奇術師は冷酷に微笑む

    作者:藤野キワミ

    ●静まり返った屋敷に
     今から二十四時間、存分に殺し合え。

     およそ人間とは思えない昏い目をした男が、冷笑を浮かべながらそう告げてから何時間経ったかは分からない。
     リャンはその話に困惑したが、心の奥底に縛り付けていた獰猛な獣が暴れ出すのを感じた。ずっと抑えつけていた純然たる衝動を解放できる機会に、どこの誰かは知らないが、感謝の念を抱いたのを鮮明に覚えている。
     観客の前でトランプを隠したり出したりするだけの日々に、いい加減飽き飽きしていたところだ。楽しくもないのに笑顔を張り付ける。指先の怪我に細心の注意を払い、女のように爪を磨く毎日に嫌気がさしていた。
     そこへこの珍事――リャンは血がざわめく感覚を初めて知った。
     眼前にいる血に塗れた少女を見ながら、リャンは数時間前のことを思い出していた。
     鼻につくのは独特な脂と血の臭い。握った包丁はすでに刃こぼれしているが、それを手放すのはまだ早かった。
     自称高校生の竹内サナエの手にも、どこで見つけてきたのか薙刀が握られていたのだ。彼女の眼は狂気に光り輝いている。血に酔い恍惚とした微笑は、なかなかに扇情的ではあるが、油断をすればこちらが食われる獰猛さを滲み出させている。
     少女と初めて顔を合わせたとき、すなわちこの屋敷で目が覚めたときにはリャンとサナエをいれて十三人いた人間は、二人を残して死んだ。
     詳しく言えば、サナエが四人屠り、リャンが五人を刺して、残る二人は誰かに殺されていた。
     とどのつまり、この娘を殺せばリャンの完全勝利が決まる。
     二人の間に言葉はなかった。彼女は嫣然と笑む。間合いを見極める。息の詰まる瞬間。一呼吸を挟んでリャンは一足飛びにサナエの懐に潜り込む、否、それは彼女の薙刀が許さない。鋭く向けられた切っ先がリャンの頬に赤い線を引いた。しかしそれは、彼が寸でのところで一閃を躱したからに他ならない。リャンの疾駆はそれでは止まらない。包丁を握る手にじっとりと力を込めて、ずぶりと少女の胸へと刺突する。
     ああ、なんという恍惚。なんという悦楽。
     耳を劈く金切り声が屋敷中に響き渡り、後ずさって死に物狂いで逃げようとするサナエを背後の壁へと押し付ける。
     柔らかな肢体と密着するようさらに包丁を突き込めば、リャンへと喀血が降り注いだ。
    「ああ、ああ、おやすみ、サナエちゃん」
     命が消えていく可憐な少女にリャンは微笑んだ。ガランと音を立てて落ちた薙刀を拾い上げる。
    「ボクに傷をつけるなんて、キミは本当に高校生なのかな、サナエちゃん」
     ごぼっとさらに血を吐いたサナエを見やって、薙刀を睨みつける。多くの命を奪い続けたそれを彼女の腹へと突き立てた。
    「でもそんなことは、もうどうだってイイよ。だってキミはもう死んでいく」
     墓碑然と突き立つそれに背を向けて、静まり返った屋敷に冷酷な哄笑が轟いた。
    「さあて、これから楽しくなる……!」
       
