XとYのカタルシス

    作者:宮田唯

     繁華街の外れにある廃工場。
     錆びた機械や鋼材が散乱し、開発も取り壊しもされずに忘れ去られたその場所は、今は街のはみ出し者達の根城となっていた。
    「――いたっ!」
     突き飛ばされた少女が短い悲鳴を上げた。背中の痛みを感じる間もなく、金髪の大柄な男が彼女にのしかかる。周囲を取り囲むのは、いやらしい笑みを浮かべた男達だ。
    「さあて、お楽しみの時間だぜ~」
    「近づかないでよ、気持ち悪い!」
     間近に迫った男の顔から、耐えがたい口臭や体臭が漂う。少女は反射的に男を押しのけようとするものの、直後にはっとし、伸ばした腕を逆の手で押さえつけた。そして何かに耐えるように唇を噛み、全身を震わせる。
     その様子に気をよくした金髪が、視線と手を徐々に落としていく。少女は地味なコートとニット帽に身を包んでいるが、その下には近隣でも有名な女子校の制服と、発育の良い体を隠していた。
    「へへ、やっぱりイイ身体してやがる」
    「見ないでよ、変質者! 屑! だから男って嫌いなのよ!」
     嫌悪感をむき出しにした言葉に、男の表情にも苛立ちが浮かぶ。しかし、近づいてきた足音に気付き、振り向いた。
    「おっ、新入りか? 後で回せよ?」
    「うるせえな、テメェはそっちで遊んでろよ」
    「まあそう言うなって」
     その言い草に周囲の男達も「馬鹿野郎、次は俺だ!」「引っ込んでろ!」と騒ぎ始める。
     だが、既に少女の耳に、彼らの言い争いは届いていなかった。
     新たに現れた男の向こう。そこに倒れた女の子の姿が見えたからだ。
     殴られた傷痕に、泣き腫らした目元。はだけた制服が同じ学校のものだったのは偶然だろう。それでも、思い出したくもない記憶が、倒れる女の子の姿に重なった。
     父親に殴られる母と自分。甘い言葉を囁きながら裏切った同級生。下心だけで接してきた多くの男達――。
     瞬間、彼女の中でなにかが切れた。
    「お、やる気になったか? まあ、楽しもうぜ。お前も期待してたからこんなとこまで来たんだろ?」
     押さえた少女が動いたことで、金髪の男が行為を再開しようとする。だが、
    「……ええ、そうね。期待してたわ」
     直後、金髪の男は凄まじい力で殴り飛ばされ、宙に舞った。
     叩きつけられた男は気を失い、それきり動かなくなる。
    「あなた達みたいな屑を、まとめて殺せる期待をね」
     立ち上がった拍子に、彼女の頭からニット帽が脱げる。
     そこには、数本の黒曜石の角が生えていた――。
     
    「俺の脳に秘められた全能計算域が、闇堕ちしかけた人間を導き出した!」
     と、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が教壇の上で大仰に振り向いた。
    「闇堕ちしかけている少女の名は南條蓮。彼女は男達に人気のない工場まで連れて行かれ、そこで倒れている女の子を見たことで闇堕ちしてしまう」
     抵抗すると取り返しがつかなくなる自覚があったのだろう。自身の衝動を抑えている内に、男達から逃げられなくなってしまったようだ。
     通常ならば闇堕ちすると人としての意識が消え去るのだが、彼女はまだ、堕ちきらずに人間として踏みとどまっている。
    「だが、それも時間の問題だろう。特に、羅刹としての暴力的な欲求や、残忍な衝動に完全に呑み込まれてしまえば最後だ」
     そしてきっかけはどうあれ、羅刹となってしまえば、男達はもちろん、倒れている女の子も無事では済まない。
    「もし、彼女が灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救い出す。逆に、完全なダークネスになるようなら灼滅してくれ。それが今回、お前達課せられた使命だ」
     ヤマトは真剣な表情を灼滅者達に向け、説明を続ける。
    「南條蓮を闇堕ちから救うには戦って倒すことが絶対条件だ。だが、可能ならば女の子の安全も確保してほしい。男達は、まあ、死ぬようなことにならないように動いてくれ」
     男達の数は6人。逃がすなり、先に無力化してしまうなりしてほしい、とのこと。
    「こちらが接触できるタイミングは彼女が闇堕ちした直後だ。闇堕ち前に行動を起こすと、事件自体が起こらなくなってしまうから注意してほしい」
     その場合、南條蓮は別の場所で闇堕ちしてしまい、被害が出てしまうことになる。
    「出入り口の鍵はかかってないし、窓も割れているから侵入自体は容易だ。工場内の鋼材や大型機械の陰に隠れることも可能だろう」
     細かい接触タイミングは任せる、とヤマトは続けた。
    「それから、闇堕ちしたばかりなら南條蓮にこちらの声が届く可能性がある。言動は羅刹としての衝動に囚われているかもしれないが、説得する価値はあるだろうな」
     羅刹は一人で灼滅者数人と渡り合える強さを持つ。特に、異形化した腕は、恐ろしい膂力を発揮するだろう。
    「加えて、神薙使いと同様のサイキックも使ってくる。一人とはいえ、決して気は抜かずに戦ってくれ」
     説明を終えたヤマトだったが、ふと思い出したように、
    「そういえば、南條蓮はかなりの男嫌いだそうだ。過去にトラウマがあるせいらしいが……何を言われても気を落とすなよ?」


