喰らう子鬼、天狗の風

    作者:海あゆめ


     月の美しい静かな夜。それはどこからともなく現れた。
     銀の毛並みに、金色の目。まるで、月から舞い降りてきたかのような一匹の狼……スサノオが、とある山に現れたのだ。
     スサノオは、確信に満ちた足取りで山の中を進む。
     やがて辿り着いたのは、崖のふもとに、ぽっかりと口を開けた洞窟だった。スサノオは洞窟の前で行儀よく座ると、月に向かって遠く吠えた。
     澄んだ鳴き声が、夜空を突き抜けていくのと同時。洞窟の中で、風が激しく渦巻き始める。
     ざわざわと、辺りの草木が揺れるのをじっと見つめた後、スサノオは音もなく駆け出し、どこかへ去っていく。
     
     巻き起こった風は、止むことを知らない。奥へ、奥へと向かって激しい風が吹き荒れる洞窟は、獲物を捕らえんとする捕食者の口。
     洞窟の奥では、不気味な気配が蠢いている……。
     

    「スサノオがまた動き出したみたいなの」
     教室に集まった灼滅者達に向かって、斑目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)は、率直に切り出した。
     スサノオが現れた山の奥地には、風を吸い込む不思議な洞窟があるという謂れがあった。
     曰く、その洞窟に近づいた者は、瞬く間に洞窟の中へと吸い込まれてしまうという。
    「その洞窟にはね、天狗と子鬼の群れが棲みついてるんだって」
     天狗が風を操り、洞窟の中へ人間を引き込む。天狗は自分の元へとやってきた人間を心ゆくままに弄び、飽きたら捨てる。その捨てられた人間を、子鬼達が喰ってしまう。
     そんな、恐ろしい言い伝えが、この山には存在した。その言い伝えが、スサノオによって現実になってしまったのだという。
    「洞窟ってさ、どこまで続いてるのか分からないとこも結構あるでしょ? なんか不気味だし、そういう言い伝えが生まれやすかったんだろうね」
     言いながら、スイ子は手にしたノートをペラペラと捲って説明を続ける。
    「この洞窟の入り口はね、すごい風が中に向かって吹き込んでるの。体が宙に浮いちゃうくらいすごい風だよ」
     その風に身を任せて洞窟の中を進んでいけば、古の畏れの元凶である天狗や子鬼の元へと辿り着けるのだと言ってから、スイ子は灼滅者達に向き直った。
    「そこでひとつ、注意しなくちゃいけないことがあるの。天狗と子鬼達がいる場所は同じじゃないの。途中、洞窟が二手に分かれてるところがあるんだけど……」
     向かって右側の奥に天狗が、反対の左側の奥に子鬼達がいるらしい。
    「風のせいで、あんまり自由には動けないかもだけど、方向転換くらいなら、きっとみんなになら楽にできると思う! それでね、みんなにはここで二手に分かれて進んでもらいたいの」
     それには、理由があるとスイ子は言う。
     もし、一方に偏って、子鬼達を先に倒してしまった場合、分岐点まで天狗の起こす風に逆らって進む事となってしまう。天狗の元へと辿り着くまでに、かなりの体力が消耗してしまうことが予想される。
     逆に、天狗を先に倒してしまった場合、風が止んだことに気がついた子鬼達は危険を察知し、身を隠してしまうという。
     子鬼は体が小さく、広い洞窟の中、隠れてしまった彼らを探すのは非常に困難だ。
    「天狗は1体だけで、風を操って攻撃してくるよ。子鬼は全部で8体だね。あんまり強い能力はないけど、数が多いから気をつけてね」
     言って、スイ子は灼滅者達を気遣うように見つめる。
    「お願い。被害が出る前に、みんなに何とかしてほしいの……えっと、それから……」
     言い淀みながら、スイ子は申し訳なさそうに目を伏せた。
    「この畏れを生み出したスサノオがどこに行ったのかなんだけど……やっぱり、よく分からなかったの。見ようとしても、真っ白になっちゃって……ごめんね。でも、みんなが、ひとつひとつスサノオの事件を解決してくれれば、きっと繋がると思う。みんな、気をつけて行ってきてね! あたしも、引き続き頑張る!」
     一緒に頑張ろう、と、スイ子は笑って灼滅者達を送り出した。


    参加者
    琴月・立花(徒花・d00205)
    斎賀院・朔夜(愛すべきを護る餓娑羅鬼・d05997)
    乙宮・立花(仮想のゆりかご・d06338)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)
    阿頼耶・乃絵(あおいけもの・d20899)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)

