花降る町

    作者:零夢

     遠い昔、人里離れた辺境に、小さな町がひっそりと栄えていたという。
     今ではそこは、広々とし草原の片隅に、廃墟と化した屋敷をぽつりと残すばかりである。
     ある夜、そこへオオカミが現れた。
     闇に溶けるような漆黒の毛並、隻眼の瞳が映すのは冴え冴えとした月明かり。
     オオカミは開け放たれた障子から屋敷へ上がると、迷うことなく歩みを進め、地下へと降りる。
     長い廊下を下った先、暗がりの向こうには物々しい木製の格子が嵌められていた。いわゆる座敷牢というやつである。
     オオカミはしばしの間それを見据え、やがて満足すると、音もなく踵を返してどこかへ消える。
     ――座敷の奥では、花かごを抱えた娘が鎖に繋がれ、ひとりうずくまっていた。
     
    「スサノオによる古の畏れを見つけたぞ。今回は花売りの娘に関する伝承が元となっているようだ」
     集まった灼滅者達を前に、帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)は資料をめくると早速説明を始める。
     その昔、小さな町に旅の花売りが訪れたのだという。
     器量もよく愛想もいいその娘の評判は上々だった。
     ついには領主がその噂を聞きつけ、たいそう気に入ったために召し抱えたものの、当然、それを快く思わぬ者は存在する。
     ――しがない花売りのくせに。
     ――容姿以外にとりえのない蓮葉女が。
    「……そして折悪しく、その反対派を勢いづけるように、相次いで流行り病や天災が起こり始めたんだ」
     それをきっかけに、不安に駆られた町人たちの態度はいっせいに変化した。
     あの女は疫病神だ、と。
     どんなに理不尽なこじつけであれ、否定することができない以上、いくら領主とて庇いきれない。
     結果、全ての咎を負わされた彼女の存在は闇に葬られるに至ったというわけである。
    「……ただな、この娘を座敷牢に入れたのはどうやら領主本人らしい」
     座敷牢というのは本来、入れた者を他人に見せぬよう軟禁することが目的であって、拷問や懲罰の場所ではない。
     人々に疎まれた娘を憐れんだ領主が、世間には死んだことにして、自ら手引きしそこに住まわせたのだという。
     娘が不憫でならないものの、手放したくはない――そういった心境だったのだろう。
     だが、領主とて人である以上、永遠に生きて娘の世話をみられるわけではない。
     娘とて、いつまでも閉ざされた牢の中で正気を保つことは難しい。
    「……どちらが先に事切れたのかはわからなかったんだがな。とにかく、娘が姿を消して以来、町は大きな禍に見舞われることなく細々と続いて行ったらしい。そして不思議なことに、春になると真っ白な花びらを風が連れてくるようになったそうだ」
     それはあくまで伝承で、そこにどんな意味があったのかは、二人の最期と同じく誰にもわからない。
     夜鶴は微笑とともに昔話を締めくくると、古の畏れとしての彼女に話を移す。
    「きみたちにはまず、件の屋敷へ向かい、座敷牢にいる彼女と接触してほしい。接触方法は任せるが、まぁ、あまり刺激しない方がいいことは確かだろうな」
     ちなみに座敷牢へ続く廊下は一本道であり、迷うことはない。ただ、暗闇とはいえ、身を隠すことのできる曲がり角などはなく、明かりを持っていればすぐに彼女がこちらに気づくであろうことは心に留めておいてほしい。
    「鎖に繋がれた彼女は座敷牢から出られないため、戦闘は必然、座敷の中となる。人ひとりが住めるくらいだからな、広さの点は心配しなくていい。格子の入り口には鍵があるが、これも外から開けられるものだ。というか最悪、多少壊したからといってどうということもないだろう?」
     なにせ灼滅者達に彼女を閉じ込めておく理由はない。
     むしろ囚われた彼女の思念を祓うことが目的である。
    「正直、こちらの接触に対して彼女がどういった反応を示すかは読めていない。きみたちの出方次第、というところだろうな」
     とはいえ、決して幸せとは呼べない生を送った彼女が初対面の人間に心を開くとは考えにくい。友好的に戦闘回避ということはないだろう。
     敵は彼女一人だが、その分、それなり以上の強さを持っている。
     ポジションはジャマー、花を使った攻撃をしてくるという。
     きちんと戦闘の方も備えておくに越したことはない。
    「……それと、残念ながら今回もまた、事件を引き起こしたスサノオの行方はわからなかった。だが、その足取りを追うことで、いずれその本体に辿り着けるはずだからな。くれぐれも気を付けて、そして気を引き締めて行って来てくれ」
     よろしく頼むと、夜鶴は灼滅者達を見送った。


