モッチアにあらず

    作者:聖山葵

    「ひな祭りに菱餅?」
     甲冑の中からくぐもった声を漏らしつつ、それは足を止めた。
    「くだらん。しかも、プラスチックではないか」
     民家の窓ガラス越しに見たひな壇、飾られていたどう見ても食べられない物を見て吐き捨て、握りこんでいた手を開く。
    「施そう」
     虚空から突如現れる生煎餅。
    「受け取るがいい」
     色が違う三枚の生煎餅を重ねて菱餅よろしく三色の段がある状態に変えると、窓ガラスがあるにもかかわらず、それはひな壇向けて投げつけた。
    「何の音?!」
     ガラスの割れる音に気づいた家主らしい人物の声が上がるも、それはいっこうに気にしない。
    「っ、ボクは一体何を……」
     ただ、割れた窓ガラスに映る自分を見て一度だけ頭を抑えて呻くと、よろめきながらその場を立ち去るのだった。
     
    「ククク……見つけた、遂に見つけたぞ……雛祭りの菱餅を生煎餅に変えようとするダークネスを」
     集まった、灼滅者達の前で中島・優子(ジェネラルチャレンジ・d21054)は菱餅を弄びつつ災厄の魔王を名乗った。
    「まぁ、この魔王様はさておき、一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が起きようとしている」
     座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)によると、その一般人はダークネスの力を持ちながらも人間の意識を残していて、ダークネスになりきっていないのだとか。
    「無論、放置しておけば完全なダークネスとなってしまうことだろう」
     もし、この一般人が灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちからの救出をお願いしたいとはるひは言う。また、完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を。
    「問題の一般人は、ご当地怪人『生煎ヴェーダ』と化して住宅地を歩き回り、ひな壇に飾られた菱餅を強引な方法で生煎餅に置き換えて回っている」
     生煎餅で作られた全身甲冑と生煎餅モチーフのマントと言う出で立ちなので、まず見間違えることはないだろう。
    「尚、接触については住宅街にある駐車場の一つで待ち伏せる形をとることを薦めたい」
     戦闘をするにもうってつけの広さがある上、接触タイミングとなる平日の昼下がりは駐まっている車も少なく、あまり戦闘に時間をかけなければ人もやって来ないとのこと。
    「闇堕ち一般人を救うには戦闘は避けられない」
     戦ってKOする必要があるというのは、わざわざ説明するまでもないかもしれない。
    「また、闇堕ち一般人と接触し人の心に呼びかけることが出来れば弱体化させることもかなうだろう」
     わざわざ強い相手と戦おうというつもりなら別だが、説得が上手く行けば戦いも楽になるだろう。
    「人間の意識の方は、現在の活動に疑問を感じている」
     そも、どう見てもツッコミどころしかない行動だ。ダークネスの意識としては菱餅を生煎餅にすることで生煎餅の知名度を高めようと言う狙いのようだが。
    「穴だらけと言うか、理解に苦しむよ」
     問題点を指摘してやればあっさり論破出来るかもしれない。
    「最後に、甲冑の中身についてだが中性的な顔立ちの中学生だ」
     名前は、煎沢・樹生(いりさわ・いつき)、中学一年生らしいがはるひは何故か性別については言及せず。
    「何にせよ、このまま放置は出来ない」
     闇堕ちしかけている一般人自身についても、それによって生じ続けている周辺住民への物的被害についても。
    「故に、宜しくお願いするよ」
     君達に頭を下げて送り出すと、はるひは優子のもっていた菱餅に目を落とす。
    「……しまったっ、少年のひな祭りを祝わなくては!」
     かばっと顔を上げて口にした言葉は割とどうでも良いことだった、性別を間違えて祝われる事が確定した誰か以外には。
     


    参加者
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)
    柳生・宗無(新陰流霹靂剣・d09468)
    柾・菊乃(白皮たい焼きを広めたい焼き・d12039)
    秋風・千代助(からんか・d12389)
    中島・優子(ジェネラルチャレンジ・d21054)
    望山・葵(わさび餅を広めたい・d22143)
    ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)
    茂野・真祢(高校生パロディファイター・d25117)

