グリード・フォー・マーダー

    作者:君島世界


    「あ、しまった……」
     強く締めすぎたせいで、窒息させるつもりが切断してしまった。女は内心に不手際を恥じながら、汚れたピアノ線を手の内に収める。
     切り放された二つの肉塊は、蛇口に繋いだホースのように痙攣と噴出を続け、部屋中を汚した。女もやはり例外ではなく、特につま先から脛にかけてがびしゃりと暖かな液体に浸されてしまう。女はビュ、ビュウと二連の回し蹴りを放ち、服と靴とに染み込まなかった分を窓ガラスに振り飛ばした。
    「これでよし……。あと何人、残ってたっけ……」
     女はまだ生き残っているはずの参加者たちを指折り数える。六名。彼らもまた、自分と同じように殺し合いをしているはずだから、……巧く立ち回らなければ、ならない。
    「出遅れれば出遅れただけ、殺す機会が減ってしまうからね……」
     残りわずか六回の殺人チャンスを生かすべく、女は部屋を出た。誰かが誰かを殺す前に、自分がその誰かを殺すのだ。

     宝は、見つけた者一人が総取りする……。
     集められたのは十二名……期限は一週間……身の回りの世話は少年が……参加者にはそれぞれ別のヒントが配られ……外向きの窓とドアは施錠され……期限までこの洋館には『誰も』踏み込まない……。
     全てのルールは、ただ、参加者たちに殺し合いを仕向けるためだけに用意されたものである。この『縫村委員会』を主催するダークネスの思惑通り、洋館は最終日を待たずして鮮血に彩られることとなった。
    「アハッ」
     少年――カットスローターは、洋館の外から血塗られた窓ガラスを見上げて、楽しそうに笑った。彼の仕事は見事に遂行されたのだ。殺傷力のある武器を隠してわざと発見させてみたり、疑心暗鬼に悩む参加者を言葉や態度で唆してみたり、あるいは二人か三人くらいちょっと殺してみたりもした。
    「それにしても、一番効果的とはいえ回りくどいやり方だったなあ。疲れた……けど、次の委員会の様子を見てこないと。そっちは素直に行けばいいんだけどね」
     カットスローターは、そのまま洋館に背を向けてこの場を去っていく。この殺し合いの結末を見る意味はないし、見守るつもりもないのだ。
     

    「例の『縫村委員会』が、また執り行なわれてしまうようですわ。縫村針子とカットスローターという2体の六六六人衆が始めた、殺し合いによる闇堕ち促進の儀式……そこから生み出される新たな六六六人衆の灼滅を、皆様にお願いしようと思います」
     鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)が、笑顔を消して説明を始める。六六六人衆がらみの事件、その凄惨さを、仁鴉の態度は物語っているようであった。
    「今回の縫村委員会の舞台は、とある無人島に建てられた洋館となっていますの。内部は閉鎖空間となっており、儀式の終了まで手を出すことができません……ので、そこで行われる一般人たちの殺し合いには、残念ながら介入は不可能ですわ。
     最後の一人となった一般人は、六六六人衆となり閉鎖空間から出てきてしまいますわ。この六六六人衆はもう完全に闇堕ちしてしまっており、やはり救うことはできませんの。ただ、儀式の過程である程度のダメージを受けており、配下もいない状況ですから、ここが灼滅する絶好の機会であると言えますわね。
     もしこれを逃せば、儀式によって残虐な性質を獲得したこの六六六人衆が、別の場所でより大きな被害を出すことは明らかですの。そうならないよう、確実な灼滅をお願いいたしますわ」
     
     新たに生まれる六六六人衆の名は、『累々・七々(るるい・なな)』。もともとの七々は美術大学で人物画を学ぶ明るい女性であったが、縫村委員会の中での殺し合いの結果、人と見ればその殺害を狙う根っからの殺人鬼となってしまった。物腰は穏やかながら、その心には人を殺める事への欲求しか残っておらず、その全ての言動は目の前の人間を殺すためのものである。……たとえ、穏やかに微笑んでいるだけであったとしても、だ。
     七々は、洋館で見つけたピアノ線と手斧を殺人の道具として使う。それぞれが殲術道具の『鋼糸』『龍砕斧』に相当し、七々本人も殺人鬼のサイキックを使うことができる。闇堕ちしたばかりとはいえ、その戦闘能力は極めて高いものとなっているが、儀式での殺し合いの結果として、ある程度のダメージを残している。灼滅者たちが適切なタイミングで戦いを挑めば、回復させないまま連戦を強いることができるだろう。
     そのタイミングとは、『縫村委員会が終了した直後』である。灼滅者が到着する頃には、洋館は『すりガラスのような半透明の壁』に閉鎖されているが、縫村委員会の終了と同時にその障壁は消失する。そうなったら洋館の内部に踏み込み、最上階のどこかにいる七々を探し出して欲しい。五分もあれば、最上階全ての部屋を確認することが可能だ。
     
