空に満月。遮るものなき銀の光、照らすは寝入る人の里。
寂れた神社の敷地、朽ちて久しい石の碑あり。文字は風雨に削れて読めず、半ば砕けた様、過ぎ去りし月日のみぞ語る。まるで過去の墓標――
その前に立つは白き炎の狼。真赤な眼。刃の如き尻尾。
オオォォォォン……
天届く咆哮残し、狼去る。残るは石碑と、この世在らざる剣士。葵の着物に、戦装束。赤く煌めく瞳は、古の畏れ。
『我が民のため、ここから先は一歩も通さぬ』
果てるまで戦い、そして守る――
その身繋ぐ鎖が、ジャラリと鳴った。
●
「みなさん、スサノオにより生み出された古の畏れですが、その一つについて場所が判明しました」
園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は集まった灼滅者達にそう切り出した。場所は、長野県某所の田舎街だ。
「古の畏れは、かつてこの地で滅びた一族の、戦士階級だった人のようです。関連する話は、わずかに伝承で残っている程度ですが」
現地でも知る者はほぼいないが、街の廃寺にある朽ちた石碑が一族にまつわる物のようだ。そこに古の畏れが生み出される。その身は地面から伸びた鎖につなぎとめられていて、まるで地縛霊のように。また、生み出したスサノオの個体の影響か、目が煌々と赤い光を放っているので、見ればすぐ分かる。
名を、ナオタケという。
「戦乱の時代。自らの一族が危機に瀕した時、戦いを前に病で亡くなってしまったようです」
武芸に秀で、性格も戦いに殉ずるような一面をもっていた。だが生きて一族を導くという立場に就いてもいたらしい。戦闘狂という気質と自らの責務、どちらか一方へと振り切ることも、すり合わせることもできずに、結局大成しなかった。
それでも病に倒れなければ、彼が恨みを抱くことはなかったであろう。戦って死ぬことも誰かを守ることもできなかった自らへの憎しみこそ、怨念の根源に他ならない。その逸話が古の畏れとなってしまった。彼は憎しみの矛先を敵へと向け、今度こそ一族を守るべくして戦う。
無論、一族を滅ぼした敵などこの時代にいるわけもなく――必然、運悪く寺へと訪れてしまった一般人が被害に遭い、殺されてしまう。それを止めてもらいたい。
「みなさんが訪れるのは、満月の夜となるでしょう。その時ならまだ被害者も出ておらず、邪魔も入らないと思います」
戦闘は寺の境内で行われる。十分に広いため、支障もない。ナオタケは仲間を殺しに来た敵だと判断し、灼滅者達に戦いを挑んでくる。
「刀を持っていて、麻痺に陥る斬撃を飛ばしてきたり、プレッシャーを伴う連続刺突を行ってきます」
他にも自らと他者を癒す技を使い、さらに戦闘となると刀と槍を持った配下を一人ずつ呼び出す。ナオタケは前衛で言うクラッシャーとディフェンダー、この二つを切り替える戦術で挑んでくる。いずれも強力だが、特に防御に徹した構えは固く、攻め崩すのが厄介となるだろう。一応、突破口はある。
「この方が命を賭けて守るはずだった人々は、もういません。それを伝えれば、あとは思う存分戦うべく、攻め一辺倒の姿勢になると思います」
戦いに殉ずるべく、己のすべてをぶつけてくるようだ。そうなると立ち位置はクラッシャーになる上、蛇腹剣も起用してくる。攻撃は一層激しくなるので、実際にどのように戦うかは灼滅者たち次第だ。
「実力自体はほぼ互角でしょう。相手も状況を判断する意思がありますが、みなさんの戦術や連携、作戦が定まっていれば、きっと勝てると思います。……あ、それと」
槙奈は少し申し訳なさそうな表情をした。
「この事件を引き起こしたスサノオの行方は、ブレイズゲートと同様に、予知がしにくい状況です。ですが、引き起こされた事件をひとつずつ解決していけば、必ず事件の元凶のスサノオにつながっていくはずですよ」
参加者 | |
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橘名・九里(喪失の太刀花・d02006) |
キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557) |
