椎名・深冬(しいな・みふゆ)は生徒会長だ。
彼女は校内をより良くするため、生徒達の意見へひとつひとつ耳を傾けた。
最近、風紀が乱れている。
校舎裏に、ガラの悪い連中が集まっている。
けれど、彼らも生徒であることには変わりない。
だから深冬は平等に話を聞くことにした。
居場所がないのだ、と彼らは言った。
勉強についていけず、素行の悪さを馬鹿にされ、つい手が出てしまう。
親にはとっくに見放され、家に帰ろうとしても追い出される。
クラスメイトに怖がられるから、教室にもいられない。
校舎裏しか居場所がない。
「……ああ、なんて可哀想なの……?」
深冬は彼らを救うことにした。
校舎裏ではなく、もっと広くて居心地のいい場所を提供することにした。
それは、学校そのもの。
憐れな彼らを背に率いて、深冬は今日も校内を歩む。
その言葉に異を唱えるものは、1人ずつ消えていく。
●
「ソロモンの悪魔へ闇堕ちした少女の存在が予測されました」
集まった灼滅者達へ、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう告げた。
通常であれば、闇堕ちしたダークネスからはすぐに人間の意識が消滅する。
「ですが、彼女はまだ、元の人間としての意識を遺しています。ダークネスの力こそ持つものの、完全なダークネスにはなりきっていません。もしかしたら、灼滅者としての素質を持つ可能性もあります。
皆さんにお願いしたいことは、彼女の救出……もしくは、灼滅です」
闇堕ちした少女の名前は椎名・深冬。高校の生徒会長を務めているそうだ。
「椎名さんはとても真面目で、仕事熱心な方でした。ですが、ソロモンの悪魔へと闇堕ちした際、その意識が悪い方へ向かってしまいました。居場所がない、素行不良の方達を『可哀想』だと思ってしまったんです」
そして、深冬は彼らの居場所を作ることにした。
暴力を許し、怠惰を許し。彼らを守り、助けるため、先頭に立って訴えたのだ。
――知らずのうちに、ダークネスの力を使って。
「その結果、校内の風紀は急速に乱れているそうです。不良の方達の居心地が良くなるように、授業は崩壊して、校則も守られなくなって。反対する生徒の意見は、暴力で封じられているといいます。……こんなの、絶対に間違っていますよね?」
資料を見つめる姫子の声が、微かに震えた。
灼滅者達が深冬と接触できる機会は、午後1時頃。ちょうどお昼休みの時間。
深冬は、取り巻きと化した不良達と共に、生徒会室で昼食を食べている最中だという。
「校内の見取り図は既に用意してあります。ESPを使用すれば、怪しまれることなく辿り着けるでしょう」
だが、問題はそこからだ。
闇堕ちした深冬を助けるためには、1度KOする必要がある。
ダークネスであれば灼滅され、素質があれば灼滅者として生き残ることが可能だ。
また、彼女の犯した間違いを正し、諭すことに成功すれば、その戦闘力は半減するだろう。
だが、共にいる4人の不良達は深冬から力を与えられ、多少のサイキックを使用できる状態にあるという。強い相手ではないが、彼女を……自分達の居場所を守るため、灼滅者達へ襲いかかってくるのは間違いないだろう。
深冬は魔法使いに似たサイキックを。
4人の不良はストリートファイターに似たサイキックを使用する。
「誰かを救いたいと思うのは、とても立派だと思います。悪いのは、それを歪めてしまったダークネスです。……彼女のこと、どうかよろしくお願いします」
憂いを帯びた表情で、姫子は深々と頭を下げた。
参加者 | |
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喚島・銘子(糸繰車と鋏の狭間・d00652) |
殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895) |
橘・千里(虚氷星・d02046) |
ユークレース・シファ(ファルブロースの雫・d07164) |
雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768) |
アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871) |
白蓮院・子夢(全にして一を求め・d19538) |
七橋・京介(愚直な焔・d24867) |
●
昼休みの校舎。生徒が行き交う中、1人、場に不似合いな幼い少女が廊下を歩いていた。
「お弁当を届けにきたの」
