白炎狼譚~雷獣を宿すモノ~

    作者:叶エイジャ

     空に雷雲。神鳴る響き夜を染め、照らすは寝入る人の里。
     木々に呑まれし森の中、朽ちて久しい砦跡。僅かに残った礎も土に消え、苔の生した様、過ぎ去りし月日のみぞ語る。まるで過去の墓標――
     その前に立つは白き炎の狼。真赤な眼。刃の如き尻尾。
     オオォォォォン……
     天届く咆哮残し、狼去る。残るは礎と、この世在らざる剣士。大太刀に武者鎧。兜の奥、赤く煌めく光は、古の畏れ。
    『――!』
     声ならぬ叫びと共に、剣振るう。刃から紫電の光条が撃ち出され、天へと舞う。
     その身繋ぐ鎖が、ジャラリと鳴った。

    「時は来た……混成の果てに生まれしハイブリット、現れたぜ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が灼滅者たちを迎えた。どうやら、スサノオによって生み出された、古の畏れの出現を察知できたようだ。
     場所は、とある地方都市。
    「近くの森に、剣士の古の畏れが生み出される。そのうち人里近くまで移動するから、惨事が起こる前に倒してくれ」
     古の畏れは問答無用で出会った者を襲い、斬る。闘争本能の塊のような存在だ。付近一帯に伝わる伝承がベースとなっているらしい。
    「雷を斬った男、っていう伝承だ」
     戦乱の世の、凄腕の剣の使い手の話だ。体格にも才能にも恵まれ、敵なし。ただある日雷に撃たれ、半身が動かなくなってしまう。
     これ幸いと、男を倒し名を上げようとする者が勝負を挑んだが、逆にことごとく返り討ち。むしろ男の名を更に知らしめ、その後仕官し臨んだ合戦でも、鬼神のごとき活躍で敵兵を叩き斬ったとか。
     いつしか、「雷に撃たれその力を得た者」、とまで噂されるようになった。
    「面倒なのは、ベースの伝承がそれだけじゃないってことだ」
     雷獣――落雷とともに現れ、自在に操る雷撃で周囲一帯を引き裂く、無慈悲な妖怪。ただし落雷が止まれば力は激減したという。
     元は別の逸話が、後の世にひとつとなったのが、この地方都市周辺。男の半身が重傷であることと、雷獣の力が激減するというくだりが、そこで消えた。生まれたのは「雷獣に勝ち、その力を得た、凄腕の剣士」という話。
     それを元にした古の畏れは、弱点らしい部分が無い。厄介な敵といえる。
    「戦闘能力としては、無敵斬艦刀とサイキックソードが見た目としては近いな。もっとも剣に雷をまとわせて攻撃してくるから、喰らうとけっこう効くぜ?」
     一体ではあるが、奇襲などはできない。真っ向勝負なので、負傷が大きくなった時の対処も、考えておくといいだろう。
    「それと、ベースになった二つの逸話だが、剣士も雷獣も最終的には銃で撃たれて殺されるようだ。銃の名手に心臓を撃ち抜かれて、な。別に銃っぽい殲術道具を持っていけば有利になるわけじゃないが……両方の逸話に共通してる部分だし、なにか思いついたら試してみるのもありかもな」
     もっとも、灼滅者たちが全力で戦えば、特別なことをしなくても勝てる相手だ。そうヤマトは言う。
    「戦闘能力は十二分に厄介な相手だ。油断はしないようにな。生み出したスサノオの行方は予知が難しいが、事件を解決していけば、元凶に辿り着く。いつか必ずな」
     その声に頷き、灼滅者たちは教室を後にした。


    参加者
    嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    天神・ウルル(イルミナティ・d08820)
    木嶋・央(悖徳甘夢・d11342)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    北南・朋恵(複音楽団・d19917)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)

