●出立前にもう一仕事
日本での長期出張を終え、フランスへと帰還しようとしている男が一人。国際空港のロビーにて、生欠伸を紡いでいた。
「ふぁ……んー、帰れると思うと一気に疲れが襲ってきたな。だが、まだ休むわけにはいかん。もう一仕事だ」
飛行機が発つまで数時間。荷物を運び、手続きをこなし……やらなければならないことはそれなりにある。それさえ終わり、飛行機に腰掛けたなら、いよいよ仮眠を取る時間。
それまで頑張らなければならないと、気合を入れて立ち上がる。
「ああ、そうだ。土産物も見ていかないとな。さて、どれにするか……」
増えた仕事を頭のなかでまとめつつ、出立の準備を整えていく……。
●放課後の教室にて
集まった灼滅者たちと挨拶を交わした倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、落ち着いた笑顔のまま口を開いた。
「シャドウの一部が、日本から脱出しようとしているみたいなんです」
本来、日本国外はサイキックアブソーバーの影響で、ダークネスは活動する事ができない。しかし、シャドウは日本から帰国する外国人のソウルボードに入り込み、国外へ出ようとしているのだ。
シャドウの目的は不明。この方法で国外へ移動できるかも未知数。
しかし、最悪の場合は、日本から離れたことでシャドウがソウルボードからはじき出され、国際線の飛行機の中で実体化してしまう……となるかもしれない。
その場合、飛行機が墜落して乗客全滅という可能性も有り得るので、国外へ渡ろうとするシャドウを撃退する必要があるのだ。
「幸い、ソウルボード内では特に事件は起きていません。また、灼滅者がソウルボード内に侵入してくると、シャドウは迎撃にやってきます」
後は、それを迎え撃ち倒せば良いというわけである。
「ソウルボード内の風景ですが、フランスの教会。色とりどりのステンドグラスを通して伝わる光が反射して、幻想的な世界を演出している……そんな場所ですね。また、パイプオルガンの音色も常に響いています」
戦場としては椅子が並べられているものの、特に問題のない広さ。気にすることなく戦うことができるだろう。
「そして、まずはソウルアクセスする方法ですが……」
葉月は件の国際線の場所とともに、一枚の写真を提示。その中には、金髪で丸いメガネをかけている人の良さそうな外国人男性が写っていた。
「シャドウが潜り込んでいるのはこの方のソウルボード。この方は皆様が赴く当日、フランスへと出立しようとしています。その前に、このお土産物屋さんで子供への土産物を選んでいます」
その際に接触し、何らかの方法で仮眠室などに連れ出し、眠らせる。そうした後に、ソウルアクセスを仕掛ければ良い。
「そうして中へと入ったならば、先にも話した通りシャドウが出現します」
シャドウの力量は、八人ならば十分に倒せる程度。しかし、劣勢になればすぐさま逃げようとする性質も併せ持っている。
得意なのは妨害・強化。影を周囲に伸ばして拘束する技、耳障りな叫び声によって指定しした周囲の動きを止める技、黒い光を放つことにより周囲への攻撃と己の浄化を両立する技、を仕掛け、妨害しながら活路を見出すような戦いを仕掛けてくる。
「以上で説明を終了します」
葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
「失敗した場合、最悪飛行機が墜落してしまう案件……ですので、どうか全力での行動をお願いします。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
雨谷・渓(霄隠・d01117) |
犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889) |
明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578) |
希・璃依(シルバーバレット・d05890) |
蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773) |
フィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942) |
リステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506) |
ジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600) |
