災厄の祟り蟹

    作者:波多野志郎

     潮騒の音が鳴り響く、断崖絶壁。足音もさせず、一体の獣がその岩場を疾走する。
     外見は、純白の狼だ。その身にまとうのは、炎のように揺らめく青いオーラ。獣はふと、足を止めた。
    『…………』
     そこは、へし折れた石柱だ。獣は、その周囲を幾度か回ると、空に向かって遠吠えを上げた。
     ――そして、ソレは姿を現わす。人間でも見上げんばかりの巨大な蟹、それが海の中から現われたのだ。ガチン、と音を巨大な鋏の音をさせる蟹を見上げると、獣は踵を返して来た道を戻り駆け出した。
    『――――』
     残された巨大蟹は、ゆっくりと岩場へと這い上がる。そこには、小さな壊れた祠があるだけ――巨大蟹は、その場にゆっくりと蹲った……。

    「……ええ、またスサノオが生み出した古の畏れ……なんすけど」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そうため息混じりに切り出した。
    「その海では、一つの伝承があったらしいんす。断崖絶壁の奥に住む、巨大蟹の伝承っす」
     昔は、その付近は漁師にとって漁場であったらしい。しかし、いつの頃からかそこに住み着いた巨大蟹によって船底に穴を開けられ、何人もの漁師が犠牲になったという。
    「で、漁師の人達は、そこに祠と鳥居を建立したと言われてるっす。それに気をよくしたのか、巨大蟹の被害もさっぱりなくなり、逆に奉納すれば大漁になるっていうぐらい、一転守り神になった訳っす」
     最近では、船の発達により漁場はもっと沖へと移行している。しかし、ここに奉納にやって来る信心深い漁師さんもいるようで。
    「最近、高波で鳥居と祠が壊れたらしいんすよ。今は、すっかり折れた石柱みたいなんすけどね? だから、それの修理にやって来る付近の住民が犠牲になるんすよ」
     信心深い人から犠牲になってしまう、というのも皮肉な話だ。だが、今ならばそんな犠牲が出る前に終わらせられるのだ。翠織は、言葉を続ける。
    「昼間にでも挑んでもらって、大丈夫っす。念のため、ESPによる人払いをよろしくお願いするっす」
     敵は一体、見上げんばかりの巨大蟹だ。特にその両の鋏は極悪だ。
    「攻撃力は高いけど、その分命中には難がありって敵っす。後、サイズに比例したタフさもあるっすから、そこだけは要注意っす」
     時間が長引けば、その攻撃にさらされる時間が延びるという事だ。万が一を考えるのならば、慎重に挑むべきだろう。
    「本当、スサノオの目的はさっぱりなんすけどね? とにかく、スサノオ自体が予知出来ない今、一つ一つ事件を解決していくのが堅実な手段っす。犠牲者が出る前に、しっかりと対処して欲しいっす」
     よろしくお願いするっすよ、と翠織は真剣な表情でそう締めくくった。


    参加者
    星祭・祭莉(彷徨える眠り姫・d00322)
    野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)
    賀上・沖経(居合撃ち・d05529)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)
    セリス・ラルディル(月下の黒蝶・d21830)
    甲斐・司(アリアの響きをその手に抱いて・d22721)

