惨劇ルポルタージュ

    作者:柚井しい奈

    ●この物語はノンフィクションです。
     気がついたら持っていた本を開くと、そんな一文が書かれていた。
    「その本は、予言であり記録だ」
     書斎机の上に腰を下ろした少年が謳うように告げた。
     見覚えのない部屋で同時に目を覚ました見覚えのない人達。固く閉ざされ、割ることもできない窓。外への扉は開けどもすりガラスのような壁に阻まれる。
     不可思議な力で閉じ込められた洋館から抜け出す術はただ一つ。
    「本を完成させればいい」
     ふざけるなと掴みかかった初老のサラリーマンはカッターナイフで刻まれ肉片になった。
    「最初のページはサービスだ。ああ、ペンがなければ机の上から持っていきなよ」
     震える手でページをめくれば、何か書きこめと言わんばかりのスペースを空けて1行。
    『死体が一つ』
     同じ内容で数字だけを増やしていくページは14。この場にいるのは少年を除いて15人――1人は死体に変わったけれど。
     本を、完成させろと言ったか。
     悲鳴を上げてうずくまる者、書斎から逃げ出す者。様々な反応を示す人々の間で、御筆・瞳矢(みふで・とうや)は最後までページをめくる。
     物語の締めくくりもまた一文であった。
    『一人生き残った者を祝福し、外界への扉は開かれた』
     ノンフィクション。予言にして記録。
     造作もなく人を殺した少年の言葉に嘘はないと、不思議なほど確信した。ここから出るには、生き残った一人になるしかないのだ。
     ペンを持ち、第一の殺人を克明に描写する。
     瞳矢は小説家に憧れていた。ただ、真面目なばかりの自分には物語なんて書けないだろうと諦めていた。それが、今はどうだ。すらすらとペンが動く。
     さあ、次のページからの空白をどんな文章で埋めようか。まずは目の前でうずくまっている女性の頭に真鍮のスタンドライトを振りおろそう。
     鈍い音がしてカーペットが赤く染まる。
    「ひ……っ」
     壁際で目を見開いた少女は同じ学校の制服を着ていたが、構わずスタンドライトを叩きつける。
     ペンを走らせながら、瞳矢は体が軽くなるのを感じていた。
     いつの間にか少年の姿は消えていたが関係ない。彼は予言の登場人物ではないのだから。
     
    ●未来予測
    「縫村委員会についてはご存知でしょうか」
     閉鎖空間で一般人を殺し合わせ、強力な六六六人衆を生みだす。縫村針子とカットスローターによるこの儀式を防ぐことはできない。
     閉じ込められた一般人は全て死ぬ。唯一の生き残りは完全なダークネスだ。
     だから。
    「生み出された六六六人衆の灼滅をお願いします」
     隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)にはそうとしか告げられなかった。
    「閉鎖空間が解けてすぐなら、ダメージを受けており、配下もいません。ここが灼滅の好機なんです」
     縫村委員会が生み出した六六六人衆はより残虐性を増すという。ここで倒せなければ、どんな被害が出るかわからない。
     アンティークグリーンの瞳がわずかに陰った。
    「六六六人衆になるのは、御筆・瞳矢(みふで・とうや)という15歳の少年です」
     小説家に憧れつつも平凡な人生を送るのだろうと達観する生真面目な学生だった。けれど彼は殺し合いの結果、惨たらしい死を作り出し、その光景を書き記すことに喜びを見出す六六六人衆となる。
     青ざめたままの顔を上げ、小夜彦は灼滅者を見つめる瞳に力を込めた。
    「彼は自らの殺気を実体化させて操るようです」
     殺人鬼が使う鏖殺領域、殺気をばらまき治癒力を低下させる技、殺害予告による呪いを駆使して攻撃するほか、シャウトによる自己回復も行う。
     体力は2割程削れているのがせめてもの救いか。
    「縫村委員会が行われたのはとある洋館なのですが、閉鎖空間が解けてもすぐには外に出てこないようです」
     最後の1人を殺した時点で空間は解放されるのだが、瞳矢は殺し合いの小道具として使われた本を完成させるために一旦書斎に引き揚げるらしいのだ。
    「中に踏み込んで戦うか、扉の外で待ちうけるかは皆さんで決めてください」
     いずれの場合も戦場としては問題ない。
     踏み込んだ場合は普通に戦闘が始まるだろう。外で待ち伏せした場合は先手を取れるかもしれないが、いざという時に撤退しやすくもある。
    「目覚めたばかりだからこそ、彼に慢心はありません。追い詰められれば退くこともあるでしょう」
     全てを鑑みて、灼滅者が最適だと思う作戦を立ててほしい。
     小夜彦はそこで言葉を区切り、一同を見渡した。
    「殺し合いを阻止できないのは俺も心苦しく思います。皆さんも思うところはあるでしょう。ですがどうか、油断だけはなさらずに」
     向かう先にいるのは儀式によって生まれた強力な六六六人衆なのだから。