西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240) |
虹真・美夜(紅蝕・d10062) |
鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247) |
夜桜・紅桜(純粋な殲滅者・d19716) |
神子塚・湊詩(藍歌・d23507) |
天目・宗国(生太刀の刀匠・d24544) |
●
廃寺に続く階段の両脇は、鬱蒼とした竹林が、長い影の壁を作っていた。それでも足元に不自由しないのは、天から差し込む月光のおかげであろう。今宵は満月――とある逸話より生まれし、剣士の『古の畏れ』と対峙する刻だ。
「時は過ぎねど変わらぬ無念の思い、か」
西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)がぽつりと呟く。スサノオは様々な古の畏れを生み出しているが、今回の手合いは言うなれば武士の怨霊。地縛霊とは言い得て妙と橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)は頷く。カラン、コロンと、石階段に彼の下駄の音が間延びして響いていく。
「悔いとは何とも執念深いものですねぇ」
逸話だけに後付けされた部分もあるだろう。しかし長い年月を耐えうるほどの情念が根源にあったと思えば――それはヒトの持つ、深い業の一面かもしれない。
「だが、今は害を為す存在にしかなりえない」
元凶のスサノオへの怒りを感じながら、キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)は努めて冷静に思考する。古の畏れを武士として眠らせたいとは思うが、全員の無事のためならその限りではない、と。
「そうだね。ボク達にできることは、ただ安らかに眠ってもらうことだけだね」
そのために戦う術を、夜桜・紅桜(純粋な殲滅者・d19716)は記憶の中の、かつて共に歩んだ面影に叩きこまれている。
「わたしは古の戦士の、武器の使い方が気になってきたのよ」
天目・宗国(生太刀の刀匠・d24544)の台詞は、刀剣鍛造に携わる彼女ならではの言葉だろう。
(武士としての生き様、か……)
自然と養父を連想していた鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247)は、黙々と進めていた歩みを止める。階段の上から感じるサイキックエナジーの気配が、感じとれるほどになってきたのだ。全員が顔を見合わせて、各々の流儀で頷く。駆けあがった先で竹林は消え、廃寺の影と、月光に満ち溢れた広い境内を露わにする。
そして――
『来たか』
出迎えたのは、油断の欠片もない、峻厳な声色だった。
葵の着物に、戦装束の武者がいた。腰の刀に手を掛けながら、赤く輝く瞳で灼滅者たちを見据えてくる。古の畏れ『ナオタケ』に間違いないだろう。傍らに槍と刀の兵が現れ、武器を構えた。
『我が民に仇なす怨敵は、女子供とて斬り捨てるのみ』
「問答無用、だね」
神子塚・湊詩(藍歌・d23507)が哀しげに零した。その足が鳥のものに、両腕が翼へと変化していく。
「あたしはさ、スサノオが作った存在が、逸話の本人だなんて思ってもいないよ」
だから同情もないと、表情を変えずに虹真・美夜(紅蝕・d10062)は告げる。古の畏れと彼女にとっての真実は、たった一つ。
「襲ってくるなら、真っ赤に染めてあげる」
解除コードに顕現したガンナイフを構え、美夜の瞳が鋭く光った。
●
「弥栄」
レオンは己の腕に現れたギターをかき鳴らす。別の古の畏れとの戦いで得た物と思えば、不思議な感慨も湧いてくる。音の衝撃波に槍兵が槍を構え、耐える。すかさず攻撃に転ずるのは流石か。
「いくよっ、夜桜!」
解体ナイフを取り出した紅桜から、濃密な霧が広がる。虚ろになった敵影に槍は狙いを誤ったのか、湊詩はその穂先を難なくかわせた。
「君もまた、眠りを妨げられた存在か」
