ヱンジェヰル~Fifth Heaven

    作者:那珂川未来

    ●教室
     ジェイル・マッケイガンから、デートの誘いが来たと仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)が言った。もちろんこの間、一般人を殺していないとある程度解析でも裏がとれていることから、信用していいと思われる。
    「平等に、だって。自分が知っている人、愛している人であっても。電話番号をくれた八人の誰かだけじゃなく、出会った人も含めて。だからこっちに直接電話してきたらしい」
     今まさに繋がる運命を試したい……のだろうか。
    「そういうわけで、バベルの鎖もなにもありはしないよ。只いつも通り正々堂々と立ち向かってほしいんだ」
     ただ砂浜が広がる、なにも無い場所。明りは気にしなくてもい、ジェイルが炎をまいて明るいフィールドを作ってくれるから。
     言うなれば、そこは炎の監獄。第五の楽園。
     君を閉じ込めて永遠にいたぶる世界の具現化。
     愛したい、キスしたい、知っている人は知っていると思うけれど、男女関係なく愛せるこの男。人によっては相当気色悪いと感じることを言ってくるので、苦手な人は回れ右、である。
    「それでも、純粋に戦いたいというこっちの望みを叶えてくれたジェイルは、六六六人衆の中では本当に変わり者っていうか……」
     一般人の被害を予測することなく、ただ今までの様に満足させるか、灼滅できれば、誰も死ぬことのないまま六六六人衆の事件を解決できる。
    「もちろん、戦い方に甘さがあったりすると、容赦なく誰かを殺す……」
     それは、前回約束した通りだ。満足させられずに負ける様なことがあれば、誰かを殺す、間違いなく。
     此処にいる以上、覚悟はいいねと、沙汰は改めて確認して。
    「皆無事に帰ってくることを祈ってるから」


    ●浜辺
    『なァ、幽霊君よ。来るといいな』
     愛故に殺して、自分の記憶の中に永遠に。邪悪な炎の監獄に、その瞬間を閉じ込める。
     消えた、元人格。
     死ねば自分も消える。
     天国なんてない。
     ましてや、地獄さえも。
     死にゆく先は無のみだ。
     愛されるのも愛するのも、記憶を紡ぐのも、生きている者の特権。
     だから頭の中に自分だけの天国を作って、大事なものだけ殺して閉じ込め続ける。
     自分は生き続けてずっと愛に埋もれていたい。
     無関心の果てに闇堕ちした、――そう、ジェイルが『幽霊君』と呼ぶ、彼の元人格が求めてやまなかった、自分に向けられる感心。そして見つからなかった存在意義。それら全てを手に入れるため。
    『早く愛し――っ!?』
     ひらめく13枚の刃。一つが頬をかすったものの、大事ではない。
    『おかしいな。今ので確実に胸を貫ける予定だったんだけど……』
     音も気配もなく、砂浜に立つ男。白く、黒く、そして感情の一切が欠如した氷の様な冷たい瞳を持つ少年。
     バベルの鎖がギリギリ働いちゃったかと呟く、しかし別段悔しがっているようにも見えない六六六人衆。
     ジェイルは傷よりも、散々刺さりこんでいる大事な左耳のピアスの一つを、指で確認して。
    (『……オイなんだこの展開。これから始まる甘く濃厚な砂浜でのラブシーン(という名の戦い)を邪魔しやがる馬鹿鴉とか、三流ラブコメやらありがちな悲恋ドラマじねーんだぞ……』)
     ジェイルの殺気満々の据わり切った視線など涼しい顔で。六六六人衆ラーベ・ブルーメは刃の羽根に付いた血を払い、
    『闇堕ちゲームしたんでしょ? なんで序列上がってないわけ? 実力はあるように思えるけど?』
    『そもそも闇堕ちゲームなんてした覚えがねぇな。あんな格下の奴ら堕として序列を上げたところで技術が上がるわけもねぇ』
    『ふーん? ま、どんな意図があったのかなんてどうでもいいや。君の序列貰いに来ただけだし』
     羽根の刃を広げて、間合いを詰めようと地を蹴ったが。異変に気がついて、すぐに距離を取り直す。
