シスターは体を火照らせて

    作者:飛翔優

    ●救済をただ願い続け
     明るい日差しが差し込む昼下がり。町外れの教会に隣接する一軒家の一室で、一人のシスター見習いが祈りを捧げていた。
     周囲には、鋭い爪跡の残る壁。無茶苦茶に破かれた羽毛布団。一生の思い出となるはずだった、神父様から貰った焦げ目のついたペンダント……。
     全て、理性を失った己がやった事。気づかぬ内に獣に代わり、焼きつくさんとした己がやった事。
     何がきっかけなのかはわからない。
     ただ、獣への変化が抗えぬ運命なのは悟っている。
     だから、祈る。奇跡を信じて。
     己の意識がある内に。二度と獣にならぬよう。
    「っ……」
     苦悶の表情を浮かべながら、苦しげな吐息を漏らしながら、ただただ恐怖から逃げるため。
     ……神父様を手に掛けることが内容、もしもの時は教会を出ることも頭に入れて……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちと挨拶を交わした倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みを浮かべるとともに口を開いた。
    「とある住宅街の外れにある教会に、イフリートに闇堕ちしようとしている少女が住んでいるのが判明しました」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、彼女は闇堕ちしながらも人としての意識を持ち、ダークネスになりきっていない状況なのだ。
    「もしも彼女が灼滅者の素養を持つのであれば、闇落ちから救いだしてきて下さい。しかし……」
     完全なダークネスになってしまうようならば、そうなる前の灼滅を。
     葉月は地図を広げ、現場となる教会を指し示した。
    「現場となっているのはこの教会の隣にある、神父様やシスターが住む一軒家。この家に住むシスター見習いが、イフリートと化そうとしているんです」
     名を、明島聖。中学一年生の女の子で、本来は落ち着いた物腰の優しい少女で、学校内でも頼りにされる存在。また、両親を亡くした自分を拾ってくれた神父を慕っていて、自分がこの教会の後を次ぐのだと、シスター見習いとしての勉強も精力的に行っている。
    「しかし、イフリートを宿してしまいました」
     一度、イフリートに意識を乗っ取られた時、己の部屋を破壊して回ってしまった。なんとか人に戻ることができたものの、以後、神父や友人を傷つけるのが怖くて部屋から出られないでいる。
     聖を引き取った老年の神父もその意志を感じ取ったのか、対処法がない以上、扉越しに話しかけたり食料を運んだり……そんなことしかできない状態だ。
    「神父様も、救いたいとは思っているはずです。ですから……まずは、神父様とお話をして下さい。そうすれば、きっと協力してくれるはずです」
     神父の次は、聖への声掛けを。
     その成否に関わらず、イフリートと化した聖との戦闘になるだろう。
     聖のイフリートとしての力量は、八人を相手取れる程度。
     破壊力に優れており、爪による一撃は避けづらい上に深い傷跡を残していく。十字架の形をした炎は魔を孕む。炎で蝙蝠に似た翼を生やすことで身を癒やし、破壊力を更に増してくることもある。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「聖さんは本来、心優しい、清らかな方。どうか、その心が闇の炎に汚されてしまわぬ内に、灼滅を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)
    笑屋・勘九郎(もふもふ系男子・d00562)
    アプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)
    宮村・彩澄(グラップルフェアリー・d01549)
    炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)
    木通・心葉(パープルトリガー・d05961)
    ラーセル・テイラー(偽神父・d09566)
    セトラスフィーノ・イアハート(編纂イデア・d23371)