    ■リプレイ


     漣の音が、耳の奥をくすぐるように響き渡る。その潮風にマフラーをひるがえしながら、賀上・沖経(居合撃ち・d05529)は真剣な表情で思っていた。
    (「……マズった、冬の海辺とかマジで寒すぎる……俺戦えるのか……?」)
     そう、冬の海というのは身を切るような寒さがある。沖経は上着のポケットに両手を突込み、真剣な表情で遠くを見詰め口元を隠したマフラーの下では外に漏れないような小さな音で歯が鳴らしていた。
     それを知ってか知らずか、野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)も冬のよどんな海を眼鏡の奥から見やり、呟いた。
    「やれやれ、起こさなくても良いものを呼び起こすなんて……全く迷惑な事だよ。スサノオの目的が何なのか分からないけど、放っておく訳にもいかないか」
    「スサノオに直接会ったことが無いけど、純白の狼なんだってね。ボク、見てみたいなぁ。モフモフさせて貰ったら、ばちが当たるかな?」
     そんな星祭・祭莉(彷徨える眠り姫・d00322)の呟きに、小さな笑い声が漏れる――ふと、その笑いに森沢・心太(二代目天魁星・d10363)のしみじみとした声が重なった。
    「おー、生きて動いている蟹を見るのは初めてかもしれないですね」
     鋏が大きいですね! と声を弾ませる心太に、仲間達もソレを見る。
     ノソリ、と海の中から姿を現わしたのは心太の言う通り蟹だった。ただし、それは人間が見上げるほど巨大な大蟹だ。確かに鋏も大きいが、もはや比べる対象がおかしすぎる。
    「ん……今回の相手は大きい蟹、か。蟹といえば食べる以外聞いたことが無い、が……こういった伝承もあるのだな……日本って不思議……」
    「鬼に亡霊、竜神の次は蟹のお化けか……確かに、随分多彩なラインナップだな。それだけ日本の伝承はバリエーションに富むという事か……」
     セリス・ラルディル(月下の黒蝶・d21830)の言葉に、エリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)も指折り自分が関わった古の畏れを数える。
    「……古の畏れにも数多くの種類といいますか多いですね……この前に私が戦ったのは女武士でしたが……人に害を与えるならしっかりと灼滅しましょう」
     囁き、風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)はスレイヤーカードを胸に当て、唱えた。
    「……さあ、唄を紡ぎましょう」
    「大丈夫、こちらも準備整いました」
     深呼吸を一つ、殺界を形成して展開した沖経が頭を切り替える。
    「ガンマちゃん、信じてるよ。一緒に頑張ろうね」
     祭莉の呼びかけに、霊犬のガンマちゃんもまた小さなうなずきを返した。凛々しいその眼差しの目の前、ズン……、と岩場にずしりとした足音を響かせ祟り蟹は横歩きで歩み寄ってくる。その歩み寄る巨体に、甲斐・司(アリアの響きをその手に抱いて・d22721)は言い捨てた。
    「見上げんばかりの祟り神、ならぬ祟り蟹、か。巨大生物との戦いは確かに浪漫だけど、一刻も早く倒して、犠牲者ゼロの祟りで済ませようか!」
     司の宣言と同時、人間大はある巨大鋏が唸りを上げる。その大鋏の一閃が、ここに戦いの幕を切って落とした。


    「そう来るだろうね!」
     司がマントをひるがえした瞬間、ヴオ! と炎がマントを一気に包み炎の翼を形成する――司のフェニックスドライブが、炎の壁のように祟り蟹の眼前に展開された。
    「……重ねます」
     ヴォン! と、その炎を内側から押し上げるように氷香が頭上に掲げたWOKシールドが灼滅者達を包み込む。バチン! と大鋏が炎とシールドに弾かれ、祟り蟹は反射的に鋏を上げて威嚇する――その瞬間だ。
    「これだけ大きいと食べ応えがありそうだが、或いは大味すぎるかな?」
     ヒュガガガガガガガガガガ! とエリスフィールの足元から伸びた剣呑な影の刃が雨のように祟り蟹へと降り注いだ。エリスフィールの斬影刃を、その殻で受け止め踏ん張った祟り蟹へ、セリスが踏み込んだ。
    「斬り裂く……!」
     叫びではなく、その決意を持ってセリスはサイキックソードの鋭い斬撃を祟り蟹へと叩き付ける! バキン! という鈍い破裂音が響き渡る、そこへ心太が駆け込んだ。心太は手作りのお守りを強く握り締め、シールドに包まれた拳を突き上げる!
     ガギン! という打撃音と共に、心太の拳が大きく弾かれた。引き戻された祟り蟹の大鋏、それが壁のように立ち塞がったのだ。
    「硬い、ですね」
     シールド越しに伝わった手応えに、心太は小さくこぼす。タイミング、角度、踏み込み、体重の乗せ方、どれも会心の一撃だった。だからこそ、守勢に回った祟り蟹のその防御の硬さが理解出来た。
    「簡単には、崩せそうにありませんね」
     両手をポケットに入れたまま、沖経が祟り蟹の横へと回り込む。ぞむ……! とその身から滲ませたドス黒い殺意――鏖殺領域を黒い津波のように放ち、祟り蟹の巨体を飲み込んだ。
     直後、ヒュガ!! と鮮烈な火花が殺気の中で散る――死角へと一足飛びで潜り込んだ遠路が繰る、鋼糸だ。
    「なるほど、確かに硬い」
     二本の大鋏を絡め取る、それがせいぜいだった。遠路の左右の指先が動いた直後、祟り蟹の両の大鋏が宙へと引っ張られ振り上げられる。
    「ガンマちゃん、挟まれないように気をつけてね」
     念を押した祭莉の呟きにうなずきを返して、ガンマちゃんは祭莉と同時に踏み込んだ。同時に振り払われる非実体化した刃と咥えられた刃――神霊剣と斬魔刀が、同時に祟り蟹を切り裂いた。しかし浅い、そう感じた瞬間だ。
    「あ、やっぱり」
     蟹さんあぶくぶくぶくするんだろうなぁ、そう思っていた祭莉は、自分の想像が当たっていたことを悟る。祟り蟹の口にブクブクとあふれ出す泡が、文字通り雪崩のように灼滅者達を飲み込んだ。


