褌と変態と

    作者:J九郎

     寝静まった深夜の住宅街に、いかにも挙動不審な少女がいた。彼女は周囲を見回し誰にも見られていないのを確認すると、常人離れした跳躍力で塀を乗り越え、住宅の敷地内に潜入。続いて玄関のドアの前に至り、一つ深呼吸をした。
     そして、
    「ふんっ!」
     気合いの呼気と共に、みるみる少女の全身の筋肉が膨れあがり、肌が桃色に変色していく。数瞬後、そこにいたのは先ほどの少女とは似ても似つかない、ごつい女の姿だった。 身長は軽く二メートルを超え、ボディービルダー顔負けのマッチョな体型に、女性らしいラインなど存在しない。 上はサラシ、下は褌のみだが、色気など皆無といっていい。ついでに、なぜか頭にも褌を締めて相手から目が見えないようになっている。
     どこからどう見ても変態のその女は、玄関のドアに手をかけると、
    「うりゃっ!」
     鍵を力尽くで破壊し、悠々と家の中に潜入していったのだった。

     翌朝。
    「なんじゃこりゃあ!?」
     起き出したその家の住人が戸惑いと怒りの入り交じった声を上げたのは、玄関のドアが破られていたからではない。
     家族全員の下着が全て、褌にすり替えられていたからである――。
     
    「……嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。夜な夜な住宅に忍び込んでは、下着を全て褌にすり替える奇妙な淫魔がいると」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(中学生エクスブレイン・dn0137)は微妙な表情でそう告げた。
    「……どうやら、その淫魔『ピスタチオ』は、先日の彫師の拠点強襲時に闇墜ちした氷須田・千代(ムッツリ・d14528)の変わり果てた姿らしい」
     妖の言葉に、教室がざわめく。
    「……ピスタチオは、夜の住宅街に現れる。普段は千代さんと変わらない姿をしてるけど、本性を現すと……なんというか、すごく変態チックな姿に変わる」
     彼女がなぜ下着を褌とすり替えて歩いているのかは不明だが、その褌を着用してしまった者は、強化一般人としてピスタチオの配下になってしまうらしい。
    「……もっとも、大体の人は下着が褌にすり替えられてるのに気付いても、パニックに陥るか激昂するか見なかったことにするか冗談で締めるかして着用してみようとは思わないから、まだピスタチオの配下は多くない」
     それでも、既に5人の人間が、ピスタチオに付き従っているようではあるが。
    「……ピスタチオは非常に用心深くて、深追い、深入りは絶対にしないみたい。戦闘になっても強化一般人を前線に立たせて自分は後方支援に徹するし、強化一般人が半数以上倒されるようなことがあれば、ためらわずに逃走を図る」
     だが、今回助けることができなければ、完全に闇落ちしてしまい、おそらくもう助ける事はできなくなるだろう。
    「……幸い、ピスタチオも配下の強化一般人も戦闘能力はそれほど高くない。けど、油断は禁物」
     ちなみに強化一般人は、ピスタチオを灼滅するか千代に戻すかすれば、元に戻れるようだ。
    「……なんとか千代さんを助けてあげたいけど、それが無理なようなら、灼滅してあげることが救いになるかもしれない。……彼女も、変態として生きることは不本意だろうし」
     それでも、と妖は続ける。
    「……救えるようなら、彼女を助けてあげて欲しい。今ならまだ、みんなの声は彼女に届くと思うから」


    参加者
    鬼丸・静女(文学少女志望・d05773)
    倉澤・紫苑(返り咲きのハートビート・d10392)
    外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    神原・燐(冥天・d18065)
    北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)
    フィアッセ・ピサロロペス(睡蓮の歌姫・d21113)
    桃咲・音愛(奏でる音色は桃の花のように・d24887)

