脅威の巨大化チョコレート~ロシアケーキの甘い罠

    作者:海あゆめ


    「くっくっく……わーはっはっはっは! 愚か! 愚かなり灼滅者!! 目先の囮にまんまと引っかかりよったわ!!」
     とある港町の倉庫街。ひとつの空き倉庫の中に、大量のチョコレートが次々と運び込まれてくる。
     バレンタインギフトとして売られていたチョコレートは、バレンタインが過ぎてしまった今、半値以下で売り出す店も少なくない。段ボール箱いっぱいに詰まっているチョコレートは、まさにそれであった。
     倉庫の中で大笑いしていた男……ロシアのご当地怪人、ロシアケーキ怪人は、満足気に段ボール箱の中のひとつをつまみ上げる。
    「賞味期限もまだまだ先……そしてこのクオリティ! ワシのロシアケーキの一部にしてやりたい程よ! こんなチョコレートがこんなに安く手に入るとは……くっくっく、これは笑いが止まらんのぅ! わはっ! わーはっはっはっは!!」
     ひとしきり大笑いした後、ロシアケーキ怪人は、部下のコサック戦闘員達に檄をとばす。
    「聞けぃ、皆の衆! 予定のチョコレートが集まり次第、我らはロシア村へ帰還を果たす! 船の整備を怠るな! この作戦が成功した暁には、我らがロシアンタイガー様がご当地幹部の頂点に君臨する道も開けるであろう!」
     コサック戦闘員達の歓声が上がる。感極まってコサックダンスを踊りだす者までいた。
    「我々は巨大化チョコレートの力を大いに活用し! この日本の地を……いや、ゆくゆくは全世界をも手に入れるのだ!!」
     ロシアコールの鳴り止まない中、ロシアケーキ怪人はマントを翻す。彼のお腹の表面に詰まっている苺ジャムが、何ともおいしそうに、てらりと光った。
     

    「バレンタインデーのチョコを狙ってたご当地怪人の事件、無事に解決したんだね。みんな、お疲れさま!」
     空き教室に集まった灼滅者達に労いの言葉をかけつつ、斑目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)は手にした資料のノートを開く。そうしてノートの中に視線を落とした後、灼滅者達に向き直って困ったような笑みを作ってみせた。
     何か、言い出しにくそうな感じだ。
    「なした? 何かあったから俺ら呼んだんだべや。いいから言ってみろって」
     皆それなりの覚悟はしてきていると、緑山・香蕗(高校生ご当地ヒーロー・dn0044)はスイ子の言葉を促した。
    「う……ん、じつはね……」
     ようやく腹をくくったのか、スイ子は開いたノートで口元を隠しながら灼滅者達を見つめ、おずおずと説明を始める。
    「バレンタインの時の事件でさ、チョコを食べて巨大化しちゃった怪人さんがいたでしょ? あの巨大化するチョコレートがね、怪人さん達の本当の狙いだったの」
    「本当の……ってこたぁ、まさか!」
    「うん、バレンタイン当日の事件は囮だったの! 今、ロシアンなご当地怪人さん達が全国で動き出しちゃってる! ごめん、もっと早く気がつけばよかったのに……!」
     もうすでに、作戦を成功させている怪人達もいるらしい。
     このままでは、巨大化の力を持ったチョコレートが、大量にロシア村へと送り込まれてしまう。そうなってしまえば、ご当地怪人達はその勢力をさらに拡大させ、灼滅者達の脅威となって立ちはだかることになるだろう。
    「これ以上は、絶対に止めないと!」
     急ぎ現場へ向かい、怪人達の作戦を阻止してほしいのだと言って、スイ子は灼滅者達に向かって頭を下げた。
     