     横移動する祟り蟹に、横走りしながら沖経が追随した。唸りを上げる大鋏の殴打、単なる牽制のそれでさえまともに食らえば首がもがれそうな重みと鋭さがある。沖経は、それを下段から跳ね上げた刀で強引に軌道を逸らすと返す刃で大上段からの斬撃を繰り出した。
    「これは……固い!」
     金属を切り付けたような鈍い痺れ、それを抑えながら沖経は動きを止めない。再行動、そのまま真横へと跳ぶと、祟り蟹の足の一本を刀の切っ先で薙ぎ払った。
    「少しは止まってもらえますか……」
     振り払った沖経の黒死斬に、祟り蟹の動きが鈍るのは一瞬だ。しかし、その一瞬で十分だ。エリスフィールは祟り蟹の背へと着地、右腕のスターダスト・ストライカーを振り上げた。
    「悪いがその分厚い甲羅、傷物にさせて頂くぞ」
     ガギン! とエリスフィールの尖烈のドグマスパイクが回転しながら祟り蟹の甲羅を文字通り抉りながら突き刺さった。ギギギギギギギギギギギギン! と星屑のような火花を散らして突き刺さっていく杭――しかし、エリスフィールの視界が急激に流れていったかと思うと、その体躯は宙を舞っていた。祟り蟹が、その場で急激に回転したのだ。
    「……目、回ったんですね」
     踏み込む氷香が、呟いた。よろよろと横ではなく前へと祟り蟹が踏み出したのを、見たからだ。そこへタイミングを合わせて、氷香はシールドに包まれた裏拳を叩き込んだ。
    『――ギチリ!』
    「燃えろっ!」
     そして、一気にセリスが駆け込む。右のサイキックソードと左のクルセイドソード、その両方を炎で燃やし十字の斬撃を叩き込んだ。
    「レーヴァ、テインッ!」
     ザザン! とセリスのレーヴァテインに炎の十字傷を刻まれ、祟り蟹は乱暴に大鋏を振るって灼滅者達を薙ぎ払い、その場から駆け出した。目を回したのも一瞬だけだったのだろう、その素早い横歩きで間合いをはかる。
    「炎で熱せば祟り蟹は果たして赤くなるのか……ちょっと興味があるな」
     それを立ち塞がるように回り込み、司は炎で包まれたクルセイドソードを振り払った。祟り蟹の大鋏が素早く盾のように掲げられる――炎剣と大鋏、その二つが激突した瞬間だ。
    「このタイミングか」
     そこへ、遠路が合わせて跳び込む。ガシャン、と変形した解体ナイフの一閃が、大鋏を更に紅蓮の炎で熱く火で包んだ。
    「ガンマちゃん、お願い」
     祭莉が振るったクルセイドソードから「祝福の言葉」を風に変換し開放するのと同時、ガンマちゃんもその浄霊眼の眼差しで仲間を回復させる。その風に、心太は小さく鼻を動かした。
    「わー、いい匂いで焼けてますね。殻も赤くなって」
     目の前で香ばしい匂いをさせる祟り蟹に心太はそう笑みをこぼすと、雷を宿したその拳を大きく振り上げた。
    (「……硬い、敵です」)
     サイズに比例したタフさがある、その言葉を思い出しながら氷香は呼吸を整える。祟り蟹と灼滅者達の戦いは、膠着状態にあった。共に決定打に欠ける戦況――しかし、その状態だからこそ灼滅者達が優位とも言えた。
     祟り蟹は、タフでこそあるが明確な回復手段を有していない。それに対して、灼滅者達は随所で入れ替わり立ち代わり回復役を務め、着実にダメージを重ねていた。
     連携の有無、これは大きい。だからこそ、一度大きく動いた戦況は戻る事はなかった。
    『ギチ――!』
     ドン! と祟り蟹の口元から放たれた水流が走った。巨蟹の水大砲、その水の砲弾へ心太は迷うことなく踏み込む!
     ダン! と、水大砲が直撃した――誰もが、そう思った。しかし、心太の加速は止まらない。金剛不壊を握り締めた拳で障壁を展開、そのまま殴り砕いたのだ。
    「そういえば、かにみそって美味しいんでしたっけ? どこに入っているんでしょうか? まあ、とりあえず叩き割ればわかりますね」
     そして、心太は跳躍。異形化したその右の怪腕で祟り蟹の甲羅を思い切り殴打する! バキン! と盛大な破砕音と共に、祟り蟹の甲羅に亀裂が走った。
    「背を鎧う物は概ね、腹が弱いという相場だが……さて、お前はどうかな?」
     よろけた祟り蟹の懐へ、エリスフィールは一気に駆け寄る。左手のクルセイドソードを振りかぶり――裂帛の気合いと共に振り抜いた。
    「神気発勝……白刃、叩っ斬れ!」
     ヒュガ! と非実体化した剣が、横一文字に祟り蟹を切り裂く。そして、司が大上段からそこへと同じく神霊剣の斬撃を重ねた。
    「神霊剣の非物質の刃ならば、硬い甲羅に包まれていようと、関係ないね!」
     十字に切り裂かれ身悶える祟り蟹に、遠路は音もなく死角から駆け寄りその鋼糸を振るった。バキバキバキバキ! と軋みを上げて殻を切り裂くと、遠路は短く告げた。
    「頼む」
    「……はい」
     それに応え、氷香が無数の魔法の矢を展開、射出した。ガガガガガガガガガガガッ! と亀裂に突き刺さっていくマジックミサイルの群れ――それに続くように、マフラーをなびかせた沖経の足元から影が膨れ上がり祟り蟹を飲み込んだ。
    「あなたにも、トラウマってあるんですかね」
     その答えは、永遠に誰にもわからない。影の中から必死で這い出た祟り蟹を、祭莉の影が宿るクルセイドソードの斬撃とガンマちゃんの斬魔刀が同時に切り裂いた。
    「これでおしまいだよ!」
     祭莉がガンマちゃんと共に、駆け抜ける。そこへ、セリスが燃え上がる剣を手に踏み込んだ。
    「内より砕けろっ……!」
     ザン! と、セリスの渾身のレーヴァテインによる斬撃が、祟り蟹を文字通り両断した。炎に焼き尽くされえるそれよりも早く、まるで潮風に溶けていくように祟り蟹の巨体は掻き消えていった……。


