乎煉禍

     それは、氷のように冷たい夜だった。
     空から降る月光さえも細い刃の如く鋭く、見上げた者を突き刺す程に。
     氷月に照らされ、銀にも似た毛並みの獣がゆらと姿を見せる。
     然は獣にして獣に在らず。時を経た赤銅の瞳が睥睨し、その色に似た怨嗟を呼び醒ます。
     それを見届けることなく、獣――スサノオは踵を返し何処へともなく去っていった。

     ざしゃり、と。
     神経質な音と共に、4つの甲冑姿が闇より出でる。
     纏う鎧の色は蘇芳に浅葱、白橡と黒橡。いずれも面頬に覆われその顔は分からない。
     世を睥睨するように首を巡らせ、体を成さぬ声が地を這う。
     呪われよ、呪われよ、呪われよ――
     
    「話をしよう。古い戦の話だ」
     緊張した面持ちで、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が資料をめくる。

     ――今は昔のこと。
     大きな戦があった。それは双方合わせて数百人、否数千人もの武士が戦い、同じほどの屍が打ち果てた。
     敵方の大将首を討ち取れども、あまりにも割に合わない犠牲だった。
    「此度の戦、道理は何処にあるか」
     辛くも生き延びたひとりがごちる。
     この場にあるはわずかに4人。各々に色の違う縅の鎧を着ていた。ただひとつの希望すら見つけることも叶わず、川辺に崩れるように座り込む。
    「道理など」
    「では何故我等は戦った」
     問われて答えに窮する。
     と。黒橡の鎧を着た若武者が、は、は。と笑った。
    「皆死ぬ。皆殺す。それが戦よ」
     即ち、死のためにと。
    「年端もゆかぬ者を殺して得た勝利が、何ぞの誉れか」
     ぎりと刀を持つ手に力が籠る。
    「呪われよ、呪われよ、呪われよ! 我等を永劫の業苦に灼かんとする者よ! 我等にその全ての業を負わせんと望む者よ! 我が望みはただひとつ、全ての者よ、呪われよ!!」
     
     そこまでを語り、エクスブレインは集まった灼滅者たちを見回す。
    「なんとも苛烈な呪詛だな」
     いっそ感嘆して白嶺・遥凪(中学生ストリートファイター・dn0107)が口にした言葉に、ヤマトは渋い顔をした。
    「人間ってのは、追い詰められるとそうなるもんだ。……たったひとつの希望すら打ち砕かれた人間はな」
     もの言いたげな遥凪に苦しげに告げ、すっと資料を取り出した。
     場所はとある山奥の川辺。かつて大きな戦があり、そこへ逃げ延びた武士たちがいた。
     今はその場に訪れる者もなく、忘れ去られた清流が静かに水音を立てているのみで、そこを訪れれば現れる。
    「ずいぶんシンプルな出現条件だな」
     灼滅者のひとりに問われ、ヤマトは首を振った。
     自分たち以外の誰も信じられず、すべてを敵視している。だから、条件などないようなものだ。
    「敵は4人の武士だ。それぞれ、蘇芳に浅葱、白橡と黒橡の縅の鎧を身に着けている。……分かりにくいか? 極端に分けると、赤、青、白、黒だ」
     言って出した資料にはそれぞれの色が載っている。なるほど、見分けはつきそうだ。
     呼ぶことはないだろうが、名前も一応。と、ペンで記す。
    「武器は共通で刀を持っている。加えて、蘇芳は槍、浅葱は盾、白橡は書物、黒橡は大鎌をそれぞれ持っているな。お前たちも扱ったことのある代物だ、性質は分かるだろう」
     資料を差し出しながら言うエクスブレインに海の底の瞳を向け、遥凪がふと問う。
    「白橡と黒橡は、兄弟か?」
    「ああ。そうらしい」
     答えには応えず、眉を顰めるだけにとどめた。
     兄弟、否姉妹を持つ彼女にしてみれば、やりにくい相手なのだろう。
     察したが、私情で手加減をすることもないだろうと思憐を払う。
    「この事件を引き起こしたスサノオの行方は予知しにくい。だが、事件をひとつずつ解決していけば、きっとヤツにたどりつけるはずだ。そのためにも、頑張ってきてくれ」
     言うと、エクスブレインは静かに頭を下げる。
     お前たちが頼りだと告げ、灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    四季咲・玄武(玄冥のレーネ・d02943)
    瑠璃垣・恢(崩壊症候群・d03192)
    流鏑馬・アオト(蒼穹の射手・d04348)
    大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)
    西明・叡(石蕗之媛・d08775)
    ジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)

