マシュマロもちへののジレンマ

    作者:聖山葵

    「こんな所に呼び出して、何よ?」
     教室の戸が開く音に振り返ったのは、明らかに不機嫌そうな顔の少女だった。
    「あ、えっと……」
     教室の入り口に立つ少年は、後ろ手に紙袋を隠して視線を彷徨わせた。
    「っ」
     たまたま机の上にででんと載った少女の胸に目がとまってしまったのは、たまたま。
    「ちょっと、どこ見てるのよ!」
     少女が自分の視線に気づいてしまったのは、少年にとっての不幸だったが、焦って本題に入ろうとしたのは、更に失敗だった。
    「その、ごめん。ええと、マシュマ――」
    「そう……アンタもなのね」
     冷え切った少女の声が少年の言葉を遮る。
    「マシュマロ女子なんてわざわざ言われなくても解ってるわよ! マシュマロもちも大好きだし、いいじゃないマシュマロ!」
    「いや、そうじゃな」
     誤解に気づいた少年は後ろ手に隠していた紙袋を前に少女を宥めようとした。
    「……そうよ、なっちゃえばいいのよ」
    「え」
     だが、少女の身体が突如変貌を始める。
    「ぬぅぅぅ、もっちぃぃぃ!」
     唸り声と共に膨張しだした身体に服がはじけ飛び、肉に押されて机が倒れ、どこからか出現した白いリボンが雄叫びを上げるSUMOUレスラーの様に肥大化した超重量ボディを包んで行く。
    「ふふふ、これもうダイエットだって必要ない。思う存分マシュマロもちを食べてやるもちぃ」
    「あ、あぁ……」
     変わり果てた少女を前にへたり込んでしまった少年に出来たのは笑いながら去って行くごとうちかいじんの背中をただ見送ることだけだった。そう、お尻の下敷きになったホワイトデーのお返し、マシュマロもちを渡すことも出来ずに。
     


    「まぁ、コメントはある意味避けた方が無難そうだな」
     一般人が闇堕ちしてダークネスになる。そんな事件の一つを見つけてきた天槻・空斗(焔天狼君・d11814)は肩をすくめた。
    「ともあれ、まずは説明をさせて頂こう」
     口を開くなりの横に立った座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)は、件の一般人が闇堕ちしても人間の意識を残しているのだよ、と言葉を続ける。
    「つまり、ダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていない状態で、踏みとどまる」
     むろん、放置すれば完全なダークネスとなってしまうだろうが、灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出せるかもしれない。
    「故に君達へ依頼する。彼女を救って欲しい、と」
     ただし、完全なダークネスとなってしまうようであればその前に灼滅を。
    「少女の名は、真嶋・六花(ましま・ろっか)、高校一年生の女子生徒だな」
     むっちりとした体型を気にしていた六花は、ホワイトデーのお返しをしようと呼び出した少年から馬鹿にされると勘違いし、ご当地怪人マシュマロモッチアへと変貌してしまうのだとか。
    「もっとも、マシュマロ系とか太っていると思っているのは当人だけなのだがね」
     胸やお尻こそかなり大きいもののウエストに関しては人並みであり、バレンタインのお返しを持っていき闇堕ちのきっかけとなった少年もまったく気にしていなかったのだ。
    「体形を気にして大好きなモノを存分に食べれないというジレンマが六花にとっては大きな不可になっていた」
     たまりに貯まった負の感情はもう爆発寸前だったのだろう。
    「君達が六花に接触出来るのは、ご当地怪人に変貌を遂げた後」
     少女の呼び出された教室に突入してもいいし、教室の外の廊下で待ち伏せてもいい。
    「教室には目撃者の少年が居るのでね巻き込まれることを危惧するなら廊下で待ち伏せを推奨しよう」
     ちなみに、闇堕ちは周囲に人気がないタイミングに起こる為、マシュマロもちを渡しに来た少年を除けば他の一般人への対策は必要ない。
    「知っているとは思うが、闇堕ち一般人に接触し人間の心に呼びかければ弱体化させることが出来る」
     救うには戦ってKOする必要がある為、戦いは不可避。
    「故に上手く説得出来れば、救出の為の戦いを有利に進められることだろう」
     ただ、六花は体型を気にしている為、「太って」とか「マシュマロ」などの言葉を耳にすると激昂して説得に耳を傾けなくなってしまうのだとか。
    「これは『太ってなんかいない』などの否定の場合でもNGワードとなる」
     そも、闇堕ちのきっかけも誤解なのだ、気にしすぎて過敏になっているとでも言えばいいか。
    「言葉選びは重要だな」
     ちなみにマシュマロモッチアが戦闘になった場合、ご当地ヒーローのサイキックと似た効果の攻撃で応戦してくる。
    「ダイナミックのかわりにヒップアタック、キックのかわりにジャンピングボディプレスのようにな」
     白いリボンでラッピングされた巨体を活かした攻撃は、どちらもかなりの威力になると予想される。
    「その威力をどこまで弱められるかは説得次第だと言わせて貰おう」
     ちなみに、ご当地怪人の格好が白いリボンなのはきっとホワイトデーにちなんでいるのだと思われる。どうでも良いが。
    「だいたいこんな所だろう」
     あとは敢えて言うなら、ご当地怪人へ変貌されるところを見られてしまった六花へのアフターケアぐらいか。
    「最後に、六花の着替えを渡しておこう。救出したなら必要になると思うのでね」
     教卓に歩み寄り、置いてあった大きめの紙袋を持ってきたはるひはそれを君達に渡すと頭を下げた。
    「では、宜しく頼むよ」
     と。
     


