老いてなお持つ、原初の渇望

    作者:若葉椰子

    ●汝、生を受けたくば死を与えよ
    「……どこだい、ここは」
     老婆が目覚めた時、周囲に見えたのは廃棄されたと思しき工業製品の数々と、ロクに手入れもされず朽ちた何らかの設備だった。
     最近の生活はおろか、今までの人生を思い返しても縁のない場所であり、ましてや見覚えなどは全くなかった。
     近くで目を覚ました人も同じ事を考えていたらしく、自分と同じように怪訝そうな顔をして視線を巡らせている。
    「……あーあー、マイクテストマイクテスト。うん、放送機材が生きててよかったよ」
     陰鬱な廃工場のスピーカーから、突如流れる放送。その内容は、そこへ集められた人にとってどうしようもなく非道で、現実味に欠けるものだった。
     彼の語った事はそう多くない。ここが完全に封鎖された場所である事と、ここから出る手段は自分以外の人間を全滅させる事。それだけ。
     事実、この区画は不思議な半透明の壁で区切られており脱出出来ず、時折響く打撃音や悲鳴から殺し合いが行われている事も想像出来た。
    「……なあ、婆さんよ」
     そう声をかけた見知らぬ若者はどこか虚ろな目をしており、正気を保つのがやっとだろうと思われる。
    「こういう時、年寄りは有望な若者に道を譲るべきだろう? どうせ老い先短いんだから、今死んだって変わりゃしねえ。みんなそう思ってるはずだ」
     同調するように、周りにいた人々も幽鬼のごとくゆらりと立ち上がる。
     各々の手には、既に殺意を示す凶器が握られていた。
    「な、何言ってんだい。あたしゃね、まだ死にたくないんだよ。まだ、生きてたいんだ……!」
     生への執着は、この歳になっても消える事がない。
     老いさらばえたこの身が憎い、目の前の障害を排除する力が欲しい、思いのままに身体を動かせる若々しい力が欲しい……!
     
    ●汝ら、生を求める者へ死を与えるか?
    「みんな、六六六人衆のあたらしいかつどうって、もう知ってるかな?」
     灼滅者が集まったのを確認した名木沢・観夜(小学生エクスブレイン・dn0143)は、今回の事件に至る複雑な背景を懸命に説明しはじめた。
     曰く、最近話題に登るようになった縫村針子およびカットスローターの両名が、六六六人衆を新たに調達するため一般人を閉じ込めて殺し合わせる儀式を起こしている、というもの。
    「またひとり、あたらしい六六六人衆ができちゃうみたいだから、みんなにはそれをすぐにでも灼滅してほしいんだ」
     遺憾な事に儀式そのものは止められないが、それを経て出てきた六六六人衆はある程度疲弊しており、配下となるものもいない状況となっている。
     まだ本調子でないこの機会に灼滅出来るなら、被害を最小限に食い止める事が出来るだろう。
    「六六六人衆になっちゃうのは、当辺 江里(とうべ えり)っていうおばあちゃん。みためはキレイなおばあちゃんだけど、しんじられないくらいよくうごくから気をつけて!」
     彼女が執着したのは、衰えぬ生命。彼女が欲したのは、若々しい力。六六六人衆となった今、若かりし頃とも比較にならない程の機動力で戦ってくるだろう。
    「手にはハリのたくさん付いた板をもってて、これでさされたら痛いだけじゃなくって、エネルギーもすわれちゃうんだ!」
     こちらで言うライフブリンガーのようなものだろうか。他にも自己回復や複数を相手取った足止めなど、厄介な戦闘手段を持っている事も確認されている。闇堕ちしたばかりだが、その強さは折り紙つきだ。
    「こわいあいてだけど、ずっとたたかってたからけっこうきずついてるんだ。たたかうばしょは工場だから、たてものとかつうろをうまく使えば、ちょっとはラクになるかも!」
     激戦をくぐり抜けてきただけあり、恐らく彼女は本来のHPから3割程度消耗している事が予想される。攻撃が当たりさえすれば、勝機は見えてくるだろう。
     また舞台となる廃工場は大きな設備やキャットウォークで複雑に入り組んでおり、上手く使えば戦闘の一助となる。無論、相手もある程度活用してくるので、注意が必要だ。
    「おばあちゃんだって生きたいだろうし、僕も思うように体がうごかなくなっちゃうのはイヤだけど……それでほかの人をころしちゃ、ダメだよね」
     若さへの渇望は我々にとってまだ実感しがたいものだが、死への恐怖は等しくあるはずだ。
     この老婆も気の毒ではあるが、そのエゴでこれ以上他者の命を奪わせるわけにはいかない。観夜はそんな心境を胸に、彼女を灼滅して欲しいと改めてお願いした。