    参加者
    白鐘・睡蓮(黒天焔之迦具土・d01628)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    古賀・聡士(氷音・d05138)
    棗・螢(黎明の翼・d17067)
    天倉・瑠璃(パンツカイダーでぃけいどぅ・d18032)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    災禍・瑠璃(ショコラクラシック・d23453)

    ■リプレイ

    ●終わりと始まり
     繁華街から離れた山間に建つその洋館は誰かの別荘なのだろうか。
     芽吹くには早い木々の彼方から鳥の声が届く。あたりはこんなにも静かなのに、壁1枚隔てた向こうでは血なまぐさい儀式が繰り広げられている。
    「縫村委員会ねぇ、中々どうして悪趣味で面白いこと考えるねぇ。まぁ、運が悪かったとしか言いようが無いなこれは」
     肩をすくめる天倉・瑠璃(パンツカイダーでぃけいどぅ・d18032)は表情さえも常とは異なり、自らをルリと名乗った。
     船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)は漆黒の瞳を館に向けたままツインテールを左右に揺らす。
    「何といいましょうか、ある意味被害者なのですねぇ」
    「六六六人衆はまだ同じ事を繰り返しているんだね。絶対に赦せないよ……っ!」
     拳を握りしめる棗・螢(黎明の翼・d17067)。
     縫村委員会が開かれるたび、少なくはない命が失われる。この世界がダークネスに支配されていることを実感するのはこんなときだ。
     災禍・瑠璃(ショコラクラシック・d23453)はだぶついた白衣の合わせをかきよせて目を閉じた。大きく息を吸って、吐く。
     1回、2回、3回。
     望むと望まざるとに関わらず、選んだのは彼自身。だから瑠璃もまた選ぶ。かわいそうとは思わない。ここで終わらせる。
     意識を切り替え、瞼を開いた。
    「……!」
     洋館を取り巻いていた気配が一変する。すりガラスのようだった窓は透明に。
     今、1人の六六六人衆が目覚めた。
     ――そして、終わらせる。
     それしか出来ない。小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)は鋭い視線を扉にぶつけ、淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)はつばを飲み込んだ。
    「これ以上、殺させないんだよ……」
    「火葬(インシナレート)開始」
     静かな宣言に呼応して、白鐘・睡蓮(黒天焔之迦具土・d01628)の腕に装着されるバベルブレイカー。
     古賀・聡士(氷音・d05138)がドアノブに手を伸ばす。扉はあっけなく開き、エントランスが出迎えた。
     たちこめる臭い。冷めやらぬ熱気。広がるしみ。階段を上がればまだ新しい赤がひとつの扉の奥へと消えていた。そこが書斎に違いない。
     一歩前に出た亜綾が皆を押しとどめ、細くドアを開けた。指示を受けた霊犬、烈光が隙間から駆け込む。相手が気をとられているうちに先手がとれれば――彼女の思惑は直後に響いた細い鳴き声に打ち消された。
     開け放った扉が内側の壁にぶつかり鈍い音を立てる。
    「へえ、2冊目の舞台もここなんだ。シリーズものなんて腕がなるね」
     殲術道具を手に踏み込んだ灼滅者達の前で、御筆・瞳矢の姿をした六六六人衆が目を三日月のように細めて笑った。