    参加者
    望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)
    エルファシア・ラヴィンス(奇襲攻撃と肉が好き・d03746)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    ライラ・ドットハック(蒼の閃光・d04068)
    宗像・九十九(白獣・d18871)
    葛谷・涼(中学生ご当地ヒーロー・d20687)
    村正・雨(娯楽主義な元詐欺師・d23777)
    犬走・戒士(ブラッドバレット・d24427)

    ■リプレイ

    ●はじめよう
    「ビミョーな乙女心っすねぇ」
     一つ嘆息して犬走・戒士(ブラッドバレット・d24427)が足を止めた時、曇りガラスの向こうから聞こえたのは少女の誰かを叱責する声だった。
    「しかし、いいものだなきれいな鏡というのは」
     トイレから出てきた村正・雨(娯楽主義な元詐欺師・d23777)は一仕事終えたあとの顔でごく自然に他のメンバーと合流し、先程声が聞こえた方へと視線をやる。
    「よく考えれば、鏡を外して持って来れば良かった気もするが、その時間はなさそうだな」
     先程の声からするにもう教室の中ではバレンタインのお返しを持ってきた少年と問題の少女のやりとりは始まっていると思った方が良く、ご当地怪人へ変貌した少女が出てくるのは時間の問題だった。
    「……ボクの場合は勘違い? みたいなものだったけれど」
     徐に口を開いた葛谷・涼(中学生ご当地ヒーロー・d20687)は、自分も元モッチアであったからこその思いを言葉に紡ぐ。
    「同じもとモッチアとしては、救ってあげたいと思うんだ」
     と。
    「成功したら、みんなでマシュマロもち食べたいねっ」
     俯き心の内を零した顔を笑顔に変えて、仲間達に微笑みかけ。
    「男の子もがんばれ、だよっ」
    「ありがとうな。まあ、俺は俺でヤることはヤらせて貰うさ」
     男性陣に向けられたエールに北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)が応える声を聞きながら、ライラ・ドットハック(蒼の閃光・d04068)は考えていた。
    「……どちらから行くか」
     抱えた胸焼けさえしそうな甘い食べ物の何にまず手を付けるかを。もちろん、涼の言葉を前倒しで実行に移した訳ではない。ご当地怪人化した少女の前で食べることにより我慢する愚かさを教えることがライラの目的。
    「ぬぅぅぅ、もっちぃぃぃ!」
    「さて、そろそろだな」
    「そうっすね。ホントなら時間をかけてじっくり向き合うべきっすけど、そう悠長なことも言ってられないっす」
     中から聞こえた唸り声に身構えた望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)へ戒士は頷き、スレイヤーカードを手にする。
    「さぁ、帰って思う存分食べ……もちぃ?」
     戸を開けて教室から出てきた元少女ことマシュマロモッチアが待ちかまえていた一同に気付き、動きを止めた瞬間。
    「少しここを頼む」
     今日子は入れ違いに教室へ飛び込んだ。目的は、元少女へ贈られるはずだったマシュマロもちの確保。
    「な、何も」
    「少し、お話させて貰っても良いですか?」
     突然横をすり抜けられ、振り返ろうとするご当地怪人を止めたのは、宗像・九十九(白獣・d18871)のかけた言葉だった。