    参加者
    七里・奈々(もうすぐ女子大生・d00267)
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    橘・蒼朱(アンバランス・d02079)
    四条・識(ルビーアイ・d06580)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    中畑・壱琉(金色のコンフェクト・d16033)

    ■リプレイ

    ●かの者、狂気の彼岸より来たりて
     作戦の場に、強風が音を立てて吹き付ける。
     街中ならば春の訪れを予感させるものだが、ことこの場においては寒々しさと恐怖感を煽るばかりとなっていた。
    「これだけ風が吹いてても血の臭いが消えないなんて、ひどい儀式をしたものね」
     普段ならば温和な顔を憐憫と嫌悪感が入り混じった表情に変え、七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)は呟く。
     目標の目星は、驚くほどあっさりと付いた。工場内にある建屋の一つに、おびただしい量の血痕を見つけたのだ。
    「肝心の江里さんは、見えないみたいだね。気を引き締めて慎重に進もう」
     多少離れていても発せられる尋常でない空気にあてられ、中畑・壱琉(金色のコンフェクト・d16033)も高まる緊張を隠せずにいる。
     問題の建造物は、いくつもの作業員用通用口と製品搬送口、そして所々ガラスの割れている窓が確認された。敵がどこから脱出するか分からない以上、覚悟を決めて入るしかないだろう。
     どこから初撃が来ても対応出来るよう、二重の円陣を組む灼滅者達。彼らは今回の戦場に、用心を重ねながらゆっくりと足を踏み入れていった。
    「これは……また派手に散らかしたものだな」
     施設内に散乱する破壊された製品と朽ちた生産機器。そして、その隙間に転がる幾つもの屍。
     注意深く周囲を見渡している太治・陽己(薄暮を行く・d09343)へ、その光景は否応無く目に入る。
     物言わぬ死体はいずれも無数の針で蹂躙されたような跡があり、お世辞にも上手く『解体した』とは言えない状態だ。いつも以上に険しい顔となった陽己が何を思ったか、その表情からうかがい知る事は難しい。
    「ヒヒッ、今度の獲物はまた若いねえ。こいつは美味しい肉が期待出来そうだよ?」
     突如施設内に反響する、老婆の甲高いしゃがれた声。当然ながら発生源は灼滅者達ではなく、今やこの一角で残る候補は一人しかいない。
     生産ラインと思しきローラーを背にして手にした処刑道具(アイアンメイデン)に付いた血を舐め取り、招き入れられた存在を歓迎するように笑う一人の影。
    「現れたな。その様子なら遠慮する事はない、お前のことを殺してやる」
    「やっぱり、戦うしかないな……行こうか、相棒」
     当辺江里の姿を確認した灼滅者達が臨戦態勢となったのは、そこから数瞬もかからなかった。
     四条・識(ルビーアイ・d06580)に橘・蒼朱(アンバランス・d02079)をはじめとして全員が己の封印を即座に解除し、血塗れの老婆へ対峙する。

