白炎狼譚~黒い翼の雪女~

    作者:叶エイジャ

     空に雪。白き化粧は地を覆い、染めるは寝入る人の里。
     遠く望みし崖の上、朽ちて久しき慰霊の塔。時がまどろみ人忘れ、雪に埋もれし様、過ぎ去りし月日のみぞ語る。まるで過去の墓標――
     その前に立つは白き炎の狼。真赤な眼。刃の如き尻尾。
     オオォォォォン……
     天届く咆哮残し、狼去る。残るは石積みの塔と、この世在らざるモノ。白い衣装の幼き女。赤く煌めく光は、古の畏れ。
    『すべて凍えて、滅びればよい』
     月に映えるは黒き翼。鴉のようなその羽先、剣のように鋭く。
     翼がはためいた。木々の幹に羽の剣が突き立つ。刺さった部分から瞬時に霜が覆い、凍てついた木々は氷樹と化す。
     その身繋ぐ鎖が、ジャラリと鳴った。

    「みなさん、お集まりいただきありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は灼滅者たちに声を掛け、そして話し始めた――古の畏れの出現場所を、特定したと。
    「赤い眼に、尻尾が剣みたいなスサノオが生み出したようですね」
     場所は山間部の集落付近。この近辺には雪女の伝承があったそうだ。
    「雪女信奉とでも言うのでしょうか。雪の被害が酷い年は、生贄を捧げる風習があったようです」
     幼き娘を、雪女の仲間へと捧げ、怒りを鎮める。
     実際は、雪の深い谷底へと、崖から突き落とすのだそうだ。それで心の平穏を保ったのかもしれないが、生贄にされた者は死に、動物がその屍を食したという。
     カラスが、よく飛んでいたそうな。
    「やがてそれも悪習として行われなくなり、崖の近くには鎮魂の塔が建てられたようです。それすら遥か昔の事なので、口伝や僅かな記録に残る程度のようですが」
     幼き命の非業、忘れるならば災いとなって訪れるだろう――
     最後に締めくくられた一文に従うかのように、現れた古の畏れは付近の人里を襲うだろう。
     それを、阻止する必要がある。
    「現れた古の畏れは、伝承の雪女のような姿をしています。それと、背中には鴉のような黒い翼があります」
     翼といっても、空高く飛べるわけではない。低空を浮遊し、高速で動くために使う程度のようだ。
     また、その翼を構成する羽は剣のように鋭く、単体でも殺傷力のある斬りつけを行うほか、羽を無数に飛ばしてくる。突き立った箇所は、相手が灼滅者でも徐々に凍結していくようだ。
    「二刀流の剣士と思えば、いいかもしれません。見た目が幼いですが、戦闘能力はかなり高いでしょう」
     また、足場は深い雪だ。深さは膝丈ほど。サイキックを扱う灼滅者たちの戦闘には僅かな障害かもしれないが、悪影響を及ぼす可能性はある。
    「気になる時は、攻撃範囲の広いサイキック4回ほど放って散らして下さい。以後支障はなくなります」
     ただし雪を狙うので、その分古の畏れへの攻撃は減じてしまう。とはいえ相手は地面から浮遊できるので、地の不利は灼滅者のみ。
     この状況をどうとらえ、実際にどうするかは、灼滅者たち次第だ。
    「古の畏れ自体も強く、足場のことも含め長期戦の可能性があります。それでも全員無事に帰ってこれると、信じています……そういえば」
     慰霊の塔から少し離れた所に、この時期に咲く白い花があるそうだ。群生しているそうだが、かつては一輪、塔の前に置いたり、崖から投げることで供養の意を示したそうですよ。
     そう言って、姫子は灼滅者たちを見送った。


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    姫宮・杠葉(月影の星想曲・d02707)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    真白・優樹(あんだんて・d03880)
    穂照・海(火照火威・d03981)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)