     スイ子が予測で捕らえたのは、ロシアケーキ怪人が指揮をとっている作戦だった。
     港町の倉庫街の外れ、空き倉庫のひとつを拠点としているロシアケーキ怪人は、20名余りのコサック戦闘員を使い、バレンタインチョコレートの売れ残りを買い付け、倉庫に運ばせているという。
    「敵の数がずいぶん多いな……」
    「そうなの。だから、今回は真正面からの勝負じゃ厳しくなっちゃうと思う。そこで、なんだけど……」
     言いながら、スイ子は灼滅者達にいくつか提案する。
     
     まずは、作戦の指揮をとっているロシアケーキ怪人を優先して狙う作戦。
     数の多いコサック戦闘員達ではあるが、彼らはチョコレートの買い付けや、倉庫への搬入、搬出作業で動き回っている。
     コサック戦闘員達が倉庫の中にいない隙を狙って、倉庫の中にいるロシアケーキ怪人に戦いを挑むという流れの作戦だ。
    「これは、コサック戦闘員が倉庫の中に帰ってこないうちに勝負を決められるかが鍵だね。ロシアケーキ怪人さんさえ倒しちゃえば、あとはなんとかなるはずだよ」
     短期決戦を求められる上に、上手くいかなかった場合のリスクも高いが、単純で分かりやすい作戦だとスイ子は言う。
     
     次に、先にコサック戦闘員達を個別に狙い、確実に敵の数を減らしていく作戦。
    「こっちは少し慎重にいく感じの作戦だね。ただ、敵の数も多いからね。戦い方によっては、こっちの作戦に敵が気がついちゃう事もあると思う。そうなると、ちょっと厳しいかもね」
     早い段階で敵に勘付かれる事になれば、こちらの作戦のすべてが水の泡になってしまう。慎重な行動が求められる作戦だ。
     
     もしくは、倉庫に集められているチョコレートだけを奪取するという作戦も有効ではある。
     今回の事件は、必ずしも怪人らを倒す必要はない。巨大化の力を持つチョコレートが怪人らの手に渡るのを阻止できればそれでいいのだ。
    「ただ、怪人さん達が集めたチョコレートね、すっごくいっぱいあるから、全部どうこうするのは難しいよ」
     チョコレートを奪取するのではなく、破壊するということも出来なくはないが、破壊することでチョコレートの巨大化の力がなくなるかどうかは不明らしい。
     
    「どれを選ぶかは、みんなの判断に任せるね。どの作戦も、それなりにリスクはあるから、どれが一番みんなに合ってるか、じっくり考えてみて?」
     そう言って、スイ子はノートをパタンと閉じた。
    「怪人さんって巨大化したら、すっごく強くなっちゃうんだって! みんな、とにかく気をつけて! あたしには、これくらいの事しかしてあげられないけど……みんなのこと、応援してる。いってらっしゃい!」
    「っしゃ、したっけ行くべか! 怪人達の作戦、絶対に阻止すっぞ!」
     精一杯に言ってみせたスイ子が灼滅者達を送り出し、香蕗も充分に気合を入れる。
     脅威の巨大化チョコレートを我が物にせんとするご当地怪人達。かくして、灼滅者達とご当地怪人達の新たな戦いの火蓋が、今、切って落とされる……!


    参加者
    襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)
    霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)
    夏雲・士元(雲心月性・d02206)
    室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)
    椿・深愛(ピンキッシュキャラメル・d04568)
    御剣・レイラ(中学生ストリートファイター・d04793)
    蒼井・夏奈(小学生ファイアブラッド・d06596)
    佐見島・允(タリスマン・d22179)