●故郷、フランスに思いを馳せて
旅行、帰省、ビジネス留学……外国へと向かう様々な人でごった返す、電飾明るい国際空港。
帰省や帰国する人々が笑顔で品物を探している土産物屋で、灼滅者たちが探すフランス人男性もまた土産物を選んでいた。
どことなく弾んだ調子で選んでいく背中を眺めつつ、リステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506)は小さな想いを口にする。
「……お土産……子供……良い、お父さん……?」
「そうかもしれませんね。さて、自分たちは仮眠室確保に行きましょうか」
小さく頷き返した後、雨谷・渓(霄隠・d01117)は数人を残してリステアリスらと共に仮眠室の確保へと動き出す。
彼の中に、シャドウがいる。大事が起きてしまう前に、シャドウを排除しなければならないのだから……。
仕事疲れなのだろう。土産物を選ぶ中、フランス人男性は生あくび。忙しなく瞳の端を拭いながら、それでも真剣に立ちならぶ品物と向き合っていた。
だからこそさり気なく、そして警戒されないよう所属を偽る力を使い、希・璃依(シルバーバレット・d05890)は声をかける。
「大丈夫ですか? お疲れ様のようですが。良ければ仮眠室をご案内いたします」
自覚があったのだろう。フランス人男性は恥ずかしそうに頭を掻きながら、すみませんと口にした。
「ようやく故郷に帰る事ができると思ったら一気に疲れが……ただ、嫁や息子たちに土産を買って行きたいんですよ」
「それでしたら、お節介ながらお手伝いいたしましょうか? 一人で選ぶよりも、きっと捗るはずですよ!」
ニッコリスマイルで働きかけ、自分の胸を叩いていく。
フランス人男性はしばし思考を巡らせた後、優しく微笑み頷いた。
「それなら、お願いできますか? 正直、どういうものを買って行ったら良いか迷っていて……」
「はい、お任せ下さい! 例えばコレなんて……」
明るい声音でアドバイス。さなかには嫁や息子の事も聞き出して、より的確な土産物へと導いた。
首尾よく購入した後に、フランス人男性はホット一息。感謝の言葉を告げようというのか璃依に向き直った時、よろめく様子を見せていく。
「っとと」
「あ、大丈夫ですかお客様?」
「どうされました?」
気遣う仕草を見せた璃依に続き、立場を偽り近くに待機していたフィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942)も歩み寄った。
新たな空港関係者の登場に、フランス人男性は再び頭を掻いて照れ笑い。
「すみません、長期の出張で疲れてしまったみたいで……」
璃依と顔を見合わせた後、フィオレンツィアが柔らかな笑顔で問いかけた。
「お疲れのようですね。出立前に、少し休んでいかれたらいかがでしょう?」
「そうだね、そうさせてもらおう。仮眠室への案内をお願いできるかな?」
「ええ、ご案内しましょう」
折角だからと璃依がフランス人男性の荷物を持ち、フィオレンツィアが仮眠室へと先導する。
「そういえば、どこまで行かれるのですか?」
さなかには、フィオレンツィアがフランス人男性の意識を引けるよう雑談を。
フランスを、都市を故郷の様子を耳にして、自身もフランスの国中を行き来していたことを懐かしみながら相槌を打っていく。
程なくして仮眠室へと辿り着き、フィオレンツィアが合図を一つ。
蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)が中へと指示を出し、人払いの力を解いた上で扉を開いた。
中には、数個だけ埋まっている白いベッドと職員を装う明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)。
瑞穂はフィオレンツィアらと軽く会話を交わした後にフランス人男性へと声をかけて行く。
「どうされました?」
「ああ、どうやら少々疲れているみたいで……」
「ふむ……」
軽い問診。
数分もしないで、静かな調子で回答する。
「まぁ、軽い寝不足ね。まだ出発まで時間ありそうだし、ここで軽く睡眠取っておくのがいいでしょ。寝不足のままだと、ロクな事にならないからね」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
最も奥まった場所にあるベッドへと導いて、フランス人男性を寝かしつけた。