    ■リプレイ


     三月。寒さが和らぎ、やがて春となる時季。
     しかしその山を覆うのは、厚い雪の衣だった。注ぐ月光は、夜の底へ幽火を灯す。風はない。穂照・海(火照火威・d03981)は己が吐く息を見つめた。寒冷に適応した身体が寒さを感じる事はないが、聞こえるのは自らと仲間が雪を踏みしめる音のみ。
     このような場所に、古の畏れ――烏の翼をもった雪女が現れるという。
    「一体何のために……」
     分かっているのは、人里を襲うことだけ。あるいは生み出したスサノオの知るところかもしれないが……
    「またスサノオ。本当、どこにでも湧いてくるね」
     真白・優樹(あんだんて・d03880)は帽子に手をやり、雪を払う。微かに雪が降っていた。粉雪は音もなく、山の衣を厚くしていく。風宮・壱(ブザービーター・d00909)は慎重に歩を進めた。防寒・防滑対策はしていても、注意は怠れない。
    「にしても、こっちの雪はまだすごいのな」
     標高と立地のせいだろうが、積雪と山登りの組み合わせは灼滅者でなければ諦めているところだ。生命の息遣いも聞こえない。雪に塗りこめられ、景色は時が停止したようだ。
    「こうやって雪で見えなくなるように、忘れられていくんだろうな」
     幼くして生贄となった娘たち。その事実が、時間により忘れられていく。かつてバベルの鎖により、友人知人から忘れられた経験のある壱としては、なんだかやるせない。
    「ドイツで言うところの、魔女狩りみたいなものデショウカ? 悲しい話デス」
     笑顔を曇らせたローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)は、ビハインドのベルトーシカを見やる――娘を亡くした母の気持ちはいかほどのものか、と。
    「村を救うべき贄が時を経て村を襲う。スサノオの仕業とはいえ、皮肉なものに御座いますね」
     下駄で雪を踏みしめる書生服は橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)。詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)がその様を見て僅かに目を細めた。
    「あんた『遣り合う為』って言ってたけど、その下駄で戦うつもり?」
    「そのまさかですよ。雪下駄なので御心配なく」
     迷惑はかけませんよ、という言葉に華月は身を翻していた。実戦で証明するべし――黒衣の背が語る雰囲気に、九里も微苦笑する。その様子を横目にしていた詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)は、つと空へと視線を移した。
    「……翼があるのは、ここから出て行きたいという想いが表れたのかもしれませんね」
     傾斜の続く道は終わり、そこは行き止まりだ。遠くを望める崖にあるのは石塔と、それを埋めようとする汚れなき雪肌。
     そしてその新雪に影のみを下ろす、巨大な黒翼を持った古の畏れ。
    『人の子か』
     外見は真白の衣を着た、十歳ほどの少女だ。空からゆっくりと降下し、凍てつく視線で灼滅者たちを見やる。
    『生きとし生けるもの皆、ついえよ』
    「何処にでもある悪習の一つ、ね」
     突き刺すような殺意に対し、姫宮・杠葉(月影の星想曲・d02707)は変わらぬ声音だった。長き年月の末、皮肉にも害を成す存在として現れた悲劇の逸話。だが忘れられるのも、これから新しい犠牲者が出るのも、等しく悲劇でしかない。
     なら、今自分たちが出来ることは――
    「その悲しき因果の鎖を、ここで断たせて貰う」
     杠葉の言葉に、雪女が翼を打ち振るわせた。舞い上がるその身から羽が高速で撃ち出され、宙を疾った。