    ■リプレイ


     望月の下、遠くで清流がさわと静かに音を立てるのを聞く。
     不意打ちを受けないようにと警戒する大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)が巡らせる視線の先に動くものはなく、ただ灼滅者たちの足音と衣擦れが静寂を乱していた。
     空から降る月光が辺りを柔らかく照らす。戦闘に支障が出るようならばと流鏑馬・アオト(蒼穹の射手・d04348)はランプを用意していたが、問題はなさそうだ。
     白嶺・遥凪(中学生ストリートファイター・dn0107)も、周囲を警戒しながら歩を進める。
     水の流れる音が少しずつ近付くに合わせて灼滅者たちはスレイヤーカードを取り出した。
     殲術道具を開放すると同時に、四季咲・玄武(玄冥のレーネ・d02943)はエイティーンのESPを発動させる。
     あどけない幼女の姿から幼さの残る少女のそれへと変えたのには理由がある。相手への敬意を払い、子供、特に幼女を相手に戦うのは気の毒な気がしたのだ。
     彼女に続き仲間たちもそれぞれに殲術道具を解き放つ。
     風に紛れ見つめる視線に気付き、そちらを一瞥してからアルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)は身に着ける指輪に唇を寄せた。
    「ショウタイム――リバレイトソウル!」
     現れた白銀のレイピアを手にして、まっすぐに見つめる。
     がしゃり。
     彼女の視線の先から、重厚な音を立て具足をまとった4人の武士が姿を現す。その縅の色は蘇芳に浅葱、白橡と黒橡。
     重い音は、その身を縛る鎖からも鳴っていた。
    「異邦の者か」
     よく通る声が灼滅者たちへと向けられ、すと蘇芳の縅の鎧をまとう武士が槍を手に前へ出た。
    「その異装……南蛮とも思えんが」
    「武器を持つ以上は我等の敵よ」
     古びた書物を手に興味を隠さぬ白橡を後ろにやり、黒橡が一切を拒絶する。
     月光にぬらと黒く輝く大鎌をすぐにも振るえるように隙なく灼滅者たちを睥睨しながら。
    「敵ならば子供とても倒さねばならぬ」
     そっと息を吐き口にする浅葱の視線を受け、ジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)が得物を構える足元で霊犬・ギエヌイがきっと敵を見据える。
    「戦いが望みとあれば、私たち灼滅者が御相手仕る……人の世に出してはならぬ古の畏れ、あるべき場所へとお帰りいただきましょうか」
     凛と言う彼女に続き村上・忍(龍眼の忍び・d01475)は青い瞳で見据える。
    「否も応もなく貴方達にお贈り致しましょう。意味なく、されど穢れもなき最期の戦を」
    「せめて今に生きるぼくらの手で……」
     続けるように玄武が言い、少女たちのその言葉に蘇芳がひくりと身を震わせた。
     何を、綺麗事を――そう、激昂して。
    「戦うて、その果てに何があると言うのだ……! 貴様等が如何程の屍山血河を見たと言う!! 我等が勝つ事のみで報いんと欲した果てに何があったと!!」
    「ええ。分かることはないでしょうけれど」
     血を吐くかの如き叫びに西明・叡(石蕗之媛・d08775)が霊犬・菊之助を傍に寄せる。
     一切希望のない、真の絶望。それを経験してみないことには彼らの気持ちは判らない。
     それでも、エゴだとしても。
    「倒させてもらう」
     すらと得物を構え、瑠璃垣・恢(崩壊症候群・d03192)が告げた。