    参加者
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    高遠・彼方(無銘葬・d06991)
    雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)
    宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)
    桜木・心日(くるきらり・d18819)

    ■リプレイ

    ●堕ちた少女
     奇妙な静寂が、その場を支配していた。
     先ほどまでの熱に浮かされた空気は既に失せ、廃工場にいた男達は声も出せないまま、目の前の少女を見つめていた。
     黒曜石の角を生やした少女――南條蓮が、次の獲物へ狙いを定める。
    「死ね」
     呟き、床を蹴った蓮が、勢いのままに異形化した腕を振るう。巨大な腕が男の体を吹き飛ばす――そう思われた瞬間、男の体が沈み、鬼の腕は空を切った。
    「な……!」
     予想もしていなかった動きに警戒し、蓮が後ろに跳ぶ。直後、彼女と倒れた男の間に割り込んできたのは宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)だった。
    「今のタイミング、さすがわたしですね!」
    「あら? わりと危なかったように見えましたが?」
     リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)が魔方陣を描き、除霊結界を構築。再び跳ぼうとした蓮の動きを阻害する。
     その間に、庵の起こす魂鎮めの風が、他の男達を次々に眠らせていった。
    「そんなことはありません。計算通りです」
     自信満々に言い切る庵に、リリシスが微笑を返す。
     視線が外れた一瞬をつき、結界を破った蓮がリリシスに躍りかかった。だが、彼女は動じることなく、優雅な所作で一歩だけ後ろに下がる。
     そこに入れ替わるように四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が戦場に飛び出した。
     神速の踏み込みで距離を詰めたいろはの抜刀術の斬撃と、羅刹の腕が交錯する。刀と腕による、刹那の鍔迫り合い。
    「……なによ、あんた達……邪魔する気? いいからそいつら殺させてよ」
    「……ごみ掃除になるのは否定しないけど……思い留まった方が良いんじゃないかな?」
     うるさい、と叫んだ蓮の腕が更に膨張する。それを見たいろはが、咄嗟の判断で蓮を強引に押し返した。
     宙を舞い、身を捻って着地した蓮の前に、桜木・心日(くるきらり・d18819)が進み出る。
    「蓮さん、男のぼくが言っても信用できないかもしれないけど、話を聞いてほしい! ぼく達も、蓮さんの話をちゃんと聞くから!」
    「あんたみたいなガキに、何がわかるってのよ……」
     煩わしげに舌打ちした蓮が、鬼の腕を叩きつける。床を砕く勢いで振り下ろされたその一撃を、心日はすんでのところで転がって回避した。
    「蓮さん!」
    「いつかわかるわよ、あんたの中にどれだけ汚くて醜いものがあるか……!」
     奥歯をぎりぎりと鳴らし、蓮は憎悪の視線を灼滅者達に向けた。
     衝動のままに、羅刹がその力を解き放つ――。
     
