四面楚歌! 闇から迫る死臭

     カメラやライトを抱えた若者たちのグループが、賑やかに閉鎖された遊園地へと入ってきた。
     全員がホラー映画のファンということもあり、深夜の遊園地というシチュエーションは、彼らを興奮させるに十分なものだった。
     ……だからこそ、彼らは気づかなかった。周囲を、不吉な死臭が押し包んでいることに。
    「お、お前そんなマスクもってきてたのか? 気合入ってるな」
     草むらをかき分けて現れたゾンビに、気さくに声をかける青年。
     その青年の胸に、ゾンビの手にしたナイフが突き刺さった光景は、テレビで見慣れたものだった。 
     夜空に向かって高く吹き上がった血しぶきは、彼らの知らない、本物の色をしていた――。
     みんな、集まってくれてありがとう。
     エクスブレインの須藤・まりんだよ。
     今回の事件は、一般人が閉鎖された遊園地に入り込んで、そこではぐれ眷属のゾンビの群れに襲われちゃう、っていうもの。
     遊園地ではメイン電源を入れればまだ施設は動かせるみたい。
     ただ、流石にそうなるとゾンビたちは侵入に気づいちゃうから、隠密行動で不意打ち……って考えてるならこの方法はやめたほうがいいかも。
     手持ちの照明で照らしながら、っていう手もあるけど、これだと気づかれにくい代わりにこっちからゾンビたちを探さなくちゃいけないよ。一長一短だよね……。
     主な遊具・施設は、観覧車、ジェットコースター、植物園、ショップってところかな。
     園内は結構広いから、はぐれないように注意して。
     今回の敵であるゾンビの数は全部で10体。
     武器は手にしたナイフや鉄パイプ。
     ゾンビたちは園内にバラバラに潜んでるみたいだけど、基本的に侵入者の方へと集まってくる習性があるよ。
     あと、今回のボス格として、片腕にバルカン砲を装備した大型のゾンビがいるよ。
     こいつは園内に侵入して2時間が経つか、ほかのゾンビが全滅すると姿を現すみたい。
     まずは園内の電源をどうするかで、そのあとの行動が大きく変わってくると思う。
     みんな、よく考えて行動してね!
     閉鎖された遊園地にゾンビの群れ、なーんて、ホラー映画そのまんまのシチュエーションだよね……。
     でもみんなは映画みたいにあっさりやられちゃダメだよ!?
     ハリウッドのヒーローみたいに、かっこよく凱旋してきてね!


    参加者
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)
    亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)
    リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973)
    上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)
    袁・小莓(蜜吻メロディア・d21717)
    魅咲・貞明(捻くれてそして笑っている・d21918)
    周防・天嶺(狂飆・d24702)

    ■リプレイ

     夜空を見上げれば、巨大な観覧車の影が墓標のようにそびえ立っている。
     少し前まではたくさんの観客で賑わっていたであろうその遊園地は、夜の闇の中で沈没船のように沈黙を保っている。
     しかし、その静寂ももう少しで打ち破られることになる。
    「なるほど、雰囲気あるじゃない。入り込みたいって気持ちもわからなくはないかな」
    「だよねっ、だよねっ! わくわくするよねー!」
     最初にこの閉鎖された遊園地に足を踏み入れたのは、長いポニーテールを夜風になびかせた少女と、ショートカットの小柄な少女だ。
     ポニーテールの少女、鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)は、小柄な少女、亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)を優しくたしなめる。
    「こぉら、あんまりはしゃいでると転んじゃうわよ」
    「だいじょうぶだってー! こんなシチュエーションめったにないんだし、テンション上がっちゃうー!」
     その後ろから付いてきたストレートヘアの少女は、遊園地を隙のない視線で見回している。
    「観覧車×ジェットコースター……ふふ、イケるわ!」
    「イケるって、なにがね?」
     ストレートヘアの少女、上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)は、横から顔を出したカタコトの少女、袁・小莓(蜜吻メロディア・d21717)の問いかけに一瞬表情をこわばらせるが、すぐに平静を取り戻す。
    「い……いや、園内の電源を入れて観覧車を動かせば、ゾンビをおびき寄せられるんじゃないかなーって」
     そんな美玖を、小莓は不思議そうな顔で見上げている。
    「遊園地にゾンビねえ……。どっかのゲームじゃあるまいし」
     そうぼやくのは、帽子を目深にかぶった大人びた雰囲気の少年、魅咲・貞明(捻くれてそして笑っている・d21918)だ。