    「無理やり闇堕ちさせられたという立場には、同情すべき点はありますわ……。しかし、他の一般人を殺害して六六六人衆になったからには、彼女を元に戻す方法は存在しませんの。これ以上の被害を防ぐために、彼女を灼滅するしかありませんから、そのようにお願いいたしますわ、皆様」


    参加者
    月代・沙雪(月華之雫・d00742)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    紀伊野・壱里(風軌・d02556)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    御風・七海(夜啼き翡翠・d17870)
    天堂・櫻子(桜大刀自・d20094)
    大須賀・エマ(ゴールディ・d23477)

    ■リプレイ

    ●デイライト・ナイトメア
     惨劇は、未だ終わっていない――灼滅者たちの目の前にそびえ立つ半透明の壁が、そのことを如実に物語っている。壁を通して見える館の硝子、その生々しい血痕を見上げながら、神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)は歯痒い思いに心を軋ませていた。
     この壁の向こうで行われている、十二人を集めた殺し合いの儀式。その後に生まれる新たな六六六人衆。巻き込まれた者にとっては、およそ最悪の結末と言えるだろう。
     煉の影が、ざわめく。
     灼滅者たちにできる介入は、これ以上の被害の拡大を抑えることだけだ。即ち、この館に集められた十二人は、もう誰も生きて人間社会に戻ることはできない。許されない。
    「七々さん……」
     月代・沙雪(月華之雫・d00742)は、生まれるダークネスの名を呟いた。累々・七々。今そこで、最後の生存者を手にかけているはずの者の名だ。沙雪の耳に断末魔の絶叫が聞こえた気がして、はっとなって見上げると、壁はすうっと消えていった。
    「……行きましょう、か」
     そして灼滅者たちは、忍び足で館に踏み込む。玄関を慎重に開け、ホールの階段を一列になって進んでいった。しんと静まり返った空間で、自分たちの呼吸と鼓動とがやけに耳をつく。
     その先頭にいて、敵の位置をDSKノーズで探る天堂・櫻子(桜大刀自・d20094)が、ついに目標を嗅ぎ付けた。強烈な、顔をしかめるに十分なその存在感を、少女は一つの言葉に収束する。
    「外道の匂いがするな。遠くない――あまり動いていないようだね」
     そう言った櫻子の足元から、一匹の黒猫が一足先に最上段へ跳ね上がっていった。その猫の正体は、猫変身中の御風・七海(夜啼き翡翠・d17870)だ。
     黒猫がそこでくわえ上げたのは、途中でぷつりと断たれたらしい短い糸だ。何事かと踊り場に上がってみれば、その先にトゲ鉄球が吊るされていた。……別の参加者が仕掛けた罠らしいが、無効化されている。
     大須賀・エマ(ゴールディ・d23477)は、自分も何か見つけられるだろうかと内装を見回した。埃の溜まった窓枠、隙間風、天井の角の大きな蜘蛛の巣……。
    「改めて見るとココ、普通に幽霊とか出そうな建物だな。お化け屋敷みてぇだ……けど、この中で起きたことって、そんな作りモンの話じゃねぇよな」
     エマはそう言って、表情を厳しく引き締める。と、千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)が気持ち楽しそうな声色で相槌を返した。
    「せやね。それにこの館、どこを見てもなるほど六六六人衆の趣味やなーって感心するわ。お化けが隠れるのと同じように、殺しを隠せるというかな」
     サイの、殺人鬼の視点から見れば、ここがどれだけ悪意で彩られた建物であるかが容易に理解できる。外開きのドア、一箇所に集められた照明スイッチ、毛足の長い絨毯、飾りでない武器……。
     素人でも、それだけあれば人殺しの真似ができるだろう。まして素質持ちならば。
     櫻子の先導で、灼滅者たちは七々がいるはずの部屋の前に着いた。音楽室という表札が掲げられている。その扉をいきなり開け放つ不用意の愚を犯さないよう、紀伊野・壱里(風軌・d02556)は指先からドアノブに触れた。
    「皆、いいね……?」
     指紋を滑らせるように握り、捻りこむ。キィイと神経質な音を立てて、ドアの金具群が鳴いた。
     そこは、ピアノのある部屋だった。正確にはあったと言うべきか。ミュートにされたテレビ映像のように、無言無音で七々がピアノを解体し、内蔵のピアノ線を引きずり出している。
     壱里は仲間を邪魔しないよう、自然と横へスライドした。続いて入ってくるのは、警戒の表情をあらわにした八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)――その時、十織は七々と目を合わせてしまった。
     底の知れない人殺しの瞳。