    ■リプレイ


     とある港町の倉庫街。その一角で、何やら色めき立つ怪しげな集団がいた。
    「バレンタインチョコの一掃半額セール! しかも団体割引とは……むっ! 何奴!?」
     不意な物音に、男達が振り返る。
     猫が一匹、積まれたコンテナの陰から顔を覗かせて、にゃあ、と鳴いた。
    「なんだ、猫じゃないか。脅かしおって。お前にやるチョコなぞないわ! ほれ! しっ! しっ!!」
    「猫なんぞ放っておけ。そういえば、先程このビラを配っていた少年も、売りたくて売りたくて仕方がないといった風だったな」
    「よぅし、手の空いている者は皆この店に突入だ!」
     チラシを手に握り締めた男達は、もの凄い速さのコサックダンスで倉庫街を駆け抜けていく。
    「…………」
     その背中を、猫はしっかりと見送っていた。見送って、猫はその場でくるりと踵を返す。視線の先には、もう一匹の猫がいた。
     視線を交わす二匹の猫。そうして、片方の猫だけが、どこかを目指して駆け出していく。
     人の気もなくなり、静かになった倉庫街を走る猫。その小さな足音が倉庫街の細い裏路地へと入ったその時、身を翻した猫が、少女へと姿を変えた。
     いや、正確には少女が猫に姿を変えていたのだ。
    「みんな! 今がチャンスだよ!」
     素早く変身を解いた、蒼井・夏奈(小学生ファイアブラッド・d06596)が呼びかけると、付近に身を潜めていた灼滅者達が姿を現し、走る彼女の後に続いた。
    「はわー! それでは、行きますよー!」
     御剣・レイラ(中学生ストリートファイター・d04793)も、剣を片手に駆け出した。
     実直さのある、飾り気のないシンプルなレイラの剣。金に輝く鍔と同じ色をした長い髪が、風になびいた。
     目指すは、奥の倉庫のひとつ。そこに、ロシアケーキ怪人と、この町で集められた、沢山のバレンタイン半額チョコレート……しかも怪人巨大化効果のおまけ付きが待ち受けているのだという。
     辿り着いた倉庫に足を踏み入れる。扉は、無防備に開いていた。
    「緑山サン、頼んます!」
    「おう!」
     外から中の様子を悟られる訳にはいかない。佐見島・允(タリスマン・d22179)の掛け声に、緑山・香蕗(高校生ご当地ヒーロー・dn0044)は短く応え、倉庫の重たい扉を手早く閉めた。
     薄暗くなる倉庫内。小さな窓から射し込んでくる日の光が、倉庫の中に積まれている物の輪郭をうっすらと照らす。
     むせ返るような甘い匂い。高く積まれているダンボールの箱。その全てが、チョコレートだった。
    「なんじゃ、騒々しい!」
     倉庫の奥で動いた人影が、バタバタと足音を立てて近づいてくる。
     さっくりと美味しそうな体。お腹の部分にたっぷりと詰まった苺ジャムが、フルーティな香りを放つ。これが、ロシアケーキ怪人だ。灼滅者達は、問答無用で積み上げられたチョコレートと怪人との間に割り込むようにして布陣する。
    「ぬぅぅっ、何者か!」
    「いつもニコニコ貴方の隣に這い寄り灼滅っ! どーも、灼滅者デース!」
     立ち位置を決めた、襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)が、わなわなと震えるロシアケーキ怪人に向かって構えながら横ピースを決めた。
    「チョコいっぱい! ひとりじめはよくないんだよう! みあも欲しいー!」
     椿・深愛(ピンキッシュキャラメル・d04568)も、怪人を囲みつつ、ぺろりと小さく舌を出して悪戯っぽく笑ってみせる。
    「ぐぬぬ、小癪な! 灼滅者め、こんなところまで嗅ぎつけて来よったか……!」
    「ロシアケーキは、その歴史と風土に育まれてきた由緒正しいお菓子ですよね」
    「ぬ……ふふふ、そうか。そうであろう!」
     構えつつも、誠意の感じられる笑みで敬意を示す、室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)の言葉に、まんざらでもなさそうなロシアケーキ怪人が、したり顔で鼻を高くする。
    「ケーキというよりクッキーに見えます。場所間違えたのでしょうか?」
    「ククク、クッキーではないわ! ワシは決してクッキーなんかじゃ……!」
     間髪入れずに、霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)が、ぐんぐん伸びたロシアケーキ怪人の鼻をへし折った。
     本人も相当気にしていたらしい。かなりのへこみっぷりである。
    「ぐぎぎ、卑しい灼滅者共め、寄ってたかってワシを倒そうと、そういう魂胆か!」
     ブルブルと、ロシアケーキ怪人は身を震わせた。
     怒れる怪人を前に、陣の中ほどで行儀よく座っていた猫が身を翻す。
    「……ま、そんなトコかな」
     変身を解き、人の姿に戻った、夏雲・士元(雲心月性・d02206)が、にこりと笑ってロシアケーキ怪人に構えた剣の切っ先を向ける。
    「覚悟してよね」
    「ふふん、面白い……!」
     かかって来いと言わんばかりに、ロシアケーキ怪人は両手を広げ、匂い立つ苺ジャムをさらけ出した。
     脅威の巨大化チョコレートを巡る戦いの、始まりである。