    ■リプレイ

    ●包囲と変身と
     深夜の住宅街を、異様な集団が行進していた。何せ、中央の少女を除いては、全員褌姿である。はっきり言って不気味だ。
     そして今、その褌集団の前に立ちはだかる猛者達がいた。
    「千代さん。迎えに来ました。クラブに戻りましょう。どうか魂の力を振るって下さい」
     正面に立ち、中央の少女にそう呼びかけたのは、フィアッセ・ピサロロペス(睡蓮の歌姫・d21113)だ。Chanson d'espoirの仲間として、千代と共に参加したクリスマスイベントで着ていたゴスロリステージ衣装を再び纏い、彼女は千代に訴える。
    「そうだよ、一緒に帰ろう? 皆、待ってるっ」
     同じくChanson d'espoirに属する桃咲・音愛(奏でる音色は桃の花のように・d24887)は、にぱっと笑いながらそう呼びかける。千代とちゃんと話すのは初めてだけど、同じクラブ、同じ能力を持つ仲間として、絶対に連れて帰ると、そう誓って。
    「武蔵坂の灼滅者か……」
     千代の姿をしたピスタチオが、逃げ場を求めるように周囲を見回す。そして、正面だけでなく背後からも灼滅者が迫っていたことに気付いた。
    「へろ~。やぁやぁ、こんば~んだぁよ、と。駄々をこねる子供を連れ戻しに来ましたぜ」
     背後からやってきた灼滅者の一人、外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)が、お調子者らしい軽い口調でピスタチオに声をかける。
    「氷須田、皆で迎えに来たぞ。皆がお前の帰りを待ってるんだ。連れ戻すのに、ちょっと荒っぽくなるのはカンベンな」
     Chanson d'espoirの一員である北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)も、背後でピスタチオの逃走を阻止せんと構えていた。
    「簡単には逃げられぬか」
     ピスタチオは深く息を吐くと、全身に力を漲らせた。たちまち肌が桃色に、髪が黒色に変化し、見る見るその体が大きく膨れ上がっていく。あっという間に身長2メートルを超えるマッチョ体型となった彼女にもはや、千代だった頃の面影はなかった。服は破けさり、上はサラシ、下は褌のみ、ついでに頭にも褌を締めたその姿は、まさしく変態そのものだ。全身から桃色の泡を放出しまくっているのが、なんとも気味が悪い。
    「見た目のインパクト絶大ね……。それにしても、なんで褌なのかしら」
     正面に陣取る倉澤・紫苑(返り咲きのハートビート・d10392)が、ピスタチオの姿に半ば気圧され、半ば呆れたように呟く。
    「こいつは一瞬でも気ィ抜けねぇな。気づいたらふんどしでした、なんてオチはごめんだ」
     同じく正面で重機甲腕【鉄】を構える野乃・御伽(アクロファイア・d15646)も、自分に気合いを入れた。
     一方で、背後からの挟撃に回っていた鬼丸・静女(文学少女志望・d05773)は、ピスタチオを目の当たりにしたところで硬直してしまっていた。
    「ざ、斬新なお召し物で……?」
     軽く混乱状態に陥り、よく分からないことを口走る。そんな静女とは対照的に、
    「貴女にとって闇はどんな存在?」
     神原・燐(冥天・d18065)はピスタチオの姿にも心乱されることなく、彼女に語りかけていた。
    「闇は怖いだけじゃない。時に優しく包み込んでくれる……それを今から見せてあげる」
     燐はナノナノの“惨禍”を優しく撫でた後、頭上に乗せる。
    『絶対的な常闇の冥き皇の星』
     そして、解除コードと共にスレイヤーズカードから解放された解体ナイフが彼女の手に収まった。
    「挟み撃ちで退路を断ったか。ならば、押し通るのみ。皆の者、やってしまうがいい!」
     ピスタチオの号令と共に、褌姿の強化一般人達が構えを取る。それが、戦いの始まりを告げる合図となった。

