怪を呼びし銀尾の獣

    作者:泰月

    ●呼び起こす存在
     岐阜県は高山市。
     かつて飛騨の名で呼ばれた地域の一角に、寂れた山寺がある。
     人里からは離れており、住まう者はおろか訪れる者も稀。今となってはもう開かれた由来も定かではなくなり、地図にも載っていないような寺だ。
     その裏手にある広い空き地の真ん中に佇む、一匹の獣の姿があった。
     ニホンオオカミに良く似た白い獣、淡く輝く銀の尾を持つスサノオである。
     スサノオは何かを探るように周囲に視線を巡らせ――。
    「ァオォォォォォォォン!」
     高らかに遠吠えを響かせると、その傍らに何かが集まり少しずつ形を為して行く。
     今まさに、一匹のスサノオによって新たな古の畏れが現れようとしていた。

    ●掴んだ銀の尾
    「待ってたよ! 来てくれてありがとう!」
     教室に集まった灼滅者達を、仁左衛門に乗った天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が明るく出迎える。
    「これまでに3体の古の畏れを呼び出していた銀の尾のスサノオがいるんだけどね。そのスサノオが、次に古の畏れを呼び出そうとする場所が判ったんだよ!」
     心なしか興奮した様子で告げるカノン。
    「完全じゃないけど介入する事が出来たんだ。皆のおかげ」
     スサノオを追い続け、スサノオと因縁を持つ灼滅者が増えたからだと言う。
     これまでの戦いが実を結び、スサノオの尻尾に手が届く時が来た。
    「スサノオと戦う方法は、2つ。1つは、古の畏れが完全に現れる前に倒しちゃう方法」
     急いでも、現場に着けるのはスサノオが古の畏れを呼び出そうとした後。
     だが、古の畏れが現れるまでには、少し猶予があると言う。
     時間にして、6分。
    「その間にスサノオを倒せれば、古の畏れは現れないんだ」
     短期決戦に成功すれば、スサノオと戦うだけで済む。
     しかし、6分を過ぎてしまえばスサノオと古の畏れ、同時に戦う事になり、スサノオが戦いを古の畏れに任せて撤退してしまう可能性もあると言う。
    「もう1つは、古の畏れを呼び出してスサノオがその場から離れるのを待ってから戦うって方法だよ」
     この場合、古の畏れからある程度離れた後に襲撃すれば、古の畏れが戦闘に加わる事はなく、個別に戦う事が出来る。
     但し、現れた古の畏れも放っておく事は出来ない。
     同時に戦わずに済むが、スサノオと古の畏れの連戦に勝利するだけの力が必要となるだろう。
    「どっちも難しい事だと思う。どうするかは、皆に任せるよ」
     短期決戦に挑むか、連戦を承知で各個撃破に望むか。
     どちらであっても楽な戦いにはなりそうになかった。
    「スサノオはオオカミみたいな姿だけど、戦い方はオオカミっぽくないよ」
     これまで呼び出した古の畏れ。それに似た能力を操ると言う。
     即ち、雪女の氷と雪、火車の炎と雷、山彦の音、の5つ。
    「現れる古の畏れも判ってるよ。4本の手と2つの顔を持つ鬼みたいなの。多分『両面宿儺』だと思う」
     両面宿儺。
     上古の時代、飛騨に現れたという異形の存在。
     見方によって凶賊とも英雄ともされる、畏れをもって語られた存在である。
    「能力的には、ストリートファイターと神薙使いを合わせた感じだよ。もし戦うなら、いつも通り戦えば大丈夫だよ」
     4本腕だからと言って、連続で攻撃してくると言う事はないと言う。
    「それとね。このスサノオを倒せるチャンスは、今だけかも知れないんだ」
     スサノオは、エクスブレインの予知を邪魔する力を持っていると言う。
     今回逃がしてしまえば、また同じように介入出来る保証はない。
    「だから、必ず倒して来て。難しいかもしれないけど、皆ならきっと出来るよ」
     いざ、スサノオとの決着へ――。


    参加者
    宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)
    水瀬・瑠音(蒼炎奔放・d00982)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)
    木島・御凛(ハイメガキャノン・d03917)
    八坂・百花(魔砲少女見習い・d05605)
    雪乃城・菖蒲(抜け落ちた蒼白・d11444)
    柊・司(灰青の月・d12782)

