無弦のアトナリティー

    作者:麻人

    「不思議なのよ……壊れてしまったから廃棄しなければ、と思っていた楽器がいつの間にかなくなっているの」
    「へえ……」
     ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)がその噂話を聞いたのは、春まだ浅い冷たい風の吹く日のことだった。

    「ハーメルンの笛吹きって、ご存じかしら?」
     ヴィントミューレはそんな風に話を切り出した。
    「どうも、今回の都市伝説はそんな感じなのよね……。壊れた楽器を迎えに来る少女のような少年のような外見の都市伝説」
     都市伝説とは、人々の噂話や恐怖などの心がサイキックエナジーと融合することで生み出される霊的存在のことである。
     音楽を愛する者であれば楽器を葬ることに悲哀を感じるのかもしれない。捨てたくない――。そんな思いがもしかしたら、『それ』を生んでしまったのかもしれなかった。

     壊れた楽器次々と引き連れて、行進を続ける都市伝説。放っておけばそれは五十、百と膨れ上がって力を増すだろう。
     ヴィントミューレは毅然として言った。
    「そうなる前に、行進を止めて差し上げましょう?」
     エクスブレインによれば、次にその都市伝説が現れるのは放課後の音楽室。
     行進を邪魔するものを都市伝説は許さない。
     旋律は力だ。壊れた楽器たちの奏でる渾然一体としたメロディーはその場にいる者の生気を奪い取る。

    「統率する『それ』はさながら指揮者といったところね。楽器たちを高揚し、援護する。以上が依頼の概要よ。だいたい分かってもらえたかしら?」
     頷きが返ったのを確認してから、ヴィントミューレは微笑んだ。
    「それじゃ、作戦を考えましょうか。みんな頼りにしてるわよ」


    参加者
    五十峯・藍(スペードギア・d02798)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    細野・真白(ベイビーブルー・d12127)
    絡々・解(汝は狂人なりや・d18761)
    ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)

    ■リプレイ

    ●無調行進
     ぽろん、ろん……
     楽器を奏でる繊細な指先に心を撫でられるような、ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)が感じている切ない想い。
    (「さみしい、かなしい、でも……」)
     『彼ら』はそれでも――だいすき、だったのではないのか――。
    「もう下校時間ですよ」
     音楽室を目指す途中で、見回りをしていた教師に見とがめられる。幸い、こちらを部外者だと疑ってはいないようだ。プラチナチケット。そしてこの学校の制服。それらの効果は認められた。
    「すみません」
     ぺこりと――意図的に――笑う五十峯・藍(スペードギア・d02798)。
    「忘れ物を取りに。すぐに帰ります」
     こちらは端的に必要なだけを、雲母・凪(魂の后・d04320)。
    「早くして下さいね」
     去る教師の肩越しに広がる窓の外は黄昏の色に染まりきっていた。ああ、日が伸びたのだと時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617)は悟る。
     なんとも、最後の演奏には相応しい狭間の時間ではないか――?
     華凜は手早く、特別棟の廊下にずらりと出ている教室名の書かれた札を見た。図書室、違う。理科室、これも違う。音楽室――あった。
    「止め、ます……」
     囁くように呟いた言葉、届くだろうか?
     ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)は用意してきたタクトを指先で振るう。指揮者の真似事。
     さて、どちらが上か?
    「悪役にするには可哀想だものね。元は大切に思う心遣いが生んだのだから」
    「なるほど、セッションとかゆーやつですね」
     猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)のおつむは今日も空っぽ。にえと一緒に遊びましょーよ! どちらかといえば理性的なヴィントミューレ、呆れたように肩を竦める。
    「オケと言ってほしいわね」
    「はい? おーけー?」
    「オーケストラよ。略してオケ」
     はあ、ととため息ひとつ。
    「まあ、意味は似たようなものよ。合奏ね」
     側でそれを聞いていた細野・真白(ベイビーブルー・d12127)は、小さく笑った。そうなのだ。あちらが行進する楽団であるのなら、こちらも灼滅という戦いを奏でる楽団員。
    「だよね、ナターリヤちゃん?」
    「……はい」
     こくりと頷くナターリヤに否やがあるはずもなく。
     くく、と恐悦至極にも笑う犯人、名を絡々・解(汝は狂人なりや・d18761)。
     この男、見るからに怪しい風体をしている。
     トレードマークはリボンのついた黒い帽子。イエス オア ノォ?
    「楽器の行進をハーメルンに例えるのなら、それは童話的なオブラートに包んだ狂気のお話。『それ』はいったいどんな顔をしてるのだろうね? さっそく開けてもいいかい!」
     そして――同じく、無表情の下に薄皮一枚を隔てて愉悦を漂わせる少女が頷いた。
    「お願いするわ」
     凪の肩を覆う着物から樟脳の匂いが漂って――。
     頷き、解は歌い上げる。
    「さぁさ、お立ち会い! ハーメルン都市伝説バージョンを皆の者楽しんでくれたまえよ!」