    参加者
    鷲宮・密(連鶴・d00292)
    不破・聖(暁光紡ぐ銀翼・d00986)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    桃地・羅生丸(暴獣・d05045)
    竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)
    化野・十四行(述べて世はこともなし・d21790)
    蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)

    ■リプレイ

    ●残花奇譚
     光のない廊下に、古びた木と微かな黴の匂いがたちこめる。
     長く伸びたその先では、件の座敷牢が待っている。
    (「……なんだか昔のことを思い出すわね」)
     しずしずと足を進め、鷲宮・密(連鶴・d00292)は心に呟く。闇が語り掛ける遠い記憶は、あまり気持ちのいいものではない。
     かといって過去の自分を娘に重ねたりはしないけれど――ただ、救いになればいいとは思う。
     そんな密の足元を、一匹の蛇が這っていた。竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)だ。
     やがて現れた格子に、彼女は目を凝らし中の気配を窺うと、座敷牢の傍らへ身を滑らせる。戦闘が避けられずとも、無意味な諍いはしたくない。
     それを確認すると、不破・聖(暁光紡ぐ銀翼・d00986)はゆっくりと檻の向こうへ声をかけた。
    「だい、じょぶ、……か?」
     そう言って小さなライトを灯せば、淡い光が花かごを抱えた娘を照らし出す。
    「誰?」
     はっと顔を上げ、鋭く問うた娘に山吹が答える。いつの間にか人へ戻った彼女は、大人しい色の着物を纏っていた。
    「貴女は花売りだった方ですね。私たちは貴女をこの牢から解放するために参りました」
     言われ、訝しげに辺りを見回す娘に、暗がりの向こうから桃地・羅生丸(暴獣・d05045)と蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)が害意はないのだと視線を送る。
     聖も牢の鍵と扉を開けると、彼女の中の疑いを解くように言葉を重ねた。
    「お前は、悪くないから。もうこれ以上、閉じ込められる必要も、無い。できたら……また此処にお前のこと、呼んだ奴……知ってたら、どうか、教えて欲しい」
     彼女がスサノオを知っている保証はないとはいえ、万一という事もある。
     だが、返されたのは意外な答えだった。
    「領主さまをいかがなさるおつもりですか」
     『此処に呼んだ奴』から真っ先に連想したのだろう。
     花かごを抱きしめ立ち上がり、後退った娘にすぐさま山吹が訂正する。
    「違うのよ。例えば、大きな狼がここに来たことはあって?」
    「知りません」
     きっぱりとした否定。それはどこか、領主と自分に関わろうとする者たちへの拒絶にも聞こえた。
     なら、と四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)は全く別の問いを投げかける。
    「答える義務はないんだろうけど……キミ自身は彼の好意に応えるつもりはあったのかな?」
    「『露ほどもなし』と言って下さる方がなかったために、かような場所に籠められたのかと」
    「そうじゃないよ。それともキミは、たかが露ほどの想いでここにいたのかな」
    「――……叶うことはおろか、願うことも許されてはいないとわきまえておりますので」
     あくまで直接的な返答を避ける彼女に、千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)はふうんと興味深げに頷く。
     その隣では、化野・十四行(述べて世はこともなし・d21790)が締まりのない口元で昔話を反芻していた。
     古の畏れとはあくまで伝承。
     ゆえに、もしも彼女が本当に蓮っ葉な旅の物売りだったら、周囲の人間を唆して逃げだす程度に強かでもおかしくないと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
     ならばと廻りだす新たな思考に彼はひとりほくそ笑むが、勿論、口は開かない。うかつに開くといらぬことを口走りそうだ。
     闇にはただ、いろはの声だけが響く。
    「……皮肉な話だよね。梅も桜も、椿でさえも時が来れば実を結ぶというのにキミは、ね」
    「――っ」
     それは、彼女の琴線に触れる言葉だった。
     ぴくりと肩が揺れ、大きく双眸が開かれる。
     実を結ぶことのない想いに、実を残すことのない花――けれど。
    「……ええ。私は、しがない花売りですから」
     実などいらないと、彼女はかごから掬った白梅を闇に散りばめた。