程なくして聞こえてきた寝息を耳にして、隣のベッドを塞いでいたジェレミア・ヴィスコンティ(古の血は薔薇の香り・d24600)が身を起こす。
「ふあ……。なんだか眠くなっちゃったな。彼が到着する前に、僕が夢の世界へ旅立ってしまいそうだったよ」
「ぶはぁー、しんどかった~。今みたいなシリアスな表情と喋り方って、五分ともたないのよねぇ、アタシ」
瑞穂もまた仮眠室職員の仮面を脱ぎ去って大きく伸びをする。
肩を動かしながら向き直り、改めてフランス人男性の様子を確かめた。
安心しているのだろう。ちょっとやそっとの衝撃では起きそうにないほどに、深く、深く寝入っている。
瑞穂から大丈夫との合図を受け、入口付近での見張りを継続していた犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)が仮眠室へと入ってきた。
「大丈夫、近くに他の人はいない。早く向かおう」
早々に終わらせれば、誰かに気付かれることはない。灼滅者たちは頷き合い、フランス人男性の夢世界へと突入した。
●教会に宿りし影
陰りのない日差しを浴びているのだろう。天井付近に張り巡らされているステンドグラスが、室内に煌めきを与えていた。
煌めきは白壁へと向かい、反射し幾つも、幾つも重なり新たな彩りを生み出している。最も奥まった場所に鎮座する巨大な十字架に、捉えきれぬほどの輝きを与えていた。
そんな景色を、パイプオルガンの荘厳な音色が支えている。主に心を委ねて安らぐ場所なのだと、言葉もなく教えてくれていた。
フランスの教会。それが、彼の思い浮かぶ故郷の姿。
結唯は瞳をキラキラと輝かせ、目の前の光景を眺めていた。
「ここがソウルボード……何だか幻想的で、とても綺麗な所ですね……」
「ええ、とても美しい。もっとも……相応しくない存在もいるようですが」
同様に見惚れていた渓は、眼鏡の位置を直しながら教壇へと視線を向ける。
相応しくない闇が、まるで神父様であるかのように佇んでいた。
闇はゆっくりと顔を上げ、穏やかな調子で口を開く。
「相応しくないのはあなた方ではないでしょうか? もっとも、あなた方に言っても詮無きことなのでしょうが……」
余計な会話をするつもりはないと闇は……シャドウはすぐさま臨戦態勢を取り始めた。
灼滅者たちも左右に散り、戦うための陣を整えていく……。
「咎人に、永久の安らぎを……」
呟くように唱え、結唯は剣を引き抜いた。
一呼吸の間を挟むこともなく床を蹴り、シャドウに斬りかかっていく。
闇色の壁に阻まれてしまっていく様を横目に捉えつつ、璃依も盾を掲げて吶喊した。
「国外に行きたいのか、それとも日本で居場所がなくなったか」
「……」
返事はなく、体当たりも闇色の壁に阻まれる。
お返しとばかりに放たれた幾本もの影は前衛陣の体を捕らえ、自由な動きを阻害しはじめた。
強引に前へと進みながら、フィオレンツィアは腕を肥大化させていく。
「絶対、彼を……彼と一緒の飛行機に乗る人たちを送り届けるわよ。シャドウに邪魔なんてさせないんだから」
意志の力だけで振り切って、勢いのままに殴りかかった。
僅かに闇色の壁が裂けた隙間を見逃さず、リステアリスが殺気をぶつけていく。
「……ん、なつかしい……?」
シャドウに睨まれたけれど、意識は半分戦の外。
パイプオルガンの音色に不思議な感情を抱きつつ、続く力のためにオーラを刃の形へと変えていく。
隣に立つ瑞穂は、リステアリスの言葉がパイプオルガンから来るものだと察し改めて感想を口にした。
「ははぁ、これはまた荘厳とゆーか何とゆーか、見事な風景だわぁ。もっとも、極一部を除いて、だけど」
ごく一部を排除するために、起こすは優しく静かな風。
「医者は壊すのではなく、治すのがお仕事、ってね~」
「清らかなる風に、ステンドグラスの輝き。パイプオルガンの厳かな音色……うん、こんなところで戦うだなんて、ゾクゾクしちゃうね」
余波を感じながら、ジェレミアは床を蹴る。
シャドウの眼前にて手刀を振るうも、闇色の壁に阻まれた。
「……」
即座に距離を取った後、静かに瞳を細めていく。
シャドウが前衛陣に影を放っていくのを眺めた後、再び懐へと飛び込んだ。
「逃さない……よっ?」
闇色の壁をくぐり抜け、シャドウの急所と思しき場所を切断する。
僅かな声が聞こえるも、シャドウが大きな衝撃を受けた様子はない。
問題無いと即座に退き、ジェレミアは再び観察を始めていく。
逃さぬために、動きを封じる技を重ねていく。
排除が前提、灼滅できるならば最善だと、灼滅者たちは行動する……!
