星降る社

    作者:零夢

     鄙びた辺境で、夜風が草葉の露を吹き結ぶ。
     かつて小さな村が栄えたとされるこの場所に、今や人影はない。
     ここに残るのは、数百年前のある日、一夜にして村が滅びたという伝承と、村の中心にあったという古く物々しい神社のみである。
     それを、黒いオオカミがじっと見つめていた。
     一体いつからいたのだろう。
     痛々しく潰れた片目は閉じたまま、残された方の目で社の奥をしかと見据えている。
     程なくそれは何かを探し当てたようで、ゆるやかに天を仰ぐと、ものも言わぬまま闇に消える。
     やがて、古びた社に魂を吹き込むように、一つの星が流れ落ちた。
     
    「スサノオによる古の畏れを見つけたぞ」
     集まった灼滅者達を確認すると、資料を片手に帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)は説明を始めた。
    「今回の畏れは巫女……いや、神子と言った方が正しいかもしれんな」
     なんとも微妙な違いを補足して、彼女は資料をめくり先を続ける。
    「――昔々、小さな村に一人の女の子が生まれたんだ」
     それは流星群の夜のこと。とはいえ、当時の人々には天文知識など無きに等しい。星を何かに見立て、吉凶を判じるのがせいぜいである。そして流れ星は、しばしば凶兆や人魂とされてきた。
    「だがその子は、凶兆ではなく、むしろ神子として祀られるようになった。幸か不幸かは知らんがな」
     先見の明や雨乞いの力を持っていたことが、人々の信仰に拍車をかけたのだろう。
     少女は数多の人の魂と引き換えに神が遣わした現人神――村人たちは次第にそう思うようになっていった。
    「社で丁重に崇められる、といえば聞こえはいいが、ありていに言えば幽閉でしかない」
     そこで少女は考えた。
     どうにか外の世界へ出られないものかと。
     彼女を信ずる者がいなくなれば、彼女が神でなくなれば、外へ出られるのではないかと。
    「……『星が一つ落ちたなら、人をひとり、空へ送らねばなりません』。それが彼女の答えだよ」
     流れ星は『よばひぼし』――人の魂を、呼ばう星。
     ここまで来れば、あとは簡単だった。
     そこは星が降るたびに人の減る村。
     巫女が待つは流星群。
     幾多の星々に生み出された『神子』は、その星々を利用して自由を望む。
    「そして、村は数年後に訪れた流星群の際、住人の集団自殺により壊滅した」
     そんなものだよ。
     夜鶴はあっさり言うと、これでおしまいと資料を閉じた。
    「それだけ神子の発言力が大きかったという事だろう。未知の力を畏れるのはいつの時代も変わらないからな」
     古典情緒もなく端的に言えば、ある種のカルトといったところか。
    「ちなみに、伝承によればその後の神子の行方はわからない……が、今まで他人の世話で生きてきた人間が、末永く外の世界を生きられると思うか? ましてや、一歩外に出た瞬間、己の言葉の末路を見せつけられた少女が」
     答えは察するに難くない。
     おそらくその魂は、数百年もの間、彼女の内の様々な念と共に神社に縛られたままだったのだろう。
     そこをスサノオに呼び起こされた――その結果を語るべく、夜鶴は先を続ける。
    「現在、本殿には神子たる少女が、社の前には彼女を守るための五人の女官が控えている」
     まるでそれは、流星群により村が滅びる前と同じように。
     ただ違うのは、女官たちは少女によって作り出された配下ということだ。スサノオにより力を得たのは、あくまで少女の情念である。
    「きみたちはまず、この女官を倒して欲しい。そして正面から真っ直ぐ、拝殿を抜けると本殿に辿り着く」
     そこで、良くも悪くも世間知らずで無垢な少女が祈るのは、村の繁栄か星の訪れか。あるいは、まったく別の何かかもしれない。
    「……それと、残念ながら、この事件の元凶たるスサノオの行方はわかっていない」
     他のスサノオの事件と同様、ブレイズゲートのような状況になっているのだと夜鶴は言う。
    「よって、今の私達にできるのは、引き起こされた事件を一つずつ解決していくこと。そうしたらいずれ、スサノオ本体の情報も掴めるはずだからな」
     これも無駄じゃないさと、夜鶴は灼滅者達の背を押すように小さく笑む。
     そして一息置くと、最後にひとつ、言い添えた。
