荒魂を醒ます者~二ツ池の龍と猪~

    作者:魂蛙

    ●荒魂を醒ます者
     スサノオは葦を踏み分け、池に歩み寄る。スサノオが鉤爪を浸すように池に踏み出すと、吹き始めた冷たい夜風が水面を揺らした。
     スサノオの遠吠えに怯えるように、葦がざわめき震える。スサノオの頭上には渦を巻くように、分厚い暗雲がたちこめて夜空を覆い隠していく。
     そして水面を割って池から飛び出したのは、巨大な雄龍だった。
     池から伸びる鎖に繋がれた雄龍は、蛇のように長い巨体をうねらせ、冠した一対の角をもたげて天を衝き、雷鳴の如き咆哮を上げる。のたうちながら天へ昇る龍が雷雲の中へ消えると、雲は雷鳴と稲妻で龍を歓迎した。
     巨影蠢く雷雲の下、スサノオが見つめていたのは池の向こう側だった。そこに立つ影が、獰猛な光を宿した双眸で暗雲を見上げ、蒸気を噴くように鼻息を荒くしながら蹄で地を掻いていた。
     やがて降り始めた大粒の雨を躱すように、スサノオは踵を返し何処かへと走り去っていった。

    ●二ツ池の龍と亥
    「また、スサノオが古の畏れを呼び出したみたいなんだ」
     教室に集まった灼滅者達に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が切り出す。
    「場所は三重県伊勢市。古の畏れが大雨を降らせていて、いつ大きな被害に繋がってもおかしくない状況なんだ。手遅れになる前に、みんなにこの古の畏れの灼滅をお願いするよ」

     まりんは机の上に伊勢市の地図を広げてみせる。
    「古の畏れによって、伊勢市は嵐みたいな集中豪雨に見舞われているんだ。雨の中大変だけど、みんなには午後8時、市内にある二ツ池っていう池に向かってもらうよ。池に着くと、すぐに1匹の龍が現れて戦闘になるから気をつけてね」
     電車などの交通機関はまだストップしていないが、大雨の中で行動することになる。池の周辺に至っては傘が役に立たない程の土砂降りなので、覚悟しておくべきだろう。
     豪雨のせいで池に一般人が寄り付くことはないので、周囲の被害については心配いらない。
    「龍にある程度ダメージを与えると、大きな猪が現れる筈だよ。この猪が、古の畏れの本体なんだ」
     龍は灼滅者のサーヴァントに近い存在、と考えていい。つまり、猪を倒さない限り古の畏れを灼滅することはできない。
    「猪は現れると同時に周囲に炎を撒き散らすんだ。いきなり襲いかかってくることはないから、奇襲を受ける心配はないと思うよ」
     この猪の炎はサイキックによるもので、池を覆うほどに激しく戦場一帯に燃え広がるものの、それ以上は延焼しない。また灼滅すれば消えるので、火事になる心配はない。
    「猪が現れると龍はみんなへの攻撃を止めるから、猪との戦闘に集中できるよ。とは言っても、連戦になるから充分に気をつけてね」
     サーヴァントに近い存在とはいえ、龍の戦闘力も高い。豪雨の中、ダークネスに近い戦闘力を持つ敵との連戦だ。生半可な覚悟で挑むべきではないだろう。
    「龍は戦闘時のポジションはクラッシャーで、龍砕斧の龍翼飛翔、マテリアルロッドのヴォルテックスと轟雷に似た3つのサイキックを使うよ」
     HPを半分程度減らされると、龍は飛行中のポジションに移行する。以後は灼滅者から攻撃を受けなければ、龍も攻撃してくることはない。
    「猪もポジションはクラッシャーで、ファイアブラッドのレーヴァテインとフェニックスドライブ、ガトリングガンのブレイジングバーストに似た3つのサイキックで戦うよ」
     戦闘力も含めて、猪はイフリートに近い敵となる。龍とはまた異なる戦法で攻めてくるので、柔軟に対応すべきだろう。

    「みんなのおかげで、少しずつスサノオを追い詰めている。そんな気がするんだ。今回の事件を解決することも、きっとスサノオを追い詰めることに繋がるはずだよ!」
     まりんは灼滅者達に激励し、手を振り送り出す。
    「怪我をしないのはもちろんだけど、雨に濡れて風邪をひかないように気をつけてね!」