    ■リプレイ


    「……グルルルルッ」
     走る足を止めた白い獣が、不快そうに銀の尾を揺らし唸りを上げる。
     山寺を発ってからずっとしつこく追って来る者達がいる。どう言う訳か、山の木々をものともせずに。
     振り切れるだろうか、それとも此処で迎え撃つか――それは、追われるものの迷いだ。
     そして追う者達はそれを見逃さなかった。
     敵の心の内を完全に読めずとも、足を止めた事と迷う素振り。その2つで充分だ。
    「グォンッ!」
     ガサガサと茂みが音を立てて影が飛び出すのと同時に、獣――スサノオも吠えた。
     急速に辺りの熱が奪われ、空気中の水分が凍り出す。
     直後、一帯の風景を白く変える冷気を押し戻す様に、影の1人から光が広がった。
    「お後がつっかえてるんだ。コイツでさっさとぶちのめさせて貰うぜぇ」
     光と氷を突き破るように、霊犬を従えた水瀬・瑠音(蒼炎奔放・d00982)が先ず飛び出した。
     支配の意味を持つ言葉を名付けた巨大な漆黒の兵器を左手で掲げ、白い獣に回転する杭を叩き付ける。
    「ここで確実に仕留めるわよ!」
     続いた木島・御凛(ハイメガキャノン・d03917)が、オーラを纏わせた両の拳を連続で叩き付けた。
     杭は貫くに至らず、斬魔の刃と拳も何発かは空を切り――共に期待したより軽い手応えを感じながら、2人と1匹はスサノオの背後に抜ける。
    「何を狙っているのか、知らないが……人にとって害をなす存在となるのならば、倒す」
     スサノオの前方に、光の盾を纏う手に白刃を下げた宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)が立つ。
     白く凍りついたその肩に、足元の霊犬が癒す視線を送っていた。
     光の障壁を大きく広げれば、その分薄い所も出来る。それはスサノオの冷気にも言える事だが、双方の薄い部分が合わさる事はまずない。
     盾の隙間を抜けて来た冷気を己の身を以って埋めた代償。
    「寒の戻りにあの雪の再来とは……なかなか、粋なことしますね~」
     前を往っていた仲間を包んだ冷気に、かつて味わった雪女の雪を思い出し、雪乃城・菖蒲(抜け落ちた蒼白・d11444)がどこか気楽に呟く。
     それを粋と言えるのも、雪を好む彼女だからこそだろう。
    「粋なんて寒さじゃなかったですよ……」
     菖蒲の言葉で、柊・司(灰青の月・d12782)雪女と対峙した日の寒さを思い出していた。
     ついでに雪にはしゃいだ挙句に寒さに心が折れかけた事も思い出してしまい、ちょっぴり沈みかけた気持ちを振り切るように強く地を蹴って躍り出る。
    「スサノオ……逃がしはしません。ここで全力で、叩きます」
     棒高跳びの要領で槍を使って高さを稼ぎ、鬼の様に巨大化した拳をスサノオの上から振り下ろす。
    「まぁ、どうも不明瞭な存在ですが……油断せず行きましょうか?」
    「こりゃ見事な銀尾だな……猟犬の腕の見せ所、ってなぁ!」
     菖蒲の放った夜霧が前に立つ仲間達を覆っていくのを見ながら、海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)が陽気な声を上げた。
    (「しかも火車さんからの縁が緋織と共に繋がるとはなぁ……こんなに嬉しくて心強い事はないやな!」)
     そんな心の高揚を映すかの様に、猛る炎が手にした剣状の得物に宿る。
    「うん。眞白君と一緒は、私も心強いな」
     その背中を見ながら、夕永・緋織(風晶琳・d02007)が小さく呟いた。
     声に出していなくとも、何を想っているか判る。同じ想いでいるのだと。
    「支えられる様に、頑張るから……皆で帰ろうね」
     言葉と共に、静かに手を組む。
     炎を纏った一撃がスサノオを捉えると同時に、招かれた優しい風が夜霧を染み込ませるように吹き渡る。
    「これがスサノオが畏れから得た力ってわけね……」
     氷が溶けるのを感じながら、八坂・百花(魔砲少女見習い・d05605)が障壁を拳に纏わせて叩き付ける。
    「さあ、この場に来られなかった人達のためにも……決着をつけましょう」
     スサノオの向ける怒りの篭った視線を真っ向から見返して、百花は淡々と言い放った。


