拳神父、グラップル・ザイーガ

    作者:空白革命

    ●その男、神父にしてダークネス。
     拳が空をきる瞬間、風の唸りが目に見えた。
     見えたと思ったその時には顔面に拳が叩き込まれ、宙を舞い、コンクリートブロックの壁を粉砕しながら転がっていた。
     それだけだ。それ以上の記憶はない。
     誰とも知らぬ男は死んだ。
    「この者も、違うか」
     胸の前で拳を突き合わせ、目を瞑る。
     白い手袋をした、長身の男である。
     彼の周囲にはいくつもの屍が転がり、そのすべてが殴打や圧迫によって死亡していた。
     つまり――殴り、蹴り、踏み潰して殺したものだ。
    「我が心の乾きは……未だ癒されないのですか……」
     目を開け、踵を返す。
     無数のバイクがエンジン音を激しく鳴らし、ヘッドライトを向けてくる。
     男はゆっくりと両腕を開き、季節を無視したロングコートをなびかせる。
     体勢をやや前屈みに、頭の位置を低く。
     そして、湧き上がるオーラで十字を切った。
    「神の名のもとに」
     無数のバイクが突っ込んでくる。
     男は一台目に真正面からパンチを叩き込む。ライトが粉砕し、バイクの車体がぐにゃりと歪む。頭上を跳ね飛んでいく若者を無視し、男はバイクを振り上げ、その場で大きく振り回した。
     両脇から攻撃しようとした若者が跳ね飛ばされる。
     彼らが地面に落ちるよりも早く駆け出す。
     風を切り、無数のバイクの間を駆け抜ける。
     ヘルメットをした男の首を蹴りだけで吹き飛ばし、エンジンタンクを裏拳で爆砕し、次々となぎ倒していき、最後に残ったのは……やはり無数の屍だった。
     拳を胸の前で突合せ、男は目を閉じる。
    「神よ、我が心……癒す強者は何処に……」
     彼の名は、ザーイガ。
     拳神父グラップル・ザイーガである。
     

    「……これが、『アンブレイカブル』ザイーガの情報だ」
     神崎マコトはじっと腕を組み、そこまでの説明を終えた。
     アンブレイカブル。
     灼滅者(スレイヤー)のひとつストリートファイターの宿敵であり、ダークネスである。
     ダークネスは『バベルの鎖』によって予知能力を持ち、通常の方法では太刀打ちするのは難しい。だがエクスブレインの予測した未来に沿っていけば、予知を掻い潜ってダークネスに迫ることができるだろう。
     迫った後は、やはり戦うしかないのだが。
    「接触の仕方はこうだ」
     マコトは地図を広げ、赤い印をつけた場所を示した。
    「高速道路下のここ……この場所で彼は祈りを捧げている筈だ。何にかは知らないが、とにかく……そのタイミングで挑戦を仕掛ければ戦いには持ちこめるはずだ。それ以外の方法は、どうなるか分からん。試さない方がいいだろう」
     そう言うと、マコトは詳細な資料を机に広げていった。
     
     グラップル・ザイーガ。
     強力なアンブレイカブルである。
     攻撃は殴る蹴るといった肉体的なものに限られるが、そのパワー、スタミナ、スピード、どれをとっても凄まじく高い。
     単純に彼を囲んで殴るのでは、返り討ちにあう可能性もあった。
     だが解決法のひとつとして、彼ととことんまで戦い、『心の渇き』を癒すことで満足させ、暫くの期間暴力行為を止めさせることはできる。
     死力を尽くして倒すか。
     全力を尽くして渡り合うか。
     どちらを選ぶかは、あなた次第だ。
    「ダークネスとの戦いは灼滅者の宿命でもある。厳しい戦いになるかもしれないが……よろしく頼む」


    参加者
    エル・リーベルト(サウンドメーカー・d00003)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    九条・雷(蒼雷・d01046)
    犬神・夕(黑百合・d01568)
    一橋・さくら(希望の小学生と絶望の高校生・d01657)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    玖珂島・蓮也(高校生ストリートファイター・d04694)
    及川・翔子(剣客・d06467)

