妖草紙~橋姫の春~

    作者:飛角龍馬

    ●橋姫
     梅の花が咲き乱れる山の中に、そこだけ円く繰り抜かれたような池がある。
     周囲を梅の木に囲まれたその山池には、中央を縦断するように、朱塗りの木橋が架けられていた。橋からは、池の周囲に咲く、色とりどりの梅の花を見渡すことができる。
     梅見橋というこの橋の名は、そこから名付けられたものだ。
     知られざる場所なのか、橋には大勢の観光客が行き交えるだけの幅と長さがあるにも関わらず、人の気配がまるでない。
     代わりに、橋は人ならざるものを迎え入れていた。
     軽やかな足音をたてながら橋上を行くのは、銀色の毛並みを持つ狼。
     スサノオだ。
     額に星形の模様を持つその銀狼は、橋の中間地点に至ると、突如として天に向けて遠吠えをした。
     声は、空に、池に、そして周囲の梅林に響き渡り、やがて収束する。
     務めを果たした銀狼は、頷くような仕草を見せた後、橋の向こうに姿を消した。
     程なく。
    『ここで待っていれば必ず良い人が現れるの。その時は逃がさないようにしないとね』
     歌うような声は、橋の中間地点に出現した少女のものだ。腰まで伸びる長い黒髪に白梅の花飾り、黒地に紅梅が描かれた着物を纏ったその少女は、下駄と鎖の音を響かせて、
    『鬼火さん鬼火さん、貴方達もそう思うでしょ?』
     鎖に繋がれながら周囲を浮かぶ、二体の鬼火に問いかけた。一抱えほどもある鬼火はしかし、めらめら燃え上がるだけで声を発することもない。
     すると少女は優しげな態度を一変。無表情に首を傾けて、
    『どうして……何も応えてくれないの?』
     歪んだ明るさを帯びた疑問符。
     病んだ瞳で見据えられた鬼火が震え上がり、慌てて体を左右に揺すった。
     少女は何を思ったか、吐息を一つ。
     池の周囲に咲き誇る梅の花を眺めながら、妙に明るい鼻歌を口ずさむのだった。
     
    ●序幕
    「今回諸君に解決して頂きたいのは、古の畏れ、橋姫に関する事件だ」
     武蔵坂学園の教室で、琥楠堂・要(高校生エクスブレイン・ dn0065)が集まった灼滅者達に説明を行っている。
    「事件の舞台となるのは、梅が見事な山池に架かる、梅見橋という朱塗りの木橋だ。周囲を梅の木に囲まれたその橋は、知られざる景勝地と言えるだろう」
     有名でないことが幸いして、普段から観光客の姿はなく、被害もまだ出ていない。
    「さて、橋姫についてだが、これは橋の守り神であると共に、愛する者への執着に狂い、人を殺し回った鬼女としても伝わる存在だ」
     今回の橋姫もそのような伝承に沿っているようで、橋を渡る者を橋上で待ち受け、通り過ぎようとした際に惨殺してしまうという。
    「厄介なのは、その殺人動機が、橋を渡る者への執着ということだ」
     すなわち今回の橋姫は、橋を渡る者に、盲目的な好意を向けてくる。そして、その好意ゆえに、橋を通り過ぎようとする者を殺してしまうのだ。
    「好意と言っても、彼女のそれは『相手を我がものにしたい』という歪んだ感情だ。可愛らしい少女なので惑わされやすいが……彼女の思慕は、恐ろしい程に『病んで』いる」
     このまま行けばとんでもなく凄惨な殺人事件が起こるので、急ぎ灼滅する必要がある。
    「橋姫は、戦闘になると、二体の鬼火を呼び出す。彼女自身は鋭利な短刀に加え……冗談のような話だが、丑の刻参りの五寸釘が元になったと思われる巨大杭打ち機を振り回してくる。おまけにファイアブラッド相当のサイキックまで使うため、非常に危険だ」
     二体の鬼火もファイアブラッド系のサイキックで攻撃してくるという。
    「橋姫自体は一見、線の細い少女だが、その戦闘能力は決して侮れない」
     そのまま戦えば苦戦することも考えられる。
    「そこで、一つ提案がある」
     要は人差し指を立てて言うと、話を続ける。
    「先ほど話した通り、橋姫は、橋を渡る者に盲目的な好意を抱く。その想いが強まれば強まるほど、別離の時に彼女を襲う衝撃は大きい。つまり」
     橋姫の好意に応えたり、喜ばせるような振る舞いをした後、別離を演出することで、戦闘開始時に彼女に悪影響を与え、混乱状態に陥らせることが可能となる。
    「接し方などは諸君の工夫次第だが、橋姫は自分や彼女の橋を褒められると喜び、嫉妬心は人一倍強い。その辺りがポイントになると思われる」
     要はそこで話を区切って、
    「今回の橋姫を呼び起こしたスサノオについては、幾つかの情報を元に現在も足取りを探っている。もう間もなく追い詰めることができる筈だ」
     言うと要は灼滅者達を見渡して、
    「説明は以上だ。色々な意味で危ない敵が相手だが……諸君の無事と健闘を祈る」
     何やら神妙な面持ちで説明を締めくくった。