     手にした魔道書のページが夜風にめくれ、その間からは犬の唸り声が聞こえる。
    「いやあ、なかなかの雰囲気ですネ。確かにこれは、ホラー映画ファンにはたまらないシチュエーションでショウ」
     そんな軽口を叩いているのは、赤茶色の髪にシルクハットをかぶった少年。
     霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)のそんな胡散臭い口調は、妙にこの閉鎖された遊園地に似合っている。
     似合っているといえば、この少女もそうだ。
    「臭うわね……。闇の中に、亡者が巣を張っているのがわかるわ」
     日本では珍しい、浅黒い肌をした少女、リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973)が小さく呟く。
    「深夜の遊園地にゾンビ、か・雰囲気は一級品だな」
     夜闇にも目立つ銀髪の少年が、そびえ立つ観覧車を見上げている。
     周防・天嶺(狂飆・d24702)の黒い双眸は、戦意に満ちている。
     この8名が、今回の事件のために集まった灼滅者たちだ。
    「さてまずは……メイン電源を探さなきゃね」
     美玖を先頭に、一行は静まり返った園内を歩いていく。
    「今回はデモノイドヒューマンが3人もいるから、索敵は大丈夫そうね」
     美玖、まりも、そしてリリーの3人がDSKノーズで敵の気配を探りつつ、 ほかの5人は侵入している一般人がいないkを確認しながら、メイン電源を探している。
     幸い、一般人の侵入は今のところないようだ。
     闇の中に横たわる園内は、まるで墓地のようだ。
     所々に残っているポスターやショップのガラス越しに見えるピエロの人形が、一向をじっと見つめている。
    「おい、これがメイン電源じゃないか?」 
     観覧車から程近くにあった管理室のような小部屋を探していた天嶺が、ほかのメンバーを呼び寄せた。
     「電源室」と書かれたプレートのかかったドアを開けると、いくつかのレバーが配された配電盤があった。 
     貞明がレバーに手を伸ばすと、横でまりもがぴょんぴょん飛び跳ねた。
    「はいはい、はーい! まりもがやるーっ!」
     貞明は肩をすくめてふっと笑ってみせると、まりもに場所を譲った。
    「えへへーっ。観覧車の電源入れるなんて、なかなかできることじゃないもんね! ん、しょっと!」
     小さな体をいっぱいに伸ばしてまりもがレバーを引き下げる。
     すると、低い振動音と共にそれまで物言わぬ塑像と化していた観覧車が、軋んだ音を立ててゆっくりと回り始めた。
    「オッケー、観覧車、動き始めたね!」
     一夜限りの仮初の命を吹き込まれた観覧車は、もう誰も乗ることのないゴンドラを虚しく回し始めた。
    「さあ、どこから来るか……」
     これでゾンビどもがおびき寄せられてくるはずだ。
     美玖、まりも、リリーの3人は等間隔に立って周囲の気配をDSKノーズで探り、他のメンバーはライトを照らしながら様子を見る。
     やがて――、夜風が、死臭を運んでき始めた。
    「おいでなすったわね……!」
     腰に差したナイフを音もなく引き抜き、狭霧が闇の奥底へと目を向ける。
     闇の中から聞こえるのは、この世のものならぬおぞましいうめき声。
     それに伴って、周囲から身の毛のよだつような死臭が漂い始めた。
     闇の中から現れたのは、体の所々が腐れ落ちた醜悪な姿のゾンビの群れ。
     テレビの中では見慣れた光景だが、これは紛れもない現実だ。
    「オーケー、全員まとめてかかってくるね!」
     カンフー映画のようなポーズを決めるが早いか、威勢よく飛び出した小莓がゾンビの群れの中に飛び込んだ。
     龍砕斧を嵐のように振り回し、ゾンビを蹴散らしていく。
    「小莓のヤツ、張り切ってるな。こっちも行くぜ、出てこいバカ犬!」
     貞明が開いた魔道書が、唸り声を上げる。
     ページの間から黒いもやが吹き出し、たちまち一匹の犬の姿を取った。
     貞明の霊犬、ガルムだ、。
     ガルムはゾンビの振り下ろしてきた大型のナイフをがっちりとくわえて押さえ込む。
     その隙に、ゾンビの群れから距離をとった貞明のゲシュタルトバスターが、夜の闇を真昼の明るさに反転させながら亡者どもを焼き払う。
     しかし、ゾンビたちは炎に巻かれながらなお、不気味なうめき声を上げながら迫ってくる。
     ダメージは負っているものの、痛覚も恐怖もないため怯まないのだ。
    「これは……なかなか厄介かもね」
     振りかぶられた鉄パイプを身を引いて躱した狭霧の解体ナイフの一閃が、ゾンビの肘から先を断ち切るも、ゾンビは平然と向かってくる。
     人間と違い下限のない攻撃は、鈍重なため直撃にはなっていないものの、確実にダメージを重ねてきていた。
    「まずは数を減らしましょう! リリーさん、援護お願い!」
     群れの中の動きの鈍ったゾンビを目ざとく見つけて空中に飛び上がった美玖が、ロングヘアをなびかせながらご当地キックを放つ。
     ゾンビが吹き飛ばされた先には、巣を張って獲物を待ち構える蜘蛛のように、リリーがDNCブレイカーを構えていた。
    「逃がさないわ……!」
     蜘蛛の毒牙の如き、致命の一撃!
