地下水脈のローレライ

    作者:叶エイジャ

     行っちゃいけないと言われていた。
     でも少年は、親や先生の注意を聞いてなお、ここに来たかった。
    「やっぱり聞こえる」
     車道から脇の林に入り、約数分。木々に隠れるようにしてその洞穴はあった。綺麗にくりぬかれた穴は人工の物で、中は水が貯まり、その両脇にかろうじて通れる道がある。水は澄んでいて、宝石のような色をしていた。暗い奥からは冷たい風が流れてくる。
     そして、あの歌声も流れてきた。
    「やっぱりいるんだ、人魚」
     洞窟の奥には人魚が棲んでいる。
     学校中でいつの間にか噂になっていたその話に、少年は心当たりがあった。ずっと前に使われなくなった、隣町まで広がっていたという採掘場。おじいちゃんの話を聞いといてよかった――そう思いながら少年は懐中電灯を点ける。昼間だが、中に入って少し進んだだけで、夜のように暗くなった。心なしか、響く足音も大きくなっている。洞穴は入口よりも広くなっていた。
     しばらく少年は進んだ。振り返れば入口の光は小さく、聞こえるのは水の音。懐中電灯の光が頼りなげに揺れた。
    「歌、聞こえなくなったな……」
     そう口に出した時だった。歌声が聞こえた。わざと小さく歌ったと分かるほど、近い場所。ばしゃんと、水音が大きく響いた。灯りを向ければ、水路に巨大な波紋。なにかいたのだ。大きな何かが。
    「ど、どこ?」
     慌てて懐中電灯を振って探す少年は、クスクスと笑う声を聞いた。耳元で。
     視界の上からぬっと現れた白い腕。それが少年の身体を掴み、天井へと引きあげる。
     少年は悲鳴を上げながら、やっぱり、と思った。光に照らされた女性の顔は、とても美しくて。
     ただ、綺麗な歌声を紡ぐその唇が開くと、見えるのは鋭い牙で。
    「――!」
     断末魔の声は長くなかった。水路に落ちた懐中電灯。照らす水面に落ちてくるのは、赤、朱、あか……

     ある町にかつて鉱山があった。何を採掘していたか知らないが、今では廃棄されている。その場所に山に降った雨水が浸み出し貯まり、広い地下水脈と化しているようだ。
    「そこに出現する都市伝説を退治して欲しいんだよっ」
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が集まった灼滅者たちに説明を始めた。
     人工の洞窟内に吹く風が、歌声に聞こえたのか。いつしか地元では「この地下水脈に人魚が住んでいる」という噂が流れるようになった。
     その噂が都市伝説として実体化し、歌声で誘い出された者を襲うようだ。
    「ヨーロッパの人魚の話に、歌声で船に乗る人を惑わすっていうのがあるみたいだよっ。それに近いかも」
     放置すれば犠牲者が出てしまうので、対処してほしい。
     戦闘自体は、入って少し進むとやや広くなった場所があるので、そこで行うことになるだろう。そこから先は崩れているので、敵に逃げられることもない。
    「都市伝説の外見はみんながイメージする通りの人魚だよっ」
     人間の上半身に魚の下半身という姿だ。それが三体。口に鋭い牙をもち、それで噛みついてくる。他にも水鉄砲のように高圧水流で攻撃したり、水流を操って叩きつけてくる攻撃を行う。歌で惑わすこともするようだ。
    「気を付けることがあって、中は真っ暗になってるの。灯りが必要になると思うよ」
     もう一つ、通路のような足場があるが、これが思いのほか狭い。
    「元々通路じゃなくて、穴を掘った時にできたでっぱりに近いみたい」
     通路が極端に狭い、下水道のイメージだ。一度入ると順番が変えづらい。逆に元々通路だった部分に水がたまってるだけなので、そちらを歩くこともできる。下水道とは違い綺麗な水なので、服が濡れること以外にデメリットはない。
    「でも、水位はそれなりにあるよ。それに都市伝説と戦闘になったら水の中にいる人は狙われやすいかも」
     人魚だけに、水の中なら早く動く。水中で戦うとなると手強く感じるだろう。
     また、全員が水の上にいると、水中へ引きずり込もうとしてくる。どういう作戦で臨む場合も、濡れる危険や代わりの服などの対策を考えておいた方が良いかもしれない。
    「強さとしては、みんななら油断しなければ大丈夫だと思うよっ。あと水路に落ちた時は気を付けてね。戦闘もだけど、風邪ひいちゃうと大変だから」
     必要な道具があったら言ってね、とカノンは締めくくった。


