脅威の巨大化チョコレート~甘めのビターチョコレート

    作者:西灰三


    「ロシアンパイプライン様! 倉庫への搬入終わりましたでコサック!」
    「分かった、後で伝票と領収書を事務所に回しておくように」
    「ハッ!」
     とある倉庫街。道路脇に残った雪は黒く汚れ、頻繁に車が行き来していることを示している。その一角の倉庫でご当地怪人たちは活動していた。
    「この国にもパイプラインがあれば、このような面倒事もしなくて済んだと言うのに……甘いな、このビターチョコは」
     頭部がループしたパイプの怪人……名をロシアンパイプラインと言う……チョコレートをかじりながら呟く。彼は帳簿を見ているコサック兵に進捗の確認を取る。
    「今入ってきたので最後か?」
    「はい。順次トラックにダンボール入りのチョコレートを積み込んでいます。運転手や護衛も一緒に準備が進んでいます」
    「まあ杞憂になるだろう。囮に引っかかった奴らがこちらにくるなどありえまい。我々がこの巨大化チョコの力を使い、この国を征服するのだ!」
     
    「手が混んでるけれど、ちょっと甘いよね」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)は言う。
    「バレンタインデーの方は解決したし、こっちもなんとかしちゃおう。巨大化チョコなんて渡すわけにはいかないからね。いくつかはもう運ばれた後みたいだけど、たくさんじゃなければそんなに強化されないだろうからね」
     相手の戦力の強化は防がねばならないだろう。巨大化したご当地怪人はなんだかんだ言っても強敵だったし。
    「というわけで拠点を一つ、皆には攻めてもらってチョコレートの搬出を防いで欲しいんだ」
     と言ってクロエは詳しい状況を説明する。
    「相手の拠点は駐車場付きの倉庫。ロシアンご当地怪人のロシアンパイプラインが一体と、コサック兵が20体いるんだ。皆が辿り着く頃には倉庫からチョコレートを運び出してトラックに積み込んでる最中だよ」
     はっきり言うと戦力比が違いすぎるので真正面から戦うと確実に失敗するだろう。
    「だから3つの方法を考えてみたんだ」
     クロエは指を立てる。
    「1つ目は1人で事務仕事をしているロシアンパイプラインを襲撃して素早く倒す方法。一気に倒せれば残りのコサック兵たちは指揮系統もなくなるから簡単に倒せるはずだよ」
     時間がかかればコサック兵達がチョコレートを持って逃げ出すだろう。そうなれば失敗だ。
    「2つ目は外で働いているコサック兵を個別に襲撃して敵の数を減らしていく作戦。ただ途中で敵に気づかれちゃうと一気に敵が集まってきちゃうからそうなると難しいと思う」
     コサック兵は倉庫内と倉庫外に10体ずつ分かれて4台のそれぞれにトラックに荷物を積み込んでいる。
    「3つ目はチョコレートだけを奪ってきちゃう方法。戦闘は避けられる可能性もあるけれどチョコレートはたくさんあるから全部を持っていく事は難しいと思うよ」
     なおトラックはロシアンなトラックなので運転して奪うのは不可能らしい。
    「どの方法でも素早く、隠れながらの行動が大切だから色々と工夫がいると思うよ」
     クロエは言い終えるとため息をつく。
    「考える事の多い依頼だけど、ちゃんと一つ一つ解決していけばきっとなんとかなるはずだよ。それじゃみんな行ってらっしゃい!」


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    間乃中・爽太(バーニングハート・d02221)
    銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)
    夜空・大破(白き破壊者・d03552)
    笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)
    小塙・檀(テオナナカトル・d06897)
    廻夜・時史(羽紡・d15141)
    アナスタシア・カデンツァヴナ(薄氷のナースチャ・d23666)

    ■リプレイ


     倉庫近くの物陰、距離を置いて灼滅者達がコサック兵達の動きを見ている。彼らの吐く息は白く染まりこの場所の寒さを示す。
    「仕事熱心なんだ、……そんなに頑張らなくても」
     アナスタシア・カデンツァヴナ(薄氷のナースチャ・d23666)が彼らの仕事振りを見ながらそう呟いた。ダークネスが労働しているという時は基本的にろくでもない事につながっている故だろう。
    「正規に購入している物を奪うのも申し訳ないですが……敵に力を与えるわけにはいきません、心を鬼にして挑みましょう」
     コサック兵達の運んでいるチョコレートは彼らがちゃんと正当な取引で得たものである。けれどもそれが巨大化チョコレートを手に入れる為のものであれば止めねばならない。小塙・檀(テオナナカトル・d06897)はスレイヤカードを手にしている。
    「チョコで巨大化……どうにもふざけた感じが拭えないですが、ほうっておくわけにも行きませんか」
     夜空・大破(白き破壊者・d03552)が現状の感想をこぼす。どうも本気になりきれていないようだ。相手はダークネスであり、確実に灼滅者よりも格上である。ご当地怪人はその点を見落とされやすいが強敵である。困ったことに。
    「巨大化チョコ。美味しすぎて巨大化しちゃうのか、不味すぎて巨大化しちゃうのか、そこが問題だ」
     むむむと間乃中・爽太(バーニングハート・d02221)が腕を組む。
    「んなもん考えたきゃ、後で考えりゃいーんだよ」
     影道・惡人(シャドウアクト・d00898)がぶっきらぼうに言ってのける、確かにそれ自体は作戦の遂行には関係するわけではない。そんな話をしている内に猫となって偵察をしていた笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)が戻ってくる。
    「おっ、返ってきたで」
     銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)がその姿を認めて周りに知らせる。
    「さあ始めよう」
     偵察で使った時間を取り戻すように、廻夜・時史(羽紡・d15141)は呟きながら先導する鐐の跡を追う。戦いはすぐそこに。


