伝説の彫師拠点強襲~墨変化抄

    作者:来野

     すすけた自分が、ある日突然に生まれ変わる。
     素敵な童話? いや、怖い話だ。

    「皆さん、刺青羅刹の調査に進展が見られました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が、告げた。灼滅者たちの働きが形を得たようだ。
    「鹿児島県の山中に、刺青を入れることで一般人を強化一般人へと変えるダークネスが存在します」
     教室内のざわめきに頷きを返す。
    「このままでは、一般の人々が次々と刺青を負わされ作り変えられてしまいます。あって良いこととは思えません」
     姫子の指の背が、握り込まれて白い。
    「このダークネスの灼滅作戦を決行します。そのためには、敵に察知されない範囲ぎりぎりの戦力で一気に拠点を潰さなくてはなりません。皆さんのお力を貸して頂けませんか」
     問題の拠点は、人里離れた山中に位置する。和風の屋敷の周囲には幾つかの建物が配され、中には土蔵もある。
    「運ばれてきた一般の人々は、その土蔵に捕えられています」
     彼らは福岡から連れて来られているらしい。
    「敵の戦力は100体以上と思われます。強化一般人には刺青が施されていて、昔の軍隊のような規律で統制されているようです。単体で見るとそう高い戦闘力を持つわけではないのですが、指揮系統が統一されているため、結果としてかなりの強敵となるかもしれません。これ以上、詳しいことがわからないのが残念です」
     語る声に薄い苦渋が滲んだ。
    「今回の作戦は、バベルの鎖で事前に予見することのない規模で展開しますが、作戦開始後に敵が通信機などで援軍を呼ぶ可能性は高いと思われます。人里から離れていますので到着には時間を要するにしても、無制限ではありません。速やかな作戦行動が必要とされます」
     皆へと向き直り、姫子は一度口を閉ざした。短く息をつく。
    「正直な話、とても困難な状況だと感じます。簡単だと思ったことは一度もないのですが」
     静かに眼差しを上げた。
    「かといって決して諦めたくはありません。どうか、お願いします。これ以上の被害を食い止めて下さい」
     それから姫子が浮かべるのは、いつも通りの穏やかな笑み。よく撓って折れない若枝のような。
    「皆さんの勝利を信じて、私はお帰りを待ちます」


    参加者
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    七塚・詞水(ななしのうた・d20864)
    ラツェイル・ガリズール(ラビットアイ・d22108)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    グロリア・セドリック(非日常性カタストロフ・d23655)

    ■リプレイ

    ●生身の手のちから
     三月。木々を渡る風が、梅の花びらをつれて来る。
     ラツェイル・ガリズール(ラビットアイ・d22108)が箒にまたがった。常緑樹の合間を選び、ふわりと浮き上がる。これならば枝葉に紛れて目立たない。
     双眼鏡を覗き込むと、件の屋敷の斜め裏手が視界いっぱいに広がった。すると、すぐ脇の枝が頭を持ち上げる。
    「……?」
     枝ではなかった。蛇。ただの蛇でもない。蛇に身を変じた無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)が、屋敷の方角をうかがう姿だった。なめらかな蛇身を白い花びらが撫でて落ちる。
     その更に向こうの枝に両足を張って立ち、幹に身をひそめているのは碓氷・炯(白羽衣・d11168)。首を捻って、正面口の方角を垣間見る。
     真正面からの侵入は難しい。ならば他か。緩やかに細めた目許、深く落ちる影の奥から塀の周囲をうかがう。角に身をひそめる仲間の姿が確認できた。
     一人は置始・瑞樹(殞籠・d00403)。上から行くか、下からか。侵入箇所を探っているのが、帽子のつばの動きでわかる。
     その隣で小柄な人影が動く。七塚・詞水(ななしのうた・d20864)だ。斜め上を指差している。塀の内側、建物の庇の辺りに防犯カメラらしきものが見えていた。
     ダミーの可能性もあるが、避けるに越したことはない。塀に沿った二人の動きで、安全な侵入場所が絞られ始める。足を止めたのは大きく張り出した見越しの松の枝の下。それを足がかりに使えば、建物の屋根に飛び移ることもできなくはない。侵入は上からだ。
     その時だった。
     腹の底にこたえる破壊音が、正面側で轟いた。木々の合間から鳥たちがいっせいに飛立つ。
     カチコミと聞こえた気がする。仲間のものだろう。
     開戦だ。ラツェイルが地上に降り立ち、双眼鏡を掲げて一点を指し示す。
    「警備の目が離れました……行きましょう」
     この騒ぎに乗じて、目立たず静かに。