    「何と言っても、人の自由を叶えるのは流星群じゃないだろう?」


    参加者
    偲咲・沙花(疾蒼ラディアータ・d00369)
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)
    英・蓮次(凡カラー・d06922)
    ムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627)
    東雲・律(カデンツァ・d11292)
    熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)
    暁月・燈(白金の焔・d21236)

    ■リプレイ

    ●社の守り人
     澄み切った夜空の彼方で、幾千の星々が煌きを放つ。
    「自由を求め、今もなお、囚われ続ける神子か……」
     熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)は誰へともなく呟くと、くい、と小さく帽子を上げた。
     彼女の負った運命を思えば、こういった形ではなく解放してあげられたらと思わずにはいられない。
     古き伝承から生まれた彼女は、ある意味、噂を元にした都市伝説にも似た存在と呼べるだろう。
     ただ違うのは、彼女が『社に縛られた魂そのもの』だということ。
    (「つまり伝承は本物で、凄惨な事件は実際に……――」)
     不意に帯びた現実味に、山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)は、はっと口元を手でおさえた。
    「山岸さん……」
     暁月・燈(白金の焔・d21236)はそっと名を呼び、静かに寄り添う。
     その足元では、二匹の霊犬、ジョンとプラチナが各々の主を見上げていた。
     ――大丈夫。
     こくりと頷き合った二人に、二本の尻尾は小さく揺れる。
     そして、再び歩き出す道。
     地面はやがて石畳に変わり、辿り着くのは古びた社――そこでは果たして、5人の女官が待っていた。
     灼滅者達の存在に気づくや、その表情に微かな警戒の色が走る。
    「何用にございましょうや、旅の方」
     抑揚もなく訊ねた先頭の女に、偲咲・沙花(疾蒼ラディアータ・d00369)が問い返す。
    「僕らが参拝客に見えるかい?」
    「……お引き取り下さいまし」
     彼女の言葉が孕む不穏な空気に、女はそれ以上を追求することなく、ただ促す。
     だが。
    「そういうわけにもいかないんすよね」
     貴女たちの『神子』の為にも――言って、十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)が浮かたのは意味深な微笑。
     すべてはそれで、充分だった。
     小さく息を呑んだ女は手刀を振り上げ、放たれた光輪が空を裂く。
    「去ねというのが、わからぬか!」
     光が描く直線の先には狭霧、しかし。
    「……させない」
     東雲・律(カデンツァ・d11292)が、両者の間に割り込んでいた。
     盾にした左腕は袖が裂け、一筋の血が肌を伝う。
     痛みがないわけではあるまいに、律は無表情のまま敵を見据える。
    「交渉決裂、ってところかな」
     もっとも、初めからその気もなかったが。
     英・蓮次(凡カラー・d06922)の言葉に、同意のように視線を伏せる律。
     彼らが力を解放したのは、同時だった。
     蓮次の背を突き破る炎の翼、広げた不死鳥の熱が前衛達を包み込めば、律は手の甲の盾から障壁を展開する。
     仕上げに巡らす狭霧のサウンドシャッター。
     これで戦場は、閉ざされた。
    「Let’s rock!」
     女官たちへとカードを突きつけ、ムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627)が言い放つ。引き抜いた斬艦刀を手に駆けだせば、女官は僅かに後退った。だが、逃がしはない。
     叩き付ける鉄塊、衝撃に揺らいだ身体にすかさず狭霧が斬りかかる。
     裂かれた着物から覗く白い肌に走る深い傷跡。それを塞ぐべく奥の女官が護符を放てば、灼滅者達を近づけまいと次々に足止めの攻撃が繰り出された。
     放たれた護符が描く真っ赤な五芒星。
     拒絶の攻性結界が前衛達を弾き飛ばすや、石畳を滑る七つの光輪がその足元を薙ぎ払う。