     脳裏に映る、こちらへ向かう灼滅者の影。序列上げるチャンスを邪魔されるかもしれないことに、珍しくラーベは眉寄せ。
     不思議がる漆黒の鴉へ、炎天使は酷薄な笑みを零した。
    『今から来るの、俺の愛玩動物(ペット)どもだ』
    『……愛玩動物?』
    『ちょうかわいいぞ。なんせ俺が伏せと言えば伏せるしよ。撃たれてボロボロになってもそれがいいっていうんだからなァ。つまり、死ぬのはどっちだと思う? まぁそれでもお前が仕掛けるっていうんなら止めはしねぇが?』
     悠然と構えているジェイルを、しばしラーベは見つめていたけれど。音もなく闇へと消えた。
     探るように、ジェイルは意識を広げ。灼滅者の方にも向かっていないか気を掛けて。
    (『大人しく帰ってりゃいいが……ま、俺が勝てば無問題ってな』)
     真剣に戦って、もしかしたら負けるかもしれない。ラーベはそんな相手。
     灼滅されるならまだしも、殺されて奪われるなど絶対にならない。
     自分の最後の記憶が、愛も関心もない奴などそれこそ屈辱である。
    『さぁて、愛しい灼滅者諸君。正々堂々、正義の味方らしい全力の愛を見せてもらおうか』
     だから、闇堕ちなんてしてみろ。それこそ約束を破った罰で、とっとと愛し抜いて消えてやる。そもそもダークネス相手の約束などしていないのだから。
     やってくる灼滅者へ、ジェイルは笑み零し。
    『愛し合おうぜ?』

    ●学園
     沙汰は、サイキックアブソーバーの前で叫んだ。そしてすぐにそこを出るなりレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)に電話をかけて。
    「警戒に回す人数、できる限り集めろ」
     用件もそこそこ、空き教室に知っている灼滅者を一人でもいいから連れて来てと沙汰は告げ、走る。


    参加者
    芹澤・朱祢(白狐・d01004)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)
    柴・観月(サイレントノイズ・d12748)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)

    ■リプレイ


     銀色瞬く闇の下、神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)はしばし佇む姿を見上げて。
    「会う迄に潰されていないよう願う程、会ってみたいと思っていました」
     初めましてと、柚羽は静かに会釈。
    「あ。えっと、初めましての身で、申し訳無いけど……殺させて貰いに来ました、殺人鬼さん」
    「全力で存分に『相死合う』と致しましょうか。なんちゃって」
     淡々と名乗る柴・観月(サイレントノイズ・d12748)。殺人鬼相手に名乗る必要性を感じていないけれど、ただ相手が正々堂々の真似事をするならば、それに倣うだけの。
     そして流れに乗っかる高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)は、対象的に元気と殺る気いっぱい。
    『そりゃ光栄』
     ジェイルはナイフをひらひらさせながら、卑猥な笑みを零すと、火炎を辺りに撒き散らして、空間を閉鎖する。
    「その傷どうした。いつぞやみたく序列争いでもしてたか」
     照らされ、ふと見えた傷。訝しげな視線を送る夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)。冗談めかして言う、そんな傷でも気になったことを隠す様に。
    『こいつで俺にキスして噛みついておいてなに言いやがる』
     左耳に刺さりこんでいる角のピアスに触れながら冗談言って、単純にこの尖端が当たっただけだと笑う。
    「……彼奴等血潮、彼奴等の死は我等のもの。我等西院鬼が……俺が、殺す」
     今迄は、溢れ出る狂気の濁流に飲まれがちな西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)であったが、兄ベリザリオより貰った紫苑の護符に正気を留め。