    「ルォォォォンッ!」
     スサノオが空に音を響かせる。
    「くっ……この」
     空気を震わせ、余波で周囲の木々を揺らす程の咆哮――それはまともに受けた百花の頭の中に残って響き続けた。
     響き続ける獣の声が他の全ての音を遠ざける『音』となる。
     仲間達の声すらも遠くなり出した所で『音』は唐突に和らいだ。
    「大丈夫?」
     『音』を遠ざけたのは緋織の放った符の持つ護りの力。
    「ありがと。今日はあなたにあたしの背中を預けるわ。……帰ったら3人で買い物にでも行きましょう?」
    「うん、是非! あ、でも……4人になってもいいかな?」
     笑顔で頷いた緋織だったが、直後に少し恥ずかしそうにそう続けた。
     4人で、と言った時の視線の先には、回転する杭をスサノオに打ち込む眞白の姿。
     成程、この話を聞いたら彼はどう思うか。
    「それも良いかもしれないわね」
     3人で、と誘ったは百花の恋人と緋織が同じクラスだと知ったからなのだが――互いに恋人を連れて、と言うのも悪くないかもしれない。
    「2人ともこっち見てどうしたんだ?」
     そこに距離を取りに下がった眞白が視線に気付いたが、後でね、と緋織に返され頭の上に「?」を浮かべる。
    「ギャォン!」
     流れかけた和やかな空気を、スサノオの咆哮が引き裂いた。
     高く跳び上がると全身を使って銀の尾を振るい、その先の炎輪を叩き付ける。
    「これが火車の炎とやらか! いいぞぉ、やっと熱くなってきた!」
     炎の中から瑠音の声が響いて、黒い影が飛び出した。
    「トラウマはあるんでしょうかね?」
     膨れ上がった影にスサノオが飲まれるのを見ながら、菖蒲が縛霊手を持ち上げる。
     稲荷を祀ったそれの狐を思わせる鋭い黒爪の付いた指先が輝いた。
     放たれた霊力が瑠音の体を焼き続けんとしていた炎を鎮めていく。
    「月白、頼むぞ」
     霊犬に短く呼びかけ、刀を構え綸太郎が駆ける。
    「合わせます」
     並んだ司が駆ける速さを合わせて、2人同時に地を蹴った。
     蒼焔を纏った刃と黄昏に輝く杖が左右から同時に振るわれ、外と中からスサノオを攻め立てる。
    「全力でぶっ飛ばす!」
     2人が飛び退いたのと同時に、御凛が真っ直ぐに突っ込んだ。
    「ギャウンッ」
     オーラを纏った両の拳の連打を今度は大半を叩き込まれ、スサノオが苦悶の声を上げる。
    「しぶといわね」
     悪くない手応えにもまだ倒れないスサノオに、御凛が小さく舌を打つ。
    「なに、この調子で殴ればいけるさ」
     高揚したような笑みを浮かべた瑠音が、息を荒げるスサノオを見据えて言い放つ。
     つい先ほど受けた炎の一撃――その炎はまだ全てが消えたわけではないが気にした様子もない。
    「此処で逃がしたらまた新しい力を得てしまう……そうなる前に、やるわよ!」
     百花も僅かに残る耳障りな音を堪え、癒しのオーラを自身に施す。
     灼滅者達の戦線に隙と言える隙はなかった。それでも、スサノオの攻撃は威力よりも効果に優れているのもあり、特に前線の5人と2匹は多かれ少なかれ無傷ではいられなかった。
     だが、気力は誰も衰えていない。互いに庇い、癒して支えながらも攻め手も緩めず、スサノオを追い詰めていく。
    「覚悟して下さい」
     短く告げて、司が間合いを詰める。
    (「畏れを通じて関わった一人として、キミの最期は看取るから」)
     声に出さなかった想いを乗せて。連続で叩き込んだ司の拳が、スサノオの牙を一本砕いた。
    「グァゥッ!」
     それでも獣は吠える。銀の尾に、光が奔る。それもまた、古の畏れが持っていた雷の力。
    「……っ!」
     空を灼いて奔った紫電を綸太郎が体で遮り、その横を、眞白が駆け抜ける。
    「紫明の光芒に虚無と消えよッ! バスタービーム――発射ェーッ!!」
     剣に見える得物の先端を、折れた牙の隙間から捻じ込むように突きつける。
     ゼロ距離で放たれた紅蓮の光がスサノオを飲み込んだ。銀の尾が、宙を舞う。
    「貴方も、大神になりたかったのかな? 貴方自身もひとつの魂には違いないのに……ごめんね」
     消え行くスサノオへ向けた緋織の言葉が、風に流れた。