    「ガンマちゃん、良く頑張ったんだよ」
     ガンマちゃんを抱きしめ、その首筋と頭を撫でて労を労う祭莉に、沖経もようやく安堵の息をこぼし壊れた祠を見やった。
    「これで皆さん安心して祠の修復ができますね」
    「鳥居も祠も、その内信心深い人達が建て直してくれるよ。だから今はこれで勘弁な?」
     パン、と手を合わせ、司はそう祟り蟹を確かに敬う。
    「どうせなら守り神としての伝承を具現化してくれれば楽だったのにな。ダークネスに期待したところで無駄だろうけどさ」
     遠路は、祠の壊れ方を確認しながらこぼした。おそらくは、高波の性だったのだろう――そこに人為的なものは感じられず、深いため息をもう一つ言葉を続けた。
    「破壊するだけの畏れなら、ずっと眠ったままでいればいい。ここで信仰されているのはお前じゃないよ」
    「今回は人に害成す方で起こされたが、今後はまた漁師の方々に敬われる守り神として、見守ってくれる様……私が言うには傲岸な言やも知れぬがな……」
     手を合わせ、エリスフィールはそう祈りを捧げる。その隣では、セリスも手を合わせていた。
    (「美味しいご飯が食べれるといいなぁ……」)
     祈っていた事は、顔には出さずに。しかし、同じ事を考えていた仲間も少なくはない。
    「それにしても、あの蟹を見ていたらお腹が空いてしまいましたよ。皆で何か食べて帰りませんか?」
    「……それは、よいですね」
     心太の提案に、氷香もそう口元を綻ばせご飯を仲間達に提案する。それに、祭莉も笑って言った。
    「ボク、おなかぺこぺこなんだよ。ガンマちゃんもおなかがすいているって」
    「わん!」
     祭莉とガンマちゃんの声に、仲間達から笑みがこぼれる。そして、壊れた祠をそのままに、海の味覚を求めて戦いを終えた灼滅者達は歩き出した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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