雛祭らず

    作者:灰紫黄

     三月三日といえば、桃の節句。女子の厄を払い、健やかな成長を祈る日である。雛祭りとして、婚礼を模した雛人形を飾ることも多い。また、この雛人形を片付けるのが遅くなると、その家の女子の結婚が遅れるとも言われている。
     では、逆に、飾ってもらえなかった雛人形はどうだろうか。せっかく世に出たというのに、押し入れの中でホコリをかぶる一方だとしたら……人間を恨んだりするかもしれない。

     都市伝説の存在を感知した、と報を受けて灼滅者達は教室に集まる。もう三月ということもあって、寒さもずいぶん和らいでいた。
    「季節もの、というのが正しいのか分からないけど、今回現れるのは雛人形の都市伝説よ」
     曰く、飾ってもらえず、ろくに手入れもされない雛人形が人間を襲うようになったらしい。元は与太話だったのだろうが、小さいこどもを中心にして広がっており、近く実体化してしまう。一度実体化すると無差別に人を襲うため、早急に手を打たねばならない。
     都市伝説が現れるのは、奈良県にある廃倉庫。かつて人形のメーカーが所有していたといわれているが、定かではない。
    「人形の数は五体。お内裏様は刀で、お雛様はぼんぼりで、三人官女は護符のようなもので攻撃してくるわ」
    「……ぼんぼり?」
     灼滅者の一人が聞いた。他はともかく、ぼんぼりでどうやって攻撃するのだ、と。
    「ぼんぼりは殴るのに使うのと、敵に投げつけると爆発するみたい」
     いやなお雛様だなぁ。
    「うちはお父さんの方針で雛人形は飾ってなかったんだけど、最近になって理由を知ったわ。……それはさておき。頼んだわよ、みんな」
     せっかくの雛祭りを血祭りにさせるわけにはいかない。灼滅者達はそそくさと教室を後にした。


    参加者
    飾・末梨(人形少女・d01163)
    栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)
    織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)
    白灰・黒々(モノクローム・d07838)
    ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)
    土岐・佐那子(夜鴉・d13371)
    白崎・白乃(少女ジキルとハイド嬢・d22714)
    セトラスフィーノ・イアハート(編纂イデア・d23371)

    ■リプレイ

    ●鬼面の雛
     かつ、かつ、かつ。無人のはずの廃倉庫に渇いた足音が響く。八人の灼滅者達は都市伝説を倒すために奈良の地を訪れた。倉庫の中はほこりっぽく、また、放置された人形や破損したままの人形も多かった。
    「なんだかちょっと悲しい、ね」
     栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)が呟く。メーカーが夜逃げでもしたのだろうか、倉庫は朽ちるに任せてあった。壊れた人形は、小さいけれど、本当の屍のようでもあった。彼女らも、何かが違えば美しく祭りを彩ったのだろう、と。
    「ヒトガタには魂が宿る、というからね」
     と、セトラスフィーノ・イアハート(編纂イデア・d23371)。それは本から得た知識だろうか。また、日の目を見ない人形達を、病床から動けなかった自身と重ねているのかもしれない。
    「雛人形さん、と戦うのは、何となく、いや、ですね……」
     ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、飾・末梨(人形少女・d01163)が言った。目にはじわりと涙が浮かぶ。彼女にとって人形やぬいぐるみは友達だ。都市伝説とはいえ、その人形が人間を恨んでいるというのも悲しい。
     とても小さな声は土岐・佐那子(夜鴉・d13371)にしか届かなかった。けれど、それで十分。末梨の頭に手を置いて、応える。
    「人を襲うなら、放っておくわけにはいきません。あくまで都市伝説です。大丈夫」
     二人は同じクラブの友人である。優しさを頼もしく思う反面、戦場となると心配も抱かざるを得ない。
    「ウェーイ! ま、やるしかないんだよねー!」
     白崎・白乃(少女ジキルとハイド嬢・d22714)は今回の都市伝説に思うところはない。必要があるなら戦うだけ、必要がなくても気が向いたら戦うだけ。要は戦いに来たということだ。そこに複雑な理由や特別な動機は存在しない。
    「それにしても、爆発するぼんぼり投げてくるお雛様ですか……過激ですよね」
     頬をかきつつ、苦笑いを浮かべる白灰・黒々(モノクローム・d07838)。爆発物とお雛様はどうしたって結びつかない。どう尾ひれがついたか知らないが、とんでもない。
    「そうですか? 私は楽しみですよ」
     戦いを楽しみにしている織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)には、雛祭りや雛人形にはそれほど興味はない。雛祭りと聞いて血祭りを連想するくらいには、頭のネジは緩いらしい。
    「え、そういうもんじゃないの?」
     外国育ちで雛祭りの知識がないハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)には、何がおかしいのかはよく分からない。というか、今まで聞いた話から想像すると呪いの人形みたいなイメージになってしまう。刀を持って襲ってきそうだ。
    『恨めし。人間どもよ』
     熱もないのに、大気が揺らぐ。陽炎の奥から声が聞こえた。灼滅者としての感覚が告げていた。来る、と。
    『人間どもに復讐を!』
    『『人間どもに復讐を!!』』
     まるで最初からそこにいたように、人間大の雛人形が現れていた。彼女らが座る壇などなく、床を踏む足音でさえ、呪いの言葉に聞こえた。鬼面の新郎新婦は、怨嗟とともに灼滅者を襲う。