    ●白梅幻想
     感覚を麻痺させるように乱れ舞う『白』に、華乃と十四行が素早く前線へ躍り出る。
     そして、華乃は身の丈ほどもある巨大な斬艦刀を地に突き立てると大きく叫んだ。
    「小賢しいです!」
     仲間に降りかかる花弁は我が身で以て、己に掛けられた眩惑は気合で以て吹き飛ばす。
     背後から柔らかく吹きつけるのは聖の剣から解き放たれた祝福の風。
     十四行も花弁を遮るように腕を広げれば、自ら起こした清めの風も手伝って、肩に打ち掛けられた女物の着物が翻る。
     その影に紛れ、羅生丸が飛び出した。
    「座敷牢なんて何も無ぇ所にずっと籠ってたらつまんねえだろ? 俺達が退屈凌ぎに楽しませてやるぜ!」
     一気に距離を詰め、突き出す拳。
     その周囲で爆ぜる小さな雷に、しかし彼女は怖じることなく悪戯っぽい微笑を浮かべると、
    「では、私も相応のもてなしをせねばなりませんね」
     ゆるりと軽く腰を折り、すんでのところで一撃を躱した。
     勢い余った拳が僅かに舞い上がった娘の黒髪を掠める。
     俊敏でこそないものの、予想以上に的確な身のこなしに羅生丸は口の端を上げた。
     淡い明りがあるとはいえ、彼女の顔が見づらいのはやはり心惜しい。雷が照らした一瞬の姿が『別嬪』だったせいで尚更だ。しかしそれ以上に、腕の立つ美人とやり合えることにたまらなく心が躍る。
     それは、サイにとっても同じことだった。
     彼を突き動かすのは同情でも憐憫でも、ましてや救済の願いでもない。
     しいて言えば、そう。
     綺麗な花宴を見に来たとでもいうべきか。
     それに戦いがいもあるなら最高だ。
     サイはオーラを纏うと娘の死角に回り込み、その足元へと斬りかかれば、同時に娘の手から椿が零れ落ちる。
     空で交わる斬撃と花。
     娘の足に代わり、いくつもの花弁が床に散る。
    「……やるやんか。でも、これでしまいとは限らんで?」
     サイは目を細めると、間髪を容れず反対側から再び斬り込んだ。
    「あっ……!?」
     一瞬の虚をつかれれば、花で防ぐ隙も無い。
     今度こそ足元の崩れた彼女に密と山吹が走り込む。
     密の突き立てた錫杖から流れ込む魔力が娘の体内で爆ぜ、山吹の拳撃が外側からその身を貫けば、薄暗い座敷に鋭い閃光が走る。
     突如闇を裂いた強い光に、娘は思わず顔を背けながらも咄嗟に灼滅者達から遠ざかった。
     だが、いろはがそれを許さない。
     異形と化した己の片腕を構えると、一瞬で娘の懐に潜り、巨大な掌で以て渾身の打撃を撃ち出す。
     くの字に折れる細い体。
     赤い唇は呼吸を求めて薄く開くが、息継ぐ間もなく華乃が斬艦刀を翳した。
    「あなたをここに繋ぎとめる因縁、すべてぶった斬って差し上げますわ!」
     高らかに言い放ち、振るった切っ先は足元の影を呼び起こす。
     そのまま勢いよく刃を下ろせば、伸びた影は巨大な水牛となって娘に襲い掛かった。
     突進、衝突――そして、彼女の身体が影に呑まれる。
     それでも倒れるには至らない。
     華乃の影から解放され、小さく咳をしてこちらを見据えた娘は、鬼の巨腕を携えた密と対峙する。
     踏み込むと同時に密が振り被る鬼神変。
     娘は応じるように花を掬うと、辺り一面にまき散らした。
     刹那、降り注いだ梅花の雨は、どうあがいても躱しきれるものではない。密は負傷の覚悟を決め、構えた腕に力を込める。
     ――その時、花弁を浚うように彼女の目の前を過ったのは、艶やかな色の着物だった。
     するりと滑り込んだ十四行が、彼女に降りかかるはずだった花弁を一身に引き受ける。
     そうして巻き起こした清めの風が花弁とともに裾を舞い上げれば、サイは宵も酔いとて、宴のつれづれにしっとりとギターの弦をつま弾いた。
     清浄な風が、ゆるやかな旋律が、花を浴びた者たちの傷を優しく癒す。
     雨が晴れれば憂いはない。
     密は腕を振り切り、その衝撃で娘の足が地を離れると、羅生丸の拳が違うことなくその身を捉えた。
     突き出し、撃ち抜くは鋼鉄の拳撃。
     流石に耐えかねた娘が膝をつく。
     すると、山吹が娘の傍へと歩み寄り、穏やかな口調で語りかけた。
    「……貴女は何も悪くない。ただ運が悪かっただけ。その為に命が尽きても、この場に囚われたまま。だから私たちがここに来たのよ」
     信じてもらうことは難しいかもしれない。むしろ、信じてもらったところで意味はないのかもしれない。
     けれど、もう少しだけ彼女の心に触れてみたかった。
    「良ければ、貴女の事を聞かせて」

