脅威の巨大化チョコレート~雪中行軍いかめしレディー

    「よしお前達、帰還前最後の食事だ! ありがたく食べな!」
     コサック戦闘員達めがけて、ぴちぴちに膨れたイカの胴が投げられた。
     中にはたっぷりのもち米。秘伝のタレで甘辛く煮られた、いわゆる「いかめし」である。
    「しかし……うまくデコイに引っかかってくれたもんだね。おかげでこっちは楽チンさ!」
     高笑いする怪しいイカをよそに、コサック戦闘員達はいかめしを頬張ったまませっせと大きなダンボールへチョコレートを詰め込んでいた。
    「用意が出来次第すぐに出発だ! 一番に帰還してお褒めの言葉を頂くのは、このロシアンいかめしレディーだよ! さあお前達! 気合入れて働きな! 主に私のために!」
     鉄製の壁に、ロシアンいかめしレディーの甲高い声がビリビリと反響する。
     コサック戦闘員達は……耳栓をしていた。
     
    「バレンタインデーのチョコレート強奪事件……思わぬ苦戦を強いられた者も少なくないだろう。どうやら怪人たちの真の目的はこの……『巨大化チョコ』にこそあったようだ」
     科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)は拳を背後の黒板に強く叩き付ける。
    「……派手に暴れていたのはロシアン化もしていない使い捨ての囮ばかり。その間にロシアンご当地怪人達は秘密裏にチョコをかき集め、拠点へと運び込む準備を進めていたようだ」
     一体、それがどういう物なのかは全くわからない。ただ、ご当地怪人達がそれを食べ、大幅にパワーアップしていたのは紛れも無い事実だ。もしご当地怪人達がそれを大量に手に入れてしまえば、大きな脅威となる事は疑いようも無い。
    「既に事態は動き出している……だが、それでもご当地怪人達の好きにさせるわけにはいかない。……そうだ、我々は可能な限り、チョコの搬出を阻止しなければならない!」
     
    「ターゲットとするのは道南、ロシアンいかめしレディー達だ。彼女たちはコンテナ群の中に点在的にチョコ集積場を作って作業を進めている。……そうだ、君たちにはこのチョコ集積場の強襲を頼みたい」
     コサック戦闘員の数は……20名。いくら戦闘員とはいえこれだけの数がいれば苦戦を強いられるのは確実。それに加えてご当地怪人、そしていざとなれば巨大化という切り札が……となれば、正面切っての戦いは無謀と言わざるを得ない。
    「作業しているコサック戦闘員達を避け……まずは、このロシアンいかめしレディーを狙う。指揮官さえ居なければ、コサック戦闘員達はどうにか対処できるはずだ」
     とはいえ、それも苦肉の策であることには違いが無い。今回の目的はご当地怪人の灼滅ではなくあくまでチョコレートの搬出阻止であるため、他にも手段は考えられる。
     ともかく、ご当地怪人+戦闘員20名を一度に相手にする事態だけは極力避ける必要がある。
     幸いにして戦闘員達は各々の持ち場で箱詰め作業に集中しているため、近場でさえ無ければ戦闘が起こっても気付くのにいくらかのタイムラグが発生する。この隙を、なんとかして突かねばならない。
     
    「これらの大量のチョコはそのほとんどが正当な手段で買い集めたものだが……これは非常時だ。窃盗やその類いと同様に考える必要は無い。人からモノを奪っていけないという法は存在するが、ご当地怪人からモノを奪ってはいけないという法は……存在しない! つまり、合法だッ!」
     ……自分でも無茶苦茶言ってる事に気付いているらしく、リオンはややヤケクソ気味だった。


    参加者
    白・朔夜(迷い込んだ黒兎・d01348)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    君津・シズク(積木崩し・d11222)
    シャルロッテ・クラウン(残念な海賊きゃぷてんくらうん・d12345)
    篁・アリス(梅園の国のアリス・d14432)
    桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)
    閼伽井・武尚(錆びた歯車・d17991)
    神代・桐生(完全燃焼・d23988)

