闇への誘い、ナースの囁き

    作者:飛翔優

    ●闇よりもたらされし希望の光
     横断歩道を渡っている途中の、交通事故。全責任は信号無視で暴走していた相手方にあるけれど、高齢や天涯孤独などの理由から、どうも一筋縄ではいかないらしい。
     深夜、病室のベッドに背を預けたまま事故からのできごとを思い起こし、男は静かに目を瞑る。
     事故の様子から普通ならば仕事に戻ることもできただろうが、動かない足では……多量に残っていた有給を消化してリハビリを行っても足が動くか分からない状態では、それすらもきっと叶わないだろう。
     転がり落ちていくように悪くなっていく人生に、ため息しか溢れない。
     絶望しか浮かばない。
    「……はぁ」
    「悩んでいるみたいですねぇ」
     何度目になるか分からないため息を吐いた時、不意に声をかけられた。
     頭だけを動かし入口の方へと視線を向ければ、見知らぬ女看護師が甘い笑顔を浮かべて立っている。
    「ええと……」
    「でも大丈夫ですぅ。私と約束していただければぁ、その足も治して差し上げられますよぉ!」
     尋ねる前の申し出に、男は小さく息を呑んだ。
     明らかに胡散臭い言葉だが、それでも……絶望の縁にあった男には、十二分な誘惑で……。
     男は契を交わしていく。足さえなんとかなるならば、後はどうにでもできるはずだから。
     女看護師が、瞳に怪しい光を宿したことにも気付かずに……。

    ●放課後の教室にて
     集まった灼滅者たちを見回した倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑顔のままに説明を開始した。
    「とある病院に、淫魔……いけないナースのアイラが現れました」
     淫魔いけないナースは病人や怪我人に近づいて、病気や怪我を治す代わりに配下に加わるような契約を持ちかける。
     契約した病人や怪我人は強化一般人となり、淫魔の配下になってしまう。
     淫魔いけないナースの目的は、病院に来る患者を次々と配下にすること。実際、強化一般人となった患者は、病気や怪我が完治して退院した後、行方不明になっているようだ。
    「これ以上の事件が起きないように、いけないナースアイラを灼滅して下さい」
     葉月は地図を広げ、入院施設や救急病棟がある大きな病院を指し示した。
    「アイラが拠点としているのはこの病院。この病院内で配下候補を探し、契約を持ちかけています」
     当日、灼滅者たちが赴くお昼過ぎ頃は、配下候補を探して病院を巡っている。そのルートには比較的広い中庭も含まれている。そのため、人払いした中庭で戦いを挑めば、周囲に被害なく戦闘する事ができるだろう。
     もっとも、戦闘になればアイラは配下にした強化一般人五人を呼び寄せる。時間に直して、一分もかからない内にやって来るだろう。
    「つまり、アイラの他に五人の強化一般人と戦う、という事ですね」
     アイラの力量は、配下がいる状態ならば八人を相手取れる程度。
     妨害・強化能力に優れており、自分や配下に注射を打ち込み、治療しつつ命中精度を上げる技。巧みな技術で相手の服や防具を切り開き破壊する技。注射針をバラマキ指定した場所にいる敵全てを毒にする技……を使い分けてくる。
     一方、強化一般人たちの力量は、二人で能力者一人分程度。しかし、徒手空拳ながら破壊力に優れており、当たると中々危険な一撃となる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要なものを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「いけないナースたちが、誰の命令で動いているのかはわかりません。しかし……彼女たちの思考を考えると、問い詰めたり質問を投げ掛けたりしても情報を得られることはないでしょう。ですので、まずは事件を解決するために集中して下さい。そして何よりも、無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    艶川・寵子(慾・d00025)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    明日・八雲(十六番茶・d08290)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    羽鳥・メイ(高校生サウンドソルジャー・d14823)
    綿津海・翡翠(眠り猫・d23446)