    ●説得と戦闘と
     褌姿の強化一般人達が、ピスタチオを守るように彼女の前後に展開し、一斉にオーラの塊を放つ。
    「お前らと遊んでる暇はねぇんだよ。用があるのは後ろの氷須田だけだ、どけ!」
     その攻撃を避けることすらせず、葉月はカウンター気味に妖の槍を繰り出し、強化一般人の一人の肩を貫いた。
    「見たかよ、千代。自分が傷つくのも厭わず、お前さんを助けようって奴がいるんだ。帰ってこい。仲間達を悲しませるもんじゃないぞ?」
     傷ついた強化一般人に追撃とばかりバベルブレイカーを突き出した黒武が、千代に呼びかける。
    「目を背けないで。ちゃんと友達の顔を、目を、心を見て。一緒に帰ろう」
     癒しの矢で葉月の傷を癒しながら、燐も説得の言葉を重ねた。
     そして静女は、仲間達の説得の時間を稼ぐべく、神薙刃で強化一般人達を牽制していく。
    (「面識のある方ではありませんが……、仲間の為に己を賭けられる人を、見捨てる事など出来ません」)
     争い事は苦手な彼女だが、今回は傷付ける為の戦いではなく助ける為の戦いだ。内心いっぱいいっぱいだが、出来ることはやっておきたかった。
    「班が違ったとはいえ、彼女が堕ちたとき私も近くにいたのよね。間接的にかもしれないけど、助けられたわけだし今度は私達が助けなきゃね」
     千代と同じく彫師の拠点強襲に参加していた紫苑は、WOKシールドを広域に展開させ、仲間達に襲いかかるオーラの塊を防いでいく。
    「知り合いじゃねーとは言え、同じ学園の奴だ。絶対連れ戻すぜ。お前にも仲間がいるだろ?」
     御伽はその隙に除霊結界を展開し、強化一般人達の動きを封じていった。
    「千代さんの為にも一曲作ったんだ! 曲名は『君を守る為の歌』。ありきたり? でも助けたい一心で作ったから、聴いてくれると嬉しいなっ」
     音愛は自らの思いを歌に込め、バイオレンスギターをかき鳴らし、
    「千代さん、フィアッセの為に、葉月さんの為に、貴方の帰還とドラムの音を待つ皆の為に、戻ってきて下さい」
     フィアッセもそれに合わせるかのように、ギターの音を重ねる。
    「ふん。この小娘は灼滅者であることを諦めたのだ。救ったところで貴殿らは得するのか?」
     二人の奏でるメロディに、わずらわしそうに顔をしかめたピスタチオは、その拳を思いっきり大地に叩きつけた。たちまちアスファルトがひび割れ、灼滅者達の態勢を崩す。
    「私たちは氷須田ちゃんを連れ戻しに来たのよ。外野の淫魔さんは大人しくしてもらえないかしら?」
     素早く態勢を立て直した紫苑が、シールドでピスタチオを殴りつけようとし、咄嗟に庇いに入った強化一般人を一人、吹き飛ばした。
    「損得なんかじゃない。貴方の友達は貴方を連れ戻したい気持ちで此処にいる。ダークネスにはそんなことも分からないの?」
     その間に、燐は夜霧を発生させ灼滅者達の姿を覆い隠し、態勢を立て直す時間を稼ぐ。
     そして、夜霧を裂いて葉月が飛び出し、
    「説得(物理)ってヤツだ。悪いが、こっちも手加減してる余裕はねぇからな! 部長にも『思いっきり引っ叩いて連れ戻す』て言ってたしな!」
     ピスタチオの動きを封じるように、至近距離から制約の弾丸を浴びせていった。
    「ワリィが俺は褌派じゃねぇんでな。力ずくじゃ履いてやる気もねーから」
     御伽も同じように、制約の弾丸を撃ち込んでいく。ピスタチオを麻痺させて逃走を防ぐ作戦だ。
    「ぐうっ。だが、この肉体は最早私のもの。二度と明け渡すものか」
     ピスタチオは、接近してきていた黒武を投げ飛ばしつつ、そう咆えた。

    ●逃走と追撃と
    「えぇい、取り巻きが邪魔くさいわね。我慢比べなら負けるつもりは無いけどね! 私、負けず嫌いだし!」
     強化一般人達の繰り出す拳を防ぎながら、紫苑が毒づく。ピスタチオの撤退条件を満たさないために、1人をダウンさせた後残りの強化一般人はダウンさせないように戦っている。故に、敵の手数が減らないのだ。一撃一撃は大したことのない相手ではあるが、何度も繰り出されると正直うっとうしい。だが、こちらの攻撃が確実にピスタチオを追い詰めているのも間違いなかった。
    「ふん。これ以上は厳しいか」
     ピスタチオは周囲を見回し、そう呟く。そしてピスタチオが目配せすると、4人の強化一般人達が一斉に集気法でピスタチオを癒していった。
    「!? 一体、何を……」
     静女が異変に気付いた時、ピスタチオが高々と跳躍した。たちまちピスタチオは周囲の住宅の屋根に飛び移り、そのまま逃走を図る。
    「おいおい。取り巻きが残ってても、自分がピンチになったら逃げるのかよ!」
     黒武が想定外の事態に、思わず声を漏らした。事前に逃走経路になり得そうな小道などは調べ上げていたが、屋根の上を逃げられたらそれも意味がない。だがその時、スマホから声が流れてきた。
    『追跡は、任せるでござる!』
     あらかじめ周辺で逃走を警戒していた源・勘十郎(高校生デモノイドヒューマン・dn0169)達が、動いてくれたのだ。事前に用意しておいた同時に複数人通話できるアプリが、効果を発揮しそうだった。
    「ワリィな。俺達もこいつら片付けたらすぐ追うぜ」
     ピスタチオを追わせまいと立ちはだかる4人の強化一般人を睨み付けながら、御伽がスマホを通してサポートしてくれる仲間達にそう告げた。