    参加者
    石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)
    椎葉・花色(イッパイアッテナ・d03099)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    三澤・風香(森と大地を歩く娘・d18458)
    小崎・綾(ダブルアクション・d23329)
    エスメラルダ・ロベリアルティラ(硝子ノ小鳥・d23455)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)

    ■リプレイ

    ●渦中へと
     ビー玉を投げつけられているかのような、大粒の雨と風が頬を叩く。二ツ池を訪れた灼滅者達を迎えたのは、暴風雨の手荒い歓迎だった。
    「エル、あまり先に行っては、いけませんよ」
     雨の中を上機嫌に跳ねながら歩く霊犬のエルを追いかけるサフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)が真横に構えた傘が、風に煽られ白旗のようにはためいた。
    「しかし、凄い雨ですね」
    「え? 何か言いました?」
     外套を羽織った石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)の呟きは、雨音に遮られて隣の椎葉・花色(イッパイアッテナ・d03099)にさえ届かない。
     騰蛇は首を横にふりかけ、声量を上げて花色に言葉をかける。
    「声を掛け合う時は、大きな声を出さないといけませんね」
     二ツ池は名前の通り、東池と西池という2つの池が並んでいる。灼滅者達は雄龍が現れた東池の方に近づいていく。
    「さあ、どこから来るのかなあ?」
     ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)はグリップの効きを確かめるようにぬかるんだ地面を2度3度踏み締め、早くも戦闘態勢だ。
    「……どうやら、探すまでもないようだ」
     龍造・戒理(哭翔龍・d17171)は急速に膨れ上がる気配を察し、池に向き直った。
     ライトの光を当てられた水面が渦を巻き、地鳴りと雷鳴に挟まれた灼滅者達が身構える。
     直後、池がひっくり返った。
    「来るぞ!」
     天を衝く水柱。それを突き破ってうねる巨体が飛び出し、灼滅者達に迫る。雄龍だ。
     突進する雄龍は飛び退く灼滅者達の頭上スレスレを飛び急上昇、暗雲に飛び込む。稲妻の隙間を縫って飛ぶ龍は雲の中から悠然と姿を現し、灼滅者達を見下ろし咆哮した。
     懐中電灯をそっと地面に置いた三澤・風香(森と大地を歩く娘・d18458)の呟きは、雨音に飲まれて消える。スレイヤーカードの封印が解かれ、若葉色のオーラを纏った風香が飛び出した。
    「さぁ、物語の騙り手となろう」
    「いくぞ」
     エスメラルダ・ロベリアルティラ(硝子ノ小鳥・d23455)がレインコートを翻して駆け出し、零という名の裏人格を表出させた小崎・綾(ダブルアクション・d23329)が、ライドキャリバーの流星号を伴い続く。
     龍が鎌首をもたげて1つ鳴くと、暗雲が雷撃を落として3人を迎え撃つ。
     3人が散開し、加速した流星号が突出する。流星号は跳ね飛ばす泥水を羽衣のように纏いながら、スラローム走行で雷撃を引き付け躱していく。
     回り込むように動き間合いを詰めていた風香も、上空の龍の視界の中にあった。風香が跳躍すると、龍は体を翻し風香に向き直って吼える。吐き出される音圧に空気が震え、渦を巻き、暴風の壁となって風香に襲いかかった。
     風に煽られ姿勢を崩して空中を流される風香に、大鎌の如き爪を備えた前足を振りかざした龍が迫る。
     が、龍の鼻先を直下から放たれた光線が掠め、龍は体をくねらせながら急停止した。綾は構えたバスターライフルの連射で、龍を攻め立てる。更に妖の槍を構えて跳んだエスメラルダが妖冷弾を発射し、龍に光と氷の十字砲火を浴びせる。
     その間に体勢を整え着地した風香は間髪入れずに地を蹴り跳び、龍の腹を殺人注射器で突き上げた。注射器が吐き出す粘性の強い深緑の液体が龍の腹にへばりつく。
     煙を上げて焼け付く痛みに苦悶の声を漏らし、龍はのたうちながら退避する。間合いを取って灼滅者達に向き直った龍が怒りの雄叫びを上げると、黒雲が呼応するかのように雷鳴が轟いた。