    ●エクスブレインは静かに
     六六六人衆に新たな動きがあったことは周知のことだろう。むろん、縫村委員会――縫村針子とカットスローターのことだ。
     閉鎖空間――ある平屋の廃屋で殺し合いを繰り広げ、その勝者たるリャンと名乗る男が六六六人衆となって出てくる。
     非常に残虐で凄惨な男ではあるが、先の殺し合いの影響である程度のダメージを負っており、転化したばかりで配下もいない。
     危険な目は早めに摘むが得策――灼滅する絶好の、そして最大のチャンスだ。
     ここでリャンを取り逃がしてしまえば大きな被害を生むことは必至。それを防ぐためにも確実に灼滅してほしい。
     エクスブレインの少年は灼滅者の面々を見ながら、そう告げた。
     マジシャンとして働いていたリャンは、もともと自らの残虐性を認めてはいたが、それをうまく誤魔化す術を持っていた。彼にとって非常に有効なストレス発散方法を持っていたのだが、今回の殺し合いの末、誤魔化さずに本能の赴くままに暴力を振るった方が、より確実に衝動が満たされることを知った。
     得た快楽の大きさは桁違いで、もはや以前の小手先のやり方には戻れないだろう。破壊衝動、殺戮衝動を満たすためにより残虐に、より残酷、そしてより冷酷になった。
     その衝動を体現する血に塗れたナイフを携えて、屋敷から出てくる。
    「解体ナイフのサイキックによく似たもの、それと殺人鬼のサイキックのようなものを使用するようだ」
     少年はそこまで一気に言って、手に持っていたブラックの缶コーヒーを一口飲んだ。そして長めのため息をついて、続きを話し始めた。
     屋内での激戦の末の勝利のため、リャンは手傷を負っている。
    「そうだな、二割程度弱っていると考えて良さそうだ」
    「二割か……」
    「気を抜いていい相手じゃあない、二割とはいえ手負いであることは好機に他ならないからな」
     エクスブレインは言って、戦闘することになるであろう場所のことを最後につけ足した。
     ある山中の廃れきった神社――そこの宮司が住んでいたであろう平屋の廃屋からリャンは出てくる。細い道を挟んで境内が広がっているため、戦うのであればそこが適所であろう。しかし周りは鬱蒼たる木々が生い茂っている。加えて時間帯は日没前。戦闘に時間がかかってしまえば辺りは暗闇、リャンに逃げる機会が生まれるだろう。彼は、引き際を冷静に見極めることができそうだ。
     一歩引いた冷静さで己の優劣を見極め、隙あらば踏み込んでくる冷徹さでもって暴力を振りかざす――リャンはキャスターの位置にいる。
    「そんなところだろう。逃げられないように、隙を与えないように注意をしていればいい。でもって境内にいれば、こちらから何をするでもなく、向こうから好戦的に仕掛けてくるはずだ」
     声をかければ確実だろうなと、エクスブレインはつけ足した。
     強制的に闇堕ちさせられたという境遇は、同情する。しかしリャンはすでに人を殺し六六六人衆になっている。もはや彼を救う手立ては、灼滅しかない。
    「リャンを野放しにすることはできない、危険を承知でみなに頼む。灼滅してくれ」
     少年は静かに、それでも力強く、灼滅者たちを鼓舞した。


    参加者
    東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)
    烏丸・奏(宵鴉・d01500)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    三角・啓(蠍火・d03584)
    四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)
    和歌月・朱彦(宵月夜・d11706)
    レナード・ノア(都忘れ・d21577)

