脅威の巨大化チョコレート~チョコロシアン麺

    作者:柿茸

    ●廃倉庫
    「えっさ、ほいさ」
    「まいどー、ロシアンでーす」
    「バレンタイン滅べばいいのに」
     昔に人も荷物もいなくなり、埃と瓦礫のみが積もっていた廃倉庫。
     そこにたくさんの人影と、大量の段ボールが運び込まれていた。
     人影の正体はコサック戦闘員。コサックダンスをしながら担いで運び込んでくる段ボールからは、甘いチョコレートの香りが漂う。
     その様子を、倉庫の縁に張り巡らされている2階から眺めるタマネギ頭の……男……? が1人。身体はきし麺のように平べったく、そして横幅が広かった。
     次々と運び込まれてくる段ボールを見て満足気に頷き、隣で激しくコサックダンスを踊っている配下へと軽く顔を向ける。
    「随分集まったな。今どれぐらいだ?」
    「はっ、およそ100箱程度かと」
    「灼滅者達の動きは?」
    「感知されていません。囮に仕向けた怪人達は悉くやられましたから、恐らくそちらに目をとられたのかと」
     そうか、と満足気に頷くタマネギ。
    「これだけ集まれば巨大化チョコの数も十分だろう。出払った戦闘員が全て戻り次第、ロシア村に帰還する」
    「ラブシャ様……」
     コサックダンスしながらも心配そうな配下の声。そちらを見向きもせずに、自信満々に答えるタマネギ、もといラブシャ。
    「心配することはない。全ては計画通り……ロシアンタイガー様が見ていてくださっている」
    「い、いえ、そちらの心配ではなく」
    「何だ」
     配下へと振り向いたラブシャの目には、大量の領収書。
    「各地の店から現金一括購入で集めてきたから、経費で落としてくれと」
    「……」
     財布ごとお金が飛んでいくのを幻視するラブシャだった。
     
    ●教室
    「チョコレートの安売りを狙っていたんだけど、なんかどこもかしこもチョコレート売り切ればかりで困っちゃうね」
     カレー味のカップ麺を啜りながら田中・翔(普通のエクスブレイン・dn0109)が無表情で話しかけてくる。だが、ちょっと口調が残念そうだ。
    「それで……そのことと関係あることなんだけど」
     集まった灼滅者達が反応を示す。
    「どうやら、ご当地怪人がチョコを買い占めているっぽい。それが視えた」
     ざわつく灼滅者達。
     この間、チョコを奪いに来たご当地怪人達がチョコを食べて巨大化した情報は学園にもたらされ、瞬く間に広まっていた。皆まで言わずとも、敵の狙いが何なのか、分かってしまう。
    「この間の各地のチョコ襲撃事件は囮だったみたいで、その隙にチョコを集めることが本命みたいだね」
     ならば、止めねばなるまい。視えたということは阻止できるということである。阻止できるのであれば、そのまま見過ごすことなどできようか。
    「視えたことだけど、ここの廃倉庫に大量のチョコレートが詰められた段ボールがコサック戦闘員によってたくさん運び込まれてるっぽい」
     大体これぐらいの大きさで100箱ぐらいかな? と翔が腕で示したのは一抱えもある大きさ。一度に複数運ぶのは困難だろう。
     そして、そのコサック戦闘員―――数にしておよそ20人―――を仕切っているのが、タマネギ頭にきし麺のような麺が付いたラブシャ怪人だ。ちなみにラブシャとはロシアの麺料理の1つであり。
     また麺類かよ! と誰かが叫んだ。それを気にせず、翔は麺を啜る。
    「一応、バベルの鎖を潜り抜ける策は大きく分けて3つ」
     1つ目。コサック戦闘員が搬入するために出払っている間にラブシャ怪人を狙い一気に灼滅する。ラブシャ怪人さえ倒してしまえば、残りの戦闘員は士気を失い撃破も簡単になるだろう。逆に、戦闘中に戦闘員たちが戻ってきてしまうと、厳しい事となる。
     2つ目。1つ目の案とは逆に、外で行動しているコサック戦闘員を個別に襲撃して数を減らしていく方法。上手く行けばご当地怪人と増援なしで戦いを挑めるが、こちらはこちらで敵に作戦を気付かれると消耗した状態で正面決戦となってしまうだろう。
     3つ目。今回の目的はチョコレートの強奪阻止である、ということはチョコを渡さなければ良いので、潜入してチョコレートだけを奪取してしまう手も考えられる。廃倉庫の周囲一帯は倉庫地帯となっており、その外まで運び出せば、まず奪われることはないだろう。
     ただし、チョコレートはかなりの数であるし、見つからずに全て奪取するのは難しい。チョコレートを破壊しても、それで巨大化する力がなくなるかどうかは不明だ。
    「それと、敵の能力だけど」
     ラブシャ怪人は周りの空気にタマネギエキスを撒き散らしてくる技と、きし麺のような麺を振るい鋭い一撃を喰らわせる技を持っている。
     前者は広範囲、そして遠くまで届き、エキスを浴びるとタマネギを切った時のように目を刺激され、攻撃を当て辛くなってしまうだろう。麺の一撃に関しては、鋭く、そしてしなる一撃を避けるのは困難だ。こちらも遠くまで伸びる。
     コサック戦闘員については、ウォッカをがぶ飲みして火を吹いてくる技のみとなる。遠くまで届き、火に当たると当たり前だが燃え上がってしまう。
    「あ、それとね。バレンタインデーで事件を起こしたご当地怪人に、ロシアのご当地怪人はいなかったんだ」
     多分、捨て駒にされたんじゃないかな。残酷だね。
     翔はそう言いながらカップ麺を机の上に置く。
    「今回は何というか、やるべきことが変わってるし難しいと思うけど」
     皆、よろしくお願いします。
     深々と頭を下げる翔だった。