     塀から枝へ、枝から軒先へ。侵入は飛ぶ者、身軽な者から次々と行われる。
     蛇と化した理央と猫と化したラツェイルが、小さな隙間を探して屋根裏へと潜り込んだ。一時、人の姿に戻って、屋根の上の仲間に安全に降りられそうな場所を発信する。
     それを受信した花衆・七音(デモンズソード・d23621)が、棟の近くをコツコツと叩いた。
    「この辺りやね?」
     片手に無線機。その身は暗闇色の魔剣。白羽の矢ならず黒い刃が屋根に突き立っているかのような。
     雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)が瓦を持ち上げると、グロリア・セドリック(非日常性カタストロフ・d23655)が布を一枚引き出して折りたたみ、脇に置く。その上に積めば大きな音は立たない。
     一つ、二つ、三つ。重たい瓦を引き剥がして積む作業は単調で、なのに爪は傷むし足許は危うい。それでも鵺白は手を休めない。
    (「他の班の皆が頑張ってくれてるもの、わたしも精一杯出来ることをしないとね」)
     今、この瞬間も銃声や怒号や破壊音が聞こえてくる。そうした物音に紛れて詞水が防水シートに爪を立てた。その力は小さなものかもしれない。
    (「けれどそれが集まって大きな力になるなら、必ず未来は開けるはず」)
     思い切り引き裂いたその下から現れるのは、並べられた板。瑞樹が手をかけ、外し始めた。目立ってはならない以上、黙々と手を動かすしかない。
     その間に、身を低く伏せた炯が屋根の隅から隅までを腕で測り始める。正面、右、左、後ろ。それを見た七音とグロリアがカメラを構え、要所の画像を残す。そうして出来上がるものは屋敷の外観図だった。
     ふ、と埃臭い風が抜けた。瓦屋根の半ばには垂木で仕切られた四角い穴。そこから蛇と猫の頭が覗いている。
     手招きするかのように二つの頭が沈むと、屋根の上の面々は一人ずつ穴の中へと消えた。
     残されるものは積まれた瓦と板ばかり。屋敷の者たちは誰も気付かない。

     そして、薄暗がりの中。
    「ファッ!」
     突如上がったグロリアの声に、皆、いっせいに振り返った。口の前に人差し指を立てる。
    「面目ないデス」
     片手で口を押さえた彼女の頭には、ベールでもかぶせたかのような大きな蜘蛛の巣が落ちかかっている。他にも干からびた虫の死骸だの、獣の置き土産だの、怪しい薬師でもなければ喜ばないようなものが多々転がっていた。狭い、暗い、汚い。少し臭い。
     それでも灼滅者たちは進む。歴史の数だけ積もった埃に息を詰め、梁に頭をぶつけないよう匍匐前進で。
     ところで、今、自分たちはどこに居て、周囲はどうなっているのだろう。
     七音が天井板に耳をつけた。両手をついて横たわる剣。板越しの物音に聞き耳を立てる。
    『彫……様は、いったん……な場所……移動をおね……ます』
     これは。
     カメラに収めた外観、自分たちが這ってきた埃の跡、声の位置、移動方向。皆で頭を突き合わせて考える。今から行く場所が移動先ならば、逆側が作業場だろう。
     頷き合い、もう少し這い進む。広範囲な敵の視界まで考慮を要し、思いの他時間を食った。
     目星をつけた場所で天井板をずらしてみると、そこは天袋。動物二体が先に降り、細く押し開けた隙間から下を確認する。
     カリカリカリ。爪を掻く音が知らせてきた。
     目標地点はこの下だ。
     撤退を叫ぶ声が聞こえる。急がなくてはなるまい。