    ■リプレイ


     岩壁にぽっかりと開いた洞窟の中は、まるで奈落の底まで続いているかのような闇に包まれていた。
     風の音。足を踏み入れたその瞬間、灼滅者達は瞬く間に闇の中へと呑まれていく。
     強く、激しい風が、体をふわりを持ち上げる。吹かれながら、狼幻・隼人(紅超特急・d11438)は、にっと笑って目を細めた。
    「おー、ええ風やな。おっ、あらかた丸、気合はいっとるなっ!!」
     バウッ! と、どこか弾んだ霊犬の鳴き声が返ってくる。
    「ふふっ、洞窟ってなんかどきどきするッスよね~」
     空中で前脚を懸命に動かす、霊犬のほむすび丸を引き寄せて、阿頼耶・乃絵(あおいけもの・d20899)は口元に笑みを残したまま、じっと洞窟の先を見据えた。
     ちらちら揺れる灯りが、行く先の暗闇を照らしている。一瞬、二つに枝分かれした道がフラッシュのように浮かび上がった。天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)は腰につけたランプを手で押さえ、掲げてみせる。
    「あそこだな。間違えんよう、気をつけねば」
     見間違いではなかった。確かに、先の道は二手に分かれている。おそらく。その向こう側に、人を喰らうとされる子鬼と、風を操る天狗が潜んでいるのだろう。
    「俺たちは……子鬼たち、の……ところに、向かう」
    「はい。お任せしますね。……ご武運を」
     視線の先、左側の道を見つめる、斎賀院・朔夜(愛すべきを護る餓娑羅鬼・d05997)に、琴葉・いろは(とかなくて・d11000)も、しっかりと頷いてみせてから右側の道を見やった。
     おぼつかない足元に力を入れて、地面を蹴る。
    「よっしゃ! いつもより気合い入れて行くで!」
     分かれる以上は、戦力も半分。花衆・七音(デモンズソード・d23621)は気を引き締めるように、パシンと頬を叩いた。
    「……大丈夫、行こうか」
     くん、と不安そうに鼻を鳴らした霊犬、佐助の頭をそっと撫でてやりながら、乙宮・立花(仮想のゆりかご・d06338)も風に身を委ね、闇の中へと飛び込んでいく。
     吹き荒れる風の中、灼滅者達は二手に分かれた。
    「全力を尽くしましょう。私達になら、できると信じているわ」
     分かれた道の左側。子鬼達の潜むその先へと向かっていく仲間達の姿を、琴月・立花(徒花・d00205)は見えなくなるまで見送った。
     風が、次第に強くなる。天狗の待つ右の道に進んだのは、琴月・立花、いろは、隼人、玲仁の四人。風に体を持っていかれぬよう、岩や壁に掴まりながら慎重に進んでいく。
     でこぼこと足場の悪い、細い道を抜けたその時、ふと風が緩んだ。危うく投げ出されそうになったその場所に、それは居た。
    「おお、人の子じゃ。良きかな、良きかな」
     赤い顔に、高い鼻。老人のような口調で言って笑い、灼滅者達を見つめるその姿。まさしく、天狗そのものだった。
     伝わってくる覇気が、ビリビリと肌を刺す。
    「おーいたいた。なんか、あの雰囲気やと手加減しとる暇はなさそうやけど……」
     息を飲み、隼人は腕に装着したバベルブレイカーを構える。
    「……響華さん、お願いします」
     玲仁はビハインドの響華を解放し、剣を抜いた。小さく頷き、横に並んだ響華の長い髪が、風になびく。
     こんなところで、ひっそりと生まれていた古の畏れ。退く気も負ける気も、灼滅者達には毛頭ない。
    「天網恢恢疎にして漏らさず、とはこのことですね」
     そう、穏やかに笑った、いろはの瞳が天狗を射抜く。
    「カカッ、活きの良い人の子らじゃ。どうれ、ひとつ遊んでやろう」
    「まあ、力の限りさせてもらうわね。そっちこそ、覚悟しなさい」
     ざわめく影が、刀の形になって琴月・立花の手元に収まった。
     天狗は、なおも余裕の笑みを崩さない。灼滅者達は、洞窟の少し湿った地面を蹴り、駆け出した。