不審に思った生徒が尋ねると、少女――アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)はあどけない声でそう答えた。
「ええ。なので、道案内をしてるんです」
続けたのはユークレース・シファ(ファルブロースの雫・d07164)。ESPで18歳に変身し、この高校の制服を着ている。言葉がどこかぎこちないのは、使い慣れない敬語で話しているせいだ。
『へぇ、小さいのに偉いね。でも、学校は?』
訝しげな声。無理もない、アデーレはどう見ても小学生だ。
「それは……」
「御免なさい。彼女、急いでいるようだから」
ESPで対処しようとしたアデーレを背へ庇うように立つのは喚島・銘子(糸繰車と鋏の狭間・d00652)。普段の着物姿ではなく、この高校の制服を着用している。
校則通りのスカート丈。切り揃えられた黒髪も合わさり、艶やかな雰囲気は隠し切れずに滲み出る。
だが、そんな彼女が現れたからこそ追求は行われず。
「失礼。……行きましょう、お兄さん、きっとお腹を空かせているわ」
アデーレを伴い、再び歩き始める銘子とユークレース。
その後ろからは殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)と七橋・京介(愚直な焔・d24867)が続く。
初めて足を運ぶ場所だが、配布された資料で見取り図は叩き込んである。
「生徒会室なら、こちらだ」
「はい、ありがとうございます」
冷静に生徒らしく振舞う千早。
その案内に従い、京介も廊下を進んだ。プラチナチケットにより、周囲から怪しまれることはない。
「……風紀が乱れているとは聞いたが、表向きは静かなものだな」
さり気なく周囲へ視線を走らせ、雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)はそう呟いた。
大勢の生徒が行き交う昼休みの廊下は、一見すればどこの学校にもある平穏な風景。
だが、よくよく目を凝らせば、彼らは常に怯えている風に見えた。
と――不意に近くの教室から怒鳴り声が響いて。
恐怖に身を竦めたのは周囲の生徒達のみならず、傍らを歩く橘・千里(虚氷星・d02046)も同じ。
(「……嫌な雰囲気だ」)
生徒が多い上に、煩い。おまけに乱暴な空気を感じ取り、思わず顔をしかめる。
人酔いに青ざめる千里を庇うように、娘子は堂々と廊下を進んだ。男子制服を着ていることもあり、その姿は凛々しい少年そのものだ。
生徒会室の前に到着すると共に、闇纏いを使って先導していた白蓮院・子夢(全にして一を求め・d19538)が姿を現して。
「廊下や一般の教室には、特に強化一般人はいないようだな」
身を隠し、周囲を探りながら集めた情報を仲間達へと伝えた。
倒すべき敵、あるいは救うべき仲間は、生徒会室の中だけに存在する。
(「行きすぎた憐みは狂気にもなる、か……」)
胸中、子夢はそう呟いて。
それぞれの意を確かめ合うと、灼滅者達は生徒会室の扉を開け放った。
●
生徒会室の中にいたのはいかにも不良といった少年が4人と、囲まれるように座る1人の少女、椎名・深冬。
「仲良くお弁当中に悪いわね」
と、銘子はぐるりと5人を見回して。
「……こうしてると、皆ごく普通の学生じゃない」
思ったままを口にする。確かにガラの悪い少年達ではあるが、昼食を広げる姿は普通の生徒と変わらない。むしろ武蔵坂の平和な昼休みの方が、見た目はよほど物騒なのではないだろうか。
「あなた達、ここの生徒……では、ないわね?」
突然現れた灼滅者達に、深冬は訝しげな視線を向けた。
「ふむ、すぐに解ったか」
そう口にしたものの、千早はさほど驚いてはいなかった。
闇堕ちした者にESPは通じない。加えて、生徒1人1人の声に耳を傾けようとするほど職務に忠実ならば、全校生徒の顔や名前を覚えていても不思議ではないと考えたためだ。
となれば、いつ状況が変化してもおかしくはない。千早は即座にサウンドシャッターを展開する。
「生徒ではない方が、ここに何の御用かしら?」
「ユルたち、みふゆを助けに来ましたです」
このままでは人ではないものへと堕ちてしまうから、と。
18歳の見た目とは裏腹に、あどけないユークレースの声が響く。
深冬の『憐れみ』によって引き起こされた異常事態。
ユークレースにその感情は解らない。
けれど、ダークネスによって本当の気持ちが歪められたというのなら。
「これじゃ、不良さんたちも助けてるって言えないです……!」