    参加者
    烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)
    三上・チモシー(牧草金魚・d03809)
    風見・孤影(夜霧に溶けし虚影・d04902)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    榊・セツト(たまに真面目・d18818)
    牛野・ショボリ(歌牛・d19503)
    綾芽・藤孝(林檎大好き・d22545)

    ■リプレイ

    ●きちんとお金払って購入するあたりご当地怪人はきらいになれない
    「あ、別にすきってわけでもないんで」
    「誰に言ってるんですか?」
     倉庫地帯の一角に身を潜めている灼滅者一行。そんな中、くるりと振り返りカメラ目線で真顔で告げる三上・チモシー(牧草金魚・d03809)に榊・セツト(たまに真面目・d18818)が疑問を呈した。
    「しかし怪人も領収書きったりするんすねぇ……」
     宮守・優子(猫を被る猫・d14114)がしみじみと呟く視線の先には綾芽・藤孝(林檎大好き・d22545)のポケット。アイテムポケットと化しているそこには、様々なロシア料理が詰め込まれていた。
    「そういえばショボリさん」
    「なにかなー?」
    「あの歌って結局なんだったんですか?」
     あの歌、というのは、依頼の出発前にロシア料理を作っていたときのこと。
     料理研究同好会に所属している者として、ロシア料理はきっちり作らないと、と意気込む藤孝。以前のラグマンと名乗る怪人と戦った後、ロシア料理を食べてきたから大体覚えている、と自信満々に料理をしていた烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)の耳に牛野・ショボリ(歌牛・d19503)の歌が飛び込んできた。家がビンボーだとか、おねーちゃんゼッペキねーとか言ってた気もする。
    「あ、あれねー。あのお歌を歌うとお料理が美味しくなるねーはずせないねー。むりくりおねーちゃんゼッペキあぴーるじゃないんだよー」
    「姉に何か恨みでもあるのか?」
     織絵が真顔で聞いてきた。
    「ご当地怪人恐ろしい事を考えるねー! チョコレートで巨大化なんてオシャカサマもビックリねー!!」
     だがショボリ、無理矢理これをスルー。やれやれと嘆息する織絵。
    「しかし巨大化とは面白そうなことをするが、それは大体負けフラグだろうに」
    「チョコで巨大化できるように特別に改造されたんですかね。元々できるならとっくに巨大化してるはずですもんね」
     考察をする藤孝。
     その考えをさえぎるように、ジュルリ、と涎を啜る音が聞こえてきた。音の発生源は、文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)。
    「巨大化はロマンだ」
     もし麺類怪人が巨大化なんてしたら……。
    「ヤバイ、食べ応えありそうだ」
     再度ジュルリと涎を啜る直哉。負けフラグじゃなくて食われるフラグな予感がする。
    「(怪人たちにとってチョコは重要なのはわかった。だからなおさら、チョコを怪人に渡せない)」
     そのクロネコレッドの着ぐるみの隣で、真面目なことを真面目な顔で考える風見・孤影(夜霧に溶けし虚影・d04902)。
    「しっかし今回は麺類怪人か、倒したら美味しく頂けないかな」
     しかし口から出たのは……あれー?
    「今回は特に油断せずに真面目に……つまりロシア麺怪人を真面目に食べろということですね」
     そしてセツトも真顔で頷きながらおかしなことを呟いていた。
    「昨今、食べ物で遊ぶと各所からお叱り受けますからね。理解しました」
    「いや違うから」
     にこやかな笑顔に遅すぎるツッコミが飛んだ。もう食われるフラグでいいんじゃないかな。