    ●筆を執らば殺意
     机上には薄い上製本が14冊。書斎机によりかかる彼の左手にも同じ装丁の本が1冊。
     左右の壁は書棚に覆われ、窓は机の向こうにある1面のみ。レースカーテン越しのやわらかな光がカーペットに広がる赤黒い染みを際立たせる。
    「回り込まないとね」
    「私が行こう」
     聡士の視線に頷いて睡蓮が床を蹴る。同時に瑠璃は扉の前で光源を無視した影を床に落とし、螢は盾となるべく前へ出た。
    「棗・螢……参るよ!」
     迷いのない動きに殲術道具。瞳矢は本を抱えたまま机から体を離した。
    「なるほど、今度の物語は異能力バトルものってわけだ」
     睡蓮が目を細める。
    「判った……私達がお前の最後の話の素材になってやる」
    「違うね。ここからが始まりだ」
     黒々とした殺気が噴き出した。陽の光が遠のく錯覚。殺気は瞳矢に迫った4人と1匹を覆い尽くし、肌を刺す。
     はためいたのは漆黒のコート。前触れを感じさせず八雲が跳んだ。白光眩い斬撃をいなそうとした本を持つ腕に赤い筋が走る。
    「……お前が此処を出ることは叶わない」
    「此処から外に出して、更なる物語を紡がせるわけにはいかない。悪く思わないでね、少年」
     口には笑みを形作れど瞳には異なる色を浮かべて。聡士が踏み込み、縛霊手の拳を叩きこむ。網目を作る霊力。
    「へえ?」
    「おにーさんが悪いとは言わないけど、これいじょーはさせたくないんだよっ!」
     肩口までのウェーブヘアを揺らした紗雪のクルセイドソードはかわされ半歩及ばず。
     ルリが振りかぶる片腕が鬼の如く巨大化した。長い白髪をなびく。
    「予言にして記録……じゃあ俺が予言をしてやろう。お前はここで死んでデットエンドだ」
    「彼の言葉を知ってるなんて、君達は何者なんだろうね」
     だけどつまり、やることは殺し合いなんだろう?
     唇が歪む。膨れ上がる殺気を前に瑠璃が声を張り上げた。
    「回復重ねるよ!」
    「了解、ですぅ」
     2人の展開した夜霧が前衛を包みこむ。傷口がふさがり、烈光の受けていた呪いも和らいだ。
    「それは面倒だなあ」
    「っ!」
     黒く渦巻く殺気は後衛へと狙いを変えた。のしかかる殺意が重苦しい。活力を奪われる。
     だが持ち上げた唇の端はそのままに、聡士は低く駆けこんで瞳矢の足に一閃。
    「力はお前が上か? ……けど、オレ達は潜ってきた場数が違う!」
    「お前の物語は私達が終わらせる」
     八雲が今度は右の荒神切 「灼雷」を振りおろし、睡蓮が鍛え抜かれた拳を繰り出す。
    「お手並みを拝見するよ。まずは……」
     瞳矢は胸に差したペンを抜き、亜綾につきつけた。
    「君から殺そうかな。無残にナカミをまき散らしてよ」
    「つ、ぅ……!」
     視線が、言葉が、物理的な暴力となって亜綾を襲った。死を予感させる言葉が呪いとなって身の内を駆け巡る。
    「ちょっと大人しくしてよね?」
     螢のウロボロスブレイドが蛇のようにしなるが、カーペットを叩くに終わる。バベルの鎖が見せた確率を考えれば、次も当たるかどうか。背筋を伝う汗を誤魔化すように、螢はウロボロスブレイドを構え直した。