    ●誤解しないで
    「バレンタインにチョコレートをあげたんですね」
    「いっ、いきなり何もちぃ?!」
    「やっぱりね」
     驚きつつも否定はしなかった元少女の態度を肯定と取って、九十九の言葉をエルファシア・ラヴィンス(奇襲攻撃と肉が好き・d03746)が継ぐ。
    「男の子はホワイトデーに好物のお返しを持ってきただけよ!」
     まず為すべきは、誤解を解くこと。
    「そ、そんなこと……そんなことある訳」
    「ないのか?」
     想定外の真相を明かされ、狼狽する元少女の言葉を遮り、雨が問えば。
    「も、もちっ」
    「しかも、貴方の好みも把握してるんだから好意があるにきまってるじゃない! リア充爆発展開よねこれ!」
     怯むモッチアへ指を突きつけた拍子に豊かな胸を跳ねさせつつ、エルファシアは断定した。
    「さっき『アンタも』って言いましたね。あの人は違うと思ってたんですね」
    「なっ、聞いてたもちぃ?」
     九十九の指摘にマシュマロモッチアは再び驚いて目を見開き、話が進む間も戒士が見ていたのは際ほど大きく揺れたエルファシアの胸。
    「って、そうじゃなくて……嫁入り前の娘さんが、そんな恰好しちゃだめっすよ! 風邪ひいちゃうっす!」
     我に返って会話に割り込むまでに謎のタイムラグがあった理由は言わぬが華だろう。
    「もちぃ?」
    「ああっ、ある意味予想通りの反応なんだよ」
     もっとも口頭で止めろと言ったぐらいで止めるなら最初から現在の姿になるはずもなかった訳で、身に覚えがありすぎた涼が頭を抱える。
    「そうは言われても、ホワイトディにちなんでるからこのリボンは外せないのもちぃ」
    「いや、そう言う意味じゃなくてっすね?」
    (「本当の試練は助かってから何だよね……ボクも、闇堕ちの時のは思い出したくないし」)
     例外もあるものの、ご当地怪人してた時は疑問に思わないが救われると思い出したくもない黒歴史と化すのがモッチアなのだ。
    「だから、我慢してたんでしょう。ダイエットして、かわいくなろうって。あの人のことを、好きだったんでしょう」
    「ちょっ、そそそそそそんなんじゃ……あ、あたしは――」
    「つーか、ちょいと殺意高めでやりに来たら……何だ?」
     話を戻した九十九がご当地怪人の相手をする中、既濁は呆れるしかなかった。
    「好きな彼のことを考えるんだ、彼の何処が好きだ?」
    「な、なんでもう確定みたいなことなってるもちぃ! あたしはその確かに好きだけどアンタ達には関係なくて、え、あれ?」
     戻ってきた今日子の言葉に取り乱した元少女は、口から漏れた問いに応じるとは思えず。
    「何がしたいんだ?」
     という言葉の後に出たのはため息だった。
    「馬鹿馬鹿しい、興が覚めちまったよ」
     想定した通りの流れかはさておき。
    「オメーが自分の気持ちに嘘ついてるかは俺ぁ知らねーが。どーも、な」
     正直じゃねー奴のところにゃ鬼がやって来るぜ、と続けて既濁も説得の輪へ加わり。
    「って、そこ何食べてるもちぃよ!」
    「……好きなモノを否定するからこうなる。我慢は身体に悪いだけ」
     テンパっていたからこそ、遠慮無く甘いモノをむしゃむしゃしていたライラに気づいたのは、灼滅者達の説得にさんざん取り乱した後のこと。
    「……理解すると良い。甘味は素晴らしいということを」
    「うぐぐっ」
     もう我慢しないで良いからとご当地怪人に変貌したはずが、人の食べる姿を見て唸りつつも堪えているのは何故か。
    「そうやって我慢していたんでしょう? あなたはとってもかわいいと思います。かわいくなるために努力する姿は、とっても素敵です」
     理由を知っていたからこそ、九十九は賞賛する。
    「だから、そう言う意味でも元の自分の方がいいと思うんだ」
     そして、涼は鏡を取り出して元少女へと向ける。もう一押し、と思ったのだろう。