     闇の中で、何かが蠢いている。
     朔夜、乙宮・立花、乃絵、七音の四人は、素早く陣を展開し、身構えた。
     吹く風も、この場所だけ妙に落ち着いている。おそらくここが、子鬼達の棲む場所なのだ。
     ヒタリ、ヒタリと不気味な足音が、ゆっくりと近づいてくる。
    「ヒキッ、キキッ、ニンゲン……」
    「ニンゲン、クウ、ニク!」
     暗闇の中から姿を現したそれは、小さな人の形をした鬼だった。まるで、地獄絵図の中から出てきた餓鬼のような風貌の子鬼達が、涎を垂らし、にじり寄ってくる。
    「……人間、の……魂を、喰らわんとするその罪……滅して、償え……」
     朔夜はナイフを目の高さに掲げ、低く構えた。
    「ほな、行こか」
     人造灼滅者である七音の体はずるりと溶け、闇の滴る黒い剣となって顕現する。と、同時に、縛霊手から展開した祭壇が、結界を構築していく。
    「……逃がさない、よ……」
    「その通りッス! 一匹も逃がさないッスよ~!!」
     じっと子鬼達を見つめる、乙宮・立花。そんな彼女の死角を補うように立った乃絵も、構えを低く落として集中する。
     次々と、展開していく縛霊手。張り巡らせられていく結界に、子鬼達は暴れ回った。
    「……どこへ、行く?」
     その中へと踏み込んでいった朔夜が、鋭くナイフを振り抜いた。
    「ギギィッ!!」
     濁った耳障りな声を上げ、子鬼がひとり、崩れ落ちていく。
     聞いていた通り、子鬼はそれほど強い力を持っているわけではなさそうだった。だが、黙ってやられているほど大人しくはない。長く伸びた爪や牙を剥き出しにして、子鬼達は一斉に襲い掛かってくる。
    「……っ、佐助、お願い」
     回復を霊犬の佐助に任せ、乙宮・立花は振るわれた爪を受け止めながら魔道書を開いた。
     解き放たれた魔力が、あちらこちらで大きな爆発を起こす。
    「ほむすび丸っ! 頼んだッス!」
     乃絵も霊犬のほむすび丸を回復に向かわせながら、握った拳を振りかざした。拳からほとばしる炎が、子鬼達を飲み込んでいく。
     なんとか、攻撃は繋いでいる。が、子鬼達の数も多い。
    「……ちょっと押されとるかな。前列、回復するで!」
     しっかりと見極めて、七音も懸命に戦線を支えた。
    「すまない……感謝、する……」
     祝福の言葉をのせた風を受け、朔夜はぺこりと小さく頭を下げてみせてから子鬼達に向き直る。
    「俺は、ただ……目の前の、敵を……」
     意識を集中させるように低く呟いて、薄く目を閉じる。すっと伸ばされた朔夜の手の先で、激しい風が渦巻いていく。
     風の刃に切り裂かれた子鬼が、またひとり、地に落ちた。
    「ギギッ、ギャギャギャ!」
    「……天狗や子鬼は、絵本の中だけで、いい」
     新たに向かってくる子鬼を、乙宮・立花が引きつける。
    「さよなら……」
     ぐん、と伸びた異形の腕が、子鬼を大きく引き裂いた。
     力の差では、こちらに分があると言っても過言ではない。灼滅者達は確信した。このまま押し切れば、確実に勝てる。
    「いくッスよ~、覚悟するッス!!」
     ほむすび丸が飛ばす六文銭の合い間を縫って回り込んだ乃絵が、低く拳を構えて打ち放つ。
    「ギッ、ガッ……!」
     強烈な連打が、子鬼の体を貫いた。
    「これでっ、あと半分ッスよ!!」
    「上等や! 次はそこの手前から落とすで!!」
     七音の体の刀身から滴る闇の影が、ざわ、と動く。
    「……皆、待っとってや」
     振り被って打ち込みながら、七音は呟いた。
     子鬼の方は、おそらくもうすぐ片がつく。できるだけ急がなくてはならない。天狗の方へと向かった仲間達が、その知らせを、待っているのだ。