    ■リプレイ


     遠くで雷が鳴った。荒々しい音は大気を渡り、振動を身体に伝える。夜伽・夜音(トギカセ・d22134)は思わず右手の指輪に触れた。ふぅ、と息を吐きだす。
    「古の畏れさん、とっても緊張だよぉ……」
     空は曇天。今いるのは木々の生い茂った暗い森だ。この森のどこかに、今回の相手である古の畏れがいる。それも雷を操る雷獣の伝承と、雷を斬ったという剣士の逸話が融合した存在だ。
     嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)は書物から得た内容を自然とそらんじていく。
    「空には未知の生物がいる……それが雷獣の起源のようだ。それが雷によって落下する、とね」
     正体はハクビシンだとか、トウモロコシが大好物とか。諸説あるようだ。
    「そんな可愛らしい部分もあれば、まだ気が楽だったでしょうね」
     丁寧な声音で肩をすくめたのは蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)。元の逸話からして、凶暴な強さという一面のみ、厄介なほど反映されているようだ。
     だが強いといっても、出会った者を問答無用で斬り、倒せるのが強さだとは認められない。そう越坂・夏海(残炎・d12717)は思う。
    「スサノオも気になりますが、他の人がおそわれる前に、ここでぜったい止めますです」
    「俺もそう思う。やっぱり強さってのは、何かを守る為に身につけるものだよな」
     決意を口にした北南・朋恵(複音楽団・d19917)に頷きながら、夏海は突き出した枝が当たらないようかき分ける。感謝を示すように、朋恵のナノナノ、クリスロッテが嬉しそうに飛びまわった。
     間近で轟音が炸裂したのは、まさにその時。
     落雷ではなかった。雷という巨大なエネルギーではあるが、描く軌跡は水平。その意味することに全員が緊張し、発生源へと足を速める。
     辿り着いたのは開けた場所だった。周囲の木々が焼け焦げ、幹が爆ぜ割れている。それを押し倒して現れたのは、古の畏れだった。大太刀に武者鎧。兜の奥、赤く煌めく光。むき身の刃の上で、微細な電流が舞っていた。
    「名高き剣豪と手合わせできると思えば、少々胸が高鳴るね」
     古の畏れとは初めて相対する清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)。だが人に仇なす存在ならば、やることは同じだ。その目元にデモノイドの蒼い組織が生じ、臨戦態勢へと移行していく。
    「夜闇を照らせ、再生の光」
     そう紡いだ天神・ウルル(イルミナティ・d08820)は、嬉しそうに双眸を輝かせていた。解除コードに、早くも身体に闇色のオーラが巻き起こる。四肢を鎧が覆っていった。
    「わたしの剣さばきで一網打尽の木端微塵、それで最強の名はいただいちゃうのです!」
     えへ、と笑うウルルの表情と口調は軽い。が、戦いの大好きな彼女にとって言葉と構えた拳に嘘偽りはないのだろう。その闘志に呼応してか、雷剣士が咆哮を上げた。その身に紫電が瞬く。周囲が仄かに明るくなった。放散する気配と殺気という名の圧力に、木嶋・央(悖徳甘夢・d11342)は口元を綻ばせた。
    「スサノオも面白いものを呼び起こしたものだ」
     雷の使い手。剣士にはあらねど、雷使いとしての自負があればこそ、央もまた譲れぬものがある。
    「どっちが上か勝負しようじゃねえか――形成!」
     マフラーがはためいた時には、央の姿は和装に大太刀という出で立ちとなっていた。その身には既に、同じく紫電の瞬きが宿っている。
    『――――!』
     古の畏れが再び吼え、同時にそれが戦いの始まりを告げた。