    参加者
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)
    二階堂・空(高校生シャドウハンター・d05690)
    モーガン・イードナー(灰炎・d09370)
    水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)
    シンゴ・アルバミスタ(闇は泣きそして砕ける・d20952)
    ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)
    葉橋・継守(縁切双鎌・d25409)

    ■リプレイ

    ●一
     橋に足を踏み入れた灼滅者達をまず迎えたのは、秀麗な景観と、梅の花の香りだった。
    「普通に綺麗な所だよね。こんな場所なのに観光客がいないとは」
     周囲の景色に目を配りながら、二階堂・空(高校生シャドウハンター・d05690)が言った。これが観光であればゆっくり楽しめるのだろうが、今回はそうも行かない。
    「(橋姫……一人で、誰を待っているのだろうか。それとも……誰でもないのか)」
     暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)の視線の先には、橋の中間地点に立つ少女の姿。
     朱色の欄干に体を預けていた少女――橋姫は、灼滅者達に気付くと、微笑みを見せた。
     約束していた待ち人にするような微笑に、葉橋・継守(縁切双鎌・d25409)は軽く目を見張る。橋姫――信仰対象の一端、物語で心引かれた存在が、今、目の前にいる。
    「こんにちは。この橋はとても素敵ですね? 梅の花との調和が見事です。綺麗だなぁ」
     水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)が女友達と話すように語りかける。
    『この景色は私も気に入っているの。大切な人と、ずっと一緒に眺めていられたらって』
     何処か不穏な響きを込めて、橋姫が返事する。
    「あー、イイねーこの風景イイよー」
     軽やかな足運びで、ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)が手にしたカメラのシャッターを切った。
    「ああ、こんなにも見事な橋は初めて見た。梅花が咲き誇るこの景色も美しい」
    「正に絶景と言うべき光景だな」
     モーガン・イードナー(灰炎・d09370)と志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)も、それぞれ頷き、ユメの言葉に同意して見せた。
     立て続けの賛辞に、橋姫が口元で手を合わせるようにして頬を染める。
    「あ……貴女の髪飾りもお着物も梅なんですね? お好きなんですか? 長い黒髪に良くお似合いです」
    『ええ、でも貴女の髪の色も綺麗で羨ましい。紅い梅の花みたいね』
     梅の花が好きという話はその通りだったらしく、ゆまが橋姫と親しげに会話を始める。その様子を見ながら、継守は橋姫への言葉を探していた。
     考える時間はあったのに、ここに来て掛けるべき言葉が見つからない。いまここで彼女を前にしていることも、強い縁によるものだと思うのに。
    「歴史ある橋に梅の花とは、趣があって良いものだねぇ」
     継守がそれとなく言う。
     気付いた橋姫が、彼に微笑を返す。
    「朱色に周りは梅景色、か。風流とか良く解んねぇけど、結構良いもんじゃねぇか」
     対してシンゴ・アルバミスタ(闇は泣きそして砕ける・d20952)は、彼女の前を横切りながら、放るように言葉を投げた。
    「良い女とここを渡ったりしたら良い感じじゃねぇか」
    『良い女? ……良い女って、誰?』
     シンゴの言葉に何を想像したのか、橋姫が首を傾げ、虚ろに笑んだ。
    「あー、まるで俗世から切り離された別空間みたいさね。咲き乱れる梅の花も池も、全てはこの橋を彩るためだけにある、そんな気がしてしまう程だね。ははは」
     そこへ空が立て板に水のように賛辞を並べて見事にフォロー。
     サズヤも「ん」と頷いてから、
    「ここから見える風景が綺麗なのも……この橋を守っている、姫のおかげ? なら、それはとても、すごいこと」
     寡黙な彼なりに言葉を吟味し、口にして、ぱちぱちと拍手。
    「ああ、ここは紛れもなく素晴らしい場所だ。こうして話や景色を楽しめるのも嬉しい」
     欄干に手をついて景色を眺めていた友衛が言いながら振り向いた。
     と、その手がすっと歩み寄った橋姫の両手に包まれる。
    『本当に? それなら、私と一緒にいてくれる? これから先も、ずっとここで……』
    「え、あ、いや……! そ、それはその、だな」
    「いやー本当に最高だよねー。山中という自然に溶け込みつつ、それでいて主張を忘れない完成されたこの構図!」
     顔を赤らめて慌てる友衛を救けるべく、ユメが二人の間に割って入った。
    「梅の花という季節の事象も含めて、この橋の色使いは完璧に計算されているよ……!」
     ユメはカメラ片手に、尚も景色を褒めちぎる。
     そして、
    「――じゃ、そろそろ帰ろっか」
     ぱたりと足を止めて、そう言い放った。一様に頷く灼滅者達。
     驚いたのは橋姫である。一瞬固まった後、
    『ど、どうして帰るなんて言うの……さっきまでの言葉は嘘、だったの……?』
    「いや、それは本心だ」
     真面目な雰囲気を装ってモーガンが歩み出る。
    「この橋、そして姫の美しさは確かに記憶しておく。……だが、済まない。他にも俺達を待つ橋があるのだ。どうか分かってくれ」
     その言葉は橋姫の心にヒビを入れ、嫉妬心を煽るのに充分なものだった。
     足並みを揃えて橋を後にしようとする灼滅者達。
    『そう……あれだけ褒めてくれたのに他の橋に行っちゃうんだ……へぇ……そうなの……』
     橋姫の全身から凄まじい黒炎が立ち昇る。その眼前に、二体の燃え上がる鬼火が出現。
     足を止め振り向いた灼滅者達に、橋姫は虚ろな瞳を向けて、巨大な杭打ち機を構えた。
    「……おぅ」
     サズヤがその恐るべき武器に軽くのけぞる。
     橋姫は懐から短刀を取り出し、構えて、
    『帰るって言うんなら仕方ないなぁ……』
     歪んだ笑みを張り付かせながら、言った。
    『みんな殺して、永遠に私のものにしてあげる』
     
