海浜にて、墨染め尾のスサノオ

    作者:海乃もずく

     潮騒が響く小さな漁村のはずれに、岩場に囲まれた砂浜があった。
     白いオオカミが波打ち際までやってくる。目のふちには朱色の隈取り、尾の先端は墨染め色をしていた。
     浜辺をしばらく歩き回っていたオオカミは、一声鳴くと、来た時と同様に去って行く。
     ――オオカミが去った海辺から、赤黒い触手が次々と突き出す。次いで、巨大な頭が波を割って現れる。
     それは、巨大なタコだった。
     足の1本には、鎖が1本、海中へと繋がっていた。
     
    「見つけたよ、スサノオが『古の畏れ』を目覚めさせるの! 今回はスサノオが去る前に行けるよ、倒せるかもしれないよっ!」
     仁左衛門からぴょんぴょん跳ねながら、天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が目を輝かせる。
     ブレイズゲートのようにエクスブレインの予知を曇らせていたスサノオだが、因縁を持つ灼滅者が多くなったことで、不完全ながらも介入できるようになったのだという。
    「スサノオに接触できるチャンスは、スサノオが古の畏れを呼び出そうとした直後と、スサノオが古の畏れを呼び出して去っていくとき。どちらかのタイミングで接触して、何とか灼滅をお願い!」

     もしも、スサノオが『古の畏れ』を呼び出そうとした時に接触する場合。
     6分以内にスサノオを撃破できなければ、目覚めた『古の畏れ』がスサノオの配下として戦闘に加わる。
     6分以内にスサノオを倒せば、『古の畏れ』は現れる前に消滅するという。

     2つ目は、スサノオが古の畏れを呼び出し終え、去っていくときに接触する場合。
     『古の畏れ』からある程度離れてから接触するなら、『古の畏れ』が戦闘に加わることはない。
     ただし、スサノオを撃破後に『古の畏れ』とも戦う必要がある。時間制限はないが、必ず連戦となる。相応の継戦能力が必要になるだろう。

    「場所は砂浜、時間帯は早朝。明かりの心配はいらないね。『古の畏れ』が現れるのは岩場の磯だよっ。連戦の場合、スサノオとは浜辺で戦うことになるかな」
     どちらも戦闘には支障がない地形だが、人避け対策は必要だという。
     墨染め尻尾のスサノオは、サイキックエナジーの塊によるロケットハンマー相当の攻撃に加え、ドレイン効果がある睨み攻撃や、体の一部を木の枝と化して行うプレッシャーつきの刺突攻撃を行う。能力は総合的に高い。
     『古の畏れ』は巨大なタコで、攻撃は当たりやすいものの耐久度が強く、触手を用いてウロボロスブレイド相当の攻撃を仕掛けてくるという。
    「今回を逃したら、もうこのスサノオを予知できる機会はないかもしれない……。だから、今回で必ず灼滅して欲しいの。どうかよろしくお願いします」
     無理はしないで欲しいけど、でも、この敵は取り逃がしたくない。複雑な表情で、カノンは灼滅者達を送り出す。


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    焔月・勇真(フレイムアクス・d04172)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    久次来・奏(凰焔の光・d15485)
    相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)
    類瀬・凪流(オランジェパストラーレ・d21888)
    村正・九音(東照宮の御庭番・d23505)