    ●人としてすべきこと
     一方、偶然にも魂鎮めの風から逃れた男がひとり、工場の隅に向かって走っていた。
     恐慌をきたした彼の視界に、倒れた女の子が映ったのは不運としか言いようがない。
     あの女を盾にすれば逃げられる。そう目論み、伸ばした彼の手が、突然暗がりから現れた佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)によって掴まれた。
    「な、なんだテメエは!」
    「これ以上その子を傷つけるのは許さない」
     掴んだ腕を引き寄せ、名草が男を投げ飛ばす。
     叩き付けられた男が怒声を上げるが、その叫びも途中で力なく途切れた。高遠・彼方(無銘葬・d06991)が、容赦のない一撃で男を気絶させたからだ。
    「クソ野郎どもは痛い目を見ておくべきだな」
     彼方としては、もっと痛い目に合わせておきたいところだったが、そこまでしている余裕はなさそうだった。
    「とっとと運んじまおうぜ」
    「ああ、急いで避難させよう」
     榎本・哲(狂い星・d01221)と雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)が、男達をその場に投げ出した。打ち合わせ通り、囮班が引き付けている隙をついて、ここまで運んできたのだ。
     心情はどうあれ、無駄な犠牲を出したくないという点で、彼らの意見は一致していた。戦闘に巻き込まれないよう、手分けして男達を工場外へと運んでいく。
    「ったく、面倒くせえ」
     窓から放り出してしまいたい気持ちを堪え、哲が怪力無双で次々と男達を避難させる。 
     連れ込まれたらしい女の子は、男達とは別の場所に、丁寧に横たえた。
    「よし、戻ろう」
    「あ、少し待ってくれ」
     名草の声に応じた直人だったが、ふと足を止め、女の子の傍に跪いた。
     施したクリーニングのESPが、女の子の体を清潔な状態に戻していく。
    「今はこれくらいしかできないが……」
    「ふん、急ぐぞ」
     ばさりと上着をかけてやりながら、彼方がいち早く駆け出した。哲、名草、直人もそれに続く。
     自分を助けた彼らの存在に気付いたのか、気付いていないのか。
     彼女はいつしか、穏やかな寝息を立てていた。