    『ははっ、愛を感じるな』
     清いまでの自分への殺意と、そして理由分からずとも織久の目に見えた変化と、二つの意味を込めて、ジェイル言った。
     そんな相変わらずの相手と、再び見える願いがようやく叶った芹澤・朱祢(白狐・d01004)は、あの時から一年にも届きそうな月日の中、募った感情をどう表してやろうか息巻いたけど。いざ面と向かう運命を手にした瞬間、逆に言葉にならない焦燥もあって。けれどひとまず殴りたい思いだけはしかと抱え。
    「戻ったことは夜鷹から聞いてたろ。灼滅者として、お前の誘い、受けに来てやったぜ?」
     いつものへらりとした笑みも薄く、ただ真っ直ぐと瞳合わせれば。相変わらず帰ってくるのは人を食った様な顔。
    『それに関して言ってやりたいことはこっちも多々あってだな。朱祢、なんで俺じゃなく父親なんか愛しに行きやがった』
     そこは先に俺とだろうなんて背筋怖気立つような言い回し、平常運転。闇堕ち後の行動にまで難癖付けられても困る。
    「相変わらずだな……」
    「御託はいいから早く始めましょうや」
     これから命掛けるって時にと、呆れた様に溜息つく刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)。開始早々のしょうもない相手のテンポを、奏はぶった切って。
    (「こいつ、しこたまの愛をこめてぶん殴ったら灼滅者になったりしねえかな。いや、マジで」)
     狩家・利戈(無領無民の王・d15666)にとっては、結構好きな部類の馬鹿らしい。これで終わりというのも寂しい気持があるのだろうか。
    「俺なりに愛を示すために拳で挑むぜ」
    「あなたが知らぬ場で他の誰かに殺されたりする位なら、ここで縁を結びきって――潰させてください」
     ぐっと拳握りしめ構える利戈。ふわり、柚羽は手毬と戯れるかのような軽やかさで、迫る。
     刹那。
    『最後の最後まで楽しめる様な潰し愛期待していいんだよなァ!?』
     始まるなり露わにする狂気。ジェイルのナイフが柚羽へと閃いた。
     鮮血、弧を描き月に重なる。
     即座に霊犬・サフィアが除霊眼、朱祢がワイドガードを展開させて。
     淡く煌めく障壁纏い、まず仕掛けるのは織久。治胡から届いた癒しの矢の力を頼りに、渡里のティアーズリッパーを交わした瞬間を狙って。
     突き出す矛先、初回は抜けられる。しかし、どこかしら危さが見える為、当たらぬ気配が無きにしも非ず。スナイパーとして身を置く中でも、更に命中率に気を使う観月の攻撃は、かなりの確率でジェイルを捉えるほどの精密さを叩きだしていた。
     炎の翼が広がって、前衛陣を薙ぐ。
     柚羽の炎、サフィアが庇い受け。奏がすぐに癒しの力広げ。
    「勘違いすんなよ! 自分がこうして回復に徹してんのは手を抜いてる訳でなく少しでも長くアンタを愛せるようにする為であって隙さえありゃお前の首を獲れないか狙ってんだかんな覚悟しろよコラ!」
     一息で言い切る気合いの入りよう。ジェイルは楽しげに笑いながら、
    『俺も奏に手をださねぇのは決して愛が無いわけじゃなく単純に回復なんてする必要ねぇように目の前綺麗にするのに勤しんでるだけだから期待して波で体洗いつつ待ってろや』
    「相変わらずふざけた事を……我等西院鬼が……俺が、殺す。序列争い等にくれてやるものか」
     渡里の斬撃をかわす瞬間見定めて。織久は肌を舐めてゆくように広がる炎もそのままに、漆黒の斬撃にて血を浮かせ。
    「お前が愛だとか何だとかごちゃごちゃ言うから、俺が目一杯否定してきたもんが揺らいでんの」
     腹立ってんだと並々ならぬ思いを込めて殴りつけてくる朱祢を、楽しそうに見つめながら、
    『揺らいでるっていうより、仕舞い込んでいたモンが、明るみになっただけなんじゃねーの?』
     ジェイルの予測が合っていたのかどうかは朱祢のみぞ知るだが。
     ただ、他人に影響されるとか、らしくもないと朱祢は思う。しかし一度堕ちた所為で、感覚が近くなってしまったのか――わかってしまう部分があるのだ。
     ジェイルの言う、愛が。