     密室の倉庫。外部に音が漏れ出さないようにサウンドシャッターも展開する。ロシアケーキ怪人の手下であるコサック戦闘員達は、灼滅者達が作った偽のチラシに踊らされ、ありもしない店を目指してコサックダンスで移動中である。
     準備は整った。あとは、この隙に乗じてロシアケーキ怪人を灼滅すれば、今回の作戦は成功する。
     短期決戦。灼滅者達は踏み切った。
    「名刺代わりです。お受け取り下さい」
     にこやかな笑みは崩さず、鋼人は遠心力に任せてハンマーを振り回す。
    「ぬぅっ」
     ロシアケーキの破片が、ぼくりと鈍い音を立てて深く抉れた。
    「こっちだよ!」
     僅かに体を傾けた怪人に、今度は盾を構えた夏奈が迫る。
    「っとっと、わはは、この程度……」
    「ほら、よそ見しててもイイの?」
     暗い影の中に潜む刃が煌く。死角から潜り込んできた士元が、怪人の体を鋭く引き裂いた。
    「くぅぅ、なんのなんのぉっ!」
    「ホントに? それじゃ、さくさくな部分をもっと削ってあげるんだよう……!」
     にひひ、と精一杯の悪い笑みを浮かべて、深愛は手にしたロッドでロシアケーキ怪人を捕らえ、一気に魔力を注いだ。
    「ぐおぉっ!」
     クッキーの食べかすのようなロシアケーキの破片が、倉庫の床にバラバラと落ちる。
     効いている。このまま攻めきれば勝てる。確信を胸に、灼滅者達は畳み掛けていく。
    「さあ香蕗さん、爆発タイムですよ!」
    「っしゃ! 行くぜ!!」
     竜姫と香蕗が、同時に床を蹴った。
    「レインボーダイナミック!」
     相棒のライドキャリバーが先行する後に続いて、一足早くロシアケーキ怪人を捕らえた竜姫は、そのままスープレックスの形で怪人を地面へ落とす。
    「ぐぬっ」
    「おらぁっ、もう一丁!」
     香蕗が頭から床に突き刺さった怪人を引っこ抜いて、更に投げ飛ばす。
    「レイラ!」
    「はいっ! やあぁぁっ!!」
     ちょうど目の前に怪人が飛んできて、レイラはその場で踏み切り、力の限りに斬艦刀を振り下ろした。
    「がばばぁっ」
    「よし、処そう! 昏睡昇天インっ……がぶーっ!」
     思いっきり台詞を噛んでしまった岬ではあったが、彼女が構えた大きな注射器の針は、ロシアケーキ怪人のジャムの中にぶっすりと深く刺さっている。
    「中々やるではないか、灼滅者……!」
    「何だ……やけに余裕だな……おいっ、何企んでやがる!」
     不意に走った嫌な予感に、允は声を荒げた。
    「ふ、ふふふ……」
    「……っ!」
     伸ばされた允の腕が空を斬る。激しく巻き起こった風がロシアケーキ怪人の体を切り刻んでいくも、怪人は不敵な笑みを崩さない。
     灼滅者達は警戒しながら怪人の動きを注視する。この倉庫に集められているチョコレートにロシアケーキ怪人が手を出せば、巨大ロシアケーキ怪人が誕生してしまうかもしれない。それだけは避けたい事態。ゆえに、こうして怪人を囲み込み、チョコレートに近づけないように立ち回っているのだ。