     いかに亡者といえども、胴体に大穴を開けられてはひとたまりもない。
     生ける死者は、死せる死者へと還った。
     しかし、ゾンビたちの多くはまだ残っている。
     死臭の津波となって殺到してくるゾンビの群れ。
    「どっかーん!」
     まばゆいマズルフラッシュとともに、銃撃が浴びせかけられる。
     この遊園地に相応しいことこの上ない、デフォルメされた熊の姿をしたキャリバーに跨ったまりもが、体ごとぶつかるような勢いでゾンビの群れに突っ込んだ。
    「まりもさんったら、無茶するわね。でも、おかげでっ!」
     素早くゾンビの懐に飛び込んだ狭霧が、低い姿勢からその両足を切り落とす。
     胴体が地面に落ちるその前に、ラルフの放ったゲシュタルトバスターが上半身を焼き尽くした。
    「ふう、なかなかスリルのあるアトラクションですよネェ。しかも無料だというのデスから恐れ入りますヨ」
    「だよねだよねーっ! よーし、まりも、もっかい行っちゃうぞー!」
    「ばか、その前に回復しとけ」
     頭をこつんとやって、天嶺が今にも飛び出そうとしていたまりもを引き止める。
    「えっへへー! 周防おにーちゃん、ありがとー!」
     回復してもらったまりもは、ぴょんぴょん飛び跳ねながらヘペレに乗ってゾンビの群れへと向かっていく。
     「危なっかしいヤツ……」
     そう言いながらも、天嶺はコールドファイアでまりもを援護してやっている。
    「隙ありね、ほあたー!」
     ガルムに首元に噛み付かれて地面に引き倒されたゾンビの頭を、小莓の龍砕斧が叩き潰した。
    「ナイスサポートね!」
     小莓にわしわしと頭を撫でられて、ガルムは嬉しそうに鳴いている。
    「まったくもう! いくら腐った仲間が欲しいからって、物理的に腐ってるのは願い下げよ!」
    「そ、そういう問題なの……?」
     文句を言いながら美玖は、リリーが引き付けたゾンビをDMWセイバーで袈裟懸けに切り裂いた。
    「えーと、今何体ね?」
    「今倒したのが9体目よ。残りは……」
     1体、と言いかけた美玖の足元に、ゾンビの左手が転がってきた。
     次いで、右足、そして頭。
     転がってきた方に視線をやると、狭霧がナイフを弄びながら手を振っている。
    「……おしまい、ね」
    「さて、前座は終了。お次はメインイベントの始まりですヨ……おおっと!」
     火花とともに、ラルフの足元のタイルが弾けた。銃撃だ!
