ようこそ、雪の動物園へ!

    作者:春風わかな

    ●魔人生徒会の会合
     武蔵坂学園内の某キャンパス某教室――。
     それは関係者のみだけを集めひっそりと行われていた秘密の会議。
    「――はい」
     発言を求めて手をあげた生徒が指名を受けゆっくりと立ち上がる。
     きっちりと制服を着こんだ彼は仲間たちに向かって軽く会釈を一つ。
     そして、場に集う仲間たちをぐるりと見回すとおもむろに口を開いた。
    「冬の動物園へ遊びに行くというのはどうだろう」
     冬は寒いから動物たちも元気がないかといえばそんなことはない。寒さが大好きな動物たちもいる。
     例えば、ホッキョクグマやアザラシ。ユキヒョウやアムールトラ、レッサーパンダなんかも冬は大好きなはず。
    「他にはペンギンさん……こほん、ペンギンの散歩を見たりとかな」
     視線を逸らして咳払いでごまかした。
     熱弁をふるう彼の脳裏をヨチヨチ歩く愛らしいペンギンたちが横切って行く。
     ――ほんのりと頬が赤くなっているのは気のせいか。
    「寒いと思うけど、温かい飲み物を持って皆で一緒に遊びに行くのも楽しいと思うんだ」
     にやけそうになる顔を必死に隠し皆の意見を仰ぐ彼に異を唱える者はいない。
     行くと決まれば早速皆を誘いに行こう。
     ――いざ行かん、北の大地の動物園へ!

    ●雪の中の動物園へ
    「魔人生徒会から、お誘いが、あった――」
     放課後の教室で久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)がひらりと一枚の紙を取り出した。
     横から彼女の手元を覗き込んだ星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)が嬉しそうな声をあげる。
    「わぁぁ、動物園に行くの!?」
     そこに描かれていたのはペンギンやアザラシ、ホッキョクグマなど雪と氷の大地に住む動物たちや、ユキヒョウやアムールトラ、レッサーパンダなど寒い冬でも元気な動物たちの絵。
     今回の目的地は北海道旭川市。動物たちの自然な生態を観察できるようにと趣向を凝らした展示で有名な『旭山動物園』だ。
    「ユメしってる! そらをとぶみたいにおよぐペンギンや目のまえでアザラシが見れるんだよね?」
     はしゃぐ夢羽の言葉に來未はこくりと頷く。
    「ホッキョクグマも、間近で見ると迫力あって、すごいって」
     ペンギンたちが泳ぐ水中トンネルでは頭上を軽やかに泳ぐ姿が見れる。
     好奇心旺盛なアザラシは円柱水槽を自在に泳ぎ周り愛嬌いっぱい可愛らしい仕草で見学者を迎えてくれるだろう。
     ホッキョクグマの檻では透明なカプセルからひょこりと頭を出して間近でクマを観察できる場所も用意されており、アザラシの気分を味わえる。
     もちろん、他にも寒さに強い動物を中心に見学が可能だ。
     また、今の時期なら冬季限定のイベントである『ペンギンの散歩』も見ることが出来る。お昼頃に行けば、『もぐもぐタイム』と呼ばれる動物たちの食事の様子も見ることが出来るだろうと來未は告げた。
     早くみんなを誘いに行こうと今にも教室を飛び出さん勢いの夢羽に來未は大事なことを付け加える。
    「寒いと思うから、服装は、気を付けて」

     ――冬が大好きな動物たちにあなたも逢いに行きませんか?


    ■リプレイ

    ●開園~正門前
     門をくぐるとホッキョクグマのオブジェが来園者たちを出迎える。
     勇弥の霊犬・加具土と一緒に回れず残念そうなさくらえだったがすぐに名案が浮かんだ。
    「そうだ! 加具土のためにいっぱい動画撮ってあげようよ」
     プロジェクタで大きく写して見せれば喜んでくれるに違いない。
     嬉しそうに話すさくらえに主人の勇弥も楽しそうに笑った。
    「空飛ぶペンギンにタックルしてホッキョクグマに吠えたり大興奮だぞ」
    「それ! それが見たいんじゃないか」
     デジカメを片手に二人は地図を覗き込む。
     ――さぁ、まず何から見ようか?

