扉の向こうに守り神

    作者:春風わかな

    『わぉぉぉぉ……ん』
     町外れの古い屋敷で犬のような遠吠えが響く。
     と、同時に薄ぼんやりと白い炎が灯った。
     白い炎は一箇所に集まると1匹の獣のような姿へと変える。
     ――見た目はオオカミに一番近いだろうか。
     雪のように透き通った毛皮に紅い瞳。
     首には金色の鈴がついた立派なしめ縄飾りのようなものを付けていた。
     その獣は堂々とした様子でゆっくりと塀の割れ目から庭へと入っていく。
     そして、無人の座敷をじっと見つめた。
    『わおぉぉぉ……ん』
     獣は再び遠吠えをあげる。
     シャラン、シャラン……。
     澄んだ鈴の音が雪が降り積もった庭に響いた。

     ゆっくりと目を開けるとそこは見慣れた部屋だった。
     立ち上がって襖に駆け寄りガラリと戸を開ける。
     庭の椿は満開で、うっすらと被った白い雪とのコントラストが美しい。
    『……』
     自分は何をしたかったのか。さらさらの黒い髪を揺らし、少女はこてんと首を傾げた。
     ――そうだ、この家を守らなくちゃいけないんだった。
     すぐに目的を思い出し、少女は再び床の間へと戻る。
     いつの間にか足についている鎖が重い。
     こんなのあったっけ? と不思議に思うがすぐにどうでもよくなった。
     自由に動けないのなら動かなければいいだけだ。

     少女は膝を抱えじっと床の間に座っている。
     ――この家へやってくる人間を、排除するために。

     教室に集まった灼滅者たちを前に、久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)はいつもと変わらぬ調子で切り出した。
    「スサノオ、見つけた――」
     過去の事件同様、スサノオは『古の畏れ』を呼び起こそうとしている。異なる点は、その際にスサノオと接触できること。スサノオと因縁を持つ灼滅者が多くなったことで不完全ながらも介入が可能になったようだと來未は説明した。
     スサノオが現れるのはまだ雪が残る町の外れにある古い大きな屋敷だ。
     ここにいる『古の畏れ』は座敷童子。
    「スサノオに、接触できるタイミングは、2つ」
     1つ目はスサノオが座敷童子を呼び出そうとした直後に襲撃を行う作戦。
     この時6分以内にスサノオを撃破できなかった場合、座敷童子が出現し、スサノオの配下として戦闘に加わることになる。また、座敷童子に戦闘を任せて撤退してしまう可能性もある。――ゆえに、短期で決着をつける必要がある。
     2つ目はスサノオが座敷童子を呼び出し、去っていこうとするところを襲撃する作戦。
     座敷童子からある程度離れた後にスサノオを襲撃すれば、2体を同時に相手にする必要はない。
     ただし、スサノオとの戦闘に勝利した後には座敷童子が待っている。
     家を守るという使命に囚われた座敷童子は屋敷にやってきた人間に対し問答無用で襲い掛かる。
     このままではこの屋敷を管理している老夫婦が犠牲となってしまうため、この座敷童子も灼滅しなくてはいけない。
     この作戦を選んだ場合、スサノオとの戦いに時間制限はないが必ず連戦となるため対策が必要だ。
    「どちらの作戦を選ぶか、あなたたちが、決めて」
     一呼吸つくと、來未はスサノオについて詳細な情報を語りだす。
     首にしめ縄飾りと金の鈴をつけたスサノオは炎と音を操るという。
     広範囲に炎の雨を降らせ、狐火を操って作った結界は敵の行動を阻害する。
     また、大きな唸り声は音の波となって敵に襲いかかり、遠吠えは自身の傷とBSを回復する。
     なお、スサノオは神秘に特化しており神秘サイキックは当てづらい。
     作戦1の場合はキャスター、作戦2の場合はディフェンダーとなって襲い掛かってくる。
     一方、座敷童子は影業とリングスラッシャーによく似たサイキックを使用し、術式による攻撃が得意なようだ。故に術式サイキックは当てづらいだろう。
     ちなみに、戦闘時のポジションはクラッシャーで弱っている敵を見極めて攻撃をするので注意が必要だ。
     來未は一瞬ためらった後、きっぱりと告げる。
    「スサノオを倒すのは、今が、チャンス」
     一気に攻撃を集中させて短期決戦を狙うか。
     それとも連戦を見据えて長期戦の構えをとるのか。
     どちらを選んでも厳しい戦いが待っているのが視えたが――。
     來未は灼滅者をじっと見つめ、ぽそりと呟いた。
    「あなたたちが選んだ道を、信じてる」