    参加者
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    姫切・赤音(紅爍・d03512)
    綾峰・セイナ(銀閃・d04572)
    ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)
    牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)
    十・七(コールドハート・d22973)
    獅子鳳・天摩(高校生ゴーグル・d25098)
    ギア・バベッジ(デモノイドナース・d25464)

    ■リプレイ


     空には太陽が輝いている。日射しは春に近づき、柔らかな温かみがあった。
     だが日中でも闇夜のように暗き場所。綾峰・セイナ(銀閃・d04572)の目の前にあるのは、岩壁にぽっかりと開いた、闇色の半円だった。
    「人魚って伝説によって良いコの時も悪いコの時もあるけど、今回は悪いコの方なのね」
     洞窟――放棄されてかなり経つ廃坑の入り口には静かな水音が響く。山に降った雨水は浸み出し、元あった通路を水で満たしていた。
     この水の中に潜む人魚の都市伝説。それが、今回の敵だ。
    「人魚とは、またなかなかチョーシ乗った敵ですね」
     こンな湿っぽい場所じゃなければ、少しは風情があったのに。そう姫切・赤音(紅爍・d03512)が言うとおり、人魚に関する話は幻想的な側面も多い。このような闇の中で迷い込んだ者を襲うなら――それは、ただの化け物でしかない
    「……人魚、と聞くと、美しくて、儚げな、イメージがありますが……この、都市伝説は、ちょっと、怖い、のです……」
     たどたどしい口調で素直な感想を述べる神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)。魚と人の組み合わせでいえば半魚人や人面魚、魚面人が他にあるだろうか。見た目のインパクト的には、まだマシなのかも知れない
    「セイレーンの話って結局美女には気をつけろって寓話なんす?」
     首を傾げる獅子鳳・天摩(高校生ゴーグル・d25098)は、今回が敵との直接対峙となる。セイレーン、ローレライ、メロウ。水に棲み歌に関与する妖精として描かれるのは人魚姿が多い。美しい歌声は古から女性の象徴でもあったのか。
    「人魚の肉を食べると不老不死になるって話もあったわね、確か」
     十・七(コールドハート・d22973)は腰に吊ったライトの具合を確かめている。有名な話だけに、真に受けて来るような輩もいるだろう。手早く片付けなければ――逆に食い殺される者も出てしまう。牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)は光の届かぬ奥をぼんやりと見つめ、投げやりに応じた。
    「春が近いとはいえ、厄介な場所に現れたもんッスねぇ」
     吹き出てくる風は、冷たい。そして空洞内に吹き抜けるその音は、確かに歌声にも聞こえなくもなかった。
    「よし、終わったっすよ!」
     その時、ギア・バベッジ(デモノイドナース・d25464)が顔を上げた。今回は光源が必要。水中でも使用可能なケミカルライトを用意している。各自が必要とする分を渡し終わり、準備は整った。ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)が拳を打ち合わせる。
    「光源よし、足元よし…大体準備よし! よーし、かかってこいや人魚ー!!」
     返事は大きな水音だった。不意に水面が激しく波打ち、飛び跳ねた水飛沫が飛んでくる。闇の中から笑い声が聞こえた。臨戦態勢に入った灼滅者たちの前で、笑い声は次第に小さくなっていき、消える。やがて聞こえてきたのは歌声だった。誘いの歌だ。
    「挑発、ですかね」
     赤音が紅榴色の視線を闇へと向ける。都市伝説の挑発……ならば打ち破るまでだ。
     灼滅者たちは洞穴の中へと入っていく。
     ヨウコソ――歌を吐きだす暗い穴は、巨大な生き物の口にも見えた。