    ●二
     美しい景色とは不釣り合いな呪詛の群れが、橋姫の周囲に渦を巻く。
     今にも解き放たれようとしている呪いを前にシンゴが拳を構え、不敵に告げた。
    「Let rock、lady! This party is getting crazy!」
     立ち昇る闘気。他の灼滅者達も力を解放。
    『ふふふっ……あははははははっ!!』
     黒々とした嫉妬の炎に身を焦がしながら、壊れた笑いと共に橋姫が短刀を向ける。
     応じて、渦巻く呪いが灼滅者達めがけて飛び出した。
     防御を担う友衛とモーガン、彼のライドキャリバーであるミーシャが盾となるが、怨念の群れは防ぎきれない。
    (「愛されて殺されるなら本望だなんて思ってしまうけど……流石にねぇ」)
     そうさせるわけにも行かないと、継守が清めの風で前衛を回復、浄化。
    「鬼火が凍れば、まさにコールドファイアじゃないっかなー」
     ユメの魂から迸った凍える炎が守りに出た鬼火を包む。纏わりつく氷を溶かせぬまま、片方の鬼火が炎の波を解き放ち、もう一体が燃え盛りながら突っ込んだ。
     友衛が剣とロッドを構えてそれらを防御。片手半剣による反撃の一閃が鬼火を切り裂き、友衛を守護の光で包み込む。
    「……!」
     炎の中を鞭剣がしなり、目の前の鬼火を切り裂いて、使い手のサズヤは更に疾駆。橋姫の前に立ち塞がった鬼火に斬撃を加えた。
     格闘戦に入った前衛の背後から、狙い澄ましたゆまの制約の弾丸が鬼火に直撃。石化を始める鬼火に、雷を拳に宿したシンゴの痛烈なアッパーが炸裂する。
     吹っ飛ぶ鬼火。サズヤが射線から逃れ、後列で空が構えたガトリングガンが火を吹いた。炎の力を宿した無数の弾丸が飛び、ミーシャの機銃掃射も合わせて鬼火と橋姫に殺到する――と見えた次の瞬間、武器を前面に構えた橋姫が鎖に繋がれながらも爆炎の中から飛び出してモーガンに襲いかかった。
     ゆまが咄嗟にオーラキャノンを放つが、橋姫はそれを片手で弾いて見せる。
    『他の橋なんかには行かせない。貴方達は私とずっとここにいるの……!』
     杭打ち機の一撃こそ盾で防いだモーガンだったが、閃く刃が彼を深く切り裂いた。
    「生憎だが、そうは行かない。帰るべき場所があるのでな!」
     モーガンの盾が橋姫を吹き飛ばす。継守が放った癒しの光が彼を包みこむ。
    「邪魔な鬼火には動かないでいて貰わないとねー」
     ユメの縛霊手が結界を紡ぎだし、橋姫の防御に回ろうとした鬼火を纏めて束縛。
     その結界に抗いながらも一方の鬼火がシンゴに突撃。それはそのまま炎の一撃となるが、
    「どうにも遅ぇ。喰らいな!」
     シンゴはそれを迎え撃つと、構えた手刀にオーラを纏わせ、迫る鬼火に横一閃。
     驚きの表情を浮かべた鬼火が一刀のもとに両断される。
     片割れを失った鬼火が仕返しとばかりに燃え盛り、身構える友衛とモーガン。
     だが次の瞬間、灼滅者達は恐ろしい光景を目の当たりにした。
     ……鬼火の体に、背後から巨大な杭が打ち込まれている。
    『うふふ、ダメよ鬼火さん。……あの人達は私がこの手で殺してあげるんだから♪』
     哀れな鬼火が、驚愕を顔に貼り付けたまま消滅する。
    「こりゃアレか、ヤンデレってやつか。まぁあっさり惚れてその挙句に殺すとなりゃあ」
    「確かに、色んな意味で危ない敵さね」
     シンゴと空が武器を構えたまま呟いた。