    ■リプレイ

    ●炎爪が人を殺めぬうちに
     住宅街から少しだけ離れた小さな山。葉の茂り始めた木々が並んでいる森の中に、一軒の教会が厳かに佇んでいた。
     仲間と共に足を運んだ笑屋・勘九郎(もふもふ系男子・d00562)は周囲を見回し、整えられた緑地が戦いに適した場所なのではないかと判断する。
    「……ま、出てきてくれるかは別なんだけどね」
    「全力を尽くすしかありませんね。困ったときは助け合わなきゃ、ですし。さーって、がんばりましょー!」
     小さく頷き返した後、宮村・彩澄(グラップルフェアリー・d01549)が元気に明るく教会横の一軒家。神父と、イフリートになろうとしている明島聖が済んでいる場所を指し示した。
     灼滅者たちは頷きあった後、救済のための行動を開始する。

    ●救済の願い
     インターホンを鳴らし、数十秒。回線が開かれると共に、しわがれた男性の声が聞こえてきた。
    「はい、どちらさまでしょうか」
    「はじめましてっすー、聖さんのことで話があるっす」
     何を隠すこともなく、アプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)が明るく言い放つ。
     僅かに警戒された空気を感じながらも、構わず言葉を続けていく。
    「信じられないとおもうっすけど、聖さんは人にならざる力を身につけて暴走しかけてるっす、あっしらも皆同じように力をみにつけた者っす」
     今、聖に何が起きているのかを教えるため。
     あるいは……そう、世界の闇を伝えるため。
    「あっしの場合これがその力っす」
     音は伝わるはずだからと、力を介抱して杖を構えた。
     明後日の方向へ魔力の矢を撃ち込んで、着弾音にて証を立てていく。
    「聖さんが力を暴走させる前に話をして人としての生活を続けられるようにしてあげたいんす」
    「……」
     しばし、沈黙。
     無言のまま回線が来られた後、鍵の開く音がした。
     灼滅者たちが真剣な眼差しを送る中、聖書を抱えた初老の男性がゆっくりを顔を出していく。
    「あなた方は一体……」
     仲間たちと顔を見合わせた後、百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)が頷き口を開いた。
    「莉奈たちは、聖さんと同じような存在。違うのは、力を制御できているという点……いえ、明島さんも、力を制御する事ができるはずなんです」
     そのためにも神父の協力が必要だと、莉奈は真剣な眼差しで訴える。
    「ダークネスに抗う事ができたなら、力を制御できるはずだから。そうすれば、もっといろんな事ができるはずだから……」
     更に重ねるは武蔵坂学園の事。
     力を有している人が集い、サポートしている場所のこと。
    「救うために、一度の戦いは避けられません。けれど、その後は……」
     救い出せる。聖に、そして神父にその意志があるのなら。
     真っ直ぐに言葉を受け止めていた神父は、静かに瞳を細めていく。
     考える素振りを見せたから、改めてその回答の一助となるように、木通・心葉(パープルトリガー・d05961)が箒にまたがった。
    「例えば、こんな力がある」
     空を飛び、常人ならざる力を示していく。
     神父が目で追っていく様子を見つめた後、ラーセル・テイラー(偽神父・d09566)が改めて返答を促した。
    「今一度、絶望の淵に居る彼女を救う為に……貴方の力を御借りしたいのだ、神父」
     両親を亡くし、一度は絶望の淵に立たされたのだろう聖。
     今は、自分が傷つけてしまうのではないかという絶望にさらされ続けている。
     しばしの沈黙を続けた後、神父は瞳を閉ざして十字を切った。
    「分かりました。全てを理解できたわけではありませんが……きっと、主が導いてくれたのでしょう。あなた方は信頼できる。そう思います。どうか、聖さんを……」
     深々と頭を下げる様子を見て、灼滅者たちは一度安堵の息。
     次こそが本番だと気合を入れなおし、神父の案内のもと家の中へと突入した。