ハーピーの如き姿となった湊詩が、自らの魂を削って生み出すは炎の渦。だがそれは全てを燃やしつくす煉獄のものではなく、死の眠りへと誘う冬氷の火炎だ。
周囲一帯を凍てつかせた氷は、しかし配下の兵たちを飲み込む寸前、一刀の下に砕かれた。
『妖怪変化か、恐ろしき技よ』
自身を蝕もうとする氷を打ち払い、進むナオタケを、刀真が阻んだ。
互いの視線が合わさるのは刹那、次の瞬間には間合いが消失している。抗雷撃を放った刀真が素早く後退するも、苦悶の表情。その胸からは斬撃による血が流れていく。
『おぬし、刀使いだろう。なぜ使わぬ』
後退する以上の速度で進撃してきたナオタケの腕が霞み、刃の驟雨となって刀真を追う。
「我が身、常在戦場也」
常に戦場にして、死に場所。ならばこそ生半可な覚悟で体術を使ってはいない意を、赤い瞳の剣士はどう捉えたのか。
『ならば何も言うまい』
繰り出された切っ先が、容赦なく刀真の喉を貫く――ことはできなかった。空を切って飛んできた護符が簡易結界を生み出し、刃の進行を寸前で押し止める。停滞した敵の攻撃に乗じて、美夜が周囲の空間から無数の刃を召喚し、射出した。それはナオタケの掲げた腕の装甲を貫くも、剣士は刃の進行方向にあわせて跳躍することで、致命傷をさける。
「ふぅ……」
防御を成し遂げたキースが安堵の息を吐き、さらに護符を構える。彼の魔力を込めた護符は、矢の速度で放たれた。発動した結界が、湊詩を斬ろうとしていた刀兵の刃を弾く。
「さて、これをどう対処しますかねぇ」
戦闘となり、歪んだ凶相を見せ始めた九里。丁寧な口調こそ変わらぬが、鬼神変による振る舞いは苛烈さが目立つ。刀兵を狙ったかに見えた巨腕は鋭角で軌道変更し、槍兵を側面から薙ぎ払う。
「せえ……のっ!!」
倒れた槍兵へと、宗国が大上段から槌を振り下ろした。力任せの打撃は、直撃すれば間違いなく敵を砕く勢いがある。
轟音。
「――うん、あなたは本当に良い使い手なのよ」
宗国の口が紡いだのは称賛。巨大な槌を防ぐのは剣士の身体。常なら槌を受け止めた刀が折れるだろうが、腕部の鎧をも用いた面として受け止めている。刃鎧一体の防御。
『一旦引け』
槌を押し戻したナオタケの号令の下、距離をとった配下兵が武器を構えなおす。その身体が光に包まれ、傷が癒されていった。
●
戦闘が始まって、数分が過ぎた。
干戈の音はいまだ絶える事がない。
「効いてはいるが、継戦能力が厄介だな」
キースが生み出した影の鎖が、ナオタケの足を捕える。体勢を崩した剣士は、しかし懐から小刀を出して投擲。飛翔する煌めきは地面の護符を串刺し、レオンの展開していた星型の攻性防壁を崩す。槍の穂先が大きな弧を描いて前衛の足をすくい、刀が巻き起こした衝撃波が後衛を吹き飛ばした。
『深追いするな』
配下の兵たちが下がっていく。灼滅者たちが攻撃を続行するか、負傷を癒すかの判断に迷った瞬間のことだった。波が引くような後退に、美夜が大鎌から闇色の波動を放つ。だが、寸前で防御態勢が整った古の畏れたちに、大きな打撃とまではいかない。
「アイツら、しぶといね」
金色の瞳で、敵を好戦的に見据えながら、紅桜が再び夜霧を舞い起こす。血のにじんでいた湊詩の翼から朱が消え、羽先の金が再び輝きを取り戻した。
「でも、そろそろ頃合いだ」
一歩も通さぬ、とするナオタケは拠点防衛の戦いを心得ているのか、集団戦での用兵は悪くない。集団用のサイキックを、あるいは九里や宗国、攻め手からの攻撃を要所要所で防ぎ、ダメージを散らしてのヒールサイキックで相殺する。ナオタケの攻撃自体はなくなってたが、戦闘はこう着状況だ――灼滅者側の布石が整うまでは。
槍兵の負傷は完全には癒えず、攻撃を肩代わりしてきたナオタケの機動力、戦闘能力は確実に蝕まれ、減退していた。対して灼滅者たちは……
「加護も十分――なら、あたしはもう行くよ?」
美夜がくるりと回して構えた、二挺のガンナイフ。主の魔力を吸い上げて、刃の煌めきが増したように見えた時には、彼女の姿は風と化している。