    ●元の姿へ
    「お、落ち着くっす! 話せばわかるっすよ!」
    「な、何もちぃよ。『ボクとそんなに変わらない』っていったから本当かどうか確かめてるだけじゃないもちっ」
     涼を捕まえて体つきを確認という名目でもっちあ(動詞)し始めたマシュマロモッチアは制止する戒士を不満げな目で見ると、再び涼の身体へ腕を伸ばした。
    「ちょ、ちょっと待」
    「言ったことにはちゃんと責任もちぃなさいもちよねっ」
     上擦った声を出すを叱責しつつご当地怪人が何処かを鷲掴みにすると、涼の口から悲鳴が漏れる。
    「で、何をどうしてこうなった」
     本日二度目の何をしたいんだを口にした既濁が見たのは、端的に言えばその光景。
    「仕方ねーな」
     埒があかないと見て、仲間の落とした鏡を拾い上げた既濁はとりあえず、戒士を見る。
    「犬走ももっと本気で止めろよ」
    「男はついついおっぱいに目が行っちゃう悲しい生き物っす! 俺も悪気はなかったっすよ!」
     そして、彼もっすと続けた戒士は既濁から顔を背けると元少女へ再び声をかけた。
    「同じ男として気持ちはよーくわかるっす! あれっすよ! ぶっちゃけ男は細やかなことにだいたい気づいてないっす!」
     今すべきは、説得か実力行使なのだから。
    「許してあげてほしいっす。そんで、もう一度よく話を聞いてあげ――」
    「ともかく、あんな悲しいすれ違いでやけ食いに走らせるわけにも取り返しのつかない闇堕ちを許すわけにもいきません。あと、これ以上のもっちあも」
     故に九十九はスレイヤーカードを手にし。
    「……というか焼肉で育てられた私のボディを見ても悩んでいられるかしら!」
     エルファシアもドヤ顔でカードを手に叫ぶ。
    「いぐにっしょん!」
     このままだと涼がピンチなのだ。
    「……美味しい」
    「って、まだ食べへべらっ」
     ポップコーンを頬ばり映画を見る観客よろしくまだ甘味を食べていたライラに驚いた元少女を、白光と共に繰り出された今日子の一撃は床に這わせ。
    「……んぐ」
    「もぢっ」
     食べ物をくわえたまま異形化させたライラの片腕が紫色の固まりと化して押し潰せば。
    「うぐっ、良くもやったもっちぃね」
     よろけつつ起きあがったモッチアは、口元を拭うと憤りも露わに跳躍した。
    「くらいなさいもちぃ!」
    「っ」
     迫り来る巨大な質量兵器。
    「何?」
     だが、反撃にヒップアタックがに届くことはなく。
    「敵を騙すなら味方から、だ。せーの」
     まず一回と口に出さずカウントしつつ、味方を庇った雨は自分を押し潰さんとするモノを持ち上げて押しのけた。エルファシアが向ける羨ましそうな視線はスルーして。
    「受け止めるなんて生意気もちぃ」
     攻撃を止められた元少女は不機嫌だったが、これすなわち説得が効いて弱体化しているのだろう。
    「抗う程に今の格好イヤなら――今から元に戻してやらぁ」
    「そのためにも、いまはちょっと我慢してほしいっす!」
     TETSUPIPEを振り上げた既濁が床を蹴り、別方向からは戒士のバベルブレイカーが元少女を狙う。
    「ちょっ」
    「まっ、かなり痛いがな。我慢しな」
     どちらに反応すればよいのか、迷う暇など無い。
    「信じてください。その力との向き合い方は、わたしたちが教えます。だから、力に呑みこまれないで」
    「うっ」
     むしろ、元少女へ向けられる声が動きを鈍らせて。
    「うるさ」
     言葉を振り払おうと頭を振りかけたご当地怪人の目に映ったのは、炎を宿し今にも振り下ろされんとするチェーンソー剣。
    「もっぢぃぃぃぃ」
     ただでさえ弱体化しているところに人数差から来る手数の差。集中攻撃されるマシュマロモッチアの悲鳴が廊下に木霊し。
    「こ、こんな……」
     それでもまだ立とうとする元少女を見つめ、雨は言う。
    「戻って来いよ。何かあったらまた、助けてやるそのために俺らはここにいる」
     仲間と違い、手は出すことなく。ただ、呼びかけて。
    「う、うるさもちぃ! じゃましなべっ」
     反発することで説得から逃れようとしたダークネスはご当地怪人と化した身体ごと殴り倒され、廊下を転がった。
    「もちぃぃ、目がまわ……誰かとめ」
     悲鳴付きで。
    「……言ってわからないなら、拳でわからせるのも一興」
     ただ、ライラも救いの声に応じた訳ではなく。
    「……くだらない迷い、これで断ち切る!」
     非物質化させた殲術道具を手に、転がるマシュマロモッチア向けて跳ぶ。
    「もぢっ」
    「待ってたわよ」
     交差する瞬間、一撃を受けて転がる方向を変えた元少女を待ち受けていたのは拳の嵐。
    「ばっ、ぶっ、も、もぢっ」
    「終わりだ」
     ご当地怪人はサンドバックと化し、仲間に倣って咎人の大鎌を振りかぶった雨は攻撃に晒され無防備な背面に断罪の一撃を叩き込む。
    「ましゅま……ろ」
     ポテッと倒れ伏した少女は元の姿に戻り。戦いは終わった。
    「……六花さんおっぱい大きいっすね」
     何かが台無しな誰かのコメントと共に。