    「来るぞっ」
     警戒を強めた声で、玲仁が叫んだ。
    「カカカッ、これでどうじゃ!」
     天狗は手にした扇を振りかざす。渦巻く風が、まるで意思を持った生き物のようになって襲い掛かってくる。
    「ぐっ……ははっ、流石やな!」
     なんとか受け止め、隼人は回復を施してくれる相棒の頭をくしゃっと撫でてからその場を踏み切った。
    「まっ、強いのはこっちも好都合やっ!」
     バベルブレイカーを構え、撃ち抜く。
    「むおっ」
     隼人の一撃によたついた天狗の死角。玲仁が素早く潜り込む。
    「響華さん、俺に合わせて……」
     剣を構えたまま言う玲仁の言葉に、ビハインドの響華はこくりと頷いた。二人同時、一気に畳み掛ける。
    「カッカッカッ! 楽しいのう! 次は何じゃ?」
    「こっちよ。残念ね、貴方では止められないし、受け切れないわ」
     入れ替わるように接敵していた琴月・立花が、上段に構えてみせる。
    「さあ、何処まで斬られて平気?」
    「ぬぅっ!」
     全力の打ち込みに、天狗の体は大きく傾いた。
     天狗の力は強く、守りも堅い。けれども、こうして皆で連携していけば、必ず活路は見い出せる。
    「信頼で繋がる私達には、あなた方の共存など通用しませんよ」
     いろはは槍の先に込めた冷気の弾を、迷うことなく撃ち出した。
     風で人間を捕らえ、弄び、飽きたら捨てる。それを子鬼達が喰ってしまう。そんな外道のような畏れに、負けるわけにはいかない。
    「これならどうじゃぁ!」
     天狗の巻き起こす風が、鋭い刃となって灼滅者達を纏めて刻みつけていく。
    「援護は任しとき! なあ、あらかた丸っ!」
     すぐに隼人が、霊犬のあらかた丸と共に回復にあたる。
     激しい攻防戦が続いていたその時だった。いろはが懐に忍ばせていたトランシーバーから、不鮮明ながらも声が聞こえてくる。
    「……っ! はい!」
     急いで応答したいろはの表情が、強い確信に満ちていく。
    「皆さん、子鬼討伐完了です。ここからは、一気呵成に参りましょう」
     向けられた明るい笑み。皆、力強く頷き合った。
    「……お前はここで、俺たちが仕留める」
    「まことに天晴れ! 生意気な人の子らじゃ!」
     遊んでいるかのように楽しげな天狗を見据えて、玲仁は歌声を風にのせる。
     よく響く低音の旋律。それに合わせて、琴月・立花は天狗へと一気に詰め寄った。
    「見切れるものなら、見切ってみなさい。もう、終わってるけれど」
    「ぬっ……お……?」
     目を見開いた天狗の顔が、二つに割れる。
    「み、ごと! みごと、な、り……!」
     天狗の体が、ゆっくりと地面に向かって倒れていく。
     倒れた大きな体が、靄のようになって消えていったのとほぼ同時、吹き荒れていた風もぴたりと止んだ。
     それは、この場所で生まれてしまった古の畏れが、無に還っていった瞬間であった。


     すっかり穏やかさを取り戻した洞窟の入り口付近で、二手に分かれていた灼滅者達は落ち合った。
    「よーう! 皆、お疲れさんやね!」
    「よかった……みんな、無事、みたいだね……」
     明るい笑顔で手を振ってみせる隼人。仲間達の元気な姿を確認して、乙宮・立花は、ふと顔を綻ばせた。
     人を喰らう子鬼と、風を操る天狗。この地に生まれた古の畏れは、灼滅者達の手によって完全に消滅した。
    「なんや、今回は随分オーソドックスな妖怪やったな」
    「六道から堕ちた者をも呼び寄せようとは……スサノオも罪なことを為さいます」
     何となくにそう呟く七音の言葉に頷いて、いろはは少しだけ表情を曇らせた。
     伝承とはいえ、あのような禍々しい存在は、やはり気持ちの良いものではない。いたるところの古の畏れを生み出しては、姿を消してしまうスサノオ。一体、何が目的だというのだろうか。
     案の定、とでも言うべきか、この洞窟近辺を調べてみても、スサノオの手掛かりらしきものは何も見当たらない。
     ふと、朔夜が思惑顔で小首を傾げてみせる。
    「山を、下りて……付近の住人たちに、聞いてみても……同じ、だろうか」
    「だろうな……まあ、この先は、エクスブレインの予知に期待するとしよう」
     玲仁の言う事にも一理ある。後は学園に報告して、続報を待つ方が早いかもしれない。
    「そうッスね! 今回のことで、何か手がかりがつかめたら良いッスけど……」
     乃絵も明るく頷いて、何かしらの動きが見えてくれば、と、期待を込める。
    「まあ、こうやっていれば、そのうち会えるでしょう。きっとね」
     薄く笑って、琴月・立花は髪をかき上げた。
     柔らかな風が、吹き抜けていく。
     今回の事件の解決が、スサノオへの道しるべとなると信じて。灼滅者達は風と共に、その場を後にした。

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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