    ●池の神也
     降り来る雷撃と、霊障波が衝突して眩輝を撒き散らす。ビハインドの蓮華は滑るように戒理の前に躍り出て、細くしなやかな指先から放つ霊障波で、連続して落ちる雷を弾き飛ばす。
     力ずくに切り替えた龍が降下してくると、戒理も蓮華と入れ代わり飛び出した。
     戒理がバトルオーラを喰らい膨張するデモノイド寄生体の右手で圧縮した酸の塊を投射する。飛び来る酸弾を龍は体をくねらせ躱し、地面を抉るように土砂を巻き上げながら尻尾を薙ぎ払う。
     地を蹴り尻尾を跳び越えた戒理は寄生体を盾に泥の高波を突き破り、龍の前肢を蹴って更に跳躍、直上から酸弾を直接叩きつけるように龍の背中に寄生体の右腕を振り下ろした。
     姿勢を崩しよろめいた龍が戒理を振り払って体勢を立て直し、吐き出す竜巻で灼滅者達をまとめて吹き飛ばした。
    「大丈夫ですか、皆さん!」
     サフィは吹き飛ばされた花色に駆け寄りつつ、セイクリッドウインドの回復を施す。
    「ゴーグルしてて正解でしたね」
     起き上がった花色は顔についた泥を拭い、龍を見上げる。
    「後続が控えていますし、早めに退いて頂きましょう」
     花色はロケットハンマーを肩に乗せて立ち上がり、強く地を蹴って飛び出した。
     ロケットに火を入れ飛び上がった花色は、大きく旋回し龍の背中に回り込みながら接近を試みる。が、上から雷撃が花色を狙い、回避運動でバランスを崩した花色に反転した龍が襲いかかる。
    「ボクの相手もして欲しいなあ」
     龍に飛びかかったハレルヤが、妖の槍を振るい龍の前脚を切りつけた。狙いをハレルヤに変えて振るう龍の爪をハレルヤは槍で受け、大きく後退しつつの着地から更にバックステップを刻んで龍を引き付ける。
    「畏れは血って出るのかなあ」
     振り上げる龍の爪を槍で受け捌いたハレルヤは、一転前へ出てそのまま懐に飛び込み様、腹に深く槍を突き刺した。
    「試してみようねえ」
     口角を吊り上げたハレルヤは勢いに乗せて体重を押し込むように前宙、槍を振り下ろし龍の腹を切り裂く。
     悲鳴を上げる龍の頭上を、花色は既に取っていた。噴進炎がきつい放物線を描き、花色は急降下から龍の脳天にハンマーを叩きつけた。
     重い衝撃にぐらりと傾いた龍が、たまらず距離を取ろうと飛び上がる。
    「石上先輩!」
     花色に応えて跳躍した騰蛇が、花色のハンマーの上に着地する。
    「せーのぉっ!」
     同時に花色はロケットに点火、ハンマーを振り抜きカタパルトよろしく騰蛇を打ち出した。
     嵐を引き裂き飛翔する騰蛇は龍に追いつき背中に着地すると、そのまま一気に駆け上がり龍が体を振るのに合わせて跳躍、捻りを加えて龍とその頭上で正対する。
     大上段に構えた日本刀が、禍津月の銘の通り暗雲を切り裂く三日月のように妖しく光る。
    「はっ!」
     騰蛇が鋭く息を吐き、暗雲を走る雷光の如き剣閃が龍の額を駆け抜けた。
     墜落するように降下する龍は、しかし地面に激突することなくギリギリで急浮上、そのままエスメラルダの方に進路を取って猛進する。
    「エーメさん!」
     悲鳴に近いサフィの声が響くが、予測外の突進はエスメラルダの退避が間に合うタイミングではない。大きく開かれた顎門が迫り、エスメラルダのいた場所を地面ごと抉り飲み込んだ。
     咀嚼するように牙を鳴らしながら上昇する龍の額に、何かが張り付いている。
     レインコートだ。嵐にはためくレインコートの隙間から、赤の十字が刻まれた腕章が覗いている。
    「我ながら、あまり美味しいとはいえない体なのだけれどね」
     額に張り付き龍を見下ろすエスメラルダが、そこに立っていた。
     コートを翻す水晶化した右腕が、バベルブレイカーを掲げる。
    「そろそろ退場してもらうよ!」
     エスメラルダは額にバベルブレイカーを振り下ろし、同時にゼロ距離で噴進装置に火を入れる。
     爆発的加速から打ち込まれる杭が、今度こそ龍を墜落させた。