    ■リプレイ


     ――バンッ!
     コンテナの扉が一気に開かれ、内部に日が差し込んだ。
    「ロシアンいかめしレディー! お前の好きには、させないぞッ!」
    「おう! かいぞくだ! てめーらのちょこ、ぜんぶよこしなっ!」
     逆光の中から、篁・アリス(梅園の国のアリス・d14432)、シャルロッテ・クラウン(残念な海賊きゃぷてんくらうん・d12345)がコンテナの中へと足を踏み入れる。
    「何だって!? 海賊ッ!?」
     ぴたりと動きを止めていたいかめしに脚の生えた異形の怪人、ロシアンいかめしレディーが驚いたように仰け反り、妙に上ずった、そして無駄に大きな声を上げた。
     ビリビリとコンテナが震える。その間も、戦闘員達は黙々と作業を続けていた。
    「……って、海賊? え?」
     首的な辺りをかしげ、きょとんとするロシアンいかめしレディー。
     直後、頬的な辺りに、思いっきり正拳がめり込んでいた。
    「――うぶっ!?」
     積み上げられたダンボールに直撃したロシアンなんとかレディーが、崩れたダンボールの下敷きとなり、すっかりと埋もれる。
     拳を突き出したまま、君津・シズク(積木崩し・d11222)はダンボールの山へと啖呵を切った。
    「みっちり詰まったもち米、全部ぶちまけてやる! 覚悟しなさい!」
     きっちりと積まれていたはずのダンボールの惨劇に気付いたコサック戦闘員達が嘆くように体をすくめて周囲を見回す。そして、思い出したように耳栓を外そうとしていたその瞬間。
    「ドゥドゥドゥ……ドゥ!」
     戦闘員の都合などおかまいなしに、長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)がコサック戦闘員の横っ面に容赦なくシールドバッシュを叩きつける。
     背後に詰まれたダンボール達は最早原形も留めず、哀しきかな大惨事と呼ぶにふさわしい光景と化していた。
     そんな大惨事の只中から、怒りに震えるうめき声が漏れ出す。
    「アンタ達……ッ!!」
     ――ドゴンッ!
     突如、方々に吹き飛ぶダンボール達。高速で回転するロシアンいかめしレディが、コンテナ内を壁や床、そして天井の区別すら無くまさしく縦横無尽に転がりまわる。
    「ロシアンいかめしレディーに喧嘩を売ったんだ! 無事では済まないと思う事だねッ!!」
    「ちょこまかと……うわッ!?」
    「こっち来ないでー!」
     灼滅者達を巻き込みながらロシアンいかめしレディーは灼滅者の手によって閉じられようとしていたコンテナの扉を突き破り、そして灼滅者諸共、白銀の世界へと飛び出した。
     

    「少し計算外ですが……」
     コンテナの出入り口、白・朔夜(迷い込んだ黒兎・d01348)はロシアンなんちゃらへ追いすがろうとするコサック戦闘員を押し込むようにシールドバッシュを食らわせた。
    「……これはこれで。状況を有効利用させてもらおうよ」
     閼伽井・武尚(錆びた歯車・d17991)の張り巡らせた除霊結界が、早くもコンテナ出入り口をすっかり覆おうとしている。
    「おう、ざこどもはまかせたぜ! いかおんな、かくごしな!!」
     シャルロッテが繰り出した影のロープがロシアンいかめしレディーへと巻きつこうとした瞬間、ロシアンいかめしレディーは再度高速回転を始め、大きく跳躍してコンテナの上へと降り立った。
     桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)が、太陽を背にしたロシアンいかめしレディーへとマテリアルロッドを突きつける。
    「なんであなたはいかめしというご当地フードへの愛を持ちながら、ロシアに迎合するのですか」
     遥のその問いかけに、ロシアンいかめしレディーはあざ笑うように体を揺らした。
    「無垢なメガネっ娘には到底わからないだろうね!」
     ぷりん、とお尻的な部位を強調するロシアンいかめしレディー。
    「そう、大人の事情ってヤツさ! 色々あるんだよ! 色々!」
    「知るかー!!」
     神代・桐生(完全燃焼・d23988)の手にしたクルセイドソードが、ロシアンいかめしレディーのお尻的なトコを横一文字に切り裂く。
    「サンダァァァァァァッ! スマァァッシュッ!!」
     続けざまにアリスの刃が雷光を纏い、正面からロシアンいかめしレディーの体を裂く。
     転げ落ちたロシアンいかめしレディーが、雪の中にドサッと埋まった。
    「ふふふ……所詮はこの程度か……」
     ゆっくりと立ち上がるロシアンいかめしレディー。大きな傷があるにもかかわらず、そのボディーはむっちりプリプリとした艶やかさを保っている。
    「この程度でアタシの中身が出てくると思ったら大間違……うぶっ!!」
     ロシアンいかめしレディーの横腹に、シズクのハンマーがめり込んでいた。
     傷口からボロッと、湿り気の強めなむっちりもちもちなもち米が落ちる。
    「……なんだ、ちゃんと出るじゃない。中身」
     シズクが呟く。
     その足元では、地に伏したロシアンいかめしレディーがうずくまって呻き声を上げていた。
    「殴るのは、殴るのはダメなの……。ホントにやめて……」
     なんとなく、声が涙ぐんでいた。