    ■リプレイ

    ●拳神父の祈り
     夕暮れ前の橋脚下。列車の音に紛れ、砂利を踏む数人の足音があった。
     ふわりと、リボンでまとめた長い髪が揺れる。
    「初めての実戦でこんなものを相手にできるなんて……幸せ……ッ!」
     胸に手を当てて首を振る九条・雷(蒼雷・d01046)。
     及川・翔子(剣客・d06467)が横目で彼女を見てから、すっと目を細めた。
    「ザイーガ……どれほど強い相手なのかしら。なんだか、ワクワクするわね」
    「んーっ? そういう雰囲気なの? 俺はチョットなあ」
     風宮・壱(ブザービーター・d00909)は頭の後ろで組んでいた手をぐっと上へ伸ばした。
    「こんな危ない奴放っておくわけにいかないじゃん? つっても、世の中こんなのばっかなんだけど」
    「それを俺たちが撃ち倒す……と言いたい所だが、今回はどこまでできるか」
     玖珂島・蓮也(高校生ストリートファイター・d04694)は安らかに目を瞑ると、両手を小指から順番に指を鳴らしていった。
    「何にせよ、理不尽を破壊するだけだ」
    「そぉそ……わたしらはまだまだひよっこで、力も技術もない。だけど」
     五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)はスレイヤーカードを指の上でくるりと回した。
    「戦いの最後は心と意地で決まるもんだ、負けねえよ。だろ?」
    「……別に、知らない」
     香に視線を向けられ、エル・リーベルト(サウンドメーカー・d00003)は一瞥だけして顔をそむけた。
     彼女が密かに戦歌を口ずさんでいたことは、果たして誰が気付いただろうか。

     ざり、と砂利を踏む音が鳴る。
     高速道路のためにかけられた高橋の下。
     昼間でも何処か薄暗いそこに、神父は膝をついていた。
     壁に刻まれた大きなヒビに手を合わせている。
    「『グラップル』ザイーガ……だな?」
    「…………」
     両目を開け、祈りの態勢のまま視線を向けてくる。
     カードを取り出す犬神・夕(黑百合・d01568)の横で、一橋・さくら(希望の小学生と絶望の高校生・d01657)がびしっと指を突き出した。
    「用件は分かるよね。さ、楽しもうよ!」
     ぎらり、とさくらの目が光った、その時――。

    ●アンブレイカブル・グラップル・ザイーガ
     さくらは既に高々と跳躍していた。
     カードを頭上へ投げると、淡い光に包まれる。
    「いくよルディ、『ドレスアップ』!」
     光を抜けたさくらの身体にはふんわりとしたドレスが纏わっていた。
     腕や脚にはリボンが巻き付き、ツインテールを結んでいたリボンは一段階煌びやかなものに変わる。
     空中で封印を解かれたルディ(霊犬)に両足と両手をつけると、ミサイルが如き勢いでザイーガへと突撃した。
    「うぅ――にゃッ!!」
     拳に込めた雷撃を勢いよく叩きつける。
     周辺の砂利と土が盛大に噴き上がり、破裂音を高架下に響かせる。
     だがしかし。
    「…………違う」
     さくらの拳は、ザイーガによって受け止められていた。
     素手。
     片手。
     人差し指のみ、である。
     本能的な危機を察して反転するさくら。僅かに開いた隙間と瞬間でザイーガは身体を捻る。
    「おっとヤベっ!」
     壱はコインを前方に投擲。空中でグローブの甲に接続させると、一瞬でライトグリーンのシールドを展開させた。
     ザイーガとさくらの間に割り込む。
     予想通りザイーガの拳が叩きつけられる。
     シールド軸になっている手首を強く握ってパンチを受け止める壱。
     軽薄に笑って眉を上げる。
    「っとお……神様へのお祈り、足りないんじゃない?」
     などと言いつつバックステップしようとしたその時、ザイーガはほんの1mほど跳躍していた。
     飛んだ、そう思った時には強烈な回し蹴りが繰り出されていた。
    「なにそれっ、重力無いの?」
     頬を引き攣らせる壱。
     顔面に蹴りをくらった彼はきりもみしながら吹き飛び、砂利の上を三度バウンドして木箱の山を崩壊させた。
     前傾姿勢で突撃をかけてくるザイーガ。
    「強い……だが、そうでないとな!」
     香は全力でバレットストームを展開。嵐のような弾幕が発生した。
    「まずは牽制」
    「やるだけやるか」
     彼女の左右では夕がナイフを抜き、翔子が刀を抜いた。
     限定的な夜霧が発生し、ザイーガの視界を遮る。
     更に翔子の月光衝が放たれ、巨大な『飛ぶ斬撃』となってザイーガを襲った。
    「……これも違う」
     月光衝を額で強制的にかち割ると、ザイーガは両腕を顔の前でクロスして夜霧を通過。大量に浴びせられた弾幕が、まるで防水板を打つ雨粒のようにはじけ飛んだ。
    「無茶苦茶な……!」
     半笑いでバックステップする香。
     ナイフを逆手に持った夕が射線へ割り込み、ナイフを瞬間的にジグザグに変形。高速でザイーガへと叩き込んだ。
     ナイフはザイーガの拳と衝突、余った衝撃が夕の長い髪を盛大に吹き上げる。
     その瞬間、背後に高速スウェーで回り込んだ翔子が袈裟方向への斬撃を繰り出した。
     ザイーガは肩越しに手を翳し二本指で刃を受け止める。
     が、その腰には香のガトリングガンが押し付けられていた。無論、銃口である。
    「飛べ」
     零距離でぶっ放されるバレットストーム。思わず吹き飛ばされたザイーガが空中を踊った。
     ぴくりと眉を動かすザイーガ。
     空へと向いた彼の顔を誰かの影が覆った。大きく広がる桜色の髪。ギターケースを放り投げ、振り上がるバイオレンスギター。
     エリは両目を大きく開き、強烈なパワーでギターを振り下ろした。
     瞬間的に腕をクロスさせるザイーガ。
     彼の頭と背中が地面にめり込み、数メートルにかけて土砂を抉った。
     エルの腹に押し付けられる靴。美しく磨かれた黒い革靴である。
     だがそう気づいた時には既に、エルの身体はくの字に曲がって橋脚のコンクリート壁に叩きつけられていた。
    「チッ……!」
     歯を食いしばって舌打ちするエル。
    「すっごい、すごい! この殺気、これがダークネス!」
     目を輝かせて飛び掛る雷。
     バトルオーラを全身までいき渡らせると、目にもとまらぬ強烈なラッシュパンチを繰り出した。
     常人であれば数秒で原形を失くし、コンクリート壁でさえ易々と破壊する常識はずれのパンチを、ザイーガは片手だけで全て受け止める。
     そこへ――。
    「玖珂島蓮也、参る!」
     手首から先だけにバトルオーラを集中させ、前傾姿勢で突撃する蓮也。
     風を唸らせ、炎を纏わせ、熊手型にした手をザイーガへと叩き込んだ。
     その手をもう片方の手で受け止めるザイーガ。圧迫された炎が四散し、三人を内側からごうごうと照らした。
     ザイーガはすぐさま二人の拳を握り込むと、自らを軸に回転。それぞれ別方向に豪速で発射した。
     壱と同じ木箱の山へ突っ込む蓮也。雷は川に頭から突っ込むと、すぐにしぶきを上げて飛び出した。
    「これよ、これ! もっと殴り合って、神父様!」
    「…………」
     ザイーガは寡黙に頷くと、ゆっくりと構えなおした。
     半身に立ち、両手空へ向ける構えである。
    「我が心の渇きを……あなたは癒せますか」