    ●二人は
    「あの、六花さんは?」」
     教室に足を踏み入れたライラへ少年の発した第一声は元少女のことを問うものだった。
    「……大丈夫。今着替えてるわ」
     もっとも、問いかけたからといって少年が六花をまだ好きで居るかどうかはわからない。
    「……彼女に悪気はなかった。許せとは言わないけど、あなたの感謝の気持ちはしっかりと伝えるべきだと思うけど?」
     ただ、言うべきと思ったことがあって、少年が応じてくれればと思っただけのこと。
    「こんなものだな」
     ライラが答えを待つ間、教室の壁を挟んだ廊下で、雨は戦闘の痕跡を消す作業に没頭していた。流石に男性陣の前で少女を着替えさせる訳にも行かず、残る女性陣は少女と共に最寄りの女子トイレへ移動している。
    「落ち着かないっすね」
     ボクの時は色々されたから、と前置きしてそういうのがないといいなあと言っていた涼の言が気になったのか別の意味でか、戒士はポツリと漏らす。
    「その……ありがと。それと、ゴメン……なさい」
    「ううん。何て言うか、こういう時はお互い様だし、ボクの時もたいへんだったよ……」
     元モッチア同士で分かり合ったりして、別段の危惧したような状況にはなっていないのが実情なのだが、それはそれ。
    「それで、六花ちゃんはどうするの? 良かったら武蔵坂に来ない?」
    「さっき言っていた所ね……えっと」
     エルファシアの提案に少女は少しだけ戸惑いを見せ。
    「まあ、その結論を出すのは後で良い。あの男子が言いたかったこと、最後まで聞けてないだろう?」
    「彼には一言、あってもいいんじゃないですか。無理にとは言いませんが」
     今日子と九十九の言葉に少し沈黙を挟んでから、頷いた。
    「そうね、もうダメかもしれないけど……」
    「どう話していいか解らないなら『急な用事って言って帰っちゃったから、しっかり話せなくてもう一度聞きたい』とか言うといい」
     渡された着替えに腕を通す少女へ、今日子は一つの助言を口にして背を押す。
    「大丈夫。六花さんちゃんとかわいいっすよ!」
     着替えの終わりを外で待っていた戒士にしても、救ったら後はどうでも良いなどと言うつもりは毛頭無く、笑顔で安心させつつ言葉を続けた。
    「だから、もう一度彼の話を聞いてあげてほしいっす」
     二人の恋の行方がどうなるかなど、灼滅者達にはわからない。
    「ところで知ってるか? ホワイトデーにゃお返しには意味合いがあってよ。マシュマロはお断りのことなんだってよ」
    「っ」
    「――だがまあ、そいつがお前ぇの好みを知っていて、マシュマロを持って来たっつーなら……話は変わるがな」
     既濁も一つの可能性を語り、道を空け。
    「……で、彼女がまだ好きで入られる度量がある?」
    「えっ」
     少女が教室の扉を開ければ、いつの間にか先行し少年と話していたエルファシアの姿。
    「あっちゃー、時間切れね。じゃあ選手交替といきましょ」
     相変わらず無駄に胸を揺らしつつ、悪戯っぽい顔でエルファシアは歩き出すと少女とすれ違った。
    (「というかおっぱい好きなら離しちゃだめよねー」)
     充分勝負になるボリュームを有す少女の豊かなモノに目を落としながら。
    「さて、どうなるかな? 恋のすることの素敵さをあの子も感じられる結末になると良いんだが」
     少女を教室に見送った今日子は、曇りガラスを見つめながら呟く。
    「そーいや、マシュマロが台無しになってるが、あれどーすんだろな」
     まだ結末を見ていないモノがもう一つ、残ってはいるがそちらについてもどうなるかは中の二人次第。灼滅者達に出来たのは、ただ待つことだけだった。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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