     淡い伝統が照らす廊下の横、客間などに用いるのであろう空き部屋を横目に、HIZIRIと記された扉の前へと到達した。
     灼滅者たちが口をつぐんで見守る中、神父は二度、軽い調子でノックをした。
    「聖さん、聖さん、聞こえますね?」
    「神父……様? どうして……?」
    「お話があります。ああ、そのままで良いので、聞いて下さい」
     沈黙を肯定と受け取り、神父は続けた。
     聖を助けに来た者たちが居ると。全てを理解できたわけではないが、それでも、信頼のおける若者たちだと。
    「信じても良いのだと思います。盲目的にではなく、すがるでもなく……ただ、彼らを」
     最後に灼滅者たちを信じていると重ねた後、沈黙した。
     一分ほどの時を経た後に、聖は絞り出したような声を響かせる。
    「わかり……ました。私からも……お願い……します」
     了承。それは解決への道標。
     神父を安全な場所へと向かわせた後、改めて、心葉が扉を開いていく。
     内装は、クローゼットとタンス、勉強机とベッドが一つずつ。
     せめてもと整えたのだろう、仕舞いきれない無茶苦茶に破かれた羽毛布団、仕舞いたくないのだろう焦げ目のついたペンダントの他は、数多の爪痕だけが意味あるものとして刻まれている質素な部屋。
     聖は頭を垂れながら、静かに祈りを捧げている。
    「あの、私は……」
    「ボク達は君を救いに来た。お決まりの台詞だが、君を救えるのはボク等しかない。君自身でも、抑えきれないだろう?」
     言葉を紡ぐ前に、心葉は告げる。
     純粋な思いを汚させぬために、大切な人を傷つけてしまわぬように。……その苦しみを、一秒でも早く介抱することができるように。
     顔を上げていく聖の視線を受け止めて、セトラスフィーノ・イアハート(編纂イデア・d23371)が改めて言葉を投げかけた。
    「わたし達はキミと同じだよ。信じて……必ず、助けるから」
    「自分の身に何が起こったか分かんなくて怖かったよね。俺たちも似たような経験してきたから、ちょっとはキミの気持ち分かるつもりだよ」
     続けて、勘九郎が言葉を紡ぐ。
     少しだけおどけた調子で、笑顔で明るく呼びかける。
    「俺たち、キミの力になりたくて集まったんだ。聖ちゃんがまた、神父様や、友達との幸せを取り戻せるように力を貸すよ」
     少しでも聖が笑えるよう。笑うことのできる心を取り戻すことができるよう。
    「だから、もうちょっと。一緒に頑張ってみよう? 一人にしないよ。手を伸ばしてくれれば、掴んでみせるから。俺たちの事、信じてみない?」
    「……」
     聖はしばし考える素振りを見せた後、小さく、ただ小さく頷いた。
     なら、と心葉が手を伸ばしかけた時、部屋中に熱波が放たれる。
     イフリートが暴れ始めたのだと判断し、莉奈がスレイヤーカードを引き抜いた。
    「La Vie en rose」
     炎纏う獣……イフリートと化した聖を救うため、腕を肥大化させていく。
     懐へと飛び込んでいく莉奈の横を、アプリコーゼの魔力の矢が駆け抜けた。
    「やらせはしないっすよ」
    「うっし、それじゃひとまず抑えるか!」
     魔力の矢が突き刺さり、肥大化した腕が額を捉えイフリートが震えた刹那、炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)の炎を纏いし影が肩を切り裂いた。
     己以外の炎をまとい始めたイフリートは、素早い跳躍と共に彩澄に向かって爪を突き出した。
     彩澄は掲げた盾で受け止めて、想像よりも弱い力に聖が抑えてくれている事を確信する。
     だからより大きな力を込めて、イフリートを押しのけた。
    「同じ家に毎日住んだら、明島さんと神父さんはもう家族です。家族は、離れ離れになっちゃいけないの!」
     瞳に宿す輝きは、決して無根拠な同情などではない。
    「……だから、助けるよ! また家族と一緒に住んで、一緒にご飯食べて、一緒に寝て……そんな当たり前のためにも、ダークネスには負けちゃダメ!」
     自分の知る感情を再び聖に味合わせるわけには行かないと、掲げた盾の領域を広範囲へと広げ前衛陣を覆い尽くしていく。
     されど暴れまわろうとするイフリートを抑えるため、セトラスフィーノが雷を込めた拳を叩き込んだ。
    「大丈夫、大丈夫。暴れる必要なんてない。すぐに、終わるから」
     呼応うるかのように、イフリートの勢いは加速度的に落ちていく。それは、灼滅者たちが動きを封じる技を用いているからだけではなく……。

