はなしたら、おちそうなの

    作者:織田ミキ

    「おはようございまーす」
     保育園の入口で頭を下げる、若いサラリーマン風の父親。連れられているのは、髪の長い幼女。桃色のウサギのぬいぐるみを抱え、長い耳をあぐあぐと食んでいる。そんな二人を、保育士は笑顔で迎えた。
    「はい、おはようございます。舞衣ちゃん、おはようございまーす!」
    「……」
    「あれー? どうしたのかなー?」
    「ああ、すみません。病気ってわけでもないみたいなんですが、なんか今朝から急にこんな感じで……。しきりに喉乾いたって言う割に、飲み物には手をつけないし、どうしたもんか……」
     そこまで言って父親は顔を曇らせた。本当は休ませてやりたいものの、自分には仕事があり急に頼れる当てもないといったところだろう。父子家庭にはよくあることだ。
    「うーん。……熱は、ないみたいですね」
     顔を背ける舞衣の額に手をやり、保育士が首を傾げる。父親は娘が咥えていない方の垂れ下がったウサギの耳を示し、また頭を下げた。
    「私物持ち込んで申し訳ないんですが、これ、取り上げようとすると異常に泣くもんで……今日は、何とかこのままお願いできませんか」
    「はい。それじゃぁ、もし具合が悪くなったりしたらすぐ連絡しますので、お迎え、よろしくお願いしますね?」
    「あ……はい。わかりました。どうしても仕事で抜けられないときは、シッターさんに来てもらいます。それじゃぁ舞衣、パパお仕事行ってくるから、良い子にしててくれなー」

    「どうやら……時が、来たようだな!」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、集まった灼滅者たちを颯爽と振り返った。
    「お前達に依頼したいのは、小野木・舞衣(おのぎ・まい)の闇堕ち救出だ。資料を見てくれ。父子家庭に育った六歳。原因はどうやら、離婚した母親からの『感染』らしい」
     つまり、相手はヴァンパイア。誰かが闇堕ちした際に、遠く離れていても親近者が一人同時に闇堕ちする『感染』という現象が起こることは、よく知られている。
    「まあ母親の件は今は忘れてくれ。今回助けたいのは娘の方だ。舞衣はこの四月から小学生。上手く闇から救い出すことができれば、うちに迎えることも可能かもしれない」
     ヤマトは、幼いながら闇に引き込まれる力に抗い耐える彼女に、灼滅者の素質があるのではないかと睨んでいるようだ。
    「事件が起こるのは来週の月曜日。舞衣の闇堕ちが始まるのはその日の朝からだ」
     日中は大人しく耐え続けるが、夜、迎えに来た父親と歩いて帰り、家に着く寸前で完全なダークネスとして逃走することが未来予知でわかっているのだという。
    「……さて、接触のタイミングだが。舞衣が一人になるようなチャンスは、ない!」
     したがって、迎えが来る前に何とか上手く保育園から連れ出すか、敢えて父親と一緒にいるところへ接触を図るか。それはお前達に任せる、とヤマトは続けた。
     父親が舞衣を引き取りに現れるのは午後七時。通常、父親以外が迎えに行く際は事前連絡が必要だが、あくまで相手は一般人。何か工夫すれば欺くことも可能かもしれない。
     資料の地図で、戦闘に使えそうな場所も確認できる。保育園の裏の空き地や、帰宅経路にある河川敷が妥当だろうか。
    「戦闘に入ると、舞衣は無意識にヴァンパイアのサイキックを使ってくるはずだ。見た目に騙されず、心してかかってくれ。だが言葉をかけるなら、そこはやはり六歳向けでな」
     ああ、それから――とヤマトが黒板に勢いよく「モモ」と書く。
    「役に立つかどうかわからないが、舞衣の気に入っているウサギのぬいぐるみの名前は、モモちゃんだ」
     一人二役こなして会話の真似事をするほど、来年小学生にしてはかなり依存しているらしい。尚、接触当日も舞衣はそれを持ち歩いているということだ。
    「それじゃあ、頼んだぞお前達! 男手一つで頑張ってきた父親のためにも、必ず一丸となってこの依頼を成功させてくれ!」


    参加者
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    春夏秋冬・那由多(中学生ダンピール・d18807)
    アレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    飛鳥・神護(鍼灸師見習い・d24771)
    青山・紗智子(入神舞姫・d24832)