     水路の幅は数メートルほど。その両端に、ちょうど一人分ほどの道らしきものがあった。外からでも想像がついたが、かなり底冷えのする空間だ。
     灼滅者たちの点けたライトの光が闇を払い、むき出しの壁と水面を照らす。一本道の水路の奥は、まだ闇で見えない。
    「隣町まで広がってたっつー話だったっすけどね」
     元は採掘場だったようだが、話が本当ならかなり広いのだろう。天摩が水路を見下ろすと、彼のライドキャリバー、ミドガルドが水の中を進んでいた。電飾のようなケミカルライトで発光する一輪バイクが進む様は一種不思議な光景だが、これで水の中から不意を打たれることもないだろう。
     水路の左を前から赤音、セイナ、七、天摩が、右の道を蒼、麻耶、ギュスターヴ、ギアの順で進んでいく。その前方からは、壁に反響するように都市伝説の歌声が聞こえてくる。
    「少し、天井が高くなったっすね」
     ギアが天井を見上げた。自転車につけるようなヘッドライトが照らすそこは、幾分高くなったように見える。そこに梁のように突き出した棒は金属か何かか、光を鈍く跳ね返した。
    「録音機材持ってくるんだったなぁ」
     折角だから録音しときたかったとギュスターヴ。蒼が前を向いたまま首を傾げる。
    「……でも、水ばかり、だし、濡れて、壊れ、ませんか? です……」
    「そうだよねー。遠くからなら大丈夫と思ったけど壁に反響して少し聞き取りづらいし……あ、聞こえなくなった」
    「着いたみたいね」
     歌の消失と同時にセイナが呟く。ちょうど一本道の水路の幅が急に広がり、空間も急に大きくなったようだった。広場だ。闇色の水が光の中に見えた。広がった水路は更に奥で再び狭まり、向こうの水路へと続いているのだろう。通路が崩れているため、それ以上進むことはできないようだ。
     つまり都市伝説もこの場所に、いる。
    「静かね」
     七の言うとおり、水が流れる音以外は静寂に支配されている。どこからか落ちた水が跳ねる音が、やけに大きく聞こえた。
     その水音に混じるのは、微かな笑い声。
     反応して麻耶がハンドライトを向けた。そこにいたのは、水面から顔を出した女性の頭部。光に照らされ、女の顔にはっきりと笑顔が浮かぶ。
     その、刹那――
     しゃがむようにして態勢を低くした赤音の頭上で、破砕音が撒き散らされた。都市伝説の開かれた口から勢いよく飛び出たのは、高圧水流。水の槍が壁を破壊し、砕かれた石が水滴と共に落ちてくる。赤音が静かに眼鏡を正した。
    「都市伝説の分際で上等じゃないですか」
     そのまま水に飛び込む赤音に続き、蒼が水中へと身を躍らせる。足先から冷気が身体を包んだ。蒼の身長では水路に足がつかぬ。顔を出そうと水を蹴った蒼はその瞬間、黒い水の中を自らへと近づく、不気味な金色の光を目にした。それがもう一体の人魚の双眸だと思い至った瞬間、顔を出した蒼の身体はすぐさま水の中へと引きずり込まれた。足をつかむのは鋭い爪を持った腕だ。沈む蒼の顔を覗き込むのは人魚の金の瞳。その口元が裂け、鋭い牙をゆっくりと近づけてくる。呼吸ができず、恐怖と共にもがくのを楽しみながら首元に喰らいつくつもりだ。
     だが水中呼吸を発動した蒼には、今が好機。
    「……奈落へ、堕ちろ……」
     突如巨大化した腕に殴られ、悲鳴と共に離れる人魚。すぐさまその影は闇の中に溶け込むが――
     次の瞬間、音を立てて水中に没してきたのは光だった。