     ロシアンパイプラインが簡素な部屋の片隅でノートと電卓を開き帳面をつけている。そしてその背側の扉、そこが勢い良く開く音がする。
    「何事だ、騒々しい」
     怪人が回転椅子の勢いで振り返れば多数の灼滅者達が部屋の中に侵入していた。ロシアンパイプラインは声を上げるよりも早く即座に身構える。
    「おぅヤローども、やっちまえ!」
     惡人が言うよりも早く、他の灼滅者達も武器を手に怪人へと攻撃を仕掛ける。
    「どんなに身体は小さくたって……以下略! 間乃中爽太、燃えていくぜぇっ!」
    「ロシアン怪人よ、その命、頂戴する!」
     走りこむ爽太と鐐を前にロシアンパイプラインはニヤリと笑う。
    「成程、陽動も万全とは行かなかったということか。……面白い、返り討ちにしてくれよう!」
     両腕を広げた怪人にまずは爽太が勢い良く斬りかかる。
    「刻め、竜の鼓動! 自慢のライン寸断しちゃうぜ!」
     ドラゴンビートがジャンプとともに振り下ろされると、鈍い金属音が部屋中に鳴り響く。
    「その程度の力でロシアの大動脈を断てると思っているのか!」
     彼を弾き飛ばすとそのまま鐐へと投げ返す。
    「我が名はロシアンパイプライン! そうやすやすと破断できると思うなよ!」
     灼滅者を前に堂々と名乗りを上げる怪人、だが時間をかけていられないのは灼滅者達のほうだ。灼滅者達は次々と攻撃を仕掛けていく。
    「今日の患者は糖分の摂り過ぎって聞いてきたんだけど」
    「寒冷地ではカロリーの消費が激しいから問題ないのだ!」
     アナスタシアの黒死斬を受けながら辺りに振動波を怪人は放ってけん制する。言ってる内容はともかくとして相手はまだまだ問題なく動けるようだ。
    「……ネタ抜きで強いんですが」
    「そういうもんやて、まあネタの強さだけで勝負してんのもいる気がするけども」
     大破が相手の力量を改めて確認して呟く。明らかにブレイズゲートとかにいる存在よりも攻撃を通しにくい。右九兵衛の言うとおりなご当地怪人も決して少なくはないのだが。まあ今回の相手はそちら側では無いということで。
    「バレンタインにチョコを贈る風習を日本に作ったのは、ロシア系のチョコレート屋さんらしいですね」
    「ほう、よく知っているな。……礼代わりにオイルをくれてやろう!」
     ロシアンパイプラインが頭部のコックをひねると、暗い色のオイルがビームとなって檀に放たれる。勢い良く放たれたそれは、破壊力を伴って彼の体力を削っていく。
    「……雨劉」
     時史が銀の霊犬と共に怪人に斬りかかる。怪人は即座にオイルを止めてその場を離れる。
    「隙ありぃ!」
     その下がった隙を狙ってホーミングバレットを放っていた。不意に放たれた弾丸はパイプに小さな穴を開ける。そこからドロドロと油が漏れだしてくる。
    「しまった!」
    「今や! 仕掛けるで!」
    「動かないでもらえる? 手術にならないから!」
     怯んだ怪人にアナスタシアや右九兵衛を始め一斉攻撃を仕掛ける灼滅者達、その自慢のパイプはみるみる内に傷だらけ、凹みだらけになっていく。
    「おのれ……!」
     ボロボロのロシアンパイプラインが灼滅者を睨めつける。それを惡人は見下ろし、怪人は逆に憎々しげに見上げていた。
    「ぁ? 勝ちゃ何でもいいんだよ」
     その視線に答えるように彼は言う。相手を『物』だと思うのならその言葉ですら不要だったはず。この些細な言葉によって生じた間隙が怪人にとっての勝機を生む。
    「……そうだな、何をしても勝てば良いのだ!」
     ロシアンパイプラインが勝ち誇ったように取り出したのは、チョコレート。この場でそれを出すという事は。
    「巨大化チョコレート……!?」
     檀を始め灼滅者達に緊張の色が走る、この条件で「相手が巨大化する」と言う事を想定に入れていなかったのだから。
    「甘いな、灼滅者達よ! この勝負、我の勝ちだ!」