    ●たとえ埃にまみれても
     天袋の襖を外し、一人ずつ順に畳の上へと降りる。消毒薬の匂いと酔いどれの饐えた残り香が鼻についた。
     いかにも作業場。神経質な乱雑さとでも言うしかない。特定の動きで使われるものたちが使う者の法則で散らかされている。人の肌に刺すのだろう針、先の平らな金属棒、染料、図案集、消毒器など様々な道具たち。
     詞水が手早くかき集め、受け取った七音がアイテムボックスに詰め込み始める。
    「他には」
     鵺白が目を留めたのは、文机の上のファクシミリ。スタッカに書類が一枚残っていた。グロリアがつかみ上げて、首を傾げる。
    「ムム……これなんて書いてあるデスか?」
     日本語を読むのは苦手。数字だけかいつまんで目で追ったが、それでは意味がわからない。鵺白が液晶パネルを操作しながら覗き込む。口許に指の背を当てて考えた。
    「何かの時間のようね……あ」
     それは、福岡から送られてきた一般人たちの発着表だった。発送時間と到着予定時刻が記載されている。HKT関連の書類。
     聞きつけた蛇が理央の姿に戻り、USBメモリを放る。グロリアが空中キャッチして差し込み、鵺白がデータダウンロードを始めた。速い。
     瑞樹が障子側を背に守ったまま、瞳を動かした。書院の違い棚の下に金庫らしきものがある。視線を追って知った理央が歩み寄り、ダイヤルに手を伸ばした。脇に耳を当てる。
     チチ、チチ、という音を聞き取る地道な作業が始まる。外の騒ぎが聞こえてくる中、小さな音を聞き分けるのはなかなか難しい。
     その脇で、畳が下から持ち上げられた。
    「……?!」
     皆が注視した先にいたのは、床下から頭を持ち上げた炯。指先に鉛筆を挟み、手の中にメモを握り締めている。ぱらり、という音。
     開いて皆に見せたものは、屋敷内の見取り図だった。先に撮影していた外観と構造の違うところを重点的に探し、敵の逃走用通路を見つけている。
     それを撮影し、他班へとメールで送信し始めるのは七音。撤退は既に始まっているが、忙しく指を動かしてできる限り多くを他の仲間たちにも送る。あともう少し早くできていれば。苦渋の色は隠せず、それでも手は抜けない。
     静かな室内に聞きなれない金属音が響いた。
    「開いたよ」
     理央が皆を振り返る。重たげな扉がぽっかりと口を開けて腹の中身をさらしていた。
     引っ張り出されたものは、どうやら古い桐箱。中に入っていたものは。
    「なんだろう、これ」
     なんだろう。皆、首を捻る。ぱっと見てわかる実用品ではないのならば。
    「調度品、というのかな?」
     御神楽の聖地という言葉を思えば、意味ありげな気もしないでもない。
    「どうする?」
     ここでは調べがつかない。アイテムボックスに詰め込むことにした。
     七音が埃で汚れた手を軽くこすり合わせて払う。
    「天井裏通ったり中の物持ってったり、うちらまるで時代劇のネズミ小僧やな」
     全くだ、とそれぞれが目を見交わしたその時。
     天井裏を駆けてきた猫、ラツェイルが天袋から畳へと飛び降り逆毛を立てた。睨んでいるのは付書院の障子。
     すぅっと黒い人影が過ぎった。更にもう一つ。廊下を二つの人影が近づいてくる。
    「部屋の中のものは全て始末しろ。急げ」
    「わかりました」
     障子の引き手に爪をかける微かな音。背を向けたままの瑞樹が指先にカードを挟んで腕を伸ばし、炯が抜刀して低く構える。
     タン。
     障子を開けたのは、軍服を着込み軍刀に片手をかけた男だった。どう見てもありきたりな男子高校生。それが大きく目を見張る。
     炯のソードが、ザッと血煙を上げた。出会い頭の一閃を受けて、軍刀男がぐらりと身を揺らがせる。
    「敵襲、でありますッ!」
    「屈め!」
     数歩後ろの男は小銃を構えている。引き金を引いた。
     飛び散ったのは――淡い緑色の輝き。振り向きざまの瑞樹の腕で、シールド月光天が羽根を開き銃弾を弾いていた。
     抉れた欄間を見て、小銃の男が銃口を下げる。こちらは女衒が似合いのチンピラ。軍帽の庇を低く下げ、耳に手をやった。インカムのマイクを降ろす。
    「五秒だ」
    「作りますっ」
     それは、援軍を呼ぶための時間。

