すべては一杯のお茶漬けでした。
思うさま飲み交わし、騒ぎ、ここちよい酩酊の後に温かく胃袋を満たしてくれるお茶漬けはその居酒屋の定番メニューだったのです。
近所に安いチェーン店が立ち、客足が遠のき店じまいを余儀なくされても――そのお茶漬けは最後まで常連の人々に愛されていました。
都市伝説。
サイキックエナジーが人々の不安や恐怖、噂話などと融合して産み落とされる暴走体――。その全てが灼熱者の敵になるとは限らないが、少なくとも、今回の相手は人に危害を及ぼしかねないのだと須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は説明した。
「発端は、そのお茶漬けを愛する人たちの集合無意識みたいなものかな。もっともっとこの店のお茶漬けが食べたい、お腹いっぱい満たされて帰りたい――置き去りにされたそんな感情がサイキックエナジーと融合して居酒屋跡の廃屋に特殊なフィールドを形勢しちゃったの」
見た目はただの廃屋なのだが、おいしそうなお茶漬けの匂いに誘われて中に入ったが最後――。
「襲われちゃうんだ、お茶漬けに」
まりんは真剣な眼差しで言った。
「正しくはお茶漬けの形をした霊的存在に、だね。 部屋中にあらわれたお茶漬けの群れが一斉に襲いかかってくるの、ちょっとしたホラーだよ」
数は二、三十といったところだが、いずれも弱く、灼熱者であれば苦戦することはないだろう。
「ただし、倒した数の三分の一が一分ごとに補充されていくから、粘られる前に紛れ込んだ『本体』を探し出して! このお茶漬けたちは『本体』が生み出した『分身』なんだ。『本体』は最初こそ『分身』と同じ能力・同じ姿をしてるけど、1回撃破すると巨大化して能力がアップするの。回復も使えるようになるからちょっとやっかいだね」
お茶漬けは鮭味が前衛、梅味が中衛、わさび味が後衛で、数は鮭が一番多く、次は梅、わさびは鮭の半分ほどしかいないようだ。当時の人気順らしい。ちなみに、『本体』が本性を現した時点で敵の増援は止まる。
「本性を現した『本体』はふぐ味っていうんだけど、どんな味なのかな? 中衛で攻撃と回復どちらも得意みたいだね」
状況はわかってもらえたかな、とまりんは皆の顔を順番に見渡した。
「そしたら、すぐに現場へ向かって! 会社帰りのサラリーマンがお茶漬けの匂いに誘われて都市伝説の犠牲ならないうちに……ね!」
参加者 | |
---|---|
護宮・マッキ(輝速・d00180) |
源野・晶子(うっかりライダー・d00352) |
金井・修李(機械の改造魔・d03041) |
志賀野・友衛(中学生神薙使い・d03990) |
風花・蓬(上天の花・d04821) |
風舞・羽衣(ワンコの羽衣・d06334) |
真城・鈴夜(真夜中に響く鈴の音・d06379) |
天城・優希那(おちこぼれ神薙使い・d07243) |
●締めの一杯
「お茶漬けがおいしいだけじゃお店ってやっていけないんですね……」
源野・晶子(うっかりライダー・d00352)の呟きは都会の闇に僅かな余韻を残した後、消失する。
眠れる街。
噂話。
そして、満ちるサイキックエナジー。
それらが揃いし場所にて生まれる事件を『都市伝説』――と呼ぶ。
「想いが逆に人を傷付けてしまうとは、聞くに忍びない話だ」
少女にしては端然とした声色の主は志賀野・友衛(中学生神薙使い・d03990)だ。もう次の角を曲がれば件の廃墟が見えてくる。
かつて居酒屋が入っていた建物は当然シャッターが閉まっているはずなのだが、なぜか人がくぐれるくらいの隙間が出来ていた。
「あ、ホントにいいニオイですねー……」
晶子はうっとりと誘われるように足を早める。少し離れた後ろでは風舞・羽衣(ワンコの羽衣・d06334)がつまらなさげな顔で髪をかきあげた。
「せっかくの夏休みなのにお茶漬けと戦って終わりなんてダサ」
――と言いつつ、準備万端な羽衣である。
彼女は仲間を振り返り、さらりと告げた。
「ちゃんと1分がカウントできるような歌詞を用意して来たんだから、みんなちゃんと戦ってよね」
「気が利くわね」
真城・鈴夜(真夜中に響く鈴の音・d06379)は小学生のわりに大人びた話し方をsる。反面、緊張した面持ちで一番最後を歩いていた天城・優希那(おちこぼれ神薙使い・d07243)は安心したように微笑んだ。
「ならきっと大丈夫ですよね~。さっきから緊張して胃が痛たた~だったのですが、少し楽になりました」
「ならよかった。優希那だって相談しっかりやってくれたし、きっと大丈夫だよ」