    ■リプレイ

    ●静かであるべき場所を守るため
     日差しもうららかな春先の、人々が怪我や病を癒しに来る大病院。重症者や観察を要する人々が入院している病棟の中心、草花の穏やかな香りが心地よい中庭へと、灼滅者たちは足を運んでいた。
     誰かに見咎められることはない。猫の姿として生きる綿津海・翡翠(眠り猫・d23446)が、力を用いて己等を病院関係者だと思わせたから。
     ひなたで丸くなって周囲を眺める中、艶川・寵子(慾・d00025)も別種の力を用いて人払いを開始した。
    「ごめんなさい、ここをちょっとだけ使いたいのよ。暫く別の場所にいってね?」
     ウィンク一つで一般人を病棟へと帰し、中庭は灼滅者たちのみが存在する静かな空間へと変貌した。
     やがてやって来るだろうこの度の敵、いけないナース・アイラへの思いを馳せながら、皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)は一人ごちていく。
    「この類の淫魔も一体何体いるのでしょうか? 人の弱みにつけ込むのは許せませんね」
     灼滅。二字にしっかりとした決意を込め、アイラの到来を待ち望む……。

     人払いを終えてから十数分。灼滅者たちが潜む中庭に、スタイルの良い看護婦がやって来た。
     力はまだ切っていない。
     すなわち彼女がアイラだと、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)が仲間に目配せすると共に走り出す。
     驚き立ち止まったアイラへと、魔力を込めた杖を叩き込む。
    「っ!」
    「っ! な、何なんですかぁ!」
    「さあ、狩りの時間だ!」
     返答の代わりに桜夜は武装し、抜刀。
     刀を返す流れで三日月状の斬風を飛ばし、爆裂する魔力によろめくアイラを薄く傷つける。
     おののいている隙に右側面へと回り込んだソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)は、雷を纏わせた右ストレートをぶちかました。
    「貴方にどんな目的があるかは知りませんが、ここで止めさせてもらいます」
    「これ以上の契約は許さない、これまでの契約も許さない、ってね」
     左側面側からは明日・八雲(十六番茶・d08290)が、霊力を込めた拳で殴りかかる。
     双方肩に受け、ふらつくアイラ。
     すかさず、ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)が光を放つ。
    「あなたの行いが正しいかどうか、今こそ裁きの時よ。受けてみなさい、この光の洗礼をっ。……最も、裁き以前の問題だと思うけど」
    「ぐ……」
     度重なる攻撃に、アイラも状況を理解したのだろう。パンっ! と強くてを叩き、灼滅者たちから距離を取っていく。
    「敵、だということはわかりましたぁ。追い払いますからぁ、皆さんおねがいしますねぇ」
     言葉の終わりと共に、五人の配下が病棟の中から出現した。
     元けが人、病人とは思えぬ俊敏な動きを前にして、ヴィントミューレは目を細める。
    「人の弱みに付け込むとは、見上げたものね。いいわ、そういう輩こそきちんと正してあげないとね」
     決意と共に、配下たちの周囲に魔力を注いでいく。
     後に、周囲温度を氷点下へと落とすため。
     大気が氷結する音色が響いた時、本格的な交戦が開幕した。