    ■リプレイ

    ●はらがへっては
    「そうか、だよな。生煎餅って剥がすの楽しいし、うめえし、すんげぇ好きなんだけどな……」
     レジャーシートに腰を下ろしたまま、秋風・千代助(からんか・d12389)は生煎餅は1枚ずつはがして食べる派だよという中島・優子(ジェネラルチャレンジ・d21054)のカミングアウトへ頷くと一つ嘆息し、空を仰いだ。
    「ククク、よもや『麗しき乙女の祝祭』の影でかように恐るべき計画が進行していたとはな」
     とか邪悪な笑みを浮かべて缶入りのおしるこを口元に持って行く魔王様モードの優子に呆れた訳ではない。
    「菱餅と交換すんのは無理あんだろ、さすがに」
     闇堕ちしかけている一般人の活動に呆れたのだ。
    「あいもかわらず、ご当地怪人じゃなぁとおもえりゅ事件じゃのぅ」
     眉を顰めるシルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)も形容しがたい気持ちを抱えたという意味合いでは同士か。
    「……まあ要するに、んぐ……ひな祭りを台無しにしようというわけですね。はむ、少々お灸が必要なようです」
    (「気持ちはとってもよく解りますけれど、強制したり他人様に迷惑をかけるのはいけません。これはオハナシが必要ですねっ!」)
     シートの上に置かれた出前の寿司を口に運ぶ柳生・宗無(新陰流霹靂剣・d09468)の横で白皮たい焼きいっぱいの紙袋を抱えもぐもぐと口を動かしているのは、柾・菊乃(白皮たい焼きを広めたい焼き・d12039)。
     ちなみに、鯛焼きの着ぐるみっぽい水着を着ただけの菊乃について誰もツッコまないのは、仲間達の優しさだと思われる。
    「こうまだ寒い日が続くと温かいものが恋しくなるよねー」
     暖かいもの以外を食べてる灼滅者も居たが、ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)は気にしない。コンビニで買った肉まんを片手にまだ湯気のたつそれにかぶりつく姿は各々用意してきた食べ物を口にしている姿とあいまって、まさに宴会かピクニックの一風景とでも言ったところ。
    「何つーか、平和ッスよね」
     初仕事に緊張していたはずの茂野・真祢(高校生パロディファイター・d25117)は和やかなムードに何処か困ったような笑みを浮かべた。
    「同感なんだぜ。あ、わさび餅食うか?」
    「いいの? 頂きますなんだよ」
    「施そう」
     横を見ても、相づちを打った望山・葵(わさび餅を広めたい・d22143)が仲間にお菓子を差し出す姿と、生煎餅甲冑のご当地怪人が宗無によって寿司を食べ尽くされたわっぱに生煎餅というおかわりを追加している姿しかないのだ。
    「やっぱ平――って、何さりげなく紛れ込んでんッスか!」
     そのツッコミは当然のモノであった。
    「きふぁね、ふぉふぉうふぃふぁいふぃん!!」
     そして、肉まんを口いっぱいに頬ばっていたので、ユメが何と言ったのかは当人しかわからなかった。