    ■リプレイ

    ●夕暮れの
    「よう」
     日の落ちかけた境内で、森田・供助(月桂杖・d03292)は声をかけた。
     廃屋から姿を現したのは、血に塗れた長身痩躯な伊達男。女受けをしそうな甘い顔立ちを酷薄に歪めて、男――リャンは心地よいテノールで答えた。
    「おや。初めまして、若人諸君」
    「やっと出てきたのに悪ぃな」
    「とんでもない。ちょうど退屈を感じていたところだよ」
     軽薄に笑ったその顔は実に清々しくて、今しがた人を殺めてきたとは思えない。それが藤枝・丹(六連の星・d02142)の僅かな嫌悪を誘った。しかしそれをおくびにも出さずに、己がやるべきことをする。
     思うところは多々ある。だがそれを今更どうすることもできない。だからこそ丹は今できる最善の行動をとるしかなかった。
     それは三角・啓(蠍火・d03584)も同じだった。忌々しい『殺人ゲーム』の犠牲者が眼前のリャンだ。
    「蠱毒によって生まれた六六六人衆ですか――」
    「そうだよ、少年。まあボクの実力をもってすれば、あれは造作もないことだったけれどね」
     四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)の呟いた言葉にも反応し、にこやかに答えるリャンは、なるほど手品師であると感じさせる掴みどころのない笑顔を貼りつけている。
    「……はて、どうしてキミたちはあの殺し合いを知っているのかな?」
     首を傾げたのは一瞬で、リャンは誰の答えも聞かずに、パンと手を打ち鳴らした。
    「まあそんなことはどうでもいいよ。キミたちも死んでいく。あの家の中にいる人たちのように!」
     まるでマジックをしているように、大仰に両手を広げた男の足元から凶悪な殺気が噴き上がり、前衛に展開していた烏丸・奏(宵鴉・d01500)らを飲み込んでいく!
     夕暮れの境内で生死をかけた戦いの火蓋が切られたのは、ひと息を入れる間もなく唐突だった。
    「く、いきなり……!」
     奏は呻いて、相棒の霊犬・宵月を見やり無事を確認。そのままシールドを展開し、周りの仲間の傷を癒し、これから脅威になるであろうバッドステータスへの耐性を高めさせる。
    「宵月君、いくぜ」
     彼の足元にいる宵月へ六文銭射撃を命じれば、疾駆する黒豆柴。その背後から、殺気が噴出する――レナード・ノア(都忘れ・d21577)だ。彼もまたリャンに負けず劣らずの強烈な敵意に満ちた憎悪を垂れ流している。
     先手を取られはしたがそれで動じることもなく、レナードは冷静に戦況を整える。
     影は先刻より濃くなっている。日没までに決着をつけなければ、リャンは逃走を試みるらしい。いろいろと策を講じてはきたが、上手くいくかはやってみなければわからない。逃げられないように短期決戦で仕留めなければならない。
     冷静さを欠いてどうにかなる相手ではないだろう。
     それは誰の心にもある決意だ。冷静沈着に貴久も夜霧を纏った。
    「あなたもある意味被害者でしょうが、もはや見逃すことはできませんね」
    「せやね。ただの殺人狂に成り下がってしもうて、残念やわ」
     マジシャンという人に夢を与える職とは真逆の生き方を選んだリャンを見やり、和歌月・朱彦(宵月夜・d11706)は小さく嘆息すれば、リャンの殺気に晒された東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)らの間を清廉な風が吹き抜けていった。
    「助かるわ、和歌月さん!」
     由宇は疾駆しながら朱彦に礼を述べ、《Judicium Universale》を白銀に輝かせリャンへと斬り込む!
     しかしそれは急所を捕らえることなく寸でのところで躱された。だが彼女は気にも留めない。自身の守りを固めるための一手だ。ヒットすればよし、ヒットしなくてもよし。
     それに理由がもう一つ。
    「どこ見てるんすか」
     由宇の攻撃を躱したところへ回り込んだ丹がいた。サイッキクソードをリャンへと、空振りしないよう突き込む!
     不可視の加護を打ち破る確かな手ごたえが柄を通じてきた。
    「まだ終わってないぞ」
     言った啓は、畳みかけるように破邪の剣を振り下ろした。燦々と光る刀身はリャンを斬り裂いていく。
    「くう、なかなか痛いね! ボクも負けてられないよ」
    「そうか、ヨロシクドーゾ」
     楽しげに笑ったリャンを冷静に睨みつける。
    「死んでいくのは俺たちじゃない、あんたの方だ。ここで終わらせてやる」
     供助は毒花の香りを振りまく槍で刺突すれども、彼はそれをひらりと躱して、高らかに哄笑した。
    「そうか! それなら存分に楽しませてもらわないといけないね!」
     どこか芝居がかったような言い回しで、リャンは嗤う。
     一閃された鋭利なナイフは、強烈な猛毒を放出させ、供助や奏に纏わりついて、体の奥底へと魔の手を伸ばす。
     浸食を開始した猛毒だが、今はまだ耐えることが出来る。それに抗うように啓の展開したシールドが更なる耐性を与えた。
    「貴方よか場数は踏んでるわ、見た目で判断したら痛い目見るわよ」