    ●戦闘員が出払っている間にラブシャを狙い一気に灼滅するぞ
     優子とセツトが先行して猫変身して辺りの様子を探れば、セツトのDSKノーズが、僅かに感じる業を嗅ぎ取った。
     物陰に身を潜め、2匹そろって顔を出せば、開け放たれた倉庫と、そこに出入りするたくさんのコサックダンサー。ダンボールを担いでは入り、両腕を組んで出てくる。その間もコサックダンスは止まらない。
     優子がじっと見張る間、セツトがDSKノーズで辺りの臭いを嗅ぎながら見て回り探索したが、散見的に戦闘員たちが見受けられるだけだった。
     それらを確認して、灼滅者達は目的の倉庫まで近づく。耳を澄ませば残りの箱がいくつだとか、そういう情報が耳に飛び込んできた。
     チラリと、直哉と藤孝に視線を送れば、2人が頷いてセツトの先導のもと、その場を去った。
     さらに、それから数分後。
    「おーい、あっちにラブシャ様からの差し入れがあるぞ」
     遠くからそんな声が聞こえてきた。遠ざかっていくたくさんの声。入れ違いに戻ってくる3人。
     一同揃って顔を見合わせ、頷く。入り口に2人、見張りが残っているが、それ以外にコサックダンスをしている姿は見えない。
    「まぁ流石に見張りは残るよね。そこまで馬鹿じゃないか」
     とはチモシーの談。
     何にせよ、2人だけなら何とかできるであろう。そう踏んだ灼滅者達は一斉に飛び出した。
     戦闘員に全力でタックルしながら攻撃を叩き込む。勢いに押されて倉庫の中に押し込められた戦闘員たち。それを確認したチモシーが、素早く倉庫内にサウンドシャッターを下ろした。
    「何奴!」
     同時に、倉庫の奥から緊張を孕んだ声が飛んでくる。シリアスな声とは対照的に、たまねぎ頭にきし麺のような身体を持つギャグにしか見えない身体が倉庫の縁のベランダのようなところに立っていた。その少し向こうで、戦闘員が1人、コサックダンスのまま逃げようとしている。
     灼滅者達の判断は早かった。セツトが逃げようとした戦闘員に向け光の刃を放ち、孤影の除霊結界が進路を阻む。
    「行かせると思った?」
    「地吹雪ビーム!」
     そしてチモシーの吹雪の如きビームが結界にぶつかってよろめいていた戦闘員を狙い撃ち、吹雪に押し流されるようにして消えていった。
    「自分のご当地の力は青森。今の時期は積雪量すごいよ」
     ホワイトアウトならロシアにも負けない気がする。とビームの構えを解き、たまねぎ頭へと指を突きつけるチモシーに、怪人が軽く感心したような声を上げた。次いでダンボールの山が崩れる音が飛び込んでくる。
     灼滅者の猛攻であっという間に灼滅されていた2人のコサック戦闘員、そしてその傍ら、入り口付近に立つ灼滅者の後ろで、怪力無双にてダンボールの山を一気に崩し、入り口を塞いだ直哉がいた。