白を基調とした服をはためかせて、美夜が迫るは前進してきた槍兵。油断なく突き出された槍の側面で、火花が散った。穂先に刃を押しあて軌道を逸らしながら、美夜は更に加速する。槍の柄を擦過する刃から火花を迸らせ、美夜のもう一方の手がガンナイフを振り抜いた。
槍兵の首が、半ばまで切断される。
鮮血が舞って絶命するはずの傷を受け、しかし槍兵は鈍らぬ動きで槍を回転させ、叩きつけてくる。美夜も動揺を見せずに銃口を向けた。スサノオの生み出した存在――命がなければ壊すだけ。
夜咲きの銃火が連続で咆哮。発射された弾丸が敵の四肢と急所を打ち砕く。
「君も、もう休むといい」
くず折れ、立ち上がろうとする槍兵に湊詩が十字剣を振り下ろした。輝く太刀筋は掲げられた槍を停滞なく断ち、槍兵を光の中へと消していく。
「ナオタケもだけど、貴方達も大した使い手なのよ」
槌の軌道をかわし、刀兵の放つ刺突。まっすぐな殺意を受け止めたのは、突き出された槌の柄。そしてそれを成し遂げた宗国の目だった。
宗国の瞳が見るは、刀のこしらえと、持ち手が振るう軌跡。刀は綺麗とか美しいとかではなく、単に無骨で頑丈だった。数打ちであろう刀身は、長く耐えられるように。太刀筋は、持ち手が刀身への負担を減らすように。武器が消耗品であった時代の、武器と人が一つであった頃の、再現だ。
「刀鍛冶として、罪無き人を斬って凶刃に堕ちるのを、見過ごすわけにはいかないのよ!」
柄で刃を弾いた宗国が、腕を旋回。再び避けようとした刀兵を、しかし弧を描いた槌は逃さない。受け止めた刀に無数の亀裂を走らせて、バックスクリーンよろしく宗国が振り抜いた。
地面に叩きつけられ、それでも刀兵が起き上がり、日本刀を構え衝撃波を放つ――と思われた瞬間、鋭利な断面を見せて刀は寸断される。
「ようこそ、僕の領域へ」
九里が眼鏡をずり上げ、その口が大きな三日月を形作った。その指が楽器を演奏するかのように繊細な動きを織り成す。髪と血を、呪力で紡ぎし濡烏――夜闇に溶けた漆黒の鋼糸が、月光を反射して刀兵に幾重にも絡み付いているのが見えた。
光が、動く。
文字通りバラバラとなって消えていく刀兵越しに、九里がナオタケを嗤った。
「貴方は、刃でしょう? 守るべき者を失った今、似合わぬ盾などなさるべきではない」
『なに……?』
九里の挑発に、剣士の刀が僅かに揺れた。
『我を謀るか。年老いし父祖、血を分けし同胞、慈しむべき子ら。ここで守る限り、誰一人失うことはない』
「お前は逸話から生まれた存在だ。なら本当は知ってるだろ?」
キースが斬りつけるように言った。大事な者の喪失――キースは無意識に首のチョーカーに触れていることに気付き、スサノオに対する怒りを今一度実感した。これが舞台なら嫌な役回りだ――しかも役になりきるには、感情移入してしまっている。
「守るべき場所も、民も、すでにない」
刀真の声は硬い。自らを犠牲にしてでも守りたかった者たち。その死を、滅びを知る苦しみは、いかほどか。古の畏れが発する否定の言葉は、弱い。
『馬鹿な……ならばなぜ我はここにいる』
「何もできず、病で亡くなった事が悔しかったんだよ、ね?」
自らの銀の毛先に手やり、紅桜が淡く呟いた。やり直すことはできない。紅桜という名をもらった、あの木造りの家に今戻っても、名付けた者がいないのと、同じように。
「時は、流れた」
レオンが瞑目する。おぼろげに思い出す父と母、兄と姉の記憶。たとえどれほど求めたとしても、あの日々に戻ることはもう、ないのだ。
●
『――』
剣士が沈黙した。やがて手甲など一部を残し、剣士の身に着けていた武者鎧は音を上げて溶けていった。奇妙な、それでいて慟哭にも聞こえる音。鎧の残滓は手の先に集まり、蛇腹の剣と化す。
『嗚呼……そうだった。この身は映し身。紛い物』
九里の言葉から揺れていた剣が、ぴたりと止まる。
『ならばせめて、武人として果てるまで戦うことで、我が根源への手向けとしよう』
「逸話の権化、か」
剣士が発する攻撃的な圧力から、湊詩が翼で顔を庇う。武芸に秀でた戦狂い。伝承に記されし中で、唯一叶うであろう望みを浮き彫りにさせ、剣士は前へと出る。
その手に握る蛇腹剣の刀身が分割し、宙を飛来して襲い来る!