    ●ナースの暗躍を潰すため
     配下と合流し、アイラはまず配下の一人に注射を施した。
     施された配下は鋭敏な動きで桜夜との距離を詰め、強烈な右ストレートを放っていく。
     元より、配下の持つ破壊力が高いとは聞いていた。
     それにアイラの加護による鋭敏さが追加されている状態。
     対処するならばアイラであると、寵子は影を解き放つ。
     腕を縛り、静かな笑みをたたえている瞳で睨み合っていく。
     さなか、ソフィリアが拳を配下の一人にめり込ませた。
    「……」
     動きが鈍らないのは、いけないナースから力を与えられたから。
     怪我や病気の治療を対価に、その体を差し出したから。
    「……」
     体を動かすのが好きだから、怪我や病気で動けない人が誘いに乗ってしまう気持ちはわかる。
     だからこそ許せないと、だからこそ手を抜かずに攻めるのだと、杭打ち機を持ち上げるのだ。
    「あなたが治療するだけの存在であれば、戦わなくても良かったのかもしれませんけどね」
     返答を期待していない言葉を紡ぎつつ、先ほど拳を打ち込んだ配下へ螺旋状に回転する杭を突きつけていく。
     察したか、元からか。アイラからの返答はない。
     代わりに数十分と思しき注射器が中に浮かび、前衛陣へと降り注ぐ。
     後方にて眺める羽鳥・メイ(高校生サウンドソルジャー・d14823)。注射の刺さった本数が三本以上あることを確認し、静かな風をなびかせた。
     治療のため、引き続き前線の観察を続けていく。
     鋭敏さを与えられた二人の他は動きが鈍く、大きな破壊力を持て余している様子。御すことはたやすく、多数が一度に大きな被害を受けることは在り得ない。
     故に、歌声を響かせた。
     仲間を癒すため、士気を高めるため!
     歌声に治療の魔力を注いでいる内に、一人の強化一般人がベンチに腰掛けるようにして昏倒した。
     表情は伺えない。代わりに、歌声に安らかな寝息が混じり始め……。
    「――」
     歌いながら、メイは目を細める。
     健康な体に戻りたいって気持ちを利用するのはダメだけど、ターゲットにされた彼らはどこか安らかで嬉しそう。とても、配下となる前が怪我人病人だったとは思えないほどに。
     良いことなのか、悪いことなのか。
     いずれにせよ後の事と、メイは歌いながら戦場へと向き直る。アイラを倒せば分かることだと、静かな眼差しで前線を観察し続ける……。

     刃を鞭のようにしならせ、渦巻く風刃を発生させ、敵前衛陣をなぎ払う。
     担い手たる優雨は反撃の拳を受け止め、駆け抜ける衝撃に瞳を細めた。
    「けど、この程度……」
     すぐさま前へと押し返し、再び蛇剣を振り回す。生み出した風刃にて、押し返した強化一般人を昏倒させた。
     次の相手へと向き直る最中、敵陣後方にて注射器を取り出していくアイラへと視線を向けた。
     絶望した人にとっては、きっと本物の白衣の天使。ならば、その希望の光を刈り取る灼滅者たちは、強化一般人たちにとってはどんな存在に見えるのだろう?
     いずれにせよ、一般人を配下とする事は見逃せない。
     だからこそ、風刃を軸に敵前衛陣をなぎ払うのだ。
     一歩前の位置に立ち、可能な限り仲間を守護する。そんな役目を担う八雲は、俊敏なフットワークから放たれるキックを受け止め、押し返し、静かな言葉を紡いでいく。
    「頑張れば、治るかもしれない。でも、治らないかもしれない。しょうがないよね俺だってそうなったら治してほしいよ」
     努力してなお、耐えてなお、治るかわからない病気や怪我。常人でははかりしれぬほどの絶望が彼らを襲ったことだろう。
    「でも、今のままだともう戻れなくなっちゃう。止めるのがあなた達のためになることなのかどうかわからないけど、俺達は灼滅者だから……!」
     ナースを灼滅すると、魔力の弾丸を打ち出した。
     目の前の配下を昏倒させた時、横合いから温かいな力が注がれる。
     おかゆだ。中型サイズの白くて長い耳、ふわふわヘアーな霊犬・おかゆが、八雲に治療を施したのだ。
     厳つい表情ながらも主を癒やす霊犬……そんな光景を邪魔せんと、アイラが前線に飛び出してきた。
    「あれぇ?」
     させぬと、ヴィントミューレは結界を起動する。
    「させないわ」
     アイラの体を結界に閉ざし、自由な動きを阻害した。
     さなかに尻尾をスペードにした黒猫翡翠が、影で形作ったリボンで注射器を掴み取り、目の前の配下へと投げつける。
    「そこまで強力な毒じゃないから安心しろー」
     疲労が溜まっていたのだろう。配下は、そこまで強力な毒じゃない……との言葉とは裏腹に、注射針に触れた瞬間に昏倒した。
     残る配下は後、一人。
     気づく様子もなく暴れまわっている配下に視線を向けながら、新たな注射器を取り出していく。
    「まだまだ注射はあるのー覚悟しろー」
     病院は静かな場所だから、騒がしいことはしちゃいけない。
     契約を持ちかけるにしても、他の人の迷惑になるような場所ではしちゃいけない。
     そんな思いも込めながら射出して配下を、そしてアイラを追い詰める……。