    ●ぺんぎん館
    「えあんさん、こっちこっち~!」
     エアンの手を引き、百花はまっすぐぺんぎん館へ。
     水中トンネルに入ると百花は嬉しそうに足を止めた。
     2人の頭上では気持ちよさそうにペンギンたちがすいすい泳いでいる。
    「ちょっと得意気に泳いでる感じしない?」
    「確かに歩く姿よりも自由だ」
     ――本当に空を飛んでるみたいね。
     ふわりと微笑む彼女をエアンは後ろからそっと抱きしめた。
    「直哉くん、見て! あのペンギン泳ぐのはやっ!」
     目を丸くしてペンギンを見つめる唄音の隣りで直哉は意外そうな声をあげる。
    「……陸上と違って泳ぐのは早いんだな」
    「ねー、すごいねっ!」
     満面の笑みを浮かべ唄音が直哉の腕にぎゅっと抱きつけば。
     楽しげな彼女の姿に直哉の心もほっこり温かくなった気がした。
     式と愛流は仲良く手を繋いで水中トンネルを歩く。
    「愛流、見て。ペンギンが空を飛んでるよ」
    「すごい……! 式さんの言ったとおりだわ!」
     太陽の光を受けきらきら輝く水の中をペンギンたちは飛ぶように泳いで行った。
     そんなペンギンを見つめる愛流の瞳も輝いていて。
    「楽しいデートになって、良かったよ」
     式は優しく愛流の肩を抱き寄せ静かに口づけを落とす。
    「すごいね、海の中にいるみたい」
     水中トンネルで下からペンギンを見上げるひよりの言葉に紗奈もにこりと頷いた。
    「ね、海の中から空を見たらどうなるかなぁ。一緒になっちゃうかな?」
    「海と空の青が一つになってすっごく綺麗なのかも?」
     ふふと顔を見合わせ笑う二人の横をすい~っとペンギンたちが通り過ぎる。
    「あ、今さなちゃんの隣を泳いで行ったよ」
    「本当!? また来るかな?」
     思わず紗奈はぺたっと水槽に張り付いた。そして、ひよりと一緒にペンギンが再び泳いでくる時を待つ。
     水中トンネルに入ると不意に目の前が明るくなった。
    「……なんじゃこりゃすげェ!」
     昂輝の頭の上ではベンギンたちが右に左にびゅんびゅん泳ぐ。
    「見て! 空飛んでるみたい!」
     ペンギンの水槽に駆け寄る潤子の姿を見たヒオが早速シャッターを切った。
     ゆらゆら揺れる水面に陽の光が反射してすごく綺麗。
    「わぁ、泳ぐのすっごく速い……!」
     あっちこっち泳ぎ回るペンギンを追うのに真琴も必死。天井を見上げ頭上を気持よさそうに泳ぐペンギンたちを見つめている。
     そんな彼女の姿もヒオがパシャりと写真に収めた。
    「そうだ! 皆で水槽前に並んで写真とろーぜ!」
     昂輝の提案には皆大賛成。
     早速水槽の前に集まり、カメラに目線を合わせてはい、チーズ!
    「えへへ、来てよかったですねえ!」
     大切そうにヒオは【吉祥寺6年椿組】の想い出の詰まったカメラをそっと撫でた。
     ぺんぎん館の外には冬季限定でトボガン広場が設置される。
     雪の上を歩くペンギンの姿が観察できる特別な場所だ。
     ナイは雪が積もった坂道をよちよち歩くペンギンの姿をじっと見つめていた。
    「可愛い……」
     戦いしかしらずに生きてきた彼女にとってこれは新しい楽しみ。
     その愛らしい姿を見つめ癒しの時間を満喫する。
     一方、優花と玖は屋外放飼場の透明な柵の前にいた。
    「玖さん、あの子見てくださいっ」
    「ほあっ! 飛び込んだっすね!」
     水中をのびのびと泳ぐペンギンのかっこいい姿に玖はほへ~と感心する。
    「あら? ペンギンさんたちが一箇所に集まっていますね」
    「何かあるっすか~?」
     首を傾げる彼女たちの前に飼育員が現れた。
     そして、もうすぐペンギンのお散歩が始まることを見学者に告げる。
    「お散歩見たいっす!」
    「私たちも行きましょう……!」
     2人は仲良く手を繋ぎ、急いでお散歩が見れる場所へ向うのだった。