     先手を取ったのは蘇芳と黒橡だった。
     ざりっ、と地を踏みしめて抜き奔らせる刀の一閃と、漆黒の大鎌から放たれる衝撃が鋭く後衛へと襲い掛かる。
     ディフェンダーが得物を振るってその刃閃を防ぐが庇いきれず、傷付いた仲間たちを叡の奏でる旋律が癒した。
    「……ギターってどうやるの、こう?」
     殲術道具としての役目は果たすが琵琶に近い奇妙な音を発するギターを抱える彼に、灼滅者と『古の畏れ』は同時に訝しむ視線を向けた。
     ……どうやったらそんな音が出るんだ?
     疑問を払い気を取り直し戦闘態勢に戻る中、小柄な少女に一瞬視線が向けられた。
     意味を考える間もなく恢の攻撃が疾け、間隙を入れず異形化した腕を振り上げ玄武は蘇芳を狙う。
     がっ! 激しい衝撃に槍を掲げて防ぐ。面頬の奥の瞳に何かの感情が横切り、ぐらりと首を巡らせ灼滅者たちを睥睨する。
    「我等が戦うは――」
    「否!」
     何事か言いかけた蘇芳を遮り、浅葱が彼らの後ろから蒼い光を湛えた円形盾を掲げ、防御の加護を広げた。
    「……まさか」
     そのポジションはディフェンダーだろうと事前に予測していたが違う。位置からすれば中衛、恐らくはジャマーだろう。だが、それならば相応に動くのみ。
     敵と同じくジオッセルがシールドを展開し、巨腕と化した腕をそぶりと振るい乙女と忍の重撃が蘇芳へと駆けた。
     少女ふたりによる鬼神変の連撃を武士は得物を構えて防ぎ、攻撃の体勢に移ろうとした次の瞬間だっと地を蹴り反転する。数瞬前に立っていた場所を、アルベルティーヌの放った紅い逆十字が襲う。
    「生き死にの場において勝利者が勝利を疑ってしまったとき、では死んでいったもの達は何のために死んだのでしょうね」
     静かな問いが『古の畏れ』へと向けられ、武士たちの間にかすかな動揺、否、拘泥が走る。
     それは、縋っていたものに裏切られた絶望の反復。
    「死した者が得られるのは何だ。勝利だけを得て何とする」
    「明那」
     絞り出すような声で白橡は問者へ逆に問い、対峙したままの黒橡に咎められる。古びた書物が縅の鎧の胸に強く抱かれた。
     わずかな隙を突きアオトの声が飛ぶ。
    「いけっ、スレイプニル!」
     主に従い騎馬に似たライドキャリバーは敵へと掃射を行う。ざざざざっ! と驟雨に似た音を立てる射撃に煙が躍る。
     咄嗟に身を守る武士を狙い、黄金の弓から星の尾を引き矢が撃ち放たれた。
    「構うな」
     兄弟の言葉に、一番後ろに控える白橡の視線が彷徨う。
    「だが、あれは」
    「子供とて我等に刃を向けている」
     顔は分からずとも声の調子からすれば、灼滅者たちと一回りは離れていないだろう。もしかしたら、白橡と黒橡の兄弟は彼らとそう変わらないかもしれない。
     白橡はジオッセルへと視線を投げ、思いを払うように首を振り書物を掲げた。
     低く地を這う無念と悔恨の呪詛は灼滅者たちの心にするりと入り込み、その奥底に炎を灯す。
     じりじりと内から焦がすのは、信じるものが強ければ強いほどに燻る深い自責。一切を失ってまで得た物に何の意味がある、と。
    「失った分まで前を向けばいいだけでしょう!」
     呪詛を打ち払い、青の瞳に強い色を灯してアルベルティーヌが一喝した。
     信念も無く戦い勝ったというならばそれは生命への侮辱に等しい。そう彼女は考えていた。
     だが、彼らは信じて戦い、勝ったが故に信念を失った。
     自らの選択が本当に正しかったのか。すべてを犠牲にしても貫くことは正しかったのか。
     きりと弓を持つ手に力を込め、アオトも息を呑む。
    「俺はただ、戦う力を持たない人達を守る為に戦う」
     男として騎士や武士に憧れる一方で、英雄譚ばかりではないことも分かっている。そんなものは一握りだと。
     そして勝ち戦が祝福されるものだけではないと、眼前の『古の畏れ』が顕示していた。
     それでも戦うことをやめてはいけない。
    「それが、防人として剣と弓を携えている者の役目だ」
     少年の言葉にひくりと蘇芳が身動ぐ。
    「自らを以て示して見せよ。その世迷言を枉げる事はないと」
     ひぅと風を切り槍を旋転させ、黒瞳が灼滅者たちを見据えた。
     嵐の如き勢いで踏み込んでくる蘇芳の強撃を、黒髪を揺らし乙女がその得物で受け流す。それが再度の開戦の証となった。
     迷いのない攻撃がせめぎ合い、見る者のない川辺に激しく躍る。
     敵の攻撃はどれもバッドステータスを伴うもので、メディックとして動く灼滅者はその解除に追われながら傷を癒していく。
     中衛の浅葱が蘇芳と黒橡に回復と防御を与え、後ろに控える白橡が放つ列攻撃にはブレイクの効果まで付き、相手方に回復手段が少ないとは言え確実に削っていくしかない。
     こちらもまたじりじりと消耗する中、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)がばっと炎の翼を広げ灼滅者たちを癒す。
    「攻撃はこっちで受け持つぜ」
     その為の壁役、と強気に笑う。
    「アンタ達は遠慮なくぶちかまして来い」
     言う彼女に忍とアルベルティーヌも笑みで応え、間断なく得物を振るう。
    「っ!」
     手負いながら蘇芳が轟と振るう槍を恢は自身も槍で受け流そうとし、わずかな力加減の差で体勢を崩す。
     隙を打ち狙い過たず大鎌の凶閃がその首を掻き奪ろうと疾る。続くであろう衝撃にせめても腕を掲げ防ごうと構えた。
     が。音もなくすっと現れた少女が彼の前に立ちはだかり、赤い宝珠の輝く大鎌で斬撃を受け止める。
     完全に防ぎきれなかったか、八神・忍(黒の囀り・d21463)は細身の体に傷を負いながらも後ろへと声をかける。
