寂れた神社に、その獣が訪れた。重さを感じさせない疾走で石段を一気に駆け抜け、境内へ。その青い炎のようなオーラの軌跡を残し、降り立った。
『…………』
二度、三度、と純白の狼がその場を巡る。そして、天へ向かって吼えた直後だ――ドン! という衝撃が、寂れた神社を揺るがした。
ふわり、とそこへ降り立ったのは、二メートルを超える大男だ。山伏の服装。一本下駄。その肌は血のように赤く、長い鼻を持つ――天狗、神話伝承でそう呼ばれるべきモノだ。その手の八つ手の葉によく似てた扇を振り払った瞬間、突風が境内を吹き荒れた。
その時には、既に純白の狼はその場には居ない。天狗の姿を確認し終えたかのように、再び石段を下って姿を消していた。
『…………』
そして、その場には一体の天狗が残された……。
「また、スサノオが古の畏れを生んだみたいっす」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そう厳しい表情で語り始めた。
今回、翠織が察知したの魔縁――天狗に関する伝承を持つ神社だ。
かつて、その山には天狗がいた。その山では、いくつもの流星が落ちてその流星に乗った天狗が、流行り病と共に降り立ったと伝えられている。
「付近の住人は、そこに神社を建立して天狗を鎮めた、と言われてるっす。天狗ってのも、色々と諸説のある存在っすからね」
それ以来、天狗は付近の守り神、よい存在として語られていた。しかし、それはあくまで鎮まったからこそであり、その本質は人に害をなす荒々しい存在なのだ。だからこそ、その神社に踏み入る者がいれば、躊躇なくその命を奪うだろう。
「春になれば、お花見などで賑わう場所らしいっすから。今の内に、対処しておくべきっす」
天狗は、普通に神社の境内に行けば遭遇出来る。人気も居ないので、ESPによる人払いさえしておけば安心して、昼間に戦う事ができるだろう。
「敵は一体、ダークネスほどの強敵ではないっすけど、それでも用心は必要っす」
油断すれば、こちらが瓦解しかねない。十分に作戦を練った上で、挑んで欲しい。
「何にせよ、スサノオの行方を予知できないなら、その足取りを追う以外の手はないっす。必ず、この一つ一つの事件が元凶のスサノオに繋がるはずっすから……」
よろしくお願いするっす、と翠織は真剣な表情でそう締めくくった。
参加者 | |
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佐々木・侑(風・d00288) |
幌月・藺生(葬去の白・d01473) |
月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156) |
越坂・夏海(残炎・d12717) |
由比・要(迷いなき迷子・d14600) |
四季・彩華(白雪の狭間に惑いし姫王子・d17634) |
足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101) |
●
「スサノオも面倒な事してくれるなぁ」
長く続く石段、そこを昇り終えて佐々木・侑(風・d00288)はしみじみと呟いた。
「天狗……ですか。 いろいろな伝承がある存在ですよね。山の神様みたいに扱われてるところも割りとあった気が」
そのすぐ後に寂れた神社へとたどり着き、月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)はこぼす。
「メジャーなイメージだと赤い顔、長い鼻といった具合なんでしょうが……やっぱり、古の畏れの外観って私達のイメージが形作ってるものなのでしょうかね? それとも古の畏れの方が先にあったのか……まあ、こんなの検証する方法なんてないですけど」
「ええ、私は天狗に縁がない地域で育ちましたけど山の神として崇められてる地域もあるのですよね? いろいろなことが天狗のせいだとされているみたいですから、不思議な存在ですよね」