    ●ラブシャってどっかで聞いた様な……
    「お前がラブシャか」
     てか例によってビジュアルが……うん、と悩む優子の隣。織絵が淡々と確認する。頷く怪人に、ああ、と優子が手を打った。
    「えー、 ちょっと聞きたいんすけど。羊頭で体が赤い麺で、叫びながらヘッドバッドしてくる怪人さんって知らないっすかね?」
     いや、知ってたらどうこうとかは無いんすけど。
    「私はそいつを灼いた者だ」
    「言っちゃったー!?」
     言いながら横を向いた優子の目線の先を、鋭く伸びた麺が通り過ぎた。それを受け止めた織絵が、衝撃に身体を後ろに滑らせる。
     飛び降りたタマネギ頭の怪人を、灼滅者達が取り囲む。
    「配下は来ないぜ、既に俺達の手の内だ」
     にやりと笑う直哉。どす黒い殺気が倉庫に広がっていく。
    「ようこそ私の領域へ! 殺人鬼の恐怖、たっぷり味わせでやる」
     黒い霧の中から孤影の声が響いた。同時に優子のライドキャリバーであるガクの機銃掃射が襲い掛かり、灼滅者達が一斉に飛び出した。
     聖なる一撃を反らし、ビームを弾くが多方向から跳んでくる攻撃は全ては捌き切れない。チェーンソー剣が麺を切り裂き、幾千の拳が玉ねぎの皮を剥いていく。
     反撃に撒き散らされたタマネギエキスがラブシャに組み付く前衛陣達の涙腺を刺激し、直に脳にまで痛みを訴えかけてくるが、それすらも無視して攻める、攻める。肉を切らせて骨を断つ覚悟で攻め立てる灼滅者の涙と痛みを止めるのは、藤孝の歌う癒しの歌。
    「しかし……」
    「真面目に戦ってるのに」
    「何でこうも気が抜けるのやら」
    「っていうか誰だ齧ったの、麺に歯型付いてるぞ」
    「味が足りない、ロシア名物マヨネーズつけよう」
     ……。
    「ところでさー、出発前にラブシャについて調べようとしたんだけどさー。ネット検索しても説明文とスープの画像だけで麺が見えなくて全く分からなかったんだけど」
     ラブシャって美味しいの?
     チモシーさんトドメの一言止めてください世界的にマイナーである可能性なのがばれてしまいます。
    「マイナーでバハァッ!?」
    「やれやれ、ロシアの麺とはこの程度か」
     ラブシャ怪人が麺を振るうより早く、織絵がドリルの如く回転させた杭にて穿ち飛ばす。それでも伸びた麺はチモシー目掛けて襲い掛かったが、その前にガクが躍り出た。
     麺が弾ける激しい音と共にスピンして横倒しになるライドキャリバー。段ボールの山に直撃し、埋もれる怪人。ハッと気が付いた直哉とセツトが猛然とダッシュを駆ける。
    「食わせるか!」
    「むしろ俺が食う!!」
    「そっち!?」
     両者同時に段ボールの山にダイブ―――した直後。巨大な白く薄い何かが2人を弾き飛ばした。
    「これは……」
    「もしかしなくてもっす?」
     弾き飛ばされた2人が転がり起き上がり、全員が警戒態勢をとる中。
    「まさか……今食べることになるとはな……!!」
     段ボールの山を崩しながら、剥かれた皮の中にチョコレートを突っ込みながら巨大化を続けるラブシャ怪人が現れた。