     ドンッ!!
     鈍い音が周囲に響く。巨大化した音だろうか。
    「なっ……!?」
     いや、違う。それは大破の大腕が空気とチョコレートを砕いた音。壊す事しか出来ないと自らを称する者の行動。
    「……本気になっておいて良かった」
     大破は息をつく。その瞬間に今度は閉めてあったはずの扉が開く。
    「ロシアンパイプライン様、報告を……! こ、これは!?」
    「今すぐチョコレートを本部に運ぶのだ! さっさと行け!」
     突如現れたコサック兵にロシアンパイプラインは指示を出す。それを見送りながら怪人は呟いた。
    「サウンドシャッターか……。だがあいつらの背は追わせん!」
     即座に二枚目の巨大化チョコレートを取り出して、ロシアンパイプラインは建物を破壊しながら巨大化する。だがその身に残った傷はそのままだ。
    「早く倒しましょう。敵に力を与えるわけにはいきません」
     檀が斬影刃で斬りかかり、敵の鋼の体にヒビを入れていく。
    「効いてるな、このまま一気に叩くぜ!」
     惡人はヒビに向かって気弾を撃ち放つ。巨大化した敵に怯まず灼滅者達は自らの傷もそのままに攻勢をかける。
    「ここからだと患部がよく見えないんだよね……ちょっと服破りだっ」
     アナスタシアが相手の体を登り、そして死角から切り込む。それによって相手の体に生じていた亀裂がより大きくなる。
    「ぐぐっ!」
    「袋叩きにもやりようっちゅーのがあんねん。クヒャヒャヒャ!」
     右九兵衛がガトリングガンを乱射し、その合間を縫って時史が切りつけて行く。周りから放たれる攻撃を振り払おうとロシアンパイプラインはその巨大な腕を振るう。
    「小癪な!」
     相手を掴もうとした怪人の腕が空を切る。捕まっていれば一巻の終わりだったろうが。動かした腕を引き、怪人が体勢を立て直した時、何処からか声がする。
    「パイプラインの弱点、それは」
    「どこだ! どこにいる!?」
    「……その距離故に全てを警備出来んことだ! ぶち抜け!」
     刹那、激しい音と衝撃がロシアンパイプラインを襲う。ぐらりと体勢を崩し、膝を落とした怪人が見たものは自らの懐から飛び出していく鐐の姿であった。その小さな身に手を伸ばすよりも早く、怪人の横から赤と青の炎が燃え上がる。
    「俺の炎は火傷くらいじゃすまないぜ!」
    「や、やめろ! 我に火は!」
     炎を纏った爽太におののくロシアンパイプライン。けれど爽太はその声に耳を傾けずに跳び上がる。
    「いっけえええ!」
     回転しながらの炎を込めた一撃は巨大化したロシアンパイプラインの頭部を捉える。
    「ぐおおおおお!?」
     怪人の叫び声が終わるよりも早く、その身に炎が周りそして轟音と共に爆発して消滅した。


    「ちっ、1台逃げたか」
     ロシアンパイプラインを撃破して一行が駐車場に向かえば既にトラックが一台走り去っており、2台目が敷地外に出る所だった。惡人はその様子を見て毒づく。
    「チョコの持ち逃げのーさんきゅー!」
     走りだしたトラックのタイヤをビームで爽太が撃ちぬく。加速し始めていたトラックはその場で倒れ走行不能になる。
    「貴様らのボスは死んだぞ。二の舞に為りたくなければチョコを置いて失せることだな!」
     慌てふためくコサック兵達に鐐が悪役然とした口調で台詞を放つ。それを聞いてチョコを持って逃げる者、灼滅者達に意を決して向かって来る者がいたが統制をなくしたコサック兵達はいずれも灼滅されていった。

    「……で、このチョコレートどうしようか」
     トラックの積み荷を見て時史は呟いた。一応これでロシアン怪人に巨大化チョコレートが渡ることはないが。
    「これってアイツらが居なくなっても効果は消えないのだろうか」
    「巨大化の?」
     問われた時史は頷いた。
    「……ネタとしては面白いですけれどね」
    「どういう原理か分からんよなぁ。腐った芋羊羹でも食べて死んでくれれば楽なんだが」
     大破と鐐が返す。どこのダメなラスボスだ。
    「持ち帰ればいいんじゃないでしょうか」
     檀がチョコレートの山を包みながら答える。どうでもいいが聖骸布は風呂敷ではない。
    「そうそう持って帰ろうよ。このままにしておいて取られても困るし」
     品定めしながらアナスタシアも荷物に詰めている。その様子を見てふと時史は思う。
    (「チョコ持って帰れたら妹が喜ぶかな……いや、巨大化されたら困る」)
     そこまで考えてから妹はご当地怪人ではないから大丈夫だと気づいた、たぶん。物憂げに考え事をしている彼を雨劉が見上げていたので頭をなでた。
    「よっと、こんだけ持ち帰れば大丈夫やろ」
     怪力無双でトラックを引っ張りながら右九兵衛が聞く。一行は彼の言葉に頷くと大量のチョコレートと共に帰途につくのであった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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