    『ははっ。可愛いじゃーの。そんなに俺が欲しいなら、焼印でも押してやろうか!』
     炎弾をぶち込むついでにネジマキピアスの一つをくれてやる様に。朱祢の胸に深々と突き刺す。
     捻じ込まれた尖端、炎症。痛いというより、何か、苛々して。
    『強くなってんなァ、お前ら。最後にまともにやり合ったの、夏だったもんな』
     怨念と狂気に塗れた殺意。怖れなく切りこんでくる相変わらずの織久の意気込みに、感心したように。黒死の斬撃は嘲笑う様にかわし、呑気に笑いながらナイフを利戈へと突き刺すジェイルを、治胡は苛立つような目で見ていた。
     言葉に表すなら、いくらか。ほんの少し回避率が落ちている。前回のように三割もおちているわけじゃない。
     だが、それが治胡には納得できない。全開であるとは言い難いから。
     しかしそれでも相手は強敵そのもの。いくらか落ちた程度で倒せる相手なら、最後まで立つ気構えなんて必要ない。手なんて抜いていられない。
     未だ砕けていないエンチャント。繰り出す術式系ブレイクは、矢の補正ない利戈はもちろん。矢を一つ受けた柚羽でも厳しく。破壊効果も一つではいまいちと、観月も危機感募らせもう一度鬼神変を重ね。
     舌打ちして、渡里は霊犬の名を呼ぶ。
     中盤まで出し惜しみしている場合ではない。庇い続けてサフィアも危険。一か八かの一撃ならば、使える時に使わなければ機を逃す。特に零距離格闘は命中率もいいうえ、ブレイク能力もあるため勿体無い。
     サフィアを正面からけしかけて。渡里は仕込んでいたガンナイフを手に。
    「ジェイルの中のお前、本当に関心と存在意義を手に入れたいなら、今、俺達を手伝え!」
     サフィアの攻撃をかわしたジェイルへと、刃したたかにめり込ませ。やっと、硝子が砕ける様に飛散するエンチャントの一部。できる事ならば可能性に賭けたい渡里も、必死の思いを込めたけれど。
     やはり元人格はすでにいない。特別な変化は一つもない。
    『声が届いたら……ホントいいよなぁ。望む言葉を送ってくれるかどうかは別として』
     耳元でジェイルが囁いた。
     渡里が飛びのいた瞬間、毒に晒されサフィアが消滅する。次いで、渡里へ打ち込まれたのは炎の弾丸。
    「力落ちてる自覚も無くヘラヘラと、約束律儀に守って殺人もせず、言われた通りのこのこ出てきやがって……馬鹿はどっちだ。殺されたいのか?」
     頭の中では殺すことが正しいとわかっている。殺さなくちゃならない。迷いながらも自身へ矢を放つ治胡。
     ジェイルはいぶかしげに眉寄せ、
    『なぁ治胡。お前は俺を超えたいって言ったよな? 超えれるかどうかは別として、これの何がいけない。俺は、お前の望みを叶えてやったつもりなのに、どうして喜ばない? 能力落ちた? そりゃそーだ、野球だろうが剣術だろうが、二ヶ月我慢しりゃ多少は鈍るだろうが。それと同じだろ、きっと』
     少なからず、衝撃を受けたに違いない。全てが天秤の様に釣り合わない現実に。
    (「……俺達のしてきたことがオマエを縛ってるとしたら。オマエにとって俺達との出会いは良かったのか」)
     超えたいがゆえに求める偶像は、当然幸せだと言うだろうが――納得できる所はきっと遠い。
    「おいジェイル、もういいだろ。テメエ、六六六人衆なんざやめちまえ。俺の拳(愛)を受けて灼滅者になっちまえよ」
     そんな愛よりももっとすげぇ愛があるぜと、連撃に乗りながら拳を打ち出す利戈。
    「そんで、そんでよ……なにはばかることのないダチになろうぜ」
    『利戈。ベッドの上で愛を交わし合う間柄になっているっていうのに、何故関係を格下げしなくちゃなんねーんだよ』
     するりとかわすジェイル曰く、今が理想の恋愛関係。ナイフの尖端突きつけて、利戈との理想の関係崩れる前に穿つ。
     先に庇ったダメージもかさみ、崩れる利戈。治胡は素早く前線へと移動を終えると、連携に乗って攻撃仕掛けるが。次の瞬間には、防御の隙をついたように織久へ強力な一打が。
    「ジェイルさんが死んでも、あなたの記憶を持つ人が居る限りは生き続けてますよ。誰からも完全に忘れられた時が本当の死ですから」