     《Tonitrus》へと魔力を収斂させた由宇が、その力を惜しげもなく解放し、リャンの体内へと凄絶な波動をぶち込む!
    「ぐうっ……見た目で判断しているつもりはないんだけれどね、ボクはいつだって本気だよ」
    「それはよい心がけですね。私も全力で、貴方の動きを止めさせてもらいます」
     貴久の足元で蠢く漆黒の影がリャンへと絡みつき、動きを鈍らせた。
     そこへ桃色の残像――死角へと回り込んでいたレナードの斬撃がさらにリャンに制限を与えた。
     息をつかせぬ猛攻は続く。
     治癒のオーラを奏からもらった丹はふっと鋭く吐息して、怨念渦巻く魔槍から流れ出る妖気を絶対零度の氷柱へと変容させ、凍てつく魔氷を撃ち出した。
    「森田さん、癒しますね」
    「ん、助かる」
     朱彦の放った小さなリングが供助の周りへ飛んでくる。そのまま盾となり供助の失った体力を回復させる。
    「好きに恨め」
     凍りつき上手く動けずにいるリャンへ供助もまた妖冷弾を放った。しかし今度のそれはリャンに躱される。
    「恨むなんてとんでもない、こんなに楽しいことがあるなんて気付かせてくれたことに感謝しているよ。だって退屈していたんだ。毎日毎日トランプでアレコレやることに。だってそうだろう? 新鮮さの欠片もない仕事はただのルーチンワークでしかないんだから」
     聞かれてもいないことをつらつらと話し出したリャンは、それでも毒牙を引く気はないらしい。
     ぎらつくナイフを見せびらかすようにくるくると回し、足元の砂利を踏みつぶす。
    「生きるか死ぬかの命のやり取り、食物連鎖を覆す弱者の悪足掻き、最高にスリル満点じゃあないか!」
     一足飛びで奏との距離を詰めたリャンは、紫瞳を覗き込むようにして笑んだ。瞬間、服ごと腹を引き裂かれた。
     燃えるような痛みは一瞬遅れてやってくる。宵月の清らかで一途な眼差しによって、出来たばかりの傷は少し癒える。
    「あんじょうしよし。手数ではこっちに理があるんやから、慌てんと」
     防御の力を纏った朱彦の護符が奏へと送られ、彼もまたワイドガードを前衛の仲間たちに展開した。
     盾の加護を受けた供助は己の足元で蠢く影を伸ばして、リャンの自由を奪い取る――否、すぐに抜け出されてしまった。
    「はあっ!」
     そこへ由宇の鋭い呼気――繰り出された閃光百裂拳をまともにくらったリャンを待ち受けていたのは、丹の魔槍による鋭い螺旋の刺突だった。
    「この家紋にかけて、貴方を仕留めます」
     気魄を発露させ展開したシールドで、貴久はリャンを殴りつけ、啓の放った大きな影が、体勢を崩したところを飲み込んだ。
    「あんたのショーは閉幕だ、ここで」
     そして黒い一閃――影を刃へと変えたレナードの黒死斬がリャンの足を斬り裂いた。
     タイムリミットの足音はすぐそこで聞こえている。
     境内は次第に闇の勢力を増して、ライトを持参した者たちはそのスイッチを入れ、光源を確保する。
     日没まであとどれぐらいの時間があるのだろうか。
     リャンの気持ちが逃走へと傾くのはいつだろうか。
     否、そうなったとしても八人には策がある。そのための準備だってしてきた。あとは信じて全力で遂行するのみだ。
     そのためにも、一撃一撃を無駄なく叩き込んで、少しでもリャンの体力を奪っておきたい。
     リャン以上に冷酷に冷静に慎重に。
     六六六人衆から放たれる攻撃は非常に強力で重いが、それを補って余るほどの治癒の手があり、バラエティに富んだ的確な状態異常攻撃がさらに戦い易くさせている。
     八人の心に差す勝利への光――それを翳らせないように、連携し、確認し、声をかけ、フィナーレへと駆けていった。
    「ショーは閉幕? 確かに、マジシャンとしてのショーは終わったよ。けどね、少年。新しいボクのショーは今まさに始まったところさ!」
     レナードへ向けられた言葉、そして疾駆。手には凶悪にぬめ光るナイフ、頬に刻まれた冷酷な微笑みはそのままに無慈悲の刃をレナードに向かって振り下ろそうとする。
    「させるか!」
     攻撃の要たるレナードを守るために体を割り込ませたのは、啓だった。
     その身を呈してリャンの凶刃を受け傷つこうとも、それが己の役目だ。冴えわたる頭で、次の一手を考える。
     霊犬の眼差しが向けられ、朱彦のリングシールドが展開されて、奏の盾もまた前衛たちに送られた。
     リャンの攻撃は厚い治癒の壁に阻まれ、なかなか届かない。加えて攻撃の手が休まることはなく、六六六人衆は次第に消耗していった。
    「いっぺん、あんたさんのマジック見てみたかったわ――ほんま残念」
    「おや、そんなに興味がある? キミを殺す前に一度だけ見せてあげようか」
    「殺戮を好む六六六人衆のマジックに興味はないんよ、俺は」
     たいそう余裕があると思わせる受け答えをしたリャンに、にこやかに朱彦は突き放す。
    「せやから残念やて言うてん――あんたさんの未来は、もうないから」
    「そういうことです。貴方をここで灼滅します」
     折り目正しく貴久は、ややずれた眼鏡を押し上げて影業を揺らめかせた。