    ●ペンギンの散歩(午前の部)
     散歩の開始を待っていた樹と彩歌の目の前で柵が開く。
     柵の前で待機していたペンギンたちが待ってましたとばかりに次々と通路へ飛び出した。
    「やっぱり、みんな性格が全然違うのね」
     のんびりやさんにせっかちさん。好奇心旺盛なコは列から外れて気ままに歩く。
     楽しそうにペンギンを見つめる樹に彩歌はにこりと微笑んだ。
    「見てると何だかほっこりしちゃいますね」
     だが、ペンギンたちはあっという間に行ってしまう。
    「今、追いかければもう一度見れるわよね」
     2人は顔を見合わせると急いでペンギンの後を追いかけた。
     どこから見学しようかと振り返った篠介の視線の先ではペンギンがお散歩の真っ最中。
    「最初に見るべきはこれじゃのう」
     依子と一緒に急いでお散歩コースを先回り。
     待つこと数分、ペンギンたちと同じ目線で散歩を見守れば。
     羽をぱたぱた上下に振りながら歩く愛らしい姿に依子の顔にも笑顔が浮かぶ。
    「一匹連れて帰りたいのう……」
    「残念、ぬいぐるみで我慢しましょう」
     しみじみと呟く篠介に依子は笑いながら答えた。
    「見て! ペンギンさんたち来たよ!」
     目を輝かせてペンギンを見つめる夢羽と並んでしゃがむ紗月の視線もその愛らしい姿に釘付け。
    「何だかもうぎゅっと抱きしめちゃいたいですね……」
     慌てて紗月はカメラを取り出しペンギンたちの姿を写真に残す。
    「ふふっ、可愛いものハンターの血が騒ぎます」
     せめて手の届くものをと恵理は夢羽をぎゅーっとしながら散歩を見守っていた。
    「可愛い……」
     マフラーをしっかりと巻いた來未が小さな声でぽつりと呟く。
    「あら、あなたも気に入りましたか。來未さ……來未」
     柔らかく微笑む恵理の言葉に來未は一瞬目を丸くするもこくりと小さく頷くのだった。
    「これがペンギンさんですか~。初めて見ました」
     目の前をペタペタ歩く姿に「可愛いですね」と心太が目を細める。
    「今歩いてるのはキングペンギンさんですよ。あ、ほら! あの黄色い飾り羽が付いてるのがイワトビペンギンさんです」
     ディートリヒの説明にふむふむと頷く【がれ庭】一同。
     よちよちと雪の上を歩く愛らしいペンギンの姿にゆまのテンションは上がる一方で。
    「何あれ! あんな可愛い生き物いていいの!?」
    「ちょっ、気持ちはわかるが落ち着いて欲しいんだぜ!?」
     なだめる紗羅の手を握りしめ、ゆまは「可愛い!」を連呼しながらぶんぶん振り回した。
    「ちょ、帽子が……! ゆまさん、ストップ!」
     慌てふためく紗羅の前をペンギンたちはマイペースにぽてぽて歩いていく。
    「可愛かったです……ぬいぐるみが欲しくなっちゃいますね!」
     ペンギンを見送った女子が売店の位置を確認すると。
    「雪……滑るかもしれないから」
     ゆまにそっと手を差し出し、夜トは一緒に行こうと声をかけた。
    「ちょっと待ったー! 行かせねーよ!」
     これに素早く反応したのが律。間髪入れずに夜トの後を追いかけようとするも。
    「おーっと、邪魔してるとお馬に蹴られるよ? 神堂くん」
     素早く背後に回った舜が膝かっくん。
    「のわっ! 何す……」
    「さー、神堂くんは俺と手を繋いで行こうか!」
     売店へ向かう夜トたちの背に向かって必死に律は叫ぶ。
    「しんちゃん! 俺の代わりに後を……!」
    「はい! 3人が無事戻れるように頑張ります!」
     果たして律の願いは正しく心太に伝わったのか。
     ともあれ、心太は4人を追いかけ雪道を勢いよく駆けて行った。

    ●こども牧場
     ペンギン散歩が行われている頃【武蔵坂殲術治療院】の3人はこども牧場へやってきた。
     飼育員から説明を受けそれぞれウサギを受け取り、優しくその背を撫でる。
     膝に乗ったウサギのぬくもりにレクシィは蕩けるような笑顔を浮かべた。
    「こんなにかわいい生物を自由にモフっていいなんて……っ」
     予想通りデレるレクシィを見ることができた明海も至福の時間を堪能する。
    「二人ともこっち向けー」
     カメラを構えた城治が笑いながらシャッターを切った。
     来れなかった皆への良い土産話になるなと確信して――。