    「随分と荒れてるわね」
     御凛がそう言ったのは、見下ろす先にある相当に寂れた山寺の事か、それとも4本の腕で地面を殴っている両面の異形の事か。
     ――両面宿儺。
     銀の尾のスサノオによって、最後に呼ばれし古の畏れ。
     呼びしものは滅した。
     後はこの両面宿儺を倒すだけ――なのだが。
    「少し休んで呼吸を整えましょうか~」
     菖蒲の提案に、全員が一も二もなく頷いた。
     何しろ、道なき山道を大急ぎで下ってきたのだ。
     スサノオ戦の傷をある程度癒す為に幾らかの時間を置きはしたが――それでも万全には程遠い状態で、だ。
     綸太郎が先頭を行く事で山の木々が路を作ってくれたとは言え、山の斜面までは如何ともしがたい。
    「火車さん時も思ったけど……何の目的で呼び出したんだろうなぁ」
     ぽつりと、眞白が呟く。
     1つは己の力とする為だろうが、果たしてそれだけだったのか。
     スサノオを倒しても、まだ幾つかの謎は残っていた。
    「さって、そろそろ第2ラウンドいきますかねぇ」
     全員が頷いたを確認して、瑠音が斜面を滑り降り始める。
     体のあちこちから血の代わりに上がる炎が尾の様に風に流れる。
    「まだ気付かれてないかな……行きます!」
     瑠音を一気に追い越した司が、下る勢いを利用して空中に身を躍らせた。
     両面宿儺の頭上に跳び上がると、空中で腕を変異させてバランスの変動を利用して体勢を変える。
    『――ォォォォ!』
     両面宿儺の反応も素早く、振り下ろされた鬼の拳を、雷気を帯びた拳を打ち上げて迎え撃った。
    「下ががら空きよ!」
     滑り降りた勢いそのままに間合いを詰めた御凛が、魔力を蓄えたロッドを突き入れる。
     胴に届く前にまた別の腕に阻まれたが、流し込まれた魔力が腕の内側で弾けた。
    「……この地に彼のモノを縛り付けなさい」
     縛霊手を支えに斜面を滑り降りた菖蒲が、そのまま縛霊手の掌を地面に開く。
     開放された力が肩口の尾を揺らし、大地を通じて両面宿儺の足元に不可視の壁を作るが――鎖の絡まった足で踏み砕かれる。
     そこに、炎を纏った白刃と銃身が、非物質の刃が、練り上げた魔力の矢と彗星の如き矢が。
     一斉に叩き込まれた。