    ●幕
    「…………」
     それ、は音楽室のちょうど真ん中。黒板前の教壇に立っていた。短い髪、細い手足。藍と変わらない年頃。表情はなく、まるで子犬か子猫のように無垢な表情でタクトを持ち上げる。
     ――たったひと振りで、『それ』を取り巻いておとなしく床の上に寝ていた楽器が起き上がった。
    「行きますよ、にえちゃん。俺と君が一緒なら最強、ですから」
    「はい、とーぜんですね」
    「えっ、僕は僕は?」
    「解くんはほら、心配しなくても簡単にやられる子じゃないよね?」
     これに気をよくした解、颯爽とカードを翻して戦闘態勢移行。今回の話においては彼を殺人鬼ではなく探偵、ビハインドを優しい女の子のミキちゃんと表記することを許されたし。
    「……くる」
     と、真白とともに最後衛にて癒し手を担うナターリヤが口にした。
     集う灼滅者たちの視線が一点に集中する。
     『それ』の手元――黒きタクト。
     ――振り下ろされた!!

     うたう、うたう。
     弦無きヴァイオリン、黒鍵のはずれたピアノ、リードを砕かれたクラリネット。
     どれもこれも欠けている。
     受けた傷のもの悲しさを彼らは旋律へと変えて、うたう、うたう――。