    参加者
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    小塙・檀(テオナナカトル・d06897)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    柴・観月(サイレントノイズ・d12748)
    三和・悠仁(モルディギアンの残り火・d17133)
    リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)
    レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)
    ターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)

    ■リプレイ


     シャラン、シャラン。
     澄んだ鈴の音色に重なるように何かがぶつかるような音が響き渡る。
     五月蠅いと言いたげに少女はちらりと視線を襖に向けた。
     ぴたりと閉じられた戸の外は何も見えない。
     ――屋敷の外だし関係ないな。
     少女は小さく溜息をつき足元の鎖を手繰り寄せた。

     シャラン、シャラン。
     白い獣は首についた金色の鈴を鳴らし真っ白な雪の上を舞うように素早く跳ね回る。
     獣の動きに合わせて焔の雨が三和・悠仁(モルディギアンの残り火・d17133)たち後衛に向かって降り注がれた。
     前にもこんな景色を見たな、と悠仁は記憶を辿る。あの時は哀れな町娘が降らせていた炎の雨をこの獣も操るのか――。
    「まぁ、いいんですけど、ね」
     悠仁は縛霊撃でスサノオを殴りつけた。網状の霊力がスサノオを包み込み、まとわりつくようにぎゅっと縛り付ける。今、やるべきことはスサノオを倒すだけ。
     火の雨を浴びた身体はターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)が夜霧を展開して癒してくれた。傷は痛むが炎は消えたので問題ない。
     『古の畏れ』を復活させたスサノオが屋敷から出てきたところを待って灼滅者たちは戦闘を挑む作戦をとることにした。
    (「従えるでもなく、ただ妖の類を起こすだけ、なんですよね……」)
     ドリルの如く高速回転させた巨大杭打機をスサノオに撃ち込む小塙・檀(テオナナカトル・d06897)は独りごちる。
    「一体、何が目的なのでしょう?」
     しかし檀の問いに応える者はいなかった。
     炎と音を操る鈴のスサノオは灼滅者たちを纏めて攻撃する技に長けており、護りも硬い。
     先程から何度も攻撃をしているが変化を見せる兆しは感じられない。
     だが、やっと手に入れたスサノオと対決するチャンス。しっかりここで仕留めねば、とリアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)はぎゅっと武器を握りしめた。
     小柄な身体をくるくると独楽の様に回し、リアナは機械仕掛けの槍――【トンボキリ】を大きく横に薙ぐ。
    「ぶっ飛べっ!」
     ポニーテールにしたリアナの赤い髪が、ふわりと空になびいた。
     彼女と入れ違うように殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)と西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)の2人が連続して異形化した巨大な手をスサノオに向かって振り下ろす。
    「わしらも全力でお相手さして頂きますけぇの」
     レオンの呟きに応えるかのようにスサノオはぱたりぱたりと尻尾を振った。
     ぼぉっと小さな狐火がいくつもレオンたちの周りを囲むように浮かび上がる。
    (「――あ、危ない」)
     柴・観月(サイレントノイズ・d12748)の身体は仲間を庇うために自然に動いていた。
     行動を阻害するように身体に纏わりつく狐火を振り払い、観月は黒い影で作った触手を伸ばす。
     黒く蠢く影の手から逃れようとするスサノオの背後でレイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)の明るい声が響く。
    「おーっと、残念、逃がさないよっ!」
    『ぐるるるる……』
     スサノオの低い唸り声が白い雪に吸い込まれるように響き渡った。


     熾烈な戦いは休む間もなく続いている。
     ターニャは回復に専念せざるをえなかったが、観月と千早、2人の護り手たちが盾になることで灼滅者たちは誰一人欠けることなく戦いに集中することが出来たのは幸いだった。
     檀の影の先端が鋭い刃へと変わりスサノオの白い毛皮を斬り付け、リアナは【トンボキリ】を手にスサノオへと突撃する。
    「貫、穿て――!」
     しかし、灼滅者の猛攻も致命傷には至らない。
     スサノオはひらりひらりと身軽に雪の上を跳ねるように動き回ると、黙れと言わんばかりに激しく尻尾を振り勢いよく焔の雨を降らせた。