    ■リプレイ

    ●スサノオとの邂逅
     白いオオカミが、早朝の光を浴びて波打ち際を歩んでいる。
     先刻までオオカミがいた岩場からは静かな震動が響くが、オオカミはふり向きもしない。
     ――ふと、その歩みがとまる。
     白いオオカミ……スサノオの目の前に、すっと人影が現れた。
    「……やっとここまで来たか」
     御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)は殲術道具を手に、スサノオを見据える。このスサノオが呼び出した『古の畏れ』を天嶺が灼滅してから、既に3カ月近くが経過していた。
    「お散歩の時間は終わりだよー!」
     縛霊手をばっちり装着し、元気いっぱいに宣言する相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)。貴子と共にスサノオの退路をふさぐ村正・九音(東照宮の御庭番・d23505)は、タヌキの耳と尻尾姿で、じっとスサノオを見つめている。
    (「病院と関係あるとはいえ、末端の私は何も知らないんだよな」)
     スサノオは、自分を取り囲む灼滅者達を、紅い隈取りの瞳で見つめ返す。
     次の瞬間。スサノオは一気に仕掛けた。
    「くるよっ!」
     類瀬・凪流(オランジェパストラーレ・d21888)がエレキギターの弦に指を伸ばし、叫んだ。
     前列を襲う衝撃波。バランスを奪う震動に、海面まで波打つ。
     人避けのESPは既に展開されている。
     一気にサイキックをバーストさせ、スサノオは後方へと跳躍する。貴子たちの頭上を飛びこえようとしたスサノオに、その動きを読んだクルセイドソードが迫る。
    「こんな朝っぱらから目覚めさせるなんて……『畏れ』も可哀想じゃねーか?」
     かろうじて回避するスサノオへと、逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)は再び距離を詰める。その横を、霊犬キノが併走する。
     スサノオの周囲に、大樹の枝が現れる。その枝で攻撃をさばきながら、スサノオは距離をあけようとする。
    「逃がしたりはしませんよ。強引にでも止めます」
     枝の間からシールドをねじこむように叩き込み、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)はスサノオの関心を引く。
     一見すると派手さが目立つ大ぶりの攻撃だが、なつみは一つ一つを、確実にスサノオに当てていく。
    「いざ。焔、舞い踊らん」
     スレイヤーカードを解放した久次来・奏(凰焔の光・d15485)は、炎をまとうシールドで、スサノオを側面から狙う。
    「白き炎はなんとも、綺麗ではあるのう。しかとて散り際は美しいとも言う。主はどうかの?」
     白い炎に似たスサノオの毛と、奏の叩き込む盾の赤い炎が混ざり合う。二色の炎が潮風に流れ、朝日にきらめく。
     その姿はひどく似付かわしいと、焔月・勇真(フレイムアクス・d04172)は戦いのさなかながら、思う。
    (「……だからこそ、ここで倒すことがふさわしいのかもしれない」)
     いつもは騎乗するエイティエイト、自身のライドキャリバーと共に勇真はスサノオの行く手を塞ぐ。シールドを展開し、前衛の援護を意識して。
    「今度こそ、きっちりけりをつけてやるぜ!」
     強く宣言すれば、隈取りのついた瞳がぎりりと光って勇真を見返した。