    ●あざらし館
     マリンウェイと呼ばれる円柱型の通路を何度も通り抜けアザラシたちは自由に大水槽を泳ぎ回る。
    「コイツら寒くねぇんだろうか……」
     水の中を気持ちよさそうに泳ぐアザラシを見つめ葉はぽつりと呟いた。
    「そっか、脂肪がついてるから平気なんだっけ?」
    「ちょっと、なんですかその眼は!?」
     ぷぅっと頬を膨らませて抗議する千波耶の前をつぶらな瞳のアザラシがすいっと通り抜ける。
    「……アイツ、今お前のこと見て笑ったぞ」
    「違うわよ、笑われてたのは絶対に葉くんよ!」
     顔を見合わせ笑う二人を見にアザラシたちが幾度も通り抜けて行った。
    「ねえねえ、見て~アザラシだ~」
     大水槽にかけよる悠矢を先頭に【月影方程式】の面々も水槽へと走っていく。
    「わぁ、アザラシさん可愛いです~」
     マリンウェイにぺったりと張り付いた満希が上下に泳ぐアザラシを見つめれば。
    「ね、ホント可愛い! こんなに近くで見たのはじめてー」
     和奏は大水槽で泳ぐアザラシに興味津々。
    「あ!」
     と、和奏の目の前でアザラシが大水槽のガラスにぶつかった。
     そのブサ可愛い顔を目撃した悠矢は堪え切れずに「ブハっ」と噴出す。
    「これがアザラシさん? 動きがすっごく可愛い、の」
     ぴょこぴょこっとアザラシの動きを真似る弥々子に今度は歌菜が噴出した。
    「似てる似てる。やっぱり普段から動きが小動物っぽいからかしら」
     お茶目なアザラシたちと仲間の姿を綾音は写真に収めていく。
    「それにしても可愛いなぁ。一家に一匹欲しいよう」
     何気ない綾音の呟きに皆が一斉に反応した。
    「あたしもずっと見てたいなぁ。学園で飼ったりしないかな」
    「さすがに学園じゃ飼えないんじゃ……」
    「満希、毎日会いに行きたいです……!」
    「弥々子も、毎日会いに行きたくなっちゃう、の」
    「いいね~。毎日が楽しくなりそうだよねぇ」
     なんとなく皆と話していると実現できそうな気がするのが不思議。
     そんな想い出もすべて残そうとアザラシたちと一緒に記念の一枚を。
     カシャっとシャッターの音が水槽の前で響いた。

    ●売店
     あざらし館の隣には売店がある。
     アザラシたちのもぐもぐタイムを見終えた【三鷹北3-4】の面々も店へとやってきた。目的は今回来れなかった級友たちへのお土産選びだ。
    「アザラシはころころしてて可愛らしかったなぁ。ほんま和みましたわ」
     思わずアザラシのぬいぐるみを手にとり伊織は数分前の出来事を思い出す。
     脳裏に浮かぶのは餌を貰うために必死に氷に上ろうと頑張るアザラシの姿。
     何度もめげずにチャレンジする必死さも可愛かったが、力尽きてずるずると滑り落ちていく姿もまた愛らしかった。
    「おみやげって何がいいんだろうなー? やっぱりお菓子か?」
     皆と被らないように夏海は友人たちが選んだものを覗き込む。
    「え、句行、ホントにそれ買うのか……?」
     文音が手にしているTシャツを見て夏海は絶句するが文音自身はけろりと言い放った。
    「センスや流行とかを私に期待されても困るからな」
     一方、定番のキーホルダーにしようと思っていた秋夜だったが、ずらりと並ぶその数は予想を超えている。
    「目移りして選べねぇぜ……まったくよぉ」
     同じく流人もアザラシストラップか手堅くお菓子かと悩んでいた。しかし。
    「両方購入すれば済む話だな」
     これにて一件落着。
    「ヒャッハー! 畜生どもが飯を喰ってるのを見たら腹減ったなぁ。俺たちも飯にしようぜぇー!」
     店を出るとゴンザレスが用意したおにぎりを級友たちへと差し出した。すぐさま文音が手を伸ばす。
    「……中身の具は世紀末では無いだろうな?」
     お土産の袋を抱えた新羅が確認すると中身はいたって普通のもので一安心。
     皆でお昼ご飯を食べながら次は何を見ようかと地図を覗きこんだ。
     ――卒業前の想い出作りはまだ終わらない。