    (ここで食い止めなくちゃ被害が出ちゃう……なら頑張るさんなの!)
    「トギカセ!」
     決意をのせた解除コードに、夜音の影が動く。足元から舞い上がったのは影色の蝶。無数の蝶ははためくと、突如巻き起こった霧に同化していく。松庵の夜霧隠れだった。霧の加護が前衛を包み込む。
    「さて、俺のリーチなら刀の間合いを抜ける必要があるが……」
     兵法なら、次は敵を知れか。松庵の向けた視線の先で、既に戦端は開かれている。
    「さあ、お前の力を見せてみろ。一番目の眷獣、蒼銀の雷虎!」
     央の抗雷撃。身体から噴き上がる蒼い雷は虎の姿をとり、轟声を解き放つ。
     それに応じたのは同じ、しかし異質な雷の斬撃だ。相容れぬ両者が激突し、周囲にプラズマの残滓を散らす。先に退いたのは央だった。その鼻先を掠めて、剣が大地を穿つ。地面が爆砕し、至近距離の央は生じた衝撃波に吹き飛ばされた。地面に繋がった鎖を鳴らし、古の畏れが視線を定める。
     赤き瞳が捉え、狙うは敬厳。
    『――ァアアァアッ!』
     距離はあった、しかし剣士は刀を振り上げ、凄まじい勢いで振り下ろす。
     その刀身から迸ったのは夜目にも明るい雷光だった。雷条は亜光速で撃ち出され、避ける間もなく迫る。
     押し殺した声は、苦痛を伴っていた。
    「夏海殿、すまぬ!」
    「気にするな、深手じゃない」
     肩を押さえる夏海は、敵から目を離さず告げた。腕が動くのを確認しながら、強気の笑みで剣士を見据える。突き刺さる圧力に、痛みに気負けしないように。
    (とはいえ、何度も喰らえないな)
     電撃の掠めた肩は血が出ないどころか、灼かれた部分が黒ずんでいる。のみならず、後ろの細い木々がなぎ倒されていた。灼滅者に減衰されてなお、威力は大きい。夏海は障壁エネルギーを広く展開、堅実に守護領域を広める。
    「こちらも参るぞ!」
     敬厳の翡翠のリングが空を切り裂いて疾った。柊の華の如き尖端が、大太刀の刃と激突し、火花を散らす。刃に光輪が断ち切られる――寸前、敬厳は鉄紺のブレスレットを振るった。リングが軌道を急速変更。刃をかわし、雷剣士の腕を裂く。
    『――!』
     古の畏れの、狼狽する気配。生じた隙に、利恵が滑り込んだ。
     彼女の蒼き腕が蠢き、その腕の縛霊手を覆っていく。生まれたのは鋭利な槍の穂先とでもいうものだった。
     急所を狙った殲術執刀は、しかし即座に反応した剣士の肩鎧を砕くに留まる。さらに追撃して繰り出した切っ先は、一足早く、剣士の翻った刃が打ち返した。そこからの反撃は速い。瞬く光。文字通り雷速の巨大エネルギーが、利恵へと放たれる。
    「さすがは雷をも斬った反応速度、かな……あまりこういう避け方はしたくないけど」
     後退した利恵は無事ながら、咄嗟に盾とした腕がひどい。見れば、楯状に変形した蒼い組織は、貫通した雷によって大穴が開き、炭化している。利恵が腕を振ると、黒ずんだ部分は灰となって消えていった。
    「ホーミングバレット、撃ちます」
    「僕も、デッドブラスターいくよぉ」
     ウルルの拳打を弾き、逆に投げ返した古の畏れ。それに見せるように、朋恵がガンナイフを構えた。その後方では夜音も、敬厳から受け取った短筒の模型を構え、暗い想念を凝縮させていく。二人ともあえて声に出し、反応を待つ。
     伝承の通りなら、剣士も雷獣も銃で撃たれ死んだという。
     銃の名手による、心臓への射撃で。
    『――――』
     はたして反応は、なかった。いや、わずかに動きを止め、朋恵を、夜音を見据えていた。
     まるでその腕前を見定めるように。
     やがてとった行動は、剣を構え、真っ直ぐに迫ってくることだった。全員が一瞬、判断に迷う。銃を恐れるでも、猛って挑む様子でもない。発射音が轟く。
     結果は、ほどなく訪れた。
     撃ち出された漆黒の弾丸を大太刀の刃が断ち割り、手首の返しで朋恵の銃弾を弾く。追尾弾はそれでも剣士へ喰らいつくが、鎧に押し止められ、ダメージとまでは至らない。松庵が顎に手をやった。
    「予想とは違ったか」
     あるいは、スナイパーという立ち位置で心の臓を直接狙えば、また違った結果になったのかもしれない。
    「なら予定通り、全力をぶつけるだけだ」
     今から変更ができるほど敵の攻撃は緩くはない。が、それならそれで真正面から強敵に打ち克てば良い。夏海の声に灼滅者たちが頷いた時だった。
     耳をつんざく、轟音。殴りつけてくる重い風と光。
     銃弾を剣技で切り抜けた古の畏れは、大太刀を天へと掲げていた。その切っ先へと天雷が落ち、大地を震わせて着弾する。
    『受けよ、雷獣の太刀』
     剣士が紡ぐ、明瞭な声。同時に刀身から、幾重もの雷条が迸った。
     扇状に放散する雷の束が波打ち、獣のような大きさとなって周囲一帯を噛み砕いていく……