彩歌の言葉に、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)もその目を細めて言った。未だ花開かない桜の木々――そこから発する気配に気付いているのだ。
カカッ! と境内に着地する人影があった。二メートルを超える大男、山伏の服装に一本下駄、血のように赤く肌を持つ長い鼻を持つ――天狗だ。その手の八つ手の葉によく似てた扇を構える天狗の姿に、越坂・夏海(残炎・d12717)が心弾ませたように言った。
「おお、まさに天狗だ」
「天狗は初めてみるけど、……ずいぶん大きいんだねぇ」
柔らかく微笑んだまま、由比・要(迷いなき迷子・d14600)もそう感心したように言い捨てる。
「ふむ、天狗のお面被ってるわけやないんやね」
足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)は、そう静かに言い捨てる。伝承のとおりやね、と。
ここに来る前に、この天狗の伝承は調べておいた。空に流れ星が輝いたその年に流行り病が周辺にはびこり、それが天狗の仕業とされたこと。そして、その後に社を建てられ鎮められた後に、どれだけ多くの恩恵を人々に与えた事になっているのかも、だ。
「行くよ、導きを。『Pandora Snow』!」
スレイヤカードを掲げ、四季・彩華(白雪の狭間に惑いし姫王子・d17634)はその剣の名を唱える。引き抜く純白のクルセイドソードと、紺色の高校女子制服がその身を包む――そして、八人と二体が身構えるのに、天狗もまた一本下駄で前へと踏み出した。
「天狗さん大きいですね……頑張ろう、くーちゃん」
真っ直ぐに天狗を見上げて告げる幌月・藺生(葬去の白・d01473)に、霊犬のクロウが一鳴きして応えた。
『――ッ!!』
天狗が扇を薙ぎ払う――その直後に巻き起こった竜巻が、灼滅者達を飲み込んだ。
●
ゴオオオオオオオオオオオッ! と、風が荒れ狂い、寂れた境内に立ち昇る。その竜巻が、唐突に内側から消し飛んだ――夏海が展開したワイドガードが内側から弾き飛ばしたのだ。
「昔どっかで見た本に出てくる妖怪が目の前にいるって変な感じだな」
真っ直ぐに天狗を睨み付け、夏海は苦笑まじりに言い捨てる。そして、呼吸を一つ、言い放った。
「生み出されて間もないとこ悪いけど、害を為すなら止めさせてもらうぞ!」
夏海の言葉と同時、消し飛んだ竜巻の中から、彩歌は身を低くして疾走。天狗の目の前で急激に真横へ方向転換、死角へと回り込むと斬線を薙ぎ払った。
「流星とともに流行り病をもたらした天狗……そういえば、別の国では天狗って凶事を知らせる流星を意味するものだったのか」
間近で天狗を見上げ、彩歌は呟く。斬線の切っ先は天狗の足を捉えたが、天狗は構わず跳躍――牽制に、無数の石を雨のように降らした。ガガガガガガガガガガッ! と地面に、石畳に、無数の石が降り注ぐ――その中を、藺生が眼前に縛霊手を構え、クロウの眼差しに癒されながら大きく跳躍した。
「古の時代から復活したところ悪いですが現代で暴れさせる訳には行きません、ここで再び眠って貰います」
藺生の縛霊手の打撃を、天狗は扇で受け止める。そのまま落下し、着地した瞬間にライドキャリバーのシェリーが、エンジン音を轟かせて突撃した。天狗が、それを受け止める。カ、カカカカカカカカカカカッ! と一本下駄を鳴らしながら踏みとどまった天狗へ、優雨はCocytusを頭上に掲げた。
「頼むで? 優雨ちゃん」
侑の薙ぎ払ったクルセイドソードが吹かせる祝福の言葉を変換させた風が仲間達を回復させる中、優雨は裏切り者の地獄の名を持つ槍を振り下ろした。
「咲き誇りなさい!」
ヒュガ! と宙を滑るように放たれた優雨の妖冷弾が、天狗の右肩を捉える。バキン! とその氷が花を形作り、天狗を凍らせていく――そして、要がその右手を突き出した。
「狼の行方も気になるけど……まずは、目の前の災いをきれいにしないとね」
音もなく走った影が、天狗を縛り上げようと迫る。その要の影縛りに手足を絡み付かれた天狗に、命刻が踏み込んだ。