     逃げるピスタチオを、榎並・柚亜が空飛ぶ箒で上空から追撃する。牽制のフリージングデスが時折屋根の上に雪の華を咲かせていった。
     千代と同じ刺青羅刹の拠点強襲に参加していた諫早・伊織は、屋根の上を駆けて、ピスタチオを追いつつその背に声をかける。
    「引きつけきれんで、挟撃にも迎えんで堪忍な……。けど。あんたらが頑張ってくれたおかげでなんとか成功、できましたわ……。おおきに。今度はこっちが借りを返す番ですわ」
     ピスタチオは二人の追撃を振り切らんと、ますます移動の速度を速めるが、
    「淫魔もいろいろいる……といったところか。説得は縁あるもののほうがよかろうな」
     スマホで連絡を取り合い、ピスタチオの逃走経路を予測して先回りしていた倫道・有無が、結界符を放ってピスタチオの足を封じる。
    「おのれ。ならば!」
     ピスタチオはおもむろに足場になっている屋根へ拳を叩きつけた。たちまち大きく穴を開けた屋根から、屋内に飛び込んでいく。
    「この家の人には手出しはさせない」
     それまで事態を静観していた中々・ねずみだったが、民間人に被害が及びかねない状況についに動き、ピスタチオがその家の人間に危害を与えないよう立ち回っていった。
     やむなくピスタチオはその家の玄関のドアを蹴破ると、再び住宅街に飛び出す。
     だが、そこに待ちかまえていたのは、Chanson d'espoirの仲間達。部長の胡麻本・愛を筆頭に、水野・真火、巳越・愛華、脇坂・朱里の4人だった。
    「貴殿ら……」
    「千代あんた、まさか、入部届を2秒で受理してあげた恩を忘れたって言うんじゃないよねぇ?」
     愛が腰に手を当てて叱りつけるようにそう言うと、
    「氷須田さん……かえり、ましょ? みんな心配していますよ……?」
     真火がそう続ける。
    「千代ちゃん、覚えてるよね? クリスマスに一緒に演奏したよねっ? みんなで迎えに来たの。お願いだから戻ってきて!」
     愛華はクリスマスにクラブメンバーでグルーヴフェスに参加した時の思い出を語り。
    「ぐっ……やめるのだ!」
     千代と親しかった者達の説得に、ピスタチオは頭を抱えて後ずさる。だが、
    「どうやら、追いつけたようね。助けるって決めたんだから、私達だって絶対に退かないわよ」
     そこへ、強化一般人達を退けた紫苑達も駆けつけてきたのだった。