    ●ホッキョクギツネ舎
     冬のホッキョクギツネが観察できるのは2年ぶり。
     張り切るレイラに手を引かれ優陽は檻の前へとやってきた。
    「ホッキョクギツネは寒さに強くて-70°の世界でも少し寒がる程度らしいですよ」
     楽しそうに語るレイラに優陽はふむふむと相槌をうつ。
    「まっしろでふかふかね。まるでぬいぐるみみたい」
    「夏になれば毛色が変わりますよ」
    「わぁ、夏にも来てみたいね」
     また来ようねと二人笑顔で小指を絡ませた。
    「あれ? 真っ白キツネさんどこ……?」
     大きなペンギンのぬいぐるみを抱えた奏恵が檻の前で首を傾げる。
    「あ、いましたよ!」
     ラツェイルが示す先に視線を向けると真っ白なホッキョクギツネがゆっくりと雪の上を歩いていた。
    「雪と同化しちゃっててわかんなかった~」
    「仕方ないですよ。本当に真っ白なんですから」
     ラツェくんすごいね、と奏恵は尊敬の眼差しを向ける。
     もふもふなキツネは触ってみたい衝動に駆られるが、ここはぐっと我慢。
    「さて、次の場所へ行きましょうか」
     ラツェイルが差し出した手を奏恵はぎゅっと握り、2人仲良く歩き出した。

    ●ほっきょくぐま館
     ザッパーンと大きな水しぶきをあげクマがプールにダイブする。
    「すっげーーっ!」
     小さな身体をぴょこぴょこ動かしレンはクマの一挙一動に歓声をあげた。
     その隣で霞は水中を泳ぐクマを飽きることなく見つめている。
    「……」
     ベタっとプールのガラスについたクマの左前足と自分の右手を重ねた。
    「……なるほど」
     思った以上に大きいクマの前足に密かに感心する。
     プールのガラスに張り付いたアッシュはクマを見て大はしゃぎ。
    「ホッキョクグマはうっかり遭遇しちゃったらとにかく逃げるしかないのかな……?」
     何しろ相手は陸上最大の肉食動物だ。
     首を傾げるアッシュに登が以前聞いた知識を披露する。
    「逃げる時は早足でクマから目を逸らさないようにして逃げるのがいいらしいよ」
    「ええー! 逃げるなんて勿体ないですよ!」
     ふむふむと頷くアッシュに白虎が不満そうな声をあげた。
    「だって、勝てば地上最強の称号が手に入るんですよ!?」
     クマに勝つための算段を語る白虎の話を聞いていると勝てそうな気……はしない。
     ザブンと勢い良くプールに飛び込んだクマは楽しそうにバシャバシャ泳ぎだした。
    「おースゲ。やっぱ迫力が違うわ」
     感心するアヅマと一緒にクマの泳ぐ姿を観察していた夕月が彼の名を囁く。
    「クマさんの目、くりっとしてて可愛いよね」 
    「つぶらな瞳やね……ってか、こっち見てね?」
    「え!? 気づいてるのかな……?」
     楽しいクマさん観察タイムはまだ終わらないようだ。
     プールから陸地へ上がったクマがブルブルと身体の水を吹き飛ばす。
    「クマスゲー! ホントに白ーい!」
     クマを見つけるや否や俊輔はダッと駆け出した。
    「おっきーよね、白くておっきー」
     そうっとプールへと近づいて行った海砂斗の目の前でバシャンと大きな水しぶきがあがる。再びクマが勢いよく水の中へと飛び込んだのだ。
    「わっ」
     びくりと一歩後ろに下がった海砂斗は思わずスケッチブックで顔を隠す。
    「怖いイメージもあるし、近くで見るととっても迫力あるよね」
     対照的にシオンはじっとクマを見つめていた。目の前で悠々と泳ぐクマたちはよく見るとちょっと可愛いかもしれない。
     真っ白な毛が水中でふわりと広がりクマたちはばしゃばしゃと楽しそうに泳ぎ回る。
    「ホッキョググマって、野生だとアザラシとか食べちゃうんだっけ……」
    「え、そうなの!?」
     灯倭の言葉に衝撃を受ける小学生たち。
    「ま、陸上最大の肉食動物だからな」
     空の言葉に皐も頷いた。
    「……と言っても、ここにいるクマたちはのんびりしてる印象も受けますけどね」
     ぷかぷかと水に浮きながらおもちゃとして貰ったポリタンクにじゃれつく姿は愛らしい。 見ているだけで雪斗の心もほっこりする。
    「やはり動物には人の心を和ませる不思議な魅力があるね」
     しみじみ呟く時継の後ろで天音が小学生トリオを呼んだ。
    「『シールズアイ』だって。見てみない?」
     『シールズアイ』とはアザラシの目線でホッキョクグマを間近で観察できる透明なカプセル窓だ。
     行ってみよう、と早速みんなでカプセルの列へと並ぶ。
    「海砂斗たちはこっち。子供用に並んで」
     順番にカプセルに入った小学生トリオはさっきのプールよりも近くで見るクマに大興奮。
     一方、大人用カプセルから天音もドキドキしながら顔を出した。
    「わっ!?」
     不意に目の前にぬぅっと現れたクマに驚き反射的に頭を引込め身を隠す。
    「アザラシってこんな気分なのかなぁ」
     カプセルに入ってアザラシ気分を体験した灯倭の台詞に皆こくこくと頷くのだった。
    「ハイハイ。そんな急がなくなってクマは逃げないぜ」
     千李に袖を引っ張られ、蓮も『シールズアイ』の列へ並ぶ。
    「おぉー」
     ひょこっと透明カプセルから顔を出した千李の横をクマが通っていった。
     と、突然千李はESPで黒猫に変身し、ドヤ顔でクマを挑発。すると突然クマがどすどすとカプセルへと近づき、ぐわっと牙を剥く。
    「にゃー!?」
     慌てて逃げ出す猫千李を蓮はケラケラ笑いながら眺めていた。