『まあ、不良たちの居場所を作ったあなたは割と立派だとは思う』
それは千里の、合成音声による言葉。
『でも……それで一般生徒を蔑ろにしてはいけないと、私は思うけどなぁ……』
首に掛けたロケットへ触れて。
仲間達の背に隠れながらも、千里は深冬へそう呼びかけた。
「そもそも居場所っていうのは自分の力で創り出すものだと、俺は思う」
千早もまた、慎重に言葉を重ねる。
「彼らに便宜を図るよりも、まずは友人になるべきだったんじゃないのか?」
事実、不良を特別扱いしたことにより、深冬の理想は崩壊してしまった。
だからこそ、京介は訴えかける。
「僕は正直、君のことをよく知りません。けれど、君が心を砕いてきた事柄は知っています」
言葉も眼差しも、素直に深冬を捉え、語りかける。
「平等を心がけてきたからこそ、不平等な立場に置かれた彼らを憐れんだ。ですが、君がすべきだったことは彼らと一般生徒との間に立ち、対等な関係を模索することだったのでは?」
「事実、君は彼らに居場所を与えたのではなく、他の生徒達を押し退けただけに過ぎない」
「……なんですって?」
ぴくり、と。娘子の言葉に、深冬の肩が震えた。
気付いていなかったのか、と娘子は眉をひそめて。
「だが、それでどうする? 押し退けられ、怯える日々を過ごす生徒を次は憐れむのか?」
「君はこれ以上、彼らと同じ境遇の者を増やすつもりなのか?」
娘子も、冷徹な言葉を重ねた子夢も。
突き放したようでいて、その言葉は深冬から返る感情を待ち侘びている。
ここで引き戻せなければ、彼女は全てを失い闇へ堕ちるのだ――と。
「今からでも遅くはない。君は、生徒達の架け橋となるべきだ」
「私……そんなつもり、じゃ」
子夢の真っ直ぐな視線を受け、深冬の表情が、言葉が揺らぐ。不安と困惑、歪んだ『憐れみ』が剥がれ落ちるように。
だが、次の瞬間。
「深冬サン、こんな奴らに構うこたありません!」
「下らねぇ御託ばっか並べる奴らなんざ、オレ達が叩き出してやります!」
周囲で様子を窺っていた不良達が、灼滅者達を睨みつけながら立ち上がる。
ふ、とアデーレがため息をついた。
「暴力に頼っていれば居場所を失ってしまう。あなた達も知っているでしょう?」
その言葉は、果たして深冬に届いたのか――。
「理解できないというのなら、教えてあげますよ」
アデーレは左腕を蒼い鷲の爪へと変化させると、飛びかかってきた不良達へと一閃した。
●
「やれやれ……」
面倒そうに呟きながらも、子夢はす、と構えて。
「さて、仕事を始めよう」
次の瞬間、現れたプリズムの十字架が不良達を焼いた。
続けて放たれたのは、銘子のフリージングデス。
「いらっしゃい、杣」
体温を奪われた不良達に、スレイヤーカードから解放された霊犬が飛びかかる。
切り裂かれた不良達へ、千里の放った矢が間髪入れずに襲い掛かった。
『邪魔すんなよ。守りたい気持ちもわかるけど』
「ごめんなさい……。少しだけ、痛くするのです」
重ねて射られたのはユークレースの彗星撃ち。
だが、不良達もやられてばかりではない。毒づきながら、次々と灼滅者達へ殴りかかる。
鋼鉄の如き拳、雷を纏う一撃が前衛の体力を削るも。
「なっちん、回復をお願いするのです」
ユークレースの言葉に従い、ふわんと飛んだナノナノが傷ついた仲間を癒した。
「生徒を傷付けさせはしない……!」
不良達の奥、守られるように立つ深冬が灼滅者達の体を凍らせる。
だが、その瞳には迷いが滲んで。
それでもなお不良達を守り、戦おうとするその姿に、千早は僅かに表情を曇らせる。
「その責任感が、正しい方向に発揮されれば良かったのにな」
だが、まだ遅くはない、と鬼神化させた片腕を不良へ振るった。
「目を覚ませ、深冬」
「わ、私は……」
「何が正しくて何が間違っているかなんて、正直、僕にもわからない」
京介は上着のボタンを外し、動きやすい格好へと変わり。
「だけどそこに悲しむ人がいて、それを僕が守りたいと思ったなら、僕はそれを守るために戦いましょう」
炎を纏う一撃は、『憐れみ』を歪めるダークネスを滅ぼすため。
「逢魔が時、此方は魔が唄う刻、さぁ演舞の幕開けに!」
ギターを構えてくるんと回り、娘子は一瞬でライブ衣装へと変化した。
ひらり舞う和柄のスカート。大輪の花が描かれた袖を軽々はためかせ、ギターの弦を爪弾いて。
先ほどまでの凛々しさは息を潜め、明るく華やかな娘子の声が室内に響き渡る。
掻き鳴らされるギターが不良の足を止めて。
「……少し、眠ってもらいましょう」
すかさず振り抜かれるアデーレのマテリアルロッド。