    ■リプレイ

    「こんばんは。小野木さんがお仕事で遅くなるとのことで、代わりに舞衣さんをお迎えに上がりました」
    「あ、はい。どうも、こんばんは。代理の方ですね」
     保育園の門前でシッターだと名乗ったクラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)に、保育士は笑顔で会釈を返した。続けて、そう言えば今朝シッターを雇うようなことを聞いたっけなどと独り言を呟いている。それらしい演技とプラチナチケットの効力に加え、黙っていると貴族の気品が漂うクラリーベルは、まったく疑われていない。
     そしてその隣に控えているのが、ラブフェロモンを纏った春夏秋冬・那由多(中学生ダンピール・d18807)。一応、学校の社会体験授業でシッター業を手伝っているという設定だ。黒のゴシック服に身を包み、手袋をはめた手でいつものように懐中時計を弄ぶ。そんな那由多を一度視界にとらえた保育士は、彼の艶やかに輝く銀髪と中性的な容姿に見入って時間が止まったように動かない。それでもしばらくして、はっと慌てた様子で口を開く。
    「~ッ、えっと、すみません、せっかく来ていただいたんですが、どうしても規則で……事前にお電話いただいていないと、お引き取りいただけな――」
     言い終わる前に、後ろから「あ」と声が上がった。
    「小野木さんなら、先ほどお電話いただきました。確か、ローゼンさんというシッターの方が六時半頃お見えになると……」
     声の主を振り返り、保育士が首を傾げる。そこに立っていたのは、エプロン姿の深海・水花(鮮血の使徒・d20595)だった。誰でしたっけという保育士の視線に対し、今日研修で入ったばかりで仕事に慣れずうっかり伝えそびれていました、と自然な演技で謝る水花。ここでもまた、プラチナチケットが利いた。もちろん、つい今しがた塀を越えて忍び込んだばかりなのだが。


