殺し屋ガーディアン

    作者:一縷野望

     古びたホテルで目ざめたのは十三人。
     カッターナイフで刺された紙きれには『チェックアウトできるのはひとり、皆デ殺シ合ヱ』の血文字。
     狂乱に陥る前に「脱出のため協力しよう」と声をあげたのは、ベンチャー社長の佐々木だった。
     チームに分れホテルを探索する内に、何故か増えていく死体。
     ……誰が殺している?
    「さっ、佐々木さん」
     決壊寸前のダムのように心という器に恐怖がぴりぴりと満たされた、女子中学生らしき少女が躰を震わせた。
    「安心して。殺人者の正体は掴んでる。そいつが僕達を閉じ込めたんだ」
    「……もしかして林さんですか?」
    「詳しくは此方で」
     佐々木の後を追う少女が一歩踏み出した先、闇夜の中煌めくは蜘蛛の糸か。
     ……ツ。
     白い首筋に紅の筋、奔った刹那、人形の首をもぐように少女の頭は胴体と永遠のさようなら。
    「良くやった」
     ドアを盾に返り血を避けた佐々木は、廊下のシャンデリアの影に潜む少年へ労いを投げる。
    (「まさかこのガキがこうも使えるとはなぁ」)
     場を掌握した後で、佐々木はやけに気配のない少年に目をつけた。
    『――私の言うことを聞いたら、此処から出た後に好きなだけ金をやる』
     佐々木は元よりまともな手段で脱出できるとは考えていなかった。
     人の理性は脆いモノ。
     砕け散り殺し合いに移行する前に、盾にできる手駒を増やしておきたかった、そんな程度の期待。
     だが少年はすこぶる人殺しの適性が高かったようで、佐々木が呼びだした人間をうまく殺していった。
    「林は?」
    「始末した」
     そうか。
     その台詞は紡がれなかった。
    「――」
     ナイフを翳すように振った少年の手により喉を斬り裂かれたから。
    「此処から出られるのは、ひとりだけ」
     残りはふたり、だからひとりに減らす。
     仰向けに倒れる佐々木を見下ろすは無機質な眼差し。
     何のことはない、佐々木は利用しているつもりで少年に利用されていたのだ。
    「人は誰かを利用して生きていくモノ」
     ……例えば、愛人だった母が父から養育費をもぎ取る為に俺を利用したように。 
     その後、用済みと施設に投げ入れられた哀しみの記憶を元の人格と共に完全に握り潰し、六六六人衆日月・末真(ヒヅキ・スエマ)は外へ出るべく歩き出す。
     

    「またひとつ、縫村委員会がひらかれる」
     つまりそれは十数名の死と新たなる六六六人衆の発生を意味する。故に灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)の灯眼は憂鬱そうに翳る。
     廃墟となったホテルで六六六人衆に堕とされたのは、日月・末真という11歳の少年だ。
    「彼はもう人には、戻れない」
     同じ年の少年を覆った理不尽に唇を震わせて少女は続ける。
    「殺人者の彼は非常に強力なダークネスだよ。だから、配下もいなくて手負いの此処で斃して欲しい」
     と。
     
    「末真くんは事情があって両親と離れ……棄てられて育ってて、誰かに必要とされたいって想いが強い人だったみたい」
     ケープを止める花飾りをぎゅっと握り締め、標は続ける。
    「ダークネスの今は、人をモノとしてしか見れなくて、しかも壊すべきだって考えてる」
     淡々とした眼差しの奧にあるのは、人を壊すコトで充実を得ようとする歪んだ熱情。
     そんな彼は鋼糸と解体ナイフを器用に扱い、殺人鬼の技で人を壊しにかかる。
    「彼はホテルの3階で最期の一人を殺して外に出ようとしてる」
     灼滅者達はそんな彼を迎え撃つ。
    「急げばホテルの内部で戦えるよ。利点は彼が逃走しづらいコト。でも彼は建物の中を熟知してるし、駆けつけるのを察知して隠れるはず」
     最低でも一回、彼を見つけ損ねてしまうと二回以上、無防備に攻撃を喰らう羽目になる。
     もちろんホテルから出てくるのを待ち構えて、外で戦う手もある。
    「ただ末真くんが逃げる確立が跳ね上がるけどね」
     つまり、彼が『逃げる』と判断した時、一気に押し切れる火力が必要となる。ポジションを含め熟考が求められるだろう。
    「彼は非常に強力な『ダークネス』だよ」
     皆の決意を強めるように、標は先程言った言葉をもう一度繰り返す。
    「これまで歩いた人生も縫村委員会に巻き込まれたのも、やるせないコトばかりだけど、でも……」
     闇に堕ち、ようやく見出した幸せは『ヒトゴロシ』
     そんな彼を解き放ってはいけない、決して。