    「どういうつもりだ?」
     海が疑問を口にする。剣のように鋭い無数の羽は、灼滅者たちを避けるように左右の森へと吸い込まれていく。羽剣が木々を破壊する音が響き渡った。
     攻撃は止み――しかし一向に消えぬ音に、全員が敵の思惑を理解する。
     即座に前へ、跳ぶ。
     直後、轟音と共に左右から倒れてきたのは大木だった。羽剣で幹を削り取られた木は次々と自重で倒壊し、灼滅者たちが居た場所を押し潰してしまう。
    「なるホド。雪の深さを事前に知ってないと、危なかったデスネ」
     そう納得顔のローゼマリーは、膝まで雪に埋まっている。他の灼滅者たちも同じだ。戦域の周囲は、地面が急に低くなっているらしい。支障は軽微。だが仮に知らずにはまり、一瞬でも気を取られていれば――次の攻撃が大打撃となっていただろう。
     見上げた空から降ってくる、剣の雨。
     鋭く、突き立てば凍結する羽先を、ローゼマリーの展開した広域障壁が弾いていく。
    「来た……!」
     同じく緑に輝く障壁で前衛を守った壱の目が、急降下してきた古の畏れを捉えた。速い。地面すれすれの低空飛行で、間合いを瞬時に消してくる。壱の展開する障壁が色を変えた。灼熱色のグローブから燃えるような橙色が雪夜に輝き、雪女へと迫る。
    『――同情か?』
     雪女の呟き。障壁の拳は黒い左翼によって止められている。刃物のように硬質な輝きが、橙の障壁と火花を散らした。
    『だが遅い。死んだあの娘らは還らぬ。喜びもせぬ』
     声に嘲りはない。翼の凶器を押しこみながら、冷たい目で告げる。
    『故に意義なく無に帰すなら、すべて等しく滅びよ』
     右翼が一閃し、雪に朱が降りた。壱が咄嗟に反応するも、足場が悪ければ万全な守備とはならない。吹き飛ばされた壱が立ち上がるより早く雪女は追撃を仕掛ける――刹那、急制動を掛けて止まった。その眼前では漆黒の鋼糸が、月光を鈍く反射している。
    「おや残念。月も粋な悪戯をしますねぇ」
     髪と血を、呪力で紡ぎし濡烏――鋼糸を手繰る九里の口が、歪な三日月型に裂けた。たおやかに動く指に従い、鋼糸は雪女へと幾重にも巻きつく。九里は丸眼鏡をずり上げた。
    「恨み辛みは生きてるうちに晴らすもの。今更蘇り、誰に復讐するというのですか?」
     僅かに自嘲を孕んだ問いに、雪女は動じることもなく『決まっておろう』と返した。
    『誰でも良い』
     優樹が反応できたのは直感に近かった。定めていた攻撃の射線を雪女からその前方へと変え、ギターから音の衝撃波を紡ぎだす。金属と金属をこすり合わせたような、耳を塞ぎたくなる音が響いたのは、まさにその時。
     雪女の、鋭い羽根を備えた翼が震え、絶叫のような音を発した。高振動刃と化した翼が鋼糸を斬り、縛めを解く。続いて巻き散らされた羽の弾幕は、しかし優樹のソニックビートが撃ち落とし、相殺した。音波はさらに雪女へと襲い、その態勢を乱す。
     縛霊手へと切り替えた優樹が、そこへ雪を蹴立てて肉薄した。彼女の青い瞳と、古の畏れの冷たい瞳が交差する。霊力を込めた雪花の拳と、防御にと重ねた両翼が激突した。
    「傷口を。治癒を始めますよ」
     起き上がった壱に沙月が雪をかき分け、駆け寄った。翼で斬りつけられた傷から氷が浸食している。沙月は取り出した符から癒しの力を引き出し、傷を塞いでいく。
    「沙月センパイ、サンキュ」
     険しい表情が和らぎ、血色を取り戻した壱はその時、足元の雪の変化を感じとった。
     突如風が渦巻き、雪が舞い上がる。
    「月風奏でし星奏曲……楽しき修羅の宴を始めようか」
    「――!」
     杠葉と華月による鏖殺領域。その身から膨れ上がった黒い殺意とともに、振るった武器からサイキックエナジーが迸った。全周囲へと拡散していく黒の波動はとどまることなく、戦場に積もった雪を吹き散らした。
     黒と白の爆発が、全員の視界を染めていく。