    ●かの者、骸と鉄の上で殺戮を舞う
    「やっほークソババア、死ね!」
     江里の出していた殺気にいち早く気付いていた嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)は、道端の通行人に声をかけるかのような気軽さで真紅のスカーフを振るった。
    「へえ、そこまで躊躇いなく得物を真っ先に向けるなんて大したモンだね。今までのデクの坊とはワケが違うって事かい」
     しかし、不意をうったはずの攻撃はいとも簡単にいなされる。
     まるで手練の武人がごとく隙がない江里の動きは、もはや彼女がただ命乞いをして生にすがりつくだけの老婆でない事を感じさせるに充分だった。
    「おやご名答、そこらの甘ちゃんと一緒にしてもらっちゃ困るね。何たって私にゃぶっ殺す事しか出来やしないんだ」
     台詞こそ冗談を交わすように軽いものだが、そこに込められているのは紛う事無き強い殺意。
    「それは可哀想だねえ。そのままじゃあロクな大人にならないんじゃないかい?」
    「自分が生き残るためだけにみっともないマネしてるクソババアには、言われたくないセリフだね」
     一瞬のうちに何度も繰り出される攻撃の合間に、嫌悪感を隠そうともせず皮肉混じりの言葉をぶつけていく。
      お互い、腹の中では自らが堕ちた理由など他と比べるべくもない小さいものだと思っているし、それを正当化しようともしていない。
     しかし、気に入らないのだ。少なくとも、ここで殺り合うのならば、ただそれだけで充分だった。
    「やっぱり、戦うしかないのかな。この人だって被害者なのに」
     応戦しつつも、やるせなさに表情を曇らせる因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)。
     相手がもう戻れない存在である事が分かっている以上、ここは強引にでも割り切り全力で戦わなければならない場面なのだ。
     しかし、彼の純真さはそれを許さない。
    「情けなんざ不要だよ、坊や。まあ、そうして躊躇って自滅してくれるんなら、あたしとしても都合がいいけどねえ?」
     心情はどうあれ、亜理栖はじっくりと狙いを定め精密に制約の弾丸を射出している事に変わりはない。しかし、対する江里の身体能力はそれすらも上回っていた。
     まるでこちらの攻撃を全て読んでいるかのように、軽々と攻撃を避け続ける老婆を見てなお戸惑う事など、最早許されなかった。
    「おばーちゃんも中々やるみたいだねっ! でも、ななが一番速いんだから!」
     その動きに負けじと高機動戦闘を挑んでいるのは、七里・奈々(もうすぐ女子大生・d00267)だ。
     動きやすい服装に身を包んでいる彼女は跳躍を駆使して戦場を縦横無尽に駆け回り、時には配管や柱を利用した三次元戦闘を展開している。
    「ネズミみたいに動き回るだけじゃ、あたしを翻弄なんて出来やしないよ!」
     こと高速戦において、身のこなしを売りにした江里を灼滅者が追い抜くのは難しい。
     この忌まわしい儀式により堕ちた直後ながらも協力な力を得たダークネスとあらば、それも納得出来るのではなかろうか。
    「あたしに追いつきたきゃ、その重そうな胸を何とかするくらいの事はしないとねえ!」
    「それは関係ないと思うな!」
     実際関係はないのだが、奈々の豊満な胸は確かに体の動きから一瞬送れて揺れている。
     敵の動きを止めんと鋼糸を絡ませてくるその姿は艶やかですらあったが、今一歩のところで江里への有効打となっていないのが悔やまれるところだ。
    「アンタも被害者ではあるんだろうけど、この惨状といい今の戦いぶりといい、やりすぎだな」
     江里の攻撃に割って入り、アイアンメイデンの針と自身のシールドを激しく衝突させながら識は呟く。話し合いで解決出来る領域は、とうに超えているのだ。
    「ヒヒヒ、だから何だってんだい? 殺らなきゃ殺られるってんだから、殺らない理由なんてないだろう。
     おかげであたしゃこんな若々しい力を手に入れた、むしろありがたいくらいだねえ!」
    「そんな事を言っているから、余計に手遅れなんだ……っ!」
     スピードの乗った一撃を逸らし、弾き、押し返し、時にはその勢いを相手へと向ける。
     サポートとして、盾役として奮戦する識ではあったが、受けるたびに大きく蓄積されるダメージは決して無視出来るものではなかった。
    「元々は普通のばあちゃんだったはずなのに、生にしがみつくなんて誰でも同じだろうに、どうしてこんな事になっちまったんだ」
     罪なき一般人だっただろう老婆をこんな姿にした儀式に、そして変わり果てた老婆の対処をしなければいけないこの現状に、頭を抱えそうになる蒼朱。
    「何だい、まだ遠慮してるのかい? みんなとんだ甘ちゃんだね。まあ、それくらい青けりゃ喰い甲斐もあるってもんだけどさ!」
    「……ああ、そこまで生に、若さにしがみ付くなら、いっそ俺達に全部ぶつけてくれよ。俺はそれを受け止める事しか出来ない」
     既にここまで堕ちてしまったら、もはや死によってしか楽にさせてやる事は出来ない。ならば、せめて全力で向かい合うべきだ。
     そして、そのための攻撃をまず当てて後へ続けるのが自分の仕事。