「足利流威療術、臨床開始や!」
命刻の目が瞬時に目の前の天狗を見切り、その弱点や急所を見い出す。そこから放たれてる手刀を、天狗は強引に振るった扇で受け止めていった。
一合、二合、三合――命刻が攻め、天狗が守る。その攻防へと、彩華がスカートをひるがえして一気に踏み込んだ。
「ここだよ!」
命刻後方へ跳んだ直後、彩華の雷を宿した拳が振り上げられる。その蒼雷銀華を集中させた一撃、抗雷撃が天狗の顎にクリーンヒットした――が、天狗の巨体は羽のように宙を舞い、空中でバク宙してカ! と着地した。
「すごいな」
夏海が天狗に身のこなしに、素直に感嘆の声を上げる。その二メートルの巨体に、鈍重さはない。むしろ、それは羽のように軽く、こちらの多数からの攻撃に対応して見せた。身体能力だけではない、確かな技術と鍛え上げたバランス感覚があるからこその動きだ。
「そうですね……私達は、天狗と相対しているのですね」
彩歌の言葉も、自然と弾んでしまう。伝承上の存在を見られることに、そして戦えることにときめいてしまう――彩歌は、そんな自分を自覚した。
『――――』
そして、天狗が口の端を歪める。笑み、そう呼ぶのにふさわしい表情で、天狗は跳躍した。
「来るで!」
侑の言葉と同時、天狗が扇を振り下ろしたそこへ無数の礫が豪雨のように降り注いだ。
●
寂れた神社だけに、激しい戦闘音が鳴り響く。カカカカカカカカカッ、と石畳の上を横走りする天狗に、地面を疾走して侑とシェリーが挟撃した。
「あんま好き勝手されても面倒やしな――嫌がらせはよーさんやらせて貰うで!」
アイコンタクトも、必要ない。シェリーが機銃掃射を天狗の足元へ放った直後、侑がラリアット気味に縛霊手を振るった。天狗は跳躍して銃弾をかわそうとしたが、その瞬間に薙ぎ払われた侑の一撃を受けて宙を舞う。
「月は形を持たず――!」
彩歌が歌うように唱えた瞬間、その足元から伸びた影が着地した天狗を足元から襲った。Ombre de la luneによるトラウナックルに、天狗はかろうじて踏みとどまった。
「まだまだだよ!」
そこに、要が銀の輝きを風に乗せて疾走する。繰り出された縛霊撃が、天狗の胸を強打する――直後、天狗はより笑みを深いものへと変えて旋風を巻き起こした。
「――っ、さすがにきついな」
強引に夏海は彩歌の前へ割り込み、その風を自身を盾に受け止める。その身を蝕む毒を自覚しながら、夏海は清浄な風を戦場に吹かせた。
「くーちゃんもお願い」
そこへ、藺生のセイクリッドウインドが入り混じり、クロウの浄霊眼で仲間を回復させる。そして、呼吸を整えて命刻が踏み込んだ。
「強引にでも、行かせてもらうで!」
殺人注射器が灼熱の炎を帯びて、繰り出される。それを左肩へ突き刺され、天狗は大きく後方へ跳ぼうとした。
「逃がしません」
その天狗を押し潰すように、優雨の鏖殺領域が放たれる! ドォ! と漆黒の殺気に飲み込まれた天狗へ、蒼天刃華へ彩華は拳を振り下ろした。
「飲み込んじゃえ!」
そして、蒼銀の美しき影は大量の刃となって天狗を飲み込む――その寸前、巻き起こった竜巻が影の刃を相殺、蹴散らした。
(「あらぶる魔を鎮めるのは人の役目……静まれば、それはその土地を守る神となる。悪霊や魔を崇め奉り、守り神とするのは日本らしいことだと思うんです、ここまで多種多様な神がいる国は珍しいですから」)
荒れ狂う天狗から視線を外さず、優雨は思う。そして、小さなため息と共にこぼした。
「まぁ、意外と人に討ち滅ぼされる神も多いのですが」
まさに、今がその真っ最中だ。天狗は、その広範囲攻撃と回復能力を活かして、灼滅者達を追い詰めていく。しかし、だからこそ付け込む余地があった。
『――――』
天狗の下へ、一つの流星が舞い落ちる――流星の魔縁によって炎と氷を消し飛ばした、その瞬間だ。
「みんな、もうちょいや! 押し押しでいくで!」