     戦闘開始から数分、二度目の雷条の束が森の中を駆け巡った。地面が破裂し、幹を削られた木々が軒並み倒れてくる。白煙が立ち上っていた。瞬間的な高熱で地面が溶け、水分が蒸発しているのだ。
    「洒落にならん攻撃じゃのう。大砲の一斉射撃でもくらっとる気分じゃ」
     立ち上がった敬厳。飛び散った土で白練袴の装束が汚れるも、払う余裕もない。敬厳はギターを顕現させ、緑の弦へと指を添える。雷の嵐に曝されたのは前衛だ。軽くない損害に、松庵もギターの旋律に合わせ、再びの夜霧を生み出す。
    「似た逸話をもった名将がいたな。同じ人物かは知らないが……手強い相手だ」
    「僕も僕にできる事、精一杯さんなの」
     霧を、夜音が更に深くする。古の畏れの戦闘能力は、高かった。完全に傷は癒せないが、前衛が攻めに専念できなければ勝利も覚束ない。夜音は手にした符に癒しの霊力を注いでいく。時間は多くない。高温にたなびく煙の向こうから感じる気配。煙と虚ろな霧のおかげで、古の畏れはまだこちらを見定めていなかった。態勢を立て直すなら、今しかない。
     ダメージに加え、付与効果の多い敵の攻撃。だが先んじて対策を行い、中後衛の浄化によって、脅威は消えていく。残った傷も、前衛自身が集気法や祭霊光を使うことによって癒えていった。
    「ナノゥ?」
    「クリス、ありがとう」
     心配そうに周囲を飛ぶナノナノに、微笑む朋恵。その目前でウルルが立ち上がり、拳を打ち合わせた。
    「たくさん守ってもらった分は、いっぱい叩いて返しますぅ」
     そう告げたウルルの全身を、四肢の先から伸展してきた金属鎧が覆っていく。闇色オーラに包まれた全身甲冑はやはり黒。その胸元の紋章と双眸が不気味な赤い光を発した。
     白煙が消えた。刀の一振りで白の帳を吹き散らした剣士へと、駆けたウルルが剣を呼び出した。大上段から振り下ろすは破邪の白光。対して古の畏れが放つ横薙ぎの剣にも雷光が宿る。激突の瞬間、眩い光が飛び散った。ウルルは退かない。弾かれた剣を引き付けると、旋回するように叩きつける。
     鎧を剣が貫いた。
     血風が舞う。
     体をずらし急所は避けたが、ウルルの身体を雷剣士の刃が貫いていた。黒の兜の奥で苦鳴が漏れ、剣の切っ先が力を失う。その瞬間だった。怒号を発し、ウルルが更に踏み込んだ。抉られながらも一閃した十字剣が、雷剣士の胸元を深々と斬り裂く。暴挙じみた攻撃に呆然とした態の剣士の顔が、閃光の拳にかち上げられる。ウルルの猛攻だ。
    「危ない!」
     振り払われ、血を纏って地面に叩きつけられたウルル。吹き飛ばされた彼女に雷の槍が突き刺さる――寸前、夜音が符による防御結界を盾に立ちはだかる。槍は結界ごと夜音を弾き飛ばすが、生じた一瞬の拮抗に夏海と朋恵が盾を形成し、凌ぎきった。
    「嵯神、精確無比なヤツ頼んだ!」
    「頼まれようか」
    『――――ッ!』
     古の畏れが咆哮を上げ、身体から莫大な放電現象を起こす。増大する圧力へと夏海が疾った。腕が鬼のそれへと変貌する彼に、降り注ぐのは雷の槍衾。松庵の手から影で形成されたナイフが投じられたのは、まさにその時だ。
    「既に詠唱完了。秘蹟の一端、ご照覧あれ」
     松庵が手で印を切った。飛翔するナイフを中心に魔術が展開、連続で撃ち出された魔法の弾丸が、雷条をことごとく撃ち落としていく。
     電撃と魔術の爆轟。それを突き破って鬼神の腕が雷剣士を捉えた。触れた拳から電流が駆けのぼってくるが、夏海はこらえ、腕を振り切る!
    「ただ力を振るうだけなら、こっちも負けられないからな」
     痺れる手足を精神力で支え、赤い瞳を真っ向から見据える夏海。
    「やはり、消耗しておるようじゃな」
     その傍らを駆け抜け、敬厳がギターを構えた。取り付けたグリップをもち、力一杯に叩きつける。その一撃が刀で受け止められた瞬間、敬厳は古の畏れが笑うのを見た。
    「確かに、弱ったお主に力負けするわしは、笑えるのかもしれんのう」
     膂力負けで押し返されながらも、敬厳は歴戦の武将の如き、峻厳な表情を崩さない。
    「じゃが――非力は承知。一人で戦ってるわけではない!」
     立て続けて放たれた銃弾に、雷剣士の刃が弾かれた。連発射撃をなした朋恵が、至近距離でガンナイフの刃を振るう。
    「……おはなしの世界の中にかえってください、なのです」
     ギターと銃剣の一撃をその身に受け、存在を希薄にする雷剣士。その手が今一度大太刀を掲げ、極大の雷を招来した。
     顎を開き、解き放たれた雷獣が跋扈する。
    「いい加減にしとけ――その技、もう見切った」
     跳びはねる雷獣――雷条の塊に向けて、央が鞘鳴りとともに剣を抜き放った。刃が雷条を切断するのを見届ける間もなく央は振り返る。彼へと襲いかかる雷獣が、三匹。
    「雷を斬れるのがてめぇだけだと思うなよ!」
     その全てを斬り捨て、雷剣士へと放った一撃は神速に迫っていた。剣士の反応は、かろうじて飛び退くだけ。その傍らへと、両断された剣持つ手が落ち、消えていった。
     利恵の霊力が投網となり、それでも電撃を発しようとした古の畏れを捕らえた。
    「すまないが、雷は去った」
     いつの間にか、空から暗雲は消えつつある。やまぬ雨がないように、消えぬ雷もまた、ないのだ。
    「偉大なる剣豪の魂よ、静寂に眠れ」
     デモノイドで覆いし拳、乱れ飛ぶ速さは閃光か。
     巨腕と細腕を織り交ぜし連続攻撃。対する事も出来ず、剣士は崩れ落ち――
     そして倒れ伏す直前、音もなく消えたのだった。