    ●ヒトガタ
     敵は前衛が三、後衛が二。対して、灼滅者側はサーヴァントを含め、前衛が五、中衛が三、後衛が二。どちらもひな壇のような構成になった。
    『許すまじ』
     べっとりと怨念で湿った声。思わず末梨が飛びあがった。
    「い、い、い、今、目が合いました……っ」
    「……気のせいです。しっかりしなさい」
     震えて佐那子にしがみつく。人一倍、憶病なのも心配な要因だった。少しでも危険を減らすため、ビハインドの八枷に守りを固めさせる。同時に末梨の霊犬、マーロウも主を守るため前へ出た。
     先に動いたのは三人官女だ。後衛の雛と内裏に向け、符の加護を与える。次いで、雛が動く。ぼんぼりを槍投げのように担ぎ、力任せに投げ飛ばした。ぼんぼりは前衛に着弾し、怒りの炎を撒き散らす。
    「外に出る余裕はない、かな」
     できれば外の空気を吸わせてあげたかった、とセトラスフィーノ。だが、雛人形達は隙を見せれば一般人を殺しに行くだろう。ここで倒すしかない。向かうは正面、官女に雷拳を叩きこむ。
    「……潰すぜ?」
     目に見えるほどに凝集した殺気が三人官女を覆う。その黒い闇を背負う白乃は先刻と様子が違うようにも見えた。やかましさは鳴りを潜め、代わりに凶暴さが顔を出す。
    「っ、通してはくれませんか」
     後衛を狙い撃った結界は前衛に阻まれた。三人官女の壁は厚い。黒々は狙いを改め、漆黒の弾丸を放つ。毒がべっとりと着物を汚染した。
    「ふふ、楽しませてくださいな」
     麗音はリズミカルなステップで懐に潜り込み、ドレスを翻す。影もそれに従い、幾重もの刃となって三人官女を切り刻んだ。着物は裂け、鬼面も一部が欠ける。そこから見えたのは血涙だった。
    『嗚呼、嘆かわし』
     傷を負った仲間に向け、符を投げる官女。符は欠けた面を塞ぎ、再び表情を隠す。けれど、灼滅者の連続攻撃に耐えきれはしない。
     弥々子のロッドが官女を捉えた。
    「ごめんなさい……」
     ロッドの先端に秘められた魔力が炸裂し、官女を粉砕した。人形はばらばらに砕け、そして消滅する。戦いは痛くて、まだ少し怖い。でも、仲間がいるから戦える。
    「やれやれ、不気味だなぁ」
     霊体の剣が官女を貫く。ハイナは人形があまり好きではない。人に似た、人ではない存在。どことなく不気味に思ってしまうのも仕方のないことか。ゆえに人形を倒すことには何の感情もない。そこに少し寂しさを覚えるのは、きっと気紛れ。
     灼滅者の攻撃は官女の壁を少しずつ削っていく。傷付きながらも、彼女らは決して怯みはしない。主を守ることが存在意義なのだから。