    ●とらっぷ
    「かかったな」
    「何ぃっ?!」
     勝ち誇った笑みを浮かべる優子にご当地怪人が仰け反って見せたのは、きっと内心の驚愕を甲冑で覆った全身で表現しているのだろう。
    「我らが待ち伏せる場所にノコノコ足を踏み入れるとは、飛んで火にいる何とやらよ」
    「待ち伏せ……なんと卑劣なぁ、何でこんなとこでピクニックしてるのかとは思ったが……」
    「ククク、愚か者め。我が右目に帯びた魔力にかかれば貴様の目論見を見抜くなど造作なきことよ」
     どこからツッコめば良いのかわからないやりとりが進行する中、千代助は宇宙の果てさえ見通せそうなほど遠い目をしていた。
    「堕ちられねぇ……」
     たぶん、ご当地怪人の格好を見て、俺も堕ちたらあんな姿無様な姿になるのかとか思っちゃったのだろう。
    「つーかあれ、甲冑なのか……? はがしてぇ」
    「っ」
     何気なく呟いた言葉に身の危険を感じたのか、ご当地怪人が身体をすくめ。
    「これ以上君が間違いを犯さないように、ここでお話しさせてもらうよ!」
     口の中の肉まんを嚥下したユメがそんなご当地怪人こと生煎ヴェーダへ指を突きつける。
    「ほう、ボクを論破しようと? やってみるがいい」
    「好きな物を思う気持ちは分かるけどその方法じゃダメなんだぜ!」
     不敵な態度で応じて見せたご当地怪人を前に、進み出たのは葵だった。
    「そうそう、他人の事を顧みずに生煎餅を配り歩くのは良くないッスよ」
     言葉を継いだのは、真祢。
    「菱餅を排除して生煎餅を広めるなんてしちゃ駄目なんだよ! 第一、こっそりすり替えても生煎餅だって認識して貰えないよ?」
    「つーか、菱餅が生煎餅に代わっててもびっくりするだけだろうが」
    「ぬぅぅ」
     最初から穴だらけの生煎餅普及方法だったのだ、優子と千代助の鋭い指摘にご当地怪人生煎ヴェーダは唸るが、追求はまだ終わらない。
    「菱餅をよくわからにゅ物に替えられてそれを喜んで食うと思うのかの? そもそもどこのだれともわからにゅ怪しい者が勝手においていったものなぞ危なくて食えにゅじゃろうて」
    「っ!」
     半ば呆れたような視線と共にシルフィーゼが投げた言葉でご当地怪人は雷に打たれたように硬直する。
    「言われてみれば、確かに」
     というか、どうしてこんなじたいになるまできづかないのか。
    「第一、飾っておいたら生煎餅が傷んで駄目になるんだよ」
    「な……」
     再び固まった生煎ヴェーダは呆れ半分の目で見るシルフィーゼの前で膝を着いた。
    「驚くことではないと思うがの」
     少し考えればわかりそうな問題点さえ思いつけなかったのは、完全なダークネスになっていなかったからか、それともご当地怪人だからか。
    「生煎餅はどこまでいっても生煎餅なのです。違うものに置き換えようなどと、それは生煎餅そのものへの冒涜でしょう」
    「そん……な」
     あなたの行為は生煎餅を貶める結果にしかならないのです、と続けた宗無の言葉へ両手も地について完全に凹んでいるご当地怪人へのトドメはユメの発言だった。
    「ひとつ言わせてもらうと、生煎餅なんて生まれてこのかた聞いたことないよ!」
    「っ」
     フルフェイスの兜から覗く双瞳が潤み。
    「うわーん」
     決壊した感情と共に泣きながら走り出したのだ。