護宮・マッキ(輝速・d00180)は肯いて、小さな掛け声とともにシャッターを潜り抜ける。
「中は真っ暗だ」
「あ、かと思って念のために光源を準備しておきました」
よいしょ、と優希那は持ってきた明かりの電源を入れる――廃墟と化したフロアが照らされた瞬間、彼らはぎくりと動きを止めた。
おいしそうな湯気を立てる白磁の茶碗が二、三十。
それも人くらいの大きさはありそうな、とにかく異形のお茶漬けたちだ。
フロアに散ったお茶漬けたちはゆらゆらと揺れながらこちらを見据えているようだった。
「これは……その……お茶漬けですね……」
戸惑う晶子とは対照的に優希那は嬉しげである。
「お茶漬けさんがいっぱいなのです~! けど、寿司茶漬けさんはいらっしゃらないのでしょうか?」
「寿司茶漬け?」
スレイヤーカードの封印を解きながらマッキが問い返した。
「はい、うちのおじいちゃんはちらし寿司にお湯をかけて食べるのが好きだったので。マイナーなのでしょうか……」
「へえ、そりゃうまそうだね」
とマッキが相槌をうった時だ。
和やかな空気を破るように金井・修李(機械の改造魔・d03041)が叫んだ。
「来るよ!」
こちらを見定めていたお茶漬けが急に動きを早め、一気に襲いかかってきたのだ。修李は指先に闇の弾丸を紡ぎつつ宣戦布告を放つ。
「ごちそうだね……ボクが食べ尽くしてあげるよ!」
●お茶漬け大戦
廃墟フロアは十分な広さがあり、戦うのには支障ない――即座に判断した前衛4人、つまりマッキ、友衛、羽衣、蓬はそれぞれの殲術道具を抜いてお茶漬けを迎撃した。
「まとめて、ふっとべ!」
「皆と共に戦うのならば、都市伝説など恐るるに足らず! 行くぞ!」
まずは手始めに、とばかりに放たれた森羅万象断が前の方にいたお茶漬けの群れを一気に振り払う。
「ベル、拾い食いは駄目よ?」
従える霊犬の首筋を撫で、鈴夜は忠実なそれを解き放った。威力を増した六文銭の礫がお茶漬けを持った茶碗を直撃、揺れたふちからご飯がこぼれ落ちる。
「食べ物を粗末にするとは……いや、今はそのようなことを言っている場合ではないな」
日本刀を構えた途端に風花・蓬(上天の花・d04821)の目つきが鋭く細められた。それまで大人しく仲間達に従っていた彼女は清楚な仮面を脱ぎ捨てて勇ましく敵に斬りかかる。
「まずは、――鮭」
効率よく雑魚を屠るため、数の多い鮭茶漬けから列攻撃の餌食とする作戦だ。
迸る月光と同時に羽衣のしなやかなダンスが敵の合間を駆け抜けた。華麗な舞踏は武闘と化してリズミカルに複数の敵を叩き落とす。
「ほかほかごはんー♪ 盛り過ぎはNO! よくばらないでっ♪」
戦う前のクールな装いはどこへやら、楽しげに歌う羽衣は敵の様子を注視する。鈴夜のヴォルテックス――全てを薙ぎ払うかのような竜巻に巻き込まれたお茶漬けの器が次々と砕け、消失した。
あっという間に鮭茶漬けを片付けて次の梅茶漬けに照準を合わせようとした時――。
「お茶漬けWow!」
羽衣が歌い上げる、『Wow』というフレーズ。
彼女はこのフレーズがちょうど一分毎に繰り返されるように歌い続けた。直後、倒したはずの鮭茶漬けが5体ほど復活する。
「もう一度!」
晶子の手のひらから噴射された炎がライドキャリバーの機銃掃射を引き連れて、再び鮭茶漬けを業火の内に飲み込んだ。
「さっさと出て来い本体!」
お茶漬けを撃ち抜いたデッドブラスターは修李のものだ。復活した鮭茶漬けを再び薙ぎ払った友衛は真っ先に梅茶漬けの群れへと跳び込んだ。
身の丈ほどもある大太刀を訓練通り振り下ろす。――手応えあり。ほっとして胸を撫で下ろしかけるが、すぐに思い直して首を振った。
「気を緩めるのは全てが終わってからだな。梅茶漬けは好みだが、手加減はせん!」
「私も梅茶漬けは好きですよ~! あ、当たってください~!」
どこかのんびりと優希那が告げた瞬間、梅茶漬けが苦痛に耐えるかのように凍り付いた。フリージングデスによる死への誘いである。
「当たりました!」
「優希那、ナイス!」
マッキは嬉しげに笑って斬艦刀を振り下ろした。
またしても敵の増援が現れるが、倒された全てが補充されることはない。敵は徐々に押され始めている。
「…………」
羽衣は歌い踊りながら増援の様子を窺った。
「なにか、本体と分身の違いが見つかればいいんだけど……あっ」
敵が補充される瞬間、ひとつだけ動きの違う茶碗がいた。他がふわふわと揺れているのにそれだけはぴたりと動きを止めたのだ。
梅茶漬けの大半が倒され、蓬の月光衝がそのお茶漬けを叩き割った瞬間、変化が起きる。
「当たりね」
呟いて、鈴夜はフリージングデスを発動。
