そして巡り会う、赤き爪持つ二つ尾のスサノオ

    作者:日向環


     その爪は、血のような赤に染まっていた。
     その尾は立派であり、付け根から二股に分かたれていた。
     何か古きもの。それは、とある民宿に古くから伝わる開かずの小箱だった。
     何か借りてきたもの。それは、気立ての良い村娘への祝いにと提供された豪華な着物だった。
     何か青きもの。それは、激しい嫉妬から無残に引きちぎられた青いリボンだった。
     そして、何か新しきもの。それは、幼い子供をかどわかす予兆の真新しい雪だった。
     これまで描いてきた軌跡。赤き爪を持つ、この二つ尾のスサノオが歩んできた道のり。
     次なる目的のために、赤き爪のスサノオは、この地に舞い降りた。
     視線の先にあるのは、小さな教会。
     赤き爪のスサノオが、天に向かって小さく吠える。
     一瞬だけもの悲しげな表情を見せたのち、教会にくるりと背を向けた。とぼとぼとした足取りで、教会から遠ざかっていく。
     先程まで赤き爪のスサノオがいた地面が盛り上がり、半人半獣の異形が姿を現せた。上半身は白無垢姿の美しき女性だが、下半身は巨大な蛇の体を持っていた。蛇女、とでも言うべきか。
     その異形の怪物――古の畏れは、ゆっくりゆっくりと教会に向かって地面を這っていく。
     その尾の先には、禍々しい鎖が巻き付いていた。


    「やったのだ! これもみんなのお陰なのだ!」
     木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)は、興奮気味に口を開いた。
    「スサノオにより、古の畏れが生み出そうとしている場所が判明したのだ」
     これまでは、スサノオが生み出した古の畏れが出現したのち、ようやく予知ができた状態だった。しかし、今回は違う。スサノオが、古の畏れを生み出そうとしている場所の予知に成功したというのだ。
     これは、スサノオとの因縁を持つ灼滅者が多くなったことに他ならない。
    「赤い爪のスサノオを灼滅するチャンスなのだ!」
     これまで、4体の古の畏れを生み出した赤き爪のスサノオと、ようやく対峙する機会が生まれたというわけだ。
    「今回、赤い爪のスサノオは、上半身が白無垢姿の女性で、下半身が大蛇の姿をした古の畏れを生み出すのだ。便宜上、『清姫』という名前をみもじゃが付けたのだ」
     思いを寄せた僧に裏切られ、激怒のあまり蛇の姿にその身を変えた少女の名だ。
    「このままだと、清姫は六文銭を探して、教会で行われる結婚式を襲撃して花婿さんを襲うことになるのだ。……6ペンスの銀貨なら分かるけど、六文銭じゃ三途の川を渡ってしのうのだ……」
     みもざは清姫の行動を説明したのち、ポツリと付け加えた。これまでの赤き爪のスサノオの軌跡を辿っていくうちに、みもざは何かに気付いたらしい。
    「赤い爪のスサノオと戦う方法は、2つあるのだ」
     みもざは顔を上げ、説明を再開する。
     1つ目は、スサノオが清姫呼び出そうとした直後の襲撃だ。
     だが、この場合は6分以内にスサノオを撃破しなければならない。撃破が間に合わなかった場合は、清姫が現れてスサノオの配下として戦闘に加わってしまう。また、その後は、赤き爪のスサノオが戦いを清姫に任せて撤退してしまう可能性もある。なので、短期決戦が必須だ。
     2つ目は、スサノオが古の畏れを呼び出し、去ろうとしている所に奇襲を掛ける作戦だ。
     清姫からある程度離れた後に襲撃すれば、清姫が戦闘に加わってくることはない。しかしこの場合は、スサノオとの戦闘に勝利した後、清姫とも戦う必要がある。時間制限はないが、必ず連戦となる。
     当日、教会では結婚式が執り行われている。あまりのんびりしていると清姫が襲撃してしまうので、その前に攻撃を仕掛けなければならない。
    「ゆっくり休憩している時間はないと思っていた方が良いのだ」
     みもざは厳しい口調で、灼滅者たちにそう告げた。
    「赤い爪のスサノオの攻撃方法を説明するのだ」
     古の畏れ「ケサランパサラン」が使用していた麻痺を伴う火花攻撃と、全身を白い炎で包んでの体当たり。
     古の畏れ「小袖の手」の使用していた蛇咬斬と同等のサイキック。
     古の畏れ「蛇帯」が用いた吸収と切り刻み攻撃。
     そして、古の畏れ「雪女郎」「雪オオカミ」が使用した、氷つぶて、吹雪の竜巻、吹雪の衣……。
    「自分が生み出した古の畏れが使っていた攻撃と、同じような攻撃をしてくるのだ。しかも、バリエーション豊富なのだ」
     かなり厄介な相手であることは間違いない。
    「次ぎに清姫なのだ」
     24羽の黒ツグミを放ってきたり、長い尾で巻き付いたりして攻撃してくるという。また、相手に抱き付き、体力を吸収する。
     状況によっては戦わずにすませたい相手だ。
    「赤い爪のスサノオを倒せる絶好の機会なのだ。慎重に作戦を選んで、必ず倒してきて欲しいのだ」
     みもざは灼滅者達を激励し、送り出すのだった。