    「……一回こっきりの助太刀や。後はあんじょうやりや?」
     大鎌を大きくひと薙ぎし、後方へと軽く飛び退った。
     その姿を一瞥し浅葱は何事か言いかけ、しかし忍の放つ鬼神変を盾で弾く。
    「永劫の業苦等と、まやかしに逃げてはいけません」
     距離を取りつつ言う、異邦の面差しを持つ少女にちらと視線が動いた。
    「貴方達が死んだ時、そこで業の積み重ねは終わっていた筈なのです。業を厭うなら、次の生で償う事も出来た筈なのです」
    「死すればそこで終わりではない」
     声を絞り出し白橡が応えた。
    「死した者の縁者に何と言う。その死は誇りと言うたところでどうなる」
    「明那」
     再び黒橡に咎められ苦しげに眼を細める。その視界の隅で戦装束に身を包んだ玄武が躍り、神風を刃と成して『古の畏れ』へと疾く放った。
     自分を狙う攻撃に蘇芳が避けようと身を捩じらせたその時、
    「昂光殿!」
     呼ぶ声に、小柄な少女が距離を詰めていたことを知る。
     咄嗟に得物を構えて攻撃を防ごうとするが叶わず、ジオッセルの雷光の如く叩き込む拳にしたたかに殴打された。
    「っぐ……」
     くずおれる男に浅葱が癒しを与えようと盾を掲げ、だが、はっと上げた顔に影がかかる。
     忍び寄る影が彼を捉え絡め取り、或いは鋭い刃に変わりその身を音もなく斬り刻む。
    「余所見は危ないのですだわ」
     影業を自らの元へ引き戻し乙女がぽやんと微笑む。その後ろで、千布里・采(夜藍空・d00110)も自らの霊犬と影業を従えた。
    「ほな、さっさと片付けましょか」
     主の言葉に、ぴんと立った耳をぱたと振って霊犬がひとつ吼えた。
     膝を屈してもなお闘志を失わぬ蘇芳は疾速で刀を居抜き玄武を狙う。ぞんっ! と一息に駆ける斬撃をかわせず、黒衣が裂けばたばたと血をこぼれた。
     ぐっと眉をひそめこらえる彼女に遥凪は防護符を展開して癒し、一・葉(デッドロック・d02409)がリングスラッシャーを飛ばして護る。
    「『死なんと戦へば生き、生きんと戦へば必ず死すものなり。家を出ずるより帰らじと思えばまた帰る、帰ると思えばぜひ帰らぬものなり』って有名な武将も言ってただろ」
     腹括ってきたんなら、今更絶望すんなっての。
     言う少年に黒瞳が動き、曇りなき刃持つ剣をつっと向けてアルベルティーヌも首を振る。
    「終わった後に迷うなら初めから戦わなければいいのに。挙句に呪われよだなんて何様なのでしょう?」
     飾ることなく真実を告げる言葉に、武士は息を吐いた。
    「『不定とのみ思うに違わずといへば、武士たる道は不定と思うべからず。必ず一定と思うべし』……か」
     揺らぐことなく信じてきた物は、いつの間にか揺らいでいた。
     迷いの果ての答えはここにある。
    「灼滅者と申したな」
     討て。
     短く乞う。
    「菊、頼んだわよ」
     言って叡は白金に煌めく白蛇清姫を構える。主の意向を察して、菊之助が顔を巡らせた。
     小さな白蛇が尾を喰らっているようにも見えるその光輪は空を疾り蘇芳の縅の武士を撃つ。
     アオトの放つ一矢が月光を受け輝きを増し、その輝きに射抜かれ『古の畏れ』の姿が消えていく。
    「世迷言を」
     じりと地を蹴り大鎌を振るって黒橡が吼えた。
    「護ろうとして戦い、奪おうとして戦う。そして皆死に、皆殺す。その死は何となる。勝てば誇りか。負ければ惨めか。名誉の戦死等と言えたものか!」
     力任せに振るわれる凶刃を恢は避けることなく、がっ!! と得物で受け止める。
    「その思いが鎖になるなら、受け止めてやる」
     だから、すべてをぶつけてこい。
     灰色の瞳に射られ、黒瞳が見開かれた。
    「全てを呪う事で楽になろうとしたればこそ、貴方達は遥か遠きこの世に新たな業を重ねんとしています……ならば、その呪い私達に届かぬを見て、絶対の業などない事を思い出して頂きます!」
     届くべきは呪いではないと、忍が放つ結界に浅葱は捉えられる。
     払い崩さんと身動いだ隙を突き玄武が引き起こす雷撃に撃たれ、間髪入れずに撃ち込まれるジオッセルの強撃を刹那に防ぐ。
     盾を掲げ自らを護る彼の視界で真紅の逆十字が輝いた。
    「スナイプ!」
     指輪を着けた手を拳銃のように構えたアルベルティーヌのギルティクロスが、『古の畏れ』を斬り裂く。
     輝きが消えると共に、浅葱の縅の鎧をまとう武士もまた消える。
     残るは、白橡と黒橡。
    「死後も一緒とは兄弟は仲がいいなのよね?」
     ふと。乙女が口にする。
    「再度、一緒に葬るのが情けなのだわ? 皆様はどう思っているのかしらのよ」
     首を傾げて問う彼女に応えたのは、灼滅者ではなかった。
    「共に死ねる事など望んではおらぬ」
     白橡の言葉に、黒橡は彼を見ずに言う。
    「お前より後には死なん」
     答えと判じた乙女の影業が奔る。後ろに控える兄弟を狙うその斬撃に刀を振るって防ぎ、間隙なく畳みかけられる攻撃をその身とその得物で受けた。
     4人で戦っても勝機はなかった。ふたりだけでならばなおのこと。
     それでも戦意は失わず、灼滅者たちもそれにまたそれに応えて全力を傾ける。
     黒橡は恢が放つ一撃を受け流そうと構え、その後ろでアオトの構える弓が兄弟を狙うのに気付く。
     迷った一瞬その隙を突いて叡と菊之助の攻撃が黒橡を討ち、護る者のいなくなった白橡も彼の後を追うように斃れた。
     対の鎧を着た兄弟は深とした月光に照らされ、霞むように消えていく。
    「許せとは言わない。……ただ、安らかに眠れ」
     ざあっ。と渡る風が、叡の言葉を乗せていった。