    「……」
     まだ戦いははじまったばかりだというのに。
     どうして華凜の頬には涙の跡が見えるのか。切ない感情は硝子のような心を震わせる。ねえ、あなた……もっと、違う未来が、どうしてないのでしょう……ね。
    「最後、の、演奏……心に刻んで」
     とめる。
     傷ついた楽器に愛しい友達の――家にあるあの子の姿を重ね合わせて、その痛みを自らのものとして感じながら、華凜の手元より迸る弾丸。――制約の。
     カッ、と軽い音がして『それ』の胸元に吸い込まれる。
     立ち位置は中衛。
     楽器たちは仲間に任せ、華凜は静々と『それ』を正面より見据える。
     並び立つジャマーの双璧・ヴィントミューレの双眸に宿るは予言者の力。フリージングデスと除霊結界を交互に操り氷と麻痺のダンスを躍らせる。
     結露は楽器にとって致命的。
     音色は曇り、麻痺する弦に旋律は宿らない。
    「かわいそうだけど、譲れないわ」
     いつでも毅然としているヴィントミューレに限っては、譲れないというよりも譲らないといった方が彼女らしいに違いない。
     さて、華凜とヴィントミューレによって楽器たちの動きは鈍った。
     ここで主役は前衛に移る。
     花形。オーケストラで言えばまさに、第1ヴァイオリンが彼らといえるだろう。振りかざす巨大な腕は鬼のそれ、仁恵は初っ端から全力全開。
    「いっきますよー! 藍に凪、準備はおーけー?」
    「うん」
    「はい」
     ねじの抜けた声色に応える、ひと匙の小生意気さを混ぜたそれと、――吐息にも似た微かな狂気を孕んだそれ。
     藍は駆ける、魔力を漲らせたスパナ型の杖を手に。
     凪は跳ぶ。口づけるように息を吹きかけた拳へと、キャンディのように輝く氷の礫を纏わせながら。
     ――破壊する。
     楽器は群れでひとつの生き物だ。
     ひとつひとつはか弱い。灼滅者は破壊者となるしかない。守りに徹しても無意味だと悟ったのか、あるいは純粋なる怒りであったのか。
    「……」
     『それ』の振るタクトが三角形、即ち三拍子へと切り替わる。
     となれば、解の出番。
     彼はさっきからずっと独り言を言っている。
     サガだ。
     イコール性癖。
    「ミキちゃんなら分かってくれ……ミキちゃん! ちょっと無視しないで僕楽器に囲まれてデンジャラス!」
     ずらりと居並ぶ楽器には目がなくとも威圧感がある。
     ごくりと喉を鳴らして、ばらまくカオスペイン。シールドバッシュ。その心は――囮、否、生贄。夢の中でチェンバロ君とタンバリン君が日本の未来についてwowwow語り合ってたんだよ、と後に彼は語った。要は仁恵を催眠から庇った際にナターリヤの祭霊光で起こしてもらうまで夢心地だったわけである。
    「むり、は、だめ……!」
     ナターリヤの健気過ぎる叫びは、どこまでも純粋。
     誰にも倒れて欲しくないと、思っている。
    「ささえ、ます、……から」
    「はい! 私もがんばろうって決めてきたので」
     真白のかき鳴らすギターはナターリヤの歌声と共鳴して、高まる。高めてゆく。真白は目を閉じて旋律に身を委ねた。
    (「最初で最後の合奏会、だね」)
     いつしか旋律は絡まり、ひとつになる。
     『それ』の指揮とヴィントミューレの指揮がせめぎ合い、少しずつ少しずつ、互いに引き寄せられるように拍を重ねてゆく。ひとつだけ、図ったかのようにずれているのが仁恵のハーモニカと独創的なダンスだ。鈍色の楽器は彼女の性質を写したかのように、どこまでもマイペース。
     旋律の空を飛ぶ黒き影の主は凪。
     だが、凪は守られることを好まない。まるで自らも業のひとつであるかのように、――死角に着地すると同時に繰り出す百裂の拳。
    「そろそろかしら」
     何が、とは言わずとも伝わる。
     楽器は残すところピアノと木琴、フルートのみ。
     即ち――攻勢に出るべきタイミング。
     楽器たちはその習性――『それ』を守るという本能によって、『それ』が受けるべき氷も麻痺も受け止めていった。
    「最終、章、です、ね……」
     華凜の言葉はいつにもまして、途切れがち。
    「ええ、フィナーレよ」
     最初から定められていた最後の時。ヴィントミューレのジャッジメントレイが輝くとき、終わりが始まる。まだ戦い足りない――というか、残る楽器を引き連れて集気法をかけながら逃げ惑う解は「おや」と眉を跳ね上げた。
    「もう終わり? ミキちゃん叩いたそこのフルート君にお返しさせてたまえよ!」
    「早くなさい、こちらは待たないわ」
     しかしヴィントミューレはこれを無視。
     真白は「ええと」と迷うような仕草を見せた。解をエンジェリックボイスで援護してあげるべきか、『それ』の討伐に力添えるべきか――。
     するとナターリヤがにこりと微笑んだ。
    「……そうだね、ナターリヤちゃんがいる」
     なら、と真白はその名の通り透き通るような声で歌い続けた。子守唄。眠りに誘う極上のやさしい歌声。『それ』は、だから一瞬、まぶたを落としてしまう。
     気づいた藍は小柄な身体を生かして『それ』の眼前に滑り込んだ。解とミキに引き付けられた楽器はまだ引き戻らない。「おつかれ」とすれ違いざま、呟いた。
     ――拳、そして刃。
     乱れ斬る藍の攻撃に『それ』は傷つけられる。死を意識したのか。『それ』が僅かに身を強張らせた瞬間を見逃す凪ではない。
    「――」
     無言。
     ただ、その瞳にだけ、浮かび上がる。――狂、気。
    「受けなさい、これがあなたたちに対する救いの洗礼よっ」
     審判を下すのはヴィントミューレ。それは光だ、ただ純粋なる裁きの光――!! 同時に無常なる終わりを告げるは、仁恵の魔力をありったけ込めたフォースブレイク!
     凪が着地した時、『それ』は既に姿を消していた。音もなく。最初に聞こえたのは、木琴のばちが床に落ちる音。ピアノが横倒しに倒れ、フルートが転がる。
    「あ……」
     抱きしめる。
     華凜は、融ける。
     楽器たちが感じていた痛みと同化して――。
    「ねえ、華凜……この子達は、最後に良い演奏が出来たって思ってくれた、かな?」
     藍に撫でられたフルートは語らない。
     代わりに頷く華凜。
    「藍君や皆が、聞いていてくれた、から……」
     仁恵が寄り添い、その頭を軽く撫でた。
    「最強な方は大丈夫でしたかね、はい」
    「あっははははは! そんな簡単にやられないよお。最強探偵? いいねかっこいいねまっすりんこな響きだね!」
     戦いの余韻冷めやらぬ解である。
     自らのギターを労った後、真白が尋ねる楽器の処遇についてヴィントミューレが言った。
    「供養棚を作りましょう」

     めでたしめでたしで終わるのが、童話の基本。
     添えられたメッセージカードには『丁重に弔ってください』と書いてある。
     埃を払われ、静かに並べられた楽器たちに――永遠の安らぎを。
     アトナリティ、無調性。
     終止符を打たれた、弾くべき音を忘れた最後の、それ――。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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