     それなのに、ロシアケーキ怪人のこの余裕は……。
    「わはははっ! よくぞワシをここまで追い詰めたな、灼滅者!」
    「動かないで!」
     よろめくような足取りで一歩下がったロシアケーキ怪人に夏奈は思わず声を上げ、咄嗟に自分の手を噛んだ。傷口から溢れる血液が、炎になって燃え盛る。
    「ふふ、それは一体なんの真似だ」
    「それ以上、そっから動いたらこのチョコレート燃やしちゃうよ~?」
     負けじと不敵に笑って、夏奈はそう言ってみせた。
    「ククク……わはははははっ! 愚か!! やはり灼滅者は愚かだのぅ!! このワシの奥の手が! その程度の事で使えぬ手になると本気で思っているのか愚か者共めが!!!」
     ひとしきり笑ってみせて、ロシアケーキ怪人は懐の中に手を伸ばす。
     その手には、一粒のチョコレートが……!
    「だっ、だめ!!」
     深愛が、慌てて魔法の弾を撃つ。チョコレートを持つ怪人の手元を狙って放たれた魔法の弾丸。だが、それは僅かに遅かった。小さなチョコレートの粒が、ロシアケーキ怪人の手を離れ、大きく開けられた口の中へと落ちていく。
    「覚えておくがいい灼滅者! 奥の手とは、いつでも使えるようにしておいてこそ奥の手……っ、うおおぉぉぉおおおっ!!!」
     ロシアケーキ怪人の体が、激しく震えだす。
     ズン、と床が一瞬沈み込んだ。
    「巨大化、て」
    「は、はわ……はわわ……っ」
     めきめきと音を立てて大きくなっていくロシアケーキ怪人を見上げて、岬はあんぐりと口を開けて言葉を失い、レイラは、はわはわと声を震わせ、涙目になった。
    「ヤベエ、何だこれヤベエ……!!」
     濃密なダークネスの気配が肌を刺す。允は、奥歯がガチガチと鳴るのを止められない。
    「おっきくなっちゃった! おっきくなっちゃったんだよう!!」
    「どっ、どうしようっ! どうしようっ!!」
     うわぁん! と手で顔を覆う深愛を後ろに庇った夏奈も、どうしていいか分からずにおろおろと辺りを見回した。
    「見よ! これがワシの真の力だあぁぁぁっ!!」
     倉庫の天井近くまで巨大化したロシアケーキ怪人が、得意顔で灼滅者達を見下ろしてくる。
    「うわぁ……って、感心してる場合じゃないよね」
    「ええ、迷ってる暇はなさそうですね」
     大きな怪人を見上げながら構えを直して言う士元に、鋼人も頷きハンマーの柄をしっかりと握り締めた。
     ロシアケーキ怪人は巨大化してしまった。しかし、それは怪人もそれだけ追い詰められていたということだ。
     幸い、こちらの被害はまだほとんど出ていない。
    「諦めるのはまだ早いです! 速攻でケリをつけましょう!」
     竜姫のよく通る声が倉庫内に響いた。うろたえていた仲間達も、はっと我に返る。
     灼滅者達は巨大化したロシアケーキ怪人へと立ち向かう。
     そう、まだ、終わった訳ではないのだ。