    「スサノオの手掛かりは、なしか」
     松庵は頭を振った。想定内だが、今回の敵が力の一部とすれば、やはり危険だ。
    「雷を使う攻撃手段があると厄介ですね」
    「その時は、また斬るだけだ」
     敬厳の危惧に、央が静かに告げる。
    「フフ、無理は禁物だ。肩を貸そうか?」
    「感謝ですよぉ~……」
     差しだした利恵の手を、ウルルが握る。軽くない傷だが、ゆっくり休めば治るだろう。その表情は、厳しい戦いを経て嬉しそうだ。
    「そういえばここって、とりでが昔あったのですよね?」
    「みたいだな。伝承の人も、元々は何かを守るために戦ってたりしたのかな」
     朋恵の言葉に夏海が頷く。クリスロッテは眠そうに漂っていた。
    「伝説の御話は、継いだ誰かが快く語れるよう、戻してあげたいですねぇ」
     安らかに、と呟いた夜音が気付いた。古の畏れが消え急に暗くなったが、森の中は最初よりずっと明るい。
     見上げた空は、いまや完全に晴れ渡っている。
     月と輝く星々が、灼滅者たちの帰路を優しく照らしていた。

    作者:叶エイジャ 重傷:天神・ウルル(天へと手を伸ばす者・d08820) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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