     一層増した騒々しさに眉をひそめ、少女は再びぴたりと閉じられた戸に視線を向ける。
     もちろん先程と同様、外の様子は何も見えない。
     時折聞こえる獣の声はどこかで聞いたような気がするが思い出すまでもないと考え直した。
     五月蠅いのは不愉快だが、外界は自分には縁のない世界。
     ――そう、この屋敷に入ってこなければ。それで良い……。

     江戸時代の町娘、狐の花嫁、妖怪猫又、そして今回は座敷童子。それは、これまでこの鈴のスサノオが呼び起こしてきた『古の畏れ』たち。
    「彼らを呼び起こす目的は何だ?」
     問いかける千早に答えるかのようにスサノオは再び低い唸り声をあげる。
    「くっ……」
     不快な旋律に包まれ、千早が苦しそうに顔を歪めた。
     傷を癒そうとする観月を制し、千早はゆっくりと口を開く。
    「答えは期待していない……。目的はともかく、目論見は潰させてもらう」
     言い終わるや否や千早の足元から黒い影が伸びていった。触手のようなものに姿を変えた影がスサノオの体に纏わりついて自由を奪う。
     影から逃れようともがくスサノオを見た悠仁は好機と悟った。動きの鈍ったスサノオの死角に回り込むと素早く足を斬り付けその腱を断つ。
     レイッツァも異形化した巨大な腕を振りかぶると戦闘の疲れなど微塵も感じさせない明るい声をあげた。
    「せっかくのチャンス、見過ごす人なんていないよねぇ~」
     大きな音とともにスサノオが地面に打ちつけられたが、まだ白い獣は立ち上がる。
    『わぉぉぉぉ……ん』
     傷ついた体からは信じられないくらいしっかりとした遠吠えが周囲に響いた。
     
     スサノオが遠吠えをあげる頻度があがったことに気付き、ターニャは仲間たちへ声をかける。
    「戦況は私たちに有利だといえよう。だが最後まで気を引き締めていくぞ」
     スサノオの攻撃が減った今、彼女も仲間の傷を癒す必要はない。ターニャは手のひらに集めたオーラをスサノオに向けて撃ち放った。
     レイッツァの注射器が毒薬を注ぎ、檀の巨大杭打ち機が唸り声をあげてスサノオの肉体を捻じり切る。
    「古の畏れを呼び出す者よ」
     レオンがスサノオへと厳かな声で呼びかけた。そして、オーラを拳に集結させると目にも止まらぬ速さで連打を繰り出す。
    「おぬしはここにおるべきじゃない」
     だが、白い獣は応えない。
     息も絶え絶えのスサノオは傷を癒すために最後の力を振り絞って遠吠えをあげようとする――が、その身体はビリリと痺れたように動けなかった。パラライズが発動したのだ。
     シャラン、シャラン。
     綺麗な鈴の音が青い空に吸い込まれるように響く。
    (「あれを……あの鈴を、壊すのか」)
     星飾りの付いたロッドをくるくると回す手を止めた観月は、黒ぶち眼鏡の奥の瞳を細めじっとスサノオを見つめた。
     誰であろうが何であろうが、同じ、同じ――。
    (「また、眠ってもらおう」)
     観月は巨大な鬼の腕へと変わった自身の腕をスサノオ目掛けて振り下ろす。
    「今度は、もっと良い夢を見れるといいね」
     シャララン、と金の鈴が鳴ったのを最後に白い獣が起き上がることはなかった。


     あれ? と少女は首を傾げながら、たたっと襖の傍へと駆け寄っていく。
     先程までの騒々しさがぴたりと止んだ。
     静かになってくれたのは嬉しいが、なんだか胸騒ぎがする。
     そぉっと襖を開け隙間から恐々外を覗いてみるが何も変わった様子はない。白い雪を被った赤い椿が一輪だけひっそりと咲いていた。
     ――なぁんだ。
     パタン、と襖を閉じて少女は床の間へと戻って行く。
     この家に誰かが入ってくるのではないかというのは杞憂のようだ。
     ――よかった。
     少女は自身も気づかぬうちにほっと胸を撫で下ろしていた。
     ――だって、誰かがこの家に入ってきたら。私は、その人のことを……。