    ●深淵の
     灼滅者たちの猛攻に息を切らすリャンは、見て分かるほどに体力を消耗している。
     辺りは次第に闇に飲まれ始める。しかし八人は特段焦る様子もなく、着実に的確にリャンに枷を嵌め、心をかき乱し、足を絡め取り、傷を増やしていった。
    「ボクはキミたちに謝らないといけないね、侮っていたよ」
     口ではそう紡がれた言葉でも、目はそう語っていなかった。そこに光るのは最初からぶれることのない殺意と狂気と愉悦だ。
    「では、ダメ押しといきましょうか」
     貴久がナイフを閃かせ更なる追い打ちをかける。ジグザグに刻まれた満身創痍のリャンは、傷を見やり一瞬だけ眉根を寄せた。
     まるで本当に悔しがっているように。
     そして、その目が素早く八人の配置を確認するように巡らされた――否、啓には逃げ道を見極めているように見えた。
    「尻尾巻いて逃げんのか」
     黒死斬。
    「逃げれると本気で思うてはるんですか」
     シールドリング。
    「どんな手を使ってでもお前を灼滅するぜ」
     妖冷弾。
    「絶対に逃がしはしないぜ」
     祭霊光。
    「往くも退くもない、あんたはここで終わりっすよ」
     斬影刃。
     啓と朱彦の挑発、供助の脅迫、そして奏の覚悟、丹の言葉――それらとともに繰り出される攻撃の嵐に晒されたリャンは、刹那くつくつと笑いだした。
    「なにがおかしいの」
     由宇は力を圧縮したマテリアルロッドをリャンに叩き込みながら、強く詰問する。
    「なにがおかしい? おかしいでしょう! ボクが逃げる? 逃げるなんて人聞きの悪い! ボクはね、ちょっとだけ疲れただけなんだよ。だから後日改めて、『万全の状態』でキミたちと殺り合いたいと思っただけさ」
    「それは、つまり今日は逃げるっつーことだろ」
     レナードは間髪いれずに、轟然と燃え盛る炎の弾丸の嵐とともに辛辣に言い放つ。
     全弾を被弾したリャンはよろりと足元をふらつかせた。
    「ああ。ああ、本当に嫌だ、どうして分かってくれない。ボクはもっとキミたちとこの楽しい時間を共有したいだけなのに!」
     濃霧を発生させたリャンは、その霧の力で今しがたつけられた傷を癒してしまう。
     むろんすべてではない。癒えたのはほんのわずかな傷だけだ。
     足はうまく動かない。八人の巧みな状態異常攻撃が功を奏している。
    「貴方と私、案外同じかもね」
     由宇が砂利を踏みつぶした音がやけに大きく聞こえた。
    「さて、それはどういう意味でしょう」
    「ダークネス全部ぶち殺し終えたら、地獄で会えるかも――そのときに教えてあげるわ」
     公審判の銘を冠するクルセイドソードを強く強く握りしめる。振り下ろされた刃に、リャンは忌々しげに憎々しげに咆哮を上げた。
     断末魔が深淵の森の中へと溶けていくころ、繰り出された神霊剣をまともに食らった六六六人衆は、初めて彼本来の表情らしいそれを面に刻んで、絶命した。
    「あぁ……気分が悪ぃな……」
     眉を顰めて供助は吐き捨てる。
     こんなことに巻き込まれなければ、リャンは今日もどこかで誰かの目の前で、華麗に手品を披露していたことだろう。
     煌びやかなライトを浴びて、感嘆と称賛の拍手に身を浸し、夢を与えていたことだろう。
    「どっちが幸せだったか、ね……」
     ぽつりと呟いたレナードだったが、それはもはや知るすべはなかった。
     心に落ちた僅かな影は、生還の喜びを暗澹たるものへと変容させた。

    ●宵闇の
     静まり返った境内に闇が落ちた。
     持参していたライトの灯りが影を一層濃く浮き上がらせる。
     終わった。
     六六六人衆へと転化したリャンは灰燼へと帰した。
     腑に落ちないことは多々あれど、今はそれをどうすることもできない。心の奥底で燻ぶらせておくほかない。
    「まだちょっと肌寒いなあ」
     朱彦はふうと吐息して、夜空を見上げる。
     ぽつりぽつりと浮かぶ小さな星の輝きを見、今度は安堵の息を吐き出した。
    「宵月君、おつかれさま」
     鼻を鳴らす黒豆柴の頭を撫でながら奏はにこりと笑む。
    「帰ろうか、みんな」
     由宇が声をかければ、男たちは頷き、微笑み、個々の思いを心の中にそっと隠して、帰路につく。
     宵闇の神社にひっそりと夜が訪れた。

    作者:藤野キワミ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月30日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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