     すわと線香からたなびく煙が揺れ上る。 
     自らが用意したそれのそばに花を添え、忍が視線を落とす。
    「取除けぬ業などありません。砂ひと粒ずつ山を崩す如くであろうとも。私、今日より貴方達の為にもお経を上げますから……どうか今度こそ安らかに」
     自身が幸せに生きることは死したる者への償い。そう彼女は信じ己に課している。なればこそ、死した者自身を思い無念と憎悪を抱えた武士たちの思いを無碍にはしない。
    「(昂光さん、毘衛さん、明那さん、限洲さん……)」
     玄武は静かに目を伏せ祈りを捧げ、ジオッセルも花を捧げ『古の畏れ』へ思いを馳せる。
    「(彼らの恨み、無念を晴らすためにスサノオは彼らを蘇らせた……)」
     たとえ再び苦しむこととなっても、彼らの心残りは晴らされた。
     それならば、スサノオとは一体何だと言うのか。
    「(古の畏れにとってスサノオとは救世主なのか、それとも……)」
     それを『古の畏れ』に問うたところで答えが得られることはないだろう。だが、それでも考えてしまう。
     同じように思いを馳せるアオトは花を見つめた。
     『古の畏れ』へ告げたのは、初めは姉の受け売りだった。
     だが、今はその意味や責任を理解して、自分の言葉として言えるようになった……と思う。
     それを枉げずに貫き通す意志の強さを守り通せるだろうか。否、貫き通す。
    「信じることは大切だ。でも、盲目的になってもいけないのだな」
     遥凪の言葉に叡は菊之助を撫でてやりながら頷く。
    「でも、ワタシたちは信じて前へ進むのをやめることはできないわ」
     ああ、と短く恢が応え、乙女が不思議そうに彼らを見つめた。
     視線を逸らすアルベルティーヌはふとあるものに気付く。
     しゃがみ込んで取り上げたそれは1尺8寸ほどの、黒橡色の刀身を持つ小太刀だった。
     戦いの果てに自らを置き忘れた若武者を思い、そっと胸に抱く。
     『古の畏れ』を滅した川辺には灼滅者たち以外に動くものはなく、ただ清流が静かに音を立て囁いていた。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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