    ●ひとつの決着
     スサノオの足元から、いくたびかの衝撃波が巻き上がる。後列に向かうサイキックのプレッシャーを、なつみと奏がシールドで受けとめる。
    「攻撃をするなら、こちらにどうぞ!」
     なつみがスサノオをひきつけるうちに、貴子は両手をついて転倒から立ちあがる。
    「てぃー太は天嶺さんをヨロシクー! 私はみんなを治すよー!」
     頭上のナノナノがふわふわとハートを飛ばす中、貴子の風は潮風を押し返すように前列を包む。
    「感謝します、相馬先輩」
     天嶺は腕を異形巨大化させ、スサノオの攻撃をかいくぐって前に出る。
    「スサノオ、決してお前を大神にはさせない!」
     真横に飛びすさり鬼神変を回避するスサノオ。地面に叩きつけられた腕から、大量の砂が跳ね上がる。
    「焔月先輩、類瀬さん!」
     砂の舞う中、天嶺は叫ぶ。呼応して飛び出す2つの影。着地したスサノオの、動きの止まるその一瞬を狙う。
    「任せとけ!」
    「いくよ、スサノオっ!」
     スサノオの着地点に狙いを定めた、2人のスナイパーの攻撃。勇真のリングスラッシャーがスサノオの体に突き刺さり、そこに凪流の影縛りが絡み付く。倒れこむスサノオ、そこに回り込む、ライドキャリバーの機銃掃射。
    (「この連携の仕方も悪くないな」)
     騎乗せずに戦う時がゆえの連携。いつもと違う昂揚感が勇真の内にわきあがる。
    「朝日が登り切るまでに倒させて貰うぜ!」
     奏夢が、オーラをまとう拳でスサノオを殴りつける。確実な手応えが、勝負の行方を示している。霊犬のキノに回復を任せ、奏夢はなお拳に力を込める。
    「はあっ!」
     なつみは体ごとぶつかるように盾の攻撃を叩きつける。
    (「やっぱり、バベルの鎖で見える命中率より、攻撃が当たりやすくなっています」)
     いくつもの状態異常が、スサノオの動きを縛っている――。
    「……そちの力には遠く及ばぬであろうが、己れは己れの最善を尽くそうぞ」
     奏の妖冷弾も、確実にスサノオの急所を捉える。
     あと、一息。
     これならしばらく耐えられると、なつみはシールドでスサノオの衝撃波を受けとめ、攻撃を引きつける。
     そんなスサノオの様子を見定めながら、九音は高速演算モードでバスターライフルの照準を修正する。
    (「スサノオもダークネスなら、力をつけるほど行動出来なくなるはずなんだがな」)
     逆に言えば、行動できる今だからこそ、灼滅の機会になりえるのだろうか。
     手負いにあってもなお凛とした白き獣。しかし、九音の撃つバスターライフルの命中に、スサノオの体がぐらつく。
    「己れも炎を操る者ゆえ、負けてはいられぬのじゃ」
     攻撃を続ける奏の全身からは、星の煌めきにも似たバトルオーラが焔と共に立ちのぼる。
    「スサノオよ、……灼滅させて貰うぞ!」
     天嶺の薙刀、紫蘭月姫【蒼】が、炎を散らしながらスサノオの体に深く食いこむ。柄に巻き込まれた蒼の組紐が、炎の照り返しでオレンジに輝いた。
     ……スサノオから、急速に力が失われていく。
     そして白いオオカミは、海風に溶けこむように姿をにじませ、消えていった。

    ●わずかな休息
     消えていくスサノオを、凪流は最後まで見つめていた。
    「私、墨染め尾のスサノオには、人を襲う目的はないんじゃないかって思っていたの……」
     このスサノオは、人のあまりいないところで『古の畏れ』を呼び出していたから。
     小さく呟く凪流を、興味深げに九音が見上げる。
    「さて、タコの灼滅がまだ残ってるからな。……気合い入れ直すか」
     天嶺の言葉が、彼らの関心を次の戦いへと向ける。
     スサノオそのものの強さは、これまで遭遇したことがある都市伝説やダークネスよりもやや手強いくらいだった。負傷の度合いは相応といったところ。
     中盤以降、スサノオの攻撃は前衛に集中していたた。後衛の勇や凪流の心霊手術は前衛に振り分ける余裕があり、ポジションは変えずに行けそうだ。
    「奏夢さん? どこか具合の悪いところが?」
     大ダコのいる方向を警戒していたなつみが、右手を軽く押さえている奏夢に目を留める。
    「いや、問題はないんだ」
     衣服に残る血痕を拭いながら、奏夢は首を振る。彼の霊犬は、先ほどから寄り添うように奏夢の近くを離れない。
     ――約15分後、灼滅者たちは大ダコのいる岩場へと慎重に足を踏み入れていた。
    「連戦となるに、しかと覚悟しておかねばならぬのう」
     ひそめた声で、奏が言う。
     『古の畏れ』大ダコは、岩場の陰でじっとしていた。DSKノーズは反応はない。呼びだされてから未だ犠牲者はいないことになる。
     灼滅者の接近を察知した大ダコが、ごそりと身動きをする。触腕が持ちあがり、海中に没していた全容が現れる。水に濡れた巨大な頭部が、明るさを増した曙光に輝いた。
    「これって何ていうオバケなのかなー? 海坊主?」
     頭を左右に動かしながら、貴子が大ダコの全体を見ようと身を乗り出す。
     ライドキャリバーにまたがった勇真は、大ダコに向かってエンジンをふかした。
    「これはこれで、やっぱりしっくり来るな。……行くぜ!」
     その言葉を合図に、彼らは巨大タコへと一気に距離を詰めた。