    ●血まみれのページ
    「させないっ!」
     黒い殺意の塊の前へ紗雪が身を躍らせる。別の場所では螢が亜綾の前に立つ。
    「ありがとう」
    「任せてっ! 自分達を回復してねっ!」
     敵の攻撃に対応してヒールサイキックを使い分け、治せる限りの傷を全て治す意気込みで声を上げていた瑠璃だったが、ダメージが分散した時に何を優先するかにまで注意が及んでいなかった。
     逡巡した彼女へ紗雪が笑顔を見せる。後衛を狙われている状態で繰り返しシールドを広げたのも無駄ではない。治癒力の低下は抑えられるはずだ。
    「烈光さんも回復お願いしますぅ」
     肩で息をしながら亜綾は瞳にバベルの鎖を集中させる。敵の動きの予測はクリアなったものの、あくまで見えるのは自分の攻撃に対する予測だけ。攻撃に移る余裕は訪れるだろうか。受けた傷は言わずもがな、不調も消しきれていない。
    「粘るね。さすが異能力バトルもの、さっきまでとは違うや」
    「本を完成させてしまったら、いけない気がするの。だから……」
     あなたの夢を、砕きに来たのよ。瑠璃はわずかに目を伏せる。
    「お前は物書きに憧れるだけで実行しないで諦めてるだけだ馬鹿め」
     ルリの振り下ろす刃が緋色のオーラを纏う。躓いた瞳矢は僅かに顔をしかめてその一撃を受けたものの、告げられた言葉に対しては哄笑を返した。
    「その馬鹿ならもういないよ」
     トン、とペンの尻で心臓をつつく。
     御筆・瞳矢の魂は縫村委員会の中で砕け散った。六六六人衆は他人事のように笑う。
    「僕は違う。惨劇のストーリーテラーだ」
    「そんな俺ツエーしたいんだったら自分を登場させた物語でも書くか自分のドキュメンタリーでも書いてろションベン臭いガキが」
     短く息を吐き出した。ピジョンブラッドの瞳に狂気がにじむ。
     片眉を跳ねあげた瞳矢が牽制を放つのを飛びのいてかわす。
     ルリが退き、一瞬で距離を詰めた八雲が横からノイエ・カラドボルグを振るう。ダメージを受けないのであれば、全力で攻撃に徹するだけだ。窓の前に聡士が下がってきたのを確かめて、睡蓮は巨大杭を叩きこむべく机を踏み越えた。
     状況を視線で追いながら、螢は何をすべきか必死に考える。
     攻撃なら次はどのサイキックを使う。それともダメージを受けた味方を回復するか。とにかく出来る限りを尽くすつもりで立っているものの、状況の切り分けをする冷静さを失っていた己に歯噛みする。
    「そろそろ死ぬかな」
     瞳矢の指先でペンが回った。黒い殺気がひときわ強く膨れ上がる。
     割り込もうとするが間に合わない。
    「あぅ……っ」
     亜綾の体がくの字に折れた。ツインテールが宙に踊る。倒れた体に烈光の鳴き声は届かない。
    「くっ」
    「亜綾さん!」
     動けぬ亜綾と駆け寄る瑠璃に追撃が及ばぬよう、紗雪はシールドを構えて瞳矢の前に立つ。
    「まだ生きてるんだ。すごいなあ」
    「させないっ、てばっ!」
     立ちのぼる殺意を打ち消すように紗雪が叫び、クルセイドソードの破邪の光を打ち下ろす。その間に瑠璃が亜綾の体を持ち上げたのを見て、瞳矢は視線を巡らせた。
    「まあ、後でいいか」
     すうと息を吸い込み、大きく吐き出す。ペンと本を握る手に力をこめると同時、絡み付いていた霊力の糸が、足の腱についた傷が、いくばくか掻き消える。
    「全員倒してから止めをさせばいいんだし」
    「思い通りには……!」
     睡蓮の影が広がるが、本来のものには及ばずとも動きを取り戻した瞳矢は横に飛んでやり過ごした。
    「その余裕、本心からのものかな」
     回復を挟んだのは、灼滅者達の攻撃が無視できないレベルのものだから。
     自らの傷も浅くはないものの、口元の笑みは揺るがない聡士。縛霊手を振り上げる。消えたならもう一度絡めとるまで。
     八雲とルリが後に続いた。
     予備動作もなく跳んだ八雲が空気を蹴って軌道を変える。瞳矢が振り返る動作は間に合わず、加速したまま刃を一振り。
     反対側からルリがマテリアルロッドを脇腹へと叩き込む。
    「そっちこそ、後がないんじゃないの?」
     瞳矢がペン先をつきつける。
    「次に死ぬのは君かな? 首を絞めたらきっと苦しいだろうね」
    「っ、させないよ!」
     青い袖がはためく。瑠璃に向けられた呪いの前に螢が体を割り込ませた。決めたのだ、盾になると。全身に走る衝撃。歯を食いしばる。
    「ああそう、君から殺されたいんだ」
     1人落としたことでよしとしたのか。瞳矢は再び前衛に狙いを定めた。
     数度の攻撃のうちに螢と烈光が倒れる。再び動けぬ仲間を逃がそうとする瑠璃に紗雪が前を向いたまま叫んだ。
    「何が何でも庇うから、今は回復をお願いっ!」
     動けない人に止めをさすほどの余裕は相手にもない。いざとなれば必ずと決意を含んだ言葉に応えて夜霧が広がった。
     痛みを殺して八雲は両の刃をひらめかす。
     1人では傷を癒しきれない。だが、攻撃を担う2人はまだほとんど怪我を負っていない。ならば、まだまだ。
     ルリが喉の奥で笑った。
    「諦めた馬鹿はもういないってんなら、まだ動いてる体も俺が殺してやんよ。愉しくな」