    「さあ、どんどん投げるっすよ!」
     通路に残ったギア、セイナ、七がケミカルライトを次々に水の中へと投げ入れていく。昼間のようにとまではいかないが、動く都市伝説の影が目視しやすくなった。
    「これくらいでいいかしらね」
     セイナの目前で魔法陣が展開、赤音の背後から忍び寄ろうとしていた人魚に魔法弾が命中する。反対側の通路からはギュスターヴが、『Alleluia』をかき鳴らし、音の衝撃波を紡ぎだした。水を伝った音波に、別の人魚が苦鳴を漏らす。
    (あれ、二体だけっすか……?)
     天摩が目を凝らす。都市伝説は三体のはずだ。だが光の中に見える、あるいは戦闘を繰り広げているのは二カ所だけ……残る一体は、どこにいる?
     その時、天井から滴る水音がやけに大きく聞こえた。天摩がはっとする――音、さっきよりも近付いていた。
    「天摩先輩!」
     同じ事に思い至ったギアが、警告を発した。同時に上方から音。声に従って動いた身体のすぐ横を、巨大な質量が通り過ぎていく。
     水音をたて消えていくのは魚のひれ。三体目の人魚は、天井に潜んでいたのだ。
    「ミドガルズ、撃ちまくるっす!」
     水中のライドキャリバーに指示しながら構えたのはガンナイフ。ミドガルズと共に吐き出される弾丸の群れは人魚を追うが、水の中をなめらかに移動する相手の動きはかなり早い。殆どの弾丸をするりとかわし、人魚は勢いをつけて通路にいる麻耶へと迫る。水飛沫と共に突き出した白い腕が、引きずり込まんと足を掴んだ――瞬間、無敵斬艦刀によって払われる。
    「まだ寒いしなぁ、水に落っこちるのは勘弁願いたいっすねぇ」
     濡れた手で掴まれた足に不快そうな顔をする麻耶。それを見すえる人魚が怒号を発した。口から発射された水の弾丸は三つ。そのいずれもが凍り付き、空中で止まった。
    「熱、貰うわ」
     七の身体から洞穴内よりさらに凍てついた空気が渦巻き、熱エネルギーの奪われた水が氷と化していく。水から半身を出したまま凍り付いていく己の身体に、人魚が愕然とした表情を浮かべる。
    「畳み掛けるよ――CHARGE!」
     力を解放したギアの身体を、デモノイドの蒼い組織が浸食していく。膨れ上がった左腕から突き出てきたのは、融合を果たした巨大杭打ち機だった。動けなくなった都市伝説へと、蒼い腕がジェットを吐き出した。
    「突撃ィ!」
     豪快な一撃が死の中心点を貫き、人魚の身体が氷と共に四散する。
    『――!』
     仲間を討たれた都市伝説が牙をむいた。水中を高速で動き、死角から赤音の背後から襲いかかるが、すんでのところで赤音が動き、鋭い爪先が肌を浅くかするのみ。
    「……成程。冷たさしか感じないってのも案外悪かねェですね」
     最初こそ自在に水の中を動く人魚に反応が遅れがちだったものの、今や最小限の動きで対処ができるようになってきた。体温が奪われ、多少感覚が鈍くなっていてもおかしくないのだが――
    「しょっちゅう夜に連れ出されるお陰で、寒いのには慣れてンでね」
     そう独りごちた赤音が十字剣を構える。ポケットに手を入れたまま、影業の手に握られた剣が光を発した。振るった斬撃は、高速で横へとすり抜けようとした人魚を捉え、深々と斬り裂く。憤怒の声を漏らし、人魚は遠ざかった。同時に蒼からも人魚が離れ、部屋の中央へと集まる。
     人魚たちの次にとった行動は、絶叫だった。高周波のような音波が空気を揺らし、水面を揺らす。水路の水はその瞬間、激しい波へと変わった。生じたうねりはどんどん大きくなり、水の中にいた者も含めて、通路にいた者まで襲う水の奔流となる。後衛を除くほぼ全員が波にのまれ、水中にいた者も広場の壁まで叩きつけられた。水を伝った衝撃波に、肺の空気が絞り出される感覚。
    「ちょっときついね」
     ギュスターヴが気丈に笑い、立ち上がる。
    「でもね……魚は大人しくマナイタの上に乗っかってればいいんだよ!」
     ギュスターヴの影から伸びた黒い手が、人魚の一体を絡め取り、拘束する。
    「後は任せた――天摩さん!」
    「ああ、任せろ」
     天摩が強い口調で返した時には、その口元に酷薄な笑みをたたえている。冷たい笑みのまま構えたガンナイフの銃口に、陽炎のようにゆらめくどす黒い想念が凝縮していった。形成された弾丸は、縛鎖に囚われた人魚へと向けられる。
    「蝕め」
     闇に煌めく漆黒の弾丸が人魚に突き刺さった。こわばった表情で人魚が水中に沈み、溶け崩れるように消えていく――それを見て、最後の都市伝説は慌てたように歌を紡ぎ出した。惑わしの歌は、しかしもう一つの歌声によって打ち消されていく。
    「……歌は、人を、惑わすものじゃ、ない……です!」
     蒼のディーヴァズメロディの音域が人魚のそれを上回り、脳を揺さぶられた人魚が怨嗟の声を上げる。
     だが、
    「ぁー、もー、冷たいなぁ……」
    「……そう、みじめたらしく死にたいのね、わかった」
     不機嫌そうな声を上げたのはずぶ濡れとなった女性陣。不快げな表情で疾った麻耶の足が、通路から壁を踏みしめる。人魚が水を飛ばして攻撃するも、麻耶の速度に追いつけず壁に穴を穿つだけ。それでも捕捉され水の槍に貫かれそうになった瞬間、七が構えたガンナイフから銃火が迸り、都市伝説へと着弾した。攻撃が止まったのが好機。麻耶が次の壁を蹴った時には、撞球反射のように人魚へと迫っていた。
     その身に宿すオーラが武器へと移り、紅く染まる。
     人魚の肩を足場に放った紅蓮の一太刀。致命傷を負った人魚がそれでも一矢報いようと振り返った先には――
    「残念、終わりよ」
     水面ギリギリに浮遊させた箒に麻耶を着地させたセイナの杖から、雷の魔術が解き放たれた。貫かれた都市伝説が、灰となって滅びる。
     閃光が消え、再び静寂が訪れた。
     最初と同じ、水音だけ。しかし今度は、危険がなくなった事を示していた。