    ●落椿ノ秘
    「――……領主さまは、それは私に良くして下さいました」
     促された娘は、やがてゆっくりと口を開く。
     うす暗がりの向こう、彼女がどんな表情をしているのかははっきりとはわからない。ただ、何かを懐かしむような声色はひどく柔らかかった。
     花売りとしてこの町に訪れたこと、初めは人々ともうまくやっていたこと、領主に召し抱えられたこと。そして、様々なことが重なった末、彼の計らいで座敷牢に入ったこと。ぽつりぽつりと語られる事の顛末は、灼滅者達の知る伝承とさして変わらない。
    「……今思えば、いつまでも領主さまのご厚意に甘えず、早々に根無しの蓮葉となって浮世のいずこかへ流れてゆけば良かったのです」
     ――どうせ、ここに咲く花は誰に知られる事もなく散る運命なのですから。
     それだけ言って、娘はゆっくり立ち上がる。
     足元でじゃらりと鳴るのは錆びた鎖。
     小さく俯いた彼女がそこへ一輪の椿を落とせば、赤く腫れた足首が癒え、けれど、戒めが消えることはない。
     もう話すことはないと真っ直ぐこちらへ向き直った娘に、聖はきゅっと唇を噛みしめた。
     何かを押し付けられたり、いるのに存在を消されたり、そんな彼女の気持ちがすべてわかるとは思わない。
     ただ、少しだけわかる……気がする。
     気がするだけでは、足りないだろうか?
     聖は祈るように鎖に狙いを定めると深紅の逆十字を闇に切る。
     助けたい。終わらせたい――なのに鎖は切れなくて。
    「……野に咲く花を囲ってしまった彼が愚かだったのか、虜にしたキミが罪深かったのか……」
     それは誰にもわからない。
     いろはは誰にともなく呟くと、刀を収めた鞘を携え一息で娘との間合いを詰める。
     至近距離から繰り出すのは莫大な魔力を込めた鞘打ち。
     反射的に娘は身を退き、かろうじて直撃を免れる。だが、逃れた先では山吹とサイが構えていた。
     非物質と化した山吹の剣が娘の霊魂をじかに切りつけ、白きオーラを纏ったサイの手刀は着物もろともその身を斬り裂く。
     そうして彼女の守りを剥がすと、羅生丸が赤々と燃え盛る斬艦刀を振り上げた。
     闇を照らす業火がうっすらと濡れた娘の瞳を煌めかせる。
    「……悪いな。俺は前に出るしか能が無ぇんだ、全てはコイツで語らせてもらうぜ!」
     羅生丸は一切の躊躇いを捨て、さらなる力と共に熱き鉄塊で推し斬った。
     その姿に、同じ斬艦刀使いとして目を輝かせた華乃が続く。
    「私も負けていられません!」
     言って、彼女は強く床を蹴り斬艦刀を振り翳した。
     重力、体重、使える力はすべて利用し、大上段から浴びせるのは文字通りに全力の一太刀。
     その衝撃に、ぐらりと揺らいだ娘はそれでも花かごの中に手を伸ばす。
     構わず、密は純白の錫杖を手に飛び出した。庇いきれないと判断した十四行が瞬時に守りの護符を放つ。
     瞬間、吹き荒れた桜吹雪が灼滅者達の視界を奪い去る。
     一寸先は、闇に咲き乱れる花。
     思わず息を呑むほどの情景は、まさしく終末にふさわしい。
     桜花の幕に阻まれた向こうで、しゃん、と澄んだ音が鳴り響く。
     そして続いたのは、とん、と堅い物が地に突き立てられる音。
    「もう、貴女が此処に留まる必要はないわ」
     ――やがて晴れわたった花嵐のあとには、密がひとり立っていた。