    ●ほっきょくぐま館(もぐもぐタイム)
     飼育員が投げた餌のホッケが【悠々楽々】の4人の目の前でパシャンと落ちる。
     すると、クマが餌めがけてプールに勢いよくダイブ!
     目の前であがる大量の白い水しぶきと同時に見学者たちから拍手が起きた。
    「いやぁ、すげェ迫力だな……思ったよりも良く動くしよ」
     想像以上に泳ぎが速い。唸る充にモーガンも何度も頷く。
    「あの巨体にあの俊敏性……かなりの強敵になりそうだな」
     間違いなく奴は捕食者の側の生き物だ。
    「……男の子ってクマを見ると戦いたくなるものなのかしら?」
     遊灯と里緒は顔を見合わせ首を傾げた。
     くりっとした小さな目も、ぷにっとしてそうな肉球も可愛いのに。
    「あ、でもかわいいクマさんの姿はいっぱい写真に撮ってますのでご安心を!」
     素早い動きもばっちりおさめたスマホを掲げ、里緒は得意気に言う。
     お土産と一緒にクラブのみんなにも見せてあげよう。
     ――きっと皆喜んでくれるはず。

    ●もうじゅう館
     もうじゅう館にはアムールトラやライオン、ヒグマなどが展示されている。
     しかし、本日このもうじゅう館の中で一番の人気を集めたのはユキヒョウだった。
     お目当てのユキヒョウの姿を前に皐月は大興奮。
    「すごいな! 可愛いな! かっこいいな!」
     大喜びの皐月を見ると彩華も連れてきてあげて良かったと思う。
    「彩華! 肉球見えるぞ!」
     せり出した檻はユキヒョウのお気に入りポイント。
     ごろりと寝そべったユキヒョウの肉球も見える。
    「いいなー、いいなー! 飼いたいな!」
    「さすがに、飼えない……かな」
     彩華の呟きは興奮している皐月に届くことはなかった。
    「カッコイイもふもふだ……!」
     初めて見たユキヒョウに里桜は感動を隠せない。
     もふもふの誘惑に駆られている里桜の姿に勇騎はくすりと笑みを零した。
    「もふもふ言い過ぎだろ」
     だって……と顔を赤く染めて照れる里桜もまた可愛いらしい。
    「勇騎、もっと近くで見てみないか?」
     早く! と里桜に袖を引っ張られ、勇騎も穏やかな笑みを浮かべついて行く。
     凛とした佇まいを見せるユキヒョウに紋次郎も心奪われた。
     あの黒い肉球を触ることが出来たらさぞや心癒されることだろう。
    「……また暖かくなったら来よう」
     もう一度、違う季節の姿にも会いに来ようと心に決める。
    「いたいた!」
     ユキヒョウを見つけた信彦はぱっと駆け出すと檻の前で足を止めた。
    「やっぱふわふわだな……!」
     白い腹毛に淡い金色のようにも見えるヒョウ柄の毛並がとても美しい。無意識のうちに溜息が漏れる。
    「へぇ、ユキヒョウなぁ……お、肉球も見えんじゃん」
     せり出した檻の下から見上げた奏は信彦に反応を求めるが生返事しか返ってこない。
    「……ふーんだ」
     恋人の心を奪ったユキヒョウにちょっぴりジェラシーを感じずにはいられない奏だった。