    参加者
    東当・悟(希望と踊れ絶望で遊べ・d00662)
    棲天・チセ(ハルニレ・d01450)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)
    弓塚・紫信(暁を導く煌星使い・d10845)
    深山・戒(翠眼の鷹・d15576)
    天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)

    ■リプレイ


     オルガンの美しい音色が聞こえてきた。
     純白のウエディングドレスを身に纏った花嫁が、父親と共にヴァージンロードを歩んでいく。
     教会の扉が閉められ、結婚式が始まる。
    「赤爪のスサノオが呼び起こしていたのはSomething Four、花嫁の幸せを願う品々に纏わる畏れだったのか」
     深山・戒(翠眼の鷹・d15576)は呟く。赤い爪のスサノオが、これまで呼び出した古の畏れは、サムシングフォーに纏わるものだった。
    「そして今回呼び起こそうとしているのは清姫…」
     想い人と結ばれる事を夢見ながらも、叶わなかった娘の化身だ。
    「悲劇を繰り返さないためにも、清姫が生まれる前に事を終わらせないとね」
     戒の言葉を聞いていた若宮・想希(希望を想う・d01722)は、寂しそうな表情をした後、視線を教会に向けた。
     後悔したことなど一度もない。叶わぬ夢だと分かってはいるが、やはり結婚式は憧れる。
    「勝とうな」
     想希の複雑な胸の内に気づいているのかいないのか、東当・悟(希望と踊れ絶望で遊べ・d00662)は笑顔を向けてきた。
    「…雪?」
     小圷・くるみ(星型の賽・d01697)が驚き、空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。にも拘らず、小雪がチラついていた。
    「来た」
     弓塚・紫信(暁を導く煌星使い・d10845)が表情を硬くする。
     冷たい風が上空から流れてきた。
     小雪が渦を巻く。
    「それ」が、ふわりと地に降り立った。全身を真っ白な炎に包み、赤い爪を持つニホンオオカミのような姿。二本の立派な尾。
     スサノオだ。
     灼滅者達は気取られぬように気配を殺す。
     スサノオが教会を見つめる。何を思い、何を考えているのか、灼滅者達には分からない。
    「(問い掛けたら、お前は答えてくれるのか?)」
     鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)は自問する。
     スサノオが天を振り仰いだ。古の畏れを生み出そうとしているのだ。
     今だ!
     灼滅者達は物陰から一斉に飛び出した。
    「この身砕ける覚悟で臨むと致しましょう」
     天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)は決意を口にし、地を蹴った。
    「シキテ、分かっとるな?」
     霊犬のシキテの背中を撫でてから、棲天・チセ(ハルニレ・d01450)は飛び出した。今回のシキテの役目は味方の治療だ。
     シキテはやや下がり目の位置で立ち止まり、チセの背中を見送った。
    「ハッピーエンド!」
     くるみが解除コードを口にすると、
    「Hope the Twinkle Stars…!」
     紫信も続いて唱えた。
     灼滅者達は素早く展開し、スサノオを取り囲む。悟だけが若干下がり気味に位置取りをした以外、7人が肉薄するようにぐるりと布陣した。取り逃がさないための、そして殴り勝つための陣形だ。
     くるみがサウンドシャッターを展開した。教会にいる人々が、戦闘音を聞きつけて外に出てこないように配慮するためのものだ。他のESPも考えたが、これが最もこの場に適していると考えての選択だった。
    「あんたの旅は、ここで仕舞いや」
     チセが静かに言葉を掛けた。君の手は誰も未だに傷付けてないけど、古の畏れの被害を増やさぬよう此処で旅は終わりだと。
    「…あなたに会いたいと思っていたんですよ。こうしてお会いできて光栄です」
     紫信は右手を左胸に添え、軽く頭を垂れた。粉雪はまだチラついていた。スサノオの体に纏わり付くように頼りなく待っている。
    「あなたが纏う、その真新しい雪…。…再び見ることになるとは思いもしませんでした…」
     以前目にしたその雪は、美しい女が纏っていたものだった。これは自分にとって幸運なのか、不運なのか、紫信には分からない。しかし、今度も巡ってくるチャンスではないことは間違いなかった。だから、自分はここに来たのだ。
    「俺は頭が悪ぃから、お前が何をしたいのかぜんっぜんわかんねぇ」
     千慶は首を左右に振る。
    「お前の目的がこっちに害があるかもしれねぇ訳だし、悪く思うなよ」
     仕方がないんだ。お前が生み出す古の畏れは、戦う術を持たない一般人にとっては驚異でしかないんだから。
    「ハッピーエンドで終わらせるわよ!」
    「「「おう!!」」」
     くるみの声に、仲間達が応じた。
    『おおおーーーーーん!!』
     スサノオが遠吠えをあげる。体を包む白き炎が大きく波打った。
     大きさは変わっていないはずなのに、二回りくらい体が大きくなかったように感じた。
     全身に鳥肌が立った。
     思わず後退ってしまうほどの、それはスサノオが放つ強烈な殺気だった。