     街灯に明かりの灯る時間となり、まだ迎えを待つ残り少ない子供たちも室内へ入ったのだろう。辺りは静かだった。誘導班が舞衣を連れてくるまで、保育園の裏の空き地で電灯に照らされて待つ灼滅者たち。そうして、おもむろにもう一人分増える、人影。
    「……来たな、あの子か」
     近付いてくる人の気配を察知し、アレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526)が闇の中から姿を現したのだ。
     桃色のウサギを抱えた幼女は、クラリーベルの手をしっかりと握って歩いてきた。彼女を本当に父親が寄越した人間だと思っている様子だ。その後ろをついてくるのは、那由多と水花。これで全員がそろった。
     たくさんの知らない人間と対面し、舞衣の眉間の皺が深くなる。しかし、その中のリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)をみとめた瞬間、少しそれが和らいだ。自分に一番近い少女もいる、と安心したのだろう。
    「いらっしゃい。初めましてね……我慢してるの、辛いんでしょ。私もね、いっぱい我慢したから知ってるの……。本当によく頑張ったわね、舞衣ちゃん。もう大丈夫よ」
     瞳の奥に過去の憂いを押し込めたリュシールの優しい声に、舞衣の眉間の皺がまた少し薄くなる。一方、彼女に耳を噛まれっぱなしのウサギを見下ろし、アレックスはこれが噂の「モモちゃん」か、などと思いつつサングラスを外した。珍しく、赤茶色の双眸が露わになる。子供を怯えさせないための気遣いだ。
    「それ、可愛いぬいぐるみだね。誰に買って貰ったんだい?」
     話しかけられてクラリーベルの後ろに隠れた舞衣が、それでも闇堕ちに抗う苦しげな顔を半分覗かせ、小声で「パパ」と答える。
     しかし次に自己紹介をした水花が鞄から取り出した青色のウサギのぬいぐるみに、幼女はまたひょっこりと顔を覗かせて両目を見開いた。水花はぬいぐるみを「アオくんですよ」と紹介し、さもソレが話しているように見せてやる。
    「舞衣ちゃんは強い子だね、とても偉いよ。だから、皆で助けに来たよ」
     「喋った」アオくんの手に、幼女は自分が耳を食んでいる桃色のウサギの手を、そ、と触れ合わせた。
     さて、そろそろ大丈夫だろうか。そんな気持ちで飛鳥・神護(鍼灸師見習い・d24771)も歩み寄ってみる。
    「俺は神護。君は?」
     決して威圧的に言ったわけではない。ところが舞衣は逃げるようにクラリーベルの服に顔を埋めた。深追いする気はないから安心しろという調子で両手を晒し、敢えて背を向けた神護が殺界形成を使う。アレックスと同じく、彼らの持つ雰囲気もその一因だろうが、舞衣の目には高校生も大人の男性に見えているようだ。
     そこへ咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)は、また明るく語りかけた。まるで過去と向き合うような気分で静かに幼女と目を合せる。己の中のダークネスと戦うその苦しみと恐怖を、自分もかつて乗り越えた。
    「お姉ちゃんも、舞衣ちゃんと同じようになったことあるよ」
     その一言に驚いた様子で幼女が顔を上げる。
    「でも我慢して、悪いヤツをブッ飛ばしたんだ」
     小さなの胸を指し、今この中で舞衣ちゃんを苦しくしてるのが「悪いヤツ」だよと説明してやる。すると幼女はハッとした様子で胸を手で押さえた。
     握られっぱなしだった手をやっと解放され、クラリーベルも屈んで彼女に目線を合わせて言う。
    「モモちゃんを齧るのは辛いよね。大丈夫。私達に任せて、それをどうにか出来る方法を知っている。だから、今はその辛さをぶつけて欲しい」
    「朝からずっと喉が乾いて、何かを飲みたくて仕方ない……でも、それが何か分からなくて心がもやもやする……その気持ち、私達にぶつけてみませんか?」
     自分の容姿を気にかけながら、青山・紗智子(入神舞姫・d24832)も控えめに声をかけた。案の定、紗智子を見上げた舞衣の目は彼女の角に釘付けだ。
     幼女は「かわいいひつじさんのつの」を見つめながら、灼滅者たちの話について懸命に考えていた。
     喉が渇いて辛い病気になったのは、胸の中にいる「悪いヤツ」のせい。それをやっつけて病気を治すには、お姉ちゃんたちの言う通りにしなくちゃいけない。
     そんな図式が、ようやく幼女の頭の中に出来上がる。
    「このまま君が感じている感覚に身をゆだねたら……この俺みたいな化物の姿になる。それでもいいのか? そしてそうなったら君のお父さんには二度と会えないぜ?」
     言ったのは、蝙蝠のようなヴァンパイアの翼を現した神護だった。幼女の戦意を煽るため、嫌われ役を買って出たのだ。
     ビクリと強張った舞衣の肩を、リュシールが励ますように撫でる。
    「大丈夫。お姉ちゃん達はね、それを治してあげられるの。痛いけど……我慢できる?」
     大きな緑色の瞳を見上げ、舞衣はこくりと頷いた。それを見て紗智子がサウンドシャッターを使う。間もなく戦闘となるだろう。
    「それじゃあ舞衣ちゃん、モモちゃんには離れたところから見守ってもらおう」
     那由多の台詞に、幼女は激しく首を振った。
    「そっか。じゃぁ一緒にいていいよ。ちょっと、モモちゃんが怪我しないか心配だっただけだから」
    「……」
     無理に取り上げようとはしない那由多。しかし彼の助言を、舞衣の方がことのほか深刻に受け止めたようだ。じっとぬいぐるみの目を見つめてから、意を決したように牙の発達した口を開く。ぽろりと垂れたウサギの耳には、恐ろしいまでの歯型がついていた。
    「アオくんも……いっしょなら、いいって。モモちゃんが、ゆってる……」
     それを聞いた水花がすかさず青色のウサギを幼女へ差し出す。二体のぬいぐるみは、灼滅者たちの後ろに仲良く並べられた。
    「君はお父さんの事や、君が大事にしてる事を強く思うんだ。大好きな気持ちは、きっとその『悪いヤツ』に勝てるよ」
     そんな那由多の声を聞きながら。
     朦朧とした表情で自分の手に深々と歯を立てた幼女の回りを、突然、色濃い霧が包んだ。