    ●心ありや
     二体目の官女が倒れるのと同時、内裏の刀が閃いた。佐那子をかばい、八枷が大きなダメージを受ける。戦況は優勢だが、個々の力はあちらが上。油断すれば痛手をもらうだろう。
    「動く和人形ほど不気味なものはありませんね」
     腕が膨張し、鬼のそれとなる。巨腕はその身にまとう加護ごと官女をたたき潰す。衝撃に、壁まで吹き飛んだ。そこに、麗音が踏み込む。
    「あまり長く飾っておくのも良くないと言いますしね。お片付けといきましょう!」
     官女の目の前でターンを決める。長い髪がふわりと揺れ、そして縛霊手が蛇のようにしなった。一見優美な、しかし鮮烈な爪撃は官女を真っ二つにした。割れた鬼面の奥から呪いの視線を投げかけながら、三体目の官女が消滅した。
     これで残るは雛と内裏のみ。そこで、これまで後衛にいた内裏が雛を守るべく前に出た。
    「言葉の意味は分からないけど、夫婦なんだよね?」
     雛人形は婚礼をかたどっているとされている。今日ではそれぞれお雛様やお内裏様と呼ばれるが、本来は夫婦一対で内裏雛と呼ぶものである。といっても、ハイナはそんなことは知らない。ただ普通に戦うだけだ。
    「どっちから先に逝きたい? 男からか?」
     粗暴な笑みを浮かべ、魔導書のページをめくる白乃。やがて目当てのページにたどり着くと、独り手に文字が浮かび上がり、禁呪となって爆ぜる。炎に包まれながらも、内裏はまだ立っていた。刃がセトラスフィーノを襲い、鮮血が廃倉庫に散った。
    「大丈夫、ですか……?」
     末梨の手から癒やしの光が飛ぶ。小さな声も、今度はかろうじて届いた。セトラスフィーノは振り返って笑みを見せた。
    「てやあぁっ!!」
     思い描くのは、物語の中の英雄の姿。憧れ、夢見た存在はこれくらいで倒れはしないのだと。曲剣をねじ込み、内裏にも引導を渡した。
    『ぅああああっ!!』
     怨嗟の声を上げる雛。憎い、憎い、憎い。憎悪の炎がぼんぼりから噴き出し、鬼面を赤く照らす。
    「痛々しい、ね。でも、これで終わり」
     目の前にいるのは、あくまで都市伝説。もし心があっても、倉庫に転がる人形が同じように人間を恨んでいるとは限らない。だが、否定もできない。ちょっと悲しい。でも、だからこそここで終わらせる。弥々子はロッドを握り、力いっぱい雛にたたきつけた。
     同時、黒々が背後から迫る。
    「人を襲うようになったのには同情しますけど……人を襲うことを容認する訳にはいかないのですっ!」
     影が膨らみ、やがて鯨の口のようになって雛を飲み込む。音もなく影は元に戻り、雛の姿は跡形もなかった。

    ●祭り語り
     都市伝説の消滅を確認した灼滅者達は、とりあえず窓を開けた。まだ冷たい空気が流れ込み、ほこり臭さもいくらかましになった。
    「できれば供養、してあげたいですね……」
     ぽつりと、末梨。捨てられた人形のひとつを手に取り、ほこりを払ってやる。顔もきちんと描いてあり。あとは出荷するだけという人形だ。何か事情があったのだろうが、このままでは不憫かもしれない。
    「人形供養ですか。近くに実施しているところがあるといいのですが」
     とはいえ、この量だ。なかなか難しいだろう。腕を組み、しばし案じる佐那子。けれど、良案は出ない。
    「ウェーイ! 奈良といえば神社仏閣のメッカだよ。手分けすれば何とかなるかもー?」
     ウェイウェイ、と挙手する白乃。戦闘時の殺気は今はなく、元の愛想のいい少女に戻っている。
    「それは大仕事になりそうですね。その前に腹ごしらえをしませんか? えっと、奈良の名物は……」
    「そういえば、奈良にうまいものなしっていう言葉もあったよね」
     黒々が提案すると、セトラスフィーノが思い出したように言う。神社仏閣は豊富だが、美味しいものを食べるのにはちょっと苦労するのが奈良である。もちろん、美味しいものがないわけではないが、これぞ、というものはあまりない。あるいは、けっこうお高い。
     一応、葛切りなど昔からのものもあるが、意外とラーメン屋も多かったり。
    「まぁ、歩きながらでもいいでしょう。まずは出ませんか」
     麗音に促され、倉庫から出る。天気はよく、冷たい風も戦闘後の熱がこもった体にはちょうどいい。
    「ふと思い出したんだけど、家にお雛様を飾らないってどんな方針によるものなの?」
     青い空を見上げながら、ハイナが問うた。別に飾っても悪いことはないでしょ、と。その問いに答えたのは弥々子だった。
    「お雛様、飾ると、ちゃんと結婚できる、って聞いたことある、よ」
     つまり、お父さんはお嫁に行って欲しくないということだ。日本っぽいなぁ、とハイナは思った。
     やがて、蕎麦屋を見付け、そこで人形供養の相談や雛祭りのあれこれを話し始めた。本格的な春の訪れにはまだ早いけれど、そう遠くもない、そんな日だった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