     大地が鳴く。
     微振動が一帯へ広がり、小石が跳ね、細かな粉塵がゆらゆらと昇った。
     さくらは目を細めて自らの唇を舐める。
     ザイーガが本気を出そうとしているのだと、本能的に察した。
    「ルディ、回復お願いね」
     霊犬のルディに後ろを任せると、さくらは四つん這いの状態で地を駆けた。
     ザイーガの手前で跳躍すると、軽く前転してから両手両足を大きく開いた。
     対するザイーガも翼を広げるように両腕を広げて正面を向くように構える。
    「ん――にゃにゃにゃにゃにゃにゃッ!」
     閃光百裂拳を繰り出すさくら。
     それを正面から掌底で打ち返すザイーガ。
     しかしその内の数発は互いのボディに叩き込まれ、ダメージとして蓄積していった。
     そんなザイーガのはるか頭上。縦向きにした竹箒の柄に香が立っていた。
    「私は魔法使いだからな。近接戦闘の経験が浅い。身に刻む必要があるんだ……行くぞ」
     香は倒れ込むように自由落下。
     ガトリングガンを『振り上げ』ると、ザイーガの頭部目がけて全力で叩き落とした。
     バシンと雷撃が弾け、ザイーガの動きを一瞬止める。
    「そこだ――抉り取る!」
     地を滑るように急接近する蓮也。ザイーガの脇腹に掌底を押し当てると、肉を抉るように引きちぎった。
    「――ッ!」
     ビクリと身体を震わせるザイーガ。
     その目には痛みも苦しみも無い。
     光を見た盲目の少年の目であり。
     神を見た敬虔な信徒の目であった。
    「おお……」
     ザイーガは全身から強烈なオーラを発すると、蓮也にボディブローを、さくらの顎にアッパーカットを叩き込み、最後に香の首を掴んで全員纏めて薙ぎ払った。
     地面を抉りながら転がる三人。
     そんな彼女等を飛び越え、エルがソニックビートを発射。音波がザイーガの態勢をほんの僅かにブレさせる。
     砂利の上に乱暴に着地すると、そのまま走りながらギターネックを両手で掴む。
     スレッジハンマーでも叩き込むかのように豪快に振り上げると、内角低めからザイーガへとぶち込んでやった。
     素早い蹴りによっと軌道をずらすザイーガ。しかしエルは身体ごと回転すると勢いを殺さずに再びオルタナティブクラッシュを繰り出す。ザイーガの側頭部をギターが強かに打った。
     首をごきりと鳴らし、拳を振り上げるザイーガ。
     だが彼の拳がエルへと届くより早く、壱が間に割り込んでいた。
    「俺とも遊ぼーよ、っと!」
     片手のシールドでパンチを途中でせき止める壱。次の攻撃がくるより早く、壱はシールドの色を攻性へ変化。裏拳を叩き込む要領でザイーガの顔面へシールドバッシュを繰り出した。
     ほんの僅かにのけぞるザイーガだが、次に繰り出された蹴りによって二人纏めて吹き飛ばされる。
     本日二度目になる木箱への突入を果たし、壱は頭をがさがさと掻いた。偶然手に持ったリンゴを見る。
     むっつりとした顔で起き上がるエル。
    「助けてなんて、言ってないし……」
    「ん? 何? 聞こえなーい」
    「………………」
     リンゴをかじって立ち上がる壱。
     その背中に、エルは限りなく小さな小声で『ありがとう』と言った。