回復に手を費やすこの一瞬、それこそが総攻撃のチャンスだ――踏み込んだ命刻へ、天狗は扇を薙ぎ払う。命刻はそれを紙一重で身を沈めてかわすと、殺人注射器を天狗の脇腹へ突き刺した。そのライフブリンガーに天狗が動きを止めた間隙、シェリーが天狗を真正面から跳ね飛ばした。
「折角鎮められて穏やかにやってんのに天狗さんもええ迷惑やな」
そこへ、侑が回り込んでいる。その影を刃へと変えて、宙を舞った天狗へ繰り出した。
「ま、なんやろうとぶっ潰すだけやけどな」
ザザン! と空中で影の刃に切り裂かれた天狗は、かろうじて体勢を立て直して着地する。しかし、そこへは既に優雨が、Cocytusを振りかぶって忍び寄っていた。繰り出された横薙ぎの斬撃、優雨の黒死斬に天狗は大きく体勢を崩した。
「お願いします」
「はい! 小鳥遊さん」
藺生とクロウが、同時に踏み込む。クロウの斬撃が脇腹を捉え、藺生の影が天狗を飲み込む――そのまま地面を転がった天狗に、一つの人影が駆け込んだ。
「ダークネスとの戦いは何かと思うところがあるが――」
夏海が踏み込む。天狗が、すかさず立ち上がり蹴りを繰り出そうとし――しかし、その膝を夏海のオーラを宿した拳が打ち落とした。
「――古の畏れとの戦いは後ろめたさがなく気にせず存分に戦える!」
ガガガガガガガガガガガガガガガッ! と拳による殴打、殴打、殴打――夏海の閃光百裂拳が、天狗の巨体に突き刺さっていく。そこに、彩歌が駆けた。
「さて、名前も同じで妙に趣味もかぶりがちな私たちですが、戦闘でも合わせてまいりましょうか」
「行こう、彩歌さん! 聖光・姫麗斬!」
彩歌が死角へと回り込み斬仙を振り払う――そのティアーズリッパーによる斬撃の軌道に寸分も違わず、彩華のクルセイドスラッシュが切り裂いた。
『……ッ……』
天狗が、大きくよろける。そこへ、要が舞い降りた。それは色づく前の桜の花びらのように――要は優しい笑みと共に、言い捨てる。
「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず……。どこか、……少しだけ、俺たちに似てるね」
振り上げた碎月が、振り払われる。その衝撃を伴った一撃が、文字通り天狗を打ち砕いた。
「けど、違うものだから……さようなら」
天狗は、風に掻き消え、欠片も残らない。その姿を見届け、静かに要は別れを告げた……。
●
「やっぱり、神社は鎮まってる方がええねえ」
お騒がせしました、と命刻は社に手を合わせる。戦いの痕跡は残っていない、後片付けを終えたからだ。
「何か手がかりになるものは……」
「……なさそうだな」
藺生の呟きを継ぐように、夏海は言った。確かにスサノオへと繋がる手がかりは、一切残されていなかった。それでも、未来で起こる惨劇を防げた――それだけで、十分な戦果だ。
「古の魔天狗に現代を荒らさせはしない……それにしてもスサノオ。彼は一体何者なの……?」
「スサノオが何故、いにしえの畏れを呼び出せるのか、何のために呼び出すのか。答えはどこにあるのでしょうね?」
彩華と優雨の問いに、答えを持つ者はいなかった。
「これで後につながればいいのですが……」
「そうやな」
こぼす彩歌に、命刻もうなずく。データは、ある。しかし、それだけで追える相手でもないのだ。
「早く花が咲かないかな……、もうすぐ、お花見の季節だね……その頃には、狼の行方も、わかるといいんだけどね」
「花見に良さそうな場所でも見繕ってから帰るか」
未だ蕾である桜を見上げて言う要に、侑も笑っていった。その神社の桜が見頃になるのは、もうしばらくの時間が必要だ。その時に、多くの人を楽しませてくれるだろう……その事が、勝ち得た結果であると灼滅者達は誇らしかった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年3月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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