宝石箱を光にかざしたような、そんな明かりに包まれて、シャドウの姿は鮮明に浮かび上がる。
胸元に浮かぶスートはスペードだと確認し、結唯は静かな調子で問いかけた。
「あなた達は、何故海外に行こうとしているのですか? ザ・ダイヤ……彼の方と関係があるのですか?」
返答はない。
代わりに、叫び声を上げてきた。
仕方ないと清らかなる風を起こし、前衛陣の傷を和らげる。
体中を縛り始めた痺れも取れていくのを感じながら、渓は霊力を込めた拳を握り飛び込んだ。
「国外逃亡は有力者の指示なのでしょうか?」
返答はない。
端からまともな会話などする気はないのだという様子のシャドウに対し、仕方ないと瞳を細めてアッパーカットをかましていく。
仰け反る様子もないシャドウを細めた瞳で捉えつつ、沙夜は鋼糸を引き伸ばした。
「あなた達の目的は、何? ま、まともな返答はないでしょうけど」
答えを伺う間も開けずに、手足を狙って鋼糸を振るった。
闇色の壁に阻まれるも、一部を切り落とす事に成功する。
上から襲いかかれば崩せると、璃依が盾を掲げて飛び込んだ。
「ココはオマエの居るべき場所じゃない」
顔面へと叩き込み、己へ意識が向くよう仕向けていく。
が、それよりもシャドウの意志が勝ったらしい。小さく肩をすくめた後、体が薄れ始めていく。
「待て!」
逃さぬと、フィオレンツィアが非物質化させた剣を突き出した。
胸元と思しき場所に突き刺さるも、安定した戦いを目指した構成故か致命打へは未だ至っていないらしく留めるには至らない。
もはや逃げられてしまう結末は変えられない。故にか、リステアリスは小さな声音で問いかけた。
「……ん、故郷へ……帰るの?」
やはり、返答はない。
はじめからその場所になどいなかったかのように、跡形もなく消え去った。
残されしパイプオルガンの音色を聞きながら、ステンドグラスの輝きを見つめながら、沙夜は静かな溜息を吐いて行く。
「糸口すらもつかめないなんて、ね……」
シャドウの痕跡はなく、去り際に何かを辿ることもできていない。
夢から排除し、安全なフライトを導いた。その事実だけ胸に抱き、さあ、この世界から脱出しよう。
●Bon Voyage
治療の後、仮眠室へと戻ってきた灼滅者たち。
リステアリスは再びベッドへと潜り込み、ねた振り。ちらりと、フランス人男性の様子を伺っていく。
しばしの後、フランス人男性は目覚めた。
大きく伸びをしていくさまを眺めた後、再び関係者の仮面をかぶった瑞穂が表情を引き締め軽い診察を。
「うん、やっぱりただの寝不足だったみたいね。スッキリした顔してるし。それでは、良い旅を」
「ああ、ありがとう。お陰で、晴れやかな笑顔を家族に見せられそうだよ」
促されたフランス人男性は、意気揚々と仮眠室を後にした。
ゆっくりと背中を眺めた後、ジェレミアが真剣に瞳を細めつぶやいていく。
「事件を起こしてるのは、ハートかダイヤ、だよね。……コルネリウスの配下が、コルネリウスの思想に疑問を持っていて、自然な方法でソウルボードから出ようとしている、とか。面と向かって反抗は出来ないけど、弾かれたなら仕方ないよね、と。……真意は判らないけどね」
今なお、真意の分からぬシャドウの行動。
推察しかできない状況に、フランス人男性の後を追う形で外に出ていた沙夜は、戻るなり深い溜息一つ。
「結局、手がかりもなし。他の一般人に変わった様子もなし……か」
分かることがあるとするならば、止めなければならないこと。
大事故が起きてしまう前に、人々が命を落としてしまう前に。
一つ一つ解決していく事。それが、新たな手がかりへと繋がると信じて……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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