    ●嵐に燃える
     東池に落ちた龍が、再び池から飛び出した。
    「エーメさん、待ってください!」
     追撃をかけようとしたエスメラルダを、サフィが止める。サフィのセイクリッドウインドに宥められるように足を止めたエスメラルダが見上げると、天高く昇った龍は攻撃してくる気配もなく、じっと灼滅者達を見つめていた。
     直後、池一帯に響き渡る咆哮は、突如現れた大猪が発した物だった。
     応えるように龍が吼え、まるで2匹は言い争いでもするかのように威嚇し合う。
     鼻息荒いままに灼滅者達を睨んだ大猪が後足で立ち上がり、炎を漆喰で固めたかのような大牙を地面に打ち付けた。弾けた火花は膨れ上って猪を包む火炎となり、瞬く間に足元から燃え広がっていく。
    「此処を燃やすとは不届きな!」
     雨など意に介さずに広がる炎に対抗するように、花色がフェニックスドライブを展開する。触発された猪が突進してくると、花色は真っ向から突っ込み、猪と激突する。
    「炎を扱えるのが自分だけだと思うなよ、猪野郎」
     不敵に笑う花色は金属バットを猪の牙に打ち付け一歩も退かず、背中から生やした炎の翼を羽ばたかせた。
     西池の方にまで届こうとしていた猪の炎を、広げた翼がせき止める。炎の高波がぶつかり、熱風が吹き荒れ、逆巻く火柱を上げる。
     激しい炎のせめぎ合いの果て、打ち勝ったのは花色だった。
     花色は猪を押し返し、すかさず踏み込み旋転からバットを振り抜くフルスイングの一撃を爆裂させ、猪を纏う炎ごと――、
    「そーらよッ」
     ――弾き飛ばした!
     燃え広がる炎の勢いが弱まり、西池から龍が飛び出したのは、その直後の事だった。
     頭上の龍とは別の個体だ。空へ昇っていく純白の龍を、花色は振り返り見上げて感嘆の息を漏らす。
    「おお、雌龍さん。本当にいたんですか」
     上空で合流した2匹の龍は、喜びを表現するように絡み合い踊るように飛び回る。
    「攻撃、してこないみたい、ですね」
     サフィは警戒しつつ龍を見上げるが、灼滅者達への敵意は全く感じられなかった。
    「とにかく、猪を倒す事に集中しましょう」
     予想外の事態ではあるが、状況にも予定にも変化はない。騰蛇は禍津月を構え、起き上がった猪に向かって駆け出した。
     猪は炎を纏い直すと後足で立ち上がり、牙を振り下ろして騰蛇を迎え撃つ。騰蛇は急制動からサイドステップで弾ける火花から逃れ、踏ん張りつつ禍津月を鞘に納め再突入、抜き放った刃で猪の横っ腹を斬り上げる。
     猪が怯んだ隙に正面から一気に間合いを詰めた綾は、そのまま踏み込みガトリングガンの銃口を猪の口蓋に押し込む。
    「ぶちまけろ」
     銃身のアイドリングが猪の口をこじ開け、ゼロ距離から叩き込む弾丸が激しく火花を散らす!
     たまらず後退した猪だったが、牙を振り回して綾を弾き飛ばして体勢を立て直すと、前足で地を掻きながら威圧的に鼻を鳴らす。
     炎を牙に収束させた猪が、1つ吠えて駆け出した。燃え盛る牙で地面をほりかえしながら風香に猛進する。突進を横っ跳びに躱す風香を、猪はUターンから執拗に追いすがる。
     そこにすかさず割り込んだのはハレルヤだ。
    「おとなしくしてようねえ」
     ハレルヤはスライディングで猪の足元に滑り込み、妖の槍を低空で薙ぎ払う。猪が派手に横転すると、ハレルヤは踏み込み槍を袈裟斬りに振り下ろし、旋転から逆水平に振るい、刃を返して斬り上げ、頭上で回転させた槍を大上段から振り下ろし猪を切り刻んでいく。
     猪は弾けるように立ち上がり炎を撒き散らしてハレルヤを追い払うと、吠え散らしながら前方に炎を集め、巨大な炎の塊を作り出す。
     猪は前足で地を掻き力を溜め、踏み込み火球を牙で突き上げ打ち放った!