     白の瀑布は、優樹から距離を取った古の畏れの視界をも塞いだ。その背後へと、一瞬のうちに華月は回り込んでいる。味方からも覆い隠された白い世界の中で、赤い瞳が好戦的に輝いていた。慈悲も大義もなく、ただ貫き殺すだけ――その手にもつ血色の槍が霞んだ。紅の穂先は翼を突き破り、砕けた羽が舞う。
     手応えは、浅い。華月は躊躇なく後退した。その身を翼の切っ先が掠め、血の筋が流れる。追いすがるように放たれた羽剣の驟雨に、華月は槍を旋回。片手槍は襲い来る刃をことごとく打ち払った。
     その頃には、雪女は上昇し、槍の間合いから逃れている。両翼にずらりと並んだ剣の切っ先は、華月へと向けられていた。
    『終わりか? なら死ぬとよい』
    「まだ終わりじゃないわよ」
     華月の言葉が古の畏れに届くか否か――まさにその瞬間。空を飛ぶ雪女の上方、白の帳を破って杠葉が現れた。
     急降下するその小柄な身が振るうのは、鋼糸の煌めき。
    「地に伏せて悔いるといい」
     飛べるというアドバンテージは、上方警戒を疎かにするという慢心を生む――  杠葉の狙い通り、攻撃直前だった雪女が反応するも、迎撃には程遠い動きにしかならない。虚にして死角――鋼糸は斬撃となって雪女の翼へと奔った。火花が鮮血のように舞う。杠葉の速度と、落下による重さを加えた一撃が、雪女を地面へと落とした。
     舞い上がっていた白が消える。
    『なるほど、これが意志に反して落ちる感覚か』
     その残滓を斬り裂いて飛翔する羽が、続く前衛の連携を断ち切り、朱を散らした。ローゼマリーが片膝をつく。腕へと突き立った羽を引き抜きながら、苦痛より勝る闘志で古の畏れを見据えた。
    「今の集落の人達は関係ないデショウ? 立派な慰霊の塔もあるので、お引き取り願えマセンカ?」
    『そして朽ちて消えろと? 忘れぬ証として建てた結果が、これだ』
     冷笑――初めて感情らしきものを浮かべ、雪女は視線を石塔へと向けた。訪れる者もないまま長く風雨にさらされ、後世に伝えるため刻まれた文字も潰れた部分が目立つ。
    『我は墓標か? そうであるなら、あの子らの悲しみを知らしめ、天呪を全うしようぞ!』
    「犠牲者たちのために新たな犠牲を出してでも、というところか」
     海はそれも善し、と頷いた。たとえ矛盾を含んでいようと、そも正気では戦えぬ。
    「ならばこちらも、さらに狂おう」
     十字の剣に炎を宿らせて、海が駆けた。鏖殺領域によって雪は散り、足枷はすでに無い。雪女は自らの翼に手を伸ばし、羽根を一つ引き抜いた。それを構えた頃には羽根を氷が覆い、長大な氷槍と化す。
     投じられた槍を、海は両断すべく剣を構え――そして目を見開いた。亀裂の入った氷槍は細かく砕け、無数の矢じりに変わったのだ。剣を振るえど突き抜けた攻撃が海の身体を抉り、血飛沫を立て続けに生み出していく。
     それでも、海の歩みは衰えない。どころかさらに速度を増して、雪女を剣の間合いへと捉える。
    「汝が氷なら、我は炎」
     傷口から流れる血に紅蓮が灯った。まるで翼のように広がった炎は、掲げた十字剣へと収束し――振り下ろされる。
    「この『火照』を止めること能わず!」
    『……!』
     膨大な熱量を吐きだす炎刃を黒翼で受け止めた雪女の表情が、強張った。
     爆炎が舞う。
     衝撃波に吹き飛ばされた海が地面を転がった。優樹がすかさず祭霊光の力を放ち、傷の処置が行われる。
     そして、古の畏れは。
    『折れたか』
     消えぬ炎の力に腕を蝕まれながら、その瞳は傍らに突き立つ巨大な翼を見上げていた。
    『あの子らの、恐怖と希望の象徴が』
    「やれやれ、お優しい事に御座いますねぇ」
     九里はその凶相にやや苦笑を混ぜた。
    「死と言う解放を迎えた彼女たちを、これ以上この世にしがみ付かせてどうなるというのです」
    『黙れ!』
     雪女への人身供犠となった娘たち。その話から成る逸話の化身が、突き立った翼を持ち、薙ぐ。だが、もう限界に近いのだろう。翼から射出した羽の一群は九里の鋼糸に、投じられた符が展開する防護結界に、完全に弾かれた。
    「理不尽に命を奪われて……苦しかったですよね、悲しかったですよね」
     沙月が穏やかな目で言葉を紡いだ。
    「でも、もう貴女も一人で泣かなくて良いんですよ」
    『我が欲しいのは、同情でも慈悲でもない!』
     雪女の激昂とともに顕現した氷槍が飛翔。沙月の身体を貫く――寸前、紅い軌跡が槍を砕き、氷塊へと変えた。
    「沙月、前に出過ぎ」
     華月が槍を振って氷の欠片を落とす。入れ替わるようにして杠葉が、正面から古の畏れへと挑んだ。雪女の片翼が唸りを上げ、凝縮した魔力を湛えた杠葉と交差する。轟音が響いた。
    「刹那の炎華――貴女に送る手向けの花よ」
     僅かな血の流れは杠葉の腕から。崖の際まで飛び退った古の畏れの片翼は、魔力の過剰供給によって半ば消し飛んでいる。
     起き上がり様冷たい瞳が見たのは、盾の輝き。
    「同情だけじゃない。慈悲だけじゃない」
     雪女の手から弾かれた黒い翼が、崖の下へと落ちて行く。
    「教えてほしいんだ。例え欠片でも」
     壱の言葉は、もう戦闘中の響きではない。事実、戦いはもう終わっていたのだろう。消滅の始まった己の身を見つめ、雪女は肩をすくめたようだった。やがて何かに気付いたのか、壱に向かってどこか皮肉めいた笑いを見せる。
     吐かれる言葉には、冷たい響きがある。
    『では若輩に教えようか――弱い者、優しい者から死ぬ』
     直後、壱は地面が動くのを再び感じた。崖の際に積もった雪が、その重みに耐えきれず滑りだす。壱は雪女とともに崖から落ち――そして必殺の間合いで古の畏れが氷の槍を生み出した。
     風が鳴った。身体を重力が捉える。雪女は壱の盾に、槍を押し当てた。
    『そして忘れれば繰り返される……解釈は任せるぞ?』
    「――!」
     衝撃に上空に吹き飛ばされ、落下。壱が地面に叩きつけられた。立ち上がり、今一度下をのぞき込んだ時には……
     もう、何も見えなかった。
     暗い底から吹き上がる風は、冷たかった。