     覚悟と共に放たれた一撃は、ここに来てようやく江里の動きを鈍らせるに至った。
    「小細工に引っかかるなんてあたしもまだまだだねえ。速いとこ始末しないと……ねッ!」
     今までのスピードを更にもう一段階引き上げ、電光石火の動きで向かう江里。しかし、それを全力で受け止める者がいた。
    「いっ……ったいなぁ! でも、みんなが受けたらきっと、もっと痛いよね」
     自らの血が流れるのも厭わずに、繰り出された突きのことごとくを受け止める壱琉。
     その意思は固く、守護者と呼ぶに相応しい空気をまとっていた。
    「確かに、人はいつか死ぬものだと思う。それでも、人の命を奪っていいはずはないよ」
     誰かの命が散らずに済むのなら、それに越した事はない。体を張ってそう主張する彼女の言葉には、確かな重みが備わっていた。
    「……縫村委員会に巻き込まれたりしなければ、誰かの命を奪う事もなかったろうにな……」
     どうにもならないと分かっていつつも、たらればを考えずにはいられない。壱琉のまっすぐな言葉を聞いた陽己は、余計にそう思わずにはいられなかった。
     人を殺めて得るものも、ないとは言い切れない。自らの内に潜む享楽へ身を任せれば、どんなに楽な事だろう。
     しかし、その一線を踏みとどまる理由が自分にもあるのだ。そして、無差別に行われる殺戮を止めなければならない理由も、確かにある。
    「だから、せめて俺達が止めてやらないと、な」
     回転する杭が、老婆のもとへと一直線へ届く。正確に未来位置を予測し放たれたその一撃は、彼女にとって決して無視出来ない効果を与えたのだ。
    「っち、忌々しい! 殺られる前にさっさと殺りたいところだねえ!」
     いよいよもって余裕の薄れた江里が、鋼鉄の処女と名付けた得物を手に再度灼滅者へと飛ぶ。その凶刃はカバーに入った壱琉をやすやすと貫き、生命力を吸い上げられた事によって再起の難しい状態となった。
    「壱琉が倒れた……っ!? でも、これ以上は誰も欠けさせないわ」
     激化する戦況に合わせ、ホナミも自身の戦いを必死に続けていた。
     彼我の戦力差と欠けているものを冷静に分析、攻撃を当てる事が難しいであろうクラッシャーの面々には既に癒しの矢を向けてある。敵方にブレイクのない今回、強化は効果的な手段なのだ。
     そして列に対する手が激しくなってきたと見るや、即座に夜霧を出してゆく。
     敵に狙われにくく、こちらは当てやすくなった事で、少しずつ戦況が傾いてきている。
    「へっへー、おばーちゃんもう息切れしてきたんじゃない?」
     素早さの差が縮まったところで、奈々が追い抜くための一手をかける。
    「石化の呪いかいッ、どこまでもあたしの力を奪おうとする子達だねえ!」
     呪いは成った。しかし、次の一度くらいは老婆の行動を許してしまう。
    「参ったね……こりゃ。腐っても、こっち側の人間って事かい……アンタも」
     こちらに追い風が吹いていたにも関わらず、誰も欠けさせないというホナミの決意をよそに、アイアンメイデンが絹代へ深々と刺さっていた。
     その結果を見た老婆は意趣返しが成功したと口元を歪め、そのまま逃走の体勢へと転じる。
    「全く、手間かけさせて……でも、あたしももう厳しいねえ。ここらが潮時……!?」
     戦闘不能となった者は二人。しかし、ここで逃走を許すわけにはいかない。
     剣戟の合間を縫い、陽己と蒼朱は倒れた両名を素早く後ろへと下げる。
     上のキャットウォークは亜理栖と奈々が寸断させ、その隙にホナミと識が他のメンバーから遠い位置へ移動し包囲網を形成したのだ。
    「……ごめん。だけど、逃がすわけにはいかないんだ」
     その瞳を悲しみに染めた亜理栖が、白銀の大剣を振り下ろす。
    「……あたしゃね、生きたかったんだ。もっと……生きたかったんだよ……」
     柄にあしらわれている白い薔薇は、この時だけ僅かに紅く染まった。

    ●かの者、現世より去りて
     殺戮の宴は幕を閉じ、廃工場に束の間の平穏が戻ってきた。
    「俺……どうする事が正しいのか分からないけど、これで良いんだよな」
     帰り際、蒼朱が確認するように呟く。
    「ええ。誰も救われない、ひどい儀式だったけれど……そこから起きる悲劇を、止められたんだもの」
     あの老婆が野に解き放たれれば、今回のものとは比較にならないほどの殺戮が起こっていた事だろう。
     何が彼女をそこまで駆り立てたのかは、まだ若い灼滅者には図りかねるものもあったかもしれない。しかし、絶対に止めなければならない程の妄執だった事は、誰から見ても明らかだったはずだ。
     願わくば、あの怪物の轍を自分らが踏まないように。その思いを胸に、灼滅者達は帰路につく。

    作者:若葉椰子 重傷:嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475) 中畑・壱琉(金色木菟夜に潜む・d16033) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月24日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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