     ひん曲がったコンテナの扉をなんとか閉じ、完全に戦闘員を押さえ込もうとしていた朔夜と兼弘達は、戦闘員達の激しい抵抗に思わぬ苦戦を強いられていた。
     銃撃により片方の扉は破損、閉じることは適わぬ状態と化している。
     今もなお結界やシールドの隙間に手足をねじ込み、コサック戦闘員達は必死の抵抗を続けていた。
    「こいつら……ッ!」
     この寒さにもかかわらず、兼弘は額に冷や汗が浮かべていた。
     当初よりやや痩せたロシアンいかめしレディーが、脚をぷるぷると震わせながら立ち上がる。
    「ご当地怪人の名誉にかけて……いかめしの名誉にかけて……こんな卑怯な不意打ちには、決して屈しないッ!!」
     胸(?)を張るロシアンいかめしレディーに後光が差した。
    「……いかめしレディーには、レディー感が足りない」
     武尚がぽつりと呟く。思わず桐生が応じていた。
    「……というか、まあ、男前だな」
     ロシアンいかめしレディーは雪面を蹴って駆け出す。今度は転がるのでは無く、ドリルのように高速回転し、灼滅者たちへと迫る。
     だがロシアンいかめしレディーは身構える灼滅者達の脇を素通りし、そして、コンテナの僅かに空いた隙間にその体をねじ込む。
    「もしかして、いかめしレディーの狙いは……」
     遥の口からその言葉が出た瞬間、灼滅者達はすぐに今の状況を理解した。
     ロシアンいかめしレディーが狙っているのは……巨大化チョコだと。
     押し合いしていた戦闘員ごと扉を跳ね飛ばし、ダンボールの山の中へと突っ込むロシアンいかめしレディー。それを追って、灼滅者達が次々とサイキックを叩き込んでゆく。
    「水戸六名木! 烈公梅ビィィィィム!!」
    「ちょこもおまえも……まとめてさめのえさな!」
     ダンボールの山ごと、朔夜やシャルロッテの影業がロシアンいかめしレディーの体を飲み込む。
     コンテナの奥には、ただ黒い塊だけが蠢いていた。
    「これで……」
     朔夜がそう、安堵の声を漏らしかけた瞬間。影の中から笑い声が漏れ出した。
    「フフフフ……」
     ――ドオンッ!!
     弾け飛ぶ影業。飛び散るダンボールやチョコの欠片。そして、紙細工のように裂ける鋼鉄の箱。
     立ち上る白煙の中に、巨大ないかめしのシルエットが浮かび上がった。
     方々のコンテナからは各々作業していたコサック戦闘員達が顔を出し、その影を見上げている。
    「……ここはアタシが食い止めるッ! お前達は、自分の役割を果たしなッ!」
     白煙の中から、ロシアンいかめしレディーの巨体が姿を現した。