     力強く振り下ろされた拳に叩き潰され、綸太郎の霊犬が先ず限界を迎えた。
     ここまで良く耐えた、と言うべきだろう。
     そこに爆炎の弾丸と紅蓮の光が、どちらもかなりの至近距離から放たれた。
     が、それぞれ別々の腕に当たって爆炎と光が拡がる。
     両面宿儺の特徴たる4本の腕――それらは特に防御において攻撃を阻む盾として真価を発揮していた。
    「……これ、別々に戦って正解だったんじゃないかしら」
    「かもしれんな」
     弾丸を阻まれ愚痴るような百花の言葉に綸太郎も頷く。放った影の触手も多くが腕に阻まれた。
     両面宿儺の戦い方は、粗暴に見えて護りを重視しているようだった。
     恐らくスサノオと同時にこの敵と戦っていたら、スサノオの強固な盾となったのだろう。
     だが、今は1体だけだ。
     仲間と共に戦う灼滅者達とは違う。
     それでも、護る戦い方をしているのは――
    (「あいつも何かを持っているとでも言うのか……?」)
     綸太郎の内に在る思い、そして――約束。そんな何かが。
     それ以上思考を続ける余裕はなかった。
     どうであれ、倒すべき存在である事に変わりはなく、その為に己が力を護る為に使う事も揺るがない事だ。
     小さくかぶりを振って、綸太郎は雷気を帯びた拳を構える両面宿儺の前に躍り出た。
    「そのご立派な腕を吹き飛ばしてやんよぉ!」
     全身から炎を吹き上げた瑠音が、漆黒の兵器を振りかぶる。
     間合いを広く取っても、4本の腕を掻い潜るタイミングはまだ掴めなかった。
     ならどうするか――腕を狙えばいいじゃん。
     完全に火が付いた今の瑠音に、諦めの気持ちなど欠片もない。
     両面宿儺の腕が何もない空間をぶんっと薙ぐ。
     放たれた風の刃が、間に入った眞白の肩を裂いて鮮血が上がった。
     直後、羽根の軌跡を描いて飛来した癒しの矢が、その傷を癒していく。
    「緋織……無理は、しないでな?」
    「大丈夫……無理じゃ、ないから」
     自身の傷よりも、仲間の回復を優先し続ける緋織を眞白が気遣う。
    「まぁ、攻撃されるは前だけじゃないと思ってましたし……このくらいはしませんと、ね」
     そういつもの調子で気楽に告げる菖蒲も、同じだ。
     傷のせいか、元々色白の肌が更に白く血の気を失って見えたが、それでも黒い爪に癒しの霊力を灯らせ支え続ける。
     スサノオ戦いの傷を癒した代償に、全員が何かしらヒールサイキックを一時的に失っている。
     仲間を癒し続ける以外の事を2人とも考えていなかった。
    「此処まで皆で頑張ったんだ。諦めませんよ」
     額から流れる血を拭いもせず、司が連続で拳を叩き込む。
     真上から拳の一撃を頭に受けて、しばし意識が飛んだ。一度這い上がったとは言え、次も立てるか判らない。
     そんなギリギリに追い込まれながらも、内に秘めた負けず嫌いの気質が司の口元に不敵な笑みを浮かべさせていた。
    「向こうの動きも鈍ってる。このまま押し切るわよ!」
     至近距離でオーラの弾丸を撃つと言うより叩き付ける様にしながら、御凛が鼓舞するように声を上げる。
     もう、攻める事しか考えていなかった。後ろは任せられる。
    「どこを見てるの? あたしはこっちよ」
     障壁を纏わせた拳を叩き付けたからだろう。
     向けられる怒りの4つの視線に、百花はあちこち痛む体を無視して、鋭い視線を返し敢えて挑発的に言ってみせた。
    『――ォォォォォ!』
     轟と迫る拳が障壁にぶつかり――盾を砕いて百花の体を山寺のお堂の中まで吹き飛ばした。
     だが、隙は作れた。
    (「槍よ……槍よ槍よ槍よ。僕に、力を……!」)
     もう何度も共に戦った朱が司の手の中で回り、螺旋の鋭さを得て両面宿儺を穿つ。
     司の願いに応える様に咽ぶような音が鳴った気がした。
    「これが私の全力だーっ!!」
     ロッドに込められた御凛の魔力が、両面宿儺の内側で煌々と輝いて、弾ける。
     その直後、両面宿儺の両面の4つの瞳から輝きが消え、その姿が緩々と消え始めた。
    「やったか?」
     緊迫していた辺りの空気が緩み出すのを感じながら、瑠音が呟いた。
    「お疲れさまね。連戦はきつかったけど何とかなったわね」
     気配まで完全に消失したのを感じ、笑顔を見せる御凛。
     と同時に、綸太郎と司が声もなく仰向けに倒れ込んだ。どちらもボロボロだった。
    「……勝ったのね。なら、このまま少し休ませて貰う……わ」
     お堂の中から百花の声。
    「あらあら……お疲れですね」
     菖蒲も緊張を解いて、お堂の縁に腰を下ろす。
    「スサノオもおスクナさんも……ゆっくり休んで欲しいよな」
    「うん」
     こちらも疲れた様子で座り込んだ眞白の隣に緋織も腰を下ろし――2人は目を閉じ、祈る。
     春の暖かさを含み始めた風が、吹き抜けた。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月17日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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