     足をやられれば、逃げるも進むも叶わない。
     沙花は聖剣を構えると、そこに刻まれた祈りを解き放ち、聖なる風を呼びおこす。足元で渦巻く小さなつむじは瞬く間に成長し、前線を守る味方へ吹き付けた。それでも足りない回復は、彼女の霊犬・ナツが浄霊眼で補う。
     そうして回復を引き受けた彼女たちに、燈はサイキックソードを構えて地を蹴った。
     迎え撃つように飛ばされる一枚の護符、書かれた文字は『眠』。
     咄嗟に身を捩れど避けきれず、張り付いた札に正気が飛ぶ。
     すぐさまプラチナが浄霊眼を放つが、幾重にもかけられた催眠の呪はそう簡単に消えるものではない。
     朦朧とした意識のままに剣を振るえば、次の瞬間、燈は腕に感じた手応えで我に返り、悲鳴にも似た声を上げた。
    「プラチナっ!」
     容赦などなかった一撃に、毛並の乱れた霊犬はそれでも彼女を真っ直ぐに見つめ返す。
     そこに浮かんだ色は、信頼以外の何物でもない。
     大丈夫かと目配せする翔也に、任せてくださいと山桜桃が頷く。
     その答えに、振り向くことなく彼は敵陣へと踏み込んだ。背後では山桜桃とジョンが燈とプラチナを癒している。ここで迷うなんて、そんなの嘘だ。
     闇をつんざくチェーンソーの駆動音。
     高速の回転刃が女を切り裂き、事切れた彼女の倒れた音は、騒音が掻き消す。
     瞬間、翔也は二人の女官が動き出したのを視界の端に捉えていた。咄嗟に身を退くが間に合わない。
     彼女たちが振り上げた指の先、滞空する光輪の数は実に十四。
     そして、防ぎきれない光輪が前・中衛すべての者に襲い掛かった。
    「―――っ」
     突然の光の嵐に、山桜桃と沙花は霊犬達とともに、四人がかりで治療に当たる。
     回復量が足りないわけではない。ただ、光輪によって増やされた足止めは相当厄介だ。
     重ねて放たれる結界符、だが、阻まれてはいられない。
     一体でも、一撃でも多く――。
     ムウが押し込む戦艦斬り、翔也の光刃がそれに続く。
     苦し紛れに放たれる導眠符。そこへ燈が飛び込んだ。
    「何度も効くと思わないで下さいね」
     今度は惑わされる前に倒す。護符を躱し、全力で叩き込んだ縛霊手が女の動きを封じれば、律のチェーンソー剣が彼女に終わりを突きつけた。
    「……安らかに」
     どさりと地に崩れる女の身体。
     残る護符使いはあと一人、狭霧は剣を携え地を蹴った。
     大きく跳躍し、頭上から浴びせる斬撃。
     反射的に伸びた女の腕が足にかかるが、それしきで崩れるようなバランス感覚はしていない。狭霧はくるりと宙で身を翻し、後は頼むと呼びかけた。
    「蓮次センパイ!」
    「よし来た!」
     既に走り込んでいた蓮次が、待ってましたと拳を引く。
     遠慮はいらない。
     渾身の力で突き出した一撃は華奢な胴を撃ち抜き、堪りかねた女は儚く力尽きた。
    「……いい気になりおって」
     残された女官の一人が苦々しく呟く。
    「容易くやられる我らと思うな!」
     言うや、女達は揃って光輪を放った。
     その数二つ、狙いはどちらも蓮次――集中攻撃により、一人でも確実に潰す気だ。
     明らかな逆境の中、最後まで戦う事を選ばせたのはかつて神子に懸けた想いの強さなのか。
     だが、力のみで押し切るには、もはや彼女たちは少なすぎる。
     ナツ、プラチナ、ジョン――三匹の霊犬が回復に回れば主たちは攻撃へ動く。如何に防御力が高くとも、攻撃手が増えれば恐れることはない。
     限界まで傷の癒えた蓮次が再び立ち向かえば、律が隣に並ぶ。
     突き上げる抗雷撃、高く鳴いたチェーンソーが同時に切り裂く。
     山桜桃の振るった神霊剣に女が揺らぐや、とどめに大きく口開けたムウの影がその身を呑みこみ、喰らい尽くす。
     残るは一人。
     狭霧の繰り出す破邪の一閃に彼女が怯めば、燈の影と翔也の炎がその身に絡む。
     螺旋を描く紅と黒――。
     そこへ、沙花の足元から伸びた影の刃が斬りかかった。
    「ぁっ――」
     小さく洩れた叫び。
     女は糸が切れたように膝から崩れ、そして、地に倒れる前に力尽きて姿を失う。
     石畳の上には、何ひとつ残らない。
     そんな場所に、沙花はそっと思いを馳せた。
     ――この地面が赤く染まった時、外に出た神子は何を思ったのだろう?