     8mはあろうかというロシアンいかめしレディーの巨体を、灼滅者達は見上げていた。
     ここまで来るともう、怪人というか怪獣の類と言ったほうが正解かもしれない。
    「いやあ、大きいねえ!」
    「本当に、大きくなるんですね……」
     感心したような声が多い中、シャルロッテがフン、と鼻を鳴らした。
    「はん、でかくなりゃいーってもんでもねーだろーが!」
     ガトリングガンの銃口を上に構え、撃ち出された無数の弾丸がぷりぷりのボディーに次々と飲み込まれてゆく。
    「そうとも! 人から生まれしものに、人が負ける道理は無いッ!!」
     兼弘がロシアンいかめしレディーの顔面的なトコめがけてジンギスビームを叩き込む。
     ぐらりと揺れるいかめしレディーの巨体。ゆっくりと傾き、やがてずん、と音を立ててその場に横たわった。
    「効いてる……! いけるッ!」
     シズクがハンマーを大きく振りかぶり、ロシアンいかめしレディーへと飛び乗ろうとしたその瞬間。横たわっていた巨体が再び回転を始めた。
     弾かれたシズクが、バランスを崩して雪面に顔をうずめる。地鳴りのような音を立て、ロシアンいかめしレディーはその回転速度をさらに速めてゆく。
     最初に見た素早いロシアンいかめしローリングとはまた異なる、大質量を武器としたロシアンいかめしローリング。
     当然の如くそれを止める術など無く、ただ灼滅者達はコンテナの陰に身を隠すほか無かった。
    「うわ、ちょ……おおおおッ!?」
    「こっちだよ!」
     逃げ遅れた桐生が、武尚に手を引かれてコンテナの陰へと転がり込む。
     今回は幸い軽微な被害で済んだが、もし、次に誰かが直撃を受けたりすればどうなるか。
    「こっちは、戦闘員達の後も追わなきゃいけないのに……」
     武尚が、チラリと視線を動かす。
     そこには、ダンボールを幾段にも重ねて搬出しているコサック戦闘員達の姿があった。


    「おおおおッ!!」
     回転しながら移動を続けるロシアンいかめしレディーへと、アリスが刃を突き立てようとしたが、それは僅かに傷を刻んだのみ。振り払われたアリスは、コンテナに背を打った。
    「ナノちゃん、みんなを!」
     朔夜と併走していたナノナノが頷き、後方へと飛んでゆく。
     朔夜は、ロシアンいかめしレディーを追い、攻撃の機会を窺っていた。
     ロシアンいかめしレディーが迫るコンテナの残骸の中で、シャルロッテが小さく呻いた。
    「すきかってしやがって……」
     瓦礫を押しのけ、立ち上がったシャルロッテはロシアンいかめしレディーを指差す。
    「だけどな、しってるぜ! だめーじは……くらったままだってなぁっ!」
     ロシアンいかめしレディーが瓦礫を踏み割る直前、高く跳躍したシャルロッテが真上からマテリアルロッドを叩きつける。
     ――ズドンッ!
     地面が大きく揺れ、ロシアンいかめしレディの巨体からもち米がどちゃっと漏れる。
     尚、漏れ出した米粒も通常の物と比べてやたらと巨大になっていたご様子。
     その一瞬の隙を突き、武尚や朔夜が、その巨体に影を走らせた。
    「今度は……外さないっ!」
     ――ズドンッ!
     がっしりと固定された巨体に、シズクのハンマーが叩き込まれる。
     波紋を描くように波打つ表皮。一瞬遅れて、大量のもち米が噴出した。
     もち米の雪崩の上を、桐生が一気に駆ける。
    「ぶった斬るッ!!」
     真っ赤に燃え盛る刃が、もち米、ロシアンいかめしレディーの表皮を斬り裂き、そして真っ赤に燃え上がらせた。
     萎んだ風船のように、沈んでゆくロシアンいかめしレディー。
     悲鳴すら漏らすこともできず、ただただ中身が溢れ出してゆく。
     コサック戦闘員達は呆然と、足を止めてしまっていた。
     灼滅者達は、精根尽き果てそうな己を奮い立たせて胸を張り、コサック戦闘員達へと向き直る。
    「お前たちのボスはやられたぞ? さあ、どうする!?」
     兼弘が精一杯声を張り上げると、コサック戦闘員達はおどおどと互いの顔を見合わせた。
     桐生が再びクルセイドソードに炎を纏わせ、そしてコサック戦闘員を睨み付ける。
     ……気付けば、そこにはただ無造作に放り投げられた無数のダンボールだけが転がっていた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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