    参加者
    片月・糸瀬(神話崩落・d03500)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)
    雪乃城・菖蒲(抜け落ちた蒼白・d11444)
    オリキア・アルムウェン(ねじ切リスト・d12809)
    東屋・紫王(風見の獣・d12878)
    北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)
    今井・来留(小学生殺人鬼・d19529)

    ■リプレイ

    ●鳥と狩人
    『――外に出たら、誰が俺を上手く使ってくれるかな?』
     この気持ちは元の人格の残滓だろうか。
     黙々と佐々木の服で血を拭う末真は階下に人の気配が産まれたコト気付き、静かに部屋を出た。

     同時刻。
     一階カウンター傍にある避難経路図を前に、オリキア・アルムウェン(ねじ切リスト・d12809)は打ち合わせ中に共有したイメージとさほどズレがないと胸を撫で下ろす。
     まるで地獄の釜が蓋をあけ手招くような濃密な鉄臭さ漂わせる階段をあがると、灼滅者達は綺麗に半分に別れ左右の部屋へ踏み込んでいく。

    ●右翼・壱
    「あはは♪」
     入ってすぐに出迎えたのは、背中から刺された血塗れの死体。
     それに対して、何処かネジの外れたようなそれでいて感情が伴わない笑いを発したのは、今井・来留(小学生殺人鬼・d19529)。
    「ちょっと昔思い出しちゃうね」
     自分を餌にするように一番に踏み込んだ幼子は、くるりとはしゃぐように廻り窓際の机をオーラで叩き壊した。
    「嫌な感じだね。あはははははは♪」
     ランドセルにいつもつけているマスコットそっくりのナノナノつれて少女は笑う、心に平穏を招くために。
    (「この部屋にはいないかな」)
     破壊音、仲間の足音……それらに異音が紛れていないか、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)は感覚を研ぎ澄ます。
    「境遇には同情する。ある意味被害者だとも思う」
     常に背後の廊下を気にかけながら零された北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)の台詞に、片月・糸瀬(神話崩落・d03500)は心中複雑だ。
     年明けすぐに――或る六六六衆の刀を折った、その命もあわせて。今回の縫村委員会はあいた番号の穴埋めに開催されたのだと、いう。
    「毎度の事ながら、六六六人衆は趣味が悪いっつーか」
     葉月に同意を示し糸瀬はオリキアへ「一つ目の部屋出るぜ」と報告する。

    ●左翼・壱
     茜差し込む室内を、鮮やかで明瞭な炎が埋め尽くすのは、その名と炎に相応しき原色で飾られた百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)。だが心は憂いに満ちていた。
    (「さっきまで人間だったものを殺しに行く……」)
     ダークネスと如何ほどの違いがあろうか。
    「……起きてしまったこと悔いても仕方ありません」
     一歩引いた所に立ち、雪乃城・菖蒲(抜け落ちた蒼白・d11444)は透明な声で囁いた。記憶足らずの自分と違い、明確な核を持つ煉火の浮かぬ顔が気掛かりだ。
    「未来に絶たれる沢山の命を救う為」
     だから言い聞かせるような台詞を、
    「ええ。これ以上の悲劇と連鎖は断ち切らないと……ですね」
     菖蒲はしっかりと後押しする。
     舐めるような視線で上下を確認するのは東屋・紫王(風見の獣・d12878)だ。
    (「気付いた時には死んでたなんて洒落にならないしなあ」)
     転がる死体を作り続けた格上の殺人者、イニシアティブがあちらにある戦場――緊張感に紫王は何処か高揚している。
    「向こうは次の部屋に行くって、こっちも良いかな?」
     天井のシャンデリアに気配無しと視線を戻しオリキアは仲間に確認する。通話は今の所良好、だがポケットの防犯ブザーから指が離れる事はない。
     肯と返したのは女性二人。
    「もう少しだけいいかな」
     紫王は壁に手を触れ軽く叩く。これだけ朽ちた建物であり、佐々木に利用された末真が潜んだのだ、抜け道があるやもしれぬ。
    「……お待たせ」
     立ち上がった紫王に頷きオリキアは隣の部屋へ向うとマイクに告げた。