    ●大ダコ合戦
     大ダコを題材にした民話は、日本各地にあるという。サイズは様々だが、この『古の畏れ』は3メートル近い頭部と、畳4帖ほどをうねり広がる長い触腕を持っていた。
    「生まれたばかりですまぬが、ご退場願おうかの」
     奏が妖の槍を掲げると、集束した妖気がつららとなって、大ダコの体にいくつもの穴をうがつ。
    「焼き尽くせ!」
     岩場を蹴り、触腕の波を駆けあがった天嶺が、レーヴァテインの炎で大ダコの頭部を燃え上がらせた。
     大きく身をのたうたせる大ダコ。触腕がぞろりと持ち上がり、手近な敵に巻きつき、締めあげようとする。
    「って、ちょ、おい!?」
     服の下から素肌に巻き付く触腕の動きに、九音の声がは跳ね上がる。貴子のナノナノがハートを飛ばし、九音は絡み付く触腕からかろうじて脱出した。
    「助かったぞ、貴子。スサノオも倒したし、後は楽勝……というわけにはいかぬか」
    「タコの足に捕まるのは嫌だねー」
     迫る触腕から距離をおきながら、貴子は癒しの力を持つ風を吹かせ続ける。心霊治療のために大半が治療サイキックを潰した中、貴子の回復は要となる。
     大ダコへの攻撃ははよく命中するが、敵のしぶとさは随一。戦いの主導権は終始こちらが握っているが、消耗戦の行く末がどうなるかはわからない。
    「拳技と気術の応用技、見せてあげましょう」
     マテリアルロッドをくるりと回転させたなつみが、大きなスイングでタコをロッドで殴りつけた。一瞬後に魔力が大ダコの内部から爆発する。なつみも肩で息をしてはいるが、まだまだ戦える。
     凪流の歌声が大ダコの動きを鈍らせ、動きが緩慢になった触腕を勇真のリングスラッシャーが切り飛ばす。
    「あと一息、押し切ってやるぜ!」
     ライドキャリバーに乗った勇真は、触腕を誘導するようにぐるりと移動する。追ってくる触碗を急制動でかいくぐり、中心めがけて機銃掃射を炸裂させる。
    「起きたばかりで悪いが、寝てもらうぜ、『古の畏れ』!」
     キノと共にゼロ距離に迫る奏夢が、マテリアルロッドをタコの正面からねじり込む。一気に魔力を流し込み、内側からの爆発を誘う。
     次の瞬間、タコの巨大な頭が内部から大きく爆ぜた。
    「やったか……!?」
     紫蘭月姫【蒼】を構え、天嶺は動きを止めた大ダコを見上げる。
     ぐらり、とその頭が傾き――、
     スサノオと同様、『古の畏れ』である大ダコも、空気に溶けるように灼滅されていった。

    「……どうにか倒せましたね」
     ふぅ、と大きく息をついて、なつみは平穏の戻った海岸に目を向ける。
     スサノオも、『古の畏れ』も、無事に灼滅した。消耗は激しかったが、致命的なダメージは受けていない。上々の結果といえるだろう。
     灼滅後は何の痕跡も残らなかった。
    「尾が残っていれば、持ち帰りかたったのがだな。せめて足跡でもあれば……」
    「砂地は痕が残りづらいしな」
     ライドキャリバーで少し先まで見てきた勇真も、何も見つからなかったという。
     太陽の光が、凪いだ海面に反射してキラキラと光っている。
    「ありがとう、キノ」
     奏夢になでられたキノは、ゆっくりと彼の横を歩いている。奏夢にとってはかけがえのない家族。
    「私達が倒したので何体目かな。他の個体がまだ居る以上、全て灼滅せねば」
    「少しずつ、じゃが確実に彼の影を掴みつつある。また期があれば逃がさぬよ」
     天嶺の言葉に、奏が頷く。
    「全国津々浦々のオバケを掘り返されると困るもんねー!」
    「それは、そうだね」
     元気よく言い切る貴子へと、ギターを抱きしめた凪流が答える
    (「その存在も、行動の目的も、まだ全然分からない相手……」)
     内心でわずかな逡巡を感じながら、凪流は視線を海へと転じる。スサノオに関しては、はわからないことがまだ多い。
     ……戦いを続けることで、いつかはその答えが出るのだろうか。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月27日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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