    ●逆巻く風の向こうへ
     文机の脇にいた鵺白がクルセイドソードを抜き放つ。軍刀男の肩口へと斬を突っ込み、仄白い破邪の光を引いた。
    「……ッゥ」
     引き裂けた詰襟の下で、鬼面の彫り物が血を流す。強化一般人の証。
     視界を得ると同時、猫のいた場所からラツェイルが立ち上がった。指輪が輝く。狙うのはインカム。
    「させませんよ……大人しくしていて下さい」
    「ハ、グッ!」
     軍帽を飛ばされた小銃の男が、頭を押さえて膝を落とす。パンッと銃声が爆ぜ、鵺白が肩を押さえて柱の陰に身をめぐらせたが、一発では落ちない。七音の飛ばす符がすかさず止血する。
     タタ、という軽い足音が響いた。理央が駆け出し、立ち上がりかけの小銃の男へと右フックを突き出す。無駄一つないシルエット。
    「ガッッ!」
     男がぶっ倒れて、外れたインカムが廊下を滑る。身をひるがえした軍刀の男が、それを逆の手で掴んだ。
    「こ、ちら、ッ」
     背後に回った炯がインカムを掴む手首を、ザッと断つ。マイクに入るのは、血の滴る音のみ。受信機から切迫した声が聞こえる。
    『どうしたかっ?』
     強化一般人が軍刀を逆手に持ち変えた。割り込んだ瑞樹が刀身を脇腹で受け、叫ぼうとする敵の横面を盾で強打する。
    「ア、ガッ!」
    「撤退を!」
     炯が告げた。近い者から、持ち上げられた畳の元へと走る。速く、速く。手に入れたものは、何とあっても持ち帰らねばならない。
     軍刀の男が瑞樹ともつれ合いながら、身を捻った。灼滅者たちと同じ若い面差しに悲痛の目。
    「い、かせるかッ!」
    「ぐ……っ」
     脇を通った切っ先が背側に抜ける。それを目の前に見た詞水が息をのみ、踏み出しかけた足を逆に大きく回した。ずるり、と廊下を這い伸びる影。
     軍刀の男の手首が、影に捕えられた。瑞樹がぐっと大きく退って腹から刃を抜く。かすれた息が血なまぐさく荒い。
    「ま……ッ、ゥグッ!!」
     叫ぼうとする敵の口を片手で押さえ、炯が止めを刺す。動かなくなった男を突き放し、
    「あ」
     そのはずみに落ちたインカムを踏みつぶした。バキッという音に、他の二人が目を瞬く。
    「……」
     結果オーライだ。これで少しは時間が稼げよう。
     遅れた三人が床下へと降りると、先に降りていた仲間たちがふっと息をついた。
     グロリアが手当てを始め、理央が頭上の畳を引き下ろす。軍刀の傷は深手だが、元が硬い。動きに支障はなさそうだ。
    「これで大丈夫デス」
     遠くから聞こえるのは小銃の男の叫び。援軍を呼んでいる。詞水が顔を上げた。
    「行きましょう」
     ――次に繋ぐために。
     全員が頷いて、冷たく粗い地に手を着く。頭上から聞こえるものは、次第に細く絶えていくばかりの絶叫と断末魔。それら全てを聞きながら息を殺してかび臭い薄暗がりを這い、戦地を抜ける。
     全員泥だらけになって屋敷の外へと出ると、冷たく乾いた風が彼らを出迎えた。きりきりと舞った梅の花びらが、白く落ちて頬の泥に散る。
     一度だけ振り返り、そして休まず駆けた。屋敷の影が遠ざかり見えなくなるまで。胸中に去来する気持ちはそれぞれの数だけ。
     いずれ、明日への階となるだろう。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月4日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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