    ●何処かの籠
     存在を空間に溶かすように身を潜め、末真は離れた部屋からの破壊音に耳を澄ます。
     ――此は違う者達だ、恐らく。
     疑念。
     不信。
     協力。
     信頼。
     ……集められた面々は佐々木すら例外でもなく、そんな相反する感情を抱え込み苦悩していた。だから『最初から割り切れていた』末真が勝者となれたのだ。
     でも彼らは違う、そう――このホテルへ望んでやってきた狩人だ。

    ●左翼・三/右翼・四
     緊張の糸を途絶えさせる事無く、灼滅者達は半分以上の部屋を調べ終えていた。
    「向こうは三つ目終……」
     オリキアは紫王の掌が『制止』を示すように向けられたのに言葉を呑み込む。
    『どうした? あいつが来たのか?』
     電話の向こうの気遣わしげな糸瀬にひとまずは「いや」と返す。
     そして、剣を翳し警戒するように寄り添うリデルの先に示されたモノに、菖蒲と煉火と共に目を剥いた。
    「これって抜け道?」
     頭をつっこんでいる紫王の背に声をかける煉火。一方菖蒲は緩みかけた周囲への警戒を再開した。
    「ああ。板で隠してあったから利用してたんだろうなあ」
     大人がくぐるには小さい穴は、まだ調べてない四つ目の部屋へ通じていた。
    「気を付けて。こっちには抜け道があったよっ』
    『わかった」
     紫王が見出した通話で受取った情報を、糸瀬は口早に共有する。
    「こっちには無かったけど、その辺りより気を付けて探すか」
    「ああ」
     葉月の提案に、いろはは粛々と頷く。その横を過ぎて突出して入室するのは、
    「四つ目、そろそろ出そうだよね? あはは♪」
     やはり来留。
     もはや足下に転がる死体など気にせずに、いつものように天井に向けてオーラを放つ。
     がしゃん、と、耳を劈く破砕音。
     砕けた綺羅の硝子に混ざり、黒い髪と腕が羽のように揺らめいたかと思うと堕ちてくる。
    「見ーつけた。あははははは♪」
    「Are you ready?」
     後方で葉月は緋色の本質の弦をなぞり、糸瀬も「こちらに出現」と告げ光輪を招き臨戦態勢に入る。
     だが常に死体への擬態を疑っていたいろはの眉だけが、歪んだ。柄に触れる指に緊張は『来ない』――つまり、違う
    「これは死体だ」
     ――罠だよ、気をつけて。
     いろはがそう促す前に、血の赫と空の暁で紅に塗りつぶされた空間を、鈍色の糸がかすめ取る。
     一本、
     二本、
     三本、
     四本……五、六!
    「?」
     痛みが来ないと来留は怪訝に思う。
     が、
     背後の空間が水気を帯び押し殺した悲鳴を孕んだ事で事態を悟る――狙われたのは後衛だ!
    「抜け道っ」
     これが縫村委員会経た六六六人衆の力か、それとも不意を突かれての深傷か……想像より深刻なダメージに、糸瀬はそう注意を促すのがやっとだった。
     襷翻し室内に琥珀を巡らせるいろは。
     音に近しい葉月も痛みは噛み殺し耳を澄ませる。
     ――と。
     猫の仔が歩くようなささやかな、音。
     二人が同時に捉えたのは、ベッドの影から這い出て先程調べた側の壁に指を置く黒緋纏いし少年。
     いろはが死体利用に勘づいたため一方的な攻撃は無理と踏んだ末真は、迷わず逃走を選んだ。それを見逃さずすんだのは、紫王の『抜け道アリ』という情報があったからに他ならない。
    「キミを利用しようとした奴は討とう」
     無拍子でいろはが詰める前に、末真は既に来留の背後。うなじにナイフを押し当てて、引いた。
     噴水のように派手にばら撒かれる血しぶき、でたらめに痙攣する小柄な躰……焦りに落として部屋を出ようとした末真、だが。
    「あははははははははははははははは!」
     少女は血色の瞳で嗤いと血を吐きだした。
    「薄い盾だけどまだ壊れないよ、あはは!」
     緩やかになりやけに耳につく嗤いの裏で、いろはが鞘軽く弾く。
    「……ッ」
     呼吸音のふりをした焦り、末真は辛うじてその太刀筋を避けた。
     ナノナノが来留へのハートを作るのを横目に、糸瀬は暈かしの霧で自らと仲間を包み立て直しを図る。
    「悪いが、ふざけた連鎖はここで断ち切らせてもらうぜ」
     このまま少年が人を殺しに外へ出るのを見過ごすわけには、いかない。
    「その凶刃は、ここで止める!」
     熱いビートに喉を震わせる葉月。
     末真は音刃に腕を刻まれながら、その熱い感情がまるで不可思議だと言いたげに瞳を瞬かせる。
    「同情するなら命を寄こせってか?」
    「いや」
     囁かれたのは意外な言葉。
    「俺を使って欲しい。なんでもする、役に立つから」
     嘯きながら此が嘘だと末真は気づいてる。自分は六六六人衆――殺さずにはいられない、モノ。
     ……でも。
     …………それ、でも。