    ●ないたこもいるんですよ
    「っく、えぐ……」
    「わかる……わかりますよっ、なぜなら私にも、この『もちもち白皮たい焼きの再評価』という野望があるのです!」
     逃げ出す前捕まえたご当地怪人を菊乃は背中を撫でつつ宥めていた。
    「けれど本当に他の人にも良さを知ってもらいたい、好きになってもらいたいと思っているのなら、無理やりに押し付けてはいけません……」
     泣き出したのは、堕ちかけて精神的に不安定になっていたのだと思われる。
    「素晴らしさを貴方の口で伝え、お相手の口で存分に味わっていただく……そうあるべきではないですか?」
    「そうだな。俺も日本じゃまだ無名の岩塩を1年ほど勧めてまわってるが、案外地道にやったほうが根強いファンができたりするぜ! 口コミ侮るべからず、だ」
    「俺のわさび餅と同じようにゆっくり周囲から好きな物を知ってもらうのが大切なんだぜ!」
     説得を兼ねながらアドバイスをおくれば、ご当地怪人としても耳を塞ぐことは出来ない。
    「くち……こみ?」
    「じゃな、生煎餅を広めるであらばまず生煎餅の存在を知らしめりゅところから始めねば」
     ロリータドレスのフリルを風にそよがせながら、シルフィーゼはかすれた声に頷いて。
    「そうッスね、菱餅のかわりにはならないッスけど……煎餅は音が出にくく食べ屑も出にくいので、映画館などで生煎餅を広めることを提案してみるッスよ」
     真祢は具体案まで挙げ始める。
    「音を出さずに食え」
    「ぶぇぇぇぇいッ!」
     そして、更に続けようとした時だった。無言だった突如ご当地怪人が咆吼したのは。
    「おのれぇ、樹生につまらぬことを吹き込みおって。これではボクが完全体になるのが遠のくでは、ないか」
     敵意の籠もった視線は先程までとはまるで別物。
    「ほぅ、『もちぃ』とは言わぬのか」
     幾人かが息を呑む中、一人だけ別の点を気にする者もいたが「せんべい」なのだから「もちぃ」にならないのは仕方ないこともちぃ。
    「誰が言うかべぇぇい、もう良いわ。力ずくでもその口封じてくれよう」
    「抵抗するなら……おとなしく話を聞いてくれるように、するだけさ!」
     身構える生煎ヴェーダを前にユメは片腕を水晶に変え。
    「仕方ないッスね、正々堂々勝負ッス!」
     ESPで戦場外に漏れる音を遮断しつつ真祢も拳を握り込んだ。「べぇぇいッ!」
    「うおおおっ」
     撃ち出されたビームがただの駐車場を戦場に変え、沈み込ませた真祢の身体がビームの下を通過してご当地怪人懐に入り込む、水着で。
    「っ、やるならもっと人を喜ばせるようにしない、と」
     ビームで撃たれつつも呼びかけを続けるユメの腕で高速回転する殲術道具の杭が唸りを上げ。
    「そのような偽りの甲冑は早々に脱ぎ去るべきですね」
     炎を宿し赤みがかったクルセイドソードを振りかぶった宗無が無表情で跳ぶ。
    「っ、ぶがべっばっ」
     アッパーこそかわしたものの、身体を引きちぎらんと迫る杭はかわしきれず、更にもう一撃。
    「うぐっ」
    「どうじゃ、多方面からの攻撃には対処しきれまい」
     たたらを踏む生煎ヴェーダを前にシルフィーゼは霧を展開しつつ胸を反らした。
    「逃がしませんよぉ」
    「ぬっ」
     もっとも、ご当地怪人からすればそれを見ている余裕などない。巨大化した菊乃の腕が間近に迫っていたのだから。
    「生煎餅の潜在能力を信じろよ!」
     かろうじて反応が間に合いかけたところを千代助の言葉が硬直させ。
    「しま……べぇぇい」
     悲鳴と共に影を宿した殲術道具の殴打で殴り飛ばされた生煎餅甲冑が巨腕の下に消える。
    「説得が効いてるみたいッスね」
     真祢の言う様に弱体化したご当地怪人は押されていた。
    「隙ありですっ」
    「なっ」
     例えば戦闘の合間に強襲され甲冑に食い付かれるのを防げぬ程に。
    「美味しい……!」
    「ふはははは、そうであろうとも」
     もっとも、甲冑を食べられたことについては嬉しそうなのでこれはこれで良いのかも知れない。
    「儂も生煎餅なりゅものを食べたことはないのじゃが、馳走してもらえにゅかの?」
    「ならば、囓るがいい」
    「何だか戦闘なのか試食会なのかわからないことになってるッスね」
     戦闘の緊張感が何処かに行ってしまった中で、真祢はため息をつくと拳を握り込んで飛びかかった。
    「もっと食べても良、うべらばっ」
     甲冑に突き刺さったのは、鍛え抜かれた拳。つまり、鋼鉄拳である。
    「な、何を」
    「ククク、戦が最中に油断とは笑止」
     殴られた場所を押さえながら起きあがった生煎ヴェーダを前に、優子は拳にオーラを集めつつ魔王モードで距離を詰めた。
    「ぶぇらぶばべばばっ」
     繰り出される拳の乱打は容赦なく甲冑をボコボコにし、どっちが悪役なのかわからない。
    「優子姉ちゃん」
    「良かろう」
     葵の呼びかけにが横に跳べば、後方から飛来した氷柱が損傷した甲冑へ突き刺さる。
    「と言うか、樹生ちゃん、その格好で恥ずかしくないの?」
     そして、説得。
    「凄くシュールな光景を見た気がするんだぜ」
     一応演出者の一人でもあるが、敢えてそこはスルーし、葵も呼びかける。
    「本当にそれでいいのか、このままだと誰にも理解されないんだぜ」
    「おの……っ」
    「おらっ」
    「べいばっ」
     説得だけでは救えないとわかっていても、効果はある。掴みかかろうとした姿のままで一瞬動きを止めたご当地怪人は、マテリアルロッドで殴り飛ばされた。
    「いきますよぉ……必殺『閃光百烈――」
    「相手をリスペクトする気持ちが無ければ、そこに意義など無いと知りなさいっ」
     そこは、拳で出来た檻の中。
    「やるならもっと人を喜ばせるように、どうせなら国内のみならず、世界も視野にいれないと!!」
     数多の拳に踊らされた生煎餅甲冑を狙うは、正確無比な斬撃。
    「一緒に大海を見にいこうよ! だからっ」
     救いたいと言う願いを込めた一撃が甲冑の間接部をえぐり取る。
    「ぬぅっ、ま」
    「ふんっ」
     崩れ落ちそうになりながらも獲物を求めて伸ばした腕はシルフィーゼの刀に弾かれ。
    「しまいじゃ」
    「ぐはっ」
     緋色の刀身に切り裂かれた甲冑が二つに割れ、出てきた樹生が倒れ込む。戦いは終わったのだ。