    ●決着と帰還と
    「おのれ! ピンクシャボンスプラッシュ!」
     ピスタチオが、ピンクの泡を飛ばし、活路を切り開こうとする。
    「千代。お前さんに問うぜ」
     シャボンから仲間達を守りつつ、ピスタチオの中で眠る千代に声をかけたのは黒武だ。
    「此処に集まった友達を裏切ってまで現実から目を背けて逃げたいか? そんなにお前にとって今迄歩んできた日々は地獄だったのか? 思い出してみな。友達と過ごした日々の思い出を」
     ピンクの泡を押し返し、黒武は叫ぶ。
    「己の人生を決定するのは己のみ。決断しな、お前の歩む人生をな!」
    「ぐうっ! 黙れ!」
     ピスタチオは拳を振るい、黒武に叩きつけた。その一撃で仰向けに倒れた黒武に、燐が癒しの矢を飛ばす。
    「わたしを助けてくれた恩人の言葉ですが……」
     黒武の治療を終えた燐は、目をピスタチオへ向けた。
    「『日常を望むなら戦うな。日常を護るなら戦え』未だこの言葉の意味は分かってないです。ですが、なんとなくですが……わたしは今『日常を護る』為にこの場に来ていると思います」
    「それが、どうしたというのだ!」
     ピスタチオの叫びが衝撃波となって、周囲を振るわせる。
    「説得は関わりのある奴らに任せるとして……少し黙ってろ」
     そんなピスタチオに、御伽が制約の弾丸を撃ち込み、その動きを封じ込めにかかった。
    「褌のために闇落ちしたわけじゃないでしょ! カビ臭いところで死なないって言ったんだから、褌かぶった変態になることにもNoを叩きつけてさっさと帰ってきなさい!」
     紫苑もまた、制約の弾丸を撃ち込みながら、千代への呼びかけを続ける。
    「その姿を恥と思うのなら、さあ立ち向かいましょう。嘆くことは後にしましょう。今はただ戦う事のみ。生き残ることのみです」
     フィアッセは、クリスマスにChanson d'espoirの皆で歌った歌詞を引用しながら、説得の言葉を投げかけた。
    「千代さんのドラム、聴いてみたい! ……淫魔、貴方はお眠りなさい」
     キッと表情を引き締め、音愛もピスタチオに言い放つ。
    「クリスマスのグルーヴフェスを覚えているか? また、皆で一緒に演奏しようって言ったじゃねぇか。なぁ、氷須田。またお前のドラム聴かせろよ。早く目を覚まして還ってこい!」
     葉月が、グルーヴフェスに皆で演奏した曲を口ずさみ始め、音愛がそれに合わせてバイオレンスギターをかき鳴らした。さらにフィアッセが歌声を披露し、サポートに来ていた愛達Chanson d'espoirの仲間も、それぞれに楽器を奏で出す。
     即興のセッションのメロディが、ピスタチオの心を激しく揺さぶっていく。
    「その曲を、止めるのだ!」
     激昂したピスタチオが、中心で歌うフィアッセ目掛け拳を振り上げるが、
    「フィアッセさん達の邪魔はさせない!」
     燐の放った斬影刃が、ピスタチオの頭の褌を吹き飛ばし、ピスタチオは思わず顔を覆うようにして飛び退いた。
    「千代さんは激戦の中で皆さんを守る為に堕ちたと聞きました……。そんな千代さんの魂が、こんな変態に負けるほど弱いわけがありません! 聞いてください、皆さんの奏でるこのメロディを!」
     静女が縛霊撃で逃れようとするピスタチオを捉え。
    『――辛い運命を蹴散らして先に進もう さあ今を生きよう』
     Chanson d'espoirの演奏がクライマックスに達する。その演奏はソニックビートを刻み、その歌声はディーヴァズメロディとなって、ピスタチオを揺さぶっていった。
    「淫魔さん。滅べとはいいません。しばらくお休み頂きたく思います」
     歌い終えたフィアッセが静かにそう告げた時、
    「うおおおおっ!」
     断末魔の叫びと共に、ピスタチオは仰向けにどうっと倒れ込んだ。見る間にその体が縮んでいき、千代の姿に戻っていく。
    「どうやら終わったみたいだな」
     御伽が構えを解き、
    「やりましたね、フィアッセさん」
     フィアッセと燐がハイタッチする横で、ナノナノの惨禍がふわふわハートで千代を治療していく。
    「まったく、テストうまくサボりやがって」
     口では悪態を吐きながらも、葉月の顔にもやはり安堵の色が浮かんでいて。
     音愛は、千代が目覚めたら「友達になってくださいっ!」と言おうと決めていた。ここから始まる友情って、すごく素敵だと思うから。
     そんな仲間達の様子を、静女が静かに微笑んで眺めていた。
     やがて、千代がゆっくりと目を開くと、その上半身を起こしていく。彼女の目に映るのは、彼女を救うために必死で戦ってくれた仲間達の姿。
    「……届いたよ、みんなのメロディ」
     千代はそう言って、微笑みを浮かべたのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 1
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