    ●両の翼揃う
     更に一回、末真が来留の護りを崩すように自在にナイフを振い刻んだ所で、B班が辿りつく。タイムロスはほぼない、最良とも言える動きだった。
    「すぐに治すからっ」
     受信機から伝わってくる緊張に気が気でなかったオリキアは、目の前の惨状に唇を噛みその身をあたたかな光で包みまずは癒しの力を高めた。
    「お願い」
     兄の面差し抱くリデルが前に往き斬りつける。妹はこのドアからは出さないとの意志新たに基本の立ち位置を定めた。
     これが格上に先手を取られると言うことかと、紫王は息を吐いた。
    (「とはいえ、外で迎え撃って灼滅し損ねたら……」)
     だから皆で選んだこの戦場は間違っていないと信じ、いろはと共に防御から攻め手へと力を切り替える。
     窓を背に光輪を来留に向け放つ糸瀬と霊力の糸で末真を捉えに掛かる葉月。ほぼ同時に最前に走り出たのは煉火だ。
    「仲間がいたのか」
     視線が絡む。
     彩りと躍動感ある煉火の瞳と、暖色なのに無機質な末真の瞳が。
    「……」
     目の前の六六六人衆の見た目はまだ幼くて、それはきっと煉火が護りたい側に居るはずの少年で、それでも、でも……。
    「ヒーローは貴様を止めてやるよ!」
     心を凍らせるように放った冷気は彼の頬を掠めるに留まった。
     攻撃を向けられても一切の怯みない面差しに拳を握る煉火の背を見ながら、菖蒲もまた淀むような憂いを心に抱く。
     こんなモノを作ってしまうのだ、縫村委員会と言う奴は。
    (「厄介ですね……仕組みさえ解れば……」)
     もうこの子には間に合わない、けれど。
     身から溢れ出る殺戮のオーラ、此が何処から来ているのかわからぬ儘でも躊躇わず、菖蒲は少年をくびり殺すように囲んだ。
    「存分に恨んでもらって結構です……背負うことしかできませんから」
     この場所の力を身に蓄えるには時間が余りに足りなくて、菖蒲は自らの持つモノで闘う。今はそれしかできないと、悟る。
    「恨み、なんて」
     胸に手を置き少年は淡々と喉を震わせた。
    「みんな殺して仕舞えば生じるコトもない」
    「あはははは! できるかな?」
     今が治すべきか戦うべきか絞りきれぬ来留が放った毒は末真を捉えるコト叶わない。状況に応じて、必要ならば……そんな言葉が頭の頂点で迷いの渦を描く。