    「『雪女郎』が連れていた『雪オオカミ』とは格段に違いますね…」
     戦う前から気合い負けをするわけにはいかない。紫信は気を引き締め直した。
    「ですね」
     共に雪女郎と戦った想希が、大きく深呼吸をしてから応じた。
    「その姿に、畏怖を感じる。こう表現するのが一番あってます…」
    「うちの相棒とはえらい違いや」
     紫信の言葉に肯き、チセが後方にいる自分の相棒をチラリと見た。似た姿をしているシキテだが、やはりスサノオの方が格上に感じる。
    「相手にとって不足無しや」
     悟の気合いも充分だ。
    『うーっ』
     威嚇するかのように、スサノオが低く喉を鳴らした。仕掛けてこないのは、こちらの出方を窺っているからなのか。いや違う。時間を稼いでいるのだ。古の畏れが誕生するまでの。
     お前たちの相手をしている暇はない――。
     スサノオの目が、そう語っていた。
    「俺が一番槍や!!」
     想希の背中に隠れていた悟が、不意打ち気味に飛び出す。
    「スピード勝負です!」
     灼滅者達が一斉に仕掛けた。
     彼らの攻撃を浴びる直前、スサノオは吹雪を纏った。
    「『古の畏れ』は呼び出させません!!」
     その前に決着を付ける。紫信は気合いと共に、螺穿槍を打ち込んだ。くるみの鬼神変がスサノオの体を掠めた。吹雪の守りを崩しきれない。
    『おーーーん!』
     スサノオは吠え、白き炎の毛を逆立てる。
    「スパークがくる!」
     見覚えのある動作だ。千慶は咄嗟に注意喚起する。あの電撃には散々苦しめられた。
     凄まじい電撃が、灼滅者達に襲い掛かる。
    「…ケサランパサランの比じゃないな」
     戒が呻くように言った。あの一撃を、まだ体が覚えている。しかし、今の一撃はその記憶よりも激しい。
    「全くだぜ。あン時の毛玉の電撃の方が、よっぽど可愛げがある」
    「見た目もね」
     千慶と戒が苦笑し合う。対策をしてきたつもりだったが、それでも回避しきれなかった。だが、ダメージは食らったが体が痺れている様子はない。
     気を取り直し、灼滅者達は攻撃を仕掛ける。しかし、先程の一撃による痺れが収まっていない、くるみとチセが呼吸を合わせられなかった。
    「これに耐えるというんですか…っ!?」
     直撃を叩き込んだというのに、さしてダメージを与えたように見えない。リンが舌を巻く。
     スサノオが二つの尾を激しく振るった。その動きは、「蛇帯」の攻撃に似ていた。
    「想希!」
    「まだ、大丈夫です…」
     声を掛けてきた悟に、想希は心配ないという風に笑みを返す。悟が無茶をしないように、自分はギリギリまで頑張らなくてはならない。
    「次は何がくる…?」
     紫信は思案する。攻撃のバリエーションが多すぎて、事前に予測することすら難しい。
     武蔵坂学園の灼滅者達は、既に何体かのスサノオと遭遇し、灼滅に成功していた。しかし何れの作戦も、時間的に余裕を持って挑み、スサノオを撃破後、生み出された古の畏れを葬るという「連戦」だった。
     だが今回は違う。これまで、どのチームも選択しなかった6分以内での灼滅という、「短期決戦」だ。
    「今回の最大の敵はコイツじゃない、時間です」
     リンは言った。正にその通りだ。時間さえ気にしなければ勝てるという保証はないが、時間制限のある戦いの方が遙かに難しい。6分以内に打ち勝たねば、戦うべき相手が2体に増えてしまう。いや、それだけではない。この場を古の畏れに任せ、スサノオは撤退してしまうのだ。
    「一手たりとも外さへん!」
     悟が気を吐く。氷と、そして炎が、繰り返し悟の武器から放たれる。だが、妖冷弾が先程から命中しない。悉く躱されてしまっている。
    「お返しや!」
     シキテのお陰で麻痺が癒えたチセが、バベルブレイカーを構えて体当たり気味に突っ込む。
    『がうっ』
     スサノオの表情が苦痛に歪む。しかし、直ぐに反撃してきた。二つの尾を伸ばしチセの体に巻き付けると、その体力を急激に奪う。
    「チーは、こんくらいじゃへこたれへん!」
     強気な口振りだったが、かなり体力を消耗したことは端から見ても良く分かった。すかさず、シキテがフォローする。
    「お前の生んだ畏れ達は非業の花嫁への貢ぎ物かい?」
     利き腕を巨大化させ、戒が大きく踏み込む。
    「鐘ごと相手を焼き尽くす様な存在を野に放つのは頂けないんでね。生まれる前に元を絶たせてもらうよ」
     気合いを込めて、スサノオの横っ腹に巨大な腕を叩き込んだ。くるみも同時に、巨大化させた腕を振り下ろした。千慶がその腕の影から飛び出し、鋭い刃を繰り出す。雪の守りが砕かれ、鋭い影の刃がスサノオの体に深々と突き刺さった。
     攻撃はまだ続く。スサノオが3人に気を取られた瞬間、逆側にいた紫信が拳の連打をお見舞いした。
    『ぐるるる…』
     スサノオは牙を剥きだし、喉を震わせた。
    「畏れに散々凍らされましたから…お返しです」
     更に想希と悟が、絶妙のコンビネーションで強烈な一撃を加えた。
    『ぐぅ…!』
     それでも、その鋭い眼光は力を失わない。まだ戦意を喪失していない証拠だ。
    「なんてやつ…。いい加減に倒れてくださいよ!」
     焦ったリンが突出する。真正面から突っ込み、スサノオ目掛けて拳を突き出した。スサノオの額が割れる。
    『おおーーん!!』
     一声吠え、スサノオが体当たりしてきた。
    「!!」
     目から火花が飛び散るとは正にこのことか。全身を駆け巡る凄まじい衝撃に、リンは堪らず膝を突いた。
     それでも仲間達は、スサノオから目を離さない。6分以内で決着を付ける為には、治療に手を回している余裕は無い。
     もう時間がないのだ。
    「6分!」
     悟が怒鳴った。スサノオの足下から、陽炎のようなものがゆらゆらと立ち上る。古の畏れ、清姫だ。だが、まだ完全に実体化していない。
    「想希結婚しよ今すぐや」
     駆け上がった悟が、想希の手を取る。
    「…結婚!? じゃあこれが初めての共同作業って奴?」
    「ケーキ入刀や!」
     ここで仕留められれば、まだ古の畏れを誕生させずにすむ。悟の尖烈のドグマスパイクに想希のフォースブレイクが重なる。
     2人の気合いに引っ張られ、くるみと紫信が畳み掛けた。
    『おーーーん!!』
     吹雪が舞う。だが、その吹雪は灼滅者達には襲い掛からず、スサノオの体に纏わり付いた。傷が癒やされ、守りが固まる。紅蓮の炎がスサノオの身を焦がすが、スサノオは怯むことなく灼滅者達を睨み付ける。
    「…万事休す」
     戒が悔しげに唇を噛んだ。戒が、チセが、千慶が、リンが、相次いで攻撃を加えたが、スサノオは健在だった。
     揺らめいていた陽炎が、急激に形作る。それは、赤き爪持つ二つ尾のスサノオが生み出した5体目の古の畏れ――清姫だった。