    ●だけど武蔵坂学園の正義のヒーローが阻止してやるんだよー!
     倉庫の天井ギリギリまでの高さになったラブシャ怪人が見下ろすが、ショボリが負けじと武器を構え直す。残りの皆も構え直すが、外からがやがやと聞こえてきた声に、藤孝がギョッとした表情を浮かべた。
    「段ボールが外に転がってきたんですけど何か―――」
    「ラブシャ様!?」
     コサック音の大合唱が非常にうるさいが、どうやら外に吹き飛んだ段ボールの音を聞きつけてコサック戦闘員が一斉に戻ってきたようだ。
     灼滅者達の頭の中に『撤退』の二文字が浮かんだ、その直後。
    「ここは俺に任せて、お前達はチョコレートを運び出せっ!」
    「は、はいっ!!」
     タマネギ頭が振り返り、戦闘員達に告げる。たじろぎながらも指示に従い段ボールを担ぎ上げはじめる戦闘員達。
    「させるか!」
     孤影と直哉が放つ炎が段ボールと戦闘員達を包む。
    「チョコの主成分は脂質と炭水化物だ、この意味が分かるかな?」
     良く燃えるということ。
    「ギャグだったらこれを受けたヤツは『あばばばば』とか言ってるけど」
    「あばばばば」
    「言ってるー!?」
     だがその間にも、無事な段ボールが運び出されていく。身体を火に包まれながらもコサックダンスして運び出していく戦闘員も見受けられた。
     そして、その段ボールの山の前に立つ巨大なタマネギ麺。流石にこれ以上、運び出し阻止に手を割くことはできず向き直る。
    「ラブシャおにーちゃん、ショボリラブシャ食べた事ないねー。おいしい?」
    「うむ!」
    「食べたい! 食べたいねー!」
     炎のオーラに身を包むショボリが振り下ろされる麺に真っ向からぶつかり合うが、拳圧に炎が掻き消され、地面に叩き付けられる。
    「ショボリさん!」
    「流石にまずいっすよ今の!」
     回復が立て続けに飛び、何とか立ち上がるショボリ。それでも口の端からは食いちぎった麺が覗いている。
     それにマヨネーズを投げ渡しながらセツトが駆け、チモシーが跳ぶ。織絵の放つご当地ビームを目眩ましに龍骨切りとズタズタラッシュが麺へと牙を剥くが、僅かにしか削れない。
     咄嗟に展開した優子の除霊結界。それに阻まれながらも大量のタマネギエキスが辺りに撒き散らされる。咄嗟にガクが着地したばかりのチモシーを弾き飛ばしたが、直後、エキスがエンジン内部に混入したのか異音を発して動かなくなった。
    「ガク!?」
    「うごっほ! うぇっ、染みるっ! 喉まで染みっゲホッ!」
     むせ返る前衛陣。藤孝のリバイブメロディが響き渡るが、咳は止まらない。孤影が咄嗟にショボリに光を飛ばして持ち直させた。
     セツトのチェーンソーが唸り、直哉のフォースブレイクと共に麺の片足を抉る。結界に足をとられ固まっていたその足が、片膝が軽く崩れるが倒れるに至らずに踏ん張られる。
    「もうちょっと……のはず……!」
     チモシーが涙を腕で拭いながら、間合いを取るセツトへと闇の契約を飛ばした。織絵が直哉と入れ替わりにドグマスパイクを、崩れかけた片足へさらに穿ちこむ。
    「ぐぬぅ……っ!」
     今度こそ片膝をついた怪人は、しかしそのまま重力に引かれる身体と怒りと共に拳を振り下ろす。チモシーに影が落ち―――轟音。
     煙が引き上げられる麺と共に晴れ、意識を失い倒れているシャドウハンターの姿が露わになった。誰かが歯噛みした音が小さく聞こえた。
    「ラブシャ様ー! これが最後ですー!」
     そして響く戦闘員の声。無事な段ボールはその戦闘員が担いでいる物で最後のようだった。でかした! 直ぐに行く! と振り返るラブシャに駆ける灼滅者。
     立ち上がろうとするその麺の足を、幾重にも展開される孤影の結界が妨げる。足を見て、そして灼滅者達を見たラブシャが拳を振り上げ、黒い尾を模したウロボロスブレイドを燃やして気迫の籠る声を上げて突撃する直哉目掛け振り下ろした。
    「クロネコレッドー!」
     仲間が止めろと声を上げるが、直哉の動きは止まらない。真っ向から、先程のショボリと同じように武器ごと麺にぶつかり、そして殴り飛ばされて壁に激突する。
     そのまま力なく地面に落ちた黒猫の着ぐるみは、しかしどこか満足そうな顔をしていた。そして食いちぎった麺を飲み込んでから、今度こそ気絶した。
    「まずいな……」
     誰かが呟く。相手も余力は少ないとはいえ、その破壊力は絶大。そして逃げる可能性も十分にある。
     まだ先ほどの戦闘員は逃げきれていない。だがあと1分もあれば逃げるだろう。そうなれば―――。
    「(これが、ラストチャンス……!)」
     藤孝のデッドブラスターが飛ぶが、タマネギの表皮で弾き返される。優子から飛び出た無数の猫の影が纏わりつきながら引っ掻き、孤影が光線で麺を穿つが、腕を上げる動きは止まらない。
     高く持ち上げられ、落下してくる拳。構えた織絵目掛けて振り下ろされたそれが床を穿ちヒビを入れた。
    「織絵!」
     誰かが叫ぶ。だが、ラブシャが驚いたように身体を震わせる。拳と己のタマネギの顔の間、そこに織絵がバベルブレイカーを腰だめに構えながら跳んでいた。
    「兵は拙速を尊び―――」
     灼滅者は神速を超える!
     放たれるドリルの杭が、タマネギ頭に叩き込まれる。叩き込まれる直前、セツナの飛ばした光の刃が表皮を抉りとっていた。
     衝撃にタマネギエキスを撒き散らしながら仰け反るラブシャ。その背に、何か小さいものが跳び付く感触。
    「巨大化も美学なら爆発も美学ねー!」
     ご当地ダイナミックどかーんねー!
     小さい身体からは想像できぬ膂力で、ショボリが勢いのままバックドロップを決めた。盛大に爆発が起き、藤孝が顔を腕で庇って爆風に耐える。
    「先の非礼を詫びよう、ラブシャ」
     爆風に乗り、倉庫の縁に取り付けられた2階へと飛び移りながら織絵が呟く。煙が晴れれば、そこにはショボリだけが立っていた。
    「ロシアの食文化と、君の命に敬意を」
     ダスビダーニャ。
     小さく呟いた言葉は、タマネギの香りと共に、倉庫から流れ出ていった。

    作者:柿茸 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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