    ●ハー・サウンドレス
    「構えろ!」
     十織の叫びが、仲間たちの反射神経を震わす。本人は間に合わなかった。数瞬遅れでWOKシールドを胸にかざし、急所を守ろうとする。しかしあえなく、殺意がその心臓を穿ち。
    「ええと、こんにちは……」
     無表情に首を傾げる七々は、その実自己強化を行っていた。つまりこちらにはまだ何もしていないのだ。七々は十織を真似するように、鉈を胸の前に掲げてみせる。
    「……なんて、女だ。やれやれ、俺とした事がガラになく肝を冷やされたぜ」
     薄目を開けながら、十織は改めて光盾を掲げた。深呼吸をし、眼前のバケモノと対峙する覚悟を再確認する。やれるか――否、やらなくては。
     加えて冷静になって思い返してみると、ここまでの七々は攻撃を捨て、己の回復を優先していた。負った傷が浅くないことの証拠だ。と同時に、自分の存在を顧みる程度の知性を持つことも明示している。
    (「なら、私が仕掛けられるのはこの一瞬だけ」)
     沙雪は低く身構え、周囲に展開させた『五行符』から一つの札を引き抜いた。メディックとしての動きを主軸に据えた彼女が、偶然の機会を想定して持ち込んだ、導眠符!
    「その心、乱します!」
     シウッ!
     投じられた符が、七々の裾を追って張り付いた。敵のエンチャントが一つ打ち消され、そこへ灼滅者たちが一斉に飛び掛っていく。壱里が、その最先端を駆けた。
    「生きが良いんだね……」
    「へえ、怖気づいたのかい?」
    「ううん、好み……」
     七々の暗い瞳に、壱里のマテリアルロッドが放つ輝きが吸い込まれる。渾身の一撃を無抵抗で腹に受けて、七々は口端から赤い血を落とした。
    「命は、そうでないと……」
    「ふん。命の何たるかを熟知してるとでも言いたげな風情だね、累々」
     櫻子は、負けじと挑戦的な視線で睨み返す。その体表を寄生体が絶え間なく這い回り、瞬く間に全身が武装化された。
    「気に食わないな、その思い上がりは!」
     デモノイドの肉の下で、WOKシールドがまばゆく輝き始めた。その守護の光を、しかし七海は大きく迂回して駆け上がっていく。己に課した目的の為に。
    「――――」
     彼女は、この敵に対して浮かぶ感情を極力殺そうと試みた。歯噛みが表情を歪めることに気づいて、それすらも消した。異形化した腕を振りかぶりながら、背後のサーヴァントに意思を飛ばす。
    「――――!」
     霊犬『カミ』は、牙を剥く代わりに両肩の斬魔刀を立てた。主従同時に、激突する。
     ざん、と切り伏せられた七々は、
    「知らないよ、そんなこと……」
     次の瞬間天井に張り付いていた。見上げる灼滅者たちの視界に、縦横無尽の斬線が走る。
     血の嵐が細やかに咲いた。床に爪を立てて止まった七々を、エマが目端に捉える。
    「ったく、立派な殺人鬼になりやがって、七々」
     攻撃の範囲外にいたエマは、続けて仲間の状態を確認した。そこからの彼女の挙動を、七々もまたじっと観察している。
    「でも、ここで終わりだ。終わらせる!」
     構うことはないと、エマは影業を踏み散らした。状況判断――1つ間違えば命を落としかねないそれに対し、彼女と同じ結論を下した者がいる。煉。
    「捕らえろ、無相」
     影色の鎖鞭が二条、七々の左右から伸びて絡みついた。煉は影業『無相』を強引に締め上げ、敵の動きを封じる。
    「あ……」
    「黙って見ているだけというのは、オレの趣味じゃなくてね」
     そこに、エマの影喰らいがなだれ落ちた。粘着性の塊が、七々の形を世界から隠す。
     が、それも僅かな間のこと。気づいた時には、一対の人影が別の場所で睨みあっていた。
     鉈を自然に構える七々と、バトルオーラ『逢魔時』を漂わせたサイ。
    「こういう時普通、様子見とかするよね……」
    「アホ抜かせ。踏んだ場数は、こっちのが上や」
     サイがそう言って片頬笑むと、それを合図にしたかのように、七々の足首の傷が開いた。顔色一つ変えない七々から視線を外し、サイは周囲と背後の扉に注意を向ける。