     だからここで潰させて下さい。
     貴方の最後の瞬間を、自分の記憶の中に独占させてください。
     柚羽は皮一枚で繋がっているような足で砂を蹴り、神霊の斬撃闇に閃かせ。
     価値観から抱く親近感。
     自分は狂っているのだろうか。
     けれどそれを肯定するようにジェイルは笑い、自身の戒め一旦吹き飛ばし。
    『同感だ。気が合うな、柚羽。天国や地獄なんていう魂の逝き場所なんて御伽噺もいいところだ。けれどここになら、例え俺の様な下衆であろうとも、天国を作ってやれる。柚羽も来るか?』
     君を知っている僕ならば、此の世に復元してあげられる。
     記憶という天国の中、何度でも。
     柚羽が渾身の思いを込めて押しこむ刃。すかさずタイミングを合わせ、クルセイドソードを振りあげる朱祢。
    「小難しいこと考えんの苦手なんだよ。灼滅とかどーでもいい」
     とにかく、全力でぶっ叩く。何かを払拭していない自分にトドメがさせるかどうかわからない――だから。
     月日重ねた思いのせ。それが関心そのものだと言われようが、好きに受け止めりゃあいいと。
     斬撃に、ジェイルの肩の一部が飛散。
     かわした瞬間の隙を穿つ織久の一撃。灼滅のみ、一撃に淀みなく。
    『こんなに愛されちゃ、そう易々と死んでやれねェなァ!』
     黙れ。いい加減死ねばいい。そんな迫る殺意さえも、ジェイルは楽しげに受け止めながら炎翼広げ。
     濁流の様に押し寄せる業火、抱きしめられて、さらわれて――柚羽と朱祢はくずれ落ち。続くナイフの一撃に、織久が地へ伏せる。
    「天国はない。地獄もない。全く同意だ。でも、俺は頭の中の天国とやらも、ないと思うけど」
     虚しく空を切る影をの向こう、ジェイルの爛々と輝く目を、淡々と受け止める観月。
     天国なんて、別に要らない。
     自分の愛はすでに彼女の物だから。
    (「――でも。もしあったら、彼女に逢える?」)
     羨望か。
     嫌悪か。
     言葉に表せない感情か――。
     彼女の愛。
     抱きしめる自分の手。
    「――ああ、つまんない話は止めましょう。俺は人殺しが殺せるなら何でもいいよ」
     観月の縛霊手が、鋭くジェイルを穿つ。
     さすがにダメージが溜まってきているジェイルは、口から血を吐き捨てながら、
    『面白いなァ……憶測でモノを語るしか俺にはできねぇが。もしも観月が、愛しい何かを頭ン中にぶち込んだまま縛りつけて、感性の思うままに輝かせて、それでいて壊れたネジマキ人形みたいに存在価値を全てその命の名の元に注ぎこんでるんだとしたら――お前がこの世で一番……』
     言いかけて、しかし真面目な顔で。
    『ああそうだな。程度の低い予測もつまんねー話もここまでだ』
     観月の次なる影のしなりはするりとかわして。狙いつける銃口。せき止めるのは治胡の腕。
    「オマエの望みを聞かせろ。愛し抜かれ死ぬことか? ボウヤも何もかも抱え生きることか?」
     治胡がジェイルを睨みつけ。真意を問い詰めながら、ドグマスパイクをぶち放つ。
     けれど虚しくかわされ、落ちたのは髪の一本。
    『だから何度も言ってる。愛が欲しい。未だに無関心が幽霊君を脅かしてる。誰かを愛して頭の中に突っ込んでも、刹那の愛なんて通りすがりの他人と同じ。だから永遠に覆らない、俺だけに向けられた愛が欲しい』
     そこに生や死の概念なんてない。
     生きている限り、この男は餓鬼の如く愛に渇き、執拗に関心を引きずり出して、貪り続ける。
     突き刺したナイフに胸元抉られ、肉噛み千切られ。倒れゆく治胡。
     自分に向けられた感情に背筋震わせ、倒した感触に狂気する目の前の男の刃が、次の誰かへと向かうよりも、早く。
    「これ以上君が十を百を殺す前に、俺が君を消します」
    『ふーん。観月は一を守るために十を捨て、その一の為に意味もなく十を守りそうな奴……ってわけでもねぇのか』
     観察する目さえ、観月は鏡月のように弾き返し。ただ人殺しを殺す一点のみに意識集中して。