    ●鬼か人か
     羅刹の一撃は鋭く、重い。 
     大気を震わせ、唸りを上げた鬼神変が、いろはを襲った。
    「くぅ……これは、なかなかきついね……」
     鞘を両手で持ち、なんとかその一撃を受け止めたいろはだったが、あまりの膂力にバランスを崩す。
     追撃すべく足に力を込めた蓮だったが、頭上から降り注ぐ弾丸と、足元から伸びた影に気付き、咄嗟に飛び退いた。庵のブレイジングバーストとリリシスの影縛りだ。
     その間に、心日がいくつもの小光輪を煌めかせ、いろはの傷を癒していく――。
     蓮の注意を引き、男達から引きはがすことに成功した灼滅者達だったが、それは自分達が標的になることも意味していた。
     数の利と連携を最大限に活かし、守りを固めることによって、彼女たちはかろうじて羅刹の猛攻をしのぎ続けている。
    「さっきからなんなのよ、あんた達! 邪魔しないでよ!」
     苛立つ蓮の叫びを受け流しながら、リリシスが落ち着いた口調で応じた。
    「私達は……そうね……貴方が得た力を制御しながら使っている者達といったところかしら?」
    「制御……?」
    「ええ、そうよ。良ければ、もっと有意義に力を使えるように教える事も出来ると思うけれど、どうかしら?」
     差しのべられた手を振り払うように、蓮はまなじりを吊り上げ、リリシスを睨み返す。
    「……力の使い道なんて、決まってる! 生きる価値のない男どもを、この手で殺してやるわ!」
     迷いなく言い放った蓮を見て、庵が小さくため息をついた。
    「結局、あなたがもっとも嫌悪した男性と同じ暴力に訴えて、気に入らないものを排除するわけですか? がっかりです」
    「なん、ですって……?」
    「……今あなたの行っていることは自分自身の否定、ひいてはあなたが嫌悪していた存在にあなた自身がなっているということに、気付いていますか?」
     クイクイと眼鏡を直しながら、庵が一息で言い切った。客観的な観察と事実から導き出した庵の言葉が、鋭利な刃物となって蓮の心を切り刻む。
    「うるさい! そんなこと、あんた達には関係ない!」
     怒りに身を任せた蓮が、鬼の腕を振り回す。そこから生み出されたのは、巨大な風の刃だった。それまで以上の破壊力を察知して、4人が思わず身構える。
     渦巻く暴風が、それまで保っていた拮抗状態ごと灼滅者達を吹き飛ばす――。
     そう思われた瞬間、強引に飛び込んできたふたつの影が、風の刃を遮った。
    「関係なくなんて、ない」
     深く身体を切り裂かれながら、名草とその相棒のライドキャリバーが、仲間を庇う。
    「僕らは心が堕ちれば自分の中に眠る闇に意思を奪われる。自分が自分じゃなくなるんだ。それは、とても寂しいことだよ」
     名草が、胸に具現化したトランプのマーク、そして蓮の黒曜石の角を指し示す。視線につられ、自然と蓮の指が、頭へと伸びる。どちらも同じ、闇から生まれた力だ。
    「僕がここに来た理由はそれを伝えたいから。何より、君を、そして彼女を助けられる可能性を知ったから。だから、絶対に関係なくなんて、ない」
     意識するのは、心の奥の闇。そして自分を支える何より愛おしい存在。
     視界の隅では、合流した哲や直人、彼方が援護を始めていた。ここには頼りになる仲間もいる。
    「助けたいんだ、君を、君のままで」
     抱えた想いを、名草は漆黒の弾丸に、ライドキャリバーは機銃にして撃ち出した。
    「あ、ああアアアァァ――!」
     激しい痛みから逃れるように、蓮が咆哮した。
     それが合図になったかのように、合流し、態勢を立て直した灼滅者達が、一斉に攻撃を開始する。
     斬撃と銃弾、そしてサイキックが羅刹に集中した。それでも南條蓮は、風の刃と剛腕を支えに、倒れることなく灼滅者達に抗い続けた。
    「どうしようもない悪人というのは、居るものだ。連れてこられたお前も、あの女の子も、被害者なんだろう」
     次第に理性を失いつつある蓮に向かって、直人が口を開く。その身に纏うのは、聖職服と裁きの光条だ。
    「でも、その力で、その強さで、……彼女のような子を守ってやれるんじゃないか。お前なら」
     不器用ながらも丁寧に紡がれた直人の言葉。そしてそれらを乗せたジャッジメントレイが、蓮を灼いた。
     痛みに呻きながら、直人の言葉を否定するように、蓮は頭を振り続けた。
    「殺す! 守る必要なんてない! 男の言うことなんて、絶対に信じない!」
    「――どうやら、ここが分岐点のようだな」
     風の刃を掻い潜り、蓮に相対した彼方が、選べ、と言わんばかりに槍を突きつけた。
    「踏みとどまってお前のまま生きるか、同類の屑野郎に堕ちて俺達に殺されるか。お前さんが今選べるのはこの2つだけだ」
     個人的には前者を勧めておく、そう呟いた彼方に、鬼の腕が襲い掛かる。だが、彼方はその軌道を紙一重で見切り、螺旋を描いた魔槍を繰り出した。
    「そもそもお前は何がしたかったんだ? 思い出せよ」
    「……思い、出す……?」
    「本当にわからない?」
     腕を穿たれ、たたらを踏んだ蓮に、いろはが静かに語りかけた。
    「キミが本当に避けたかったことはなに? 嫌いな男性に耐えてまで、衝動に耐えたのはどうして?」
     抱えた想いはそれぞれ違う。けれど、自分の中の闇に抗うことがどれだけ難しいか、いろははよく知っている。もしかしたら、灼滅者全員が知っていることなのかもしれない。
    「だからきっと、いろは達は一緒に行けるよ。キミが信頼できる人も、これから絶対に見つかるから」
     闇への衝動ごと絶つように、いろはが深く踏み込み、鞘から銀閃を引き抜いた。急所への確かな斬撃が、蓮をその場に縫いとめる。
     それでも、羅刹の腕は別の生き物のように絶え間なく蠢き、周囲に破壊をばら撒き続けた。
     その破壊の嵐を恐れずに、心日が飛び込む。
    「聞いて、蓮さん! みんながみんなひどい男性ばかりじゃない! 優しい人や楽しい人だって、この世界には沢山いるんだ!」
     鬼の腕が、小柄な心日を薙ぎ払う。サイキックで強化しても、痛みや衝撃がなくなるわけではない。
     それでも、何度転ばされても、心日はめげずに立ち上がる。
    「もっと周りをよく見て! もっと色んな人に目を向けて! ぼくも手伝うから!」
     沢山傷ついてきた彼女が、これ以上悲しまないように。幸せに笑ってもらえるように。
     きっと届くと信じて、心日は真正面から蓮の目を見つめ、声を張り上げ続けた。
    「う……あ……」
     まっすぐなその瞳に気圧されたように、鬼の腕が動きを鈍らせた。その瞬間、もしかしたらその一瞬だけ、南條蓮は理性を取り戻していたのかもしれない。
     すかさず放たれたリリシスの縛霊撃と庵の影縛りが、蓮を捉えた。完全に動きを止めた彼女の前に、哲が無造作な足取りで近寄る。
    「正義の味方気取るつもりもねえし、説得も趣味じゃねえ。……そもそも拘るつもりもねぇしな」
     けどよ、とあくまで面倒くさそうに、哲が拳を振り上げる。
    「ここで死んでも、つまんねえだけだと俺は思うぜ」
     魔力の込められた拳が、一直線に羅刹の体を貫き――。
     暴れ続けた鬼は、ゆっくりとその場に倒れ伏した。