     末真は徐々に傷を深めながらもごくごく冷静にコトを進めていた。
     一つ、常に逃走を狙う。
     だがそこに注視する糸瀬が声と視線で行き先を示し、
    「こっちは行き止まりだよ」
     前に立つ仲間を順繰りに護るよう符を飛ばすオリキアに、
    「……通せません」
    「帰り道はないぜ?」
     更に菖蒲と葉月に廊下側を塞がれて、
    「通さないよっ」
    「逃がすわけにはいかないね」
     窓と抜け道は煉火と紫王が立ち塞がる。
     崩れた壁に視線を向ければ、痛みの直後刃呑み鞘が啼く。その音に末真はそろそろ逃走が不可だと悟る。
     故に。
    「やっぱり狙われちゃっ……ね、あはは♪」
     二つ、執拗に一人を狙う。外に出る可能性をあげるために。
    「でも無駄だ……よ、私が倒れて……捨てといてって……」
     糸に巻かれながらも来留は変らず壊れた笑みの儘。まるで狙われる事が予定調和、作戦通りだと言いたげな態度だが、末真は凪いだ水面のように静かに糸を引く。
     キ、キキキキキキキ……。
    「言ってあるから、あは」
     ぶつん。
     コンセントを抜くように来留の笑い声が、途絶えた。

    ●籠は檻
     だが此処までと、視えてしまった。
     自分はもう、還れないのだと。
     何故なら確実に殺す場所を刻んでも、糸で首を飛ばそうとしても、死で空間を切り取り灼いても……彼らは膝を折らないから。

    「もう誰も倒れさせないよ」
     次は此方を狙えと言いたげに、煉火はご当地の力で末真に蓄積された力をはぎ取る。
     もう終わりにしてしまいたい。
     そう例え――正義の名を棄てる事になろうとも。
    「その技……」
     菖蒲は髪色そのままの純なる銀の槍で床を掬うようにかき、一気に天井へと刃を向ける。
    「此方も使えるんですよ?」
     更に仲間の狙いが外れぬようにと、漆黒の死で縛る。
    「世の中には嫌な事や苦しい事だけじゃなく、もっと楽しい事が沢山あるぜ」
     人酔わす歌声を持つ葉月は、残酷なまでに優しい諭し言葉を紡ぎあげる。
    「そうだね、役に立てるってとても、いい」
     最初からほぼ外れなかった葉月の攻撃。やはり今回もかと諦めの境地で末真は十字に裂かれた。
    「人を殺したら喜ばれた」

     ――喜ばれたんだよ、だから殺し続けたいんだ。

     そんな末真の震える声は、縫村委員会の業深さを灼滅者達へと刻み込む。
     ダークネス日月・末真は此処に来て初めて、笑った。
     それは心からの笑みだった。
     親に道具扱いされたあげく捨てられた子は、闇に堕ちても道具として役に立った自分にこそ誇りを見出している。
    「本当に、ふざけた話だ」
     なんだこの連鎖は、と糸瀬。
    (「どうしてダークネスというモノが産まれてしまうんだろう」)
     兄が屍王と化した日から幸せがいともあっさり壊れ、自らの指を血色に染めたオリキアは、やはり血塗れで微笑む少年を見据える。

     でもこの子がダークネスに堕ちず人生を歩んでも幸せだったかというと……?

     その問いを振り切るように、糸瀬は巨碗をふるいオリキアは矢をつがえた。同時に末真の胸元で発現した力は、彼の躰を粉々にへし折り壁へと叩きつける。
     紫王は数枚目の符を指先の上で踊らせると目を隠すように顔へと放つ。 
    「残念だね末真、そのゲームはまだ終わってないよ」
     頼りなげに見えて苛烈な力を持つ符は、攻め手へ傾けたが故。防戦一辺倒であれば到底勝てる相手では、なかった。
    「ゲーム、だったの?」
     紫王へ返る声は、弾む。
    「俺はやっと本当の幸せを見つけた。存外、愉しいゲームだったよ」
    「でもね末真」
     もはや名を呼んでやるコトぐらいしか優しさは向けてやれない。
    「君は此処から出られない」
    「そう……か」
     諦観に塗れた彼を真っ直ぐな刃が揺らぎ無く貫く――まるで墓標のように。
    「眠れ、序列外」
     糸を絡めようと震えた腕は、もうあがらない。それを見て取りいろはは粛々と、告げる。
    「時遡十二氏征夷東春家序列肆位四月一日伊呂波が其の幸福を夢に帰そう」
     ……それが手向けとなった。

     血の匂いのするホテルを辞する灼滅者達の中、一度だけ振り返り、葉月は零す。
    「オマエが人間である内に、それを見つけられれば良かったのにな」
     ――楽しい、コト。

    作者:一縷野望 重傷:今井・来留(邪悪聖域・d19529) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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