    ●三
     一呼吸の後、戦闘が再開する。
     一対九の戦いだ。数の上でだけ見れば戦力差は歴然としているが、橋姫の鬼気迫る力は、灼滅者達に楽観を許さない。確かに橋姫は、彼等の働きかけで嫉妬の炎に焼かれ、思考に混乱を生じさせてもいる。だが戦闘に大きな支障を来すほどの障害を与えられたかといえば、必ずしもそうではない。
     ――相手を怒らせるような、傷つけるような真似は出来ればしたくない。
     ゆまは胸に手を当てて想う。それは概ね、灼滅者達の作戦上の総意と思われた。
     それ故の、激戦。
     だが、橋姫もまた鬼女の類であれば。
    「その振る舞いは、許す訳にはいかないな……!」
     猛攻に疲弊しながらも、友衛は橋姫を手にした剣で一閃。
     空のガンナイフから放たれた銃弾が、飛び退く橋姫に襲来した。杭打ち機で銃弾を弾こうとした橋姫だったが、弾丸は空中で軌道を変えて彼女の体に突き刺さる。
    「……スサノオさんの所業は、酷い。伝承の存在に更なる辛さを与えるなんて」
     せめて引導を――ゆまが伸ばした影で橋姫を包み込む。
     叫びを挙げて、橋姫が影を内側から吹き飛ばした。
    「ボクはおしとやかな方が好みっかなー」
     ユメの手甲から凶器が閃き、橋姫の体を切断しようと襲いかかる。
     が、二度三度斬ったところで橋姫が杭打ち機から衝撃波を生み出し、ユメを退けた。
     入れ替わりにサズヤが解体に適したナイフ――大禍時を構え、駆ける。橋姫の反撃を跳躍、回避し欄干に着地したサズヤは、更に飛び、橋姫の背後へ。サズヤが橋姫に踏み込み、モーガンがチェーンソー剣を振り下ろした。
     挟撃だ。
     火花が散り、橋上に凄まじい光景が現出する。
     橋姫はモーガンのチェーンソー剣を杭打ち機で受け、且つ、サズヤのナイフを自らの短刀で逸らし、辛うじて急所を免れていたのだ。
     橋姫の足元から黒炎が巻き起こり、二人を吹き飛ばす。
     その炎に飛び込んだのはシンゴだった。
     拳を無上の武器として、彼は橋姫に格闘を仕掛ける。杭打ち機で受け、刃で一閃する橋姫。切り裂かれながらも、更なる一撃を叩き込むシンゴ。彼は口元を笑みに歪め、
    「あんたも中々良い女なんだろうが……あれだな。タイミングが悪かったって奴だ」
     火花を散らし、エンジン音を響かせてミーシャが橋上を疾駆する。
     シンゴが高く背後へ跳んだ瞬間、ミーシャの突撃が橋姫を吹き飛ばした。
     ミーシャの突撃と同時に橋上を駆けていた空が跳躍、ガンナイフの切っ先を橋姫に振り下ろす。転がるように回避する橋姫。
     跳ね返るような彼女の反撃の刃は、咄嗟に割って入った友衛が受けた。
     腹部に深々と突き刺さるナイフ。友衛が苦痛に顔を歪める。
     間近で見る橋姫もまた、随所に深い傷を負っていた。
    『綺麗な血……この橋と梅の花と同じくらい。……ねえ、私と一緒に行かない? 貴女と死ねるなら私、寂しくはないと思うの』
    「……行くものか」
     思いも強すぎれば呪いとなる。その呪いを断ち切るように、友衛は剣の柄を握り締め、
    「鬼などに……呑み込まれてたまるものか!」
     渾身の力で振り抜いた。
     切り裂かれ、後ろへよろめく橋姫。その隙をゆまは見逃さなかった。
    「これ以上、悲しい想いをするものを増やしたくはないから」
     今、できることを。
     祈りに似た呟きと共に放たれたゆまの制約の弾丸が、橋姫の胸を射抜く。
     橋姫の体が石化を始める。
    『ふ、ふふ……嫌われちゃった、ね……でも私、貴方達の望みがわかるわ……』
     まだ自由になる手でナイフを自身の首筋に押し当てる橋姫。
    『ねえ……こういうこと、でしょう?』
     言った瞬間、彼女は目を見開いた。
     その瞳に映ったのは、自身に向けて飛ぶ神薙刃と、それを放った継守の姿。
     渦を巻く風の刃が、橋姫を深々と切り裂く。
     少女はよろめき、自らを傷つけることなく、スローモーションのように背から倒れた。
     