     最後の一人が、ソフィリアの拳を受けて昏倒した。
     ずっとアイラを抑えこもうとしていた……実際に何度かは攻撃のタイミングを外させた寵子は、口の端を持ち上げ走りだす。
    「さて、遠慮なくぶん殴っちゃうわよー!」
    「やれるものならやってみろですぅ!」
     拳に尊き光を宿し、身構えるアイラへと殴りかかる。
     一撃、二撃と刻まれていく中、優雨は背後の回り込み柄の両方に刃が付いた両剣型の蛇腹剣で斬り上げた。
     総攻撃が開始されるや、瞬く間に弱っていくアイラ。
     ふらつく姿を前にして、優雨は思考を巡らせる。
     強化一般人達はすでに元に戻り、意識を取り戻すのを待つばかり。しかし、アイラによって怪我や病気を治す代わりに強化一般人にされた身……はたして、どこまで戻るのだろう?
     さなか、アイラが桜夜を押し倒した。
    「はぁい、怪我がないか調べますよぉ」
    「させませんよ」
     桜夜は己の服にアイラの手がかかる直前、影を用いて押しのける。
     バランスを崩して尻もちをついたアイラと入れ替わるように立ち上がり、そのまま影を差し向けた。
     影に飲み込まれ、姿を失うアイラ。
     が、すぐさま打ち破られ、巧みに多数の反撃を避けて行く。
    「もう、暴れないでくださいねぇ」
     再び押し倒されそうになり、桜夜は身を捻って回避。
     よろめくアイラを、再び影で閉ざしていく。
     今度は、すぐさま破られるような気配はない。
    「皆さん、今です」
    「逃がすかーなのー。縛られてやがれなのー」
     翡翠がのんびりした調子で影を放ち、アイラの全身を縛り上げた。
     影の中、数多の斬撃が、拳が殺到した果て、メイが懐へと入り込む。
    「えーと……健康な体に戻りたいって人の気持ちを利用するのはダメ、だよー」
     魔力を込めた杖をフルスイング、衝撃を与えるとともに爆発させ、アイラを左手側へとふっ飛ばした。
     地面にたたきつけられた後、アイラは身動ぎするばかり。
    「失敗してしまいましたぁ……」
     言葉が終わると共に、液体へと変化する。
     陽光を受けるがままに蒸発し、はじめから何もなかったかのように消滅した。
     灼滅者たちは顔を見合わせて、静かな息。中庭を安全な状態へと戻すため、まずは治療と倒れた元配下の介抱から始めよう。

    ●ナースの治療が残したもの
     治療を終えた後、寵子はベンチに座らせた元配下たちの怪我の具合を確認していた。
    「あら?」
     総員、怪我らしい怪我はない。寝息も安らかで、なにか病気を患っているようにも感じられない。
    「完治させてくれたのかしら……それはとても幸いだとは思うけど」
    「……ほんと、治療するだけの存在であれば……」
     ソフィリアは安堵とも疲労とも取れるため息を吐きながら、アイラが消えた場所を見つめていく。
     八雲は嫌がるおかゆを物思い顔で抱きしめながら、静かな祈りを捧げていた。
     もう、祈る必要もないのかもしれないけれど……それでも、君が立ち直れることを……と。
    「……フォローは必要ないみたいだね。後は……」
     安堵したヴィントミューレは、周囲の調査を開始した。目覚めた元配下たちにも話を聞いてみたが、特にめぼしい情報はなかった。
     なぜいけないナースたちが病院で暗躍しているのか……それはまだわからない。
     分かることは二つ。一つの病院が救われた。五人の患者が、少なくとも日常生活を健康に送ることができるほどに回復した。
     プラスの思いを胸に抱き、さあ、武蔵坂学園へと帰ろうか!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