    「結局あのスサノオってさ、本体の一部にすぎないんだよね~」
     はぁっと溜息をついたレイッツァが面倒くさそうに肩をすくめる。
    「なかなか本体にたどり着けないなぁ。ま、その前に座敷童子なんだけど、ね」
     よっ、と勢いをつけて立ち上りレイッツァはぐるりと屋敷を見回した。
     そろそろ10分経過しただろうか。
     時間を確認すると観月がぐるりと仲間を見回して口を開いた。
    「みんな、まだやれるよね?」
    「もちろんですっ!」
     元気よく立ち上がったリアナを筆頭に全員が大きく頷く。
     心霊手術によってスサノオ戦でのダメージは9割を超えるまで回復させることが出来た。
     これならば座敷童子との戦いにも不安はない。
    (「それにしても、寒いなあ。春も近いって言うのに」)
     吹き付ける冷たい風に顔をしかめ、観月は無意識のうちにコートの襟をしっかりと合わせる。
    「準備もできたようじゃ、それでは行くかのう」
     学生帽を被り直したレオンの言葉に頷き、檀は屋敷に向かって軽く頭を下げると静かに入り口の戸を引いた。
     ガラリと開いた戸の奥は暗く、何かがいる気配は感じられない。
     ターニャの灯りを頼りに灼滅者たちはゆっくりと屋敷へと入っていった。無人の家にしては埃も少なく室内がきちんと片付いているのは管理人夫婦がこまめに手入れをしているからだろう。
    「座敷童子はこの家を守りたかっただけ、なんでしょうね……」
     背比べの跡と思われる柱の傷を撫で、檀はこの家に住む守り神に想いを馳せると同時に家へ踏み込まざるをえなかった事情を詫びる。
    「座敷童子がいるのは床の間だったな。この部屋ではないだろうか」
     ぴたりと閉じられた襖を指差したターニャの言葉に一同は足を止めた。
    「――開けるよ?」
     皆の準備が整ったことを確認し、レイッツァが勢いよく襖を開け放った、その瞬間。
    「う、わ……っ!」
     闇と見紛うほど深く暗い影が鋭い刃となって襲い掛かる。
    「くっ……!」
     間一髪レイッツァと影の間に身を滑り込ませた千早を真っ黒な影の刃が切り刻んだ。
    「家は、人が形作るもの。……その人を排除しようとは」
     鋭い眼差しで座敷童子を見つめる千早をターニャが回復するが傷は深く。観月が作り出した小さな光の環が千早の傷を癒すと同時に彼を守る盾となる。
    「Schwert, Glanz!!」
     【鬼切丸】を振り被ったリアナが上段から座敷童子に向かって斬り付けた。
     だが、座敷童子は大太刀に怯むことなく真向から受け止めんとする。
     その隙をついてレイッツァが鬼神変で、レオンはフォースブレイクで交互に敵を殴り飛ばした。
     ――やめて!
     すぐさま体勢を立て直した少女は駄々を捏ねる子供のように首を横に振る。小さな光輪が千早に狙いを定めしつこいくらいに纏わりついた。
    「……」
     光と影を操る少女を悠仁は黙って見つめている。
    「この家に入り、戦いを挑む私たちの姿は貴女にどう映っているのでしょうね」
     どうであれ、採るべき道は一つしかない。
     妖気で作った冷気のつららを撃ち込み、悠仁は冷めた視線を座敷童子に向けた。
    「……殺り合うだけですけど、ね」


     ――もう、嫌だ。
     金切声をあげる少女の動きに合わせて黒い影が侵入者に向かって伸びていく。
     この屋敷から立ち去ってさえくれればそれでいいのに。
     しかし、この侵入者たちには出て行く気配は全く感じられない。
     ――……お願い、早く出て行って。
     力で排除する術しか持たぬ少女の願いに応え光の輪が侵入者を切り刻んだ。