    ●結語
    「……やりづらい」
     苦々しい呟きが荒く息を吐く灼滅者の耳に届いた。
     最初はそれほど当たらないだろうと踏んでいた攻撃もいつの間にか動きを阻害されてダメージは無視できないレベルにまで達している。エクスブレインの予測から組み立てた戦術は見事に機能していた。
     瞳矢が部屋全体を見渡すように動いたのに気づいて、聡士は不敵に笑った。
    「ここから出たいかい? ダメダメ、逃がさないよ」
     ルリが後ろに下がり、瑠璃と共に扉の前に立ちはだかる。窓には紗雪と睡蓮が。反対に八雲は前に出て隙を見せれば斬りかからんと眼光を鋭くした。
     舌打ちしながら駆け出したのは窓。
     睡蓮が腰を落として待ち構える。
    「どかないなら殺すよ!」
     真っ向から受ける覚悟で見つめ返す睡蓮の視界に紗雪の小さな背が大きく映りこんだ。
    「絶対に、通さないんだよっ!」
    「そうだ。言っただろう、これがお前の最後の物語だと」
     赤い髪が跳ねるさまは炎のごとく。バベルブレイカーを突き出す睡蓮。杭が高速回転して唸りをあげた。
     たたらを踏む背中に八雲が肉薄する。
    「斬り裂く……止められるものなら、止めてみろッ!」
     振り向く暇はない。横へ跳ぼうと力を入れた足で傷口が痛みを主張した。バランスが崩れる。
     振り抜かれる刃。遅れて溢れる血しぶき。
    「は……まさか『扉は開かれた』だけで、出られないなんて……とんだオチだね」
     乾いた笑い声はすぐに途切れ、死体が15。

    「俺は中途半端な王道は好みじゃなくてな、それならバットエンドのほうがいい」
     ルリが床に落ちた本を拾い上げ、机に詰まれた14冊の上に重ねた。
    「だから最後はこうだな。そして誰もいなくなったってな」
    「……すまない、そういう結末しか……オレ達には用意出来なかった……」
     目を伏せる八雲。
     聡士は積み上げられた15冊の本に視線を向ける。
    「惨劇の物語は、これでおしまい?」
     1行も付け足されずに終わった本、最後のページを書き上げ損ねた本。強制的に終わりを告げる物語は読む者を嘲笑うようでもあり。
    「否……、また何処かで紡がれるんだろうね、仕掛け人を止めない限り」
     淡々と呟かれた現実を前に、灼滅者は何が出来るだろう。何を望むだろう。
     訪れた沈黙を破ったのは亜綾と螢のうめき声だった。
    「終わったんだね。皆、ごめん……」
    「大丈夫っ。それより怪我は平気かなっ?」
     紗雪が螢の横に膝をつき、瑠璃は廊下の亜綾に手を伸べる。
    「無理しないで」
    「できれば犠牲者の方々を弔ってあげたいですぅ」
     戦いに集中するべく気にしないようにしていたが、書斎にも一般人の死体が転がっていた。
    「わかった。とりあえず私が確認してこよう」
     だから少し休めと睡蓮は口調を和らげた。
     ひとまず物語は幕を下ろしたのだ。決して幸せな物語ではなかったけれど、続く惨劇は防ぐことが出来た。それは誇っていいことだろう。
     ある者は瞑目し、ある者は天井を仰いで息を吐く。
     カーテン越しに差し込む光がやわらかく8人を照らしていた。




    作者:柚井しい奈 重傷:棗・螢(黎明の翼・d17067) 船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月8日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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