生まれた騙られしヒーローでも、悪を挫くことは出来る――。

     鮮やかに着地したハリーの眼前で、佳紀が塵となって消える。
     灼滅を見届けたギュスターヴが息を吐くと、雅は空に十字を切って祈りを捧げた。
     全員の手当てが済んだ後、炉亞は儀式の舞台となった廃墟に足を踏み入れる。至る所に転がる死体に仮初の命を与えてやると、それらは何事も無かったかのように目を覚まし、自分達の家に帰ろうと動き出した。
     走馬灯使いにより吹き込まれるのは、周囲に違和感を与えずに穏やかな死を演出するための擬似的な命でしかない。『ゲーム』の話をしても特に目立った反応は無かったが、この死体は二度目の死を迎えた後、家族や友人にきちんと弔ってもらえるだろう。
    「もしかしたらあの中に、僕らの仲間になる可能性のある人もいたのかもね」
     去りゆく死体達を見送って、匡が呟く。目を閉じた冬崖が死者の冥福を祈る中、山吹が廃墟に花を手向けた。
     ――佳紀と、彼に殺された人々のために。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月27日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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