    ●カインド・オブ・ディストラクション
     首を折られたトランペットが、そこにあった。他にも破壊された楽器がいくつか、この部屋には散乱しているようだ。
    「場数……。経験値、か……」
     トン、とわざとらしい足音をその場に残して、七々は壱里の背後を取った。ぎょっとして身を反転させる彼から、再び血が流される。
    「良い事を聞いたね……。まずは、君たちをそれに……」
    「そんなこと、させないですっ!」
     叫んだ沙雪は、即座に防護符を手に取った。赤色の符を数枚、鉈の傷に被せていく。
    「無駄じゃないかな、それ……。殺すには十分、深くしたと思うけど……」
    「私は、やれる事を全力で行うだけです!」
     超常の癒しが、そこに現れた。見る間に塞がっていく傷口に、沙雪は安堵と疲れの溜息を漏らす。
    「ありがとう、月代さん。……まだ、俺は倒されるわけにはいかないからね」
     それでも残ったダメージを表に出さないよう、壱里は気丈に微笑んだ。
     ……では、これからどうするか。壱里は思索する。装備を妖の槍に持ち替え、敵の守りを崩すべく駆け出した。
    「七々を、倒すまではっ!」
     床板を砕くほどの踏み込みが、切っ先を敵の胸に届かせる。刹那の間を置いて、その一点に七海のバベルブレイカー『大雀蜂』も叩きつけられた。
    「あ……」
     大穴から血をこぼす七々は、四肢を弛緩させて撥ね飛ばされる。しかしまだ敵の命には届いていないと、七海は冷静に思考した。
     彼女は大雀蜂を引き、改めて内部機構を射出準備状態に戻す。今の彼女の意志は、それこそ蜂めいたものに近づいていた――滅ぼす事の他、何も知らない。
    「ほんとうを言えば、君の境遇には同情もしたさ」
     粉塵舞うがれきの中に、櫻子が言った。そこから起き上がった七々は沈黙する。
    「…………?」
    「いや、それだけだよ。事実を述べたまで。君は、言葉では救えないからね」
     櫻子と一体化した聖剣が目映く輝いた。その刀身が己に届くまで、七々は目をすがめる。
     ――ざん。
    「っ! うう、ううう……!」
     と、始めて七々の口から悲鳴めいたものが漏れた。呼吸を乱し始めた七々へ、さらに煉が慎重に間合いを詰めていく。
    「ここまでやってようやく手負いか。だが、油断はしない」
     クルセイドソード『綷月』が、鞘からするりと抜け落ちた。煉が綷月を拾い上げ、正しい軌道で在るべき箇所へ戻すことで、その間にとある斬撃が成立する。
    「神霊剣――」
     静かなる切断。ハ、と七々は息を止める。その喉奥からかすれた息が出ると、エマは自分でも知らぬ間に溜息をついた。
    「頼むよ、七々」
     震えそうになる心臓を、エマは肋の上から押さえつける。空いた手を振り上げて、
    「お前はよ、救うことができねぇんだよ! 悪いがここでくたばってくれな!」
     ただ、振り下ろした。が、その猛威は、七々に達する前に空中へ縫い付けられる。
    「嫌だ、ね……!」
     血に濡れたピアノ線が張り巡らされていた。目を剥く七々を、サイは手を叩いて賞賛する。
    「おお、追い詰められてようやく奥の手出してきたかい、ダークネスさんよ!」
     拍手の手は、既にバトルオーラを握りこんでいた。黄昏色の残光が、そして二つの流れとなる。
     殴りかかる。
    「でも、それじゃ怖ないわ。どんな強ても、相手を殺したいしか感じひん奴はな!」
     ガ、ゴン、バシッ、ドォッ!
     サイは楽しく七々を殴打した。拳がボディに深々と埋まり、身をくの字に折った七々の前で、唐突にサイが横へ突き飛ばされる。
    「お前も解ってるだろうがな!」
     それだけを言い、十織がその場所に割り込んだ。仲間の苦笑を確認する間もなく、赤い線が幾重にも絡み付けられる。
    「ぐ、お……!?」
    「……チッ」
     舌打ちが聞こえたかと思うと、十織は全身をくまなく刻まれた。痛みに神経をひどく掻き毟られはしたが、意識は保っている。
    「これ以上くれてやる命は無いぜ、七々――」
     十織はそう言って、告げた相手を見据えようとした。前にいるはずだ。しかし。
     七々がそこにいない。その代わりに、ひやりとした感覚が首筋にあった。
    「……次は、外さない」