     あと一息。あと一息というところまで追い詰めたという実感はあった。だからこそ、スサノオは灼滅者達を攻撃せずに、自身を回復させたのだ。それは、時間稼ぎでもあったのかもしれない。あと少し耐えきれば、古の畏れが誕生する。それを見越しての防衛。
     目標とした6分以内の灼滅は叶わなかった。だが、まだ負けが決まったわけではない。
     灼滅者達は気力を振り絞る。
     清姫が出現したとしても、ターゲットは変わらない。彼らの目は、スサノオしか見ていない。
    「刺し違えてでもここで倒す!」
     バベルブレイカーのジェット噴射を全開にして、くるみがスサノオに突撃した。
    『おおーーーん!!』
     吹雪が竜巻が如く渦を巻く。皮膚を切り裂き、肌を凍て付かせる驚異の暴風が、灼滅者達の間を蹂躙する。
     直撃を食らったチセとリンが気を失いかけたが、辛うじてその場に留まった。
     逃がしてなるものかと、渾身の一撃を叩き込む灼滅者達。
     それでも、その想いは僅かに届かなかった。
     スサノオが包囲の外に逃げる。
    「まだもう一撃!」
     戒とくるみが執念で食らいつく。その眼前に、清姫が立ちはだかった。渾身の一撃が阻まれる。
     ――お前達は良く戦った。
     スサノオの瞳はそう語っていた。一瞬だけ何かを警戒するような素振りを見せたが、次の瞬間には一陣の風となってその場から姿を消してしまった。
     尚も追おうとした戒だったが、無理だと悟り立ち止まった。
     もう、彼らの手は届かない。
     だが、気落ちしている場合ではない。清姫を撃破しなければならないのだ。
     休む間もなく、古の畏れとの戦い。
     リンが倒れ、チセが倒れ、そして悟も倒れた。
    「悟の切り開いた道。俺が決めないでどうする。悟の分まで全力で決める…!」
     想希のフォースブレイクが炸裂した。
     清姫が教会へと向かう。
    「行かせねぇ!」
     千慶がシールドバッシュで注意を引きつけた。スサノオの注意を引くことは叶わなかったが、清姫は怒りを露わにして自分に向かってきた。
     教会から讃美歌が流れてきた。間もなく式が終わる。
     灼滅者達の死に物狂いの猛攻を受け、清姫は恨めしそうな表情を残したまま消滅していった。