    ●神と呼ばれた子
     僅かな休憩を挟み、灼滅者達は本殿へと通じる扉の前に立っていた。
     どこか荘厳な雰囲気すら纏う木製の扉――この向こうに、神子がいる。
    (「……あなたは今、どんなことを祈っているのでしょうか?」)
     山桜桃はそっと木肌を撫でると、心を決めて扉を押す。
     ギィ――。
     軋む扉を潜り抜け、順に足を踏み入れれば、古びた床まで軋みを上げる。
     その音に、暗闇の向こうでぱっと人影が振り向いた。
    「誰?」
     それはあまりにも線の細い少女。
     彼女の奥にあるのは儀式用の祭壇、間違いない。
    「あなたが神子、ですか?」
     おずおずと問うた山桜桃に、こくりと少女は首肯する。
    「あの、よかったらお名前を伺っても……?」
     こんな場所にたった一人だなんて、それはあまりに寂しすぎる。
     だから私は、少しでもあなたを知る人になりたい――そんな彼女の願いに、しかし少女は首を振った。
    「ずっと、神子とだけ呼ばれてきましたから」
     他に呼び名はないのだと、彼女は控えめに笑ってみせる。
     その表情に、気づけば翔也は口を開いていた。
    「君は……っ」
     かつての俺とは立場が違う。
     でも、同じ『独り』だったからこそ放っておけない。
    「本当は、ただ自由が欲しかっただけじゃない。友達が欲しかったんだろ?」
    「ちが……」
    「一人の普通の子どもとしての自由が、欲しかったんだろ?」
    「わかりません、わかりません……!」
     そんなもの、持ったこともないから。
     欲しかったものが何なのかなんて、もう知る術もない。
    「いいんです……! 私にはここしか……っ」
     いやいやと頭を抱え込む少女――途端、その心に応えるかのごとく、暗い社に百億の星が降り注いだ。
    「――ッ!」
     すぐさま霊犬達が盾となるべく前へ飛び出す。
     律もその身を盾としながら、障壁を展開し最前線の守りを固めた。
     降り続ける星は雨にも似て、どこか切ないものを感じさせる。
     狭霧は降りかかる星を剣で払うと、神子の懐へ大きく斬り込んだ。白く輝く刀身が、一際大きな残像の軌跡を闇に描く。
     衝撃。消えゆく流星。うっすらと闇に浮かぶ一閃の名残。
     その光の隙間を、妖気の氷柱が走り抜けた。
     ――当たりますように!
     祈るように撃ちだした蓮次の妖冷弾。それに気づいた神子が目を見張った時には、もう遅い。冷気の塊は深々と彼女の胸に突き刺さる。
     その背後では、沙花と山桜桃が霊犬の手も借り、全力で前衛達の回復に努めていた。
    「ナツ」
    「ジョン!」
     祭霊光、浄霊眼、シールドリング。
     流星一つ一つの威力は低くとも、灼滅者達の身体には女官達との戦闘による傷が残っている。油断は出来ない。
     ひとりひとりを丁寧に癒しながら、沙花は目の前に立つ小柄な少女をじっと見つめる。
     幸せな不自由。
     自由な不幸せ。
     どちらを選ぼうにも、とうに壊れた彼女の天秤はもう量れない。
     どちらに傾くことも、できやしない。
     それでもかつて傾いた先は、幸せだったのだろうか?