    ●なかのひと
    「とりあえず、男の線は消えたみたいだな」
     生煎餅甲冑の中身が着ていたのは女物の衣服だった。千代助が断定しなかったのは、仲間内に女の子と見まごうばかりの少年がいたからに他ならない。
    「着替えも用意していたんだけど服の損傷はたいしたことなさそうで一安心なんだよ」
     言いつつ優子は取り出した女物の服をヒラヒラ振ってみせる。
    「まぁ、中身と服装が合ってて何よりなんだぜ」
     服がボロボロで中身が男の子だったら一体どうなっていたかなどと葵は言わず、葵は自分達が救った人物――樹生に歩み寄り。
    「うおっ、っと」
     身をかがめようとしたところで足下の石に躓く。補正がラッキーすけ……なんとか体質が仕事をしたのだ。
    「あ、うわ」
     バランスを崩した身体が倒れ込む先は言うまでもなく樹生。
    「と、っ」
     咄嗟に両手を地面につき下敷きにすることは免れたものの、頬を樹生の胸に押し当てる形になって葵は気づいた。生煎餅なのに生煎餅でない頬を押し戻すささやかな抵抗を。
    「あ……女か?」
    「……んっ」
     少女が声を漏らしたのは、千代助の問いかけを首肯しつつ慌てて葵が身を起こした直後。
    「気がついた?」
    「ここは……」
    「樹生ちゃんは闇堕ちしかけてたんだよ、それで……」
     まだぼんやりしている樹生の顔を覗き込んだ優子は、仲間達と共に説明する。樹生が置かれていた状況と経緯を。
    「そっか」
     納得したのか思い出したのか、上半身を起こしアスファルトを見つめていた少女は立ち上がろうとし。
    「ふふっ……とりあえず、一緒に屋台から始めてみませんか?」
     たい焼き、もとい菊乃は笑顔で手を差し伸べる。
    「屋台かぁ、ボクにやれるかな?」
    「看板娘になりゃ一発じゃね? これからは正攻法で頑張れよ」
     不安を口にする少女の背を千代助が押して。
    「生煎餅と白皮たい焼き……今日から私たちは『らいばる』です♪」
    「……うん」
     少し迷ってから樹生は菊乃の手を取った。
    「生煎餅も食べ飽きたでしょうし、寿司を食べま」
    「はーい、クリーニングするからこっちねー」
     空気を読まなかった宗無はユメに引っ張られて自動車の影に。
    「とりあえず俺からわさび餅のプレゼントだぜ! これでも食べて元気を出すんだぜ、樹生姉ちゃん」
     かわりに進み出た葵が傍らの霊犬を撫でながらもう一方の手でわさび餅を差し出す。
    「ボクに? ありがとう」
    「そう言えばレジャーシートもあったッスね」
     何気ない切欠で戦闘を挟んで再開されることになった、ピクニックのような一幕。
    「ね、世界は広いって、ワクワクしない?」
     キレイにする相手より先に顔を出したユメはまるで何事も無かったかのように笑顔で問いかけた。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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