    ●四
    「まさか、逢えるとは思わなかったよ」
     薄目を開けたまま横たわる少女は、継守が駆け寄った時、既に消えかけていた。
     橋姫を抱き起こすようにしながら、継守は語りかける。
    「……今生で出逢える貴女は、貴女だけなんだろうねぇ」 
     消え去る間際に声を掛けることが出来たのは、幸運と言えただろう。
     しかし、それも束の間のことでしかない。
    「お慕いしてますよ、愛し姫(はしひめ)様」
     継守の言葉が届いたのだろうか。どこか夢見るような表情のまま、橋姫は消え去った。
     継守が花飾りに手を伸ばすも、それは着物等と同じく彼女の一部らしく、光と化して掌に残ることはなかった。
    「痛みますか?」
    「いや、大丈夫のようだ。済まない」
     ゆまの療しを受けた友衛が礼を返す。
    「スサノオもホントに神出鬼没だなぁ。こうやって畏れをばら撒いてくなんて、一種の『災害』だよね」
    「ああ……スサノオとは、畏れとは一体何なのだろうな」
     空の言葉に頷き、考えるモーガン。或いは元からこの世に存在していたものなのかも知れないが――黙考する彼の隣で、ユメが橋からの景色にカメラを構えた。
    「最後にもう一枚、橋の写真を撮っておこうかなと」
     ユメの言葉に、モーガンが渋く笑った。
     確かに、ここからの景色はどこまでも見事なものだ。
     腕組みしたシンゴは、よく戦った橋姫に労いの意味も込めて、空に向けて言った。
    「ゆっくり眠りな、プリンセス」
    「また来年、会いに来るからさ!」
     ユメがシャッターを切る。
     彼女の言葉に、サズヤも「ん」と頷いた。
     せめてこの風景と姫のことを忘れないようにしよう、と。
     継守もまた、思う。
     この橋に生じた、人々に危害を加える悪しき縁は、断ち切られたのだと。
     全員揃っての去り際、ふと、ゆまは橋を振り返って呟いた。 
    「我を待つらん宇治の橋姫……ね」
     橋は豊かな自然に包まれながら、今後も訪れる者を迎え入れるだろう。
     この橋と景色、そして客人を愛する、橋姫の伝承はそのままに。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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