     ヴァンパイアミスト……!
     身を翻して素早くバーガンディに跨った千尋が、その中へ迷わず突っ込む。そうして一輪のサーヴァントが幼女に激突する寸前に跳び、神聖なる真っ白のオーラを纏った剣を全身のバネを使って振り下ろした。地面に叩きつけられる小さな身体。それが今度は、まるで大地から天に向かって打たれたような雷を喰らい、宙を舞って落ちる。やっと晴れた霧から姿を現したのは、そこに着地したリュシールだった。何が起こったか、舞衣には見えもしなかっただろう。それもリュシールの思いやりだ。
     早く終わらせてやりたい。その気持ちは皆同じ。
     ひらり、と。人間らしくない起き上がり方をした幼女を、二方向から追いかけてきた銃弾が音を立てて貫く。水花のホーミングバレット。そしてもう一発を放ったのは、アレックス。
     黒いスーツの懐からガンナイフを抜き無造作に発砲する、その洗練された動きは裏社会を匂わせる。それでいて、戦闘中でも優しく声をかけてやることを忘れない。
    「大丈夫、怖いお化けになんかならなくっていいんだよ。お家に帰って、パパと晩ご飯を食べるといい」
     パパという言葉に反応したのか、アレックスの方を向いた舞衣の隙をついて、紗智子が間合いを詰める。この上なく優れた舞姫に似つかわしい、しなやかな攻撃は扇の舞いさながら。そして次の瞬間に紗智子の銀髪を掠めてやってきた白い光が、舞衣を直撃。そのオーラキャノンを撃った神護は叫んだ。
    「君が生き残ることを俺たちは信じているんだ! 負けるんじゃないぞ!」
     励ましに力を添えるように、流れてきたのはリュシールの歌うディーヴァズメロディ。耳に優しく響くそのフランス語の子守唄と共に、千尋も言葉を届ける。
    「モモちゃんも応援してくれてるよ! 大好きなパパと離れたくないって、お祈りして!」
     顔を上げた虚ろな表情の舞衣が、無意識に声のした方にサイキックを放つ。しかしその間に入って代わりに逆十字の赤いオーラを噴き上げたのは、ライドキャリバーだった。
    「バーガンディ!」
    「大丈夫、俺に任せて……!」
     那由多の矢にすぐさま癒される相棒を尻目に、千尋が得物の切っ先で十字を描き、同じサイキックを舞衣に返す。倒れた幼女に、ゴシックドレスの袖を揺らした刹那が霊撃、それに入れ違うようにクラリーベルが地面を蹴った。
    「絶対に……父親と離れ離れには……させないっ!!」
     貯めた力を愛刀「青薔薇」の刀身に込め、円を描くような華麗な剣技を見せながら一気に間合いに踏み込む。真っ赤なオーラの残像が孤を描き、ダークネスの巣食う幼女の身体を鮮やかに切り払った。
     満を持して放たれたクラリーベルのこの攻撃を境に、舞衣の体力が激減してゆく様子が目に見え始める。何度か重ねられた催眠の効果もあり、戦闘を続けた幼女はあるときいよいよ自分自身に攻撃をした。よろめいた身体に心を鬼にして打撃を与えつつ、紗智子が優しく声をかける。
    「大丈夫ですよ、大人は子供を抱き止めるのが仕事ですからね」
     だから、どうか恐れずに。幼いあなたは心置きなく自分の中のダークネスと戦って、そして勝利して見せてほしい。
     灼滅者として覚醒するか、ダークネスと共に滅ぶか。その決着がつけられたのは、それからすぐのことだった。皆と素早く視線をかわした千尋が、慈悲をこめて最後の一撃を喰らわせ、意識を失って倒れる小さな身体を受け止める。
     いち早く駆け寄った紗智子は、時間による回復にまかせずせっせと舞衣を治療した。
    「女の子に傷は厳禁ですよ?」
     皆の見守る中ふと目を覚ました幼女は紗智子の言葉に微笑んでゆっくりと起き上がり、そ、と彼女の角に手を伸ばして触れる。
    「よく頑張りましたね」
     そう言って頭を撫でてくれた水花に抱きしめられた後、幼女は闇の去った見違えるような笑顔で、灼滅者たち一人一人の足元にしがみつくように抱きついた。そうして最後に、神護から彼の背に守られていた桃色のウサギを大切そうに両手で受け取り、耳を食むくとなく一番きつく抱きしめる。


     午後七時。ようやく保育園の前に現れた父親に飛びつき、闇落ちを克服した幼女はそこで初めて涙を見せた。
     話したいことが、たくさん、たくさんある。
     苦しくても言えなかったこと。頑張って悪いヤツをやっつけて病気を治したこと。そしてそれを手伝ってくれた、優しくて格好いいお兄さんやお姉さんたちがいたこと――。
     目を白黒させる父親に、舞衣と共に彼を待っていた水花とリュシールは少しずつ慎重に説明をした。彼の愛娘にとって、一番良い進学先が存在することを知らせるために。
     

    作者:織田ミキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
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