     射線を辿ると、いた。
     大きな月を背にした、片腕が不自然に肥大化したシルエット。
     ほかのゾンビに比べ
     腐臭漂う咆哮とともに、バルカン砲が火を噴いた。
     ショップのガラスが、ベンチが、コーヒーカップが砕け散り、飛沫となって降り注ぐ。
    「勿体ぶって現れたんだから、ちょっとは歯ごたえあるトコ見せてくれるんでしょうね?」
     バルカン砲の火線を頬にかすらせながら、狭霧がバルカンゾンビに肉迫する。
     大きくジャンプして宙返りしつつ、その肩口に解体ナイフを深々と突き立てる。
     鮮血の代わりに腐汁をまき散らしながら、ゾンビは狭霧を振りほどいた。
    「させないよーっ!」
     なんとか着地した狭霧と銃口の間に、WOKシールドを構えたまりもが素早く割り込み、銃撃を阻む。
    「あのバルカン、厄介ですネ……封じさせてもらいまショウ!」
     除霊結界の光がバルカンゾンビを包み、その動きを鈍らせる。
     動きが鈍ったのはほんの数秒だったが、それだけあれば小莓が間合いを詰めるのには十分だ。
    「いっくねー! ほあたー!」
     空中で縦に回転し、龍砕斧をバルカン砲に叩きつける。
     小柄な小莓だが、遠心力と体重の十分に乗った一撃で、バルカン砲は大きく損壊した。
    「動き回られると面倒だ……じっとしてな」
     天嶺の足元から細く長く伸びた影がバルカンゾンビの足元に絡みついた。
     拘束から逃れようともがくバルカンゾンビが、でたらめに銃弾を撒き散らす。
    「うわっと! ヤケクソになったってわけ!?」
     所構わず降り注ぐ銃弾を防護符で防ぐ美玖の背後から、貞明が駆け出した。
     迫る銃弾を左右のステップで躱し、ためらうことなくバルカンゾンビへと迫る。
     振り上げられた電柱ほどもあるバルカン砲の砲身が、その頭上へを振り下ろされるかに見えたその瞬間、貞明は急激なバックステップで軌道を変えた。
     必然、振りかぶられたバルカン砲は地面に叩きつけられる。
     加減のない力で叩きつけられたバルカン砲は火花を散らし、半ばからへし折れた。
    「チャンスね! 一気に畳み掛けるよーっ!」
     間髪入れず、小莓のレーヴァティンが牙を剥く。
     武器を失ったバルカンゾンビは反撃もできずに炎に巻かれていく。
    「アンデッドには炎、お約束ですネ」
    「焼き加減はどうするよ?」
    「それはもちろん、ウェルダンで!」
     そこへさらに、ラルフと貞明のゲシュタルトバスターが重ねられる。
     夜空を焦がす火柱が天に上がり、そして消えていく。
     炎が完全に消えたあとには、炭クズと化したバルカンゾンビの巨体がアトラクションの看板のように突っ立っていた。
     それも見る間に、夜風に吹き散らされて消えてゆく。
    「これにてホラーショウは終了でございます……なんてな」
     おどけてそう言う貞明に、一行は笑い声を上げた。
    「なかなかの趣向でしたネ。こういうのも悪くない感じデス」
    「まりもも楽しかったよー! 狭霧はどうね?」
    「私はパスかな……臭いがひどいったら」
     それぞれの感想を述べながら、一行は緊張を解く。
    「ゾンビさえいなかったらなかなかいいとこなのに、閉鎖なんてもったいないね」
    「確かにねえ……みんなで遊びに来たら楽しそうだわ」
     小莓の言葉に、リリーが同意する。
     それを聞いていた美玖が、ふと顔を上げた。
    「じゃあ、私たちが最後のお客様になるっていうのはどう?」
    「……って、どういうことだ?」
     聞いてくる天嶺に、美玖は少々興奮気味に答える。
    「電源入れれば施設はまだ動かせるんでしょ? じゃあ、今からちょっとだけ遊んでみない?」
    「ふぅん……悪くないかもな」
    「一夜限りの……というわけデスか。悪くないデスね」
    「わー、それいいかも! この遊園地も、戦いより遊んでもらったほうが喜ぶだろうしね。まりも、さんせーい!」
    「私も異議なしよ。ふふ、なんだか悪いことしてるみたいで、ちょっとドキドキするわね」
     やがて、戦いの終わった遊園地に、今度は戦いのためでない明かりが灯り始めた。
     観覧車だけでなく、ほかの施設も息を吹き返していく。
     かつての喧騒を取り戻す、たった一夜だけのショウ・タイム。
     月明かりの下、楽しげな歓声が響いていた。
     

    作者:神室樹麟太郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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