    「あなたは、この家を護りたいだけなんですよね……」
     【ジェミニッシュコード】を操りながらリアナが目の前の少女に優しく語りかける。
     心地良い和音を奏でるように動くリアナの影が座敷童子を飲み込まんと大きくぱっくりと口を開けた。
    「ですが、あなたの手段を許すわけにはいきません」
     可愛らしい外見とは裏腹に好戦的な座敷童子の容赦のない攻撃は続く。
     敵は弱った者を狙う性質ゆえ、仲間を庇う機会も多い護り手の2人に座敷童子の攻撃が集中していた。
    (「今ここで私が回復の手を休めるわけにはいかない」)
     スサノオ戦に続きターニャはひっきりなしに夜霧を展開して仲間たちの傷を癒す。しかし、一撃が重い座敷童子の攻撃は夜霧による回復だけでは十分とは言い難い。
    「千早さん、無理しないで」
    「大丈夫だ観月。これくらいの傷、まだいける」
     序盤から積極的に観月がターニャの支援をすることで何とか戦線を維持していたが傷つく者が増えるとそれでも間に合わなくなってきた。
     このままでは拙いと察した檀が仲間たちに聞こえるように声を張り上げて宣言する。
    「あ、柴さんの傷は俺が回復します!」
    「小塙殿、助かる。感謝だ」
     縛霊手の指先から放たれた癒しの光で観月の傷を回復する檀を横目にレイッツァはマテリアルロッドを振るう。
    「攻撃は僕たちに任せておいて!」
     レイッツァがロッドで座敷童子を殴りつけると同時に膨大な魔力がその身体に流れ込み、体内で勢いよく爆ぜた。
     だが、その衝撃によるダメージに顔色一つ変えることなく、座敷童子はただ無言で灼滅者たちをじっと見つめる。
     座敷童子が攻撃の標的として選んだのは――黒ぶち眼鏡の少年。
     それに気が付いた千早が一歩を踏み出すよりも早く、観月は座敷童子の足元から伸びた黒い影に飲み込まれた。痛みに意識を失いかけるも魂の力を振り絞って立ち上がる。
    「キミの、鎖を、解く……」
     神秘的な観月の歌声に包みこまれ、座敷童子は咄嗟に両手で耳を塞ぎ悲鳴をあげた。
     すると座敷童子の悲鳴に反応して7つに分裂した光の輪が目にも止まらぬ速さで前に立つ4人に襲い掛かかる。
     その背でレオンを庇った千早はぜえぜえと肩を上下させながらも必死に立っていた。
     ……だが。
    「ごめん……」
     身を盾にしてリアナを庇った観月が小さな呟きとともに糸が切れた人形のようにどさりと床に崩れ落ちる。
    「くっ……」
     千早は悔しそうに闇色の影を纏ったロッドを座敷童子に向かって打ち下ろした。
    「座敷童子よ、お前は福をもたらす存在じゃなかったのか?」
     千早の問いかけに座敷童子は何も応えない。しかし、肩を大きく動かしながら息をするその姿を見て悠仁は敵の体力もわずかであると悟る。
    (「……このまま、一気に攻め込みましょう」)
     悠仁の撃った白く透明なつららと、ターニャの放った紅蓮の炎が雨のように座敷童子に降り注いだ。
     声にならない悲鳴をあげてもがき苦しむ少女の姿を見てレオンはそっと視線を伏せた。
    (「座敷童子は本来吉兆ともされるもののはず。それが……」)
     鎖に繋がれて屋敷を守るためだけに戦う『古の畏れ』にレオンは静かに語りかける。
    「座敷童子……いや、この家の守り神よ――もう、良いのじゃ」
     今、その鎖から開放してやる、から。
     祈りを込めたレオンの一撃によって古びた鎖に繋がれた少女は解き放たれた。

     庭に積もった雪の上に赤い椿の花がポトリと落ちる。
     小さな椿の花は風に乗って守り神のいなくなった屋敷の中を吹き抜けた。
      ――ありが、とう……。
     柔らかな風に運ばれ幼い娘の声が微かに届く。
     もしも、また逢えることが叶うなら……。
     澄み渡った空を仰ぐ灼滅者たちを穏やかな陽射しが優しく包み込んだ。
     北国の春は、もう、すぐそこまで来ている。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月27日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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