     石の塔に積もった雪が、静かに払われる。
    「自分の想いを誰かに知って欲しくて、かれらは現れるのかもしれないな……」
     名もなき白い花を供え、海はだれともなしに呟く。杠葉もまた、白き花と共に冥福を祈った。
    「知った以上、私は貴女達の存在も忘れないよ」
     どんな過去も乗り越え先へと進む――その決意を、杠葉の青い瞳は湛えている。
     同じくローゼマリーも塔に花を置き、手の中のもう一輪をベルトーシカとともに崖から投げ入れた。十字を切る。
    「細かい作法は知りマセンガ、心カラ哀悼の意を表シマス」
     白い花は、風の中を舞うように、ゆっくりと落ちて行く。
    「……苦しんだ分、生まれ変わった時は幸福になりますように」
    「沙月?」
     幾人もの命が散った崖。吸い込まれそうな闇をじっと見つめる姉の横顔に、華月は声を掛け――そして口をつぐんだ。返ってきた笑顔が、明るすぎたから。
     脆くも強い絆。そんな姉妹の背から視線を外し、九里は空を見上げた。風に乗った花の一つが遥か上を舞っている――あの子は生きて、鳥のように飛んでいくのか。
    「雪は去り、漸く春を迎える……といった所でしょうかね」
    「そしたら、谷底にも沢山花が咲いてるだろうな……俺はそう思うよ」
     それはきっと、眠る人へと手向けられた想いの数。壱の手から風が花弁をさらい、遠くへ運んでいった。優樹の花も、また。
    「綺麗な星空だね」
     優樹は胸に当てていた赤い帽子をかぶり直した。雪はやみ、瞬く星は群生する花のようだ――彼女らの魂もまた、あの中にあるのだろうか?
    「どうか、安らかに」

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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