     祝福の拍手の中、新郎新婦が照れ笑いを浮かべながら教会から出てくる。
     灼滅者達は、物陰からそっとその様子を見守っていた。
     あと一歩というところまでスサノオを追い詰めたが、撃破することは叶わなかった。大きなミスがあったわけではない。ただ、ほんの少しだけ力が及ばなかっただけだ。悔しいが悔いはない。彼らを守れたのだから。
    「君に永遠を誓いますよ」
     傷だらけの悟に、想希がそっと耳打ちする。悟は、想希の手を力強く握った。
     リンが笑み、2人に祝福を送る。神父は、ここにもいたのだ。
    「悲しげな表情は、畏れ達の苦痛や悲しみを感じてなのかな」
     チセはシキテの背を撫でながら呟く。でも、力を与えて蘇っても何も報われないのは、もっと悲しい。
     くるみは悔しげに唇を噛んだまま、スサノオが消えていった方角をまだ見つめていた。
    「お前に次があるのなら、そのときはちゃんと話せたらいいな」
     その視線を追うように目を向け、千慶が言った。もう一度、このスサノオの動きを察知できるかどうかは、誰にも分からない。だが、もう一度会いたいと千慶は願う。
     紫信と戒も同意し、肯いてみせた。
     彼らの挑戦は、残念ながら成功しなかった。しかし、後に続く者達が、きっとこの教訓を生かしてくれるだろう。古の畏れを呼び出す前に撃破することは、決して不可能なことではない。
     幸せそうな笑い声を背にし、灼滅者達は岐路に着くのだった。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月27日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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