露払いとばかりに残る分身の掃討に力を注いだ。
「頑張りましょう」
一方で晶子の脳内で最適化された演算機能は洗練した動きを導き、まばらに散ったわさび茶漬けを炎の内に飲み込んでしまう。
「今のうちです!」
「おっ? 出たね大将……さぁ、大人しく食べられろ!」
修李の眼前に輝く盾が生み出され、味方の元に飛ぶ。
「オリジナルよりかショボいけど、この盾使って」
「ありがとう」
鈴夜は小さく肯き、光盾に身を任せた。
そして信頼すべき相棒の名を呼ぶ。
「行くよ、ベル」
いななきと共に霊犬の瞳が浄霊の力を帯びた。最も攻撃を受け続けているディフェンダーの蓬を催眠から呼び戻し、自らは竜巻で本体――ふぐ茶漬けごと分身を狙い撃つ。
「……ふぐって美味しいのかしら」
「さあ」
興味なさげに呟く羽衣だったが心の内ではため息をついていたりするのだ。
(「ほかほか御飯に具を乗せて、サラサラーっと……わうー、なんだかお腹がすいてきました」)
だが、今は歌い続ける。
前衛に取り囲まれたふぐ茶漬けは一際おおきく、もう少しで天井に届いてしまいそうなほどの大きさだった。
「何人前だろう」
「百人前以上ありそうだな」
マッキと友衛は軽く目配せした後、左右にわかれる。ほぼ同時に振り上げられた刀にはこれ以上ないほどの力が漲っていた。
「じゃあ、味見させてもらうよ!」
――戦艦斬り。
「ッ!!」
驚いたようにふぐ茶漬けの巨体が揺れる。
だが、すぐに態勢を立て直して温かな匂いを辺りに漂わせた。残っていたわさび茶漬けも力を取り戻す。
「…………」
友衛は無言で眉をひそめた。
心なしかわさび茶漬けの匂いまで強まったような気がしたのだ。構わず、蓬は月光衝で応戦する。
「畳みかけるぞ」
「はいはい。お茶にゃ拘れっ♪」
羽衣の神薙刃がふぐ茶漬けの側面を突き刺した。
熱い湯に肌を焼かれるが、優希那の闇がたちどころに傷を塞いでしまう。次は鈴音と晶子だ。
「闇の契約に、清めの風に……ふふ、回復は任せてください」
「頼りにしてますよー」
晶子は肯き、攻撃を続ける。
増殖を絶たれた分身を倒しきるのにそれほど時間はかからなかった。
「そろそろかな」
胸元にシャドウの象徴を刻んだ修李は盾を構えて突進する。
「僕、ふぐ味って食べてことないんだよねー」
それは捕食者側の瞳だ。
マッキが答える。
「おいしいよ、ふぐ茶漬け。さっぱり塩味で白ゴマが入ってたりするとたまらないね」
「なるほど、果たしてこやつには入っておるのか」
その身に戦神の気を宿して友衛が呟いた。
既にふぐ茶漬けは孤立している。廃墟にぽつんと浮かぶ巨大茶漬けを取り囲む8人の学生達――かなり人には見られたくない光景だが、これが灼熱者の仕事なのだから仕方ない。
逃げ場を失ったふぐ茶漬けはじり、と焦りの色をみせた。
「逃がしません~!」
優希那は慌てて神薙の力を風刃と変えて解き放つ。ヒビ割れた茶碗に晶子のレーヴァテイン――炎を纏った弾丸が着弾、パキンッという音がして茶碗の一部が欠け落ちた。
「もらったわ」
ここぞ、とマジックミサイルから轟雷へと切り替えた鈴夜がひるんだふぐ茶漬けの死角をとった。詠唱によって出現した轟雷がとどめ、とばかりに降り注ぐ。
「!!!!!!!!!!」
逃げ場などない。
本体の体は次々と砕け、かぐわしい匂いを振り撒きつつ闇へと滅した。
「……これにて」
蓬は白い紙で血の汚れを拭った刃を鞘に納める。
放り投げた血濡れの紙がひらりと舞い落ちて、幕切れの合図と為した。
●おつかれさまでした
「お茶漬けも、倒すんじゃなくて食べてほしかったでしょうね……」
「ん~……あまりにもいい香りだったのでお腹空いたのですよぅ」
「とむらいに何か食べて帰る? ラーメンとか」
「そこはお茶漬けでしょ」
互いの無事を確かめ、一通りの労いを済ませた彼らの興味は既に戦いから打ち上げへと移り変わっている。
「私もお茶漬け食べたくなっちゃったわ……鮭のやつが食べたい」
「ああ、ふぐ茶漬けの味も気になる……」
「わさび茶漬け以外がいいね」
どうやら意見が合致したらしい。
折りしも、会社帰りのサラリーマンが小腹を満たすために街へ繰り出す時間の頃だ。どこかお茶漬けのおいしいお店はあるだろうか。
勝利の余韻を体に残したまま、彼らは揃って夜の街を駆け出した。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 25/キャラが大事にされていた 7
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