     不遇な因果から数百年に渡り囚われ続けていた少女――それを縛るものが、自責だというのなら。
    (「私は、その不条理から解放してあげたい」)
     縛霊手を構えた燈がプラチナと共に走り出す。
     プラチナの咥える斬魔刀が闇に閃き、燈の細腕は軽々と縛霊撃を見舞う。荒々しいほど大胆に、けれど、的確な一撃に神子の表情が歪んだ。
    「少し痛いのは勘弁な」
     ムウは微かに目を細めると、先に断わりをいれる。
     今度こそ、本当の自由を手に入れるために。
     高く掲げた斬艦刀は重力の誘うまま、一直線に振り下ろされる。
    「く、っぁ――」
     全身を走る衝撃に仰け反る少女。
     微かによろけた隙に、翔也がレーヴァテインを叩き付ける。
     ここにしか居場所がないなんて、そんなことは絶対にない。
     だからどうか、彼女自身が縛られないでほしい。
     想いを宿した炎が神子の上で燃え続け、しかし、彼女は差し伸べられた温度を厭うように手を翳す。その中心に集う眩い光は彗星となり――狙いを欠いたそれは、誰に当たる事も無く闇へ消える。
    「あっ……」
     それでも神子は伸ばした腕をその身を庇うように構えれば、蓮次の拳がそこへぶつかり、乾いた衝撃音が響いた。
     相殺?
     いや、違う。
     そもそも狙いは攻撃じゃない。
    「俺にはこうする事しかできないけれど――」
     と。
     神子の背後で響いたのは狭霧の声。
     気づけば彼女の胸からは聖剣の切っ先が覗いていた。
     けれどそこから血は流れない。
     だってそれは、肉ではなく魂を断つためのものだから。
     ――きっといつか、流れ星が外の世界へ連れ出してくれるから。
    「……え?」
     少女からは見えない死角。
     少女の耳には届かぬ声なき声。
     そのとき狭霧は、ひどくやわらかな笑みを浮かべていたのかもしれない。
     す、と引き抜いた剣に、あっ、と短い声が上がる。
     力を失った小さなからだは、何かを思い出したように光となってどこかへ消えた。

    ●星葬の夜
     よばひぼしの『よばふ』は、ずっと呼びかけ続ける事。
     呼んで呼んで、呼び続けて。
     ――そんな神子の強い想いが、スサノオを呼び寄せたんすかね。
     社の外へと踏み出た狭霧は、彼女の『願い』を辿るように星空を仰ぐ。
     パーカーのポケットに忍ばせた指は、無意識の内にそこにしまわれた銀の懐中時計をなぞっていた。
     吹きつける夜風は未だ冷たい。
     けれどそこには、閉ざされた社にはない心地よさがあった。
     ――ああ、そっか。
     沙花は心の中でひとり頷く。
     明かりも無く、空気の重い本殿から抜け出て気づいた。
     神子はただ。
     ただ、外が眩しかったんだ。
     そこに難しい理屈はいらないのかもしれない。
     心の中で、何かがはらりとほどけた気がした。
     元の閑静な姿を取り戻した社を見上げる山桜桃に、蓮次が後ろから声をかける。
     ぴくんと肩を震わせた山桜桃が振り向くと、蓮次も同じように社を眺めていた。
    「生まれてくる時間も場所も選べないんだよね、誰も」
     当たり前だけどさ、と彼は言う。
     スサノオの力によって呼び覚まされた神子は、生前とまったく変わらぬ存在として、同じように時を過ごしていた。
     もっとも、それ以外のことを知らなかった彼女には、時間や場所以前に、他の選択肢などなかったのかもしれない。
    「……今度こそ何にも縛られずに、穏やかに眠れたらいいよね」
    「……はい」
     その言葉に、山桜桃はふわりと頷く。
     そう、今度こそ。
    (「……あなたの魂が自由になれるように、今度は山桜桃がお祈りしますね」)
     きゅっと指を組んだ彼女に、その隣ではいつのまにか並んだ燈が静かに手を合わせていた。
     少し離れたところでは、ムウと翔也も黙祷を奉げている。
     今はただ、囚われ続けた悲しい魂が解き放たれたのだと信じて。
     もしも生まれ変わりがあるのなら、そのときはどうか幸せでありますように。
     律が見上げた先の夜空で、ひとすじの星が涙のように零れ落ちる。
     ――おやすみなさい。
     誰にも聞こえぬ小さな声で、律はそっと呟いた。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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