    ●思い出を守るため
     調度品が少ないとはいえ、人一人が住むだけの空間。決して広くはない小部屋では、イフリートが暴れる密度も濃くなってしまう。
     攻めて凶爪が、魔の炎が大事なものを傷つけぬよう、かばうように動く者もいた。
     そんな者たちを癒やすため、勘九郎は優しい風を吹かせていく。
    「大丈夫、何度傷つけられても俺が癒やす。だから……聖ちゃん、気にする必要はないんだよ?」
    「そう、大丈夫よ、怖くない。その力は人や物を傷つけるだけじゃなく救える力でもあるの。だから、負けないで。闇に勝とう」
     呼応し、莉奈が魔力を込めた杖で殴りかかった。
     インパクトと共に魔力を爆発させイフリートを震わせた刹那、ラーセルの放った弾丸が炎の翼を貫き散らした。
    「さて、そろそろ終わりといこう。……いや、始まりの時を迎えに行こう」
    「これで……」
     動きを止めたイフリートを、心葉が何度も、何度も殴っていく。
    「……すまない。君に戻ってほしいと願いながら、すまないな、今この時が楽しいとボクは思っていた」
     それも、これで終わり。
     拳を引くとともに腕を広げ、倒れゆくイフリートを……聖を抱きとめた。
     伝わり来る寝息にほっと息を吐きだした後、神父に伝えよう! と、灼滅者たちは続く行動へと移っていく……。

    ●シスターは光指す道へと導かれ
     神父の案内により、聖は二つほど隣の部屋へと移された。
     感謝の言葉を受けながら待つこと十数分。聖は目覚め、神父と同じように灼滅者たちへと感謝の言葉を述べていく。
     頷き、全てを受け取った上で、ラーセルは聖に手を伸ばした。
     一瞬身をすくめた聖の首に、ペンダントをかけていく。
    「あ……」
    「お帰り、シスター・聖」
     少し焦げてしまっていても、色褪せない大切な思い出。聖は瞳の端を拭いながら、深く、深く頷いていく。
     顔を上げ、笑顔を見せてくれたから、改めてアプリコーゼは切り出した。
     これからのことを。主に、武蔵坂学園の事を。
    「学園に来るかどうかは自由っすけど困ったことがあれば相談にはのるっすよ」
    「そうそう。みんな、何かあっても相談に乗ってくれると思う。だって、みんな同じ悩みを抱える仲間だもの」
     彩澄も優しい笑顔とともに、さり気なく聖を勧誘した。
     聖は小さく頷きかけた後、神父に視線を移していく。
    「……」
    「聖さん、それはあなたが決めること。……大丈夫、いつでも帰って来なさい。ここは、あなたの家なのですから」
    「……はい!」
     ――結論は出ても、準備などに時間が掛かる。
     具体的な事は学園と相談……という流れとなり、灼滅者たちは帰還する運びとなった。
     去り際に、セトラスフィーノは神父に囁きかけていく。
    「彼女はその身に悪いケモノを宿している。そして彼女は、これからそのケモノと戦いながら生きていくことになる。それはとてもつらい道程だよ」
     暴れ、傷つけ、焼いた心の闇。
     きっかけがあれば、再び発現してしまう事もある。それが、灼滅者の背負った宿命だ。
    「明島さんは、あなたを家族のように慕っている。だから、どうか、どうかこれからも、彼女の支えになってあげてください」
    「もちろん。私からも……聖さんをどうか、よろしくお願いします」
     だからこそ互いに契を交わす。
     聖の歩む道が、可能な限り明るいものであるように。
     迷うことなく、まっすぐ歩いていけるよう……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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