    ●オール・クワイエット
    「ナノッ! ナノナノッ!」
     倒れた十織の近くで、ナノナノ『九紡』が鳴く。彼は九紡を抱き寄せようとしたが、自分の体が急速に冷えていくことを悟り、やめた。
    (「間に合わなかったか……七々……」)
     言葉を紡げない十織を、櫻子がずるずると引きずっていく。途中で腹の破れたスネアドラムを巻き込むが、その勢いを削ぐほどではない。
    「しっかりして! 今、私が部屋の外へ――」
    「櫻子、後ろや! 逃げえ!」
     サイの切迫した叫びが、間一髪でその足取りを引きとめた。振り向くと、ピアノ線が部屋の内装を全て巻き上げながら突っ走ってくる。
    「く――ああぁっ!」
     櫻子は寄生体を纏う腕をクロスさせ、しかしなすすべなく吹き飛ばされる。破壊の光景の傍らに、弦を断たれたバイオリンが落ちた。
    「……どこに、行くのかな」
    「演技派のダークネスが居らん所かなあ!」
     と、サイが刃状のバトルオーラで切りかかる。そして深く傷を負わされてなお、七々は薄笑いを絶やさなかった。
     笑う七々。ソレに、心を凍らせた七海が対峙する。
    「……やる気にさせないと、逃げるかもしれないから」
    「――――」
     七々は足元の壊れたオルゴールを蹴飛ばした。歯車やバネが零れ落ち、それらを七海は跨ぎ超えて切迫する。
    「……みんな、そうした」
     ギャィイイイイッ!
     杭と鉈、絡み合う金属の悲鳴が響き、七海はさらに大雀蜂を押し込んだ。七々が僅かに引いて勢いを殺した所に、エマがクルセイドソードを突き刺す。
    「そこまで堕ちていやがったか、七々!」
     狙い済ましの一突きが、七々の心臓を貫いた。非物質化していた剣先が、敵の後ろの空間にまで到達する。
    「何度見ても、忌々しいものは忌々しい……」
     抜かれた聖剣を追うように、煉が逆方向から身を飛ばした。己をジェット噴射するバベルブレイカーに乗せ、不可避の激突に身を任せる。
    「……何度、も?」
     背を砕かれながら、七々は小さく呟いた。おとがいを仰け反らせ、血をとめどなく流しながらも、その瞳はまだ死んでいない。
    「……他にも、沢山いるのかな。……へえ」
    「っ! まさか、六六六人衆としての……!」
     外に注意を向けた七々を見て、沙雪がその思考に勘付いた。この人を絶対に外へ出すわけには行かない。最悪のシナリオを想定しながら、沙雪は五行符を選び直す……と。
    「ナノッ! ナノーッ!」
     九紡が、泣きそうになりながら主人の下から戻ってきた。
    「はい、行かせないですよ!」
     沙雪と九紡、両者が放つ全力の回復を受けて、灼滅者たちの目に力が戻る。
    「俺たちにも、君にも……」
     壱里は、熱を持った息を吐き出した。もう一度槍を握り締め、ひた走る。
     七々までの距離は、思ったよりも近かった。一意専心、壱里が敵を穿つ――。
    「……逃げ場は、ないんだ」
     それが致命の一撃となり、七々は事切れた。
     砕けたトライアングルが巻き込まれ、床の上で鈍い音を立てる。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月30日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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