    ●シロフクロウ舎の傍
     その檻の中にはシロフクロウがいるはずだった。
    「あら……?」
     優歌がじっと目を凝らしていると、雪の塊がくるりと振り返る。
     まるで生きた雪だるまのような可愛い姿に自然と笑顔が浮かんだ。
    「熱帯に住む動物たちもこの寒い季節をがんばって過ごしているのですねぇ」
     屋内で元気に暮らす動物たちを見た流希は手元の地図に視線を落とす。
    「さて、次はどこへ行きましょうか。ここから近いのは……」

    ●おおかみの森
     のんびり狼を眺めるアーネストの前では若い狼が2匹じゃれ合っていた。
     大自然の中で元気に走り回る彼らがみたいが、のびのびと走り回る姿を見れば心がほっこりとする。
     ここ、おおかみの森にも『ヘアーズアイ』というドーム型の観察スペースがある。
     ここは野ウサギの視点で狼たちを観察できるという人気スポットの1つだった。
    「ここです、刹那さん」
     ミヤコと刹那は『ヘアーズアイ』へ入ると顔を出してドームから狼たちを観察する。
     二人の視線の先には仲良く寄り添う2匹の狼が見えた。
    「狼は群れをとても大切にするそうです」
     ミヤコは刹那に身体を預け、そっと囁く。
    「私も刹那さんのこと、大切にしますね」
    「ありがとうございます。私も……」
     刹那は返事の代わりにそっとミヤコに口づけた。
     ひょこっと『ヘアーズアイ』から顔をだしたマリーは「すごい」と感嘆の声をあげる。
     珍しくはしゃぐ彼女の一面を見て弦路の口元にも笑みが浮かんだ。
    「なあ、あいつ、よく見ると君に似ているな」
     唐突なマリーの呟きに弦路は思わず目を見開く。
     マリーが指差した狼は優しい眼差しでじっと2人を見つめていた。
    「……そんなことは、ないだろう」
     ふいと顔を逸らす彼の頬がほんのりと赤いのはマリーの気のせいではないはずだ。
    「狼めんこい、めんこいー♪」
     こっち来い! と念じるチモシーの想いが通じたのかゆっくりと狼が近寄ってくる。
     せっかくの機会だと、みゆも檻の近くへ行けば。
    (「よく見るとやはり犬よりも鋭い顔つきをしているんだな」)
    「ハッ……もふもふですね……!」
     ふらふらと吸い寄せられるようにリオンも檻へと近付いていった。……しかし。
    「モフモフ出来そうなほど近くにいますのに……!」
     展示動物へのお触りは厳禁。しょぼんと狛は柵を握り締め泣き崩れる。
    「わぁ……」
     雪の積もった丘をタッと駆け上がる狼の俊敏な動きに遥斗は目を奪われた。
    「狼って初めて見たけど、かっこいいですよね」
    「良いな、僕もあんな風になりたい……」
     真剣な表情で狼を見つめる司はポツリと呟く。
    「あれぇ? 司さんも狼になりたいの?」
     かっこいいよね♪ と同意してくれたのはフゲだけで。
    「はぁ……司さんがまた寝ぼけたことを……」
     溜息をつく遥斗に紗織とシスティナが同時に喰いついた。
    「ひ、柊!? こんなところで寝たら大変よ!」
    「ダメだよ、司! 冬の北海道で寝たら死ぬよ!」
     システィナにがくがくと肩を揺さぶられながら司は必至に声をあげる。
    「何ですか!? 寝てません、寝てませんってばーっ!」
    「あの、私考えたんですけど……柊さんはそのままがいいと思うんですよ!」
     真剣な眼差しでリオンが訴えれば、じっと狼を観察していたみゆも背後で交わされる会話に堪え切れず噴き出した。
    「よかったな、柊。無理しなくて良いと言ってもらえて」
     楽しそうな仲間たちは見ているだけで自分も楽しい気分になれる。
    「せっかくですし、狼さんと一緒に記念撮影はいかがでしょう?」
    「いいねー、なんだかホント修学旅行みたい」
     狛の提案は全員一致で可決。
     さっそく放飼場の狼を背に記念の一枚を。
     カシャッとシャッターを切る音がおおかみの森に響いた。