    ●月下散桜
     すべてが終わった部屋は、ひどく閑散としていた。
     床に散っていたはずの花は消え失せ、座敷の中心にはかごだけがぽつんと置かれている。
     梅も椿も桜も、古の畏れが生み出した幻想だったのだろうか。
     聖はライト片手に見回すが、やはり一片の花弁も落ちてはいない。試しにかごを覗きこめば、古びた枝が数本、重なり合っているばかりであった。
     廻り行く季節の中で、これらだけが風化せずに残ったのだろう。
     聖はそっとかごの縁を指でなぞると、いろはがその脇に一輪の花を添える。
    「確か此れの花言葉は『私は貴方の虜』……だったかな?」
     そこにはもう一つの春の花、桃が綻んでいた。

     来た時と同じ道を辿り、地上へ戻った灼滅者達を心地良い夜風が迎える。
    「妬み嫉みとは怖いものですわね。簡単に人を化け物にしてしまうのですから」
     かつて町があったという草原を見渡し、華乃は静かに呟いた。
     もしかすると、人ならざる者として呼び起こされた彼女より、町人たちの方がよほど恐ろしい存在なのかもしれない。
    「天災や疫病を他人のせいにして、まるで魔女裁判ね」
     そう言って、山吹は目を眇める。
    「……もっとも、彼女のように可哀想な出来事は昔も多くあったのでしょうけれど」
     そうした小さな伝承や慣習が古の畏れとなっているのだと思うと、なんとなくやり切れないものがある。
     その言葉に、十四行はふと思いついて口を開いた。
    「しかし、なんかこのスサノオ、たまたま運悪く不幸になった奴ばかり呼び起こしてるな」
     気のせいだろうか。
     あるいは世界は残酷だとかなんとか、そんな考えにでも傾倒しているとか。
     そういう思考は後々黒歴史として封印したくなるぞと忠告してやりたい気もするが、まぁ、どこか親近感が湧かなくもない。
     自分も同類の気があるからだからだろうか。
     彼は緩んだ口元だけでにやりと笑うと、不意に、密が小さく声を上げた。
    「あら――……」
     見上げた夜空に舞い散るそれは、ともすれば季節外れの雪と見紛うほどに儚い『白』。
    (「……救いになったのかしらね」)
     春が来ても消えることのない色に、密はそっと目を細める。
     サイも腕を伸ばすと、指先で風に舞う一片と戯れ、微笑を零した。
    「……見事なもんやね」
     そういえば昔、花宴が楽しいのは人の歴史があるからだと祖母が言っていたっけ。
     もっとも、花と菓子があればそれなりに楽しめるサイに、深いところはよく分からないけれど。
     どこからか飛んできた白い花は、月明かりに舞いながら、どこへともなく風に流されてゆく。
     羅生丸は遠く夜に消えゆくそれらを見送ると、ゆるやかに月を見上げた。
     花と、月と、美人と。
     いろいろあったが、今日はなかなかの夜だったんじゃないだろうか。
     彼女の魂も、今頃はあそこで眠っているのかもしれない。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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