     地を駆ける翔子とザイーガ。互いに高速で併走し、シザー走行で目まぐるしく立ち位置を入れ替える。その交差が全てが、翔子の斬撃とザイーガの拳撃が交わる瞬間だった。
     痺れ始める手を強く握り、意思の力だけで斬撃を繰り出す翔子。
     彼女の刀がその一回だけ音速を超え、大きく天へ掲げられた。
     吹き上がる鮮血。
     ザイーガは目を剥き、自らの胸に刻まれたX字を見下ろした。
    「これが、潤い……嗚呼、神よ!」
     自分でも驚いた翔子の首を掴み、強引に振り上げ、川へと放り投げる。
     一度水面を跳ねて水没する翔子。
    「ねえ、もっと殴り合おう、もっと殺し合おう! 神父様ァ!」
     目を大きく見開いて飛び掛ってくる雷。
     ザイーガは微笑みと共に手を翳し、彼女の拳を自らの拳で迎撃した。
     両者の腕に激しい衝撃が走る。
     飛び掛っていた筈の雷も、重力に逆らって空中停止した。
    「あ、やだっ、楽しいっ!」
     壮絶に笑って滅茶苦茶な連打を叩き込む雷。
     その全てに拳で迎撃するザイーガ。
     雷の拳がごきばきりと音をたて、血が吹き出して拉げ始める。
     その頃にはザイーガの拳も血塗れになっていた。
    「っは、はぁ……最高……ォ!」
     互いの肩をぎゅっと掴み合う。そして顔面にパンチを叩き込み合った。
     血が吹き上がる。
     ガクンと意識を失い崩れ落ちる雷。
     その瞬間を狙って、夕が高速で飛び掛った。
     ジグザグに変形したナイフを鋭いフォームから突き込む。
     ザイーガは一瞬で反転し、夕を正面から迎え撃つ。
     胸に突き出されたであろうナイフは、彼の手によって握り込まれていた。
     停止する時間。
     パキンと音をたて、ザイーガの首にから下がっていたペンダントが落ちた。
    「ダブル――アクセラレイション!」
     手を手刀の形にし、鋭く伸びた夕の爪が胸へと突き込まれた。
     丁度X字が刻まれた中心に第二関節まで埋まる指。
    「ぐおお……っ!」
     ザイーガは短く呻くと、夕の顔面を殴りつけて吹き飛ばした。
     地面で首をごきりと折りながら、縦方向に転がって行く夕。
     一方のザイーガはその場に片膝をつき、胸を押さえて息を荒くしていた。
    「見つけました……やっと、やっと見つけましたよ……ディアナの湖……」
     唇の端から血を流しつつ、彼は立ち上がる。
     夕たちは反射的に身構えたが、ザイーガはもう身構えていなかった。
     彼等に背を向け、ゆっくりと歩き出す。
    「またどこかでお会いしましょう。その時には、もっと強くなっていて下さい。どうか……」

     夕日が照る高架下。
     既に争いの空気は霧散していた。
     灼滅者たちは肩を貸しあい立ち上がり、長く続く血の足跡を見た。
     いずれ来たる、再戦を思い描きながら。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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