    「さあ! どう料理してやろうか灼滅者!!」
     巨大ロシアケーキ怪人の大きな足が、ズシン、と一歩前進する。
    「くっ! レインボービーム!!」
     飛び退き、竜姫は体の前で両手をクロスさせた。ほとばしる虹色の光線と共に、竜の咆哮のようなエンジン音を轟かせたライドキャリバーも巨大怪人に向かって銃を乱射する。
    「ぬぅぅっ、小賢しいわっ!」
     天井で、眩い光が煌いた。
    「っ! あうっっ!!」
     光に貫かれた竜姫の体が、受身も取れずに硬いコンクリートの床へと激しく叩きつけられる。
     巨大化したロシアケーキ怪人の一撃は、相当重い。
    「どーれ、次はこうしてやろう! とあっ!!」
    「皆こっから離れろ……っ、ぐっ、あっ……!」
     見上げるほど高い位置から、巨体が降ってきた。それに気がつき、仲間達に注意を促していた香蕗が、寸での差で逃げ遅れて巨体の下敷きになる。
    「わっははは! 脆い! 脆すぎる!!」
     巨大ロシアケーキ怪人が、勝ち誇ったように笑う。
     確かに巨大化した怪人は強かった。だが、怪人も相当な手負いだったのだ。その証拠に、怪人が笑うたび、クッキーの食べかすみたいな粉が頭上に降り注いでくる。
     きっと、あと一息だ。
    「ぐぅぅっ、この恨み、晴らさでおくべきかーー!」
     仲間達を傷つけられた事の他に、個人的な八つ当たりも少々加わって、ぎりりと奥歯を噛み締めた岬が、鬼と化した腕を振りかざす。
    「ぬううん!!」
    「はんごっ!!」
     岬の鬼の手はロシアケーキ怪人の体を深く抉ったものの、怪人も黙ってはいない。お返しにと巨大な脚から繰り出された蹴りの餌食になってしまった岬は、そのまま床に滑り込むようにして倒れてしまう。
    「くっ、もう一回いくよっ!」
     もう少しなのだ。ここで退いてしまっては全てが無駄になってしまう。夏奈はしっかりと盾を構え、低い位置から飛び上がるようにして巨大怪人へと突っ込んだ。
    「ぬっ、ぐぅぅっ、諦めの悪い!!」
    「うあっ!!」
     衝突の激しさに巨大ロシアケーキ怪人の体がぐらりと揺れるも、夏奈はそのまま勢いよく床に投げつけられてしまう。
    「はわっ、皆さんっ、しっかり!!」
     倒れたまま動かない仲間達を、レイラは急ぎ回収に向かう。
    「援護は任せてよ。 ね、允センパイ!」
    「あ、ああ……!」
     一方で、士元と允は回復を展開して戦線を何とか支えた。
    「……っ、頼む、間に合ってくれ……!」
     清らかな風で傷ついた仲間達を包みながら、允は震える手で胸元のタリスマンを握り締める。
    「いけるよ……きっと、大丈夫」
     ゆっくりと頷いて、士元も戦う仲間達をじっと見守った。
    「はーっ、はーっ……もう良いだろう灼滅者! 退けい!」
    「それはできない相談ですね。貴方がたにも夢や希望があるのでしょうが……」
     巨大怪人も、疲れを見せ始めている。すかさず跳躍した鋼人は、ロケット噴射の加速で激しく回転するハンマーをロシアケーキのど真ん中に打ち込んだ。
    「ぐおぉっ!?」
    「力なき人々の営みを守る為に戦うのが僕らのお仕事ですので」
     呻く怪人に、鋼人は厳しい口調で言った。
     仲間をやられて、黙っている灼滅者達ではない。
    「もー、怒ったんだから!」
     体を二つに折った怪人目掛けて、深愛もロッドを叩きつける。
    「みあを怒らせたらどうなるか、思い知らせてやるんだよう!」
    「ぐあああっ!」
     最大限の魔力を流し込む。体の中を蝕むように流れる魔力に、巨大ロシアケーキ怪人は堪らずのたうち回った。
    「これ以上はっ、絶対にさせません!!」
     真っ直ぐに剣を構えたレイラが、巨大ロシアケーキ怪人の体の上に刃を深く突き立てた。
    「ぐっ!! がががががッ!! ロロロ、ロシアは! 永遠に、ふめ、つ……!」
     乾いた音を立てて、巨大ロシアケーキ怪人は爆ぜて散った。
     薄暗い倉庫の中。仲間達の震える息遣いと、チョコレートの甘い匂いだけが、暫くの間、そこに留まっていた。