    ●これから生きていく場所
     南條蓮の黒曜石の角や異形化した腕は、彼女が目を覚ました時にはきれいに消えていた。
     細かい傷の手当てをしながら、灼滅者達は彼女に、ダークネスや闇堕ちについてなど、一通りのことを説明していく。
    「落ち着きましたか?」
    「ええ、色々混乱はしてるけど……」
     庵の言葉に、蓮が弱々しく頷いた。
     いきなりすべてを理解しろという方が無理な話だろう。だが、
    「被害者はゼロ、闇堕ちしかけた人物も救出、と。完璧な作戦でした! さすがわたしですね!」
    「えっと……」
     いきなり自分の世界に入ってしまった庵に驚き、蓮は心日に助けを求めるが、
    「いつものことだから、気にしなくていいと思うよ」
     笑顔で言い切る心日。そこに、哲がのらりくらりと戻ってきた。そのすぐ後ろにいる名草は、眠り続ける少女を背負っている。
    「チンピラどもふん縛ってきたぜ~。ま、あったかくなってきたし、放置しても死にはしねえだろ」
    「倒れていた女性にも怪我はなかったよ。一応、手当てをしてから、安全な場所まで運ぶよ」
    「やれやれね。屑も助けるなんて人が良すぎると思うのだけれど……。まあ、良くも悪くもそれがこの学園の灼滅者なのでしょうね」
     それでも少しは楽しめた、というように、リリシスが上品な笑みを浮かべた。
    「とまあ、少し口は悪いけど、こんなお人好しばっかりが居る所だから悪くないよ。どうかな?」
     そんな彼らを横目で眺めながら、いろはが改めて蓮に訊く。自分達の学園に来ないか、という話だ
    「武蔵坂学園、ですか……」
    「うん、もしよければ、だけど」
     期待を込めた眼差しに、即答できずにいる蓮。
     そんな彼女の前に、彼方が缶コーヒーを差し出した。
    「もちろんこちらとしては歓迎だ。ゆっくり考えるんだな。時間はまだ――」
     そこまで言いかけて、彼方は蓮が自分から距離をとっていることに気が付いた。
    「……どうかしたか?」
    「男は嫌い。近づかないで」
    「……さっき、心日とは普通に話していたと思うが?」
    「子供は別よ」
     にべもなく言い切られ、そうか、と彼方が小さく呟いた。受け取られなかった缶コーヒーが、手の先で悲しげに揺れていた。
     そんな彼方を慰めるように、直人が声をかける。
    「気にすることないですよ、彼方先輩。俺もさっきクリーニングしようとして断られたから」
     肩を落とす直人を彼方は見やり、
    「まあ、お前はしょうがない」
    「むっつりだし」
    「むっつりだものね」
    「え、俺ってそんな風に見られてるのか?」
     名草とリリシスの援護に、直人が頭を抱える。それを見て、周囲に笑い声が響いた。
     そんな中、ふと蓮は、自然に笑顔を浮かべている自分に気付き、驚いた。以前は男が近くにいるだけで、苛立ちが抑えられなかったというのに。
     男が嫌いなことに変わりはない。
     それでも、少しずつ変わることができるかもしれない。記憶の中の彼らを、許せる日が来るかもしれない。
     そう思わせてくれた彼らに、改めて彼女は――口には出さず心の中で――感謝した。

    作者:宮田唯 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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