    ●ペンギンの散歩(午後の部)
     放飼場の柵が開くと同時にペンギンたちがぴょんぴょんと飛び出す。
    「か、可愛い……っ」
     雪の上をよちよち歩くペンギンの姿に魅せられた狭霧の頬は緩みっぱなし。
     気ままに散歩を楽しむ姿を見守るみをきもこくりと頷いた。
    「ふむ。否定はしない……」
     しかし、ペンギンたちはなぜか突然ピタリと足を止める。きょろきょろとざわつく見学者たちを見るだけで歩く気配はない。
    「え、トラブル……?」
     心配そうに狭霧とみをきが顔を見合わせた。
     苦笑交じりに飼育員が再び柵を開けると気が変わった2羽のペンギンが放飼場へと帰って行く。その姿に思わず壱も苦笑い。
    「なんだ、気まぐれだなぁ」
     先頭のペンギンが歩きだすと後ろに続くペンギンたちもそれに倣って歩き出した。
    「完全に人間が見世物だな」
     眉間に皺を寄せている友人の言葉に壱は思わずぷっと噴出す。
    「もしかして俺達を見るのが向こうも楽しいのかもね」
     ひらひらと手を振る壱に応えるかのようにぺんぎんもぱたぱたと羽を振った。
    「ぺんぎんさん、なかなか来ないですー」
     まだかな、と待つ月夜の目にぺたぺたと歩くペンギンの姿が目に入る。
    「わぁ、ぺんぎんさん可愛いですねっ!?」
     きらきらと瞳を輝かせてはしゃぐ月夜にアレクセイは頷いた。しかし、アレクセイには無邪気にはしゃぐ月夜の方が可愛く見えた。
     しゃがんだ二人の前をペンギンたちがのんびりと歩いていく。
    「にゅ、行ってしまうのですー」
    「ダメですよ、付いて行ったら」
     名残惜しそうにペンギンを見送る月夜をアレクセイはそっと後ろから抱きしめた。
    「夢羽さんもペンギンの散歩見る?」
    「うん、さっきも見たけど、ユメもういちど見たいの!」
     メイテノーゼに見やすい位置へと連れて行ってもらい、夢羽は再びペンギンたちが来るのを待つ。
    「わーい、来た!」
     わぁっと歓声があがると同時に宗佑の眼に白い雪道を歩くペンギンたちの姿が飛び込んできた。
    「あっ、来……わ、多い! 10羽以上いる!」
    「え? 見えまし……ひゃぁぁ来ました!」
     手を伸ばせば届く距離にいるペンギンに日和はとろけるような笑顔を向ける。
    「わぁぁ近っ! 可愛い……っ」
     そんな彼女の横顔も宗佑はばっちりムービーに収めた。
    「日和さん、ペンギンたちと一緒にお散歩しましょう」
    「うんっ」
     2人ぎゅっと手を繋ぎペンギンの後を歩いて行く。

    ●おおかみの森~閉園
     楽しい時間はそろそろ終わりに近づいていた。
    「狼さんの遠吠え見れるかな……?」
     心配そうに亮を見上げる悠祈の頭をそっと撫でる。
    「閉園のアナウンスの時によく聞けるって言ってたよ」
     亮が時計を確認したところでちょうど閉園を告げるアナウンスが流れ始めた。
    「アオーーン……」
     放飼場に集まった狼たちが一斉に空を仰ぎ遠吠えを始める。
    「すごい……!」
    「かっこいい……けどっ」
     狼たちの迫力にびくっと肩を震わせる悠祈の手をぎゅっと亮は握り締め、狼たちを見つめていた。

     動物たちに見送られ来園者たちは帰路に着く。

     夏も、冬も。いつでもこの場所で皆に会えるのを待ってるから。
     ――だから、きっとまた逢いに来てね。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月3日
    難度:簡単
    参加:108人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 20/キャラが大事にされていた 9
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