     町に散っていたコサック戦闘員達は、ロシアケーキ怪人の灼滅を知るや否や、そそくさと逃げていった。
     港に停泊しているロシアン一味の船には、すでにいくらかのチョコレートがあったらしい。少々持ち逃げされてしまったものの、彼らが集めていたチョコレートの大半は倉庫に残ったままであったし、何より、現場を仕切っていたロシアケーキ怪人を倒すことができたのは、灼滅者達にとっても大きな収穫であった。
    「巨大化を促進するチョコレートとは、何とも不可思議な物ですねえ」
    「つか、別に普通のチョコだよなー」
     積み上げられたダンボールの中を覗いて首を傾げる鋼人。その横で、箱の中のひとつをつまんで允も訝しげな表情で唸る。
    「それって食べても大丈夫なのかな? 食べてみたい~♪」
    「食べたらさっきの怪人みたいに大きな夏奈チャンになっちゃうかもよ」
    「あははっ、それはイヤだなぁ」
     悪戯っぽく笑って言う士元に怪我の治療をして貰いつつ、夏奈は困ったように笑ってみせた。
    「はい、どうぞ! えへへ、バレンタインチョコ、用意してみました! みんなで食べましょう!」
    「おっ、ありがとな!」
     レイラの配ってくれるチョコレートを受け取った香蕗も、あちこち傷だらけ。
    「ねー、ねー、コロちゃんはチョコ好き? みあはね、最近オトナだからビターチョコも好き! このまましたたかな女になるんだもん!」
    「ははっ、お前、強かとかどこで覚えたんだよ、このー!」
     じゃれついてくる深愛の頭をわしゃわしゃと撫で、嬉しそうに構っているものの、体を動かすのは少し辛そうだった。
    「ふふっ、良かったですね? 香蕗さん」
    「おー、何とか皆無事だったしな。お前も、大事にしろよ」
     怪我の治療をひとまず終え、一息ついて小さく笑う竜姫に、香蕗も、にっと笑みを返す。
     作戦は成功したが、こちらの消耗も激しかった。大きな怪我をしてしまった者もいる。チョコレートの謎も気になるところではあるが、一度学園へ戻らないことには話は始まらないだろう。
    「うふふ、残ったチョコは全部持って帰って鼻血パーティーよ! ああっ、あのジャムも剥ぎ取ってやればよかった!!」
     そう意気込む岬は、すでに鼻血を滲ませていた。
     チョコレートも、ジャムたっぷりのロシアケーキも、きっとこの傷付いた体に甘く染み渡ってくれるはず。
    「……そうか。運ぶのかコレ。武蔵坂まで? マジ?」
     膨大な数のチョコレート入りダンボールを見上げ、允は変な汗が出る感覚に身を震わせた。
     まあ、その辺りは学園に連絡を入れれば何とか運んでくれるはずだし、手伝いに来てくれている仲間達もいることだろう。

     ひとつの作戦を無事に成功させ、灼滅者達は学園への帰還を目指す。
     他の場所の作戦は、どうなっただろうか……。

    作者:海あゆめ 重傷:襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930) 霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946) 蒼井・夏奈(中学生ファイアブラッド・d06596) 緑山・香蕗(ご当地ヒーロー・dn0044) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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