     クリーニングという力は、偉大である。
    「……やっぱり、まだ、この時期の、水は、冷たい、ですね……」
     全身がぐっしょりと濡れ、小動物のように震えてる蒼。その身体と服を、七のESPによって綺麗にしていく。
    「七さん、自分も早めにお願いするっす」
    「するから我慢しなさい」
     七の短い答え。水を吸って重くなった衣服――というより濡れたため――のせいか、麻耶の気だるい雰囲気に拍車がかかっている。そのまま倒れて水の中にでも沈みそうだ。
     少し離れた場所では、赤音たちが崩落した通路を調べていた。
    「結局、脆くなって崩落した以上のことはよく分かりませんね」
     赤音が見上げれば、ライトに照らされた通路の天井は大きく砕け、そこから崩れ落ちた岩が道を塞いでいた。不可思議な力を感じるわけでもない。ただ、水の音は奥からも聞こえる。
    「この山ってそもそもなんで廃棄することになったっすかね?」
     何か事故でもあったのか。あるいは単に資源を掘り尽くしたのか。天摩は首を振った。考えすぎかもしれない。
    「うーん、爆薬かなんかで一気にふっ飛ばしちゃう?」
     過激な発言をするセイナ。奥に道が続いていると気になるのは確かだが、二次崩落も怖い。その時岩の間から沁み出た水が落ちた。
    「うひゃあ、冷たい!」
     戦闘では濡れずに済んだギアもこれでクリーニング待ちだ。ちょっと水量が多くていろいろ透けてしまったが……おっと杞憂か、デモノイドでガードしている。
    「そういえば、人魚のオハナシってたいてい人魚が死んで終わるよね」
     ギュスターヴが呟いた。人に倒される、悪さをする人魚の話もあれば、逆に良い事をする人魚の場合もバッドエンドで終わってしまう。報われぬその生き様は、不憫と言えば不憫だ。
    「いつか良い人魚の歌声を聞いてみたいものだね……でも今は」
    「……今は?」
     蒼が訊き返す。ギュスターヴが陽気にウインクした。
    「外に出ようか。太陽が恋しいよ!」
     ここは恐ろしき魔物のいた場所。彼らに光は必要ないかもしれない。だが生命には暖かな光が必要だ。
     ギュスターヴが指差した先、遠い入り口に光明が見えた。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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