    ●嵐の後に
     火炎弾は予想を超える速度で飛び、サフィに迫る。回避は間に合わないとサフィが覚悟を決めたその瞬間、火球めがけて飛び込んだのは戒理だった。
     戒理は裂帛の気合と共に寄生体の腕を火球に叩きつけた瞬間、炎が爆ぜる。
    「戒理さん!」
     爆炎の余波だけでも、肌を焦がすような熱波だった。
     その中心にいた戒理は、倒れることなくそこに立っていた。
    「大丈夫、だ」
     戒理はサフィを振り返り頷いてみせる。戒理の寄生体は己が身を焼き焦がす熱さえ貪欲に食らって膨張し、巨大な砲身を形作った。
    「仕留めにかかる!」
    「は、はい!」
     戒理が寄生体の砲口を猪に向けると、サフィも構えて魔力を練り上げ、周囲に無数の魔力球を生成する。
     対抗して猪が再度火球を作り出し、戒理に先んじて打ち出すと、サフィが両の掌を突き出し放つマジックミサイルで迎え撃った。
     巨大な火球に無数の光弾が食らいつき、押しとどめる。そこに、戒理がDCPキャノンを打ち込んだ。
     放たれた光条は光弾を飲み込み、勢いを増して火球をブチ抜き、その向こうの猪を直撃する!
    「エーメちゃん!」
    「幕引きといこうか!」
     風香とエスメラルダは極低温の共鳴を響かせる妖の槍を構え、猪の左右から同時に飛び込む。
     風香が踏み込み横薙ぎに槍を振るい、
     エスメラルダが飛び込み前宙から槍を振り下ろし、
     風香が槍を切り返し逆袈裟に斬り上げ、
     エスメラルダが槍を引き抜き旋転から逆水平に振り抜く。
     2人が槍を振り抜く度、その剣閃が空気を凍てつかせて氷の刃を生み出して猪を包囲していく。風香とエスメラルダは抜き胴で交差し、同時に反転からバックステップで飛び退く。
     着地した2人が、石突を地面を突き立てた瞬間、猪を取り囲む無数の氷の刃が猪に殺到し、全周から猪を刺し貫いた!
     悲鳴を上げた猪が倒れると、その体が焼け崩れて消えていく。
     猪が完全に消滅するまで油断なく見守っていた灼滅者達は、まだ緊張を解かずに空を見上げた。
     雨足が弱まった雲の下、2匹の龍はまるで灼滅者達を讃えるかのように旋回していた。2匹は歌うように鳴きながら雲の中へ消えていく。直後、1つ強い風が吹き降ろし、地上の炎を吹き消した。
     吹き抜ける風に散り散りになって消えていった雲の向こう側に、龍の姿はなかった。
    「皆さんお疲れ様、でした」
     先程までの嵐が嘘のような星空を見上げ、サフィが微笑を浮かべて安堵の息をついた。
    「サフィちゃん……お願い、できますか?」
     風香が雨に濡れたブラウスの胸元を隠しながら、小走りにサフィに駆け寄る。頷いたサフィが風香の体を軽く叩いてクリーニングを発動させると、風香はほっと胸を撫で下ろした。
    「さっさと帰るぞ」
    「あ、ま、待ってください! 服、乾かさないとだめ、ですよ……」
     足早に踵を返した綾を、慌ててサフィが呼び止める。
    「服? 私は気にしない」
    「風邪引いてしまうですよ!」
     ずぶ濡れの体など気にも留めない綾を、引き止めるのに難儀するサフィであった。
     サフィにクリーニングしてもらった花色は、池の傍に立っていた。花色は水面と夜空を交互に見つめ、水際にそっとお供え物を置く。
     と、花色の隣に騰蛇が並び立ち、祈りを捧げるようにそっと目を閉じた。
    「あの龍が怒りを鎮め、ただ静かに人の世を見守り続けてくれれば良いのですが……」
    「まったくです。これからも人間をお願いします龍さま……なむなむ……」
     花色も手を合わせて祈る。
     葦草に龍が残していった雨の一雫が、池に落ちる。ゆっくりと広がる波紋は消えることなく向こう岸へ、
    「この調子で、どうにかスサノオさんの尻尾を掴めればいいんですけど」
     届こうとしていた。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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