「少々、共感を覚えますよ……枷無き今、精々戦闘を楽しもうではないですか」
さしずめ自らは、討つべき相手のない戦狂いか。石畳を下駄で踏みならし、九里が鋼糸を振るう。弾き損ねた刃を、美夜が撃ち落とした。刃を縫うようにして駆け抜けた宗国の槌を、真っ直ぐに日本刀が受け止め、力強く弾き返す。
『喰らえ、縛の太刀』
返す刃が風を生んだ。竜巻に数名が阻まれ、豪風に呼吸が奪われる。動きの止まった者に喰らいつかんとする蛇腹の欠片――それを重厚な刃が薙ぎ払った
『……ようやく抜いたか』
「今の貴方に、手抜きは恥だからな」
銘無き刀を構える、刀真。
「俺も武士として、全身全霊をもって相手仕ろう!」
『応、来い、来い。お主の受け継いだものとその魂が、紛い物ではないと証明して見せよ!』
嬉しそうに笑う逸話の化身の刃を、刀真の精妙な太刀筋が打ち払う。刀真は引き戻した刀ごと前へ進み、心臓へと閃光の一撃を繰り出す。雷の如き神速の刀がそれを阻んだ。二匹の剣客が刃の会話を繰り広げていく。
蛇腹の刃が刀身に戻り、刀真が弾き飛ばされる。剣士が振り返りざまの薙ぎ払いが、湊詩の剣と交差する。突き入れる速度は、逸話の化身が上だ。
『簡単にはやれぬと、肝に銘じておくがいい』
ニヤリと逸話の化身――古の畏れが笑った。それは幾分自嘲を含んでいる。
『仲間を信じて、攻撃に徹するということはな』
古の畏れの喉を、湊詩の十字剣が貫いていた。そして相手の剣は……湊詩の喉もとで止まっている。
切っ先は、レオンの放った符が防護結界で防いでいた。
「チェックメイトだ――もう貴様が、この場に残る意味はない」
だから、安らかにな。それを口には出さず、キースは影を紅蓮に染めた。疾った血色の爪が、動きを止めた剣士に引導を渡す。
『今宵は、満月だったか』
倒れた古の畏れが、空を見て綻んだ。
『あれは、昔から変わらぬ』
最期にそう言うと、剣士は消えていった。
「スサノオに歪められてなお、あなたの剣の質は真っ直ぐだった」
最期は戦に殉じた剣士。その戦闘狂の姿勢すら自らのルーツのためだった。誰かのために振るう剣――誇るべきものだと宗国は思う。
(守るものを失えば同じ末路、か)
刀真は風化した石碑に花を供える。決して美談ではない伝承がこうしてあるのは、先人からの警告……そんな気さえした。隣でキースが十字を切る。
「人はいつか死ぬ。時代が移れど変わらんな」
「そだね。だから後悔する生き方はしたくないよ」
レオンの言葉に短く応えた美夜の唇が、静かに決意を紡ぐ――弟は絶対に見つけ出す。
「夜、更けてきたね!」
紅桜が空を見上げた。幾星霜そうであったように、今日も夜が訪れ、そして明けるのだろう。人間の様々な営みを、月はどれほど見てきたのか。
少なくとも今は、昔話を聞いた子どもが、眠る時間ではあった。
「多少の憂さ晴らしにはなりましたかね、彼も」
「満足して眠ってると、いいね」
九里と湊詩が笑みを零した。消えた者へと、同時に言葉が紡がれる。
「おやすみ」
作者:叶エイジャ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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