     鮮烈に血をまき散らす縛霊手。鋭利なナイフが肋骨の隙間抜け、肺に届く。
     もう回復に重きを置くのがいいのか、それとも攻撃するのがいいのかといえば――攻撃しかない。
     奏の斬撃と合わせた、観月の影が足を捉えたけれど。
     火炎に巻かれて砂に落ち。
    『さぁて待たせたな、奏』
     疲弊激しいのはジェイルで、怪我一つない奏だが。勝てる見込みがあるかといえば。それはかなり低い。
     目の前でシャウトした男の戒めは、捕縛と服破り一つずつ。
    「まー何にせよ、全身全霊全てを持ってお相手をする以外に選択肢はのこってないっすからね」
     この絶望的な状況でも。奏は一縷の望みかけ。剣を手に、笑顔も元気も忘れずに。
     手の甲の血を舐めると、嬉しそうにジェイルは笑って。
    『俺が灼滅者になることを願ったりよ。迷いがあったりよ。愛したい殺したい――まぁ方向性違えど思うところがあるなか、お前らそれぞれ頑張ったがな。最終的に誰が残るかなんて予測もつかない状況とはいえ、その残ってる奴まで攻撃当てられる仕組みが出来上がっていなかったら、その時点で詰みだっての』
     最後まで倒す気構えならば、きっと。しかし気合いあれど、最後まで誰かが立っていても、灼滅出来る一撃を叩きこめなければ。
     長期戦が前もって予測できた今回、それをうまく乗り切る方法。それが、少し足りない。
    「詰んだかどうか――!」
     やってみなにくちゃわかんないっすよ。言葉は鈍い音にかき消された。
     奏の気魄系の攻撃は、五割ギリギリの予測。返しの拳、抗雷撃は虚しく空を切り。
     火炎、斬撃、連続で打ち込まれれば、疲弊度合いは一気に逆転。
     諦めず剣振るうが。その首を刎ねるまでは遠い。
     最後の一撃。しかしその浅さに、奏は唇を噛んで。
     そして視界埋める鮮血。
    『ああ、やっぱ舌でも噛み千切ってやればよかったな』
     にやにやと奏へ笑み落としながら、肉片を握りつぶす。
    『悪いが起きるまで面倒見れやれねぇ。俺も他の奴に襲われてもシャレになんねぇしよ。じゃ、また愛し合おうぜ、愛しい灼滅者諸君』


     観月がいる方角、細い三日月に昭子が祈りを込めていた時。傍を警戒していたスタニスラヴァは海岸線に並ぶ樹木の枝に違和感覚え。
     連絡を取り合うよう準備していた者たちへ、次々と発見の報が飛ぶ。
    「よう、何してんだ?」
     じりじりと周囲の仲間を集めながら、油断なく矜人と誰何する。
    『久し振りだね、狐。それとなりそこないたち』
    「人の逢瀬をジャマ、やなんで野暮はあきまへんぇ」
    「わたくしでさえ我慢してますのに、他の邪魔者を許すわけがありませんわ」
     それが誰なのか。事前にわかっているから。伊織が明らかな敵意を滲ませながら低い声で告げ、ベリザリオは弟である織久のため身を張って。
    『野暮も何も、番犬多くて途方に暮れてたとこ。なりそこない引き連れているとは予想外。闇堕ちゲームも手持ち堕としてズルしたってことかな』
     そう淡々と言葉を返す影は、ラーベ・ブルーメ。敵愾心を露わに、こちらへとやってくる見知った顔を幾つか見つけて。
    『スナイパーに人形に橙炎までいるのか……。疲弊したところを後ろからぶすりとやるつもりだったけど――これは無理だね。噛みつかれる前に帰るよ。利益の無い戦いなんて面白くもない』
     どんどんと集まってくる灼滅者の気配。ラーベは木の枝からするりと降りて。闇を味方にして、とっととその場を飛び立ってゆく。


     砂浜染めた血は、血の赤よりも闇の黒が際立っていて。
     姿はない。すでにどこかへと飛び立ったのだろう。目聡く、鴉へと集まった灼滅者の隙間を抜けて。
     一人として死なず、酷い怪我もなく。けれど灼滅に届くこともなく。
     様々思いが、どのように作用したか、それはもう誰にもわからない。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 35/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