勢いよく吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた不良はそのまま動きを止めた。
「まずは1人、と。……やはり、大したことありませんね」
「ゆ、許さねぇぞ、テメェら!」
いきり立つ不良達に、アデーレは冷たい視線を向けて。
「許さなかったら、どうすると?」
いくら強化されているとはいえ、相手は少し素行が悪いだけの高校生。
いくつもの修羅場を潜る灼滅者達にしてみれば、子供の遊びのようなものだ。
だが、だからこそ――と。
不良の拳をしっかと受け止め、銘子はきつく深冬を見据えた。
「深冬さん、貴女のすべきことをもう1度考えてちょうだい」
と、残る不良達を一閃の元に斬り伏せる。
「彼らはどうして貴女を守ろうとしたの? 貴女が彼らへ好意を向けたからじゃないのかしら?」
笑顔を浮かべた子供へ釣られて笑顔を向けるように。
人は、好意を向けられれば好意を返す。
「私、は……ずっと間違っていたの?」
「ああ。今度は同情や憐みじゃなく、信頼で繋がれる仲間を作るんだな」
千早は足元から影を伸ばし、戸惑う深冬の体を拘束した。
「な、何を……!?」
「最初に言ったのです。……みふゆのこと、助けに来ました、って」
ユークレースは、真摯な瞳で深冬を見つめる。
「今のキミはただの『暴君』だ……故に、その闇は私達が全力で払おう」
「そのための力が、僕達にはあります」
ふ、と小さく笑んだ子夢の放つ制約の弾丸が、京介の振るう解体ナイフが深冬の動きを阻害して。
「今宵の聴衆は良人も悪人も見境無し! このにゃんこ一生懸命唄いますれば是非是非お聴き下さいませ!」
娘子の艶やかな声が、深冬の内側に巣食う闇へと伝わり、響く。
「嫌、嫌ぁっ!」
苦し紛れに放たれた魔法弾を素早く避けて、千里は音もなく深冬へ肉薄した。
『さぁ、その考えごと、ぶった切ってやるぞ!!』
機械的な合成音声は、しかしどこか人間味を――感情を滲ませて。
死角を突くかのように繰り出された『夜想【氷弧】』が、深冬の動きを止めた。
●
生か、死か。
灼滅者達の見守る前で、深冬はゆっくりとその瞳を開けた。
「私……なんてことを」
呆然とする彼女の周囲に、意識を取り戻した不良達が集まる。
そこにあるのは打算的な行為ではなく純粋な好意だった。少なくとも、そう見えた。
「貴女の行いは間違っていたけれど……きっと、それだけではなかったのよ」
銘子の言葉に、千早も頷き。
「ああ。君達はもう友人なんだ」
「ならば、次は生徒皆の居場所を作ることに注力すべきだな」
華やかな衣装から元の男装へと戻った娘子がそう口にすれば。
「間違いなど誰にでもあるさ。おおよそ、この世の出来事で償いきれないものなどない」
それまで冷徹さを崩さなかった顔に、子夢は微かな笑みを浮かべた。
「まぁ、これからやり直していけばいいさ」
だが――と、微かに表情を曇らせて。
(「彼女はもう、ここにはいられないかもしれないな」)
同じことを考えたのだろう。おずおずと、ユークレースが前に出て。
「みふゆの心があれば、もっとたくさんの人を助けられると思うです」
と、武蔵坂学園についての説明を始めた。
「そう。……私、彼らとお別れしなければいけないのね」
目覚めた力について、深冬はすんなりと理解したようだった。
だが、別れを惜しむように不良達を、室内を――自らの愛した高校を見回して。
「少しだけ、残念だわ」
ぽつり、そう呟いた。
無理もない、と京介は瞳を伏せる。
彼女にとっては、ここが守るべき居場所だったのだから。
「今すぐに、とは言いませんよ」
だが、アデーレは手提げ袋からおもむろにお弁当箱を取り出し、深冬達へ手渡した。
「特別な力に頼らずとも、誰かのためにしてあげられる事はあります」
それは、不安そうに深冬と灼滅者達を見比べる不良達へ向けた言葉。
「それを食べたら皆さんも、何ができるか考えてください」
味は保証しませんけどね、と告げ、アデーレは――灼滅者達は生徒会室を後にした。
お弁当箱の中には、拙いながらも心の篭った中身が詰まっていた。
想いは、届いただろうか。
作者:悠久 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年3月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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